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扉の向こうへ(Another)


 廻りを続けるルーレットはその力が尽きるまで止まらない。
 干渉されぬ限り、自力で己を止める術を持たず、からからと遊戯盤の上から球の音が響く。

 此度のゲームは理から隔絶された壁際での一幕。
 輪廻から外れ、世界に刻まれぬ事象。

 ある者は志半ばに倒れた。
 ある者は挫折し、己を歪めてしまった。
 ある者は愛する者を守るために、その生命を散らした。
 ある者は己の信じる正義を証し立て、折れぬまま、悪と戦った。
 ある者は消せない罪を背負い、迷いを抱きながら、生者に未来を託した。
 ある者はどれだけ手を伸ばそうと、最期まで何も掴めぬまま、この世を去った。

 最期まで抗い続け、尚も死者が止まらぬ。
 歪められた運命を打開するには己の力を信じるのみ。
 ゲームは最期の一人を残すまで、止まることはなかった。

 世界の終わりの壁際に抗うのが彼らであれば、認識するのも彼らである。
 数多の世界を繋ぐ術式を隔絶された箱庭空間で行使することにより、外の人間は気付かない。
 完全を夢見た不完全の存在――ホムンクルスが神へと至る物語の過程を知るのは、参加者だけである。
 仮に彼が創造主を超えた正真正銘の天を司る神になったとすれば、外界の人間は唐突に襲来した存在に蹂躙されていたであろう。

 茅場昌彦が手掛けた箱庭は、彼の手を離れ、多種多様の想いが交差する実験室のフラスコとなってしまった。

 誤算に始まり、誤算に終わる。
 参加者の中に人間を超越した存在が混在していれば、主催者側も同義。
 劇薬を抑制するために別の劇薬を投入したような実情であれば、神に牙を向ける者も現れる。
 実験室のフラスコは内通者に構成要素を乱され、何もかもが達成に至らぬまま、終局を迎えた。

 欲望に塗れた不完全生命体の淡い夢が人間に潰され、されどゲームは止まらない。

 始まりの男は告げた。
 最期の一人になるまで殺し合え。さすれば願いが叶う、と。

 お父様と呼ばれるホムンクルスは単なるボスに過ぎない。
 参加者視点には全ての元凶として黒く映るだろう。だが、それだけでしかない。
 元締めを潰したところで、ゲームの終焉に直結するとは限らない。
 遊戯盤の主の手から離れたルーレットが廻り続けるように、殺し合いも続行される。

 故にエンブリヲは抹殺を宣言し、足立透が動き始め、御坂美琴は己を貫き通した。


「私を構成する電子は朽ち果てる。もう二度とこの瞳が世界を捉えることはないと思っていた」


 七十二の魂は僅か一桁にまで落魄れ、尚も奪い合いは続かれた。
 竜の魔法少女が吠え、道化師の視界に掛かる曇りは晴れず。
 黒の契約者が閃光の果てに消え、姫君の騎士が意地を見せ、調律者の生命が絶たれた。
 己も彼らの後を追うつもりだった――御坂美琴に掻き消された茅場昭彦の視界は気付けば、白一色に染まっていた。

 床や壁は疎か、平衡感覚の概念すら感じられぬ世界。
 エンブリヲに復元されたこの身体は完全に消滅するはずだったが、見当違いだと茅場昌彦は苦笑を漏らした。
 彼の視界の先には巨大な扉が聳え立つ。古代の石版を連想させる見た目に、何やら文字が刻まれている。

 そして、扉の下に居座る人間体。肉が詰まっていなければ、骨と皮もない。
 整えられた輪郭だけが人間体であることを証明する存在。即ちこの空間の正体は一つしかあるまい。
 茅場昭彦は居座る空間の管理者に声を掛ける。その声色はどこか少年少女が未知なる存在に思いを高ぶらせるようなものだった。


