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名前のない怪物 ◆isnn/AUU0c
「あれは……」
これからどこへ向かおうか。セリムが悩んでいると、不自然に荒れた地面が目に入った。
「そういえばここでしたね」
自分を庇って。
不思議な事に、埋葬したはずの場所は掘り返され、そこに死体はなかった。
血にまみれた首輪がふたつ、不自然に落ちている。
いったい何が目的なのか。首輪を残して死体を持ち去る必要とは……。
風が舞い、佇むセリムの鼻先を彼女の髪が通り過ぎていく。
それだけが、あの少女の存在を証明していた。
「謝りませんよ」
彼女の友人への言動は、ホムンクルスとして――正体が露呈してしまった以上、ああするしかなかった。
他に方法があったかもしれない。しかし、あの場で迎合するには、あまりに障害が多かった。
もし自分の正体を誰も知らなければ……。
あんな顔は、見ずに済んだ。
自分はホムンクルス。父上から生み出された存在。
人間が表現するなら――――怪物。
父上のために自分は生まれ、父上の命令で動く。
父上が絶対であり、父上が認めてくれればそれでいい。
ホムンクルスのプライドとしての自分は、父上がいることで成立する。
今までは、そうだった。
これから先もそうだと――――思いたい。
これが最後のチャンス……決めなければいけない時は、もうすぐそこまで来ている。
周囲に響く広川の声にセリムは空を見上げる。
―――――来たか。
◇
……いったん状況を整理しましょう。
放送を聴き終えたセリムは地図と名簿を眺める。
禁止エリアは特に気をつけるものはない。問題は人数。
残りは44名。幸運なことに人柱候補もホムンクルスも無事だ。
次に、ここから潜り込めるグループを探す。はじめにこの中から敵対している者を省く。
情報交換する上で知った、その者たちと親しい者も除く。
彼らが合流した際、包囲される恐れがある。
首尾よく潜入したら、うまく保護されるように行動して。
それから。
それから……
「それから……」
持っていた地図と名簿が、くしゃりと歪む。
――――もうわかっているんでしょう?
頭のなかで、声がする。
――――黙れ。
しかし声の主は――もう一つの思考は止まらない。
――――充分待ちました。もしかしたらと思って第二の放送まで。しかし何もない。半日もあって何もないということは……。
――――やめろ。
それは疑念だった。
初めは小さなノイズのようなそれは、時が経つにつれ大きくなり、セリムの心に重くのしかかっていた。
それは、ひとつの決断をさせるまでに重大になっていた。
――――父上は――――。
――――やめろ!
――――父上は、私達を捨てたんだ。
その結論にたどり着いた時、セリムは寒気を感じた。
心臓がまるで耳の奥にあるように早鐘を打ち、意図せず声が漏れる。
違和感は、最初からあった。
なぜ自分たちホムンクルスがこんなことをやらされているのか。
なぜ人柱候補まで参加しているのか。
自分は何の指示もなく、一参加者として首輪をはめられている。
捕らえた人柱候補をこんなところに放っている。
最もそばにいた自分だからこそ断言できる。
これは、父上の判断ではない。
別の誰かだ。父上は関係していない。
では、なぜその誰かの掌中に自分はあるのか。
簡単だ。
父上が、その誰かに自分たちを引き渡したのだ。
おそらくは、取引があったのだろう。
父上の欲する真理を相手が用意し、相手はこの殺し合いのためにホムンクルスや人柱候補を要求した。
目的が達成された以上、その手段である自分たちに父上がこだわる理由はない。
二つ返事で了承したことだろう。
あれだけ側で仕え、あれだけ尽くしてきた自分を――――。
これまでの献身でもって、そんなはずはないと否定しようとするが、それが仇となった。
これまでのそうした経験で、かの者がどう判断するかわかってしまう。
自分のために戦い死んだラストに、父上は何か感じたか?
自分の半身ともいえるグリードに、父上は何を行った?
