天夜奇想譚

-真夏の夜の夢 ROUND1-

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作者:扇

タイトル:-真夏の夜の夢-



 それはある日の出来事。
 一匹の異形の思いつきで始まった、一つの事件が織りなす物語である。

「うーむ・・面白いか面白くないかはともかく、この趣向は実に愉快だの。予も真似、もといオマージュして実行に移すとしよう」

 いつものようにだらだらと寝転がり、お菓子を摘みながらとある映画を見ていた月。
 基本的に感化されやすく、事あるごとに硯梨に諫められるのが常なのだが、今日に限ってストッパーが不在だった。

「えーと、場所はアレを封じた島で・・・どれ、余がプロデュースする一大イベントの為、久方ぶりに全力を尽くすよ!頑張れ余、負けるな神様!」

 スタッフロールが流れ終えると、やおら立ち上がって概念を創造・展開。
 同時に何処かへと電話しつつ、開いた片手でキーボードを高速で叩きつける。

「とりあえず硯梨、蕎麦屋のバイト、いつぞや因縁をつけてきた女・・・ああ、吸血鬼とつるんでいる妙な男もいたのぅ」

 思いつく限りの一般的(?)な退魔師を羅列し、月のわくわくは高まっていくばかりだ。
 ちなみに見ていたのはバトルロワ○ヤル。
 この時点でろくでもない感じがぷんぷんである。

「あ、余、余。一つ調査を依頼したい。あん?これ命令、ぐだぐだ言うと食ってしまうよ。――――よしよし、最初から素直にそう言えばいい。
 昔、余に絡んできた阿呆が居たじゃろ?嫌がらせに封印してそのまま放置だった奴。うむ、孤島に置いてきたアレ。
 ちと、今でもそのままか確認してこい。ああ、あまり時間をかけても食ってしまうよ?余は知っての通り気が短いのです。では、報告を待っているからの」

 一方的に要求を突きつけ、騒ぐ電話先を無視して通話を切断。
 続いて最大の障害になりそうな敵の元へと電子制御で無理矢理電話を繋いだ。

「いよぅ、久しいな。今日は別に宣戦布告とかじゃないのだよ。一つ頼みが。なぁに、さりとて迷惑はかけん。ちょっとした暇つぶしにぬしの手駒を使う故
 事前に許可をとなのだよ。――――うむ、我が名に誓って約束しよう。死人は出さんし、五体満足でも返す。
 ん、もし断ったらだと?簡単だ、自由にやらせてもらう。どうせ余とぬしが本気で争えば、この街が吹っ飛ぶ事は自明の理ぞ?
 そもそもにして余は逃げに徹して被害を振りまくことに尽力す―――快い許可に感謝する。さすがは神祖に比肩する数少ない真祖だのー。
 いよっ、太っ腹、よいしょしちゃうぞ!。ん、用件はそれだけかと?当然じゃ、って切りおった!?」

 交渉成功。これで手近で邪魔の出来る存在は消えた。
 ならば即断即決、月は先ほど放っておいた概念が無事に仕込みを終えた事を確認し、今度は手紙をしたため始めるのだった。

「我が眷属がどれほど健闘するか楽しみだよ。せめて勝者とは言わずとも、上位には食い込んで貰わんとなー。かといって優遇しては・・・ルールをどうするかのー」

 こうして、他人の迷惑を顧みない神の我が儘によって事件は始まるのだった。





 -真夏の夜の夢 ROUND1-





- 黒倉 一角の場合 -

 マンションの一室で体を鍛えるべく、無心にスクワットを続けていた少年の目の前に何処からかひらひらと封筒が落ちてきていた。
 しかし一角は気がつかない。何せ無心、無の境地。アスリートが時折到達するゾーンと呼ばれる世界に突入しているのだから仕方がない。
 が、幸いと言うべきか、同居人こと吸血鬼の少女の感知能力は些細であっても異常を見過ごさなかった。
 床に落下する前に歩を進め、そのままキャッチ。動きを止めることなく開封する。

