疾走スル狂喜 【參】 ◆hqt46RawAo
私の意識は過去へと飛んでいる。
思い起こされるのはひたすらに自責の念のみだった。
「それに、力無き者達を護るのも俺達の役目です。福路殿。ですから、安心なさってください」
一点の曇もないその力強い言葉に、あの時の私が、どれだけ救われたか分らない。
あの人が生きていてくれたならきっと、こんなことにはならなかっただろう。
でもあの人を死なせた要因はやっぱり私自身だった。
「――負るんじゃねえぞ」
その人も、私が殺したようなもので。
なのに最後まで恨み言一つ言わずに、私に強さを持てと言っていた。
勝利しろと、信じてくれていた。
とても強い人達だった。
私は色んなモノに負けてしまったけれど。
あの人達は全てを蹴散らして前へと進んでいって。
軽快で心地の良い彼ら。
絶対に負けないと、信じられたのに。
それを失った私。
全ての選択は裏目に出て、残ったものは後悔だけ。
――いーや、もう一つあっただろうがよ。
どこからか声が聞こえたような気がして。
思い起こされる。
ああ、そうだ。あの時。
この右手に握っている刀。
それに恥じない誇りを持ちたいと、私は思ったのではなかったか。
片倉さんが死んだときも、伊達さんが死んだときも。
私は私に負けないようにって、決意した筈なのに。
この思いを絶対に忘れないと。
負けたくない、と。
どれだけ負け続けても。
もう二度と負けたくない。
私は――勝ちたい。
自責に塗れた心の中で、未だにその感情だけは、小さく燃えているのを自覚する。
■ 『第三の戦局:Ego-Eyes Glazing Over 』 ■
決闘の最終局面には、デパートの屋上が選ばれた。
そこは他のビル郡に比べてかなり広大な面積を持つ屋上である。
ライダーから見て、左右からは華麗な夜景が見下ろせるが、ライダーの前後方向からはビルの壁に阻まれて見ることは出来ない。
ようするに、この屋上はデパートより高い高層ビル二棟に挟まれているということ。
ライダーと悪魔は、互いに屋上を挟む高層ビルの壁を背にして対峙する。
数秒の時を置いて。
言葉も無く、両者、己が身を流星と為して跳んだ。
互いに分りきっている決着へと。
ぶつかり合う紫と黒の閃光。
描かれる剣の軌跡はカリバーンの黄金と六爪の白銀。
風を切り裂き、旋風を巻き起こす足刀と左腕。
この最終局面においても、戦況は先程までとまったく同じだった。
ライダーの蹴りと剣がロングドレスを打ち据え、切り裂き、一方的に翻弄する。
悪魔が繰り出す攻撃の全てはかわされ、捌かれ、受け流されて、カウンターを浴び続ける。
必殺の左腕は空を切り続けるのみ。
剣戟を防ぐために不可欠な六爪は切り結ぶたびに弾き飛ばされ、刻一刻とその本数を減らしていった。
思えば、最初から勝負は見えていた。
現状悪魔が持てる攻撃手段、左腕のカタパルト、その他の三肢、アンリマユの泥、六爪。
例えそれら全てをもってしても、ライダーに有効打が与えられないと分っていたからこそ、この漆黒の左腕を構成したのだ。
一撃、当てさえすれば勝てる。そう一撃。
たったの一撃でいいのだ。
それさえ届けばこの仇敵を打倒できるというのに、どうしても当たらない。
当然だ。
『速度』を競うにおいて、両者の差は開きすぎている。
悪魔もまた福路美穂子への身体強化とアンリマユの魔力を使って、ライダーに迫らんとする速度を体現しているが。
ライダーの速度はその更に一段も二段も上をいく。
相性は最悪、その通り。
悪魔にとって、唯一の勝利要素であった一撃必殺。
だがその『一撃』がこの敵には絶対に届かない。
何百発打ち込もうが圧倒的な速度差によって回避され続ける。
この現実が目の前に在る以上、どうあってもライダーに勝つことは不可能だ。
せめてこのフィールドでなければ、また違っていたのかもしれない。
狭く、窮屈な、ライダーの動きを制限するような場所ならば、あるいはこの左腕も届き得たかもしれない。
しかし、このビル街という戦場。
