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*作者:飛崎 琥珀 **タイトル:天夜奇想譚 -詩- Chapter1 ---- 本文 ◇ 煉瓦で舗装された道を一人の少女が横切る。 「ばかやろう! 気をつけろ!!」 道を走る車を縫うように走り抜ける少女に、車に乗っていた運転手の男が窓から顔を出して声を上げた。 その声に、少女――烽火-のろし-は振り返る。 背中まで伸ばした黒髪を回せ、赤縁の眼鏡から覗く瞳は、悪戯を楽しむ子供の目だ。 そのままいくつもの車を横切った烽火は、3階建てのアパートメントの前で立ち止まった。 『LonelyWolf』と書かれた看板に、烽火は視線を一度送ると、名前とは対照的に綺麗なドアを開けて中へ入った。 ◇ 入って直ぐに、広いロビーが烽火を迎える。 白いタイルのロビーの中央に、湾曲に伸びる階段が左右に備え付けられている。 2階を見れば、部屋のドアが続く通路がひとつ。その通路からだらしなくワイシャツを着崩した青年が顔を出した。 その長躯と長い髪に、烽火は顔を輝かせる。 「やあ烽火。沙耶-さや-は留守だよ」 が、その顔は一瞬で陰りを見せた。 「なんだ。あなたですか…」 やあ、と爽やかな笑みを浮かべる青年とは対照的に、あからさまに癒そうな顔を浮かべる烽火は、げんなりと視線を避ける。 「なんだご挨拶だなぁ。どうだいこれから、ちょっと遅い朝食でも?」 「何言ってるんですか。朝食どころかお昼だって終わった時間なのに」 「いや。僕、今さっき目を覚ましたから。これから最初の食事だから、朝食で間違いないよ」 「生憎、私は近くのホットドック屋で昼食は済ませましたから。――と、そんなことより!」 烽火は相手の言葉に驚く。 「沙耶、いないんですか?」 烽火の言葉に、青年は笑みを崩さずにああ、と答える。 「朝早くに出て行ったよ。いつもの仕事道具を持っていたから、当分は帰ってこないんじゃないかな? というか、僕はキミとの仕事だと思ってたけど。もしかして振られ――」 ロビーのドアがパタン、と閉まる。 一人残された青年は、あれ? と烽火の姿を探し――、 「なんだ。振られたのは僕かな…」 自嘲的な笑みを浮かべ、いなくなった相手の姿を見送った。 ◇ 小屋一軒ない、緑と空の広がる道を、一台のオンボロ車が走っていた。 空色のような塗装を錆びさせた車は、二台に木箱や荷物を乗せたまま、かれこれ半日近く走っていた。 「まあ、此処まできて今更送っていくことに不満はないんだがの。お前さん。あんな田舎町に何のようだ? 運転手の老人は、終わりの見えない道の先を見つめながら、後ろの荷物に声を掛ける。 「わしみたいな行商という訳でもないだろ。あの村は外からの物資もわしみたいな人間からしか手に入れられない辺境だ。お前さんみたいなのが用のある物なんて、ないと思うがの…」 エンジン音に負けない声で喋る老人だが、答えは返ってこない。 その様子にため息を吐くと、老人は声を掛けるのを止めて、運転に集中する。 「――探し物がある」 不意に返ってきたのは、荷台からの男の声だ。 無愛想な声とは裏腹に、何処か優しさの感じさせる声音に、老人は街を出る前に引き止められた男の声を思い出す。 「その探し物が、あの村にはあるのかね」 「分からない。――だから、確かめに行く」 荷台の声に、そうか、と応えた老人は、それ以上奇行とはしなかった。 ◇ 沙耶は、木箱の横に持たれながら、大きな雲が流れる空を見上げていた。 夜明けと共に顔を変えていった空を、沙耶は飽きることなく見つめ続けていた。 