暇なお姉さんとゆっくり (後編)
「ゆ゙ゆ゙ゆ゙ゆ゙〜ゆ゙ゆ゙ゆ゙〜ゆ゙〜ゆ゙ぅ〜」
「ゆ゙っゆ゙〜〜〜ぅゆ゙ゆ゙〜ゆ゙ゆ゙〜〜」
「ゅ゙ぅー! ゅ゙ぅー! ゅ゙ぅー!」
「ゅ゙っ! ゅ゙っ! ゅ゙っ! ゅ゙っ!」
もう嫌がらせとしか思えないこのダミ声!
そんなれいむ一家の改札口前コンサートが二曲目に突入してまもなくだった。
誰かが呼んだのか、みど○の窓口まで声が届いたのか、2人の駅員さんが大きな袋を持って駆けつけてきた。
駅員さんはダミ声を張り上げるれいむ一家の前にしゃがむと、腕をバッテンにして歌をやめるように言った。
れいむ一家は、案の定、目の前に来た駅員さんをお客さんだと思ってますますヒートアップ。
顔面が真っ赤に染まって4個の茹で饅頭のようになった。
いつまでも歌をやめないので、駅員さんは実力行使に出た。
一人がレジャーシートを引っ張る。
4匹のれいむたちはドリフのコントのように、一斉にコロッとひっくり返った。
「ゆぐっ! …れいむになにをじゅぶっ!?」
「おがーじゃぶ!?」
「やめぶ!?」
「はなじぶ!?」
その隙に、もう一人はれいむたちを1匹ずつ捕まえて、ポイポイッと持ってきた袋の中に投げ入れる。
次にボロボロの青いレジャーシートを丸めて袋に突っ込み、最後にシーチキンの空き缶から百円玉を出してポケットに入れた。
あーあ、せっかくもらったのに、落とし物係り行きだ…。
それにしても、とっても手馴れてる。
きっと前にもこういうことがあったんだろうね…。
モゾモゾ動くその袋の口を封じて、駅員さんは出口に向かって早足で歩いていく。
私は物影から出て、必死に追っていった。
ここまで見てきたんだから、最後まで見とどけなくちゃと思った。
駅員さんは高架下まで来ると、青いポリバケツの中に袋を突っ込んで、ふたをして戻っていった。
バケツの中からは、くぐもった母れいむたちの声が聞こえてくる。
今日の夜か明日の朝に収集車が来て、一家は命を終えるのだろう。
収集車の中で潰されて死ぬか、処理場で燃やされて死ぬか。
どっちにしろ大差ない。
繁殖力旺盛で星の数ほどもいそうなゆっくりたちのたった4匹が、東京の片隅でひっそりとその生涯を終えるのだ。
「あぁ〜やっぱダメ」
この一家に情がうつってしまった。
私は辺りに人のいないことを確認すると、バケツから袋を出して、その場から逃げ出した。
「ゆ…!?」
ここなら駅員さんも来ないだろうと、ビルの影まで来てから袋の口を開けると、まず子れいむと目が合った。
一瞬呆然としていたが、私の顔を思い出したのか、目をキラキラ輝かせた。
私は邪魔なレジャーシートを出してから、れいむたちを1匹ずつ出して上げた。
ギュウギュウ詰めにされていたせいで、4匹とも形が歪んでいた。
「おねえさんは、さっきれいむをたすけてくれたおねえさんだね!」
「うん、そう」
「…ゆ!?」
私の顔をまじまじと見ていた母れいむは、子れいむの言葉でやっと思い出したようだ。
子供の命の恩人の顔ぐらい覚えてよね…と心中でツッコミ。
「さっぎのやざじいおでえざん!!! でいぶじぬかとおぼっだよお゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙!!!!!」
またもや母れいむが涙と涎を撒き散らしながらタックルしてくる。
またもや私はうっかり反射的に避けてしまった。
「ゆぶしっっっ」
そしてまたもや母れいむは顔面から着地したが、今度は地面がアスファルトだったので、母れいむは全体重を顔面で受け止めることになった。
あ…ほっぺた破けてる…。
母れいむは起きあがると、体を引きずって足元まで来た。
「おでいさんあじがどお…。おでいに、でいぶたちのおうだをぎがぜであげ…」
「あ、私急いでるからごめんね!」
「あっ、おでいさん…」
面倒なことになりそうだったので、私は笑顔で手を振って母れいむたちの前から走り去った。
……と見せかけてやっぱり物影から見ていたっ!
