Murder Speculation Part2(前編) ◆C8THitgZTg



三人は言葉を交わすこともなく、船内の廊下を進んでいた。
船内に反響する三人分の靴音。
それぞれ歩調も歩幅もバラバラで、秩序立った響きを成していない。
先頭を行くのはデュオ・マックスウェル
その少し後ろを秋山澪平沢憂が並んで歩いている。
どちらも、相手と会話をしたくないというわけではない。
互いに思いつくことを話し尽くしてしまったため、結果として沈黙が訪れたというだけである。


――デュオ・マックスウェルは考える。
後ろにいる少女達は完全に素人だ。
自分達のように見かけこそ若いが特殊な訓練を受けている、というわけでもない。
そのことは、バーサーカーとの戦いとその前後で把握していたつもりだったが、どうやら想像以上のようだ。
武器の携行方法からしてまるでなっていなかった。
ここに来るまで、本物の銃器など見たこともなかったに違いない。
あんな運び方では、いざというときに構えにくいだけでなく、普段の行動にも影響が出てしまうだろう。
デュオは前を向いて歩きながら、さり気なく背後の気配に意識を向けた。

まず、秋山澪。
いつまで軽機関銃を背負い歩いているつもりなのだろうか。
呼称に軽(ライト)と付くとはいえ、それはあくまで単独使用ができない重機関銃と比較した場合のこと。
しかも単独使用といっても、訓練された成人の兵士が扱うことが大前提である。
全長46.5センチ、通常重量7キログラム、最大装填重量10キログラム。
当然ながら、ただの少女が持ち歩くことなど想定されていない。
所持している武器の大きさではデュオも似たようなものなのだが、そこは鍛え方の違いである。

次に、平沢憂。
こちらの得物は短銃身の拳銃なので、秋山澪のように体力的な負担は見られない。
全長10センチ、重量900グラム未満。
現代社会では日本の警察官に配備されていたことで知られている銃だ。
しかしそれをスカートのポケットに突っ込んでいるのはどうにかならないものだろうか。
入れ方があまりに無造作すぎて、何かの拍子に落っこちてしまいそうだ。
せめてホルスターに入れて欲しいものだが、どうやらそういうモノは持ち合わせていないらしい。


平沢憂が銃を手放さないのは、単純に自分達を信用していないからなのかもしれない。
もしそうだとしても、デュオは彼女の事をどうこう言うつもりはなかった。
こんな特異極まる状況で出会った間柄だ。
多少の不信や警戒はあって当然。
昨日まで平穏に生きてきた少女というなら尚更だろう。

「それはそうとして……」

おもむろに足を止め、少女達へ向き直る。
不思議そうに立ち止まる憂。
びくりと震える澪。
軽機関銃の銃身が壁に当たって、金属的な音を立てた。

「肩の荷物、降ろしたほうがいいんじゃねぇか?」

そう言ってデュオは澪の銃を視線で示した。
憂の方はともかく、澪が不釣合いな銃を担ぎ続けている意図がいまいち掴めない。
ああいう銃は、元々歩兵が後方支援として弾幕を張るための兵器である。
火力、重量、大きさ……どれをとっても拳銃とは桁が違う。
素人の少女が護身用として使うにしては些か過剰すぎる代物だ。

「いいんだ! 重くなんかないから!」

澪は怯えるように視線を彷徨わせ、後ろに一歩退いた。
想像していたよりも遥かに明確な拒絶。
まるで、あの銃を離すことを恐れているかのような。

「……ならいいけどよ」

デュオは澪への追求をあっさりと止めた。
あまりにしつこいと、武器を取り上げようとしているという誤解を与えかねない。
実害が無い以上、無理に問い詰めないほうが賢明だろう。
――そう、実害はないのだ。
いかに軽機関銃が単独での銃撃を前提としているとはいえ、秋山澪はただの少女に過ぎない。
万が一、澪がこれでデュオを撃とうと思ったとしても、実際に発砲まで至る可能性は著しく低いだろう。
十キロ近い銃身を背中から降ろし、適切な体勢で構えて狙いを定め、トリガーを引く。
澪がこれだけの動作をこなしている間に、デュオであれば妨害や退避で充分に対応できる。
この観点で言えば、むしろ取り回しの良い拳銃の方が脅威になる。
持ち歩きたければそうすればいい――デュオはそう考えることにした。
そうこうしているうちに、三人は式が眠っている船室の前まで辿り着いていた。

