GS・たのしい知識、vol.4-7 1986.12-1988.9
第II期vol.4、1986.12「特集=戦争機械」
浅田彰・生井英考・武邑光裕・細川周平責任編集
発行所:UPU、表紙・目次デザイン・本文レイアウト:戸田ツトム
本号より浅田彰・生井英考・武邑光裕・細川周平の責任編集となって、第二期スタート。
- 田中敏彦「戦争機械と国家装置:ドゥルーズの方法について」
- 小沢秋広「遊牧民論:戦争機械:その内在的側面から」
- Férix Guattari・Paul Virilio・Alain Joxe・Giairo Daghini「ニュークリア・ステート」(浅田彰・市田良彦・中島ひかる訳)
- Paul Virilio・Sylvere Lotoringer「純粋戦争」(細川周平訳) 〔→『純粋戦争』UPU(GS叢書)、1987.12〕
- Paul Virilio「彼岸の戦略」
- Paul Virilio「根源的アクシデント」
- Paul Virilio「戦争における非物質的なもの」
- Paul Virilio「映画館『フェルン・アンドラ』」
- Paul Virilio「未来主義とファシズム」
- 浅田彰「ジーバーベルクを見るドゥルーズ」
- ハンス=ユルゲン・ジーバーベルク「『ヒトラー』をめぐる最後の旅」
- 四方田犬彦「ジーバーベルクの余白に」
- ジャン=ズィータ・グローヴァ「アイロニーのカレイドスコープ」
- 市田良彦編「《地図》 「テロリズム」のリビドー経済学」
- 市田良彦「戦争と平和、あるいは、ジュネがマオに接吻する」
- アレクサンドル・コジューヴ「戦争の完了についての二つのノート」
- 丹生谷貴志「歴史の完了と戦争」
- 樫村晴香「彼岸の強者と此岸の死者:法と自然0」
- 花村誠一「師・金属・分裂病:もう一つのカタトニア論」
- 宇野邦一「ロレンスの戦い」
- 山名哲史「「合理的戦争人」の誕生:戦うクラウセヴィッツから恋するヒトラーへ」
- 丸山浩行「ハルマゲドン・シンドローム:黙示録的終末観による知への抑圧」
- 彦坂裕「死の幾何学:俯瞰マニアと錯乱のグラフィズム」
- 三宅理一「ヴォーバン」
- J. G. Ballard「二十世紀の神話創造者」
- William S. Burroughs「『ザ・ワイルド・ボーイズ』」
- William S. Burroughs「マインド・ウォー」
- William S. Burroughs「国家の安全保障のために」
- William S. Burroughs「新しき蛙よ、目覚めよ!」(聞き手:Daniel Odier)(藤原えりみ訳)
- William S. Burroughs「皆殺し作戦」(聞き手:Sylvere Lotoringer)
- ジェラール=ジョルジュ・ロメール「異形態の戦い/疫病/ノヴァ」
- William S. Burrough「『残虐行為展覧会』への序文」
- J. G. Ballard「インタビュー 真実を見出すこと、あるいは精神の戦場」(聞き手:ジュノ&ヴェイル)
- Jonathan Crary「J=G・バラード 散乱する形態」(?訳)
- 志賀隆生「P=K・ディックと戦争機械」
- 文:三上晴子、写真:英隆「BADART FOR BAD PEOPLE」
- ゾーイ・ソファ「絶滅の装置としての胎児 妊娠中絶・軍縮および地球外主義の性ー記号論」
- 大原まり子「人工身体 イメージの器」
- 藤井雅実「脱臼と共振:美術・機械の乱流」
- ジェネシス=P・オーリッジ「VIDEO WAR」
- 菅村雅信「ZTT 音波のコカコーラ・ボトラーズ」
- ポール・テイラー「ミックス・マスターズ」
- フランク・オーウェン+キャロライン・フランク「ポスト・モダニズム AからZまで」
- ノーマン=O・ブラウン「炎之巻」
- 中村忠男「ガンダルヴァの風系 森には入ってゆくいくつかの方法について a Minotauros et Kentauros」