「夏祭りの招待状?何だこれは。そもそもにして高度な術を使い文を出す精神が理解できない。おい一角、差出人に心当たりはないか?」

 しかし

「1500、1501、1502・・・・」

 問うた同居人の声は全く届いていなかった。
 そこで――――

 ごすっ

 躊躇わずに脳天へチョップ。こうしなければこの男は戻ってこないのだから、罪悪感は皆無である。

「・・・人が気持ちよくランナーズハイな時に何をする」
「ええい、この筋肉馬鹿め。つべこべ言わずにコレを読め。どうだ、知り合いからか?」
「知らんな。七夜月さんとやらに心当たりがない」
「まさか協会の追っ手!」
「違うんじゃないかと思うぞ。ほら、追っ手がわざわざ“豪華景品有りのレクリエーションに参加しませんか?むしろしろ、しやがれ。楽しい夏のバカンスが今なら無料サービス!”
 なんて暢気なことを寄越すだろうか?覚えてないだけで、実は何かの懸賞という可能性も否定できないぜ」
「・・・無いな。というか、吸血鬼に夏のバカンスって」

 手紙の内容は簡潔で短い。すぐに内容を確認し終えた一角は、疑問を口にした。

「しかし見過ごせないことも書いてある。俺は裏を読む頭がない。賢いお前がどうするか決めてくれないか?何せお前の名前も連名にあるんだから」
「私は一瞥しかしていないので何を言っているのかさっぱりだ。どれ、どの部分?」
「“注意!もしもバックれた場合、もれなく教会に密告します。ちなみに逃げても無駄です。ねちっこく、例えヒマラヤに隠れようとも見つけてチクるのであしからず”の部分」
「ぶっ、何よこのピンポイントな攻撃っ!これじゃあ参加せざるを得ないじゃない!?」
「いいんじゃないか?ほら、豪華客船でのクルーズもあるらしいぜ?たまには筋トレ以外のレジャーも楽しいとは思うわけで」
「ふふふ、行ったろうじゃないの。私はこういう嫌がらせが大嫌い。主催者の面を拝んで一発入れないと・・・・」
「んじゃ、指定日近くなったら現地へ行くか。俺は戦いの可能性の備えて体を鍛えておく。よし、腕立て千回でもすっか!」
「・・・単純な男。でも、こう言うときは羨ましいかも」

 こうして参加が確定する二人だった。





- 姫月アヤメの場合 -





 アヤメは大変ご立腹だった。
 おそらく、いや間違いなく、彼女をよく知る自分でなければ逃げ出していたに違いない。

「・・・とりあえず落ち着こう。何をそんなに怒ってるんだい?僕でよければ話を聞くよ」
「うるさい、海晴には関係ない」
「無理にとは言わないけどさ」

 アヤメはぷいっと顔を背けると、カップを一口。
 ここが他にも客の居る喫茶店でなければ、軽く手を出しそうな自分を押さえ込む。

「お前が悪いんだ。雪女に浚われてみたり、妙な連中に絡まれたり、いい加減にしろ」
「話に脈絡がない。もう少し僕にも判るように話をだね」
「オレはお前のせいで余計な手間をかけなきゃいけない。それを理解したら、とにかく謝れ、いいから謝れ」
「はいはい、ごめん、いつも助かるよ」
「くそっ、お前はやっぱり卑怯だ。もういい、帰る。ここの払いくらいは任せても罰は当たらない!」
「お安いご用」
「・・・近々、二日三日。遅くても一週間以内には戻るはずだが、暫く天夜を離れる。その間、大人しくしてろ」
「わかったよ。君も気をつけて」

 黒の長髪を揺らし、少女はいっそう募らせた苛々を抱いて店を後にする。
 言えるわけがない。従兄弟を守るためにわざわざ遠地へ出向くなどと。

 “注意!参加しないと海某君に色々な意味でちょっかいを出します。一般人を操って小さな嫌がらせから、手駒の女の子を使った誘惑まで何でもござれ。
  書きながらそっちの方が面白くね?的な気すらしてきたので、ぶっちゃけご自由に。
  ちなみに事前に余の邪魔をしに来た場合、もれなく全身全霊+眷属全てに最上位命令として彼の抹殺を与えるぜー”

 思い返しても腸が煮えくりかえる。
 何だこの脅迫文は。いつぞや軽口を叩いた意趣返しにしては度が過ぎていると思う。
 嗚呼、誘いに乗ってやるさ。何を考えているか知らないが、とにかく皆殺しで。
 何が楽しいレクリエーションだ。そんなもの修羅場に変えてやる。