大きく空間を使う事が可能であり、なおかつ適度に巨大な障害物が立ち並ぶこの場所は、ライダーが動き回る上で最適な足場と言えた。
当然のことながら、だからこそライダーはこの場所に悪魔を誘い込んだのではあるが。
もう一つ言えば、悪魔が動かす身体が福路美穂子でなければ違っていたかもしれない。
いくら悪魔が手を貸しているとは言え、元はただの非力な少女の肉体である。
ライダーとはあまりに基礎力が違う、地盤が違う、戦闘技能が違いすぎる。
こと接近戦において、尽く上を行かれるも当然の話。
ようは強化の掛け算なのだ。元になる数字が小さすぎる。
英霊を相手取る上で、福路美穂子ではあまりに役者不足だった。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ――――――!!!!」
絶叫と共に、黒い腕が空中に逃げたライダーを追う。
しかし追っているようで実のところ追い詰められているのはこちらの方だ。
もうボロボロのロングドレスを再構成する力も残ってはいない。
戦場が二棟のビル伝いに空中へと移り変わる中、刻一刻とタイムリミットが迫っていた。
空中にて激突する剣線。弾け飛ぶ六爪、もはや後一本しか残っていない。
そして、またしてもかわされ続ける左腕。それでも執念で繰り出される黒き一閃。
外れ続ける漆黒に対して、直撃し続けるライダーの足刀。
「かわいそうな人ですね」
不意にそんな事をライダーは言った。
悪魔の、いや『福路美穂子の眼』を見つめながら。
涙を零し続ける少女の両眼。
その奥に僅かに宿る、美穂子自身の意志に向かって言ったのだ。
――そんなにボロボロになって、泣きながら必死に戦うザマは。
「とてもかわいそうで、可愛い人だ」
そう評した。
「けれども、そのしぶとさは正直言って煩わしい」
ライダーはここで始めて不快を示す。
戦いが長引いているという事実は彼女にとってもよろしくない。
終始ライダーが有利に立っているのに、未だに決着が付いていない事には理由が在る。
これも左腕の影響である。
いくら絶対に当たらないとは言え、ライダーの勝利が揺るがないとは言え、仮にも一撃必殺だ。
その剣呑さ故にライダーも速攻で勝負を決めることは出来なかった。
加えて、無尽蔵の魔力で構成されるロングドレスの鎧もある。
絶対の勝利は、一瞬の勝利とは決して同義ではない。
「そろそろ沈んではもらえませんか?先程も言いましたが私も暇ではない。
いつまでもこんな泥試合に付き合ってはいられない」
呆れたように少女の意志へと告げながら、ライダーは悪魔を蹴り続ける。
それでも悪魔は止まらない、ライダーへと当たらない攻撃を振るい続ける。
その動作が、少女の意志を示していた。
悪魔に操られているだけでなく、少女自身の意志が紛れも無く死を選んでいないからこそ悪魔は止まらない。
少女が未だに生きることを選び続けているからこそ、少女は倒れない。
戦い続ける。
決して勝てない戦いをいつまでも続けているのだ。
「わかりました。ならばもういい、仕方がありませんね」
その意志を確かに受け取ったが故に。
ライダーは何かを妥協するような表情で、思い切り少女を蹴り飛ばす。
高く高く、ビル街の空に舞い上がる少女の体。
対照的にライダーは屋上に着地する。
そして、彼女から立ち上る圧倒的な気配が告げていた。
――次で終わらせる。
迸る、ライダーの魔力。
アンリ・マユの魔力には遥か及ばないものの、その総量は人間が持ちえるレベルとは比べ物にならない。
この瞬間、初めてライダーは本気の力を見せるのだ。
それを目の前にして、遂に悪魔は決断する。
使うしかない。
ここに至るまで、行使することを渋りに渋ってきた最悪の一手。
それを使う以外に道は無い、と。
悪魔は空中で二棟のビルを蹴り跳ねてさらにさらに上昇していき、ライダーより遥か上空で体制を整え、左腕を天に掲げる。
月を背に、ライダーを見下ろして。
左腕の、既に限界まで密集させていた瘴気の渦に更なる瘴気を送り込む。
聖杯魔力の最大行使。
だがそれはもう完全にレイニーデヴィルのキャパシティを超えていた。