- クロード=レヴィ・ストロース「南アメリカのインディアンおける戦争と交易」
- ピエール・クラストル「暴力の考古学」パラメーターを正しく指定してください。
- 柄谷行人「「方法序説」への註釈」
狂言回廊
- 御輿振り その中世的表象 山本ひろ子
- 佐藤良明「英語基本動詞研究4 スターティング・オーバー編」
第II期vol.5W、1987.4「特集=電視進化論」
浅田彰・武邑光裕責任編集
発行所:UPU、編集スタッフ:萩原富雄・窪田由美・田村洋子・横田紀子
※ 付記や備考のように文章コラージュや短文が破格のスタイルで挿入されており、また翻訳選択が誰によるものなのかが明確になっているので、通常は邦訳解説として明記しない短文等も含め、本号の目次は緻密に辿ることにした。タイトルのない短文は「無題」と表記し、書き出し文章をカッコ内に提示した。一部は書き出しのしばらく後の箇所だが(無題(「わたしのお気に入りヴィデオ」で・・・))、それは目次の表記にしたがっている。
挟み込まれた紙:浅田彰「〈電視進化論〉附記」
電視進化論
- 武邑光裕「無題(ニューヨークのパブリックTV局であるWNETの建物は……)」、p.1
- Jonathan Crary「スペクタクルの蝕」(浅田彰・市田良彦訳)、pp.2-13
- 浅田彰「無題(気鋭の美術史家・評論家であり、ZONEの編集委員でもあるジョナサン・クレーリーについては……)」、p.12
- Paul Virilio「潜在的イメージ」(菅啓次郎訳)、pp.14-16
- Paul Virilio・Jean-Paul Fargier「スピード=映画(シネマ)」(菅啓次郎訳)、pp.16-21
- Jean-Paul Fargier・Don Foresta「ヴィデオは決して偶然を廃棄しないだろう」(千葉茂隆訳)、pp.22-25. pdf
- 四方田犬彦「ファルジエの余白(マルジュ)に」、p.24
- Marc Guillaume「われわれを身体から解放せよ」(牧田弥訳)、pp.25-29
- 浅田彰「無題(1940年に南仏で生まれ、パリで経済学を学んだマルク・ギヨームは……)」、pp.26-28
- Umberto Eco「TV:失われた透明性」(山本敦子訳)、pp.29-39. «TV : la transparence perdue»
- 細川周平「無題(ウンベルト・エーコ(1932-)は、『記号論』をはじめ……)」、pp.35-38
- Raymond Bellour「ヴィデオ・ユートピア:その前衛的存在あるいは非存在」(加川順治訳)、pp.39-45. cf. Bill Viola Bibliography
- 浅田彰「無題(マスメディアとしてのTVに対抗して自らを規定し……)」、pp.44-45
- 山崎浩一「白いブラウン管から恋人の瞳を射る日」、pp.46-47
- 手塚眞「もっとも過激な映像としてのTV」、pp.47-49
- 鈴木布美子「TVの映画的不幸をめぐる幸福な物語」、p.49
- 浅田彰「新しい画像技術、新たなネットワーク」、pp.50-51
- Edmond Couchot「画像のデジタル合成」(菅啓次郎訳)、pp.52-57. html
- Edmond Couchot「ハイブリッド化」)(菅啓次郎訳)、pp.57-61
- Edmond Couchot「リアル・タイムを求めて」(菅啓次郎訳)、pp.61-66. cf. Edmond Couchot Bibliography
- 浅田彰「無題(エドモン・クーショはデジタル技術の視覚芸術への応用を追求する研究者であり……)」、pp.65-66
- 浅田彰「スクリーンから電脳都市へ:ドゥルーズ『映画』を読む」、pp.67-71
- Christine Tamblyn「リン・ハーシュマンの物語的反物語」(幾島幸子訳)、pp.72-77
- Luca Muscarà「インターラクティヴ・パソロジー」(山田和子訳)、pp.76-80
