※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

219


「ゆ、雪乃……? それに猫も……?」


 エドワード・エルリックが全てに気付いた時、彼の隣には表面が焦土となった大地だけだった。


「あんた、知ってる? 人間ってのはね、誰もが劇的に死ぬ訳じゃないのよ。私も感覚が麻痺してたんだけどね。
 タスクとエンブリヲのように激戦の果てに誰もが死ねる訳じゃないの。あの赤い女の子だって、どうしようもない足立だって、それに……黒、だっけ。
 あいつらもどんな死を遂げたかなんて分からない。分かりたくもないわね……興味が無いって話。でも、あんたは気になるでしょ? だったらあの世で聞きなさいよ」


 心が感じるよりも先に、脳が情報を整理するよりも早くに、彼は大地を駆けた。
 疲労が溜まり、今も悲鳴を上げる身体に一切気に掛ける事無く、距離を詰め機械鎧の腕を振り上げる。

「御坂ァ!」

「なによ、当たり前のことをしただけでしょ!」

 御坂美琴は壊死した右腕に砂鉄を纏わせ、定番の筋肉を刺激させ、振り下ろされた刃を防ぐ。

「そんなに願いを叶えたいのか、目を覚ませ!」

「そればっか……目を覚ますのはあんたらの方でしょ」

 最年少の国家錬金術師・鋼の錬金術師と超能力者・超電磁砲。
 共に幼いながら類稀なる才能を持つ存在であるが、体術は我流に近い。
 泥臭く、教科書に載らない応酬が繰り広げられる。

「最期の一人になれば願いが叶う、ならそれに従えばいいじゃない」

「誰かを犠牲にしてまで、自分の願いを叶える奴があるか!」

「そんなの――聞き飽きたわよッ!!」

 御坂美琴は後退し、怒号と共に雷撃を放出。
 彼女の眼前から迫る一撃にエドワード・エルリックは小石群を拾い上げ、纏めて錬成し一枚の板を作り出す。
 雷撃と衝突し、小規模な爆発が発生。間近に立った彼は煽りを受け大地を転がってしまう。
 立ち上がる瞬間、更に稲妻が襲来して来たため、慌てて転がり、回避する。

「黙って死ねばいいのに。あんたもあの子の後を仲良く追いなさいよ」

「死んでねえ……あいつは、死んじゃいない」

「……馬鹿ね」


 立ち上がったエドワード・エルリックを見つめる御坂美琴の瞳は冷めたものだった。
 何度でも立ち上がり、叶いもしない夢を追い続け、その身を犠牲にしてでも明日を目指すその姿が嫌いだった。


「現実を見なさいよ。どうせ、みんなもう死んでるのよ。少なくともタスク、エンブリヲ……それとヒースクリフ。あいつらは死んだ。
 だったら残りの生存者は片手の指で足りる。私とあんた、それに黒ぐらいよ、可能性があるのは……佐倉杏子か足立透だっけ? どっちかは生きているかもしれないけど」


 どんな困難にも立ち向かい、傷付いても何度だって立ち上がる。


「せっかく充電したのに殆ど残ってないの。最期までヒースクリフの掌の上で踊らされていたのが本当に腹立つ。
 それに、あんたがもう少し早く来ていれば、私だって余計なことを言わずに済んだし、電気の消耗だって軽くなってた」


 正義の味方めいた姿に、頭の中にノイズが走る。
 本来ならきっと、自分もそちら側の人間だっただろうに。


「それでも此方に来てくれたことは助かったわ。探す手間が省けたしね。この世界だってヒースクリフみたくノイズが疾走っていつ消滅するかわからないし。
 あんたを殺して、まだ生きている他の連中も殺す。そうすれば私は……聖杯? によって願いを叶える訳。さながらパーシヴァルって言ったところかしら」


 その姿は何処かあいつを連想させるから。
 強いのか弱いのか分からない、それでいて他人のために何度だって立ち上がるあの男に。


「もういいでしょ。立ち上がらなくても、誰も怒らないのよ。無理に戦う必要も無い。
 私が最期の一人になってゲームオーバー。願いを叶えてハッピーエンド。それが正真正銘のオールラスト。それでいいじゃない」


「……ことは」


「……なによ」


「言いたいことは、それだけか」


 血を吐いても。骨を折っても。心が折れない限り、立ち上がる。
 その姿がツンツン頭のあいつに似ていて、だから私はあんたが嫌いなのよ。
 忘れたくても忘れられない。でも、心の迷いは死に繋がるから、今だけは忘れたい。
 それなのに、あんたを見る度に思い出して、あんたと会話する度にイライラするから。


「お前がどれだけ言葉を並べようと、俺は変わらない」


 だから、本当に。


「俺はお前を止める。このまま黙って優勝なんて、俺が絶対にさせねえ」


 嫌いなのよ。



 ◆



 雪ノ下雪乃が目を覚ました時、真っ先に視界が捉えたのは夜空に浮かぶ月だった。
 彼女が仰向けになっていることに気付いたのは、僅か数秒後の話である。
 痛みが響く頭を抑えながら記憶の糸を解いていけば、世界を照らす雷光に辿り着く。

 エドワード・エルリックと共に御坂美琴の元へ到着し、ヒースクリフが彼女に殺害される瞬間だった。
 淡い粒子のように消えた彼は、何処か憂いさを秘めた表情を浮かべこの世を去った。
 どうしようもないような屑人間であった彼は最期に何を思ったのか。
 少なくとも、別れる前にゲームの行く末を見届けたいなどと妄言を吐いた男が再び戦場に戻ったのだ。
 何か心変わりするような出来事があったのだろうと推測するも、生憎、今の雪ノ下雪乃に他人を心配する余裕は無い。

 動かそうとした左足に痛みを覚え、骨は折れていないようだが、赤く腫れ上がっている。
 御坂美琴の雷撃を正面から受けたことを考えれば安いものだろう。そう、雷撃に襲われたのだ。