内部と外部に溜め込んだアンリマユの魔力によって左腕が軋みを上げる。
悪魔の左腕が、破壊されていく。
だが頓着しない。
この瞬間を、この一撃だけを待ちに待っていたのだ。
次の衝突において、ライダーは初めて本気の攻撃を仕掛けてくる。
少女の体を一撃で滅する攻撃力を得る代わりに、絶対回避を捨てるのだ。
こちらの拳が届くとすれば、その一撃の瞬間を置いて他に無い。
絶対の死地であり唯一の勝機。
だからこそ、この瞬間にのみ、限界を超えて左腕に持てる全魔力をねじ込む。
速く、もっと速く、この一撃のみにおいてライダーの速度を凌駕せしめろ、と。
その意志だけを込めて、自壊していく左腕と共に、悪魔はライダーへと急降下を開始した。
だがそんな思惑は――。
圧倒的に上を行く力量差によって覆される。
「無駄なことを……」
更に巨大なモノとなった漆黒の左腕が上空から落ちてくるのを目前にしても、ライダーは一切焦りを感じることは無かった。
さも、それがどうした、と。言いたげな様子で――。
彼女もまた左腕を振るう。
腕が夜空に幾重もの、複雑な軌道を描く。
振られる腕の動作と共に飛び散る赤い飛沫。
それは傷ついた左手首からドクドクと流れている、ライダー自身の血液だった。
無論、誰かに傷付けられた訳ではない、戦闘中に行なった自傷である。
ライダーの魔力がたっぷりと染み込んだ血液が、上空に赤い魔方陣を形成し――。
「――起きなさい」
その中心に何か巨大な、人ならざるモノの『眼』が出現した。
ひたすらに階段を駆け上がり、息も絶え絶えになりながら屋上に続くドアを開けた。
直後、火照った俺の体にビル風が吹き付ける。
一瞬だけ白滅する視界。
ああ前にもこんなことがあったなと、記憶がフラッシュバックする。
そのときも俺はライダーとの戦いで、必死にビルの屋上まで駆け上がってきたっけ。
けれど、これは前とは違う。
セイバーはもういない。
今俺の目の前には、あの時とは反対に屋上に足をつけているライダーがいる。
それともう一人、泣いている少女が夜空に一人いるだけだ。
分っていた。
これはもう、どうしようもない。
遅かった、間に合わなかった。
既に二人とも、決着に続く動作を開始している。
俺に出来ることなど何も無い。
決まりきった勝負の行く末を、少女の死を見ることしか出来ない。
人を救う事がただ一つ俺の存在意義で、役割なのに、目の前で誰かが死んでいく光景を見ることしか出来ない無力。
あの日と一緒だ。
それが悲しくて、悔しくて、認めたくなくて。
ただ、叫んだ。
名前を呼んであげたかったけど、生憎と俺は少女のことを何も知らない。
だからただ、思ったことを、口に出した。
「――死ぬな!いますぐ助けるから!だから――」
残酷に言った。
自分のエゴを押し付けるように言った。
俺はあの少女が死にたがっていることを知っていたのに。
それでも知って欲しかったから。
彼女が死んだら困ってしまう歪んだ人間が、今ここに居るってことを。
自分勝手を叩き付けた。
――だがその時。
言葉を発した瞬間。
俺は、それに気づく。
今まさに激突する二人の女性。
その更に上空、デパートの隣に在る高層ビルの屋上。
そこに、一人の男が立っていた。
男は。
この世の終わりを想わせるような漆黒を引き連れて。
目下に在る、このデパートの屋上へと。
腕を伸ばし。
「茶番はここまでだ。虫けら共」
引き連れてきた巨大な瘴気を。
黒いドレスの少女が纏っていたモノとは比較にならない程の巨大な瘴気の渦を。
「――虚無の彼方に失せよ!」
その宣告と共に。
振り降ろした。
――瞬間、俺の視界は漆黒に包まれる。
□ 『福路美穂子の真相真理:追憶』 □
その子が最後だった。
この場所で出会った、一人の少女への思い。
「――あったかいね」
あの子はいつも、そんなふうに笑っていて。
その笑顔を、私はいつの間にか守ろうとしていた。
かけがえの無い存在なのだと、気が付けば認識していた。
彼女を守る為に選択を間違えたことも在るくらいに、私はあの子に拘っていたのだ。