「初めまして――と言うべきか。真理を司る者よ。まさかこうして君と出会すことになるとはな」


「出会す? そっちから来たんだろう、愚かな元ゲームマスター」


「……これは手厳しい挨拶だな」 


 終わり亡き無に滞在し、理の根源の体現者。
 かの在り方は世界と同一であり、宇宙、全、神。
 森羅万象、全ての事象を司る真理が茅場昌彦を嘲笑う。


「お前、術式か何かを組み込んだな……プログラムか」


「人体錬成を直接行っていない私がこの空間に飛ばされるのは有り得ぬ話だ。
 心当たりはあるのだがね。代償――通行料を恐れた私の創造主様が責任を押し付けたようだ」


 参加者の一人である焔の錬金術師、ロイ・マスタング。
 彼は正常なる時間軸に於いて人体錬成を強制的に発動してしまった。
 人体錬成とは本来、術の発動に対し通行料と呼ばれる代価を支払わなければならない。
 現に鋼の錬金術師、エドワード・エルリックは身体の一部を持って行かれてしまった。
 ロイ・マスタングは自らの意思に反し、ホムンクルスによって人体錬成を発動させられてしまったが、彼もまた通行料を支払ったのだ。

 茅場昌彦は己も同じ状況なのだろうと推測する。
 彼の身体はエンブリヲによって復元された。スキルの無付与に設定された肉体の消滅時間は嫌がらせである。
 そしてエンブリヲはゲームの中で錬金術の知識を入手し、行使してみせた。
 ならば、茅場昌彦という肉体を復元する際に、人体錬成の術式をあえて組み込んだのだろう。
 通行料を支払わせるために。彼なりの憎しみを込めた結果である。


「創造主? あいつは人体錬成なんて使っちゃいないさ。だからお前の推測は外れだ。
 だが、ここにお前を飛ばしたのはあいつだ。個体にして神の力を持つだけのことはある」


「エンブリヲが、だと? 奴は何のために私をここに飛ばした……?」


「決まっているだろう。嫌がらせだ。お前に対する復讐だよ。
 あいつにとってただの人間であるお前らに出し抜かれたことが相当響いたらしい」


 調律者は姫君の騎士に撃墜される際、茅場昌彦に対する怒りを虚空にぶつけていた。
 元よりいけ好かない男だったが、殺し合いを振り返った刹那、やはり彼を許せなかった。
 神の運命分岐点は茅場昌彦との対話を設けるために、本田未央を切り捨てたことである。

 真実に近付いた結果、アンバーの名を知れたと云え、全てが主催者の掌の上だった。
 神にとって最大限の侮辱であり、同じ参加者の枠に立った茅場昭彦にすら出し抜かれた。
 元より溜まった感情が爆発することはなかったが、神は件の以降、彼を始末の対象に組み込んだ。
 学院での鳴上悠に対する茶番の折、情報収集をする分身を消されたことも相当に響いていた。

 しかし、本田未央を切り捨てなかった場合、全てが上手く回っていたとも限らない。
 調律者は彼女に見当違いの醜いエゴを押し付ける高坂穂乃果を始末していただろう。
 既に見切りを付けていたため、彼女を世界から退場させることに抱く感情はないと思われる。
 最も神の視点から見れば全ての生命体の価値はほぼ一律に捉えているため、彼にとって特別な思いもまた、皆無であろう。

 学院を抜けたとしても、憎きキング・ブラッドレイ、相容れぬエドワード・エルリック、雷鬼と化したウェイブの三者が待ち構えている。
 誰もが神と交わらぬ存在故に、激突は免れない。
 仮に彼らを乗り越えたとしても、最大にして最強を誇る人間が行く手を阻む。

 人を愛し、人に愛される男、鳴上悠。
 エンブリヲにとっての天敵が、あの時までは人類に残っていた。

 可能性は全てが所詮、可能性止まりである。
 有象無象の事象をたらればと考えても意味がない。
 だが、全てを収束した時、共通するのは神が茅場昌彦を憎んでいること。


「あいつはお前が二度目の死を迎えるとき、この場に飛ばされるよう復元を行った。
 それぞれの世界から隔絶された箱庭から、お前らがいうところの『世界』から切り離されたここを選ぶなんてな」


