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扉の向こうへ ◆BEQBTq4Ltk
図書館へ足を進めるブラッドレイは何度か左掌を握ったり開いたりと動作を繰り返している。
数時間前に交戦した雷光の錬金術師――ではないが、電撃を操る少女、
御坂美琴の一撃に左腕が不完全な状態に陥れられた。
痺れが残っている状態では実質片腕での戦闘を強要され、使えたとしても本調子とは呼べない。
左腕が回復していれば先のセリュー及び人造人間のような狗相手に時間を掛ける必要は無かっただろう。
ウェイブ、マスタングと敵が増え最終的には
狡噛慎也までもがブラッドレイの敵に回っていた。
相手する敵全員が同盟を結んでいる訳ではないが、片腕が封じられている中での戦闘は好ましくない。
仮に近接戦闘をウェイブが担当し中距離から圧倒的な火力と殲滅範囲でマスタングとセリューが手を組み襲って来たら。
とてもではないが一度は死を覚悟するだろう。おまけに先の戦闘を一発の弾丸で終わらせた狡噛慎也もだ。
「これで左腕が使えるようになったか。雷光め、余計なことをしよって」
感覚が戻ったことを確認し、適当に風を切る動作で左腕を振り回す。
痛みも感じなければ動きに不自然さや違和感を感じることもない。この瞬間、ブラッドレイの左腕は痺れから開放された。
「図書館に行ったとして、居るのは
タスクと
本田未央の二人。
セリューとの戦闘によってあの一帯を自由に移動するには空でも飛ばん限り無理だ。
狡噛慎也達は一度図書館へ向かっている可能性が高いことを考えると――少し面倒なことになる」
タスクとの情報交換は殺し合いからの脱出に繋がる貴重な突破口の可能性を秘めている。
一緒に居る本田未央にそのような価値は無いがあの
渋谷凛と同胞を考えると一人の人間として興味が湧いてくる。
なんにせよブラッドレイにとって図書館へ向かわない理由は少ないのだ。あったとしても時間を少々無駄にするだけである。
彼の足取を重くするのが狡噛慎也を始めとする自分の正体を知っている参加者である。
ホムンクルスであることをわざわざ自ら宣言する必要も無く、ブラッドレイは一人の人間として振舞っている。
しかし
ロイ・マスタングはホムンクルスの情報を的確に他の参加者へ伝えており、素性が一部の参加者に筒抜け状態である。
恐らく大佐から話を聞いた
白井黒子達が狡噛慎也にブラッドレイの正体を告げ、セリュー戦へ投入した可能性もある。
「狡噛慎也は私を敵として認識している。マスタング大佐から話を聞いたウェイブやセリューも同じだろう。
彼らが何処まで広めたかは知らんが……全く。殺す必要が無い人間まで手を掛けることはしたくないんだがね」
ブラッドレイの方針は殺し合いから脱出すること。
父上の下へ帰還し、来るべき約束の日に備え己の義務と使命を全うすることである。
そのために犠牲を祓うことに心が傷付くことはなく、斬り捨てる人間は問答無用で斬り捨てる。
ブラッドレイがその手で殺害した参加者は二人。両者女性であり幼き子供であった。
美遊・エーデルフェルトと渋谷凛。
前者は
園田海未を逃がすために全力を持って立ち向かってきた少女。
後者である渋谷凛は力を持たない人間であったが、その信念は天晴であった。
ブラッドレイが渋谷凛を殺害したことは誰も知らない。
しかし美遊・エーデルフェルトを殺害したことを知っている参加者――園田海未がいる。
彼女自身の名前は放送で呼ばれており既に死んでいる。だが情報は漏れているだろう。
音ノ木坂学院付近で彼女と接触した参加者はブラッドレイを危険人物として認識している可能性が高い。
地図上では図書館と音ノ木坂学院はそれ程遠くない。
既にブラッドレイの情報が広まっている可能性もある。
なんにせよ移動を遅らせる理由は存在しない。足を図書館へ進めるだけだ。