ずっと、疑問だった。
どうして、あの子の事をあれほどまでに、大事に思っていたのだろう。
どうして、出会ったばかりの赤の他人に対して、私の全てを賭けてまで守ろうなんて考えたのだろう。
どうして、あの子の死を知った瞬間、私の心は再び壊れたのだろう。
振り返ってみれば、おかしなことでいっぱいだ。
この不可解にこれまで気が付かなかった事が、とても不思議でならない。
それでも私は、その疑問にどうしても答えが出せなくて。
いいえ違う。
答えを出したくなかったから無意識に、考えるのを避けていた。
向かい合う勇気が無かったから。
でも今ならば。
今まで失ってきた、真にかけがえのない人達の死と向き合ってきた今ならば。
答えは、容易く理解できた。
あの子に謝らなければならないと思う。
なぜなら、ずっと利用してきたから。
私はあの子を、失った全ての人たちの代替にしたて上げていたのだ。
いわば精神安定剤のように使っていた。
この場所で、私は大切な人達を失った。
辛くて辛くて、心が耐え切れなくて。
そしてそれ以上に、片倉さんも上埜さんも華菜も。
私が不甲斐ないから、死んでしまったんじゃないかって思ったから。
私が殺したんじゃないかって、ずっと前から思っていたから。
それを認めたくなくて。
どうしても、私にも誰かが守れるって思いかったから。
出会ったあの子を、失った全ての人達に見立てて。
あの子を救うことで、誰も救えなかった私自身を救おうとしていたのだ。
そんな浅ましい思いが心に在ったから、いろんなモノに付け込まれた。
この島に漂う無意識に付け込む狂気や、左腕の悪魔や、アンリ・マユの悪意に心を侵された。
守る為に殺すとか、独占したいとか、あの子が居れば他の全てがどうでもいいとか、思考を悪性に捻じ曲げられたのだ。
冷静になって振り返ってみれば、どうみても狂っている。私は正常ではなかった。
今更気づいても遅すぎるけれど。
ああそれでも、『綺麗』だなって、思ったのは本当だ。
平沢唯の笑顔を始めて見たとき、確かにその感情があった。
その笑顔を見ているだけで、どこか心が救われたような、心地よい気分になったことは本当だ。
最後には散々捻じ曲げられて、歪な感情になってしまったけれど。
その原初の思いだけは真実だと強く言える。
もう叶わない願いだけれど。
彼女の笑顔をもう一度、今度は純粋な気持ちで見てみたい、とも――。
■ 『第三の戦局:Dead or Alive 1』 ■
決闘の終わりはここに、二人の女性が全力を繰り出した。
ライダーは思う。
今の自分はきっと冷静さを欠いている。
そうでなければこんな行動はとらない。
自分がやっていること。
天馬の召還。
確かにこれを行使すればカタはつく。
たった一撃でこの眼前の敵手にトドメをさしてやれるだろう。
消費する魔力も倒した敵から奪えばいいだけのことだ。
幸い敵は今多大な魔力に溢れている存在だ。
あっという間に補給は済ませることが出来るだろう。
しかし、それを差し引いてもこの行動は自分らしくない。
この勝負、切り札を切らなくても勝利できたはずだ。
持久戦ならこちらに分があった。
だからこそ魔力消費を控え、魔眼の行使も温存することを決めたのに。
ここで、出さなくても良い決め技を撃つ理由は何だ。
分りきっている。
だからこそ自分は冷静さを失っていると思う。
決着を急ぐ理由など一つだ。
あの少女の事が気になっているから。
浅上藤乃という一人の少女を放って置けないと思っているから。
一気に勝負を決める事を選択したのだろう。
(馬鹿な、優先順位が違うでしょうに……)
そう確かに、出来る限り守ってあげたいと思っていた。
藤乃は、ライダーが誰より守りたい存在にとてもよく似ていたから。
だが間違えてはいけないだろう。
彼女は確かに良く似ているが、真にライダーが守るべき存在ではない。
ライダーが何より優先すべきはただ一人、彼女のマスターだ。
ただ彼女の為だけに戦わなければならない筈なのに。
「起きなさい」