- 四方田犬彦「無題(Jean-Luc says, Cinema and video are just as Cain and Abel.....)」、p.81
- 四方田犬彦「はじめてヴィデオ・カメラを手にした年少の友人によせる手紙」、pp.82-83
- 三浦明彦「長い人生の伴侶にTVゲームをどうぞ」pp.84-89、
- 浅田彰「無題(先日ロバート・エイブルと会ったとき、彼が語っていたアイディアの一つは…・・・)」、pp.87-89
- 武邑光裕「マックス・ヘッドルーム」、pp.90-91
- 浅田彰「無題(マックス・ヘッドルームが日本のTVにチラリとお目見えしたのは……)」p.91
- Dorothée Lalanne「チャンネル4:制約なきチャンネル」(千葉茂隆訳)、pp.92-93
- Kathleen Hulster「主張をもったテレヴィジョン:イギリスのチャンネル4」パラメーターを正しく指定してください。(山田和子訳)、pp.94-97
- Kathleen Sturken「TVラブWNET」(山田和子訳)、pp.97-100
- Susan Dowling「WGBH/ニュテレヴィジョン・ワークショップ」(山田和子訳)、pp.101-103. html, pdf
- Joanne Kelly「ナショナルセンター・フォー・エクスペリメンツ・イン・テレヴィジョン」(山田和子訳)、pp.103-104
- 武邑光裕「パブリック・アクセス・アーキテクチャー:マンハッタン・ケーブルTVとメディア・フロンティア」、pp.105-113
- 武邑光裕「無題(アメリカにおける大都市のフランチャイズ(放送権公的認可)を求める動きは……)」
- 武邑光裕「サテライト・ネットワーク」、pp.114-115
- 浅田彰「『バイバイ、キップリング』見聞記」、pp.115-117
- 「日本側は三宅一生氏や横尾忠則氏も」「ナムジュン・パイクの「瞬間地球芸術」がおもしろい!」(『東京新聞』1986年9月17日号、『週刊ポスト』1986年11月7日号から抜粋)、pp.115-117
- Hal Foster「TV:その二つの部分」(藤原えりみ訳)、pp.118-119
- Gretchen Bender「政治的娯楽」(藤原えりみ訳)、pp.119-120
- 川崎徹「TVについて」、pp.121-122
- いとうせいこう「「わたしに躓かぬものはさいわいである」とファミコンは言った」、pp.122-123
- 宮沢章夫「壷の鑑賞」、pp.124-125
- James M. Welsh「TVにおける核の意識」(山田和子訳)、pp.126-133. cf. Rose Bene, «Book Review. Transmission, edited by Peter D’Agostino and {Using Computers: Human Factors in Information Systems by Raymond S. Nickerson», Canadian Journal of Educational Communication, vol.16-no.3, Summer 1987, pp.271-275.
- 浅田彰「無題(『ザ・ウォー・ゲーム』についてはすでに羽仁進が……)」、pp.132-133
- Peter C. Rollins「テレヴィジョンのヴェトナム」(岡本直也による抄訳)、pp.134-140. cf. Pay-to-Download site
- Jean-Paul Fargier「はめ込まれた人間」(千葉茂隆訳)、pp.140-142
- John Wyver「TVとポスト・モダニズム」(尾河直哉訳)、pp.142-145
- Jefferson Humphries「官能的(セクシー)な雑種性」(小沼純一訳)、pp.146-149
- 浅田彰「無題(ミュージック・ヴィデオがヴィデオ・アート自体にもたらした……)」、p.147
