疾走スル狂喜 【貮】 ◆hqt46RawAo
□ 『
福路美穂子の真相真理:一人目 大切な後輩』 □
私の意識は過去へと飛んでいる。
思い起こされるのはひたすらに自責の念のみだった。
まず最初に思い起こされたのは、懐かしい帰り道の光景。
いつもそこにはあの子が居た。私の傍に居てくれた。
とてもとても可愛らしかった、一人の後輩の姿。
「私のこと下の名前で呼んで……それから毎日一緒に帰ってください!」
そんなことがあった。
あの日から、いつも私に笑顔を運んでくれた。
暖かな毎日があった。
あの子や、私を慕ってくれた後輩達。
彼女達と共に、たくさんの思い出を作って。彼女達と共に、勝ちたいと願った。
いつかは絶対に終わりが来る学生生活、限られた日々。それでも、大切にしたくて。
だからこそ、尊くて。
ここに連れてこられて、それが壊されそうになった時。
本気で、守りたいと思った。
私の命を賭けるに値する、人生の宝物だって信じていたから。
でも守れなくて、壊されて、私が壊したかもしれなくて。
だから苦しくて苦しくて。
心が壊れてしまうぐらい、罪の意識を感じていた。
――ずっと。
そう、最初から気づいていた。
もしかしたら、そうなんじゃないかって。
神父に言われるまでも無く。最初から。
あの子が――華菜が私の為に、誰かを傷つけようとするんじゃないかって。
絶対に有り得て欲しく無い、考えたくもない自惚れだった。だからずっと考えないようにしていた。
でも私は、あの子の事をとてもよく知っていたから。
心のどこかで、とても早い段階でその可能性には思い当たっていたと思う。
だからこそ、私は早く、一秒でも早くあの子を見つけないといけなかったはずだ。
そうしないと手遅れになるって知っていたのに。
なのに私は守られていた。
のうのうと、私が強い人に守られている間に、あの子はこの島のどことも知れない場所で、たった一人で死んでいった。
私を守ろうとして。最後まで私の事を思ってくれていたのだ。
それを考えると耐え切れなかった。
私が、私が守らなきゃいけなかったのに。
私にしか、あの子を止めることは出来なかったのに。
なんて、なんて馬鹿で無能でどうしようもない先輩なのだろう私は。
全部気づいていて、それでも華菜を死なせてしまった。
こんな私の為に、私なんかの為に、あの子は自ら命を捨ててしまった。
守れなかったんじゃなくて、見殺しにしたのだ。
私が華菜を殺した。
例え結果論でも、事実だから。
全部、私のせい。私さえ居なければ。
あの子は死なずに済んだかも知れないのに――
ああそれでも、みっともなく今でも思う。
……華菜。
私はいったいどうすれば、あの子を救うことが出来たのだろうか、と。
■ 『第三の戦局: start up 』 ■
橋上の戦闘に割り込んだ少女は、一直線に
ライダーへと突貫する。
士郎と
ファサリナなど当然、眼中に無い。
疾走と共に。
少女の左腕に燃え盛る漆黒の渦が、空間へと墨汁をぶちまけるように軌跡を残す。
闇夜よりなお暗い、黒き一文字を描きながら、少女は駆けた。
目指す対象はただ一つ、目前の仇敵のみである。
ライダーは知っていた。
こちらに向かって駆けてくる少女の顔も、
少女の名前も、少女の膨れ上がった左腕も、少女の右手に掴まれた六爪も。
「これは……随分と変わり果てたものですね」
だがライダーは知らなかった。
少女が纏う漆黒と。
あの時はブラウンだったはずの、赤黒い少女の左目。
血に染まったようなそれが殺意を叩き付けてくる。
あの時は開いていなかった、鮮やかなブルーの右目。
その眼に意志は宿っていないが、確かに何かを訴えていた。
『――――て』、と。
全ての事象が示していた。
この少女は間違いなくあのとき殺さずに泳がせた少女だが、完全にあの時とはかけ離れた存在と化している。