「くくく、人の逆鱗に触れる代償は高くつくぞ山の蛇。禁止指定なんぞ無視してブチ殺してやる・・・・」

 かくして色々な意味で月の想定外な修羅が参加を表明。
 面白ければそれでよし。そんな神様に後悔の文字は刻み込まれていないのだ。





- 蔵野 明の場合 -





 明が帰宅すると、ポストどころか戸籍すらないのに郵便物がドアに挟まっていた。
 凄い、さすがは日本の郵政は民間になってもお上の頃と変わりない。
 しかし怖い。まさかとは思うが、ビルを不法使用している旨を告げる立ち退き要求ではなかろうか。もしくは家賃を払え等の督促状だと考えると背筋が凍る。
 だが、開けねばなるまい。仕事の依頼や何らかの連絡の可能性もあるのだから。

「・・・・!?」

 驚いた。心臓が止まるかと思うほどに。
 中身を取り出してみれば、なんとお米券が同封されている。
 それも1000円分、これだけあれば二ヶ月は頑張れる大金である。

「だ、誰?足長おじさんって実在!?」

 続いて本題に入る。

「無料でバカンス!?豪華お食事付き、南の島で大フィーバー!?」

 何だこのいたせりつくせりは。
 怪しい、とてつもなく怪しい。
 普通なら、こんな怪しい手紙は破り捨てて終わりだろう。
 が、そうも許されない一文が明の心を揺さぶっていた。

 “注意!不参加の場合、同封の金券は返送していただきます。また、一部業者の要望により、再開発対象の某廃ビルを壊さねばなりません。
  まぁ、嫌がらせだけどね!次の住処が見つかるといいねー。まぁ、追跡して排斥するけど!”

「鬼だ・・・ささやかな幸せを奪う悪魔が・・・・」

 “余談ですが、いつぞやの意味もなく米を奪い取った代価としてご来場の際にササニシキ20キロをサービス。今回限りの大奉仕、もってけ泥棒!”

「うん、頑張ろう。豪華賞品とやらを貰って少しは文化的な生活を送るために!」

 誰よりも切実で、生活を脅かされた少女はポジティブだった。
 負けるな明。明日も明後日も明るくないけれど、死ぬまでに良いことだってある可能性はあるような気がしないでもない。
 この時点で地獄のようなメンツが勢揃いする事を知らず、貧乏娘は参加を決めるのだった。








 そして時は流れ、その日は来た。
 各地から集められた退魔師及び、魔力を操る異端の者共は船に乗せられ南方の島に集結させられていた。
 その数総勢100余名。それぞれ参加せざるを得ない脅迫に屈しており、ほぼ全ての参加者の顔には苦々しい表情が張り付いていたりする。
 そんな中、負の感情を抱かない少数派の少女は沖に向かって姿を消す船を見送り呟いた。

「月って顔が広いんだね。あんな大きい船、初めての経験だったよ」
『アレはラグジュアリーに区分される高級クルーズ船だと判断します。僅か四日程度の移動手段にしては過剰な厚遇と言えるでしょう。
 ぶっちゃけ一晩400~1000$が相場。創造主は浪費家としか思えません』
「・・・・ごはんも美味しかったもんね。その値段で納得だよ・・・さすがに連日連夜がパーティーっておかしいとは思ったんだ」
『それはともかくです。そろそろ創造主が何かアクションを起こすようです。周囲には敵性対象がうようよ居ると判断します。気を抜かないように』
「了解。頼りにしてるよ、相棒さん」

 思念で会話を終えた硯梨は神無に応じるように、小さくガッツポーズ。
 そして皆が勢揃いする砂浜の最前列に現れた少女の姿を見て絶句する。
 赤毛の見るからに元気です、と主張する瞳を輝かせるこの少女。何故だかとてもよく知っているような気がしてならない。

「はいはいー、皆さん元気ですかーっ!」

 そんな硯梨の動揺に気づかずハイテンションに声を張り上げた少女だが、周囲の反応は皆無。
 そこで今度は――――

「ノリが悪くて駄目な連中だなぁ。そんなんじゃ人生楽しくないぞ?基本的に若いのしか居ないんだから、溢れる何かをぶちまけろー!。
 あたしはこのイベントの司会進行を勤める謎の美少女いずもちゃんで・・・まてこら、そこ。今、失笑したお前、そう、学ランのお前。はい、罰ゲーム!」

