暗い暗い部屋の中、男が一人、作業している。
昨日敗北した工兵隊の実験室で、電気も点けずに。
フラスコに薬品を入れ、撹拌する。
暗いため、手元が見えないが長年続けた作業だ、どうにかなる。
電気を点けない理由は・・・基地に帰還すると、そこは戦場跡だった。
我輩がかろうじて聞けた話は、空軍がクーデターを起こしたらしい。
理由はわからない、一介の兵士の上、まだ基地に帰還したその日の夜だ。
そんな上へ下への大騒ぎの中、こんな作業を見られたら何を言われるかわからない。
事は素早く・秘密裏にする必要があるため、電気を点けない。
懐かしい作業をしていると、ふと昔を思い出す。ある命を救うために
多数の命をなんとも思わず、弄び続けていた日々を。
我輩の名は、「Искусственный человек No.13」
この星の言葉に直すなら「人造人間 13号」だ。


ACT.04 「過去と約束 ~ツァラトゥストラ~」



我輩が覚えている一番古い記憶は、研究所での生活だった。
研究所での生活といっても、初めの頃は科学者ではなく、実験体だった。

「超人計画 -ツァラトゥストラ-」
人の形をした、人以上の生物を作り出す計画である。
当初、薬品投与によって筋肉、反射神経等を向上させようとしていたが、うまくいかなかった。
肉体を強化しても脳がついていかず、逆に脳を強化しても、肉体が弱すぎて合わない。
ならば両方強化してみるが、急激な強化に元の肉体が耐えられないからか数十分で死亡してしまう。
そこで科学者たちは、考える。
元が弱いから問題なのであり、生まれたときから超人であればいい。
こうして、人造人間は造られた。
No.01~09番は肉体強化型として開発された。結果としては成功したが、全個体が反乱したため
抹消される。

No.11~19番は頭脳強化型、人工的に天才を生み出そうとした。
こちらの結果は・・・悲惨である。実験体9体の内7体は生物として機能しなかった。
残りの1人・No.16は先天性白皮症、いわゆるアルビノであり、No.13我輩だけが成功体として生き残った。

実験体として日々検査され、その頭脳を生かす為に各分野の勉強をするのみであった。
唯一、心休まる時は妹、No.16との会話時間だけであった。

「お兄ちゃん、空ってどんな色をしているのかな?」

以前、外に何があるか尋ねて来た時に空について説明すると、興味を持ったようである。
それからというもの妹はよく空について話していた。
アルビノであるため、網膜の色素欠乏が起こり、視力が非常に弱いから余計に興味を持ったのだろう。

「空はあれだ、青色だろ」

「青色ってどんな色なの?」

目の見えない人に、視覚の話をしている。いくら人工的な天才と言えどまだ10才程である。
人との付き合い方は、机上では学べない。悩んだ末に、子供っぽい答えを返す。

「お兄ちゃんがいつか、病気を治してやる。そしたら、一緒に見に行こうな」

頭は良いが、まだまだ子供である。他人に希望を持たせることの意味を
十分に理解していなかった。

「うん、分かった。約束だよ、私の病気、治してね」

他愛のない会話である。・・・が、この約束が我輩の転機となった。
それから間もなくして、超人計画の科学者として働くこととなる。
目的は言わずもがな、妹の病気の治療である。
しかし13の思惑とは裏腹に、
周りの科学者が13の発想を使い、さらなる超人を生み出した。
しかし、13もそれを止める事はしなかった。彼はまだ生命がどういうものであるか理解していなかった。

まずNo.21~29番、肉体変異型が誕生した。体内でナノマシンを生成・使用し
肉体そのものを変異させるタイプである。ナノマシンによる肉体操作により、病気を治そうと試みたが
ナノマシンによる肉体変異は、体を内側から改造する訳である。その改造過程で激痛が発生するため
治療には使えないと、断念した。
裏付けるように、No.21~29番全てが痛みによる発狂を起こした。唯一、多少マシという程度だが
No.25のみ言動はおかしいが実用レベルに達し、後に我輩の相棒となる。

病気の治療という名目で、実験はさらに行われる。この頃から、妹の体力が低下し寝たきりとなった。
ここから13の歯車が狂いだす。それまでゼロから人造人間を造っていたが、病気を治すためには
人体実験が必要だと考えるようになる。
そしてNo.31~39番、機械融合型が開発された。
生きている人間の体を機械に変える、サイボーグ技術である。

より強靭に、 -骨をチタンに-
より速く、  -肉を金属に-
よりタフで、 -血をオイルに-

脳をそのままに改造する。
この開発の功績は、超人計画として一つの完成系とまで言われた。
この技術により、妹を助けることができると信じていたが、遅かった。
すでに妹の体力はサイボーグ手術に耐えられない程、弱っていた。