- 浅田彰「無題(前作『スレイヴ・トゥ・ザ・リズム』でトレヴァー・ホーンとともに〝はやい資本主義″と″きらめくテクノロジー″の頂点を極めた感のあるグレーズ・ジョーンズだが……)」、p.148
- 浅田彰「無題(ミュージック・ヴィデオの中から出てきたもっとも興味深い成果は……)」、p.149
- 浅田彰「ここまできたTVシミュレーション」、pp.149-151
- 桑原茂一「確かに恐ろしかった。だけど、それじゃ僕たちはいったいどうすればいいんだ。」、pp.151-152
- 浅田彰「無題(「わたしのお気に入りヴィデオ」でベスト5のひとつに『グレン・グールド:ピアノ演奏の秘密』を挙げた僕……)」、pp.152-152
- 浅田彰「無題(同じく音楽を扱っても、フランスのヴィデオ・アーティスト、ロベール・カーンの手法は……)」、p.153
- 生井秀考「暗殺」、pp.154-156
- 「無題(それらの光のひとつひとつは交互に……)」(クロード・シモン『盲いたるオリオン』〔平岡篤頼訳、新潮社、1976〕からの抜粋)、pp.155-156
- 「TVカメラの前で短銃自殺」(『朝日新聞』1987年1月23日号から抜粋)、p.156
- 浅田彰「TVアクシデントの時代に絵画はいかにして可能か」、p.156
- 浅田彰「無題(いくつかの顔を重ね合わせて、新しい顔を合成する。……)」、pp.157-159
- William A. Ewing「ナンシー・バーソン」(尾河直哉訳)、p.158
- 「無言の政見放送始まる」(『朝日新聞』1986年6月24日号からの抜粋)、p.159
- 大竹伸朗「奥村チヨはモノクロTVにナイロビの光を見たか:炭坑編」、pp.160-161
- 野阿梓「「テレビくん」の記憶」、pp.161-163
- 大原まり子「テレヴィジョン」、pp.163-164
- 香山リカ「分裂病者の時代は終わった」、pp.165-167
- Martha Gever「ミート・ザ・プレス:「ペーパー・タイガー・テレヴィジョン」についての覚書き」(旦敬介訳)、pp.168-176
- 「マーナ・ベインが『エボニー』を読む」、pp.172-176
- 高橋周平「TV風化の時代」、pp.177-179
- 浅田彰「ヴァズルカ:映像の政治学」、p.180
- 三上晴子「[写真] 核戦争ノ前ニ精神病ニナッタTV貝塚」 (見開き頁内、頁数記載なし)
- 武邑光裕「CGアスペクト:SIGGRAPH ‘86」 (見開き頁内、頁数記載なし)
- 宮島達男・Koen Theys「作品」 (見開き頁内、頁数記載なし)
- 浅田彰「無題(クリス・デルコンに今もっとも注目するベルギーのヴィデオ作家はと尋ねたら……)」 (見開き頁内、頁数記載なし)
TV進化論 TV EVOLUTION
vol.5Wとあるように、本号は雑誌『W-Notation』(UPU)と同じく表表紙から始まる縦組文章と、裏表紙から始まる横組文章を合わせた造本になっており、前者が「電視進化論」、後者が「TV EVOLUTION」となっている。
- 浅田彰「無題(去年の12月11日、パリのポンピドゥー・センターで……)」、p.1
- 浅田彰「TVEV MANIFEST」、pp.2-3
- 構成:浅田彰・義江邦夫「TVEV LIVE: TV WAR ADELIC PENGUINS」、pp.4-5
- 原田大三郎「TVEV BROADCAST」
「COMPUTER EVOLUTION」(ナレーター:浅田彰、製作:SEDIC)、pp.8-33
制作ノート
- ?(EY)「ディジタル・ポートレート制作の手引き」、p.12 ※目次欄では「制作ノート」の執筆者として他に小高忠男、泉秀樹が上がっているがイニシャルが一致しない。
- 石原恒和(TI)「レクチャーパートのヴィデオ表現について」、p.12
- 石原恒和(TI)「マルチウィンドウ形式のヴィデオ表現について」、p.14
- 倉繁宏輔(KK)「天然知能と周辺機器」、p.16
