116

ダイアモンドの犬たち ◆H3I.PBF5M.


 夢を、見ている。
 朝起きて、従姉妹である堂島菜々子といっしょに朝食を摂り、市内唯一のショッピングモール・ジュネスの屋上へ向かう。
 屋上のフードコートには、見知った顔が勢揃いしていた。

「よっ、悠!」

 花村陽介。最初にできた友達であり、親友と呼べる仲だ。

「おはよう、鳴上くん」

 里中千枝。赤と緑の緑の方であり、気安い付き合いのできる女子だ。

「先輩チーッス」

 巽完二。見た目はヤンキーだが、別に粗暴というわけではなく意外と礼儀正しい後輩だ。

「おはよー、先輩!」

 久慈川りせ。現役アイドル(休業中)の後輩。無邪気に懐いてくる可愛いやつだ。

「おはようございます、鳴上先輩」

 白鐘直斗。高校生探偵と噂の後輩。最近女の子と知って結構驚いた。

「おはよう、みんな」

 俺――鳴上悠は、みんなに挨拶を返す。
 これが俺の仲間。彼らは単なるクラスメイト・後輩という仲には留まらない。
 いまこの街を、稲羽市を騒がせている連続殺人事件を共に追う仲間たち。
 この事件は、警察には解決できない。
 何故なら事件は現実ではなく、テレビの中で起こっているからだ。
 テレビの中に入ることができ、そこの蔓延る化け物――シャドウと戦うことができるのは、俺たちだけ。
 心に秘めたもう一人の自分。困難を打ち払う力、希望の象徴――ペルソナだけが、シャドウに立ち向かう唯一の手段。
 最近、久保美津雄という少年が逮捕された。事件の犯人として。
 だが俺達は、彼が犯人ではないことを知っている。関係者ではあったとしても、真犯人は別にいる。
 直斗が身を挺して事件はまだ終わっていないと証明し、俺たちは引き続き事件を捜査し続けている。

「……? 誰か、休んでるのか?」


 ふと気がついた。
 いま、俺の目の前には五人しかいない。陽介、里中、完二、りせ、直斗。
 ここに俺を加えた六人が、事件を追う仲間――自称「特別捜査隊」の、フルメンバーのはずだ。
 だが、何故か。どうしようもなく、何かが足りないという違和感がある。
 何が足りない? 誰がいない?
 ふと、里中を見る。もはや見慣れた緑のジャージ。それを普段着にするのは女子としてどうかと思う。
 他の皆は学生服を着ている。俺もそうだ。
 当然のようにジャージを着て登校している里中がおかしいのであって、普通は学生服の黒を見慣れているはず。
 そういえば里中は緑のカップそばが好きだった。いつだったか、屋上で食べていたのを見たことがある。
 あのときは、そう。陽介が里中のそばをがっつり食べて、俺も天城の“赤いきつね”をごっそりいただいて……。
 ……そうだ、天城だ。天城雪子だ。なんで忘れていたんだろう。
 ここには天城がいない。あの目も覚めるような赤いカーディガンが、里中の緑と対になって映えるあの赤色がない。
 ついでのように思い出したが、クマもいないな。あいつは陽介のところで世話になっているから、やっぱりいないとおかしい。

「里中、天城は休みなのか? あと陽介、クマも」

 天城の幼馴染で、親友の里中に聴く。風邪か何かで休むのならまず里中に連絡しているだろう。
 もし体調が悪いのなら、今日は天城抜きでテレビの中に入ることも考えなければいけない。

「……何言ってるの、鳴上くん?」

 だが、その瞬間。仲間たちがさっと表情を消した。
 俺が何を言っているのかまるでわからないという顔。何故そんなことを訊くのか、本気で理解できていないという表情だ。

「何って、二人がいないから。もし風邪でも引いたなら、捜査に行くのはしばらく延期しても」
「そうじゃなくて!」

 強く、里中に遮られる。一体どうしたんだ。
 気が付くと、俯いた里中以外の仲間たちはみな、俺を見て……いや、はっきりと睨んでいた。
 何か、触れてはいけないことに触れてしまったみたいに。それは疑いようもなく、俺を非難する視線だった。

「悠、それちょっと洒落にならないぜ。どうしちまったんだよお前」
「洒落にならないって……お前こそ何言ってるんだ、陽介。天城とクマがどうかしたのか?」
「せ、先輩。本気で言ってるんすか?」

 苛立った陽介と、本気で驚いている完二。

「なに、言ってるの先輩……なんで今さらそんな……う、ひぐっ」
「久慈川さん、落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから」