(地図……国土錬成陣のような配置で建物は置かれてはいない、な。考え過ぎか)
セリム・ブラッドレイ。
名簿に載せられている名前に違和感を覚える。
彼を参加させる理由は一体何なのか――参加させてどうするつもりなのか。
謎が多い殺し合いの中、答えを得るには主催者との接触が必要不可欠だろう。
交錯する情報の中で信じれる物はどんな状況、どんな世界であれど己のみ。
自分の直感を信じれない者に未来など訪れることはなく、ブラッドレイ自身が確認しなければならない。
他人の又聞きだけでは対象の人間性も解らない。一方的な情報は恐ろしい物だ。
現にブラッドレイがマスタングに抱いている感情には齟齬が発生している。
やはり目を覚ましたら対話が必要であろう。
出来れば邪魔が入らない場所で情報を確認し、現状の打開を図るべきだ。
その後に脱出策を練っても遅くはないはずだ。
しかし脱出に当って無理に死者を出す必要が無いならば。
ブラッドレイがその刃を振るうことは大幅に減少されるだろう。
「平行世界……信じられんが真理とやらに広がる一つの可能性とでも捉えようかね。
参加者の多くがアメストリス出身ではなく――私とは関係ない世界の人間ならば殺す必要は無いかもしれん」
存在を知られていようと害はない。ホムンクルスの情報を持ち帰られても所詮は干渉出来ない他人の世界だ。
そもそも軍内部に事情を知っている人間だっている。敵であるエドワードやマスタングでさえもブラッドレイがホムンクルスであることを認識している。
けれど殆どの人間が初対面となる殺し合いの状況で、人外のレッテルを貼られると行動に支障が生まれてしまう。
最初から警戒されていれば情報交換はおろか、落ち着いて会話することさえままならない可能性がある。
「……ふむ。首輪を外す或いは脱出に使える人間を殺す必要はない。
だが何も進展が生まれないとすれば――主催者に会うしか方法はあるまい」
広川。
自分を含む多くの参加者を招き殺し合いを開催した始まりの男。
今回の真実を知るには彼との接触が不可欠である。主催者が彼なのか、将又複数人なのか。それさえも分かっていない。
「平行世界とマスタング大佐の話……全てが成立するとなれば広川は未来過去現在……時間を超えることが出来るかもしれん」
ブラッドレイが知っているマスタング大佐はホムンクルスに仇なす人類側の敵であった。
計画のために無理矢理にでも人体錬成を行わさせ、人柱にし父上の礎にさせようとしていた。
しかし実際に出会ったマスタングは手合せ錬成を行っていたのだ。
真理に触れた者が行える錬成――つまりロイ・マスタングは人体錬成を犯していることになる。
大切な人間の窮地に居合わせれば彼は人体錬成を行うと見積もっていたが、何故なのか。
話を更に聞けばホムンクルスは全て死んだ、
エンヴィーだけではなくお前も生き返った……まるで未来から来たようなことを言っていた。
「エンヴィー、プライド、グリード、スロウス、父上……それにキンブリーも死んでいただろう。
マスタング大佐や
エドワード・エルリックの『世界』では約束の日を超えることは出来なかった、と」
頭が回る男だ。未来を見据えた若き野心家であるマスタング大佐ならば口を回し心理戦を仕掛けるかもしれない。
だがあの状況で、セリューが暴れ回り、死者が出ている状況でそんなことを仕掛けるとは思えない。
「エンヴィーに嵌められて参加者を殺したらしいな。今更一人殺したことで心を弱める男でもあるまい。
そうで無ければ戦場で背後を取られるか、軍を退役しているか。
どこぞの少佐と違って彼は逃走を選ばなかったからな。やはり――彼が言っていた話は『事実』と捉えて間違い」
面倒な状況になっている。それも自分が干渉出来ない次元の話であることが理不尽さを強調する。
エドワード・エルリック、ロイ・マスタング、