- 神谷良一(RK)「ディスプレイ上に青白く輝くあの頭部データはどうも半生命状態にあるらしい」、p.18
- 石原恒和(TI)「浅田彰氏の声のベクトルスコープ」、p.20
- 石原恒和(TI)「CTスキャナー撮影裏話」、p.24
- 桝山寛(HM)「虫歯と副鼻腔」、p.26
- 三浦明彦(AM)「ライフゲームに愛を込めて」、p.28
- 桝山寛(HM)「AA アズ マテリアル」、p.30
- 毛利嘉考(YM)「編集というのは不思議な作業です」、p.32
- 「浅田彰頭部三次元データ再構成の実際」、pp.34-35
「TECHNO EVOLUTION」
- 『われわれ人間はなぜかくもテクノロジーを愛するか』(鈴木圭介・浅田彰訳、翻訳協力:三宅晶子・細川周平)、pp.36-57
- 浅田彰「無題(このタイトルは、正確に言うと……)」、p.38
- 浅田彰「無題(下の図、ヤン・ファン・アイクの……)」、p.40
- 浅田彰「無題(こうして収穫された夥しいキス・シーンは……)」、p.40
- 武邑光裕「Why We Men Love Technology So Much制作の背景」、p.42, p.44
- Stefaan Decostere・Chris Dercon「Catastrophe: the new Museum制作ノート」(武邑光裕訳)、p.44
- 浅田彰「無題(『カイエ・デュ・シネマ』の別冊「ヴィデオはどこへ行くのか?」の編集にあたったジャン=ポール・ファルジエは……)」、p.46
- Paul Virilio「ヴィリリオはヴィデオがお好き」(聞き手:Jean-Paul Fargier)(加川順治による抄訳)、p.46, p.48
- 浅田彰「クラウス・フォン・ブルッフ・ヴィデオグラフィー」、p.48, p.50, p.52
- 浅田彰「メーヘレンについて」、p.52
- 浅田彰「クリス・デルコン」、p.52, p.54
- 浅田彰「無題(壮大な夜の天空の絵で有名なジャック・ゴールドスタインが……)」、p.54
- Douglas Crimp「ジャック・ゴールドスタイン」(山田和子による抄訳)、p.54, p.56
「BAROQUE EVOLUTION」
- ヴィデオ映像「柄谷行人「鏡・ヴィデオ」」、pp.61-62
- ヴィデオ映像「磯崎新「電子の迷宮」」、pp.63-65
- ヴィデオ映像「現代の地獄 『HELL』」、pp.66-67
- ヴィデオ映像「F. ガタリ「ポスト・メディア」」(ホームヴィデオによる撮影:Joséphine Guattari、川竹英克訳)、pp.68-73
- 田口賢司「Making of TVEV」、p.72, p.74, p.76
- ヴィデオ映像「柄谷行人「デカルトと精神」」、pp.75-76
- 「スタッフ一覧」、p.78
注 ジョゼフィーヌ・ガタリ Joséphineはしばしば文献によりジョセフィーヌあるいはジョゼフィーヌと記され、表記が安定していない。本号ではジョゼフィーヌと表記されている。なお、同時期のガタリに関連した映像として、「La Borde Clinic Residents with Felix GUATTARI & TANAKA Min(ラボルド・クリニックの一日:住人のみなさんとF・ガタリ&田中泯)」(produced by Joséphine Guattari, edited by Francois Pain, 1987)があり、2008.3.29.-30.にはヴィデオ所有者である田中泯の提供によって、日本初公開が実現した(東京藝術大学にて、「ネグリさんとデングリ対話」主催)。ジョゼフィーヌ・ガタリについては、粉川哲夫・杉村昌昭「対談 思想の発生現場」(粉川哲夫編訳『政治から記号まで:思想の発生現場から』インパクト出版会、2000.5、pp.101-150)で多少触れられている。cf. 攝津正による抜粋 また、配布解説文の抜粋だろうか、ネグリによる言及文章がある。イルコモンズ▼「ラボルド・クリニックの一日」 3月29日(土)17:00-、30日(日)17:00-