果てのない空を見ていれば、沙耶は不意にその景色をかつての思い出の空と重ね合わせる。 「――ほら、置いていくぞ」 笑みを浮かべながら自分に手を差し出す影が瞼の裏に浮かび、瞬きをする間に消えていく。 耳に残る声音は、何度も耳朶を響かせ――、 「置いて、いかないで…」 違う声音となって、沙耶の意識をかき乱した。 涙を浮かべた彼女の瞳を思い出し、ふと意識を目の前の景色に戻したのと同時に、沙耶を乗せていた車が停止した。 「――ほら、目的地だ」 運転席からの声に、沙耶は横にしていた身体を起こす。 いつの間にか眠っていた身体は、節々に軽い痛みを訴え、前進が夕暮れ時の風に冷えていた。 上下黒の服の上に外套を羽織った沙耶は、荷物と一緒に荷台に置いてあった黒いケースを手に取ると、手すりに手を掛けて荷台から飛び降りた。 運転席から出てきた老人に視線を向けると、老人は不審な表情をして前を向いていた。 沙耶もまた、老人に習うように町の入り口に視線を向けた。 町の入り口には旅人のための宿や酒場があるものの、外には人影がひとつも見えない。 田舎という言葉以前に活気を生み出すはずの村人が誰もいないことに、老人は愚か沙耶も顔を歪ませる。 だが、沙耶が顔を歪ませた理由は、老人とは異なっていた。 「乗せてくれて礼をいう。だが、悪い事は言わない。はやく元の街に戻れ」 「お、おい…」 歩き出す老人は沙耶を呼び止めるが、沙耶は立ち止まることなく町の門を潜っていった。 追いかけることを躊躇われた老人は、不意に吹き付けた風に追われるように車に乗り込む。 その日、老人は一銭も稼ぐことなく、通い馴染んだ町を後にした。 その後、その町の住人が突然ひとり残らず姿を消したことを老人が知ったのは、数日後のことだった。 ◇ 伽藍とした町の入り口に立った沙耶は、流れる風の中にその臭いを嗅ぎ取った。 沙耶には嗅ぎなれた、血の臭いとその中に混じる腐食の臭い。 沙耶は手にしたケースの取っ手を握りなおし、ゆっくりと町の中を進む。 町とは名ばかりの道は。舗装のされていない新地の続く道で、その左右に木でできた建物が連なっている。 時間から隔離され、そのままのような景観に、沙耶は不審な臭いを鋭く嗅ぎつける。 奥に進むにつれ酷くなる腐臭に、沙耶は顔を顰めながらも、その歩みを緩めようとはしなかった。 家々の密集する区域を抜け、町の中央と思われる広場への門を見つけたところで、沙耶は足を止めた。 アーチ状の門の下。 人影がゆらりと門の背後から現れたからだ。 それも、一人ではなく複数。 数を数えようとする間に、その数は優に10を超えた。 それぞれが手に何かを持ち、中には凶器と括られる物まで存在する。 沙耶を見つめるその凶器を持った群れは、明らかに沙耶に対して敵意と殺意を持って沙耶を射抜いていた。 その無数の眼に、沙耶はケースに意識を向け対峙する。 「見ない顔じゃな。旅の者か…?」 互いの空気をかき乱すように、人垣の中から一人の老人が現れた。 深い彫りのある顔には無数の皺が刻まれ、周囲の人の群れとは異なった、豪奢なローブを纏っている。 その縁地色のローブから出た骸のような腕には、先に赤い宝石をはめ込んだ杖を持ち、一歩ふみ出す度にカツンと音を立てる。 沙耶と人込みの間に立った老人は、一息おおきく杖で地面を打つと、場が静寂に包まれた。 「旅の者。生憎この町には何もない。早々に立ち去ってはくれぬか」 それは、拒否を許さない声音であり、告げる老人の眼差しと同じものを背後の群集が沙耶に向けている。 「ずいぶんと物騒な騒ぎだが。何かあったのか?」 沙耶の言葉に、老人は期待外れの言葉に顔を歪ませる。 