どれほど泣いただろうか。
どれほど無力にうちのめされただろうか。

男の躯に縋りつき、少女―――小雪はただただ喚き続けた。

返事などない。わかっている。
それでも散っていった者たちの名前を呼ぶのは、呼ばずにはいられないのは理屈ではないのだ。

―――私のせいだ。私が、戦えなかったから。

己への自責と不甲斐なさと嫌悪感と、様々な悪感情が湧き上がってはまた増していく。

(リンゴォさんも、ゆうさくさんも私が戦っていれば死ぬことなんてなかった。私が戦ってさえいれば...)

リンゴォもゆうさくも、自分を助けるためにあのスズメバチと相対し、命を落とした。
もしも自分が戦っていれば、違う結末が待っていたかもしれない。

(...ここに来てからじゃない。私は護ってもらってばかりだった。ずっと...)

魔法少女に選ばれて、密かに夢見てた正義の味方みたいなことをして、魔法少女同士の理不尽なデスゲームに巻き込まれて...

そんな時、いつも隣にいてくれたのは、戦ってくれたのは、魔法少女ラ・ピュセル―――岸部颯太だった。
基本的に、魔法少女は互いの正体を知らない。
けれど、そんな中で、彼が『スノーホワイト』を小雪だとすぐに見抜いたのは驚いたし、なにより彼が魔法少女になっていることには更に驚いた。

互いに正体を明かしてから、魔法少女として活動する時にはいつも一緒にいてくれた。
ルーラ達に襲われた時も、戦えなかった自分に代わってその剣を振るってくれた。
そして―――自分の知らないところで死んでしまった。

ファヴは死因は事故だと言っていた気がするけれど、車ですら平然と止められ銃撃されても死ぬかも怪しい魔法少女がどんな事故で死ぬというのだろうか。
きっと、彼は誰かと戦って死んだに違いない。
小雪に内緒で、自分独りで。

そして、そんな彼が殺し合いに巻き込まれているということは、再び彼が死ぬ可能性があるということ。
リンゴォやゆうさくのように動かぬ肉塊となってしまうということ。

「嫌...嫌だよそうちゃん」

死んで欲しくない。また会いたい。またお話したい。また一緒にいたい。
言い知れぬ不安が、恐怖が、彼女の脳髄を麻痺させていく。

会わなければいけない。彼を死なせない為に。今度こそは、自分が彼を護るために。
でないと、リンゴォやゆうさくに護って貰った意味が―――

「ぁ...」

思わず声が漏れた。
小雪の眼に入ったのは、男達の躯―――その片方の首に巻かれた赤色の首輪。

小雪の脳裏に、名簿と共に記載された条件が過ぎる。

【生還条件】
最後の一人になるまで殺し合うか、赤い首輪の参加者を殺せば、即ゲームクリア。ゲームから解放される。
赤い首輪の参加者が全滅した場合は、通常のロワのように優勝者は一人となる。
ちなみに、自分の意思で残留するかどうかを選ぶこともできる
その場合は、特典として本人の希望するある程度の要望を叶えてもらえる
例:参加者の詳細情報、強力な武器や装備の支給など

赤い首輪の参加者を殺せば、生還もしくは情報などの要望を叶えてもらえる。

小雪自身はゆうさくを殺していない。けれど、主催側はどうやって殺した者を判断するのか―――少し考えればわかる。

(ゆうさくさんの、首輪をもらう...)

首輪を貰うということは、即ち彼から首輪を外すということ。
どうやって?首輪を引きちぎる?魔法少女ならば可能だろう。だが、果たして壊れた首輪で要望を叶えてもらうことができるのだろうか。
解体するか?いや、機器に対してのロクな技術も知識も持っていない彼女が徒に触れればどうなるかは明白だ。
首輪を傷つけずに外す方法。それは―――

「首、を」

ドクン、と小雪の心臓が跳ねた。

ハッ、ハッ、と小さく息が漏れる。

自分はいま恐ろしいことを考えている。

颯太に会うために、ゆうさくの首を千切ろうなどという、残酷な考えだ。

(嫌...そんなことしたくない...!)