「起きてるか? ……入るぞ」

ひとまず声を掛けてから、船室の扉を開ける。
部屋を出たときと同様、真っ白なシーツの上に鮮やかな着物姿が横たわって――

「―――あれ?」

――いなかった。
室内はすっかりもぬけの殻で、式の姿はどこにも見当たらない。

「この部屋で寝ていたんですよね? 入れ違いでしょうか」

憂がデュオの横から顔を覗かせる。
入れ違い――デュオが部屋を出た後に目を覚まし、戻る前に出て行った――充分考えられる。

「アイツ、あんな身体でどこに……」

デュオは踵を返し、さっき歩いてきた方向とは逆の向きへと駆け出した。
式の身体に溜まったダメージは、決して無視できるレベルではなくなっていたはずだ。
せめて船が港に着くまで身体を休めておくべきところだ。
それなのに一体どこへ行ってしまったのか。
駆け出したデュオの後を、憂が小走りで追いかける。

「あ、私も手伝います。澪さんはここにいてください。
 式さんが帰ってきたら入れ違いになっちゃいますから」
「ちょっと二人とも……! ……行っちゃった」

最後に残された澪は、しばらくぽつんと佇んでいたが、やがて諦めたようにベッドに腰を下ろした。
れ違いになるのを防ぐためにも、誰かが残ったほうがいいのは当然だ。
しかし、こうもあっさりと押し付けられてしまうのでは、年上の威厳も何もあったものではない。
ふと視線を足元に落とす。
ベッドと床の隙間に挟まるように、デイパックが一つ放置されていた。



   ◇  ◇  ◇



操舵室――その中央の座席に座し、ルルーシュは夜の海を睥睨していた。
E-5の河口近辺を南下して、そこから西へ進路を取ること暫し。
じきにデバイスの現在位置表示がG-5を示す頃合だ。
安全策として海路を選んだのは、どうやら正解だったらしい。
ここまで障害らしい障害に阻まれることもなく、一直線に進むことが出来ていた。

「さて、どちらの進路を取るべきかな」

無傷の左手で地図を広げ、南西の地域に視線を向ける。
象の像へ至るルートは大きく分けて2つある。
1つは、地図にも描かれている船着場に停泊し、陸路を北上するルート。
もう一つは、G-2の岬を回って川を遡り、像の近くの川岸から上陸するルート。
選択肢としてはどちらも一長一短である。


前者のメリットは確実性だ。
地図にもある施設で下船して、正直に陸路を北へ行く――
邪魔さえ入らなければ確実に目的地へ辿り着けるだろう。
しかし、その『邪魔』こそが最大のデメリットとなる。
そもそも最初に海路を選んだのは、陸上を移動することで敵と遭遇ことを避けるためだ。
船着場で下船する場合は、そういう危険性を享受しなければならない。

後者のメリットは安全性だ。
目的地のすぐ傍まで海路を行き、ほんの少しだけ陸路を移動する――
上陸にさえ成功すれば安全に目的地へ辿り着けるだろう。
しかし、その『上陸』こそが最大の懸念事項だ。
この経路を選んだ場合、川岸のどこかで下船しなければならない。
どこにも接岸できなければ、完全な無駄足になってしまう。


現在の速度は8ノット……時速約15km。
あと2,3分もすればG-2の港湾部に辿り着く。
ルルーシュは思索に結論を出し、片手で地図を器用に折り畳んだ。
そのとき、操舵室の扉が音を立てて開かれた。

「どうした、憂」

ルルーシュは振り返ることなく来客の名を言い当てた。
憂はそんなルルーシュの反応に驚く素振りも見せず、マイペースに用件を口にする。

「式さんが部屋からいなくなっちゃったから、デュオさんと手分けをして探してたんです。
 それと、澪さんには部屋で待っていてもらってます」
「そうか」

短く相槌を打つ。
ルルーシュにとって、両儀式は重要な戦力であるとともに警戒すべき相手でもある。
政庁の戦いでは両儀式の戦闘能力が大きく貢献していた。
想像以上の戦力であるという点では喜ばしいが、それと同時に、
ただでさえ見えなかった底が更に深くなったことをも意味している。
総合的には不利だったものの、バーサーカーと剣戟を交えて生き残ったほどの身体能力。
ギアスを掛けて一時的に拮抗させた張五飛とは違い、奴は自力であれだけの死闘を演じていた。
その代償が暫しの行動不能なら安いものだ。
戦力としての期待と部外者としての警戒。
それが、ルルーシュが両儀式に抱く認識である。

