「あっ、
おかえりなさい、えと、アグリアス、さん」
「アグリアスさん、お帰りなさい」
「アグねえおかえりー。・・・・・・ちょっと待っててな。ラファちゃん、これ、付け直すまでなくさないように持っていてくれるかい?」
「何だいそれ、人形?」
宿にもどると、ラムザの部屋にいる面々は、昼間までの空気がうそのように和気藹々としていた。
なんでも、ムスタディオも仕事を探してヤードーをうろうろしたあいまに面白い機械の修理を請け負ったらしい。
「キカイ仕掛けのおもちゃみたいなものらしいですよ。ゴーグからここまではるばる売られてきたんでしょうね」
「カラクリ時計っていうんだ。ネジをまいておいて、決められた時刻がきたら人形が動いたり音楽が聴ける仕掛けなんだ。面白いぜ」
ムスタディオとラムザ、ラファが機械のつめられた木箱を覗いている。
ラファの手のひらには小さな白いネコの人形がのっていた。
「わあ、このネコちゃんかわいいですね。しっぽが面白いかたち!これが動くんだあ」
「こいつの絵の具塗りなおすの、やってみるかい?」
「うん!」
年相応の少女らしい笑顔を見せるラファに安堵したアグリアスは、
少なくとも出かける前の気がかりはなくなったことに安堵し、
そのまま放心して椅子に座り込んだ。
「で、どうだったのさ、仕事」
「・・・・・・見つかったわ・・・」
「ウソだろ!!絶対にウソだ!!」
「・・・・・本当ですか」
「私に丁度いい内容で、ね」
その割には嬉しそうでもないアグリアスを逆にラファが気遣う。
「あのう、随分お疲れみたいだけど、どんな仕事だったんですか?」
「イヴァリース古語で書かれた本を、蔵書目録と照らし合わせて整理と箱詰め。来週の引越しまで毎日」
端的に聞かれたことしか応えないその声音は疲労感にみちていた。
「ああ、それならアグリアスさんにぴったりですね。
確かお父上も趣味の範囲を超えて古典文学の研究をなさってましたよね」
無言で肯くアグリアスの体がふらりとゆらぎ、持っていた手提げバスケットからごろりごろりと大きな金塊が次々こぼれてくる。
「うわあ何だコレ、純金か!?」
背景に異様なものを感じ取った三人に、頭痛をこらえながらアグリアスはことの顛末を途切れがちに語った。
「はあ、学者さんねえ。そんなに沢山本を抱えて旅ガラスなんてまたすげえ生活だな。
こんだけゴロゴロ金塊持ってるっつうのもまた」
アグリアスから渡された金塊をじっくり鑑定していたムスタディオは、全てほんものの純金だと判断した。
「で、その子達のおばあさんは結局最初から家にいたんですか」
話す気力もなくなってしまったアグリアスがだるそうにまたうなずく。
ひどいなあ、そんな小さな孫をほったらかしだなんて、と、本来のお人よしな面をのぞかせたラムザも、
このおかしな家庭環境を初めて知ったときのアグリアス同様に腹をたてる。
この、年齢に不相応な修羅場を幾多もくぐり抜けた異端者もあの老婆にはかなうまいて。
老婆のらんらんと光る金の両目を思い出し、アグリアスは本日何度目なのかもわからないため息をついた。
くさい。
ただしそれは、例えば何日も歯を磨いていないだとかにおいのきつい食べ物を食べた直後というたぐいではなく、
およそ生き物らしい要素とはかけはなれた薬のそれ、薬品くさいという表現がぴったりだった。
目も耳も悪くなってきた老人なら仕方ないかもしれないが、
アグリアスの眼の前まで顔を近づけ、薬くさい息を吹きかけながら腹のそこから轟わたる大声で問いただす。
「あんたぁ!セリアが連れてきたってことは仕事をしに来た人かね!」
おくれ毛のひとつもなくきちんとまとめられたあかがね色の髪にはいく筋かの白髪が混じる。
染み一つ見当たらない白いローブ、口が動いていなければ一見理知的で品性すら感じる顔立ちと、
少女達の祖母は何から何まで容姿とその中身がかみあっていなかった。
明かりもない薄暗い室内でも猫の目のように輝く金色の両目、あかがね色の髪が、
かろうじてセリアたちとの血のつながりを示した。
「ああ!うちぃ!来週には引っ越すからね!これ!目録!あんたぁ!古代畏国語は読めるかね!
人ぉ!探すなら酒場だけど!酒場はどうにも文盲も多いからね!」
貴族の一般教養としてたしかに古代語はある程度なら読みこなせる。
がっしりと両の二の腕をつかまれたアグリアスはつい老婆の勢いにのみこまれ、首を縦にふってしまった。
「そこ!となりの部屋!全部の本頼むね!」
蔵書目録を押し付けられ、そのまま背中を押されてしまったついでに、ふたたたび金塊を握らされた。
「報酬は!一日あたり!これ一つ!いいね!」
また、その場の勢いで首を縦に振ってしまう。
「契約成立だね!」
くるりくるりと人形がまわる。
昔はやった歌が流れるや、扉からネコと夫婦の人形が出てきてダンスを披露する。
「よっし、直った!」
ラファが興味しんしんに人形を見つめる。
「凄いね。ムスタディオの手は魔法の手なのね」
ラファはすっかり一行の妹分として溶け込み、初対面のときの険しい表情もなりを潜めた。
それに安堵して微笑むラムザの両の手もまた、
アグリアスとムスタディオの尽力ですっかりもとの動きを取り戻した。
「さ、これを届けてきたらオレの仕事はおしまいっ。
ラッドたちも今日中には帰ってくるよな」
ラムザはムスタディオと目をあわせ、うん、と肯定する。
「アグリアスさんも今日あたりで仕事がおわりますよね」
行こう、リオファネスへ。
久方ぶりに剣を手に取り、素早く抜刀したラムザがそれで空を斬る。
「うん、大丈夫。すっかり元通りだ」
アグリアスは、セリアにもう一度別れを告げることを思うと胸が痛んだ。
「僕も、できるだけこの戦いに早く決着をつけます。
貴女がセリアちゃん達との約束を守れるように。
もちろん、オヴェリア様の元に無事に戻るためにも」
「ありがとう、ラムザ」
「つき合わせているのは僕のほうじゃないですか。ありがとう、アグリアスさん」