某日 琴吹邸
ムギの誕生日から数週間。
期末試験も終えた私達は、前々から計画していたムギの豪邸に遊びに行く事となった。
…当然だけど今回はメイドの振りをして忍び込んだわけではない。 服装だってもちろん私服だしね。
律「いっやぁ……いつ見てもでっかいよなぁ~…」
眼前に見える屋敷の規模に思わず圧倒されてしまう。
大きな鉄製の門の向こうには綺麗な花畑が見え、庭師と思われる人が芝刈り機を器用に扱う姿が窺える。
あの時は色々あったけど…私達もよくこんな所に忍び込む気になれたもんだよな………
唯「ほんと、お金持ちって感じするよねぇ~」
梓「私、今更ながらに緊張して来ました……」
澪「呼び鈴は…これか?」
澪がインターホンを鳴らす。
ピンポーンと言うお馴染みの音がスピーカーから響き、門の端に備え付けられている監視カメラが私達を捕え始めた。
声「は~~い♪」
律「あ、あの、私達、琴吹さんの友達なんですけど…今日は…」
声「りっちゃんようこそ♪ 今出迎えをよこすからもう少し待ってて貰って良いかしら?」
律「は…はい! って、その声、ムギか?」
声「そうよ~♪」
スピーカーから聞こえてくる声は確かにムギのものだった。
やたらと明るいその声のトーンからも、ムギが今日のこの日を心待ちしていた事がよく分かるな…
声「お待たせいたしました」
待つ事数分。 門の奥から私達を迎えてくれたのは、一人の執事さんだった。
執事「さあさ、日差しが強いでしょう、どうぞこちらに…」
律「はい、お邪魔しまーす…」
唯「失礼しまーす」
ゴゴゴと言う重い音が響き、門が開く。
まるでRPGに出て来る城の門だ。
まさに城門とも呼べるそれを超え、私達はムギの家に入っていく…
……う~~ん、梓じゃないけど…ここまで丁寧にされるとやっぱり緊張してしまうなぁ…
澪「な…なぁ律…私達、こんな格好で良かったのかな…やっぱり、ちゃんと正装で着た方が良かったんじゃ…?」
律「今更そんな事言ってもしょうがねーだろ? それとも、澪だけ引き返すか?」
澪「そ…それだけは…」
涙目になる澪を諭し、私達は執事さんに連れられて庭園を歩いて行く。
唯「えへへ、憂に自慢しちゃお♪」パシャパシャッ
梓「唯先輩ったら緊張感なさすぎ…」
唯に至っては呑気なもので、ケータイで写真を撮りまくっていた。
…あー、あのマイペースさが羨ましいわ。
執事「そういえば、自己紹介がまだでしたな…私、琴吹家で執事をやっております、斎藤と申します。 以後、お見知りおきを…」
斎藤と名乗る執事さんは私達に振り返り、お辞儀をする。
以前ムギの家に電話を掛けた時に出た執事さんの名前も確か斎藤だったと思ったけど、この人が…。
律「琴吹さんの友達の、田井中です」
そして私に続き、唯達も自己紹介をする。
でも、前にあれだけの大暴れをしただけあってか、今更感があるな。
斎藤「ええ、皆様の子とはよく存じておりますよ…」
律「あちゃー、やっぱし、あれだけ騒ぎも起こせばそりゃ有名にもなってますか?」
斎藤「それはもう…琴吹家自慢のSP達の守備をを掻い潜り、見事紬お嬢様を拉致した事で有名に…」
律「んなっ? なんですと!?」
斎藤「冗談でございます」
律「って…冗談かよ!」
笑えねえ…真面目な顔してなんて事言うんだこの人は。
ってか、イメージと違う、この人実はこんなキャラなの?