「船内の探索でもしているんだろう。見つけたら部屋で休むように言ってやれ」

当たり障りのない指示を出して、ルルーシュは前方の闇夜に視線を投げた。
揚陸艇はG-2エリアの港湾部に到達し、舵を切られるのを待ちながら前進を続けている。
闇の向こうに対岸の輪郭がうっすらと浮かび上がる。
それを眺めていたルルーシュの表情が、にわかにこわばった。

「なんだ、あれは―――」
「……ルルーシュさん?」

G-2エリア北西。
工業地帯に属し、太陽光発電所を有するエリア。
港湾部の西側を構成するその区域が、文字通り跡形もなく消え去っていた。
まるで巨大な爆発に薙ぎ払われたかのように、地表には建造物の陰すらない。
堤防も酷く損壊しており、あともう少しの刺激で完全に崩れ去ってしまいそうだ。
憂も対岸の異変に気付いたのか、窓際に近寄って目を凝らしている。

「ルルーシュさん……あれって……」
「くっ……」

原因は何だ―――
ルルーシュは隠し難い焦りを抑え、頭の中で幾通りものシミュレーションを走らせる。

何者かが使用した大量破壊兵器による被害――
真っ先に思い浮かぶ仮定だが、可能性はかなり低い。
なぜなら、この仮説が正しいとすれば、それほどの威力を持つ兵器が既に出回っていることになる。
首輪の換金によって手に入る武装ですら、強力なものを出し渋られているのが現状だ。
現状、大規模な兵器など入手できるはずがない。

発電施設の暴走による事故――
兵器が原因というよりは可能性が高いだろう。
しかし、いくらなんでも、勝手に暴走して勝手に爆発するような欠陥品を会場に設置するとは考えにくい。
この説が正しければ、暴走の原因を作った何者かがいる確率が高い。

参加者の戦闘能力による破壊――
これが最も考えたくないパターンだ。
理由は言葉にするまでもない。
かつてのルルーシュなら一笑に付していただろうが、
政庁での戦いを経た今となっては、もはや否定できるものではなくなっていた。

そこまで思考を巡らせ、そして全てを破棄する。
こんなところで原因を考えても無駄だ。
真に着目すべきは、どんな事柄が原因であったとしても、その発端となる人間が存在するということである。
懸念事項は、その人物に悪意があるか否かのただ一点。
その他は全て副次的な出来事に過ぎない。
数秒程度の思考の後、ルルーシュは北へ舵を取った。
揚陸艇の船体が僅かに傾き、岬を右手に緩やかな弧を描いていく。

「……予定通り、船着場に接岸する」
「大丈夫なんですか?」

憂は不安そうに呟きながら、左側の窓に視線を向けて、船窓を流れていく発電所跡を目で追っている。
政庁で人外の戦いを目の当たりにしたばかりなのだ。
必要以上に警戒を強めてしまうのも無理はない。
ルルーシュは憂の不安を解してやるように、理屈を噛み砕いて説明し始めた。

「問題ない。これだけの被害が出たのだから、かなり大きな音が響いたはずだ。
 だがそんな音は聞こえていないだろう? つまり、ここの崩壊は俺達が近付くより前の出来事である可能性が高い」

上陸することが最も危険なのは、G-2エリアを破壊した人物に悪意があり、なおかつ近辺に残留している場合である。
悪意がなければ当然無害で、悪意があっても近くにいなければ直接的な障害にはならない。

「懸念があるとすれば、船着場に被害が出ているかどうかだな。
 港まで壊滅状態なら目的地を変更する必要がある」

ルルーシュは努めて冷静に現状を伝えていく。
自賛するわけではないが、この集団の中心は他ならぬルルーシュだ。
トップの動揺はグループ全体に波及する。
内心がどうあれ、彼女達の前では平静を保たなければならない。