 いずもが指を鳴らせば空から金だらいが落下。傍目にはダメージなど皆無だが、高校生風の少年は白目を剥いて昏倒していたりする。

「言い忘れてたけど、ここではスタッフが神様です。ノリが悪い子は痛い目にあっても文句は言えないよねぇ・・・・くくっ」

 唖然とする硯梨にアイコンタクト一つ。間違いない。あれは親友のいずもだ。
 最近静かだった理由はコレだったのか。道理でこちらの予定を気にもとめなかった訳である。
 これは後で駄目な居候を絞める必要がありそうだ。
 主に首とか首とか首とかを。

「まてまて、“今はまだ”みんな身構えなくていいんだよ?招待状の通り、バカンスというか交流会だってば。
 ひとまず宿に荷物を置いたら水着でここに再集合!周知しといたけど、もしも忘れた人はフロントで申請をすればOKだかんねー」

 いずもがびしっと指さす先、そこには何故だか鉄筋作りのホテルが鎮座している。
 見るからに安くありません、一見様お断りな感じの一流っぽいのがでんと。
 全くもって、人工物が皆無の島には違和感甚だしい。
 だが、いずもはつっこむ暇を与えなかった。

「グズグズするな新兵共!部屋の鍵は船で配ったカードキーだっ!あたしの言葉は神の言葉、ちんたらしてると招待状の特記事項が現実になるよん」

 何たる暴君。これでは逆らいようがないではないか。
 やってられない、そんな声を聞き漏らさないいずもは釘を刺すのも忘れない。

「あ、ちなみにあたしは代弁者。口を塞いだり実力行使をしても無駄だかんね」

 その一言で刀の鯉口を切っていた輩も手を止める。
 色々な仕込みのおかげで我が身の保証は万全だが、魔力を持たない一般人には化け物共の暴力はとにかく怖い。痛いのも、苦しいのもノーサンキューなのだ。

「・・・・とりあえず行こっか」
「だねぇ。じっとしていても始まらない」

 硯梨は何気なく隣の同年代に見える少年にぼやくと、相手も同じ考えらしく苦笑。思うことは誰も同じらしい。

「私、黒澄硯梨。あなたは?」
「僕?僕は神原誓一。これも何かの縁だし、よろしく」
「こちらこ・・・・あれ?」

 一瞬視線を外し、握手のために差し出した手の先に少年の姿は無い。

「神無、神原君は?」
『化け物じみた踏み込みで攫われていきました。抵抗するつもりが見えなかった事から考えるに、どうやら連れに引っ張られていったと判断します』
「さすが人外の集まり。普通とはひと味違う愉快な展開だね!」
『繰り返しますが、努々油断なさらないでください。知っての通り、味方は誰一人居ないのですから。勝者は我々、アドバンテージは最大限に活かしましょう』
「うん」

 こうしてこれから起きる出来事を全て知る少女と杖は、移動する人混みに紛れて決意を新たにするのだった。





-砂浜-





 何をするのかと半数以上が素直に着替えてこなかったが、いずもの“はい、じゃあ自由に遊んでOK。屋台とか出店は全部無料サービスだから好き勝手にどぞー”
と言う投げっぱなしの宣言がなされてからは、ようやく裏がないと大多数が気がついていたようだ。真っ青な太陽、青い海。遊ぶ道具も勢揃いと来れば、やることは一つである。
 一部の警戒を解かないプロフェッショナルを除き、楽しい海水浴と洒落込み始めていた。

「月さんよ、あんた神様だ。こんな夏の想い出は二度と手に入らないぜ・・・ゴクリ」
「や、元々神様。しかし、思いの外レベルが高くて余もビックリ。いいねぇ、至福じゃねー。設営の時間稼ぎがこんな結果を生むとは最高だのぅ」

 実に参加者の7割が年頃の女の子。
 意図的に選んだとはいえ、見目麗しい少女達が思い思いの薄着に身を包んで笑顔を振りまく光景は神様の萌心を満たすには十分すぎたらしい。
 硯梨の先輩にしてそこそこの実力を兼ね備える登米修慈と並んで座り、頬を緩ませて悦に浸るその姿は限りなく駄目人間だった。