キング・ブラッドレイ……彼らが存在していた世界の結末はホムンクルスの敗北らしい。
信じられない――訳ではないが、一つの可能性としては受け入れられる。人間が勝っただけの話と捉えればいい。
奇妙な点と云えば何故ロイ・マスタングが未来から参加しているのか。
彼と接触した際の短い会話から察するにエンヴィーは死後から参加しているらしい。
ホムンクルスならば新しい容れ物宿った考えれば納得出来る話だが。容姿に触れておらずに、生き返ったと言っていた。
「時間移動と蘇生……錬金術を超えた力を持っているというのかね、広川は」
完全なる人体の復元。ホムンクルスと云った異形ではなく有りの儘に再現する力。
彼の口振りからデメリットは特に感じられず、説明していないだけの可能性もあるが。
時間移動が可能ならばそれは神の力と称しても過言ではない。マスタングとブラッドレイの認識の齟齬が可能性を現実へ駆り立てる。
殺し合いに生き残れば願いが叶う。
その願いに係る代償が零であり、不可能な事象が無いとなればこの上ない魅力的な話である。
「実に魅力的だがわざわざ忠誠を誓い貴様の奴隷に成り下がるつもりは無いがね。
この首輪を外せば貴様の命令なぞ誰が受け入れるか。こんなモノで私を飼い慣らせると思うなよ」
しかしブラッドレイの主――父上は一人である。故に彼が他の存在に頭を垂れることはない。
思い通りに殺戮劇を演じる人形ではなく、この男は一人の人間でありホムンクルスであるのだ。
己の意思で行動し、己の力で生き抜き、己の信念を以って死んでいくだろう。
「私は貴様の計画――殺し合いを潰してやっても構わない。
本当に最後の一人しか帰れないのならば他のホムンクルスを殺してでも貴様に会ってやろうではないか。
……とは言ってもそんな状況になる前に志ある若者達が何とかするかもしれんがな。
まぁいい。どうせ盗聴しているのだろう? だからこうしてペラペラ喋ってやったぞ。
先の放送で死者を読み上げたが……監視も付いているとなれば隠す必要がないのでな。
知っての通りだとは思うが――約束の日を迎えるまでこの老体、朽ち果てる訳にはいかないのだよ」
自分が殺した人間を読み上げた広川。
この情報は漏れておらず、ブラッドレイ――参加者の行動が監視されていることの証明だ。
大方首輪に盗聴機能や生存を認識する機能が組み込まれているに違いない。
その仮設を踏まえた上でブラッドレイは首輪に語り掛けていた。声を聴いているであろう広川へ向けて。
彼に従うつもりはないが、殺し合いを放棄する宣言ではない。
帰る方法が殺し合いの優勝ならブラッドレイはその刃を赤く染め上げる。戸惑いも後悔も存在しない。
タスクのような首輪を外せる可能性を持った参加者が居れば無駄に血を流す必要は無いのだが。
(さて――首輪と云えばだがマスタング大佐が外していないと云うことは錬金術では不可能だったか。
平行世界が本当なら知識が圧倒的に足りないのだろう……ふむ、早く目を覚ましてもらわなければ面倒な――ん?)
マスタング大佐。
ブラッドレイが所有しているバッグの中に収まっている人柱候補だったはずの男。
知らぬ間に人体錬成を行い真理に触れていた男はどうやら未来から来たらしい。
全てを確かめるために本人と会話を行いたいが目を覚ましておらず、このまま行けば図書館で面倒なことになるかもしれない。
タスク達と会話をしている間に焔を出されては何一つ有り難いことがない。唯でさえ狡噛慎也やウェイブ、
小泉花陽が先に接触しているかもしれないのに。
そして懸念点は更に増えてしまった。
今後の方針や考えを整理しながら歩いていた時、不意に視線に映ったのは日光を反射する一つの線。
それはブラッドレイの進路先から回収され彼が歩いてきた道を戻っていた。
(セリュー・ユビキタスが生きているのか? 死体は確認していないが……ッ!)