「港が見えてきたな」

船着場に近付くにつれて、港の風景が少しずつ明瞭になっていく。
工業地帯に建ち並ぶ建造物の輪郭線。
海面と港の境界線。
そして、この揚陸艇よりも更に巨大な、一隻の船影。

「大きい……」

憂は窓際に張り付いたまま、停泊した豪華客船を見上げている。
確かに巨大な船だ。
船着場とはいえ、まさかこれほどの船舶が停泊しているとは。
ルルーシュは速度を落としながら、接岸できる場所を探して視線をめぐらせた。


彼はまだ気がつかない。
ほんの僅かな時間のずれが、大きな遭遇を逃したことに。



   ◇  ◇  ◇



辺りを見渡しながら、澪はベッドの下からデイパックを引っぱり出した。
デュオは自分のバッグを持っていたし、自分達がこの部屋に来るのは初めてだ。
つまりこれは、両儀式のもので間違いない。
ベッドに座り直し、デイパックを膝の上に置く。

心の中で、ごめんなさいと呟く。

両儀式という少女は、とても強かった。
自分とあまり変わらない年頃なのに。
自分とは比べ物にならないくらい強かった。
そんな彼女と一緒にいるのは、きっと心強いことなんだろう。
澪はデイパックの開閉部に手を伸ばした。
指先の震えが止まらない。

もう一度、ごめんなさいと呟く。

彼女と一緒にいるのは心強い。
けれど、いつまでもそうしていられるとは限らない。
もしかしたら、みんなを助ける方法を、彼女と取り合うことになるかもしれないのだ。
だから今、彼女の荷物を漁ろうとしている。
彼女は持ち物を分割するときにも、手持ちの道具を殆ど明かしていなかった。
知らないということは、それだけで大きなディスアドバンテージだ。
『敵を知り、己を知れば』と昔の偉い人も言っていた。
調べられるうちに調べたほうがいいに決まっている。
背負った軽機関銃の重みが、ずしりと背骨に圧し掛かる。

――おもい。

開閉部に触れたところで、澪は手を止めた。
どうして肩の荷物を降ろさないのか。
さっきデュオに指摘されたときは重くないと否定したが、実際は違う。
まるで軋む音が聞こえてくるようだ。
それなのに、どうしてこんなものを背負っているのだろう。
澪は言葉もなく自問する。

「ああ―――そうだ。おもい―――だから―――」

おもい。
言葉にすればただそれだけなのに、こんなにも確かな実感がある。
無力な私。
何もできない私。
背中に掛かる重圧は、そんな自分を否定してくれる。
何かを成し遂げるための力になってくれる。
この肩に背負ったモノがある限り、自分は前に進むことができる。

「戻ってみれば家捜しか。趣味が悪いんだな、おまえ」
「うわぁ!」

廊下の方からした声に、澪は跳ね上がるほどに驚いた。
今どき珍しい和装の少女――両儀式。
ちょうど頭に思い浮かべていた本人が、室内と廊下の境界から澪を見下ろしていた。

「これは、その、そうじゃなくて……」
「別にいいよ。使えそうなモノは全部持ち歩いてるから」

両儀式は部屋に備え付けのデスクから椅子を引っ張り出して、腰を下ろした。
勝手に入ったことどころか、荷物の中身を見ようとしていたことにすら、興味を示す様子がない。
その代わり、手で招くような仕草をしながら不機嫌そうな声を発した。

「―――水」
「……え?」

混乱した頭で言葉の意味を吟味する。
水。水分。ウォーター。
はっと膝の上に視線を落とす。
澪は慌ててデイパックからペットボトルを取り出し、腕を伸ばして式に手渡した。
日本刀を携えた和服姿で、現代的なペットボトルに口を付けるというのは、なかなか不思議な感じがした。

「――――――」

失礼だと分かってはいたが、澪は式の仕草を目で追ってしまっていた。
前にも同じような事を思ったが、見れば見るほど出来過ぎた外見だ。
どこがどう凄いのか表現しようと思っても、適切な語彙がすぐに出てこない。

「あの―――」

何か喋らなければならない気がして、澪は口を開いた。
けれど二の句が出てこない。
どんなことを話せばいい?
身体の具合?
今後の目的?
荷物の中身?
―――どれも怪しまれてしまう予感がした。