「おかーさん…れーむあんよがいたいよぉ…」
見ると、乱暴に袋に放り込まれたせいか、エスカレーターに削られた子れいむの足の傷がひらいていた。
母れいむは意気消沈した面持ちで、子れいむの足をぺーろぺーろしてあげた。
「みゃみゃ…おみゃかしゅいたよぉ」
「れーみゅはもうちゅかれたよ…」
「もうちょっとだけがまんしててね……あちびちゃんのあんよがなおったら、またおかねをもらいにいこうね……」
「ゆぅ…ゆっくちわかっちゃよ…」
「ゆっ…く、ゆっ…く」
2匹の赤れいむはぐったりとしながらも、涙をこらえていた。
しばらくしてから、レジャーシートを咥えた母れいむを先頭に、一家は暗闇の中をトボトボと歩きはじめた。
行き着いた先は、広い公園だった。
時刻は午後6時。
公園の真ん中の噴水はライトアップされ、周囲の木々には恋人たちのためにイルミネーションがほどこされている。
れいむたちはそこの一角にボロボロの青いレジャーシートを敷いて、いつものように小さい順に並んだ。
シーチキンの空き缶は駅員に分別処理されてしまったので、お金を入れる容器はない。
「おちびちゃんたち…こんどはここでがんばろうね…」
「ゆ…れーむがんばるよ…」
「いっしょーけんみぇーうたうよ!」
「れーみゅもいっしょけんみぇーがんばりゅよ!」
母や姉とは違って、赤れいむ2匹は健気に力を込めて応えた。
母と姉も元気を出した。
「それじゃ、とっておきのあのおうたでおかねをいっぱいもらおうね! いくよ? せーのっ! …ゆーっ! ゆーゆーっ! ゆっくりーっ!」
「ゆ〜! ゆ〜! ゆっくり〜! ゆっくり〜!」
「ゆっくちー!」
「ゆっくちゆっくちー!」
わ、初めて歌詞が入った…。
色とりどりのイルミネーションに照らされながら、数々の災難をくぐり抜けて今ここで歌っている一家。
私は今日の出来事を走馬灯のように思い出して、不覚にも感動してしまった。
れいむ一家は、この曲に並々ならぬ自信を持っていた。
以前同じゆっくりたちが集まっている場所で披露したときに、ゆっくりたち全員から「さいこーにゆっくりできる歌」だと絶賛されたからだ。
理由は簡単。「ゆっくり〜」と歌っているから、それを聞いたゆっくりたちは強制的にゆっくりさせられてしまうのだ。
だが、母れいむはこの歌で人間たちもゆっくりさせられるはずだと考えた。
嗚呼、すばらしき餡子脳…。
たくさんの二人組みの人間たちがぴったり寄り添って動かないのは、自分たちの歌を聞いてゆっくりしているからだと思っている。
結局この歌でゆっくりできているのは、今日この一家を見続けてきたお姉さん一人だけだった。
れいむ一家は、この聖夜に恋人とのロマンティックなひと時を楽しんでいたカップルたちから白い目で見られているのにも気づかずに、
延々と「ゆっくり〜」をくり返して歌っていた。
すると、レジャーシートの前に立つ4人の青年たち。
彼らはカップルを冷やかしにきていた不良グループで、れいむたちの前で口笛を吹いたり手を叩いたりしてからかっていた。
だが、れいむたちは相変わらず歌がウケているのだと思っている。
先ほどまでの沈んでいた気持ちも吹き飛んで、一家は一生懸命に歌い尽くした。
「どう? れいむたちのじまんのおうただよ! かんどうしたひとは、おかねをちょうだいね! ゆっくりできたひとは、もっとおかねをちょうだいね!」
「れいむたちはとってもおなかがすいてるの! たくさんおかねをちょうだいね!!」
「ちょーだいにぇ!」
「ゆっくちちょーだいにぇ!」
あ、またそんな言い方しちゃダメなのに…。
4人組みはクスクス笑っていた。
「なんだこいつら?」
「ウ ケ る(笑)」
「ゆっくりしか言ってねーじゃん」
「これでお金ちょうだいとか、マジありえないから」
母れいむは笑っているだけでお金をくれない青年たちに対して腹を立てた。
「ゆ? なにわらってるの? せっかくれいむたちのおうたでゆっくりさせてあげたんだから、はやくおかねをちょうだいね!」
「やべ! 俺らカツアゲにあってる!」
「おうたでゆっくりって(笑)」
「そもそもゆっくりってどんな状態だよ」
「マジきめぇ!」