斎藤「ですが、皆様のお話紬お嬢様より常々伺っております」
斎藤「それは先日の誕生日パーティーの折より一層伺うようになりまして…あれ以来、紬お嬢様の話は部活の事で持ち切りでございますよ」
唯「な…なんか照れちゃうなぁ~」
梓「ええ、なんていうか…くすぐったいです…」
澪「私達のした事、多分だけど、間違ってなかったよな…?」
斎藤「それに関しては、奥様も、そして私も思い悩んでいた事…ですが、それを打ち破ってくれたのが、皆様でした」
斎藤「私達はどうあがいても琴吹の人間、旦那様がいなければ私達の生は成り立たぬことと言っても過言ではありません…」
斎藤さんは遠い目でつぶやく。
斎藤「ですが皆様は、琴吹の格式や家柄などお構いなしに、紬お嬢様の為に邁進してくれました」
斎藤「そしてそれは、旦那様や私達だけではなく、来賓のお客様の心にも響いたのです」
斎藤「故に、お嬢様を縛り付けている”琴吹”という鎖は溶け、お嬢様は本来の素顔を取り戻すようになられました…」
斎藤「それは、田井中様や平沢様、秋山様、中野様、紬お嬢様のお友達がいてくれたからこそ出来た事。 私達では、決して成し得ぬことでした…」
斎藤「皆様、先日は真に…真に、ありがとうございました………」
律「そんな…私達は…」
唯「ムギちゃんが私達を助けてくれたからです…私達は何もしてません…」
澪「むしろ、ここのお宅に迷惑かけただけかもって思って…」
梓「そうですよ、頭を上げて下さい…私達、そんなすごい事、してません」
みんなが照れ隠しをする。
こんな年上の人に頭を下げて感謝されるなんて…生まれて初めてのことだった。
庭園を超え、玄関へ着く。
以前はガードマンに止められて誤魔化したけど、もうそんな事をする必要もない。
そして、ギギギ…と言う音を立て、その大きな扉が開け放たれた…。
空調が効き、大理石のタイルが敷き詰められた玄関からは微かにハーブの香りが漂い、改めてウチら庶民の家とは違うんだと言う事を実感させる。
紬父「ようこそ! みなさん、暑い中お疲れ様でした!」
紬母「あなたったら…ようこそ琴吹家へ、お待ちしておりましたわ」
玄関口から私達を出迎えてくれたのは、ムギのおとうさんとお母さんだった。
こうして2人を見ると、ムギがこの家の子供なんだと言う事がよく分かるな。
お父さんはとても風格があり、でもそれは威圧感とは違う…そう、威厳があるって言うのだろう。
そして、その大きく太い眉毛が、目の前の男性がムギの父親なんだと言う事を存分にアピールしていた。
お母さんもそうだ、整った顔立ちにムギそっくりのウェーブがかかった綺麗な金髪と、包み込まれるようにおっとりとした優しい雰囲気が。
こう見ると、ムギはお母さん似なんだと言う事がよく分かる。
『この親にしてこの子あり』って言うのは、まさにこの事を言うんだろうな。
紬父「よくぞお越しくださいました、ささ、荷物を持たせますので是非中へ!」
おじさんの呼びかけに奥からメイドさんが駆け付ける。
みんな最初は遠慮したけど、その圧倒される雰囲気に飲まれ、つい荷物を手渡してしまった。
律「すみません…お…お邪魔しまーす」
一同「お邪魔しまーす!」
挨拶を済ませ、私達は屋敷に入っていく。
廊下やエントランスの端には見た事もない美術品が所狭しと並んでいる…
それぞれが、海外の美術の教科書でしか見た事
…てか、以前着た時こんなのあったっけ?
澪「律…あれ…」
澪が端を指差す、そこには眉唾物のお宝の数々が…!