両儀式から秋山澪への第一印象は最悪のはずだ。
面と向かって不信を露わにしたのだから。

それと同時に、秋山澪から両儀式への第一印象も良いものではない。
あんな背筋が凍るような笑みを見せ付けられたのだから。

「憂ちゃんとデュオくんが両儀さんを探しに行って……つっ!」

うっかり『両儀さん』と呼んだ瞬間、鋭い視線が澪の小さな心臓を貫いた。
覚悟を決めているとはいえ、至近距離かつ不意打ちでされては心の準備が間に合わない。

「式でいい」
「じゃあ、式さ……式……は二人に会わなかったのか?」

澪は式を呼び捨てで呼ぶのと一緒に、敬語を使うことも止めてみた。
呼び捨てをするなら敬語は合わないし、そもそも式はこういう言い方を好みそうだと思ったのだ。
それが当たっていたのかは分からないが、式は普通の――少なくとも視線で殺すほどではない――態度で澪に答えた。

「いや、誰にも会わなかったな。入れ違いになったんだろ」
「そっか……」

政庁での戦いまでに、澪と式が面と向かって交わした会話は、ほんの二、三言だ。
それ以降は式が倒れていたために、会話をするタイミングすら殆どなかった。
―――もう一歩、踏み込まなければ。

「式……政庁で約束したこと、覚えてる?」
「ああ。おまえ達を殺そうとする奴を殺す―――だろ?」

そう、これが澪と式の唯一の繋がり。
自分達のグループとデュオ達のグループは一応の協力関係にある。
しかしその交渉の殆どは、グループの中核を成す少年達の間だけで交わされているのだ。
式とデュオにとって、澪と憂はルルーシュの仲間という地位を越えてはいないだろう。
桃子に至っては存在自体が秘匿されている。
一方、澪達の側からすれば、式は掴みどころのない存在として漂っていた。
ルルーシュから式への干渉は大部分がデュオを通じて行われ、澪も少し言葉を交わした程度だ。
初対面の雰囲気や実際の戦いぶりから、彼女が只者ではないということは理解できる。
しかし、それが限界だ。
式という少女の内面は完全なブラックボックス。
いわば彼女は存在自体が最大の不確定要素なのである。

「でもさ、あのとき受け取った刀は折れたんだぜ。モノが無くなっても約束は続くのか?」

まるで男のような口調で式は言う。
最初は中性的な口調だと思っていたが、まるで違う。
式の話し方はわざとらしいくらいに男性的だ。
声質そのものは綺麗だから、そのギャップが一層際立っている。

「それは……」

澪は言葉を濁した。
あのルルーシュですら、式との直接的な交渉は成し得ていない。
『体の方は、もう大丈夫なんですか?』
こんな体調を気遣う言葉すらも、デュオを通じての受け答えになっていたほどだ。
だけど、澪は式と約束を交わした。
同じ船に乗り合わせた不確定要素としてではなく、一個人として意志を向け合ったのだ。
その繋がりをむざむざと手放したくはなかった。
何もかもを利用して、目的を果たすと誓ったのだから。

「それは……守ってくれるなら、式を信頼して刀を渡すっていう約束だ」
「つまりまだ有効だと思ってるってことだな。
 いいよ、別に。おまえがどう考えてるのか確かめたかっただけだからさ」

淡々と、式は言う。
まるで澪の反応が予想通りだったとでもいうように。

「おまえは殺人鬼にはなれないし、殺戮もできそうにないからな」

その何気ない一言が、澪の頭の奥に沈みこんでいく。

「違う……私は人殺しだ……。自分のために、人を殺したんだ……」

鮮明に思い出せる。
スティックの丸い先端が、人間の皮膚を突き破る感触。
肉を引き裂き、血管を破っていく抵抗。
壊れた蛇口みたいに噴き出す血潮。
鉄臭くて、生暖かくて、甘ったるい赤色。

「秋山。殺人と殺戮は違うよ」

それなのに、両儀式という少女は当たり前のように言い放った。

「おまえは人を殺した。それは本当なんだろうな。けれどおまえがやったのは殺人だ。
 殺戮じゃあないし、ましてや殺人鬼になんかならない」

澪は俯いたまま首を横に振る。
彼女には、式の語ることが理解できなかった。
―――殺人と殺戮の違いなんて表現を難しくしただけじゃないのか。
―――殺人者が殺人鬼じゃないなんて、意味が分からない。
けれど、式の言葉は確かに澪の心をざわめかせていた。
手段を選ばないと決意した矢先に、お前には出来ないことがあると突きつけられた気がしたから。