「つい先週のことだ。この町を一匹の化物が襲った。町の人間は次々と殺され、その化物は自分を助けた恩人の人間すらも食い殺し、町の人間に脅威を振りまいた」 老人の言葉に、沙耶は顔色ひとつ変えずに耳を貸す。 「皆、その時の悲しみと恐怖を忘れられず、そして化物は今も生きている。――皆、怯えているのじゃよ」 そして、老人は人垣の向こうを見つめる。 「捕らえた化物は広場の中央に磔にしておる。しかし、未だ死ぬ気配のないそいつは何時逃げ出すか分からん。――旅の者。アンタに害が及ぶ可能性もある。早々に立ち去られよ」 次に発した言葉はさらに強く、関わるなという色を含んで沙耶へと発していた。 その言葉に、沙耶はしばし老人の顔を見つめたあと、ふと視線を落とした。 「いいだろう。だがひとつ聞きたいことがある…」 「――なんじゃ」 老人は訝しげな表情を浮かべ、沙耶を見た。 沙耶が外套の内側から出した一枚の写真。それを沙耶は老人に見えるように掲げる。 「こいつを追っている。この町に来た事はあるか?」 「知らん。滅多にこの町によそ者は訪れん。写真の者はこの町には来ておらん」 老人の言葉に、そうか、と沙耶は答えた。 「なら、この仕業は全てお前がやったこと。それで間違いないな…」 そして、沙耶はケースの留め金を外した。 がたりと開いたケースから顔を出したのは、銀色に輝く刃だ。 乱暴に開けられたケースは、その銀色の刃を吐き出し中を回せる。その刃の根元。刃には不釣り合いな銃のグリップを掴んで、鞘はそれを構えた。 「―――!?」 沙耶の構えに、老人は愚か後ろにいた人垣も手にしていた凶器を構えた。 「後ろの人間達から、腐臭がする。死体を操っているのはお前だな」 沙耶の冷たい一言に、老人は一歩退いた。 「仕事ではないが、ついでだ…」 殺す、という視線を老人に向け、沙耶は一歩をふみ出した。 「――!? こやつを殺せ!!」 恐怖から叫んだ老人の声に、後ろに控えていた人垣が、一斉に沙耶へと飛び掛った。 ◇ 沙耶はまず、先陣を切ってきた男を切り伏せた。 腹を一文字に切り払った沙耶は、その薄汚れた血と蛆の沸いた肉片から避けるように上へと跳躍する。 外套をはためかせ、群がる町の人間の中央に飛び込むと、その突き上げてくる桑や斧をかわし、着地と同時に周囲をなぎ払う。 腐肉と化した身体は、豪風と化した刃に吹き飛ばされ、血風と化して宙に舞う。 その中を駆け抜けるように群がる人垣を切り伏せ、沙耶は駆け抜ける疾風のように老人へと肉薄する。 錆びた包丁を持った子供の首を刎ね、喰らいつく女の頭に刃を落とす。 まさに死人-ゾンビ-の群れと化した町の人間たちを、沙耶は一片の容赦もなく切り伏せていった。 言葉にうめき声を上げる人垣を切り伏せ、沙耶は既に3桁に入ろうという数を切り伏せていく。 その人垣の隙間に、広場へと後ずさる老人の姿を見つけた。 恐怖と焦りの表情を浮かべる老人は、自分を射抜く銀の眼を視た。 「こんなところで…」 老人は地獄と化した世界に背を向けると、広場へと走り出した。 その後を、瓦礫をどかすように剣をなぎ払った沙耶が追いかけた。 ◇ 少女は目を閉じていた。 両腕を鎖につながれ、処刑台の柱のような木に繋がれてた。 身体は至る所に切り傷や打撲の跡があり、素足には鉄球のついた鎖が付けられている。 座り込んでも吊るし上げられる腕には、乾いた血が腕を伝っており、いつ死ぬとも知れない少女を無数のカラスが周囲の木々に止まり、まだかまだかと見つめている。 そのカラスが、突然一斉に飛び立った。 突然の雷鳴に、少女は半日も閉じていた瞼を開く。 