死体。
セリュー・ユビキタスの死体は奈落の底へ落とされてしまい、確認をしていない。
それに大量のミサイルが爆発したあの状況では死体の一つにそこまで気を配れる訳がない。
今、戦場跡地にある死体は二つ。
一つはセリュー・ユビキタスが殺害した
由比ヶ浜結衣。
鉄球で首を吹き飛ばされ、残った身体も蹴られてしまい原型を留めていないだろう。
もう一つの死体が
島村卯月の死体である。
由比ヶ浜結衣が放ったショットガンによって身体を吹き飛ばされて死んでしまった彼女。
経緯は不明だがセリュー・ユビキタスに依存しており、彼女が死んだ今、島村卯月が生きていても辛いだけだ。
(島村卯月……身体を吹き飛ばされただけだ。血が一切出ておらん)
ブラッドレイは思い出す、島村卯月がショットガンによって吹き飛ばされた瞬間を。
あの時、血は出ていたのか。鮮血は舞っていたのか。
答えは否。
考えられるのは島村卯月が服の下に何かを隠していたこと。或いは人外の存在だが後者は有り得ないだろう。
あの場に向かう糸、生きていると推測される島村卯月。
彼女が糸を回収しているとして何をやろうとしていたのか……不明である。
渋谷凛と同胞である島村卯月。セリュー・ユビキタスに依存していた彼女だがこうも行動するとは予想が付かない。
形はどうであれ強い意思を持っているのは確かである。それが他者に依る物かは不明であるが。
(まぁいい。今から戻っても意味は無い。彼女は私を危険人物と認識してしまったからな……それは図書館に居る人間も同じになる可能性が高い)
ウェイブ達が合流していたら自分の素性が明かされてしまい、厄介極まりないことになる。
無駄な戦闘は行いたくない。というよりも必要以上に暴れる必要が無い。
脱出出来ればそれでブラッドレイの問題は大方解決してしまう。残された参加者がどうなろうと彼には関係ない。
そのためにも首輪を外せる可能性を持ったタスクと合流するために図書館へ向かう。
(糸……セリューと共にいたあの狗もそうだがまさか……回収してみる価値はあるか)
先程見かけた糸とセリューを守っていた狗――コロと対峙した時、ブラッドレイはナニカを感じていた。
そのナニカは彼がアメストリスでも感じているとある物に似ていた。しかし彼の知る世界にあのような狗は存在しない。
平行世界の欠片……彼の知らない技術が使われたアレの可能性も在る。出来れば回収したいものだ。
「少々急ぐとしようかね……くれぐれも馬鹿なタイミングで目を覚まさないように、な」
己のバッグに視線を配るとブラッドレイは図書館へ急ぐように速度を引き上げた。
【D-5/一日目/昼】
【キング・ブラッドレイ@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】
[状態]:疲労(大)、腕に刺傷(処置済)、両腕に火傷
[装備]:
[道具]:基本支給品、不明支給品0~2(刀剣類は無し) デスガンの刺剣(先端数センチ欠損)、カゲミツG4@ソードアート・オンライン 、ロイ・マスタング
[思考]
基本:生き残り司令部へと帰還する。そのための手段は問わない。
1:図書館に向かいタスクらと一旦合流する。
2:稀有な能力を持つ者は生かし、そうでなければ斬り捨てる。ただし悪評が無闇に立つことは避ける。
3:プライド、エンヴィーとの合流。特にプライドは急いで探す。
4:エドワード・エルリック、ロイ・マスタング、有益な情報、技術、帰還手段の心得を持つ者は確保。現状の候補者はタスク、
アンジュ、余裕があれば白井黒子も。
5:
エンブリヲは殺さず、プライドに食わせて能力を簒奪する。
6:御坂は泳がしておく。島村卯月は放置。
7:マスタングが目を覚ましたら認識の齟齬について問い正す。
8:自分が不利だと判断した場合は殺し合いの優勝を狙うが……
9:糸や狗(帝具)は余裕があれば回収したい。
[備考]
※未央、タスク、黒子、狡噛、穂乃果と情報を交換しました。
※御坂と休戦を結びました。
※超能力に興味をいだきました。
「ふむ」
足を止めたブラッドレイは声を漏らしバッグへ視線を落とす。間が生まれた後に言葉を発した。
「マスタング大佐が入っているが……質量は何処に飛ばされて……まぁいい」
「……此処はまさかバッグの中か?」
目を覚ますと同時に身体を起こし、周囲を伺い自分が置かれている状況を確認するマスタング。
自分が倒れていたのは瓦礫の上。天井は存在しない暗闇。数歩動けば瓦礫は無くなり血の海が広がっている。
天井が無ければ、この様子だと壁も存在していないのかもしれない。記憶どおりならばブラッドレイに気絶させられバッグに収納されていたはず。
「これはブラッドレイが持っていた剣……どうやら本当にバッグの中に私は居るのか」
賢者の石を使用し気を失った時もバッグの中に収納されていたが、あの時、意識は回復しなかった。
酷い振動感に襲われた後、気付けば自分は外で倒れており近くにいたウェイブに肩を貸してもらっていた。
こうしてバッグの中で目を覚ますのは初めてであり、嫌でも殺し合いの異常さを思い知ることになる。
「質量を無視して人体をも収納出来るバッグか……全く広川はどんな力を持っているんだ」
錬金術ではない異能の力。
天城雪子のようなペルソナかもしれないし、セリュー・ユビキタスが使用していた帝具かもしれない。
「錬金術……この場所、私は一度来たことがある……?