そして、瀕死のグラトニーは……。
そこまで考えて、セリムは呻いた。
あの気だるそうな態度はそのままに、自分は捧げられたのだろう。
放送から一歩も歩いていないのに、息苦しさを感じる。
恐怖。絶望。愁傷……負のそれらはセリムの心を埋め尽くす。
父上の目的のためにこの命を――――賢者の石を使えと命令されれば、セリムは疑いもなく使うだろう。
しかし、それさえない。もはや使い道のない道具は、使うことさえない。
ただ、捨てられるだけ。
あの退屈そうな視線が自分に向けられない。
それはセリム――――ホムンクルスのプライドにとって、存在否定そのものだった。
そして絶望はそれだけに留まらない。
キング・ブラッドレイ大総統――――ラースまでここにいるということは、新体制による統治が始まるということだ。
政体そのものに興味はない。問題は……。
穏やかな笑みを浮かべる女性――――大総統夫人の姿が、鮮明に脳裏に描かれる。
ホムンクルスの夫と息子、その存在の中継のような彼女の利用価値は、もはやない。
父上にとっては文字通り矮小な価値の命だ。
なまじホムンクルスに近しい彼女だ。
ラースは知らないが、自分は必要以上の情報を与えていない。
しかし、どんな情報が渡っているかなど第三者には知る由もない。
だったら、その口が動く前に封じた方が都合がいい。
そう判断するだろう。
ゆえに、彼女への対処はおそらく……。
セリムはあまりの息苦しさに、とうとう膝をついた。
ホムンクルスのプライドが必要ない以上、その擬態である
セリム・ブラッドレイの存在――――居場所も必要ない。
アメストリスの表と裏、どちらにも自分が存在する場所は――――ない。
「父上……!」
何もない空に、無理やり顔を向ける。
「私は何をすればいいのですか! 何をすれば……!」
嘆きのような叫びは、空しく流れていく。
「答えてください!」
返答なんてあるはずがない。
本心ではわかっていた。それでも、そうせずにはいられなかった。
半日あって、指示も救援もない。
会場がセントラルにありながら、父上が手出しできないなんてありえない。
わかっていた。
「答えて……」
はたして、求めた答えが降ってくることはなく……。
「…………!」
投げ出した顔には土がつき、持っていた紙もろとも握った拳は地を叩く。
希望はない。
希望は……。
いや、
希望は……。
『一方的な放送のため君達の声は聞けないが――――』
セリムは顔を横に向け、くしゃくしゃになった地図を開く。
現在位置とそこを確認したセリムはよろよろと立ち上がる。
……彼女も、こういう気分だったのでしょうか。
小泉花陽のあの顔が張り付いたように離れない。
頼みの綱が、信じたものが根底から否定される。
何をすればいいかわからない。たった少しの――――小さな希望でも縋りたくなる。
『武器が必要無い参加者には何か情報を与えるボタンを交換ボックスに備えるようにしておこう。
首輪を投入して知りたい情報を言えば応えるかもしれないぞ』
交換ボックスがあるのは【武器庫】【アインクラッド】【古代の闘技場】。
ここから一番近く、安全――――自分の正体を知る者と遭遇する可能性が最もない――――なのは【武器庫】。
そこで主催のあの男と話せば、真実ははっきりする。
それはこの推測を確定させるだけなのかもしれない。しかし、もしかしたらそれを否定してくれるかもしれない。
その小さな希望に、セリムは縋った。
存在を――――名前を取り戻すために。
金属音とともに、少年の手に首輪が握られる。
『情報の価値が上がれば必要な首輪の価値も上がる』
これだけでは足りないかもしれない。どれほど必要になるかわからないが、多いに越したことはないだろう。
そのため、可能な限り首輪は道中か現地で手に入れる。
自分の正体を知らない連中が首輪を持っていた場合は、協力を仰ごう。あるいは隙を見て奪おう。
自分の正体を知る連中は簡単だ。その場で始末すればいい。そうすれば確実に手に入る。
幸い、夜まではまだ充分に時間はある。自分の力なら、首輪を手に入れるくらい可能なはずだ。
自信はある。けれどセリムの足取りは重い。
真実が、自分にとって都合がいい保証はない。
その真実が希望を無にする可能性――――それが少年の歩きを遅くする。
知らないうちは、まだ希望が持てるのだから。
自分のあの残酷な告白を受ける前の、彼女のように。
セリムはあの少女の絶望で埋め尽くされた顔を思い浮かべ、足を動かす。
小さな光を求める虫のように、居場所を――――名前を失った怪物は歩いて行く。
その小さな肩に、彼を守った少女の髪が一本、舞い落ちる。
もし……もし彼女が、自分を許し、受け入れてくれるなら……。
――――それもまた、小さな希望。
【C-4/一日目/日中】
【セリム・ブラッドレイ@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~2 、星空凛と
蘇芳・パブリチェンコの首輪
[思考]
基本:今は乗らない。
1:武器庫へ向かう。
2:無力なふりをする。
3:使えそうな人間は利用。
4:正体を知っている人間の排除。
5:ラース(ブラッドレイ)と合流し今後の検討。
[備考]
※参戦時期はキンブリーを取り込む以前。
※会場がセントラルにあるのではないかと考えています。
※賢者の石の残量に関わらず、首輪の爆発によって死亡します。
※DARKER THAN BLACK、ラブライブ!、アイドルマスターシンデレラガールズ、とある科学の超電磁砲の世界観を知りました
※殺し合いにお父様が関係していないと考えています
※新一、
タスク、
アカメ達と情報交換しました。
※マスタングが人体錬成を行っていることを知りました。
最終更新:2015年11月22日 23:12