「貴方が助けてくれたのね」

『直撃を避けるだけで精一杯よ。悪いな、その足』

 雷光に包まれる寸前、雪ノ下雪乃の身体を支配したアヌビス神は天性とも呼べる直感により、抵抗を試みた。
 大地そのものを抉る裁きの一撃に対し、無理やりに身体を捻じ曲げ、紙一重で直撃を回避。
 しかし、膨れ上がる爆発から逃れられることもなく、余波に吹き飛ばされ、戦場から離れてしまった。

「動けるだけで充分よ。私だってまだ、役に立てるんだから」

 アヌビス神を支えにし、雪ノ下雪乃は立ち上がる。
 左足から走る激痛に顔を歪ませ、胸の其処から嘔吐感が溢れ出そうになるも、必死に堪える。
 エドワード・エルリックはまだ、戦っている。黒も己の意志を貫こうとしている。佐倉杏子だって足立透を拳を交えているかもしれない。
 タスクだってしぶとく――自分だけが、休んでいる訳にはいかない。

「私を守って、誰かが死ぬのはもう……終わりにしたい」

 右に傾く身体の重心を無理やり左に寄せる。
 容赦なく痛む左足に涙が落ちそうになるが、此の程度の痛みで音を上げるなど、仲間に比べれば安いものだ。
 必死に歯を食いしばり、ご自慢の黒髪に泥が付着しようが、構わない。

『無理だけはするなよ。生命あっての人生だぜ』

「私の身体を乗っ取って戦う刀が何を言っているのかしら。DIOの時の貴方からは考えられない台詞ね。
 これまで無茶苦茶やって来た癖に、急に優しい言葉を投げてギャップでも狙ってるのかしら。そんなことをするよりも、他にやることがあると思うけれど」

『………………』

 一息で言葉を投げ終えた雪ノ下雪乃の表情に、苦笑いが浮かぶ。
 緊迫した状況の中で自分は何を言っているのだと。これも悪い影響を受けたに違いない。
 此処まで一緒に戦った仲間達は誰もが強い人間だった。どんな困難にも立ち向かう、物語上の正義の味方と変わらない。
 狡噛慎也が、泉新一が、タスクが――無論、比企谷八幡もその輪の中に入れてあげよう。今回だけの特別だ。
 彼等の影響故、自分も随分と馬鹿な考えをするものになったと、雪ノ下雪乃は己を嘲笑う。
 怪我をして、無理をして、皆のために立ち上がる。どうも、自分本来のキャラとは思えない。

 今も身体が震えている。何度も死線を潜り抜けたが、慣れるものか。
 自分は彼等と比べれば一般の女子高生であると自覚している。自分の世界ではなく、彼等との物差しに於いて。
 刀を握るのも、銃弾を放つのも。何もかもが初体験であった。生きるためとは云え、他者の生命を奪う行為に慣れは訪れない。

 だが、女々しいことを吐くだけの時間は終わっている。

 彼女の強き瞳が捉えるは、雷光の眩き。
 右足の踵を整え、胸に手を当て深呼吸。

「手術で痕跡が残らない程度の傷だったら許すわ」

『それは挑戦しがいのあるノルマだな。成功したらハイスコア更新だぜ』

「やるかやらないかじゃない。私はやらなくちゃならないの。そのためには貴方の力が必要になる」

『俺様を誰だと思っていやがる?』

「土壇場で私達を裏切ったどうしようもない刀、かしら」

『本当にすいませんでした』

 何気ない会話も悠久の時を隔てたように感じてしまう。
 あの頃の日常から随分と遠ざかったものだ。それも直に帰って来る。
 帰り道は確保され、残りは道を踏み外した愚か者を無理やり、表舞台に引摺り上げるだけ。
 エドワード・エルリックの行いは端から見れば、馬鹿げている。不殺の誓いなど、己の枷でしかあるまい。
 だが、今になっても貫き通すその姿勢は、多くの人間が悪態をつきながらも、惹かれてしまった。

「頼りにしているわ。私と貴方は運命共同体。どちらかが欠ければ力を発揮出来ないの。
 無理をしてもいい。無茶を押し通してもいい。次で全てが終わるなら、私は全力を尽くすだけだから」

『あったりまえよ! 俺達が雷女をなんとかする間に黒の奴は帰って来る! 杏子も同じだ!
 それにタスクの奴だって死なねえよ、あいつのしぶとさは身体を支配した俺様が一番分かっているからな!!』

 ――当然よ。彼等が私より先にくたばるなんて、有り得ないわ。

 そして、彼女は再び刀を握る。
 体内を透き通るような感覚が迸り、精神に新たな人格が入り込む。
 自分は弱い。弱者故に強者には敵わない。ならば、更なる高みを目指せ。
 この一刀、生命を刈り取るに辿り着かずとも、明日を掴み取るための礎とならん。


「次に喉元へ喰らい付いたら絶対に離さない。こう見えて、執念深いんだから」


 ◆


 吐いた鮮血に黒が混じり、鋼の錬金術師は苦笑いを浮かべる。
 暗き夜空が箱庭世界を包む中、血液の色がやけにはっきりとしていた。

「何度も言わせるなよ、俺はお前を止める。
 その罪を償ってもらうからな。お前にはもう誰も殺させねえし、お前も死なせねえ」

 再度、口に溜まった鮮血を吐く。
 紅い外套に付着した泥をはたき落とし、再び袖を通す。
 そして掌を合わせ、一本の槍を精製し、助走を伴い投擲する。

「ふざけんじゃないわよ」

 宙を斬り裂く槍が轟いた稲妻により、あっという間に消滅。
 投擲と同時に大地を蹴り上げたエドワード・エルリックは更に錬成を重ねる。

「あんた達の考えが私にはわからない。最期の一人になれば願いが叶うなら、どうしてそれを目指さないの。
 主催者を打倒するだとか、この世界から脱出するだとか――頭おかしいんじゃないの。求められている解答と質が違い過ぎる」