 りせが、急に泣き出した。その肩を直斗が慰めるように抱く。
 一瞬で、空気が変わっていた。さっきまでのにこやかさは消えて、肌を灼くピリピリとした風が俺に吹き付ける。


「な、何だよ。俺、何か変なこと言ったか?」
「鳴上くん……本当に忘れちゃったの? そんなのってないよ……だって、だって二人は……」

 里中が、涙に濡れた目で俺を見る。
 いつも朗らかに笑っている里中の顔じゃない。深い悲しみと絶望を刻んだその表情は、やがて仮面のように感情を消して。


「だって、■■と■■きちはもう死んじゃったんだよ!」


 叩きつけるようなその叫びとともに、熱風は焔の竜巻となって俺を呑み込んだ。
 血よりも紅い灼熱の嵐。魂すらも呑み込んでしまいそうなその狂熱は、俺の全身を灼き尽くそうとし……


……いやああああああああああああああああああああああ……


 迸ったのは俺の叫び、ではなく。
 聞き慣れた、涼やかで透明感のある、彼女の……天城雪子の、断末魔だった。
 黒く焦げた、炭化したその物体が、かつて人であったことなどとても信じられない。いや、信じたくないんだ。
 長く艷やかだった黒髪も、トレードマークの赤いカーディガンも、一緒くたに真っ黒の炭へ置き換えられている。
 その……物体が、俺に手を伸ばす。


……たすぇ……ち、ぇ……なるか……ぁ……ぁぁ……


 ひっ、と喉が鳴る。
 どう見たって生きているはずがない。人があれだけの焔に晒されて、生きていられるはずがない。
 しかしその炭人形は、ゆっくりと、しかし確実に、地面を這って俺に縋り付こうとしてくる。
 本能的に後ずさる。背中が何かにぶつかる。重い感触。冷たい。
 首だけで振り返る。


……センセイ……


 そこにいたのは、こちらも見慣れた赤と白のキグルミ。否、キグルミのような生き物。
 そいつの名前を呼ぼうとして吸った息と、無意識に吐き出された息が肺の中で衝突して一瞬、呼吸が途絶する。
 胴体を大きく鋭い氷の剣で貫かれ、完全に貫通しているそのキグルミの名前を、俺は知っているんだ。
 俺の足を、炭人形が掴む。
 俺の背中に、キグルミがのしかかって来る。


……鳴上くん……センセイ……鳴上くん……センセイ……


 炭人形が、キグルミが、口々に俺の名を呼ぶ。
 やめろ、やめてくれ。その声で、その呼び方で、俺を呼ばないでくれ。
 俺に……認めさせないでくれ!


 お前たちが……もう、いないってことを……


  ◆


「……ハァッ、よ……っと」

 ナイトレイドの殺し屋、タツミ。彼はいま、疲労の極致にあった。
 先だってのエンブリヲとの交戦からさほど時間は経っていない。
 エンブリヲとクロエは黒が追った。戸塚を殺害したイリヤはキリトが追った。
 タツミはその場に残された男女、美樹さやかと鳴上悠の面倒を見るために残った。
 未だ身体はエンブリヲの攻撃の影響が抜けきっておらず、満足に動くことも難しい。
 感覚の暴走は時間とともに治まってきているものの、重りのように全身を包む疲労は無視できない。
 エンブリヲの真似をするようで癪だったが、タツミはさやかと悠を自分のバッグへと入れて、休息を取れる場所を探してここまできた。
 建物の名は、ジュネス。
 奇しくもバッグの中に眠る悠と縁深い、またエンブリヲが最初に本性を剥き出した場所でもあった。

「ベッドがある……ここにするか」

 さやかや悠と違い、タツミにショッピングモールやインテリアショップといった現代の知識はない。
 モール内を彷徨い歩く内、大型家具を展示しているエリアにたどり着き、別々のベッドの上に二人を横たえた。

「さて……とりあえず、何か隠すものがいるな」

 努めて意識しないようにしていたが、さやかも悠も全裸である。
 意識がない半死人を相手に欲情も何もないが、それでも出来るだけ裸身を見ないように気遣いながら、適当に引き剥がしたシーツを二人に覆い被せる。
 そこでタツミにも限界が来た。近場のソファへ吸い込まれるように倒れ込む。
 途端に湧き上がってきた睡魔に必死に抗いながら、タツミは戸塚が持っていたバッグを改めた。

