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三連休だった。
今まで祝日は律と一緒にいたけれど、律を突き飛ばした挙句、講義をさぼって逃げた。
さらにメールも電話も無視した手前、少しだけいつものように律と会うのは居た堪れない。
だから今回の祝日三連休は律とは会わないことにした。
私は律に今ものすごく会いたい。でも、律は怒ってるんじゃないだろうか。
そう思ったんだ。
三連休の初日の今日は、建国記念日の十一日だ。
バレンタインまで、あと今日含めて三日。
十四日には、律は『理学部の子』と食事をするんだ。
もしかしたら、律との恋が成立してしまうかもしれない。
二人がくっついてしまったらどうしよう。
だからって、どうしようかも全然思いつかなかった。
結局お昼の十二時までは、寝たり起きたりしていた。
でもやっぱり、律の顔は浮かんでくる。
それだけで胸は痛いのだけど、でもやっぱりふわふわした気持ちはするのだ。
(……詩)
ふと、頭に浮かんだ。
私は文芸部で、詩を書いていた時期がある。
あの時は意味不明な、よくある言葉の模倣でしかなかった。
(……作詞)
今は『詩』ではなく、『詞』なのかもしれない。
一応、音楽やってるわけだから。
律とやってて、いつかは歌詞を書いてみたいと思ってた。
それが今、ふと思い出されたのだ。
私は、布団からのそりと出て勉強机に向かってみた。
適当なルーズリーフに、ペンを走らせる。
不思議なほどに、言葉が溢れてきた。
律を見てると、胸がドキドキする。
ふわふわしてるし、暖かい。
(君を見てると――)
好きって昨日自覚して、さらに眠れなくなって。
夜が切なくなった。
(好きになるほど――)
もう少し私が勇気を振るえば、何かが変わるのかもしれない。
昨日みたいに、恥ずかしいから逃げるんじゃなくてさ。
(何かが変わるのかな――)
でも、律を見るとやっぱり恥ずかしさで顔が真っ赤になりそうだ。
そうなると、普通に話すのはどう考えても難しい。
だからって段取り考えたって、それは全然自然でもない。
(全然、自然じゃないよね――)
でも、話したら。
なんとか話せば。
その後は、どうにかなるよな。
だって律といるのは、楽しいし嬉しいから。
私に笑顔を、たくさんくれるから。
(どうにかなるよね)
「書けた……」
律の事考えてたら、律の事だけで歌詞が書けた。
これに曲をつければ、もう立派な曲になる。
もちろんバンドなんてないのだけど。
私はルーズリーフを机に置いて、それを見つめた。
……恥ずかしい歌詞かもしれない。
律に歌詞を書いてみたよって言ったら、笑われちゃうかな。
それも、いいかもな。
タイトルは、どうしようかな。
「ふわふわ……タイム」
ふわふわ時間。
それはまさに、私が律と出会って送った日々のことだった。
律と恋人同士になりたい。
そんな想いは、どんどん膨れ上がっていた。
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2月11日 くもり
澪、怒ってるかなあ。
メールもしたし電話もしたのに、応答がないってことはそうだよな。
今までずっと一緒にいたのに、バレンタインは他の子となんて。
私の馬鹿野郎。大馬鹿野郎だ。
最初に澪が、行けばって言ったから、少し頭にきて。
「これでいいかよ」なんて煽ったけど、私馬鹿みたいだな。
いや、実際馬鹿だ。本当に馬鹿だ。
馬鹿律。マジで情けない。
でも下宿まで行ったら迷惑だろうな。
会いたいな。でも、そっとしておいた方がいいのかな。
ってか、澪の奴鈍感だよなー。
気付けって。私の気持ちぐらい。
澪、大好きだよ。
日記に書いても意味ねーよ私も。
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私はその日も、カレンダーをまず見た。
(……12日、か)
あと二日で、律は律のことが好きな『理学部の子』と食事をする。
私の頭の中に、その場面が浮かんでくる。
バレンタインということは、その子は律にチョコレートをあげるだろう。
場所が一体どこかはわからないけど、食事ということはどこかのレストラン……。
だとしたら別にチョコレートを渡すぐらい差支えないだろうなあ。
その子は多分手作りでチョコを作って、律にそれをプレゼントするんだ。
律はそれを、多分少しだけ嬉しそうに受け取る。
そういう場面だと律は、絶対嬉しく思っちゃうんだ。
律だけじゃない。
私だって、自分の事好きだと言ってくれる人がいたら、少しぐらい喜ぶかもしれない。
大好きな人が他にいたって、でもありがとうって思うことだってある。
もし律以外の人が私にチョコレートをくれて、好きだと私に言ってきたら……そりゃ、少しは嬉しく思ってしまうだろう。
だけど、律にはそうなってほしくない……。
わがままだけど……自分勝手だけど。
私は勉強机に伏せった。
溜め息が漏れる。
律は今頃何してるんだろう。
そして私は、今何やってるんだ?