 迫る土流の柱に御坂美琴は右腕を刺激し雷撃を放つ。
 放出の瞬間、痛みにより表情を歪ませるも、構うものか。
 この右腕が身体に付着している限り、まだ使えるという証拠。壊れるまで使い込むまで。

 土流の柱と雷撃が衝突し、一帯は閃光に包まれるも、両者互いに相手を視界に収めていた。
 エドワード・エルリックは何本もの石槍を錬成し、豪快に全てを投げ飛ばす。
 それらに対し、御坂美琴もご丁寧に同じ数だけの雷撃の槍を創り上げ、全てが空中で激突し、爆ぜる。

「少しでも可能性があるなら、俺は絶対に諦めない。
 お前も本当はわかっているんだろ、間違った道を進んでいるって――なら、今からでも此方側に戻ってこいよ」

「いい加減にしなさい――あんたって奴はなんでそうやって、前だけを見れるのよッ!」

 右腕に握られた拳が怒号と共に鋼の錬金術師へ放たれた。
 雷光の球体が風をも斬り裂く速度で接近し、反射的に土流の壁を錬成し、即席の盾となる。

「ッ――、馬鹿野郎がッ!」

 盾が崩れた刹那、背後から飛び出した鋼の錬金術師は御坂美琴目掛け大地を走り抜ける。

「諦めるな、絶望するな、目を背けるな! 俺達はまだ生きているんだ、やり直すことだって出来るんだよ!
 犯した罪が消える訳でも無いし、罰から逃げられないこともわかってる、だけど! たった一つの願いを叶えるために、他人を巻き込むなんて有り得ねえだろ!!」

 幾つもの雷光が轟いた。何度も雷鳴が響いた。数え切れぬ稲妻が降り注いだ。
 彼はその度に転倒し、立ち上がり、それでも吠え続ける。

「俺が弱いせいで、何人もの生命が救えなかった……けどよ、それで立ち止まっていたら、合わす顔がねえだろ。
 みくのためにならねえし、大佐にどやされちまう。だから、俺は止まらねえ! それが、生きている奴が死んじまった奴等に出来る唯一のことだろうよ!」

 やがて、距離を詰め、鋼の錬金術師は機械鎧の拳を握り込む。
 接近を許した超電磁砲は己の不甲斐なさと、相手の執念に顔を歪めるも、右腕を持ち上げた。
 炸裂する拳が、使い物にならない右腕にのめり込み、何かが潰れる音が響き、彼女の叫びが宙に舞う。

「――――――――――――――ッ、馬鹿みたい」

 激痛に耐え、歯を食いしばり、彼女は言葉を紡ぐ。

「あんたが一番、死んだ人に囚われているじゃない」

 絶え間なく右腕を己の雷で刺激し、極力、左腕を使用しない。

「自己満足もいいところよ……ッ、自分の行いを正当化するために、死者の存在を遣うなんて」

 その言葉は彼に向けた物であるが、自分の心に深く刺さり込む。


「私が最初に殺した女の子だって、出会ってたかが数時間の子でしょ? どうしてその程度の関係なのに、そこまで肩入れ――――――っ」


 腰を入れた一撃が御坂美琴の顔面に叩き込まれた。
 右足を踏み込み、全体重を捧げた拳が、彼女の右腕を乗り越え、言葉を中断させる。

 無様に大地を転がる御坂美琴へ容赦なく錬成された柱が襲い掛かるも、彼女は右腕から雷撃を鞭のように振るう。
 轟音を響かせ、柱を全て粉砕するとその先にエドワード・エルリックが此方を睨んでいた。

「……なによ。おかしいのはあんたの方でしょ。事あるごとに、その前川みくって女の子を引き合いに出して。
 馬鹿じゃないの? あんたが一番、死者に足を止められているじゃない。私にとってのその子は、ただの――死人なのよ」

 本当に死者に足を止められているのは誰なのか。
 本当に自分の行いを正当化するために、死者を引き合いに出しているのは誰なのか。
 己の胸に災禍が渦巻く中、御坂美琴は迫る錬成物を雷光で薙ぎ払う。


「人の生命にッ! 優劣を付けているんじゃねえッ!!」


 彼の言葉が突如として背後から響く。
 錬成された柱の上に飛び乗っていた彼に気付けぬ己を御坂美琴は恥じた。
 雷光の輝きに隠れ、エドワード・エルリックは彼女の背後を取ると、問答無用で顔面に拳を又も叩き込む。

「冗談も大概にしやがれ。これでも目が醒めないのなら、俺が何度だって止めてやる」

「本当に馬鹿な奴ね。私のために為ることなんて、死ぬことだけなのよ。
 私を気に掛けているのなら、死んで。あんたが死ねばね、私だって――止まれるのよッ!」

 刹那、無残にも大地を転がり、斃れていた御坂美琴に稲妻が轟いた。
 耳を斬り裂く程の雷鳴が響き、視界を奪う雷光が世界に君臨し、エドワード・エルリックは腕で瞳を覆う。

 満身創痍の彼女に是程の雷が蓄積されていたことに、驚きを隠せない。
 ホムンクルスとの決戦から明らかにガス欠を意識していた彼女だが、その後の戦闘は現実と比例せずに派手になっている。

 無尽蔵ではあるまい。
 仮に彼女の雷に底が存在しないとなれば、有り得ぬ未来予想図に鋼の錬金術師は唾を飲み込んだ。

「驚いた顔。まるで私が底無しの発電機を積んでいるみたいな、信じられないような顔ね」

 雷光の中心に立つ彼女は明らかにボロボロであった。
 壊死した右腕は更に焦げ果て、最早、見た目は炭と変わらない。
 割れた額からの出血により、彼女の右半身は完全に赤く染まってしまった。