そんな認識をライダーが抱いている数瞬の間に、少女は距離を詰め切って。
後方へと引き絞っていた唯一にして絶対の攻勢兵器を炸裂させた。
撃ち込まれる、左腕のカタパルト。
ライダーは迷う事無く『回避』を選択する。
受止める筈も無い、当然だ。少女の左腕がどういうモノかは一目で判断出来ていた。
『アレを当てられれば殺される、絶対に触れてはならない』
特に己に対しては、あの左腕は必殺だと。
感じ取ったが故に。
紙一重で拳をかわしきり、ライダーは少女の隣をすり抜ける。
空を切った左腕はそのまま地面に振り下ろされ。
触れた地盤、木材を根こそぎ消滅させた。
それを振り返ることも無く、ライダーは躊躇わずに結界を解除して、前方へと鎖を延ばし、その上に飛び乗って離脱する。
これもまた一瞬の判断。
ライダーが有利な場を設けるために形成した結界は、この少女との戦いにおいては自らの首を絞めることになるだろう。
限られた空間、橋の上で戦うのは良い手ではない。
勝負に拘る事無く、勝つことのみを第一に考える。
そんなライダーの計算がはじき出した最適な行動が『この場の離脱』であった。
だが、追う者は勝負に拘っている。
ヒイロとファサリナをやはり無視して、少女は再び駆けた。
政庁があった方面、ビル街へと走り去るライダーに向かって逃がすまい、と。
……。
………。
…………。
サーヴァントと悪魔が戦場を離れた後、
数十秒も置かずにヒイロとゼクスは橋にたどり着いた。
「どうやら、最悪の事態は免れたようだな」
ヒイロは士郎とファサリナの無事を確認し、軽い安堵を憶えていた。
無論表情には出さないが。
先程まで陥っていた状況を考えれば、運がいいにも程が在る。
打倒できないと確信していた脅威が纏めて去ってくれたのだから。
「ヒイロも……無事で良かった」
ファサリナもまた、ヒイロの健在を喜んでいたのだが、他の二人はまるで浮かない表情である。
士郎はじっと自らの手のひらを眺めており。
ゼクスは――。
「待て、グラハム達はどこに居る?それにユフィは!?ユフィはどうした!?」
居るはずの者がここに居ないという事実に、狼狽すら見せかけていた。
「おちつけ、実は――」
ヒイロが事を簡潔に説明する。
「彼女は死ぬような怪我を負ってはいなかったが、間違いなく傷の処置もしない無いまま動いているだろう。
このままでは危険だろうな」
「なんという……ことだ。放って置く訳にはいかない。
私は今すぐにユフィを追う。悪いが君達は先にグラハムと合流していてくれ」
言うや否や、ゼクスはユフィが向かったという、南の方向に行こうとする。
「まてゼクス。お前は、その怪我で単独行動するつもりか?
それにあのユフィと言う女は――」
「分っている」
ゼクスを止めようとしたヒイロの言葉は、この一言で止められた。
「分った上で、だ」
「――そうか」
これほどの意志を見せられてはヒイロも頷くしかない。
そこまでの物をゼクスがあのユフィという人物に見出しているのか、という感慨はあったがそれ以上に。
士郎が先程からずっと黙ったままである事が不気味だった。
「悪い」
その嫌な予感は外れる事無く。
「俺もちょっと野暮用ができちまった。悪いけど先に行っといてくれ。」
これには全員が驚く。
無鉄砲な少年だと感じていたが、
まさかこの状況で去った敵を追うなどとは言い出すまいと思っていた。
「ライダーを倒さないと」
そのまさかであった。
「お前、状況が分っているのか?」
ヒイロは正直言って、正気か?と尋ねたかった。
だが士郎はそれに対して言い切ってみせる。
「分っているし、正気じゃないよ、俺は」
そう、自分が人として壊れていることは知っている。
つい数時間ほど前、一人の少女に指摘されたばかりだ。
「でも、それでいいんだ」
だがそれでも、士郎はこう在ることを止めようとはしない。
自分は壊れているけれど、これでいいんだと。