「頼むぜ、何か武器が入っててくれよ」

 タツミに支給された帝具、二挺大斧ベルヴァークはエンブリヲに奪われてしまった。
 いま手元にあるものといえば、テニスラケットというらしいいかにも頼りない木製の扇のようなものだけ。
 触っただけで大した強度がないとわかる。タツミが全力で振るえば容易に壊れてしまうだろう。
 ただでさえ絶不調なのにこの上ほぼ丸腰では、誰かに襲撃されれば一溜まりもない。
 万感こもごも到る思いでバッグから取り出したのは、一対の手袋だった。
 説明書きには、硬化のルーンを刻んだ手袋とある。
 試しにその手袋を着用し、手近な椅子を殴ってみる。
 効果の程が半信半疑だったためさほど力を込めていないのに、頑丈な樫の椅子は、けたたましい音を立てて割れ砕けた。
 それでいて、タツミの拳には反動となる痛みも全く無い。おそらくちょっとした刃物や銃弾でも弾き返せるだろう。

「こういうのは姐さん向きだよなぁ」

 ここにはいないナイトレイドのメンバー、レオーネを思い出し、タツミは苦笑する。
 もちろん、タツミとて経験がないわけではない。インクルシオを受け継いだ当初は、専用武器であるノインテーターを生み出せずもっぱら素手で戦っていたものだ。
 だがやはり、専門家には及ばない。
 剣戟特化のアカメと対照的に、レオーネは格闘戦を得意とする。この手袋を持たせてやれば、水を得た魚のように暴れ回ったことだろう。


「いや、姐さんやラバがここにいないのは喜ぶべきことなんだ。ここにイェーガーズが集まってるってことは、いまの帝都は丸裸に近いんだからな」

 特にエスデスの不在は大きい。帝国守護の片翼を担う大将軍が行方不明とあっては、革命軍の勢いは生半には止められないはずだ。
 そしてエスデスだけでなく、クロメ、セリュー、そしてウェイブというイェーガーズのメンバー大半がここにいる。
 アカメとタツミ、二人だけしか欠いていないナイトレイドが大きく有利……と思いかけて、タツミは頭を振った。

「いや、マインの帝具をエンブリヲが持ってたってことは、ナイトレイドの帝具も奪われてる可能性があるか。くそっ、やっぱ広川をなんとかしなきゃいけねえな」

 いくらイェーガーズがいないとはいえ、帝具がなければナイトレイドも開店休業間違いなしだ。
 タツミが改めて打倒広川を誓っていると、微かなうめき声が聞こえてきた。

「う……ん」
「気がついたか」

 美樹さやかが目を覚ましたようだ。
 殺し屋として磨いた本能が、疲労を無視してタツミの全身を緊張させる。
 忘れたわけではないが、さやかは味方ではない。いつ殺すべき敵に回るかわからない不発弾のようなものだ。
 一応、魔法少女の力の源らしいソウルジェムとグリーフシードは奪ってある。
 本調子ではないとはいえ、この二つの小さな石を握り潰すくらいの力は十分に残っている。
 もしさやかが弱ったタツミに逆襲を仕掛けてくるならば、躊躇いなくそうするつもりだった。

「……そんな睨まないでよ。別にあんたをどうこうしようとかいまは考えてないから」
「それで安心できるほど人間出来てないんだ。俺は」
「はいはい。どっちにしろ、あんたが盗ったんでしょ? あたしのソウルジェムとグリーフシード。だったら手を出せるはずないじゃない」
「理解が早くて助かる」

 目覚めた美樹さやかは、全裸であることに目元を引きつらせたものの、隣で同じような格好をしている悠を見て罵声を吐き出すことはしなかった。
 しっかりとシーツを胸元へ引き上げ、タツミの視線を拒むようにして睨みつける。

「ただ、そろそろあたしのソウルジェム、穢れが溜まってきてヤバいんだけど」
「悪いがいますぐ返すって訳にはいかない。俺も見ての通りヘロヘロで、お前だけ元気になりゃ一方的にやられちまうからな」
「だからしないってのに。まあ、いいわ。そっちもあたしを殺すつもりはないってことよね」
「いまはな。お前がこの先も変な真似しなけりゃ、仲良くやっていけるんじゃねえか」
「どの口で言うのよ……」

 タツミは会話しつつさやかの様子を観察していたが、エンブリヲと相対していたときのような殺意と憎悪は感じ取れなかった。
 ひとまずは落ち着いていると判断しても良さそうだ。ポケットの中で固めていた拳を解く。