「そうか、私はここで終わるのだな」


「ご名答。お前が消えれば誰も残滓を回収することはできない。
 お前の証は永遠にこの空間を彷徨う訳だ。時空を超越する外の連中も介入は無理だ」


「どのような技術を持ってしても、私の残滓を回収することは不可能か。世界に残る形状記憶すらも……そうか」


「あいつも考えたものだ。この空間でお前が死ねば、魂も、お前自身を構成する知識や欠片も残ることはない。
 天上と奈落にも至れず、何一つ残すことなく、お前という証は無に還る。お前の遺産や意志を継ぐ者は未来永劫、現れない」


 人は死ぬ時、天国と地獄の何れかに辿り着くのか。永遠の命題でもある。
 魂の還る場所を選ぶ権利など存在せず、茅場昌彦は世界から隔絶された存在となる。
 数多の世界が混在したフラスコの中を、彼の魂が永遠に彷徨うのだ。

 調律者は茅場昌彦を許すことはなかった。
 死に際に彼へスキルを授けたのは、その場に誰もいなかったから。
 御坂美琴と足立透。彼女ら以外の存在ならば誰でもよかったのが、取り分け外れを引いてしまった。

 仕方なく、誠に遺憾であるが、調律者は茅場昌彦へ力を授ける他なかったのだ。
 己に終焉の時を告げる雷鳴を轟かせた御坂美琴への当てつけと成り得る存在は、茅場昌彦ただ一人。
 他の生存者を待つ時間は残されていなく、調律者にとっても最悪の決断であった。


「私に力を明け渡した時はどのような思惑があったかは謎だったが、奴は最期まで私を憎んでいたのだな」


「人間を認めつつもあったが、神と云えども所詮は個体だ。膨れ上がる感情の矛先を探していたんだろう」


 神は最期まで憎しみを忘却の彼方へ追い遣ることはない。
 森羅万象たる力を身に宿すも小さな個人の感情に囚われた男はある意味で、最も人間らしい存在であった。
 かの事実を茅場昌彦は受け入れるしかない。此度の宴の元凶を担う者にしては当然の報いである。

 茅場昌彦の遺産が無へ葬られる。
 彼の研究や意志は誰も継がず触れられず。
 果て無き電子の大海からサルベージすら不可能となる。

 全てが真理へ残り、全てが世界から隔絶される。
 茅場昌彦の存在こそ後世へ語り継がれるだろう。
 彼の名だけが冴え渡り、狂喜を着飾った悪魔、天才科学者として。


「力は本物だ。しかし、器が小さいのが問題だったな。
 あいつが少しは神としての威厳を保っていれば、お前はこうならなかった」


「それは正論だ。だが、私が侵した罪にとっての罰には相応しい……違うか?」


「知るか」


 茅場昌彦の問いを一蹴し真理は溜息を吐く。
 人間体としか表せない曖昧な存在の口元に煙りが浮かぶのは、何とも不思議な現象である。

 愚かな人間共の確執など知ったことではない。
 別世界の真理を司るエンブリヲの結末になど微塵も興味がないと謂わんばかり。
 彼にとって、重要なことはただ一つ。それはエンブリヲの業や、茅場昌彦の顛末に非ず。


「もういいだろ。お前は邪魔だ、用がないならとっとと消えろ」


 真理の空間は魂の漂着場の意味合いを持たず、死に行く人間が懺悔を告げる場所ではない。
 不本意とは云え飛ばされた茅場昌彦の話相手を務めるほど、真理の存在もお人好しではなく、消えろと言い放つ。
 表情の窺えぬ、人間体の概念とも呼べる不確定な存在の声色に重みが加算され、茅場昌彦は苦笑を浮かべるしかなかった。