あの少女にも言っていた。
「それにあの子、泣いていた」
士郎はもう一度、己の掌を見つめる。
そこに、一滴の透明な滴があった。
先程、士郎の真上を漆黒の少女が通り抜けた瞬間、僅かに士郎の顔へと降りかかった、液体。
呪いの汚泥ではない、透明に澄んだ、一滴の涙。
「泣き叫んで、助けを求めていた、なんて勘違いかも知れないけど。
それでも女の子を泣かせるなって、教えられてるから――」
それだけを告げて、士郎は走り出す。
ゼクスの制止の声も聞かずに、ビル街へと消えていく。
「……どうする?」
「彼もまた、放っておく訳にも行くまい。
私はユフィを追う。君達は彼を連れ戻してくれ」
「……了解した」
かくして、再び事態は動き出した。
この時、この瞬間に選んだ選択が、後の彼らに何を及ぼすのか。
その答えは果たして――。
【D-5 西端/一日目/夜中】
【
ゼクス・マーキス@新機動戦記ガンダムW】
[状態]:疲労(極大)身体中に火傷(ダメージ中)左腕負傷(ダメージ大、肉の隙間から骨が露出)
[服装]:軍服
[装備]:H&K MARK23 ソーコムピストル(自動拳銃/弾数5/12発/)@現実、
[道具]:基本支給品一式 、ペリカの札束 、3499万ペリカ、おもちゃの双眼鏡@現地調達
真田幸村の槍×2、H&K MP5K(SMG/40/40発/)@現実 その他デパートで得た使えそうな物@現地調達、ピザ×10@現実
Draganflyer X6(残バッテリー約10分)@現実、Draganflyer X6の予備バッテリー×4@現実、
利根川幸雄の首輪
[思考]
基本:ユーフェミアを対主催のリーダーとする。
1:ユフィを追う。
2:ユーフェミアの洗脳を解く方法を探す。 日本人以外との接触が望ましいが……
3:【宇宙開発局 タワー】に向かうかを検討中。
4:ユーフェミアと『
枢木スザク』と会わせる。スザクならユーフェミアの洗脳を解けられる?
5:
衛宮士郎が解析した首輪の情報を技術者、またはガンダム・パイロットへ伝える。
6:新たな協力者を探す。どんな相手でも(襲ってこないのなら)あえてこちらの情報開示を行う。
7:集団の上に立つのに相応しい人物を探す。
8:【敵のアジト】へ向かった2人組が気になる。
9:『ギアス』とは……?
[備考]
※学園都市、および能力者について情報を得ました。
※MSが支給されている可能性を考えています。
※主催者が飛行船を飛ばしていることを知りました。
※知り合いに関する情報を政宗、神原、
プリシラと交換済み。
※悪人が集まる可能性も承知の上で情報開示を続けるようです。
※サーシェスには特に深い関心をしめしていません(リリーナの死で平静を保とうと集中していたため)。
※ライダーと黒服の少女(藤乃)をゲーム乗った特殊な能力者で、なおかつ手を組んでいると推測しています。
※ギャンブル船で会議が開かれ、参加者を探索していることを知りました。
※グラハムから以下の考察を聞きました。
・帝愛の裏には、黒幕として魔法の売り手がいる。そして、黒幕には何か殺し合いを開きたい理由があった。
※衛宮士郎の【解析魔術】により、首輪の詳細情報(魔術的見地)を入手しました。
上記単体の情報では首輪の解除は不可能です。
※ユーフェミアと情報交換をしましたが、船組のことは伝えていません。
※ユーフェミアは魔術・超能力その他の手段で思考を歪められてる可能性に思い当たりました。
※
海原光貴(
加治木ゆみ)、
荒耶宗蓮(蒼崎橙子)の容姿は確認できていません。
※アーニャの最期の言葉を聴き、『ギアス』の単語を知りました。
※Draganflyer X6のリモコンは回収済み。
※ラブ・デラックスはD-5橋東側で大破、炎上しました。
□ 『福路美穂子の真相真理:二人目 気になっていた人』 □