「おい、そこのあんた。眼福としか表現できない光景を無視してどーするよ」
「ん、足を取られる砂場でのトレーニングに問題は有効なんだぞ?」

 この気持ちを多くの漢達と分かち合おうと考えた修慈は近くでストレッチを行う少年へと手を振り、そして帰ってきた答えを聞いて軽く絶望。
 これは教育の必要があると、頭を振りながら言う。

「男として何も感じないというのは病気だね。それとも性癖が特殊とか?」
「普通じゃないだろうか。しかし、優先すべきは鍛錬だと思うんだ」
「じゃあアレを見てどう思う?」

 指さす先には、混じりけのない蜂蜜色の金髪を風に泳がせる美人の姿。
 月も修慈も文句のつけようがない美人が海水を津波のようにぶちまけて笑っていた。

「綺麗な異人さんだな」
「ちげぇだろ!?さてはロリコンか?なら・・・・アレでどうよ!」

 今度も同じく金髪美人だが、先ほどとは対照的だった。
 日差しが嫌なのかパラソルの下で不機嫌そうに体を丸め、太陽を憎々しげに仰いでいる幼子である。

「悪い、あれは連れなんだが」
「うは・・・真性かよ!七夜の蛇よ、マジもんがいるぜ!しかも幼女ゲット済みの!」
「・・・ふっ、冒険心溢れるカミングアウトに恐怖を覚えてしまった余です。ナイスガッツ、ポリスに追われることがあったら力を貸そうではないか!」
「よく判らないが納得してくれて何よりだ。すまんが鍛錬を再開させてもらう」

 盛大なすれ違いに両者は気づかない。
 駄目人間ズは一方的な尊敬を抱き、筋肉馬鹿はフランクな連中だと頷くのみである。

「むぅ、世界は広い。あっちとはまた別の意味で笑うしかないのー」

 月が目を移したのは居並ぶ屋台だ。
 そこには嫌でも顔を覚えた少女の姿があった。

「無料、ただ、お持ち帰りOK・・・・生きててよかった・・・んぐんぐ」

 海辺で提供される食べ物は総じてマズイと言う怪しいルールの下、月プロデュースのジャンクフードを幸せそうに食べる少女の姿に人だかりが出来ていた。
 賞賛、呆れ、理解不能、雑多な感情を一転に浴びても口を止めないこの娘。
 提供された水着の上からパーカーを羽織り、手にはパック詰めされたトウモロコシ。
 どれだけ飢えているのやら、人知を越えた食べっぷりにちょっとした見せ物状態である。

「持ち帰っても腐っちゃうし・・・頑張って食べよう」

 名はを蔵野明。たまに横合いから食材をかっさらうどこぞの蛇や、常に遅いくる栄養失調と戦う不屈の挑戦者である。

「見ているだけで胸焼けが・・・・・」
「・・・・私も」
「一人フードファイトとは新しいアトラクションだ・・・・」


 世間が明に追いつく日は果てしなく遠そうだった。








「軌道計算・・・座標軸処理。いずも、三秒後にアタック」
「あいよっ!」

 飛来する高速球を計算して打ち上げた硯梨のアシストに、いずもはジャンプと同時に背を弓なりに反らして全力サーブ。見事に点を入れ、勝利の雄叫びを上げていた。

「これで三戦全勝!最強無敵、ビーチクイーンとはあたしの事!」
「称号はともかく、たまに球技も面白いねっ!」

 硯梨といずもはハイタッチを一つ。初めて興じるビーチバレーでも、運動神経抜群のいずもをアタッカーとして、物理計算的な未来予測によるサポートを行う硯梨のコンビは
阿吽の呼吸も相まって連戦連勝を重ねていた。泳ぐのに飽きたいずもが始めた遊びだが、基本的に体を動かすことが好きな退魔師は多かったらしく大盛況。
その場の勢いを煽ることが大得意ないずもによって、すっかり皆さんやる気満々になっていた。

「では、次は私がお相手しましょう」

 次なるチャレンジャーは先ほど挨拶を交わした誓一の手を引いて現れた。
 朗らかに微笑む大人しそうな娘だったが、硯梨の相方は身を固くして恐怖を隠さない。それは必然、何故なら新たな挑戦者は金髪碧眼だったのだから。