身体が震え、生理的嫌悪感が腕を痺れさせる。
できるはずもない。
出会ってまだ数時間とはいえ、ずっと励まし続け、支えてくれ、護るために命を張った彼の亡骸を辱めるようなことを。
そう。できるなら、このまま埋葬するべきなのだ。けれど...

(でも...手がかりが無いとそうちゃんを探すなんて...)

この会場は決して狭いとは言えない。
一周するだけでも最低半日はかかるかもしれない。
そんな中でなんの情報もなく個人を捜し当てられる確立が果たしてどれほどのものか。

(私は...)

滲む視界で、ゆうさくの亡骸を見つめる。
選ばなければならないのだ。まだ生きているかもしれない颯太か、既に死んでいるゆうさくか。

小雪はゆっくりと立ち上がり、その歩を進める。
足に鉄枷を嵌められたかのように重い。一歩一歩が、容赦なく彼女の心を削っていく。
そして小雪は膝からへたり込んだ。ゆうさくの亡骸、その厚い胸板の上に。


彼女は選んだ。
既に死んでしまったゆうさくではなく、まだ生きているかもしれない颯太を。

変身し、ゆうさくの首にそっと手をかける。

(ごめんなさい...)

心の中で何度も何度も謝罪する。
それでも罪悪感なんて消せやしない。
きっと、生きている限りこの感情は引きづり続ける。

唇を噛み締め、指に力を入れる。

そして―――



『...恐いときは恐いっていえばいい』
『子供は大人に頼ればいいんだ』
『乳首感じるんでしたよね?』
『あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・ああああ↑↑↑』



「だめ...できない...」

ゆうさくの向けてくれた笑顔が、自分を気遣ってくれた言葉が脳裏をよぎった途端、彼女の指から力が抜けた。
駄目だった。
いくら魔法少女になったとはいえ、彼女の本質は平凡な日常で生きてきた夢見る少女だ。
頭の中では決意したつもりでも、それがすぐに実行できるほど彼女は強くない。
きっと、近い将来にはそうなったかもしれないが、しかしいまの彼女には無理だった。

自分と関わった人に傷ついてほしくない。
そんな普遍的な彼女の性質が、決意ひとつで変われるはずもなかった。





ふらふら、ふらふらと覚束ない足取りで、小雪は進む。

「待ってて...リンゴォさん、ゆうさくさん」

倒れ伏していた男たちの遺体は、小雪のデイバックに収納されていた。

このデイバックが人が入れるような不思議なデイバックでよかったと心底思う。

おかげで、これ以上二人を傷つけずに運ぶことができるのだから。

「こんなところじゃない...お日様のあたるような、もっと気持ちいいところに連れていきますから...」

詭弁だ。

どこに埋葬しようが死体は喜ばないし不満も漏らさない。いま彼女が背負っているのは既に命を失った抜け殻に過ぎないのだから。

わかっている。彼女もそんなことはわかっているのだ。

けれど、現実から逃れるように、理想の果てにある清く正しく美しい姿に依存するように。

勝手な約束をとりつけ、償いという言い訳をつくり、己の悲しみを紛らわそうとしてしまう。

ふらふら、ふらふら。

少女は行く。あてもなく、しかし止まることなく亡霊のように。

その歩みが正されるかは、いまはまだわからない。


【F-3/一日目/朝】

【スノーホワイト(姫河小雪)@魔法少女育成計画】
【状態】死への恐怖(絶大)、ゆうさくやリンゴォを喪った悲しみ(極大)
【道具】基本支給品、ランダム支給品1、発煙弾×1(使用済み)
【行動方針】
基本:殺し合いなんてしたくない…
0:リンゴォとゆうさくの遺体をどこかいい場所に埋葬したい。
1:同じ魔法少女(クラムベリー、ハードゴアリス、ラ・ピュセル)と合流したい
2:そうちゃん…
※参戦時期はアニメ版第8話の後から
※一方通行の声を聴きました。
※死への恐怖を刻まれました。
※変身が解かれている状況です。
※時間経過により、赤首輪殺害における権利を失いました。



I wanna be...(前編) スノーホワイト
最終更新:2021年08月06日 23:11