「溜め込んだ電気も零よ。ヒースクリフ相手に底を尽きそうになったけど、これが正真正銘の最期。
 あんたを殺すことに全力を注ぐ。他の連中はなんとかすればいい。だけど、あんただけは絶対に今此処で……殺さないと」


 ――私が駄目になる。


 風に掻き消された言葉を破壊するように、雷の覇道が大地を抉る。
 強烈な波が迫り、エドワード・エルリックは防ぐことを早々に諦め、回避を選択。
 横に跳ぶと、着地と同時に柱を錬成し、御坂美琴へ翔ばす。

 柱は軽々しく、稲妻に破壊されるが、之までの戦闘から予測済みと更に錬成を重ね、柱を又も翔ばす。
 御坂美琴の言葉が正しければ、相手にとっても此処が正念場である。
 雷が底を尽くなら、乗り切れば彼女は無力となる筈。ならば、攻め時だろう。

 幾つもの柱が粉砕され、欠片が宙を舞う中、エドワード・エルリックは一世一代の大錬成を行う。
 彼の行った錬成光が欠片を通じ、別の欠片へと迸り、周囲一帯を蒼白の光が包み込む。
 御坂美琴は警戒し大きく距離を取ると、錬成された巨大な槍に対し、軽く舌打ちを行う。


「このわからず屋、終わりにするぞ」


「上等じゃない、このわからず屋」


 遥か高き天の頂きから放たれた槍の影が御坂美琴を暗く彩った。
 赤黒い鮮血の混じった視界では上手く全景を把握仕切れないが、問題は無い。
 物体が存在することを分かれば充分だ――不敵な笑みを浮かべた彼女は、右腕を無理やり振り上げ、稲妻を天に放つ。

 箱庭世界全体を揺るがす衝撃が遥か遠き地平線にまで、響く。
 機神の残骸が震え上がり、会場に残された死体の表面を振動させ、戦場に向かう雪ノ下雪乃すらを震撼させた。

「ああああああああああああああああ! 此処で死ぬなら、私に願いを叶えるだけの資格が無いだけの話――認めるかああああああああああああああ!!」

 稲妻を放出し続け、彼女を支える足場が圧倒的な質量に耐え切れず、僅かながら陥没の動きあり。
 冗談じゃないと御坂美琴は歯を食い縛り、さっさと槍を破壊しようと、更に出力を上げた。
 基点となる右腕から繊維が焼き切れる音が響くも、彼女は苦痛の声を挙げるだけで、雷を止めなかった。

「そんなに自分の身体を痛め付けてまで、お前は……」

 卑怯な男だ。御坂美琴は何よりも先に思う。
 一度、錬成し腕から離れれば、本人の行動は自由である。
 こうして、目の前に辿り着いたエドワード・エルリックに対し、彼女は為す術も無く、殴り飛ばされた。

 豪快に殴り飛ばされ、大地を転がる中、受け身を取り立ち上がる御坂美琴へエドワード・エルリックが迫る。
 大地に直撃する巨大な石槍を背景に接近する敵をどう対処すべきか、揺らぐ思考の中、御坂美琴は地上へ目を向ける。
 嘗てヒースクリフが行ったとある動きを思い出し、賭けるしかないと覚悟を決める。この策に、鋼の錬金術師が気付く可能性は零である。

 牽制代わりに放たれる雷撃を機械鎧に付与した刃で受け流し、エドワード・エドワードは更に距離を詰める。
 お見通しだと御坂美琴はレーザー状に加工した稲妻を空間に走らせ、問答無用で彼の足を止めさせる。
 強大な攻撃を防ぐべく、鋼の錬金術師は掌を合わせ大地に腕を下ろすも――彼は驚愕に襲われ、彼女がほくそ笑む。


「これは――――――――ッ」


「その錬成陣はあんたが私達の首輪を外す時に描いた人体錬成モドキの術式。まあ、ヒースクリフが何か書き足していたけど。
 次にあんたが何処に飛ばされるか、知ったことちゃないけど、世界の終わりの壁際にでも飛ばされなさいよ。通行料……だっけか。生命でも奪われなさい」


「て、めぇ……御坂ああああああああああああああああああああああ!」


 奇跡、偶然。
 如何なる言葉で片付けようと、結果は変わらない。
 嘗てロイ・マスタングに己の意志と反して、人体錬成を行わせたように。
 偶然にも人体錬成の術式上に誘われてしまったエドワード・エルリックが光に包まれる。
 彼は己が消える最期まで、御坂美琴へ腕を伸ばす。しかし、届くはずも無く、彼は消えた。

「ゲーム、セット……ぁ」

 エドワード・エルリックの消滅を確認すると、糸が切れたように御坂美琴はその場に斃れた。
 学園都市の上部が目を見開く程、何度だって限界を突破した。之まで大地に立てていたことが奇跡だろう。
 終わりは呆気ないものである。誰もが劇的に死を迎える訳でないと口走ったが、その通りの結果となった。

 あれだけ口煩く、何度も立ち塞がったエドワード・エルリックは世界の終わりの壁際に飛ばされた。
 ヒースクリフの細工は不明だが、大本が変わっていなければ、真理の空間と呼ばれる無に飛ばされた筈。

 自分の切断された四肢を取り戻すために訪れたが、地平線の彼方まで無が広がる悪趣味な空間だった。
 ふと、思い出す。エドワード・エルリックに似た一人の少年が居たことを。
 長い金色の髪から血筋の関係者と思うが、やけに痩せ細った少年であった。しかし、御坂美琴にとってはどうでもいい存在である。

 鋼の錬金術師が死亡すれば、残る障害は佐倉杏子と黒のみ。
 前者は足立透に期待するとして――あんな男に期待する自分が哀れだが、人間の怨念にも近い執念を信じるしかあるまい。
 追い込まれ、開き直った人間の底力は時として、運命すらを変えることを彼女は知っている。
 足立透にその資格があるかは不明だが、黙って死ぬ男ではないと、之までの戦闘を通じて知っている。
 残るは黒となるが、正面衝突は避けられないだろう。エンブリヲが消えた今、彼と敵対する人物は残っていない。
 調律者が消えただけ、良しとするべきか。契約者とは血で血を洗う総力戦となりそうだ。