技の行使を止められない。
この選択を覆す事が出来ない。
体は迷う事無く動き続ける。
やがて術は成り。
ここに、荘厳なる天馬が光臨した。
その背に跨り、ライダーは上空より降って来る漆黒の少女を迎え撃つ。
今は兎に角、この敵が邪魔だ。
自分の心の整理を急がなければならない。
未だにノイズの効果に晒されているとすれば、早急なる対処が必要なのだ。
なにより大切な者を見失ってしまう前に。
だからこそ今は早急に、一切の手加減無く目の前の敵を屠ると決し。
ライダーは己を流星と化して夜空へと飛んだ。
直下より迫り来る光の束を認識して、悪魔は己の敗北を悟った。
敵の勢いを殺すために左腕から撃ち込んだ汚泥の弾幕は尽く蒼白い閃光にかき消され、また自らの消滅まで残り数秒も無いことを理解する。
こちらに向かってくる、天馬に乗ったライダーの姿。
宝具使用時よりも遥かに威力が落ちているとは言え、その勢いはこれまでのライダーのスピードに輪をかけて速い。
左腕の限界まで瘴気を集中させようとも、アレを相手には未だ届かない。
それならば、限界をぶち破ってでも魔力を引き出すしか道は無く。
だが、これ以上の魔力を引き出すことは悪魔には不可能だった。
そう、だからこそこれは悪魔の敗北だ。
勝てないと理解した悪魔が遂に膝を折る。
助けを求める。
己が支配した福路美穂子へと。
意識を返す。肉体の支配を譲る。
なぜなら、これ以上の泥を稼動させることは、福路美穂子本人でなければ出来ないからだ。
福路美穂子が契約し、使役出来るようになったアンリ・マユ。
実際、美穂子本人が使うよりも、悪魔――レイニーデヴィルが使ったほうが明らかに上手く扱えていた。戦いの上で活かせていた。
しかし、悪魔の本来の肉体支配は美穂子の全魂の内二割だけ、よって使える泥の総量も二割が限度なのだ。
だからこそ今、この瞬間迫り来る閃光を打倒する為には福路美穂子の協力が不可欠である。
とはいえ十割扱えるが使いこなせない美穂子を戦場に出したところでどうしようもない。
故にここで悪魔が欲するのは美穂子の魂一つ。
――三番目の願いを問いかける。
それでもってして、己に力を与えよ、と。
この敵を打倒する為の最後の願いを言え、と。
その為だけに、
もう一度、福路美穂子の意識が戦場に引き出される。
□ 『福路美穂子の真相真理:願い』 □
そうして、最後の思いに辿り着く。
現実の世界でも、私に終わりが近づいてきているのが分る。
私はずっと、閉じ込められたこの場所で、過去に見た死を想ってきた。
表層意識と深層意識の狭間で、失った人達のことを思い続けてきた。
これまで考えることから逃げていた思い。
片倉さん、伊達さん、上埜さん、華菜。
全員の死に私は今、始めて向き合ったのだ。
唯ちゃんに関しても、漸く私は自分の気持ちを正しく理解する事が出来た。
良かったと、思う。
私が死ぬ前に、みんなの死と向き合えて。
もう全部遅すぎる事だって分っている。
後悔は尽きない。
それでも、逃げ続けたまま死ぬよりは、最後に向き合えて良かった。
とても辛い記憶だけど。
それでも、私の大切な人たちを思い出せて良かったと。
心から思う。
――景色が変わる。
過去の情景を映し出していた、まるで夢の中に居るようだった私の内面世界が崩れ去り。
ビル風が頬を凪ぐ。現実の世界が現れる。
目下に広がる広大な夜景。迫り来る閃光、更に上空に現れた圧倒的気配。
不思議と、自分に何が求められているかを理解できた。
願いを、問われている。
目の前に居る女性を倒す為の願いが。
願わなければ死ぬと分っている。
でも、もういい。そう思っていた。
私はもう、みんなの死と向き合うことで、良く分った。
自分を取り戻すことは出来たけれど、全部遅きに失していると。
いくら正しさを得たところで、失ったものは戻らない。
また唯ちゃんのように、誰かに間違った思いを重ねるつもりも無い。
十分だと思う。
そろそろ楽になっても良いと思う。
私はずっと間違えてきたけれど、何一つ報われなかったけれど。