その言葉を憶えている。
「目が綺麗」
昔、そんなことを言ってくれた人がいた。
あの人は私の事なんか覚えていなかったみたいだけれど。
私はずっと忘れられなかった。
その言葉は私の心の奥底に、今でもずっと残り続けていて。
思えば、その人の死は私にとって一番予想外だった。
あの人が死んだときにこそ、私は絶望を知ったのだから。
考えるに、私はあの人の事を本当に信頼していたのだろう。
おかしなことだと思う。
話した事なんて数度しかないのに。
それでも私は、あの人の事をよく理解できてしまっていて。
あの人の悪い待ちを作るうち方も、殺し合いにおいても、そんなふうに立ち回るんじゃないかって事も。
それで無茶をするんじゃないかって。
なんだ、結局あの人も危なっかしいって、私は分っていたんじゃない。
本当に、役に立たない自分に嫌になる。
自嘲して、省みて。
少し、想う。
今の私の目を見ても、あの人は褒めてくれるのだろうか、なんて。
■ 『第三の戦局:The People With No Name 』 ■
立ち並ぶビル郡を紫の閃光が駆け抜ける。
人の脚力云々を引き合いに出すのもおこがましいその速度。
正に、全クラス中最速のサーヴァントだ。
ならば、それに追いすがる漆黒の少女も当然の如く人の理を外れている。
否、早々に言い換えておこう。
駆ける漆黒は『少女』の意志ではない。
そこにいるのは悪魔――レイニーデヴィルだ。
悪魔には眼前の敵に対する恨みも、こだわりも、ありはしない。
ソレは己が契約に従って仕事をしているに過ぎない。
『悲しみや苦しみをもたらす存在』
福路美穂子がライダーのみをその対象だと考えていた故に、悪魔はライダーのみを追う。
地を走るしかない悪魔に対して、ライダーは鎖を利用して空を駆ける事が出来る。
にも拘らず、その距離はいっこうに開かない。
それはつまり、ライダーが『逃げているわけではない』事を意味している。
ライダーが本気で逃げを選べば、悪魔が追いつく要素など皆無。
にも関わらず、ライダーは距離を離さない。
ここから導き出される結論は一つ。
ライダーは戦る気だった。
それを証明するように、人外の脚力のみで競われるチェイスは、ビル郡の中心まで来た所で終わりを告げる。
それまで宙に逃げ続けていたライダーが突如反転、前方に張った鎖を蹴り込んで、ためをつくり。
頂点に達した瞬間一気に蹴り飛ばして己が身を射出。
パチンコ球を思わせる挙動で悪魔に向けて突っ込んでいく。
紫色の閃光が、振るわれる拳の正面へと躍り出る。
だがその勢いは完全に悪魔の思慮の外。
ライダーは到底反応が追いついていない漆黒の拳を当然のように回避して、悪魔の腹部に向けて渾身の膝蹴りを叩き込んだ。
「――――!?」
ぱあん、と。
装甲が吹き飛ぶ音が夜に響く。
インパクトの瞬間から、ライダーの膝が打ち込まれた腹部を中心にして、円形を描いてドレスが弾ける。
ドレスを失った部分に少女の素肌が露出する。
そこへ衝撃が届く前に、内臓を破壊される前に、悪魔は後方に飛び退いた。
体内に叩き込まれるはずだったエネルギーを、自身が後方に動く力に変えて凌ぎきる。
そのまま後方のビルへと叩き込まれた悪魔の全身。
コンクリートの壁を突き破り、ビル内部の柱に衝突して停止した。
損害を確認。
ダメージは最小限に抑えられた。
しかし、二度目は在るまい、装甲の強化は急務である。
左腕に集中させた魔力を多少削ることも辞さない方針が推奨される。
悪魔はより頑強に編まれたロングドレスを再構築し、立ち上がる。
戦闘続行になんら問題は無し。
ただ眼前の敵を打ち倒すことに全身を振るうのみだ。
再び、悪魔が駆ける。
ビルの壁を左腕一本で滅し、屋外に飛び出す。
目標は索敵から数秒も掛からずに見つける事が出来た。
左側のビルの屋上にライダーが立ち、こちらを見下ろしている。