 さぁ、雷光をあれだけ輝かせ、雷鳴を轟かせた。
 自分の居場所は他の生存者に知れ渡っているだろう。
 相手をするためにも、御坂美琴は立ち上がった。
 骨の数本が折れており、呼吸を行うだけで激痛が走る。
 フィクションの世界では軽々しく肋の骨が数本イカれているが、現実は厳しい。
 早く、終わらせよう。夜空を見上げた彼女の足元に何かが転がった。まだ残っていたのかと、表情が険しくなる。


 これはエドワード・エルリックのパイプ爆弾だ。


 見間違える筈もなく、雷を纏った右足で空へ蹴り上げると、彼女は生きていた最期の敵へ走り出した。




 空中で爆ぜた溶光が闇夜に動く彼等を彩った。
 全力で距離を詰める御坂美琴に対し、エドワード・エルリックは静かに腰を落とし、待ち構えていた。
 彼女が牽制で雷撃を放ち、彼は最小限の動きで回避するも、幾分かは身体に触れ、肌の焼ける匂いが鼻先を刺激する。

 右腕の筋肉繊維を刺激し、有り得ぬ加速を伴った拳が鋼の錬金術師の顔面に迫る。
 予期せぬ速度に直撃を受けるも、彼の左足が彼女の右脇腹に叩き込まれ、両者共に蹈鞴を踏む。

 御坂美琴が雷撃を放つよりも先に機械鎧の腕が彼女の顔面を掴み、錬金術師は力任せに右へ放り投げる。
 右腕から大地に斃れ、彼女は悲鳴を上げるも、動きを止めることは無く、反射的に稲妻を飛ばす。

 エドワード・エルリックの胴体に直撃し、彼は身体を大きく広げ斃れた。
 大地を何度も転がり、焼ける感覚を取り払おうとするも、彼の上には砂鉄の剣が振り下ろされた。

 この一撃で息の根を止める。御坂美琴はそのつもりであったが、無様に大地を転がられ、失敗。
 次なる一手を放つ寸前、再度、彼女の足元に何かが辿り着く。
 その光景は数分前と同じであり、芸のない男だと苛つきながら、空へ向かってパイプ爆弾を蹴り上げた。

 夜空に爆弾が炸裂し、地上が照らされるが、正面にエドワード・エルリックは立っていない。
 舐めた真似を――即座に御坂美琴は振り向くも、彼の姿は無かった。


「お前、血のせいで赤色がはっきりとわからないんだな」


 鮮血の混在により、色素の判別が狂ってしまった右目は彼女にとって、予期せぬ死角と為っていた。
 そのため、紅い外套を纏うエドワード・エルリックの行方を見失ってしまい、彼女の瞳は爆発の影響からか、機能しておらず。
 接近を許してしまったが、次に一撃を貰えば終わりだ。再び立ち上がる自信は両者に存在しない。
 エドワード・エルリックが何度目になるかわからない機械鎧のストレートを放ち、御坂美琴の右目に吸い込まれて行く。

 迫る拳を前に、彼女はたった一つの願いを思い続けていた。
 叶えるために、どれだけの想いを乗り越えたのか。
 叶えるために、どれだけの生命を殺めてきたのか。
 叶えるために、どれだけの嘘を自分に言い聞かせたのか。

「あああああああああああああああああああああああああああああ」

 がむしゃらに左腕を伸ばす。
 無理に壊死した右腕を使い続け、健在ながら使用を控えた左腕がエドワード・エルリックの顔面を掴む。
 彼の拳は御坂美琴の顔面を捉えるも、真っ赤に染められた肌は鮮血によって泥濘んでおり、明後日の方向へ流されてしまう。
 体勢を崩しながらも、彼等は大地に斃れること無く、御坂美琴は彼の顔面を掴んだ左腕を離すことは無かった。


「こ、これで……ゲ、ームセット」


 この距離ならば外しはしない。
 錬成よりも先に雷撃を叩き込める。
 自然と彼女の口から、勝利の言葉が零れていた。

「どんな気持ちよ、遂に、私に殺される気持ちは」

「……悪いな」

「は……?」

 返答された言葉を理解出来ず、彼女は間抜けな声を上げてしまう。
 死の間近だと云うのに、この男は謝罪をしたのだ。
 命乞いをしなければ、己の不甲斐なさに嘆く訳でも無く。

「結局、俺はお前を止められなかった。本当に、悪いな」

「な、何を言っているのよ。あんた、馬鹿じゃないの」

「馬鹿だよ。そうじゃなきゃあ、お前に此処まで付き合わないだろ」

 彼は笑った。
 何処か自分を嘲笑うような儚さを秘めていたが、御坂美琴は理解出来ない。
 この男は何を口走っているのか。訳のわからない男だと思っていたが、最期の最期まで――

「お前、本当はそんな人間じゃないのに、自分に嘘を吐いて此処まで来ちまった。
 俺はそれを見ているのが嫌で、お前が壊れる前に救いたかったんだ。だけど……間に合わなかった」