「あ、、あいむとーきんぐきゃんのっと。すず、すず、外人だよ!どうするよ!」
「いやいや、流暢な日本語だから。見た目で判断するなんて失礼だと思う。そもそもさ、色々とおかしいよ!?」
「いやー、英語の補修がトラウマでね?条件反射ってやつみたいな?」
「いずもって米の国の血が入ってるよね?そもそもおじさん英語圏の人だよね!?」
「日本最高、あたしは国外に出るつもりは毛頭無いからいいのさ!ってしまった、ここは日本の領海越えてるじゃん。まぁ、気にするな親友」
「アバウトだなぁ・・・」

 いかに遊びの場といえど、ここまで相手を蔑ろにして唯我独尊に振る舞う凸凹コンビは珍しいを通り越して絶滅危惧種だろう。
世間様的にはそんな希少種は滅んでしまえとの意見が多くとも、憎まれっ子世にはばかるの格言は現代においても有効なのだ。

「リア姉さん、僕はパス。黒澄さんたちに挑むなら、相方は自分で見繕って」
「判りました。その代わりに応援をお願いしますよ?じゃあ・・・あの子に頼みましょう」

 リアと呼ばれた娘が目を付けたのは手頃な近場に居て、尚かつ誰よりも暇を持て余しているように見えた己と同じ色を持つ少女だった。
 選んだ理由は単純でも、手を貸してくれるという確信があったからこそ近づいていく。

「こんにちは、私はリーファと申します」
「唐突に何の用だ?私は名乗られたからと言って名乗り返さないぞ」
「それは寂しいですね。用件は簡単です、一緒に遊びませんか?一人は暇でしょう?」
「暇じゃない。忌々しい太陽のせいで縮こまっていなければいけないのだからな」
「確かにこの天気は吸血種には少々荷が重いかもしれませんね。特に年若い真祖たるエルマさんでは苦しいでしょう。
 でも、苦手を克服してこそ真の祖に近づけるとも聞きます。こんな機会はそうある物ではありませんし、今後のためにも頑張りましょうか」

 笑顔を崩さず、さらりと隠蔽したはずの素性を言い当てる。
 危険だ、少なくとも味方じゃない。退魔師がうようよするこの場は不利を通り越して絶望的ですらあるが、先手を打たねば後々に禍根を残す事になるに違いない。
 そう判断し式の構築を開始するエルマだったが、リーファの刃は早く鋭い。

「こんな場所で暴れては無粋です。専守防衛を気取るつもりはありませんが、手を出されてまで対話を続けるつもりはありませんよ?」
「貴様・・・私を脅すか。リーファと言ったな、さては教会の回し者だろう。どうだ、違うか?
 いやまて、そもそも殲滅指定の吸血鬼と知りながら遊ぼうとは如何に?人目を気にしての隠語か、そうなんだろ教会の犬!」
「・・・誓君に仇をなさないなら見逃してもいいと思っていましたが、売られた喧嘩は買う主義です。四肢をぶつ切りにして捨て置くのも悪くはありませんね」
「ふん、昼間だからと言って侮られても困る。日光は苦手だろうと、それ以上でもそれ以下でもない。女子供に手を出すのは本意ではないが、私は退かないぞ小娘。
 そもそも無手で真祖に挑もうとでも言うのか?この距離なら式を編むよりも早く、私の手刀が貴様の心臓をえぐり取るのだぞ?」

 一触即発、エルマとてこんな事態は予想範囲外だ。
 勝機のない戦いに挑みたく無くとも、弱みを見せるくらいなら一矢報いて散る方がよほどマシとすら思う。
 ましてこの女は教会系の退魔師だ。ここで潰さねばどちらにせよ明日がない。

「あらあら奇遇ですね。奇しくも同じ事を考えていました。私は式を編み上げるより、素直に暴力をふるう方が得意。殴り合いなら負けませんよ」
「ならば遠慮は無礼だろう。全身全霊を持って応じよう」
「それでこそ誇り高き吸血種。聖ラザロ騎士団――――痛っ!?」