悪魔はそれを認識した直後、単純に、真っ直ぐに、そこに向かって突っ込んだ。
遠距離からライダーが放ってきた鎖など払うまでも無い、左腕を前方にかざすだけで事足りた。
瘴気に包まれた左腕より放たれる汚泥の弾幕。
たったそれだけで鎖は悪魔に触れることも出来ずに撃ち落とされ朽ちていく。
目標のビル前まで辿り着いた悪魔は当然、そのまま内部に侵入する手間をかけるはずも無く。
壁に足をかけて、六階建てのビルを駆け上がる。
垂直の壁を苦も無く踏破し、屋上に到達。
目前に迫った、ただ一人打ち倒すべき敵に向けて拳を振りかぶる。
ノータイムで薙ぎ払う左フック。
「やはり、鎖は効きませんか。ではこちらはどうですか?」
バックステップで一撃をかわしたライダーは、お返しとばかりにカリバーンを振りかぶる。
だが悪魔も今度こそ不覚をとりはしなかった。
右手に握っていた六爪をカリバーンへとぶつけ、更に左ストレートを繰り出していく。
ライダーは首の動きだけでそれを回避、膝蹴りを撃ち込まんとするが――。
ぐるん、と。
悪魔の体が縦に一回転する。
何度も言うが今の少女を支配しているのは悪魔の意志。
喧嘩もろくに経験してこなかった少女の技量ではない。
フェイント、身のこなし、戦闘上の小技を心得ている。
直下から上昇してきたライダーの膝に飛び乗って、踏み台にして、宙返りして。
ライダーの膝の威力を利用し、更に遠心力を上乗せしたカウンターを真上から蹴り下ろす。
「――っ!」
想定外の動きにライダーは両腕で頭部をガードする。
蹴りの威力はライダーのダメージに繋がる事無く、全て両腕が殺しきる。
がしかし、地盤の方が衝撃に耐えられなかった。
ビル屋上の床が砕け散り、ライダーは足元からビル内部に押し込まれる。
――その直後。
悪魔が振り上げる、漆黒の左腕。炸裂する瘴気。
それは『死』そのものと言ってよい、剣呑極まる代物だった。
溶解の効力を持つ、アンリ・マユの泥。
それを、第二の願いを叶えた際にレイニーデヴィルは己が左腕に取り込んだ。
今、レイニーデヴィルとアンリマユは半一体化した状態といえる。
つまり福路美穂子の体内で、最も瘴気の密度が濃いのは正にこの左腕だ。
それだけでなく、今は全瘴気を左腕に集中させている状態にある。
威力は触手状に飛ばしていた泥などとは比べ物にならない。
何者も触れる事など叶わない、圧倒的な瘴気密度。
もはや『溶解』などと表現するのは生ぬるい、これはもう『消滅』の域である。
悪魔の切り札にして、正に一撃必殺の反則技。
それが今、直下のライダーに向けて振り下ろされた。
杭が撃ち込まれたかのように、漆黒がビルを一直線に貫く。
ビルを串刺しにするように、人一人分の大きさの孔が穿たれ文字通りに貫通。
屋上から一階まで一切止まる事など無く、スピードを落とす事無く垂直に、軌道上の概念全てを破滅させた。
支柱を消し飛ばされて、倒壊するビル一棟。
それの光景を。
とっくの昔にビルの内部から離脱していたライダーは、隣のビルの屋上から眺めていた。
地響きを上げて崩れ去った建造物。
その成れの果て、瓦礫の中心に立つのは漆黒を携えた悪魔ただ一人。
周囲一体を覆う埃すら左腕によってかき消して、じっとライダーを見上げていた。
「ふむ、確かにあの左腕は危険ですね」
当てられていれば死んでいた、確実に。
ライダーがあの泥に対して弱いと言う事実を差し引いても、漆黒の左腕は反則極まる。
先程から潜り抜けてきた悪魔の拳、その一発一発が死を背負ってた。
たった一撃でもまともに食らえばそれでお終い。
あの腕に触れてしまえば、例え英霊の肉体だろうと瞬時に囚われ解体され消滅させられる。
接近するたびに、全ての攻防に命が掛かっているのだ。
「人外を滅する為の、人外の左腕。なるほど、相性は最悪だ」
にも拘らず。
言いながら、ライダーは余裕の笑みを浮かべていた。