 あのツンツン頭の男と同じように、敵対者にまでも、救いの手を伸ばしていた。

「や、やめなさいよ」

「根っからの悪人なら、DIOの時も、ホムンクルスの時も、エンブリヲの時も……お前は俺達に協力しないもんな」

 優しい言葉は彼女の薄い心を極限にまで痛め付ける。
 やめろ、そんな言葉を投げ掛けるなと、彼の顔面を掴む腕に力が入る。

 骨の軋む音が響く中、エドワード・エルリックは言葉を止めなかった。
 彼の想いが、御坂美琴を更に苦しめる。

「誰に諭されたのか、最初の――あいつの死がどれだけ大きかったのか。白井を殺した時には、全てが遅かったのかもしれない」

 語られた彼等の存在が脳裏に浮かび、それらがノイズとなって頭の中を支配する。
 彼等の笑顔が歪み、頭に響く気味の悪い笑い声が、御坂美琴に苦痛を与えた。

「俺がもっとしっかりしていれば、みくも、他の仲間だって死ぬことは無かった。お前だって、その手を汚すことは無かった」

 同じだ。この男もあいつと同じである。
 自分は悪くないのに、無理にでも事象に結び付ける正真正銘のお人好し。

「お前がこうなったのは、お前のせいだ。それを否定する気はねえ。だけど――俺達も悪かったんだ」

 刹那、御坂美琴の中に眠る何かが弾けた。

「黙れ――黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!」

 エドワード・エルリックの顔面を掴む腕に血管が浮かび上がり、僅かながらに電気が迸る。
 その影響か、彼の瞳から血が流れ出るも、彼女は雷を止めることは無かった。

「そうやってあんた、訳のわからないことを並べて、私を苦しめて!
 こんな私なんて放っておけばいいのに! 殺せばいいのに! 何時まで経っても手を差し伸べるあんたが、私は大嫌いなのよ!!」

「へっ、そうかよ。そりゃあ、思ったよりも茨の道を進んでいたんだな」

「う、自惚れるな! あんたのちっぽけな力じゃ、私じゃなくても、誰でも救えないわよ!!」

 怒りの雷撃が更に強まり、エドワード・エルリックの頭上に湯毛が昇る。
 迸る電流を止める術を持たず、彼は黙って自分の死を受け入れるしか無かった。

「喫茶店の約束、まさか俺が破ることになるなんてな……許してくるかな」

 再開を約束した仲間の姿を想い出し、二度と会えない現実を噛み締め――


「悪いな、アル。俺はやっぱり――そっちに帰れねえみたいだ」












「そ、そんな……」


 雪ノ下雪乃が駆け付けた時、御坂美琴の叫び声だけが周囲に轟いていた。
 涙を流しながらも、怒りと悲しみの混ざる悲痛なる声だけが、闇夜に響き渡る。

 そして、雪ノ下雪乃の瞳に止まるは、無造作に投げられた一つの死体だった。
 数十分前は健在で、どんな状況にも挫けず、最期まで自分の信念を貫き通す憧れの男だった。
 震える自分を励まし、他人のために自分の危険を顧みずに動く、正真正銘のお人好しだった。

 鋼の錬金術師エドワード・エルリック。
 かの男は御坂美琴に投げ飛ばされ、頭から大地に斃れ、呼吸の動きすら見せていない。

「――アヌビス神」

 間に合わなかった自分が許せない。
 彼を死なせてしまった人間が許せない。
 そして、自分一人じゃ戦えない自分が許せない。


「生きてさえいればいいから、私の身体を使って」


 最早、自分が此のような言葉を吐くなど信じられるものか。
 だが、胸の奥底から溢れ出る感情が抑えられない。この状況を懐かしい彼等に見られたら、何と言われるか。
 そうだ、自信を以て言ってやろう。之が今の私の姿だ、と。恥じることは無い。


『分かった。俺の全てを捧げて、あいつを葬ってやる』


 所有者の想いに、スタンドは全力で応えるだけだ。
 最早、自分が此のような言葉を吐くなど信じられるものか。
 自分も甘くなったものだ。しかし、コンサートホールで焼き果てるだけの運命がこうも変わったのだ。
 自信を以て言ってやる。今の俺に勝てる奴が存在する訳ないだろ、と。恐れることは無い。


「はぁ、はぁ……なによ、生きてたのね。馬鹿な女よ、あんたは。自分から殺されに来るなんて」


 落ち着きを取り戻した御坂美琴は肩で呼吸を整え、ようやく来訪者に気付いた。
 馬鹿な獲物がまた一人、自分から首を捧げにやって来たのだ。ならば、狩人として取る行動は一つ。
 右腕に雷光が集中し、微小なる爆発音が響く。右肩に小さな穴が空き、鮮血が垂れ落ちた。
 こうも壊れたのか――崩れ征く己の身体を嘲笑い、それを合図に雪ノ下雪乃が大地を蹴り上げた。

『当たらねえよ!』

 迫る雷光を雪ノ下雪乃――身体を支配したアヌビス神は軽々しく避ける。
 アカメの身体を乗っ取り、キング・ブラッドレイとの戦闘で経験を積んだ彼に、雷光など恐れるに足らず。
 次第に距離を詰め、大地と垂直に掲げられた刀身に月明かりが灯る。

『その首、貰った!』

「冗談じゃ、ないってえええのおおおおおおおおおおおおおおお!」

 斬り上げの一撃を御坂美琴は強引に両者の空間に稲妻を走らせ、アヌビス神の動きを中断させる。
 後退し距離を取る相手に容赦なく雷撃の槍を投擲し追撃するも、敵は芸術とも呼べる領域の芸当で雷撃を受け流す。
 しかし、本体である雪ノ下雪乃の身体は無事に非ず。雷撃の槍の余波で頬に僅かながら傷が生まれ、血が流れ落ちる。

「構わないから、戦って――!」

『任せろ、俺達は絶対に……負けないッ!!』

 再び大地を蹴り上げ、アヌビス神は弧を描きながら距離を詰める。
 迫る雷撃をやり過ごし、一刀の間合いに詰め寄るも、放電により、踏み込めない。
 埒が明かないのは明白である。何処か無理をしなければ、一太刀も浴びせられない。
 だが、雪ノ下雪乃は極普通の女子高生であり、血と硝煙の薫りから離れた存在であるが故、引けてしまうのだ。
 アヌビス神は心の何処かで彼女に遠慮しており、自分らしく無いと想いながらも、何処かでセーブしていた。しかし