「しばらくはここで休む。が、お前には眠る前にやってもらいたいことがある」
「……これのこと?」

 さやかが嫌そうに、これ――昏睡状態の鳴上を指す。
 汗やら体液やら想像したくないアレで汚れきった男の肉体など、思春期の少女からすれば目を背けたくなってもおかしくはない。
 タツミもそこは同意するものの、男として同情する部分もあり、さやかほど顔を歪めてはいないが。


「そいつ、ほっとくと多分死ぬ。水を飲ませるにも何か食わせるにも、とりあえず意識を回復させないと」
「で、あたしに治療しろって?」
「あいにくそれができそうな道具を俺たちは持ってない。お前、傷を治すのは得意なんだろ?」
「自分の身体だけよ。他人の治療なんて試したことない。それ以前にこれ以上魔法を使ったらあたしが死ぬわ」
「駄目元でいいんだよ。別にお前の命と引き換えにしろって言ってるわけじゃない。お前がこれ以上は無理って判断したらそこでやめていい」
「あたしへの見返りは?」

 タツミは懐からグリーフシードを取り出す。まだ濁っていない、まっさらな最後の一つ。

「とりあえずソウルジェムの穢れだけは取り除けるってことね。選択の余地なんてないじゃない」
「誰にとっても損のない話だろ。お前が殺し合いに乗る気がもうないって言うなら、断るはずがない」
「……わかったわよ。ただし、うまくいくかなんて保証しないわよ」

 タツミがさやかにソウルジェムを放る。シーツで自分を隠したまま、さやかは悠の顔に掌を向けた。
 自分で言ったとおり他人の治療などしたことは無いようで、手つきはいかにもたどたどしい。
 が、その指先からゆっくりと淡い光が悠に吸い込まれていき、さやかの額に汗が浮かぶ。

「これ、結構キツい……!」
「さっきも言ったが、無理はすんなよ。お前が死んだら意味は無いしな」
「よく言うわよ。今だって、あたしがこいつに何かしないか見張ってるくせにさ」

 さやかの言葉通り、もし悠に何か危害を加えようとすればその瞬間に、タツミの手の中でグリーフシードは粉々になるだろう。
 その行為がさやかの死を招くと、タツミはそう確信しているがゆえに。

「……っ、もう無理。これ以上はあたしが死ぬ」
「お疲れさん。大分顔色が良くなった……もう大丈夫だろう」

 数十秒、治癒の魔力を悠に注ぎ込み続けてさやかの顔は蒼白だ。
 だがその甲斐はあったようで、目に見えて悠の体調は回復したようだ。
 二人が見守る前で、ゆっくりと身じろぎする青年。

「うう……?」
「ふう、とりあえず一安心……かな」

 ここでようやく、タツミは溜め込んでいた息を吐いた。


  ◆


「あんまり一気に飲むなよ。少しずつ、口を湿らせるくらいにしとけ」
「ああ、ありがとう」

 覚醒した鳴上悠は、タツミと名乗る男に介抱されていた。
 未だぼんやりとしている悠を気遣うように、タツミは水と食料、それに情報を与えていった。

「……そうか、エンブリヲがそんなことを。済まない、肝心なときに力になれなくて」
「気にすんなよ。お前が何をされたか、俺も身を以て体験した。ありゃあ……キツい。抵抗できなくたって無理はねえ。
 むしろ、そんだけ長い間あいつに囚われていてよく発狂しなかったもんだ。俺ならどうなってたことか」
「多分、ペルソナのおかげだ。意識がなくても、俺の精神の内側で防壁になっていたんだと思う
「ペルソナ。お前の力、か。聞いた感じじゃ、ジョースターさんのスタンドって力に似てるような気がするな」
「俺の方は、人間に近い形の力……そっち風に言うなら、パワーある像(ヴィジョン)か、そういうのが出る」
「ジョースターさんは身体に巻き付く茨だったが、孫の方はお前と似たような人型が出るらしい。案外、呼び方が違うだけで本質は同じなのかもな」
「どうだろう。実際に会ってみれば、もう少し詳しくわかると思うけど」

 この場に美樹さやかの姿はない。悠が起きる少し前、服を探してくると言って一人で別行動を取っているのだ。
 目を離すのは多少不安ではあったものの、ソウルジェムをタツミに預けていったため逃げるつもりはないだろうと判断し、許可した。
 実際服は必要である。さやかの分も、悠の分も。
 そのため悠の分も見繕ってきてくれと頼んでおいたが、男物の服を探すのに手間取っているのだろうか。