死の奔流を相手取って尚、焦りなど微塵も感じていない。
「とはいえ、当たらなければどうと言う事は無い。
駅で戦った者に比べれば身体性能そのものも大した事は無いですし。
いいでしょう。相手になってあげましょう。ただし抵抗は控えめにお願いしますね。
――私は今、忙しいのですから」
ライダーは言い切った。
お前との戦いなど瑣末な通過点に過ぎない、と。
己の中でなんら重大ではない、作業に等しいと言ったのだ。
それに対して激するかのように、悪魔は再び突貫してくる。
対してやはり余裕をもって見下ろしながら、ライダーは夜に鎖を張り巡らせる。
三度接近する両者。
悪魔は闇夜に漆黒を炸裂させ。
ライダーは己が身を閃光に変えて摩天楼の空を舞う。
そもそも何故ライダーはこのビル郡まで移動してきたのか。
知れたことだ、ここでなら『確実に勝てる』と考えたからである。
これはつまり勝利を磐石にするための一手に過ぎない。
もう既に悪魔はライダーの術中だ。
ならばそもそも、何故ライダーは悪魔と戦うことを選択したのか。
これも知れたことだ、この敵ならば『勝てる』と考えていたからである。
悪魔を見たとき、ライダーは確信していた。
この敵には勝てる。そしてここで倒さねばならない、と。
反則の左腕が、ライダーにとって唯一脅威に成りえる展開は不意打ちしかないと確信を得たから。
つまり、この決闘の上において、
ライダーが負ける要素など、最初から存在しないのだ。
夜のビル街にて。
駆ける紫の閃光を追う漆黒の少女。
そこから遥か後方で、俺はその少女を追っていた。
「……はぁッ……はぁッ……」
一向に追いつけない。
どれだけ走っても距離は縮まらず、俺の息が上がっていく一方だ。
少女の走りはライダーに比べれば遥かに遅かったが、それでも俺に比べれば速過ぎる。
彼我の差はどんどん開いていき、今遂に。
「くっ……そっ……」
見失ってしまった。
ライダーと少女が高層ビルの影に入ってしまい、視界から完全に消え去ってしまう。
俺は道路の真ん中で立ち止まって、途方にくれる。
「……って馬鹿、なにやってんだ。早く追わないと……!」
そうだ、立ち止まっている暇は無い。
早く追いつかないと手遅れになる。
一刻も早く駆けつけて、ライダーを倒して、名も知れぬあの少女を助けないと。
遠くに響く地鳴りの音を頼りに、体力を振り絞って道路を駆ける。
――誰かを助ける正義の味方。
それが、それだけが俺が存在する意義だった筈。
だから走れ。足を動かせ、例え追いつけなくても追いついて見せろ。
けれど現実問題として、俺が追いつける要素なんてどこにもなくて。
だから、この地鳴りが近くなってきてるって言う現象は。
「……?……むこうから、近づいてきている!?」
理解した瞬間。
俺がいた道路の左側にあった高層ビルの壁が爆散した。
吹き飛ぶ窓ガラスとコンクリートの瓦礫と共に、ビルの壁を突き破って現れたのはしなやかな足。
次いでライダーの全身が、ビルをぶち破って飛び出してきた。
そのままライダーは反対側の、俺から見て右側のデパートの壁に飛びついて、蜘蛛のように停滞する。
「■■■■■■■■―――!!」
それを追うようにして、新たに左のビルから突き出てきたのは漆黒の腕。
ライダーが破ったビルの孔を更に巨大な物に変え、ロングドレスに身を包んだ少女が現れる。
直後に倒壊する左のビル、俺はそこから離れる為に右のデパートへと走ったが、当然そこも戦闘地帯だ。
壁に張り付いていたライダーに向けて少女が飛んだ。
繰り出される攻撃は貫通範囲よりも攻撃面積を意識しているのか、殴るというよりも振り回すといったもの。
引っかくように繰り出された、上段から下段へ車輪の軌道を描く黒い旋風。
コンクリートの壁のみを削り取り、弾け飛ぶ瓦礫すら残さず消滅させる。
そこへ繰り出されるライダーの足刀。