それは賢者の石を使った時ではなく、そうだ。アメストリスの時に、まだ殺し合いに巻き込まれていない時に――」
身体を襲う謎の感覚は過去に一度体験したかのように、マスタングにとって何か知っているような感覚であった。
しかしそれが何時襲われたのか、どのような状況で体験したかが思い出せず、結果として答えに辿り着けない。
『肝心な所が思い出せない? だから無能って言われんだよ大佐』
などと鋼の錬金術師が言いそうで苛立ちが胸の中を駆け回る。そして実際にその台詞を目の前の異形に言われマスタングは臨戦態勢に移行する。
「貴様は」
『エンヴィー……とでも言うつもりか?」
「わざわざ私の姿に变化する必要もあるまい。
貴様は誰だ、どうして私の姿をしている。そして此処は何処だ答えろ」
『我は影、真なる我――そう呼んでもらって構わない」
「その説明じゃ解らんぞ」
マスタングの前に現れたのはマスタング――の姿をしたナニカである。
鏡と対面しているような感覚で、ナニカはマスタングと同じ声、同じ仕草で語っている。
『本来ならばオリジナルであるロイ・マスタングの隠し殺している本性が現れるのだが……』
「ほう、ならば貴様は私自身であると?」
『そのとおりだ。マヨナカテレビと呼ばれる空間でのみ現れるのだが、バッグの中は様々な理論が組み合わさった異色の空間になっている』
「だから貴様の説明は解らんと言っている。もっと砕いて話せ……でないと燃やす」
『我ながら哀しいな。敵意を剥き出しにしては話し合いも進まない。
全く……人体までもが収納出来るバッグなどご都合主義もいいところだとは思わないか?
目が覚めた時点である程度予測はついていると思うが、この空間はアメストリスだけの価値観では語れない。色々な世界が混ざりあっているからな。
……呼び名が無ければ混乱するだろう、私のことはシャドウと呼べ』
シャドウと名乗った存在の言葉を頭の中で整理するマスタングだが全てが雑音にしか聞こえない。
しかしこの状況自体が雑音のような理解に苦しむ現状なのも事実であり、全てを受け入れなくてはならないらしい。
国を統べる器ならば嫌なことは見ない。そのような子供の理論が通じる筈がない。目を背けるな。
手で顎を抑えるとマスタングは一人、状況を整理する。
(シャドウと名乗ったこの男だが……言っていることが嘘か本当か解らん)
判断材料が少な過ぎる。バッグの中なのは確実のようだがそれすら正しいかどうかも解らない。
だが否定から始まっては何一つ進展しないため、今は状況の理解に務める。
(『色々な世界が混ざりあっている』……聞いたことのない超能力の理論や学園都市が該当するな。
佐天君や白井君が嘘をついているとは思えん。天城君のペルソナだって私の知らない力だったな)
アメストリスではない何処か遠い国……ではなく世界を包む次元が異なる異形の地に拉致された可能性が高い。
それはマスタングや鋼の錬金術師だけはなく
佐天涙子や白井黒子、小泉花陽やウェイブも一緒である。
知らない世界の人間達ならば自分の世界で該当するところの錬金術に連なる能力があっても不思議な話ではない。
(私が交戦した後藤もホムンクルスではなく別の世界の怪物という訳か)
故に自分の知識だけで太極を見極めるのは至難であり、強行するのは愚かである。
つまり見境無しにエンヴィーを警戒する行為は仕方が無い側面もあるが実に非効率であり、他者に不快感を与える行動だった。
自分の行いを省み、マスタングの頬を汗が伝う。もう一度
高坂穂乃果達に合流することがあれば謝罪を行わければ。
(マヨナカテレビ、これは知らん。
奴はご都合主義空間と言ったが確かにこのバッグの中は何でも収納出来る……何でもアリだな)
質量を無視して収納出来るバッグは異形を象徴する一つの要素である。
戦争にこんな物を持ち込めば簡単に他国を制圧することが可能だろう。何せ人体まで収納出来るのだから。
「一つ聞くが本当にバッグの中か? 以前、私は気付かなかったが」
『あん時は気絶してたろ。自分の意志で出ることは不可能だからなこのバッグ』