れいむたちは、自分たちの歌では人間をゆっくりさせられないことを理解できない。
人間たちもまた、れいむたちの思い込みを理解できない。
たぶん、ゆっくりと人間はどうしても分かり合えないんだろうね…。
ゆっくりたちに「ゆっくり」の概念があるから。
人間たちには「ゆっくり」の概念がないから。
私はそう感じていた。
「おかねをくれないなら、ゆっくりしないでさっさときえてね! れいむたちのおうたのせんすをりかいできないひととはゆっくりできないよ!」
「そーだよ! ゆっくりできないからさっさときえてね!」
「しゃっしゃときえちぇにぇ!」
「しゃっしゃとちね!」
青年たちの顔色が変わっている。
なんだか危険な雰囲気…。
いっつもゆっくりゆっくり言ってるのに、怒るとものすごく人を刺すようなことばかり言うから…。
「しゃーねーな、払ってやっか」
「ゆ? やっぱりゆっくりできたんでしょ?」
「ゆっくりできました! お礼にこの百円玉をあげます!」
「ゆゆ! じゃあそのあおいところにゆっくりおいてね! おかねをおいたらゆっくりしないでさっさときえてね!」
母れいむはそう言って、レジャーシートの端っこを舌で示した。
「ああここですか。ありがとうございました…っと」
ズブゥ…
「ゆびゃ!!!」
男は百円玉をレジャーシートの上ではなく、赤れいむの脳天に埋め込んだ。
脳天に細長い長方形の穴を開けられた赤れいむは、一瞬だけ悲鳴をあげた後、ひっくり返ってブルブルと痙攣しはじめた。
「でいぶのあがぢゃんになにずるの゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙!!!!!???」
「え? だってここに入れろって言ったじゃん」
「あがぢゃんにいれろなんでいうわげないでじょお゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お!!!!!!!」
「え? だってこれ貯金箱なじゃねーの?」
「ぢょぎんばごなんがじゃないよお゙お゙お゙!!!! でいぶのぎゅーどなあがぢゃんだよお゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙!!!!!」
「だって頭にこんな穴開いてるし」
「ぞれはおにーざんがあげだんでじょお゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙!!!!!!」
「最初っから開いてたって。お前が赤ちゃんだと思い込んでただけだって」
「ぜっだいぢがうよお゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙!!!!!!」
「お、これも貯金箱だろ? しゃーない百円玉入れてやっか」
さっきとは別の青年が財布から百円玉を取り出し、もう1匹の赤れいむをつかんだ。
「やべでえ゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙!!!! ひゃぐえんだまはだべえ゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙!!!!!!」」
母れいむは必死に叫んだが、
ズブゥ…
「ぴっ…ぴゃっ…!」
無慈悲にも百円玉は脳天から中まで埋め込まれ、赤れいむは意味不明な悲鳴を上げた。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」
母れいむが絶叫する。
2匹の赤れいむはしばらく痙攣していたが、すぐにショック死した。
餡子を失っていなくても、赤ちゃんの体では直接餡子を傷つけられる痛みに耐えられなかったのだ。
「おぢびぢゃん、めをあげでぇ…!!! じゅーりじゅーり、じゅーりじゅーり…!!」
「おぢびぢゃん、めをあげでぇ! …だってよ」
「おまえ声そっくり(笑)」
「じゅーりじゅーり…」
「おまえもそっくり(笑)」
「あれ? こっちの貯金箱怪我してんじゃん」
青年の一人が、さっきから怯えて声も出ない子れいむの足の怪我を指差した。