もう少し早ければ、などど後悔している時間はもうない。
体力がないならば、体力を必要としない方法でチリョウするしかナイ。
ナイなら、あるトコロから奪ッテくればイイ。
妹が助カルなら、悪魔ニモ魂を売ロウ。

こうして超人計画における最悪の最高傑作が生まれることになる。

No.51~59番、多人数機械融合型、ホモ戦車である。
サイボーグの弱点の一つとして、エネルギー問題がある。
生物であれば、食料を食べて熱量に変えるが、サイボーグに胃はないため、電力を充電する必要がある。
しかし、多人数機械融合型のエネルギーはサイボーグと同じ電力であるが、
ATP-アデノシン三リン酸を分解し電力を自己内で生成できる。

そして先天性白皮症は、メラニンの生合性に支障をきたす遺伝子疾患である。
この生合性にATPが使用されるため、ナノマシンによる補助を加えれば、メラニンが生成され
病気を治療できることがわかった。

そのことを妹に伝えると、首を横に振った。
もう首を動かすだけでも辛そうである。

「なぜだ?この治療を受ければいつか話していた外に出ることも、空を見る事だってできるんだぞ」

なおも首を横に振る。耳をすまさなければ聞き取れない程、小さな声で答える。

「それでも、誰かの命を奪ってまで私が生きるのは間違っていると思うの」

「でも、我輩はお前に生きてほしいんだ」

「うん、お兄ちゃんの気持ちもわかるけど、誰かの犠牲の上にしか生きられないのは
 生物として間違っていると思うの」

間違っている・・・そう聞いた時にはもう、涙が頬を伝っていた。

「それでも・・・ヷガハイは・・・」

「ごめんなさい、泣かないで。私はもう、寿命が近いから、ね?
 それに、あの時の約束が、お兄ちゃんを苦しめちゃったみたいだね」

「ぞんなことはない。あの約束があったから、ここまでがんばれだんだ・・」

「そんな悲しいこと、言わないで。なら、もう一度約束しようよ」

「約束・・・、どんな約束を?」

「うん、さっきの話でお兄ちゃんは私を助けるため、いろんな人を犠牲にしてきたと思うの
 だからね、私を助けようとしたように、犠牲にしてきた人以上に多くの人を助けてほしいの」

「・・・」

何も言えない。目の前にいる妹一人、救えない男に答える術はなかった。
そんな心情を見透かすように、妹は続ける。

「大丈夫、お兄ちゃんならできるよ。だって、私を助けてくれたもの」

「・・・違う、我輩は、救えなかった・・・」

「違わない、生き続けることも大事だけど、私はお兄ちゃんと話している時が、一番楽しかったの。
 お兄ちゃんから聞く外のお話が面白かった。それだけで私は救われたの。
 だから、私が死んでも自分を責めないで。お兄ちゃんなら大丈夫、きっと多くの人を救えるよ」

うつむき、涙を拭く。考えてみれば当然の結末である。
妹に言われるまで、生命について顧みなかった我輩に、命を救えるはずがなかった。
だが、妹は信じて疑わない。こんな血に濡れた我輩でも、多くの命を救えると。
顔を上げ、無理矢理笑顔を作り答えを出す。

「ああ、約束しよう。我輩は死ぬ最後の時まで誰かの命を救い続けると」

「うん、約束だよ・・・」

この約束を交わして一週間後に、妹は静かに息を引取ったと聞いた。
その頃にはもう、誰かを救うために軍隊に入隊した後だったからだ。


暗い工兵隊の実験室にて過去を思い出しながら作業を続けている。
フラスコを撹拌するのを止め、注射器に入れる。
  1本目・青い薬
  2本目・赤い薬
  3本目・緑の薬
アンプル銃にセットし、正常に動作するか確認する。問題なし・・・

自身の原点を確認し、改めて考える。
このままゲゼルシャフトを放っておけば、さらなる被害が生まれる。
その原因となるのは我輩の技術だ。このままでは妹との約束を違えることになる。
約束を守るために、我輩も持てる技術を全て使うことを誓う。

懐から銃を取り出し、机に置く。
今AMSはクーデターの影響でまともな部隊行動を取れない状況だ。
しかし、ゲゼルシャフトに時間を与える訳にはいかない。
AMSの戦力が当てにできない以上、一人で奴らと決着をつけるしかない。

机に置かれている武器を見る。
アンプル銃については心もとない。予備の注射器も作りたいところだが、時間がない。
もう一つの銃を見る。あるはずのない開発No.61番、名称「XERD_003SS」である。
鍵を握るのはこの銃だろう。ゲゼルシャフトにあるメインコンピュータにも
記録されていない銃である。

銃を手に取り、覚悟を決める。
明日は長い一日になりそうだ・・・
                  To be continued

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年03月30日 19:35