少女はまともに受け、後ろに飛ばされながらも持っていた刀を壁に突き刺して落下を凌ぐ。
だがライダーの攻撃はまだ終わらない。
壁走りで少女に接近し、追撃の横蹴りを三連続で放ちつつ、俺から奪ったカリバーンの斬撃も添えて仕掛けていく。
俺の真上で開始された戦闘。
少女も壁に足を張りつけ、迎撃を開始した、が……圧倒的に……圧倒されていた。
初撃の足刀こそ回避できたものの、蹴りは三発中二発が少女の脇腹を直撃。苦痛に表情を歪める少女の前に斬撃の雨が襲い来る。
少女はそれを手に持った一本の刀で防ごうとするが、力任せな軌道はライダーに比べて大きく正確性が欠けていたのだろう。
防ぎきれなかった攻撃がロングコートを切り裂いて、少女の素肌を僅かに切り裂いていった。
空気中に血の匂いが香り始める。
そしてカリバーンの攻撃が終わると同時に再び繰り出される蹴撃。
いつまでたっても終わらないライダーの連撃。攻められ続けている少女の現状。
それを終わらせる為に、少女は左腕を前へと撃ちだして、だけど軽くかわされて。
直後。
肩口に打ち込まれたサイドキックによって、あっけなく撃墜された。
少女はビルの下、俺の数メートル前方に猛スピードで墜落する。
ライダーの蹴りで弾き飛ばされていた少女の刀が俺の目の前に突き刺さる。
俺は呆気にとられていた。
目の前でくり広がられた人外の戦い。
何度見ても圧倒されるしかない。
割って入れる気がしない。
そして、何よりも。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――!!!!」
今、立ち上がった少女の姿に。
黒いドレスをボロボロにしながら、新たに取り出した刀をつっかえ棒にして体を起こし、
未だに血が流れている体を省みずに戦おうとする少女を見て俺は。
少女の様相に誰かの姿を重ねると共に。
彼女がずっと発していた、不明瞭な叫びを正確に聞き取った。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ――――――!!!!」
俺の目の前で、少女はその両目から涙を零して慟哭のみを訴える。
辛くて、苦しくて、消えてしまいたいと。
悲痛に、泣き叫んでいて。
「たす……けて……」
そう言っていたから。
だから――
「必ず……助ける」
それを決めた。
果たしてこの声が届いたのかは分らない。
けれど少女の蒼い眼がほんの一瞬だけ俺を見つめて。
彼女はもう一度、跳んだ。
勝敗がどうなるかなど明らかなのに。
眼前のビルを駆け上がる。
屋上で待つライダーに向かって。
死地に向かって。
俺はそれを目前に突き刺さっていた刀を引き抜いて、迷わず追った。
ビルの中に入って、エレベーターが動いていないのを確認した後は階段を駆け上がった。
例え、間に合う可能性が著しく低くても、諦めることなんてできない。
命の危険があろうと、無駄なことかもしれなくても。
助けようとしている人間が赤の他人でだとしても。
なぜなら、衛宮士郎は正義の味方だから。
それが俺の在り方だから。
歪みを自覚しようともそれだけは変わらない、これまでの生き方を否定することなんて出来ない。
――絶対に。
階段を駆け上りながら思う。
あいつが居たら、こんなどうしようもない俺をまた止めてくれたのだろうか。
ごめんな……黒子。
俺は約束を破ってしまうかもしれない。
でも確かな変化は有った。
俺は今、以前よりずっと、生きていたいって思ってるよ。
それはきっと、お前がくれたものだから。
だから、ありがとう。
最後まで、俺は俺自身の命も諦めないと誓うから。
今だけは、無茶することを許してくれ。
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最終更新:2011年08月04日 10:41