「ほんとだ。じゃあ病院行けるように俺らで募金活動してやろうぜ!」
「「「さんせー!」」」
4人の青年は財布から一斉に百円玉を取り出して、母れいむに見せた。
「だべっ!!! だべえ゙え゙え゙!!!! びゃぐえんだまはだべえ゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙っっ!!!!!!」
「ゆぎゅぶゅげえ゙!!!!!」
母れいむの制止もむなしく…。
ひとつは赤れいむと同じく脳天から。
ひとつは右目から。
ひとつは左目から。
ひとつは足の傷口から。
「ゆ゙っ…ゆ゙っ…ゆ゙っ……………もっど……ゆっぐじ…………じだ…がっ………………………………」
ソフトボールサイズの子れいむは合計四百円を募金され、白目を剥いて餡子汁を噴き出して痙攣していた。
そして、赤れいむと同じように間もなくショック死した。
この惨劇を止めるカップルは誰一人としていない。
青年たちが怖いのだ。
あまり関わりあいたくないのだ。
だから、青年たちの行為はここまで拍車がかかった。
「あ゙………あ゙………」
目の前で3匹の子供たちを貯金箱にされた母れいむは、絶望の表情のまま固まってしまっていた。
「なんだこいつ、焦点定まってないぜ?」
「なに、昇天?(笑)」
「六百円も貯金されたから嬉しくて昇天したんじゃね?」
「いいハナシだなー!」
4人はしばらくそんなことを話していたが、反応しなくなったれいむに飽きたのか、どこかへ行ってしまった。
喧騒が収まってしばらくはカップルたちも気の毒な表情で母れいむたちをチラチラ見ていたが、二十分もすると誰も顧みなくなった。
苦しそうな表情を死に顔に張りつかせた2匹の赤れいむと子れいむ。
母れいむはその後ろで、虚ろな目をイルミネーションに漂わせていた。
私が視界に入っても、何も反応しなかった。
歯ぐきを剥き出して開いている口からとめどなく涎が垂れていても、気づいていないようだった。
母れいむは壊れてしまっていた。
駅員に青いポリバケツに捨てられて、一度は死ぬ運命だったれいむ一家。
もしかしたら、あのまま死んだほうが幸せだったのかもしれなかった…。
苦痛で死んだ子供たちと壊れた母れいむを見ていると、助けたことさえ罪になるのではないかと思えてくる…。
それほど痛々しい姿だった。
「ごめんね…」
私は光を失った母れいむにそう謝ると、今度は本当にその場を立ち去ろうとした。
そのとき……
「あれ、このゆっくりれいむ…」
れいむを見て足を止めた一組みのカップルがいた。
男性のほうは、さっき駅の構内で急いでいたあの素敵な男の人だった。
隣にいるのは、同じように素敵な女性だった。
その男の人は、ボロボロの青いレジャーシートとれいむの組み合わせで、なんとなく覚えていたらしい。
「知ってるの? この野良ちゃん」
「僕が駅に着いたら、改札口の前で物乞いしてたんだよ」
「ふ〜ん…」
「ひどいな、これ。ついさっきまで元気に歌ってたのに…」
そう、ついさっきまでは…。
「お母さんのほうは、まだ生きてるんじゃない?」
きれいな彼女さんが、呆けた表情の母れいむを見て言った。
「本当だ…かわいそうに…」
男の人はスーツの内ポケットから小銭入れを出した。
彼女さんも、ブランドもののバッグからお財布を出した。
男の人は彼女さんからお金を受け取ると、自分のものと合わせて母れいむに差し出した。
「これあげるから、なにか美味しいものと交換しな」
れいむの濁った瞳は親切な男の人の手の中の物を見て、急速に光を取り戻し、そして叫んだ。
「びゃぐえんだまはだめえ゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙!!!!!!」
〜あとがき〜
どぉも、『竹取り男とゆっくり』書いてる人です。
イヴなんてだいきらい!。・゚゚・(>_<;)・゚゚・。
そんな気持ちをぶつけてみました。
あ、でも今日もまたカップルが街にあふれるね。
…………
今日は家に引きこもろっと。
以上、読んでくれた人ありがとう!
アク禁でレス返せなくてごめんね...... ( 〃..)
最終更新:2022年05月21日 23:04