(バッグの中で確定としておこうか。そして自分の意志で脱出は不可能、と)
自分が置かれている状況に脱出不可の記号を加え更に脳内を回転させる。
(シャドウ、つまり影か。私自身を写す鏡……)
『自分にジロジロ見られるのはあまりいい気がしないな』
「貴様、私の影と言ったな。どの部分が影なんだ」
『言った通り本来ならばお前自身の影――心の奥に殺されている本性が実体化する。
だが今のロイ・マスタングにとって何が光か何が影かハッキリしていないからな』
「……?」
『ついでに言っておくがシャドウと対面するにはオリジナル自身が極限状態まで追い込まれないと現れんぞ。
そもそもこの空間で意識を保っていられればの話しだが……その顔ではまだ飲み込めていないようだな?』
「………………」
『解らないか? 約束の日、ロイ・マスタングは怒りに身を任せてエンヴィーを殺そうとした。
一国の頭を目指す男が復讐心で誰かを殺そうとしたんだ……そんな男に国が背負えるのか? そう鋼のや中尉、スカーに言われたはずだ。
なのにお前はエンヴィーを見た瞬間、昔の顔に戻ってしまった。悪魔のような、そもそもヒューズを生き返らせようなど有り得ないぞ』
シャドウが一人でマスタングが殺し合いに巻き込まれてから行った所業を紛糾していた。
その間マスタングは一切口を開かずに黙って彼の話を聞いていた。
発言を促されてから、マスタングはその口を開き自分の意思を言葉にした。
「貴様の言っている通りで自分に腹が立つ」
『……今のロイ・マスタングなら激情に流されるままに焔で焼き尽くすと思ったが』
「確かにそうしたい所だが……私は何度も愚かな行いを繰り返すつもりはない。
エンヴィーに固執していたのは事実だ、認めよう。だがあいつとは不本意ながらも決着をつけて私も受け入れた。
ならばもう一度、今度は復讐心に全てを委ねないで私の手で――また引導を渡してやるだけだ」
拳を握りマスタングは己の弱さを受け入れた。
佐天涙子が死んだのも、天城雪子が死んだのも、由比ヶ浜結衣が死んだのも己が弱いからだ。
特に天城雪子に関しては関係者や親しい存在に対する言い訳など存在しない。全ては自分が原因である。
だが、マスタングは足を止めない。
此処で足を止めるならばとうにイシュヴァールの時点で軍を退役している。
今更人を殺した程度で自我を崩壊させる程脆く、弱い人間ではない。そして。
「色々な世界からの人間が巻き込まれて居るのなら私達は本来出会わないことになる。
私と出会ったことが原因で死んでしまった彼女達――私が殺してしまった天城雪子君。
その罪と彼女達の証を背負って私はこの殺し合いを潰して生き抜いていくしかないんだ」
『説明が下手だな』
「死んだ者達の分も生き抜いてこの殺し合いを破壊すると言っている。
私はもう止まることは許されない。そして愚かな行為を行うことも、な」
決意。
既に固めていた信念を言葉にすることによって一層固く己の中で位置付ける。
『なら全員殺して願いを叶えるのか?』
「本気で言っている訳でもないだろうシャドウ。
私は救える人間は全員救う……いや、この手が届く範囲で全ての人間を救ってやる。
だが、貴様が言っていた通り、エンヴィーを見てからの私は情けなくて愚者その者だった。
最初の間は自分の身を守りつつ、必要があれば自分の事をフォローして行かなければならない」
事故とは言えマスタングが天城雪子を殺したのは事実だ。
その罪は消えること無く、マスタングを永遠に縛り付ける証となっている。
彼に対して不信感を抱く者もいるだろう。一度参加者を焼き殺した人間火炎放射器だ、近寄りたくない。
説明も踏まえマスタングはこれからの茨の道を進むことになるだろう。下手をしたら殺人鬼以上に警戒されてしまうかもしれない。
『……冷静さだけはあるようだな』
「自分で自分を燃やす趣味はない……確かに気持ち悪いと思っているのは事実だが」
『その冷静さもエンヴィーと遭遇すれば無能に成り果てるがな』
「余計なお世話だ」