昨日書いた歌詞を見つめた。
……律の事が好き。
気付いたけれど、余計に悲しい。
こんなに好きになるのなら、もっと早く出会いたかった。
一緒にいられなかった時間を想うと、悲しい。
悲しいのは、この気持ちに気付いてしまったからだ。
随分前に律も言ってた。
もっと早く出会いたかったって。
ずっと同じ学校だったんだから。
なぜ出会えなかったんだろう。
出会っていたかった。
そしたら、いろんなことができたのに。
考えるだけ無駄かな。
だけど、もしもっと早く出会っていたら……。
そう考えちゃうんだ。
(……はあ)
もう考えるのはよそう。
いろいろと考えることや、悩ましいことはある。
だけど、それより私はやりたいこともある。
明日は材料を買ってこよう。
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2月12日 くもり
まだ澪と連絡が取れない。めちゃくちゃ寂しい。
もう家に行ってやろうかな。でも、迷惑だよなやっぱりさ。
私は午前中、DVDを見て過ごした。
もし澪が私に怒ってるのなら、やっぱり食事会を了解したことかな。
そうだとしたら、澪も私の事、少しぐらいは……。
当たって砕けろともいうか。
もし澪が私のこと好きじゃなくても、私は澪の事大好きだから。
食事会に行った後、澪には気持ちを伝えよう。
そのために明日はデパートに行こう。
家で何度か作ったことはあるけど、誰かに渡すなんてのは初めてだな。
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この時期になると、デパート内の書店にはチョコレート作りの方法が書かれた本のコーナーが作られていた。
今時の女の子が読むようなキラキラした本もあれば、主婦や料理を趣味にする少しばかり真面目な感じの本まである。
デパートは、三連休の最終日だけあって混んでいた。
私はそのチョコレートの本……お菓子作りについての本のコーナーの前で、ウロウロしていた。
買おうか買うまいか迷っているというのもあるし、どれを買えばいいのかもさっぱりだった。
そういうのには果てしなく疎い。
去年の四月に、律の家で料理を作って食べさせた。
そしたら、大失敗だった経験がある。
あれ以来私は律とよく料理と作って、律にいろいろ教えてもらったりしていた。
私は本当に下手糞で、律を呆れさせてばっかりだった。
律が毎回微妙な顔をすると、私は申し訳なかったり、なんでできないんだろうって悔しくて泣いたりもした。
でも律は、そんな私を慰めてくれてた。
ずっと一緒にいて、料理の練習を手伝ってくれた。
おかげで、私も随分と料理はできるようになった。
もちろんまだ律には及ばないし、ときどき失敗もするけれど。
だけど、私も成長したんだ。
これから、チョコレートを作る。
もしおいしくできたら、律は喜んでくれるのかな。
私は、真面目そうなお菓子作りの本を買った。
袋を手に提げて帰る途中、ふとコインロッカーのある一角を通る。
(……ここ)
そこは、律が私を助けてくれた場所だった。
あの時は、律はカチューシャをはずして私を呼び捨てするものだから、本当に誰だか分からなかった。
テレビで見るどんな端整な男の俳優よりもかっこよくて。
私はずっと怖くて泣いていて、助けてくれたことよりも怖さがあったから、触らないでなんて言ってしまったけど。
でも、律だってわかった途端、安心したんだ。
抱きついたりもして。
今考えると、相当恥ずかしいけど。
でも、嬉しかったし、律の事大好きになった。
あの時は、友達としての好きだったかもしれない。
今は、友達としての好きもあるけど。
恋愛感情として、好きなんだ。
だから、私は律にチョコレートを作らなきゃいけないんだ。
想いを伝えたいんだ。
律のこと、好きだよって。
家に帰って、お菓子作りの本とにらめっこしながらチョコを作った。
いろいろ大変だったけど、できた。
明日だ。
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2月13日 くもり
チョコレートを作ること自体は慣れていたので、簡単だった。
もう
レシピは頭の中に入っている。手順も完ぺきだ。
でも、それを好きな人に渡すとなると、私は急に緊張した。
澪に喜んでほしい。笑ってほしい。そう考えるとやる気は出た。
澪は今、何をしてるんだろうなあ。
メールも送ってないし、電話もかけていない。
だけど、明日会えるんだ。
明日、どういう風に顔を合わせればいいか迷うけど。
いつも通りに接して、食事会も早めに切り上げて。
澪の家にでも行くかな。
どうにかして、チョコをあげたい。
好きだって伝えたいしな。
私のことを好きだって言ってくれる子には、申し訳ないけど。
出会った時からもう、澪って決めてるから。
澪のことしか、好きにならないから。
最終更新:2012年06月01日 08:34