「……違う!」

口火を切った感情は留まることなく吐き出される。
話したら不利になるかも、なんていう打算はどこかに消えていた。
気付いたら、目の前の女に何もかもぶちまけてやらなければ気が済まなくなってしまっていた。

「私は……軽音部のみんなのために何でもするって決めたんだ!
 もしそれしか手段がないなら、殺人鬼にだって……」

そこまで言った瞬間、澪の視界がぐるんと回った。
背中の下に挟まった軽機関銃の硬さと、視界に突き刺さる電灯の光を感じとって、ベッドに押し倒されたのだと理解する。

「軽音部のみんな、か」

式は澪の両肩を掴み、覆い被さるように顔を覗き込んでいた。
その目が怖くて、哀しそうで、澪は何も言えなかった。

「殺人鬼が誰かを殺すのに理由はないんだ。
 ただ殺したいから殺戮するだけで、痛みも意味も、何一つ背負わない」

澪を押さえているのは式の両手だけだ。
渾身の力を込めれば振り払えるかもしれない。
しかし、澪はそうしなかった。
まっすぐに見下ろす式の眼差しを、まっすぐに受け止めることしかできなかった。

「けれどおまえには理由がある。罪の意識だってあるんだろ?
 そうでないなら、そんなに『おもい』で潰されそうになるわけないもんな。
 だから、秋山。おまえは殺人鬼にはなれないんだ」

一方的に言い切って、式は澪の上から離れた。
何事もなかったかのように椅子へ戻り、気だるそうな態度を再開する。
澪は押し倒された格好のまま、ぼうっと天井を見上げていた。

――そうだ。
肩に背負った『おもい』があるから、こうして立っていられる。
絶望的な状況でも、前に進もうとすることができる。
この荷物を降ろしてしまったら、自分はきっと風船のように流されてしまうだろう。
殺し合いという荒波に飲み込まれて、あっという間に海の藻屑になってしまう。
誰に何と言われようと、この『おもい』だけは手放せない。

もしかして、慰めてくれたのかな。
一瞬だけそんなことを考えて、すぐに否定する。
きっと、式は軽々しく殺人鬼を名乗られるのが嫌なんだ。
政庁で式が見せた貌は決して忘れられない。

私なんかと一緒にされるのが嫌なんだ―――澪はそう思うことにした。

「……式」

仰向けのまま、デスクの椅子に座る式に呼びかけた。
もちろん顔なんか見えない。
返事もないから、相手がどんな風に聞いているかも分からない。
それでも澪は言葉を紡ぎ続ける。

「もしもの話だけど、ここに大切な人がいて、誰かに殺されていたとしたら、式ならどうする?」

自白にも近い仮定の話だ。
先ほど感情を吐露したことといい、自分の目的を語っているも同然だ。
でも、きっと大丈夫だと思えた。
式はこれまでと同じように、何も語りはしないだろう。
澪から聞いた本心を他人に喋るなんて、想像もできない。

「死者が生き返るなんて特別なコト、あいつは望まないだろうな」

感情のない声で式が応える。

「そっか。私は――――」

震えた声で澪が言い返す。


それきり二人の会話は途切れた。
言葉を交わす価値もないと考えたのか。
その答えは、デュオが戻ってくるまでの間、狭い部屋に二人で居続けたことが物語っているのだろう。


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232:想い の 翼(後編) デュオ・マックスウェル 240:Murder Speculation Part2(後編)
232:想い の 翼(後編) 両儀式 240:Murder Speculation Part2(後編)
232:想い の 翼(後編) 平沢憂 240:Murder Speculation Part2(後編)
232:想い の 翼(後編) ルルーシュ・ランペルージ 240:Murder Speculation Part2(後編)
232:想い の 翼(後編) 東横桃子 240:Murder Speculation Part2(後編)
232:想い の 翼(後編) 秋山澪 240:Murder Speculation Part2(後編)


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最終更新:2010年04月23日 00:15