第II期vol.5 1/2、1987.6「特集=ジュネ・スペシャル」
浅田彰責任編集
発行所:UPU、本文タイトル・目次写植印字:駒井靖夫、編集スタッフ:荻原冨雄・窪田由美・田村洋子・横田紀子
語るジュネ
- Jean Genet「レンプラントの秘密」(松浦寿夫訳)
- Jean Genet「シャルトルの大聖堂〈透視俯瞰〉」(鵜飼哲訳)
- Jean Genet「インタビュー1964」(諏訪部仁訳)
- Jean Genet+フーベルト・フィヒテ「インタビュー1975」(増田成子訳)
- Jean Genet+ライラ・シャヒト+リュディガー・ヴィッシェンバルト「インタビュー1983」(梅木達郎訳)
- Jean Genet+セルジュ・ソブツィンスキー「インタビュー1985(坂原真理訳)
舞台上のジュネ
- 浅田彰・渡邊守章「舞台の上の政治学 1986年11月24四日京都大学」
- 渡邊守章「演劇と祝祭~「バルコン~革命夜話幻想館」公開稽古における解説 1983年3月4日スタジオ200」
- クロード・モーリヤック「もうひとつのまなざし ジャン・ジュネの映画作品に加えられた24年間の上映禁止」(尾形邦雄訳)
- ポール・テイラー+エイドリアン・マーティン「愛は何処に」(三尾徹訳)
パレスチナのジュネ
- Jean Genet「ジュベル・フセインの女たち」(澤田直之訳)
- Félix Guattari「再び見出されたジュネ」(浅田彰・市田良彦訳)
- ルネ・ド・セカッティ「知恵の七剣」(川竹英克訳)
- Michell Deguy「ジャン・ジュネの”ピエタ” ミクロレクチュールの試み」(森田秀二訳)
- 四方田犬彦「母性と幻滅 ジュネの遺作『恋の囚人』をめぐって」
- 鵜飼哲「鏡のなかの神々 『恋の捕囚』の余白に」
- 市田良彦「象嵌術」 〔→改題、第2部「防御の唯物論とテロルの観念論」第5章「薔薇を象嵌するゲリラたち」、『闘争の思考』人文書院、1993.6〕
- Gilles Deleuze「ヤセル・アラファトの偉大」(丹生谷貴志訳)
- アブデルケビル・ハティッヒ「反ユダヤ主義とシオニズムを超えて」(澤田直之訳)
- マフムード・ダルウィッシュ「パレスチナ人であるという狂気」(生方淳子訳)
- クロード・モーリヤック「パリ、1972年12月15日金曜」(尾形邦雄訳)
- タハール・ベン・ジェルーン(Tahar Ben Jelloun)「ジュネとパレスチナ人」(澤田直之訳)
- Tahar Ben Jelloun「単独者の声」(澤田直之訳)
- Tahar Ben Jelloun「ジュネ沖へ逃げる」(澤田直之訳)
- 澤田直之「あらゆる言語の予期せざる客 タハール・ベン・ジェルーン」
ジュネを読み直す
- 宇野邦一「ジュネと非暴力」→?『ジャン・ジュネ:身振りと内在平面』以文社(以文叢書)、2004.3
- 梅木達郎「逃げ去るテクスト~サルトル/デリダ 二つのジュネ論をめぐって」
- Jacques Derrida「造花の埋葬 『弔鐘(グラ)』から」(市田良彦編訳)
- 「1910~1986 Jean Genet CHRONOLOGIE」
砂の回廊
- 島田雅彦「愛のメエルシェトレエム」
- 朝吹亮二「密室論(縫)いあわす羊歯」
- 北川建次「ジャン・ジュネ頌」
- 石井辰彦「男の舌」
- 夏石番矢「薔薇色ノ霊歌」
- 松浦理英子「POP NAVEL POPPIN’ 優しい去勢のために3」
- 小沼純一「砂の反覆 ジャベスへの一アプローチ」
第II期vol.6、1987.11、「特集=トランス・アメリカ/トランス・アトランティック」
責任編集:生井英考・伊藤俊治・武邑光裕・石井康史・今福龍太・管啓次郎・旦敬介
発行所:UPU
第II期vol.7、1988.9、「特集=神国・日本」
責任編集:赤坂憲雄・武邑光裕・四方田犬彦
発行所:UPU
最終更新:2009年05月11日 09:35