 スパァン、とダメージの割には大きな破裂音が一つ。
 相手への敬意を払い、正式な名乗り上げ最中のリーファの頭は謎の鈍器で殴打されていた。

「やめい、殺しは御法度。ぶっちゃけ絶対に殺せはしないんじゃが、口火を切るにはまだ早い。お主にその辺の連絡はしてあるだはずだよ?」

 凶行(?)の犯人は不機嫌そうに顔をしかめる月だった。
 手には自ら作り上げた白き武器を持ち、問題を起こした生徒を咎める教師のような佇まいだ。

「目的の為の手段でしか無くても、騎士の称号を得たからには異形の嘲笑を見過ごすわけには――――痛っ、なんですかそれ!?」

 言うことを聞かないリーファへと再度の打撃。

「日本が誇る非殺傷の鎮圧武装の代名詞、ハリセンだよ。話を聞かぬ阿呆はビシバシ叩く」
「理不尽な・・・」
「納得ずくで余の手駒になったからには、我が意に従うのだよ。ほれ、そんな見え見えの殺気をまき散らしては、先のぬしの言葉を否定するとは思わないかね?」
「・・・申し訳ありません」
「仏の顔が三度までならば、同格の余も同じだけ寛大さを見せよう。よいな?」
「はっ、主命に従います」
「あー、ちとまて」

 月はしゅんと力無く去ろうとするリーファを止め、代わりにエルマに顔を向けて言う。

「うちの騎士子が失礼したのー。アレは負けん気が強くていかん。いやはや、どーして余の身内には0か100かしか無い極端なのが多いのやら。ほんと、マジですまぬ」
「・・・気にするな。私も少々虫の居所が悪かった」
「この件はこれで手打ちと。では、これからは命令じゃ。ムスッと引き籠もっていないで人の輪に交じるのだよ」
「!?」
「聞こえなかったならば繰り返そう。これは神意、逆らうと食ってしまうよ?」
「何を一方的な!」
「この島を中心とした半径100㎞にありえんくらいの概念結界を念入りに敷設済み。例え同族であろうと、忌々しい狐級だろうとそう簡単には破壊できんだろーな。
 まして100年も生きていない小娘には突破はおろか、干渉することも無理と断言しよう。余も無駄な殺生は好まない。
 しかし、場にそぐわない駒は盤上に残しておいても邪魔なだけ。ゲームが終わるまで誰一人として逃がさないと決めた以上、消すしかあるまい」

 ゆっくりと伸ばされる手は巨大にして幻影の顎。
 勝てない、万全の体調であってもこの何かには勝てない。
 本能的な恐怖を感じたエルマは、しかし怯むことなく震える口を動かした。

「従わなければ殺す・・か。ならば、従った場合にはどんなメリットがあると?」
「余の目が届く範囲では人も異形も問わずに生命を保証しよう。又、ゲームの優勝者には余の出来る範囲内ならばどんな願いも一つだけ叶える権利を授与しようではないか。
 あー、それと別枠で素敵に楽しませてくれた者にも何かくれてやる予定みたいな?」
「なるほど。微妙に得がないのは仕様か」
「余もね、魂の絆で結ばれた盟友の連れを処分したくないのだよ。それが見栄えの良いロリっ子なら尚更!余のストライクゾーンは広いことに定評があるのです」
「ロリ言うなっ!死ねっ、死んでしまえ!そしてそんな評価は犬にでも食わせてしま・・・連れだと?」
「ビルドアップに余念のない漢の事だよ」
「あの馬鹿は問題児とばかり親交を深めて・・・教育しないと」
「神に畏敬を抱かせたナイスガイなんだがなー。まー、それはともかく返答は如何に」

 緩みきった会話とは裏腹に少しでも妙なそぶりを見せた瞬間、蛇の顎は己を一飲みするに違いない。
 そして完全に生殺与奪の権利を奪われたエルマが選んだ答えは肯定の意だった。

「よかろう。何を画策しているか知りたくもないが、私とてまだ死ぬわけにはいかない。遊べと言うなら遊んでやろう」
「それでよい。これで豊かと貧しさの両方を味わうTボーンステーキな世界を鑑賞できるのー。どれ、漢共とニヤニヤする準備をせねばっ!」
「豊か?貧しい?はい?」
「気にするなと言うか気にしてはいかん!では、金髪同士仲良くのー」

 先ほどまでの脅威が嘘のような蛇神だった。
 月は訳もわからず頷いたエルマに親指を立てると、そのままダッシュ。
 あっという間に遠くへと駆け抜け、なにやら車座になっている少年達の元へと戻ったようだ。