霞む視界の先に、見慣れた顔が少女を覗き込んでいた。 その顔には焦りと恐怖の色が浮かび、いつも自分に町人を嗾ける醜悪な表情は崩れ去っている。 町の町長であるその老人は、少女の髪を乱暴に引っつかむと、むりやり顔を上げさせた。 「貴様、化物だろう!? ならば、あの化物を食い殺すが良い! 化物どうし殺し合え!!」 乱暴に立たせようとする老人に、少女は痛みに顔を歪めることなく老人を見上げる。 その形相は悪鬼のように歪んでおり、少女はその顔を目の前にして――、 「どうでも、いい…」 一言告げるだけで身体に力を入れようとはしなかった。 その言葉に、老人は激昂をあらわにすると、手にしていた杖で少女の顔を殴った。 がしゃりと少女をつなぐ鎖が音を鳴らすが、だらりと腕だけを吊られた少女は、うめき声ひとつ上げずに顔をだらんと下げる。 歳にして15、6にも満たない少女が殴られる姿を見ていた沙耶は、かちゃりと銃剣-ブレイダー-のシリンダーを開いた。 その音に気づいた老人が、少女から視線を外し振り返る。 氷のような冷たい沙耶の眼が、老人の顔を捉えていた。 「おのれバケモノ。貴様さえ来なければ…」 「村人を殺し、その死体を操っていた貴様が口にする言葉とは思えないな」 沙耶の言葉に、老人は口を閉ざす。 「死人使い《ネクロマンサー》。こんな偏狭の地でしか身を隠せない程度の魔術師が、町ひとつを地獄に化した。教会が黙っているとは思えないが…」 沙耶は外套の裏から1発の弾丸を取り出し、開いたシリンダーに込める。弾を込めたシリンダーを元に戻した沙耶は、特に構えることなく歩みを再会する。 死を宣告するような沙耶の足音に、老人は手にしていた杖を構えた。 「貴様、教会の手のものか!?」 「庸兵だ。教会とは縁がないがな…」 「庸兵《マーセナリー》だと? ならなおのこと理解が出来ん! 金にならん事は貴様らはせんはずじゃ!」 「見過ごせないモノを見過ごしておくほど、人を止めたつもりもない」 沙耶の言葉に、老人は息を呑む。 「たかが庸兵風情が!! 貴様らはあそこのカラス共といっしょじゃろうが! 金に群がるハイエナ共がぁ!!」 老人が杖を構えると、杖の先の宝石が輝いた。 「貴様の屍もわしの操り人形にしてくれるわ!!」 光に照らされた大地が、突然盛り上がった。地面から現れた死体の群れが、主人の命のままに沙耶へと襲い掛かる。 しかし、沙耶へ踊りかかった死体は紅蓮の炎を纏ったままきり伏せられた。 「――な!?」 死体を蹴散らした沙耶の刃が、紅蓮の炎を纏っていた。 その炎は消えることなく、次の標的に噛み付こうとその色を濃くしていく。 「人形遊びはおしまいだ…」 10の距離をゼロにした沙耶は、浄化の炎を纏った刃を老人へと振り下ろした。 「ガアァァァァ!!」 身を裂かれる痛みと火に焼かれる苦しみに、老人は叫び声を上げる。 老人に喰らいついた炎は消えることなく、老人の肉体を飲み込んでいく。 「あと、すこし…で…」 炭と化していく中、老人は沙耶に腕を伸ばそうとして――そのまま死者の眠る大地へと倒れた。 その横に立つ沙耶は、何処から取り出したのか、持っていたケースに炎を失った剣をしまった。 その一部始終を見ていた少女は、静かに立ち尽くす沙耶を見上げていた。 その顔には驚きと、微かな輝きを瞳に宿していた。 その光に気づいた沙耶は、静かに――しかし確かに少女の耳に届く声で告げた。 「――生きたいか?」 ――To be continued ---- [[一覧に戻る>小説一覧]]
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