律「うお、あれ、キースの生写真じゃん!」
唯「あー、あの人の持ってるギター、ギー太だ♪」
澪「ジミー・ペイジだな、あっちには…わぁぁ!! ビートルズのレコードもある!」
梓「あのレコード、もう絶版でどこにも売ってないやつじゃないですか!!」
紬父「はっはっは、私の自慢の一品ですよ、よろしければ是非見てってください!」
さすが、音楽関係の社長の家だ…。 今日ここに来なければ、一生かかっても拝められないお宝がザクザクあるな…
軽音部員としての血が騒ぐ、あああ、もっと近くで見てたいなぁ~♪
律「梓、澪、唯…あとで、もっと見せて貰おうよ…な?」
梓「勿論です!!」
澪「ジャコ・パストリアスのブロマイド…写メでいいから映せないかな…」
唯「なんか不思議、ここにはギー太の兄弟がたくさんいるんだねぇ~」
紬母「こちらにどうぞ…」
おばさんの案内で私達は一つの部屋の前で立ち止まる。
紬父「他のお友達もお集まり頂いてますよ」
律「………他のお友達?」
そのフレーズに疑問を抱きつつも、私はがちゃりとそのドアを開ける。
そこにいたのは…まぁ、意外っちゃ意外なメンツだった
憂「このお菓子美味しい…♪
レシピ教えて貰って良いですか?」
純「~~♪ ~~♪ っっくううう!! まさかこのCD聞けるなんて…私来てよかった~~!!」
和「この本面白いわぁ、2~3冊借りてこうかしら?」
さわ子「…ん~~、これがヴェノア…素敵な味わいねぇ~」
ある人はソファーで、またある人は椅子に座り、私達よりも先に着いてたみんなは、既にくつろいでやがったのだ。
律「ってえ!! なんでみんないんのさ!」
唯「あれ? 憂?」
梓「純まで、どうしてここに?」
澪「和に先生まで…みんな来てたのか??」
声「私が招待したのよ、せっかくの機会だしね…♪」
奥からムギが姿を見せる。
唯「みんな誘われたのなら一緒に来たのにぃ~」
憂「ごめんね、私もついさっき紬さんに誘われて…」
さわ子「いきなり電話で起こされから何事かと思ったわよ、外出たら、マンションの前に大きなリムジンが停まってるんですもの…」
和「それで、私達も来ることにしたのよ…まぁ、いきなりで驚いたけど、貴重な体験をさせて貰ったわ」
純「家出る時、お母さん腰抜かしてました、あははっ」
そりゃまあそうだろう、普通の家の前にリムジンが停まったら、誰だって驚きもする。
律「ま、いつものメンツって感じだねぇ」
唯「ムギちゃん、今日は家に誘ってくれてありがとう♪」
梓「私、今日すっごく楽しみでした♪」
澪「おみやげ持って来たんだ、良かったら後で食べてくれ…駅前で買った安物だけどさ」
紬「私の方こそ来てくれてありがとう、今日もいっぱい楽しみましょ♪」
そして、全員が集まった所でおじさんが私達に向かって話し始める。
紬父「みなさんお集まり頂きありがとうございます! 紬の親として、皆様のような素敵な方々と巡り会えたこと、光栄に思いますぞ!」
紬「パパ、堅苦しい話はよしましょ?」
紬母「そうですよあなた…今日はいつものようなパーティーじゃないんですから」
紬父「っと…これは失礼…、それではみなさん、我が家だと思って存分に遊んで行って下さい!」
そして、私達は各々自由行動に移る
さて、何して遊ぼうかなぁ~~~♪
憂「紬さん、あの…厨房見せて貰ってもいいですか?」
紬「ええ、構わないわよ?」
憂「えへへっ、ありがとうございます♪」
憂ちゃんは分かりやすい、こんな屋敷の厨房なんて
これでまた、唯の夕飯に美味しいメニューが一つ加わるんだろう…そう考えると、羨ましい話だった
和「書庫とかもあるのかしら? もし良ければ、本を見せてもらいたいのだけれど…」
紬「ええと、今メイドに案内させるわね」
梓「ねえねえ純、あとでおじ様のコレクション見に行かない? すっごいレアなのいっぱいあったんだ」
純「うんっ! 行く行く~♪」
唯「澪ちゃん、さっきギー太を持ってた人の曲ってどれ?」
澪「レッド・ツェッペリンか…あああった、これだよ」
唯「へぇ~……私もいつか、こんな演奏できるようになるかな?」
律「練習すれば、いつかはなれるさ」
唯「うんっ! 私、この人を目標にする! ふんすっ!」
律「だ~ったらもっと練習して、かっこいい演奏できるようにならなとな?」
さわ子「そう言えばムギちゃん、あの麻雀牌は使ってるの?」
紬父「おお、あの牌は先生の物でしたか!」
さわ子「ええ、すみません、ほんの冗談のつもりだったんですけど…」
紬父「いえ…私も紬もあの類のゲームには目がなくてですな…いや、紬が打てるようになった暁には、卓を囲もうかと思っていたのですよ」
紬「前にパパと一緒に執事たちとやらせて貰いましたけど…私、漢字の牌しか集まらなくて…あれが普通なんですか?」
紬父「っはっはっは、さすがに初戦から四暗刻と大三元を上がるとは思わなかったわ、執事達の驚いた顔が忘れられんかったぞ!」
紬「すーあんこー?」
さわ子「それ役満よ、あなた…」
紬「やくまん?」
さすがムギ、福引で特賞を引き当てる引きの強さは伊達じゃなかったようだ。
最終更新:2011年10月26日 21:46