「・・・色々ありましたけど、行きましょうか」
「・・・異論なし」

 互いに逆らえない存在が消え、二人はため息混じりに歩き出す。
 無論、敵意が消えたわけではない。しかし、今は別の敵を倒さねばならないのだから。

「足を引っ張るなよ小娘」
「そちらこそ、夜じゃないみたいな理由で言い訳は許しません」
「はははは、誰に向かって戯れ言を。勝つぞ、私はどんな小さな事でも敗北は嫌いだ」
「気が合いますね、敗北に価値はありませんよ」
「短い間でもコンビを組む、組まされるのだ。頼むぞリーファとやら」
「ええ、呉越同舟でも頑張りましょうエルマさん」

 計らずとも天敵同士が肩を並べる羽目になっていた。
 対するは、待ちくたびれて砂の城を築き始めている娘二人と少年一人だ。
 こうしてスポーツという枠の中で激しい戦いが始まるのだった。

「キン肉マンよ、この展開ならば注目せざるを得ぬだろ?」
「確かに応援せざるを得ない。しかし謀が好きだな」
「・・・これだけお膳立てしても無反応とは恐ろしい子。はい、健全な男の反応を教えてやるのだよ」
「中身はともかく、こちらの身内も外面はとびきりだぜ?それに加えて胸がでかいのと小さいのが夢の競演。まして全員水着なんだ!
 これを視界に納めて淡泊でいられようか、否っ、居られるはずがない。見ろ、見物客のほとんどが男の現実を!」

 まるで熱弁を振るう政治家のような修慈の姿は、内容はともかく一切の迷いを廃した聖者の言葉。これには一角も同意せざるを得なかった。

「・・・男として否定はしない、できないな。すまなかった、モヤシのような奴と侮り真実から目を背けていたらしい。
 可愛い女の子は世界の財産だ、愛でることは悪じゃない。俺の目を覚まさせてくれて本当に有り難う、助かった!」
「人は過ちを繰り返して成長する生き物さ。気にするな友よ。今夜にでも酒を酌み交わそう。きっとあんたとなら良い酒が飲めそうだ!」
「酒かよ。プロテインなら付き合うぜ?」
「うわぁ、変態は変態と分かり合うのだの。まーなんでもよい。後ほど一席向けるて熱く語ろうではないか。しかし、今は堪能する事に全身全霊を」
「「了解!」」

 無駄に全力をぶつけ合い、一進一退の攻防を繰り広げる四人の少女達を眺める男達に誠実の二文字は存在しない。
 あるのは後ろ暗い、しかし純粋な下心だけだった。
 月とその仲間達はこれでいいのだが、一方でいい加減堪忍袋の緒が切れそうな少女もいる。

「ちっ、いくら監視しても隙が無い。そもそも苛々して駄目だ。奴に張り付くのは止めて、島の調査に取りかかるべきかもしれねぇな。この妙な気配が気になって仕方が無い」

 当然と言うべきか武装の解除を要求される水着への着替え命令は無視し、虎視眈々と獲物を狙い続けていたアヤメは舌打ちをしつつ目標に背を向けて歩き出す。
 短期決戦、瞬間的な破壊力には自信がある。しかしそれ故に燃費が悪く、長期戦に持ち込まれては劣勢になるのもまた事実だ。
 相手は禁猟指定の化け物、機を見て仕掛けなければこちらの身が危うい。
 しかし、さすがに敵もさるもの。この場所は連れてこられた時点で月の支配下にあった。
 さらに厄介なのは緩んだ気を発散しながらも、つけ込むべき隙が存在しない事だ。
 これでは後の先はおろか、先の先まで握られていると代わりがないではないか。
 アヤメ自身の予測では、万全の体制で仕掛けても五分と五分。天の時、地の利、この二つを制されている以上、この場で仕掛ける事は自殺行為でしかない。

「断片的な情報からこの先が本番だってのは判ってる。必ず生まれる間隙を逃さず、必ずてめぇは殺して殺して殺し抜いてやる・・・」

 殺意の度合いはともかく、同様の考えを持った退魔師は少なくなかったようだ。
 二桁近い同業者の気配を感じ取り、アヤメは眺める先ではしゃぐ月とは正反対の笑みを浮かべ、愛刀と共に海岸線を離れて島の奥地へと向かうのだった。


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