マスタングは掌を合わせると血の海から剣を一本錬成し大地に突き刺した。
剣先で何かの術式を書くように動かしながらシャドウに話し掛ける。
「お前はさっきマヨナカテレビと言っていたが此処はそのマヨナカテレビとやらが大半を占めているのか?」
『いや、あくまでマヨナカテレビは構成している一つの要素に過ぎない
「ならばこの空間の大半を占めているのは――合っているか?」
『合っているも何も錬成陣描いている時点で察しがついているだろうに
――お前の予想通りこの空間は『擬似・真理の扉』の要素が一番占めているかもしれない』
「勿体ぶらず答えを言え」
『真理に触れたのだろう? ならば自分で考えたまえ』
マスタングが目を覚ました時に感じた既視感はアメストリスで行われていた。
セントラルに攻め込んだ際、人柱達がお父様の元へ送られた後にブラッドレイとセリムに襲撃された時。
ラースとプライドによって強制的に人体錬成を行ってしまったマスタングは真理に触れてしまった。
その時だ。
「擬似・真理の扉か……鋼のから聞いたことがある。
私や中尉、ノックス先生がグラトニーから逃げた後にリン・ヤオとエンヴィー諸共飲み込まれてしまったと。
それはお父様が創りあげた擬似・真理の扉だった……だが何故此処がその空間に似ているんだ?」
『同じセリフを言わせるな、自分で考えろ』
(いちいち癪に障る奴だな……)
結果としてマスタングが最初に感じた感覚の予測は当たった。
しかし答えが解っただけで肝心な方程式が解らない。広川は何故、どうやって、何のためにバッグを擬似・真理の扉に繋げたのかも解らない。
だが質量を無視するという点では、この空間に繋げれば何でも入るだろう。どうやって取り出しているかは不明ではあるが。
鋼の錬金術師も出る際には人体錬成を行わなければ出れなかったらしい。エンヴィーも脱出を諦めていたと云う。
自分の意思で出れないのは支給品と同じ扱いなのだろう。他人に出されるか先のようにアクシデントでも無ければ脱出は不可能と考えていい。
しかし考えれば考える程異質である。何故此処に擬似・真理の扉があるのか。
そもそも何故殺し合いを行っているのか……どうやら嫌でも広川に会わなければならないらしい。
『帰るつもりか?』
「賢者の石がまだ余っている。不本意ではあるが使わせてもらうさ」
錬成陣を書き終えたマスタングは賢者の石を取り出し一つの覚悟を決める。
(バッグの中だが私は私のバッグを持っているのだな……まぁいい)
掌を合わせ一度無理矢理に発動した禁忌を今、マスタングは未来へ生きるために行使する。
「なぁシャドウ。私はこれから何処に出る?」
『無事に行けばキング・ブラッドレイのバッグから飛び出すだろう。恐らく激戦区に』
タイミングが悪ければマスタングは危険人物としての登場になるかもしれない。
もしそうであればブラッドレイに殺され、彼を英雄に演出する人形にされるかもしれない。
「そうか――もう此方に来ない事を祈っている」
『此方のセリフだ……次来る時は己を保て。
光が輝いていなければ影は小さい。乗っ取ることも出来んからな』
「強欲のような奴だ……私自身ではあるがな!」
赤い閃光が周囲に満ち溢れた時、異形の黒き瞳が錬成陣に現れた。
(賢者の石にさせられた――貴方達の生命、私が使わせてもらいます)
無数の影がマスタングを呑み込んでいき、擬似・真理の扉と呼ばれた空間には誰も残らない。
彼は影――マスタングが消えればシャドウも消える。
「半ば強引にやってみたが……成功、か」
マスタングが目を覚ました時、彼を包むのは一面に広がる白、或いは透明の空間。
何処までも広がる感覚は先のバッグの中に似ており、色合い的には光と闇を演出しているようだ。
そんな空間で異質を放つのが石で構成されているような大きな扉。真理の扉と呼ばれるそれ。
そしてその前で座り込み此方を睨んでいる真理だけであった。
『こうやって面を向き合って話すのは初めてだな錬金術師』
「貴様が真理だな。鋼のから聞いたことがある。一度会ったのはセントラルで人体錬成を勝手にやらされてしまった時以来だな」