「構わないって言った筈よ。私をオオカミ少年やピノキオと同類にするつもりかしら」

『――怒るなよ』

「怒るわよ。だから精々、頑張りなさい」

『怖いご主人様だが――乗った!!』

 迫る雷撃を受け流すも、明らかに数秒前とは異なる動きで距離を詰める。
 非ぬ方向へ流すために、着実に足を止めていたが、今のアヌビス神は多少の電気を物ともせず、突っ込む。
 雪ノ下雪乃の肌が若干黒焦げようが、彼は足を止めずに、御坂美琴へ走り続けるのだ。

 雷撃の槍を正面から叩き斬り、本元から離れている電気の余波ならば、構わずに大地を蹴り上げる。
 やがて、一刀の間合いに御坂美琴を捉え、彼女が砂鉄の剣を用いるも、剣戟ならば負けるものか。

 一刀両断。
 彼女からすれば刹那の見切りであるが、アヌビス神にとっては造作も無いこと。
 大きく距離を取る彼女に対し、アヌビス神は剣先を振るう。彼に遠距離攻撃の類は持ち合わせていないが、経験値がある。


「め、潰し……チィ!」


『お前を葬るために、負けられないんだよォ!!』


 払った一撃は仇敵の首を刈り取るために行われた死の瞬きである。
 剣先に乗せられた血液が御坂美琴の目へ着弾し、赤み掛かった彼女の視界を更に赤く染め上げる。
 嘗てアカメがキング・ブラッドレイの首を刈り取るべく放った一撃を、アヌビス神は土壇場で放ったのだ。


「これで――葬るッ!」


「やれるもんならやってみなさいよ、私を止められるなら、あんたが止めてみなさいよッ!!」


 最期の決着を果たすべく、アヌビス神は夜空へ跳ぶ。
 刀にありったけの想いを込め、全ての死者の想いを宿し、意地を貫き通す。
 対する御坂美琴も又、障害を滅するためにありったけの雷光を身体へ纏わせ、右腕を空へ伸ばす。

 彼女が咄嗟に取った動きは慣れ親しんだ超電磁砲であった。
 足場の破片を放り投げ、問答無用に右拳で殴り抜ける。
 ぐしゃりと拳が潰れる音が響き、皮が剥げ、肉が削ぎ落ち、骨が露わになるも、彼女は止まらない。

 遂に右腕の活動限界を超えたが、此処まで保てば充分であろう。
 本来であれば、ヒースクリフとの戦闘にて朽ち果ててもおかしくはない。
 だが、自分には左腕が残っている――超電磁砲を加速させるべく、更なる雷撃を叩き込む。


『う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 調整された箱庭世界の枠組みが適用されなければ、雷撃など回避不可能である。
 茅場晶彦が施した細工により、ある程度の戦力差が改善され、現状のアヌビス神は最も恩恵を受ける存在となる。
 雷撃など避けられるものか。雷撃など耐えられるものか。だが、彼は止まらない。

 御坂美琴と敵対した存在は何度も雷光を潜り抜け、雷鳴に立ち向かい、雷撃を耐え抜いた。
 彼等が特別、雷の耐性を持ち合わせている訳ではない。茅場晶彦の遊び心が、彼等を此処まで導いたのだ。


『もう少し、もう少し!』


 圧倒的な雷撃ににより刀身に亀裂が走るも、アヌビス神は止まらない。
 宙に押し留められているが、気合で着実に押し返し、刃は確実に御坂美琴へ迫っている。

 雪ノ下雪乃の身体が悲鳴を上げるも、彼女だって承知の上。
 腕の一本程度ならば失っても許されるだろう――と、思い込んでいるのはアヌビス神だけだろうが。
 歯を食い縛り、瞳は逸らさず、天高く響き渡る咆哮は止まず、己の意地を貫き通せ。



『言われたんだよ、葬れってなああああああああああああああああああ!!』



 溢れんばかりの雷撃を押し返し、アヌビス神が大地に二の足を下ろす。
 其れ即ち、必殺の間合いに敵を収めた事と同義也。
 全ての死者の想いを乗せ、明日を求める希望と願いを刀身に宿し、最期の一撃が御坂美琴の身体を斬り裂いた。

 豪快に刃が過ぎ去り、勢いを殺し切れず、大地に突き刺さる。
 もう役目は果たした――耐え切れぬ負荷に刀身が砕け散り、欠片が宙を舞う。
 死者の上に立ち、最期の最期まで藻掻いた参加者に非ず、されど精神は立派な参加者の一人だった男が、散った。

「あ、りがとう……これぐらいの無茶は、許してあげ……るわ」

 彼から開放された雪ノ下雪乃は雷撃により蝕まれた身体のバランスを保つ事が出来ず、蹈鞴を踏んでしまう。
 蹌踉めきながらも、大地に斃れることは無く、先に旅立った仲間に想いを馳せ、空を見上げる。
 嘗て、独りだった魔法少女は自分に関わった人間が死に、自分だけが生き残ると嘆いていた。
 思い返せば、バトル・ロワイアルのルール上、当たり前のことではあるのだが、今は彼女の気持ちがよく分かる。

 エドワード・エルリックが旅立ち、アヌビス神も天へと続く階段を駆け上がってしまった。
 残りは佐倉杏子、タスク、そして黒。
 愛すべき最高の仲間達の帰還を待つだけとなったが、女の執念は恐るべきものだと思わずにいられない。

 死者の怨念だろうか。
 自分の足首を確かにがっちりと掴まれた感触が走る。
 その腕は炭の如く黒く焦げ果て、その正体は独りしかあるまい。

「ま、だ……生きてい、、、たの、ね」

 御坂美琴。
 アヌビス神に上半身を斬り裂かれながら、生命の灯火は未だ健在。
 うつ伏せに斃れる彼女の胴体から鮮血が絶え間なく溢れ、血の池が生まれるも、彼女は腕を離さない。