「……俺の方の知り合いは以上だ。そろそろそっちの話も聞いていいか?」
「こっちは、里中千枝、天城雪子、クマ、足立透が元々の知り合い。
 ここに来て初めて会ったのがエンブリヲと、本田未央って女の子。あと、タスクってやつも一瞬だけど顔を見た」
「……そうか。で、そっからずっとあの変態野郎に捕まっていた、と」
「あと、エンブリヲに捕まっている間、一回だけ外に出たことがあったんだ。
 そのときは俺も意識が朦朧としていたけど……女の子がいた。長い黒髪で、全裸で。多分あの娘もエンブリヲに捕まったんだ」

 それは、エンブリヲに捕まって数時間後の事だった。
 デイバッグの中で無限の責め苦に苛まれていた悠を解放してくれた、凛とした少女の声を思い出す。

――あいつを、やっつけて。

 彼女はたしかにそう言った。そして悠はその言葉に応えて、全力でペルソナを解放し……

「……でも、ダメだった。エンブリヲを倒せなくて、俺はまた動けなくなって」
「あまり言いたくないが、その娘……多分」
「ああ。本田さんが言ってた、渋谷凛って娘だと思う」

 長い黒髪、飾り気のないピアス。
 いまにして思い出せば、未央から聞いていた彼女の親友と合致する。


「名前、呼ばれたんだよな」

 悠は気を失っていたため放送を聞き逃していたが、タツミからその欠落した情報を補填されていた。
 その中に、渋谷凛という名は確かにあった。
 悠は、彼女を……救えなかった。

「エンブリヲの野郎、どこまで腐ってやがる!」
「いや……待ってくれ。彼女を殺したのは、エンブリヲじゃないかもしれない」

 憤るタツミ。しかし悠は、エンブリヲが凛を殺したという点については、違和感を感じていた。
 悠が凛を助けられなかったのは事実だ。彼女がエンブリヲに組み敷かれたのも朧気ながら覚えている。
 あのとき、悠は僅かながら意識を保っていた。
 霧がかかったような記憶をゆっくりと掻き分けていく。

「たしかあのとき、もう一人いた。顔も声も思い出せないが、体格的に少なくとも大人の男だった……と思う。
 そいつとエンブリヲが戦って、劣勢になったエンブリヲが俺を連れて逃げたんだ。そこで俺の意識は途切れた」
「エンブリヲが逃げるまで渋谷凛は生きてた。でもその後、彼女は死んだ」
「よく思い出せないが、凄まじい強さだった、と思う。そいつがエンブリヲに近づいて光が奔るたび、エンブリヲは追いつめられていった」
「近づいて光が奔るってことは、刀剣を武器にしてるってことか。アカメやクロメ、エスデスなら多分不可能じゃない……が、あいつら女だしな。
 じゃあウェイブか? いや、あいつはたしかに強いが帝具なしでそこまで一方的にやれるとは思えないな……」

 二人して思い悩むも、そもそも知らない人物であった場合は答えなど出ない。
 とりあえずいまは、渋谷凛を殺害したのはエンブリヲではない、という事実だけが確かだ。

「本田さんに会ったら、謝らないとな……」

 結果的に助けられなかったとはいえ、悠が生前の渋谷凛に出会ったことは確かだ。
 ならばその最期を……不確かな形とはいえ、友人である本田未央に伝える義務が、悠にはある。
 直接の死因でないとしても、渋谷凛の尊厳を踏み躙ったエンブリヲを必ず打ち倒すと心に決める。
 そして、これで悠が開示できる情報も終わりだった。彼はこれ以降、ずっとエンブリヲに囚われたまま他者と接触していない。
 黙りこんだ悠を見て、タツミはふっと息を吐き、一度固く目を伏せる。

「……で、ここからは言い辛いんだが……」

 先ほどタツミが放送について話したとき、意図的に伏せた名前がある。
 悠の口からも、その人物の名前は出た。ゆえに、彼の精神的ショックを考慮して落ち着くまで待とうとしたのだ。

「天城雪子、それにクマ。この二人の名前、呼ばれたんだろ?」
「っ、お前……?」

 仲間と紹介した二人が、自分の知らない間に命を落としていた。その事実を突きつけるのは、殺しを生業とするタツミであっても重い役目だった。
 渋谷凛の死を知らなかったことから、悠が放送を聞き逃していたのは確実だ。にも関わらず、タツミが告げる前に、悠は知っていた。
 大切な友人が二人、命を落としたことを。