『以来って言ってもそう簡単に何度も来る所じゃないけどな』
本来ならばマスタングが出逢うことの無かった存在。辿り着く予定も無かった境地である。
大切な人を救うために人体錬成を選択するマスタングはエンヴィーとの決着を終えて死んだ。
彼が人体錬成を発動してしまったのはホムンクルスによって強制的に扉を開かさせられたからだ。
最も殺し合いに巻き込まれてからマスタングはエンヴィーとの再開を得て、一時期復讐鬼になってしまっていた。
己の影との会話で冷静さと本来の心情を取り戻しているため、同じ過ちを繰り返すことは無いと思われるが。
「あの場所から人体錬成を行っても貴様に会えるのか?」
『さぁな、そもそもお前は何で此処に来たんだ? まぁいいか。お前は後ろの扉を通って外に戻るだけだ』
「確かに何故真理の扉前に飛ばされているかは疑問――後ろだと?」
真理が指した指先を辿るように振り向いたマスタングの目の前には扉が広がっていた。
そして真理の方へ向き直ると、彼の背後にも扉が広がっているではないか。
「何故真理が二つある、真理とは一つではないのか!?」
『お前や鋼の錬金術師達には二つあるんだよ、じゃあな』
「シャドウといいどうして誰も解るように説明を――チッ!」
真理の空間に居るのに答えを知れないとは理不尽だな。と、悪態を零したい状況ではあるが時間が無い。
背後の扉から這い出てくる無数の影がマスタングを中へ引き摺り込む。
腕を伸ばして粘ることも諦めたマスタングは黙って現状を受け入れる選択を取った。
彼が最後に見たのは笑いながら手を振る真理の姿であった。
(私が次に目を覚ます時、ブラッドレイのバッグから飛び出すのだろう)
誰が居るかは不明である。当初通りであればウェイブ達と合流しているだろう。
しかしブラッドレイが到達することを考えると血が流れるのは確実である。
彼にマスタングの未来――約束の日の結末を伝えればどのような反応を取るのか。
戦闘の際に告げているが、詳細は説明していない。改めて対話の場を設ければいいのだがどうだろうか。
相手はホムンクルスだ。マスタングがバッグから出た瞬間、彼の行動次第で殺し合いが大きく動くだろう。
(佐天涙子、天城雪子、島村卯月、由比ヶ浜結衣……名も知らない犬、賢者の石にさせられた人達。
仇を取れるかどうかは知らんが、君達の存在を私は忘れない。そして罪も背負って生きる。
私がそちらに行くにはまだ早過ぎるんだ。全てを終わらせた後で――今は黙って天から見ていてくれ)
次にマスタングが目を覚ます時。
それは殺し合いにおいて一つの佳境であり、正念場であり、太極を見極める重要な場面であろう。
【???/昼/一日目】
【ロイ・マスタング@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】
[状態]:疲労(中)、精神的疲労(大)、セリューへの警戒、迷わない決意、過去の自分に対する反省
[装備]:魚の燻製@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース
[道具]:ディパック、基本支給品、錬成した剣
[思考]
基本:この下らんゲームを破壊し、生還する。
0:殺し合いを破壊するために仲間を集う。もう復讐心で戦わない。
1:飛び出した先で穏便に情報交換を済ませる。
2:ホムンクルスを警戒。ブラッドレイとは一度話をする。
3:エンヴィーと遭遇したら全ての決着をつけるために殺す。
4:鋼のを含む仲間の捜索。
5:死者の上に立っているならばその死者のためにも生きる。
[備考]
※参戦時期はアニメ終了後。
※学園都市や超能力についての知識を得ました。
※佐天のいた世界が自分のいた世界と別ではないかと疑っています。
※並行世界の可能性を知りました。
※バッグの中が擬似・真理の扉に繋がっていることを知りました。
※次にマスタングが登場するのはバッグから飛び出した時です。(書き手向け)
最終更新:2015年10月06日 18:54