「私の計画したゲーム――バトル・ロワイアルは間もなく終了する。最期まで見届けたいものだが……気に喰わんな。
 エンブリヲがもう少し思い遣りのある男だったならば……いや、復元されただけ感謝すべき……謝辞など奴には必要あるまい」


「同感だ」


「此度の始動に関し、幾つかの類似ケースに目を通したが、まさか私の結末が最もお粗末になるとはな。
 ある者は醜態を晒した挙げ句、時空を超越する者達に投獄されたが、生きている。
 ある者は無限に広がる宇宙から逃走を図り、殺害された。だが、単純な生命の消失ならばどうにでもなる。
 ある者は人類よりも革新的な視点から先を見ていた。結果は言うまでも無いが――彼らは私と違って『先』がある」


 己を嘲笑う声が虚しく、空間を支配する。
 かの言葉を以て、身体の消失が再び時を刻み始めたのか、茅場昌彦の身体にノイズが奔る。

 真理に触れた者は相応の代価を要求される。
 茅場昌彦にこの法則が適応されると仮定した場合――。


「じゃあな――もし奇跡が顕現し二度目の生を授かったら、反省するがいいさ。
 これは俺からの有り難い忠告だ――時代の先駆者よ。お前は」


 刹那、時代の先駆者と称された存在の足元が粒子となって舞い上がる。
 遂に消滅が開始された己の足元を見詰める彼が、口を開く。
 その言葉は誰の記憶にも残らない、最期のメッセージ。


「彼に伝えてくれ。私のゲームを遊んでくれて、有難うと」












「殺されるぞ、馬鹿め」











 そして、かの空間にエドワード・エルリックが訪れる。
 ヒースクリフの術式は彼に最期の恩返しをするためだった。
 それも、彼の戦力を削ぐという最低の形で。


 エドワード・エルリックの背後に聳え立つ扉が映すはミュンヘンの街並みだった。
 世界の数だけ真理が存在し、扉も存在する。真理が彼に数多の世界を見せる中で、アメストリスがあった。


 鋼の錬金術師と焔の錬金術師。
 紅蓮の錬金術師にラース、プライド、エンヴィーと云った役者を失った世界はお父様の一強だった。
 ホムンクルス側の戦力が大幅に低下しているが、真理を体感した錬金術師を失い、人間は劣勢に立たされた。


 お父様は適当な錬金術師を見繕い、無理やりに真理を開き、約束の日を再現。
 エドワード・エルリックの弟たるアルフォンス・エルリック中心に人間が奮起するも、彼等が負けるのは時間の問題だった。


 その光景を見せられ、エドワード・エルリックは一つの選択を取った。
 彼は弟に全てを戻すと言い、真理は全てを失うことになると告げた。
 だが、エドワード・エルリックは構わないと言い放つ。


 彼は此度のゲームを通じて大切な物を見付けた、と。


 その答えは本来の彼が辿り着いた物と同義で、真理は大層喜び、アルフォンス・エルリックに力を授けたのだ。


 しかし、引き換えにエドワード・エルリックは錬金術師としての力を失ってしまう。
 此処までがヒースクリフの描いた筋書きと、彼は知る良しもなく、只々、真理がほくそ笑む。
 本当に悪趣味な男だ。御坂美琴がこの世全ての悪と対峙する光景を見たいが故に、ゲームを歪ませたのだ。


 最期の最期まで、自分勝手な男だった。
 行く末を見届けると云って、自分は無に消滅すると云うのに。


 そんなことも知らず、エドワード・エルリックは最期の戦場に赴いた。
 全てを救うと、償わせると、彼は本気で想っていた。


 その姿に、誰もが憧れただろう。
 その信念に、誰もが惹かれただろう。


 紛うこと無き、正義の味方。


 結果として多くの生命を失い、救えなかった彼であるが、


 誰も彼を必要以上に責めないだろう。


 彼に救われた生命もある。


 最年少の国家錬金術師、エドワード・エルリック。


 最期まで自分の信念を貫いた男を、誰もが忘れないだろう。


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