「知ってたのか?」
「何となく……夢で見たんだ。正夢になってほしくは、なかったけど」

 茫洋と呟く悠は、先ほどまでの理知的な声から遠く、今にも消えてしまいそうなほど頼りなく見える。

「そっか……本当に。天城とクマは、死んだのか……」

 事実として知ってはいても、心が、精神がそれを受け入れるにはまだ早い。タツミにはそんな風に見えた。
 思わず声をかけようとするが、困ったことに言葉が出てこない。
 タツミとて、仲間と死に別れたことはある。
 ナイトレイドの先輩メンバーである、ブラートとシェーレ。右も左も分からないヒヨッコのタツミを、優しくも厳しく鍛えてくれた大恩人たちだ。
 しかし彼らはあくまで殺し屋である。殺す以上、殺される覚悟はあっただろう。悠の仲間のように、突然理不尽に命を奪われたわけではない。
 経験で言えば、故郷の幼馴染であるイエヤスとサヨの死がそれに近い。
 タツミはあのとき、復讐を選んだ。友人たちを無残に殺した帝都の悪を、自らの手で誅することができた。
 悠にそれをするなとは……言えない。他ならぬタツミが言って良いはずがない。
 だがもし、悠がその死を認めないと、優勝して仲間を生き返らせるという道を選んだのならば……殺さなければならない。
 タツミが、この手で。同じ痛みを知るタツミが、それ以上の悲劇を防ぐために、修羅の道を往かねばならない。

「お前、これからどうする気だ。まさか……」
「……まずは、里中を探さないと。天城が死んだのなら、あいつは相当参ってるはずだ。
 これ以上仲間を、友達を死なせる訳にはいかない。今度こそ、必ず……」

 が、悠の返答を聞いて、タツミは胸中の殺意を霧散させた。
 少なくともいますぐ悠が悪に堕ちるということはなさそうだ。危ういものの、まだ悠には仲間を救うという意志がある。
 里中千枝という少女を保護すれば、友を守るという一念においてその道は定まるだろう。
 懸念すべきはその里中という少女まで命を落とせば、悠を繋ぎ止めるものがなくなるということだが……そこはタツミがなんとかする他ない。
 彼が仲間と示した三人の人物の内、二人がもういないのだ。残る一人に依存とも言える拘りを示すのは無理からぬ事……

「……ん? 待て、お前もう一人、足立ってやつを知ってるって言ったよな?」
「あ? ああ、足立さんは叔父さん……堂島さんの部下で、刑事をやってる人だ。あまり頼りにならないけど」
「そいつはお前の仲間じゃないのか?」
「足立さんは警察だし、ペルソナ使いじゃないからな。あの事件は警察じゃ手に負えないものだし。
 まあ、刑事ならこんな殺し合いをなんとかして欲しいところだけど、足立さんだしな……あまり頼りにならない」
「二回言うほどかよ」

 悠があまりにも軽く言うのでつい流しそうになったが、タツミは激しい違和感を覚えていた。
 ペルソナ使いではない。力のない一般人? 叔父の部下だが頼りにならない。悠たちと遠い関係?
 ……そんな奴が何故、この場にいる?


「いいか、悠。俺の知り合いはアカメ、、ウェイブ、クロメ、セリュー、エスデスだ。この内アカメは俺の仲間。残りは全員敵だ」
「それはさっき聞いたけど」
「いいから聞けよ。いま席を外してるが、美樹さやかってやつは鹿目まどか暁美ほむら佐倉杏子巴マミの四人が知り合いらしい。
 で、こいつらはまどかって娘以外は魔法少女なんだと。さやかと同じでな」
「魔法少女か。ハイカラだな」
「茶々入れんなよ。いいか、おかしいと思わないか? ここに集められた奴はみんな、何かしらの接点がある。
 俺たちみたいに敵と味方だったり、さやかたちみたいに魔法少女だったり。ジョースターさんは敵と味方がいて、その上全員がスタンド使いらしい」
「ああ、それで……待ってくれ。タツミ、あんたが言いたいことって、まさか」

 そこまで言って、悠も気付いたようだった。
 殺し合いが始まって早々にエンブリヲに捕まったため今まで考えもしなかったが、確かにおかしい。

「足立さんはなんで、ここにいる……?」
「刑事ってのがどんなのか知らないが、少なくとも事件を追うお前らの敵ではないんだよな?」
「ああ、でも味方かって言うと、あまりそんな気はしない。シャドウが関わる事件に普通の人は無力だ」
「敵でも味方でもない。これでまず俺たちのケースからは外れる。残るは」
「特殊な能力を持つ共通項……俺たちの場合、ペルソナ……」