「これ、でぇ……ぜぇ、終わり、……はは、どうよ」

 これ見よがしに威嚇代わりの雷鳴を眼前に轟かせる。
 ズバチイと音が響き、前髪が浮かび上がるも、その雷光はあまりに弱々しかった。
 周囲を照らすことは疎か、御坂美琴の表情すら伺えない程、小さな灯りだった。

 しかし、限界寸前の状態は雪ノ下雪乃も同じ。
 アヌビス神の無茶な動きにより、立っているだけでやっとである。
 御坂美琴の腕を蹴り落とす力も残っておらず、そもそも、雷撃により身体の繊維が一部だが焼き切れている。

 走ることもまま為らぬため、彼女にとっての正念場が訪れる。

「――貴方は、本当に哀れな女ね。独りよがりの悲劇のヒロインだなんて、可哀想に」

「……なによ、どっちが生殺与奪権を握ってるか、わかってるの」

 大地に斃れながらも、見下されながらも。
 御坂美琴が優位な事に変わりなく。されど、雪ノ下雪乃は厳しい言葉を吐き捨てる。

「貴方が優勝して、願いを叶えたところで、彼は、彼女達は嬉しく思ってくれると本気で想っているのかしら?
 この程度のことはきっと何回も言われて来ただろうけど、敢えて突き付けるわ。貴方の自己満足よ、馬鹿じゃないの?」

「だ、黙りなさいよ」

「嫌よ。貴方は救いたい人がいる。其れは別に勝手なこと。だけど……そのために他人を殺すだなんて、頭がデトロイトなのかしら。
 罪を重ねて、やっとの想いで最期の独りになって、晴れて願いを叶える。死者の土で創り上げた粘土細工のお人形さんの身にもなってみたらどうかしら」

「黙れ――黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!」

「――ッ、ぁ、っ……そうやって力で捩じ伏せるのね」

 分かっていた。
 御坂美琴はその結論に最初から辿り着いていた。
 だが、自分を偽り続けることで、彼女は此処まで戦った。

 改めて現実を叩き付ける雪ノ下雪乃に、御坂美琴は感情の昂ぶりを抑えられず。
 気付けば意と反して彼女の身体に僅かながら雷撃を走らせていた。
 苦痛の表情を浮かべるも、一度開いた彼女の口は、止まらない。

「復讐や決意を貶めるつもりはないの。ただ、私が理解出来ないだけ。
 正直に言うけれど、貴方は何れ――いえ、何でもないわ。知らない方が幸せね。私は優しいから黙っててあげる」

「こ、のおん、なぁ……」

「っ――ァ、っ、ぃ……」

 再び電流が流れるも、彼女は死なず。
 御坂美琴も又、限界が訪れており、雷撃を操るだけの気力すら底を尽きかけている。


「私も貴方と同じだけど、貴方と同じようにはならなかった。それは私が弱いだけで、貴方みたいな力を持っていたら――云え、貴方のように為る筈がないわ」


 ――あんた、何を言っているの。


 掠れた声の問に、雪ノ下雪乃は勝ち誇った笑みを浮かべていた。
 見下している状況も相まって、完全に彼女が優位を握っているようにしか見えず。
 深い深呼吸をした後、彼女は言い切ったのだ。思いの丈を、自分の心を、彼に向けて。


「私も貴方と同じように大切な人を――ええ、今だけは大切な人と言ってあげる。彼を失った。
 だけど、道を踏み間違えることは無かった。私は貴方みたいな力を持たない代わりに、仲間に恵まれた」


 涙を浮かべ、瞳を閉じれば、脳裏に浮かぶはかけがえのない仲間達。
 彼等の明るく、頼もしい表情が過ぎ去れば、思い浮かぶは大切な日常の、小さな幸せだった日々。


「貴方は彼の前で堂々と胸を張れるのかしら。他人を殺めたその醜い姿で。
 私は貴方と違う。私は彼の前で堂々と胸を張って言ってやるのよ。早死し過ぎって――それと、ありがとうって」


「ぁ――ぁ」




 御坂美琴の心が美しい音を奏で、崩れ落ちる。
 目を逸し続けた現実が、今となって彼女を黒く塗り潰し、溢れる涙が止まらない。

 気付けば彼女はありったけの雷撃を放出し、雪ノ下雪乃の生命を奪っていた。
 彼女が斃れて尚、雷撃が流れ続け、雪ノ下雪乃と呼ばれた人間は数分を経たずに、黒く染まる。

 御坂美琴は強い決意と覚悟を決めていた。
 親友たる白井黒子をその手で殺めた時から、彼女は振り返ることを選択しなかった。

 だが、極限状態に追い込まれ、騙し騙しに動かした身体に限界が訪れたこと。
 致命傷を超える一撃を受け、己の死期を悟ってしまったこと。
 雪ノ下雪乃に現実を突き付けられ、別の可能性を示され、悲しみの淵に叩き落とされたこと。
 そして何よりも――こんな自分に救いの手を伸ばし続けたエドワード・エルリックを殺してしまったこと。

 様々な要因が重なり、確固たる信念を持ち合わせてたとは云え、等身大の女子中学生である彼女の精神は相応に脆い。
 溢れ出る涙を止められず、叫び声が会場全体に響き渡り、他者に襲われれば、彼女は戦えない。

 彼女の涙を拭う者は残っていない。
 彼女の行いを咎める者はもういない。
 彼女の肩を支える者は此の世を去ってしまった。

 だが。

 之は彼女が選択したこと。

 彼女が選んだこと。


 この結末を誰よりも望んでいたのは――御坂美琴である。







【ヒースクリフ@ソードアート・オンライン 死亡】



【エドワード・エルリック@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST 死亡】



【アヌビス神@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース 消滅】



【雪ノ下雪乃@やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 死亡】








【 バトル・ロワイアル  -ゲーム終了-  優勝者:御坂美琴@とある科学の超電磁砲 】




時系列順で読む
Back:Remember Of Die Next:Period

投下順で読む
Back:Remember Of Die Next:Period