 もちろん、無作為に足立が選ばれたという線もなくはない。
 だが、鳴上悠、里中千枝、天城雪子、そしてクマ。全員が例外なくペルソナ使いであり、稲葉市の連続殺人事件に関わっている。
 無害な一般人である足立透がたまたま選ばれて殺し合いに放り込まれた?
 それとも、事件の関係者だから選ばれた? もしかしたら、ペルソナ使いだから? あるいは……

「事件の関係者、かつペルソナ使いである可能性がある……よな」

 悠の脳裏に浮かんだ可能性を、タツミが口にした。
 その論理の飛躍とも言える暴論……しかし、悠は知っている。
 先日逮捕された久保美津雄は、事件の犯人ではない。
 シャドウを認めず、己のペルソナに変えることもできなかった彼は、テレビの中に入る力を持たない。
 真犯人は別にいる。そいつの影を、悠たち特別捜査隊は追い続けている。
 その影が、足立透であるならば。

「足立さんが、真犯人……?」

 呟いた推測に背筋が泡立つ。
 論拠も何もない。だが仮に足立がペルソナ使いであり、テレビの中に入る力を持っているとすると……何故その力を、隠していたのだろうか。
 足立は正義感溢れる性格というわけではない。力を持っていても、危険に首を突っ込むのを嫌がるというのは理解できなくもない。
 だが、ペルソナに目覚めているのならば、少なくとも悠たちが何をしているかは確実に知っているはずだ。
 それを刑事として手伝うでもなく、しかし邪魔するでもなく……いや、雪子や完二をテレビの中に突き落としているなら、はっきりと邪魔をしているか。
 刑事という立場ならば、事件の被害者たちと二人きりで会っていてもさほど怪しまれることはない。辻褄は、合ってしまう。
 悠の中で、急に足立透という存在が得体の知れない何かに見えてくる。
 その狼狽をあまり良くない兆候と見たタツミが、悠の肩を叩いて強引に思考を止めた。


「おい、悠。俺が振っておいてなんだが、あまり考えこむな。証拠なんて何もない、仮説でしかないんだ」
「……そうだな。俺は今まで足立さんは頼りにならないとは思ってたけど、やっぱり真犯人っていうのはちょっと強引すぎる」
「もしかしたら本当に、ただ巻き込まれただけの一般人かもしれないしな」
「それでも警戒はしておいたほうが良いと思うけど」

 と、横槍を入れてきたのは美樹さやかだった。
 服を着てどことなくさっぱりした様子の彼女は、抱えていた男物の服を悠に投げつけると、自分がいま来た道を指差した。

「ここ真っすぐ行って上の階に、小さなスポーツジムがあったわ。そこにシャワー室もあったから、あんたも行ってきたら?」

 遅くなった理由は、身体を清めていたかららしい。
 精神的に幾分リフレッシュした様子のさやかは、タツミの前で豪快にベッドへダイブする。

「あー疲れた。ちょっと寝る……」

 タツミが自分を害することはないと確信しているからか、さやかはほどなく寝息を立て始めた。実際疲労も極まっていたのだろう。
 その様子を毒気を抜かれたように男二人が眺めていたが、やがてタツミが悠を促した。

「よくわからんが、身体を洗える施設があるってことだよな。先に行ってこいよ、悠」
「いいのか?」
「ああ……お前も、一人で考える時間が必要だろう。ただし、この建物から外に出るなよ。俺たちには休息が必要だ」
「わかった、タツミ。そっちの、美樹だっけ? 起きたらよろしく言っておいてくれ」

 会話をする内に、どうにか一人で動けるくらいにはタツミも悠も持ち直していた。
 タツミに手を振り、替えの服を抱えて悠は歩く。やがてさやかに示されたスポーツジムを見つけ、裏手のシャワー室に滑り込んだ。
 カランを捻る。熱いお湯が全身を叩き、溜まりに溜まった汗と汚れを洗い落としていく。
 疲労も垢のように流れ落ちていき、じんわりと眠気を感じてくる頃、悠は気付く。


「……俺、泣いてるのか……」

 シャワーに紛れ、自分でもわからなかったが、悠の両目からは止めどなく涙が溢れ出ていた。

 天城雪子と、クマの死。永遠の、離別。

 決して取り戻せない欠落を、今になって心が意識し始めたのだ。
 タツミやさやかといった他人が目の前にいれば、まだ気を張って耐えることが、忘れていることができた。
 だがもう、無理だ。ここには悠しかいない。
 この痛みを忘れさせる何かが、ここには何もないのだ。

「あ……ああ……ぁ……っ」

 脳裏を駆け巡る、走馬灯めいた思い出。そのどれもに、雪子とクマの姿があった。
 稲羽市に来て、まだ一年にも満たない僅かな時間。
 その内どれだけを、二人と共有していたのか。何故もっと、その時間を大切にしていなかったのか。
 これから有り得たはずの未来に、二人の居場所はもうないのだ。
 胸を刺す痛みは耐え難く拡がり続ける。エンブリヲから与えられた苦しみなど比較にならない、真実の痛み。


 鳴上悠は、決して失ってはならない絆を喪失したのだ。


「――――――――――――――ッ!」


 絶叫は、水音に吸い込まれて、消えた。
 雪子とクマを殺した仇も、みすみす渋谷凛を死なせた不甲斐ない自分の弱さも。
 どちらも到底、許せるものではない。
 胸の内に生まれた怒りは、確かな破壊の力となって、悠の前に生まれつつある。
 イザナギやジャックランタンとは違う、怒りによって呼び覚まされたペルソナ。全てを破壊する、ただそれだけの存在。
 そのペルソナが目覚めるとき、悠が選ぶ道は……。


【F-7/ジュネス/一日目/昼】

【タツミ@アカメが斬る!】
[状態]:疲労(大)
[装備]:バゼットの手袋@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ
[道具]:基本支給品一式、テニスラケット×2、ソウルジェム(穢:極大)、グリーフシード×1、ほぼ濁りかけのグリーフシード×2
[思考・行動]
基本:悪を殺して帰還する。
0:キリトと黒の帰りを待つ。
1:さやかと共に西へと向かい、第二回放送後に闘技場へと戻る。闘技場が禁止エリアになった場合はカジノ、それもダメなら音ノ木坂学院でジョセフたちと合流する。
2:さやかを監視する。さやかに不穏な気配を感じたら即座に殺すが、現状は保留。
3:アカメと合流。
4:もしもDIOに遭遇しても無闇に戦いを仕掛けない。
5:エンブリヲを殺す。
6:足立透は怪しいかもしれない。
[備考]
※参戦時期は少なくともイェーガーズの面々と顔を合わせたあと。
※ジョセフと初春とさやかの知り合いを認識しました。
※魔法少女について大まかなことは知りました。
※DIOは危険人物だと認識しました。
※首輪を解除できる人間を探しています。
※魔法@魔法少女まどか☆マギカでは首輪を外せないと知りました。
※さやかに対する不信感。


【美樹さやか@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:疲労(大)、ソウルジェムの物理ダメージ(小)、精神不安定、睡眠
[装備]:基本支給品一式、テニスラケット×2
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:やっぱりどうにかして身体を元に戻したい。そのために人生をやり直したい。
0:しばらくは大人しくしている。
1:タツミと共に西へと向かい、第二回放送後に闘技場へと戻る。闘技場が禁止エリアになった場合はカジノ、それもダメなら音ノ木坂学院でジョセフたちと合流する。
2:いまはゲームに乗らない。でも、優勝しか願いを叶える方法がなければ...
3:まどかは殺したくない。たぶん脱出を考えているから、できれば協力したいけど...
4:杏子とほむらは会った時に対応を考える。
5:エンブリヲは殺す。
[備考]
※参戦時期は魔女化前。
※初春とタツミとジョセフの知り合いを認識しました。
※DIOは危険人物と認識しました。
※ゲームに乗るかどうか迷っている状態です。
※広川が奇跡の力を使えると思い始めました。
※魔法で首輪は外せませんでした。


【鳴上悠@PERSONA4 the Animation】
[状態]:疲労(大)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:仲間と合流して殺し合いをやめさせる。
0:…………。
1:里中を見つけないと。
2:未央に渋谷凛のことを伝える。エンブリヲが殺した訳じゃない……?
3:足立さんが真犯人なのか……?
4:エンブリヲを止める。
[備考]
※登場時期は17話後。
※現在使用可能ペルソナは、イザナギ、ジャックランタン。
※上記二つ以外の全所有ペルソナが統合され、新たなペルソナが誕生しつつあります。
※ペルソナチェンジにも多少の消耗があります。


【バゼットの手袋@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
戸塚の最後の支給品。
硬化のルーンを刻んだ手袋。拳撃の威力を増加させ、また拳への反動をカットする。


時系列順で読む
Back:足立透の憂鬱Ⅱ Next:扉の向こうへ

投下順で読む
Back:足立透の憂鬱Ⅱ Next:扉の向こうへ

104:混沌-chaos- タツミ 152:どうせ最初から結末は決まってたんだ
美樹さやか
鳴上悠
最終更新:2016年01月12日 23:25