それでも、もう疲れてしまったから。
これぐらいで、休ませて欲しい。
そう思っていた私のもとに。
「――死ぬな!いますぐ助けるから!だから――」
そんな、残酷な言葉が届いた。
もう二度と、絶対に掛けられる事が無いと思っていた言葉が聴こえたから。
『死ぬな』なんて、『助ける』なんて、今の私に言ってくれる人なんてもうどこにも居ないと、知っていたのに。
だから、そんなありえない幻聴がとても辛くて、悲しくて、涙が出るほど嬉しくて。
不意に、みっともなく足掻きたくなって。
「ああ――」
もう一度。
神様がもう一度だけチャンスをくれたなら。
やり直したいって、思っていた。性懲りも無く。
こんな私でも、まだ生きていても良いと言ってくれる人が、この世界に一人でも居るのならば。
私にもまだ、何か出来る事があるって信じられる。
失ったものが戻らなくても、失ったものの為に出来る事がまだ残っていると。
それはなんだろうと考えたとき。
勝利を得たいと、思った。
それが、私に全てを賭けて散っていった人達に報いる唯一の方法だと。
そして、私の勝利は目の前の女の人を殺すことなんかじゃ絶対にない。
戦うべきは彼女じゃない。
ただ一つ拘り続けて来たこと。
私は私の大切なものを守りたいと、ずっと願ってきた。
失ったものは絶対に戻らない。
私の間違いは絶対に消えない。
それでも全てを失った後に、私の中に残ったこの悲しい思いはきっと、今の私にとって一番大切なものだから。
その思いを放り捨てるように終わりたくない。
私は死んでいった人達が私に残してくれた願いを無駄にしたくない。
このまま私が死んで、
私を信じてくれた人達の願いまで、死に絶えてしまうことだけは絶対に嫌だ。
だから今こそ宣言する。
裏も表も無い、ただ一つの純粋な願い。
最後の、わがまま。
「私は――生きたい!生きて、勝ちたい!」
私の大切なものを奪う全てに、そして何よりも自分自身に負けたくない。
ただ、それだけを願っていた。
■ 『第三の戦局:Dead or Alive 2』 ■
激突の直前。
三度、左腕の瘴気が膨張する。
福路美穂子による三度目の願いによって、更なる瘴気が左腕へと送り込まれる。
レイニーデヴィルにとってこれは正に捨て身の一撃、すでに左腕はゆるやかな崩壊を開始した。
この局面での身体能力引き上げ、及び行使可能魔力の上昇。
ライダーはこの戦闘において遂に驚愕を体感する。
だが天馬のスピードを凌駕するには至らない。
ライダーを打倒するには至らないが、確かに今の速度ならば、僅かだが相打ちに持ち込める可能性はあった。
その事実を知りながらも、ライダーは止まらない。
ここで、この敵を倒せるという確信のままに突撃する。
悪魔もまた己が引き出せる全心技、全魔力を振り絞って解き放つ。
終わる。
永きにわたって繰り広げられた、一つ戦いが今ここに終焉する。
勝者無き戦いが今ここに。
「馬鹿な――!?」
更なる驚愕に晒されたのはライダー。
悪魔はここまでお膳立てを整えておいて。
振り下ろしたのは漆黒の拳ではなく右手に持った六爪だった。
これは完全にライダーにとっては慮外の一手。
この最後の攻防において、ライダーは今の今まで敵の左腕のみに集中させられ、六爪など微塵も警戒していなかった。
その裏をついた攻撃は、悪魔がライダーに迫る力をつけた今、確かに届いた。
ライダーの肩口を刺し貫く、一本の刀。
それを始点にして、悪魔は強制的に体を捻り、飛び、ライダーの突撃をかわしていた。
上昇し続けるライダーと入れ替わるように、デパートの屋上へと落ちていく少女の体。
だがしかし、それは悪魔が勝利を捨てたという事実に他ならない。
この一撃、最後の一撃はやはり左腕の一撃でなくてはならなかった。
悪魔が攻撃を当てられる機会は今の一瞬をおいて二度と来ないのだから。
故にライダーにとってこの事態は不可解極まりない。
彼女は気づいていなかった。
先程の一瞬、悪魔が三度目の願いを受け取ったとき既に、悪魔の目的はライダーの殺害から外れていたということに。
福路美穂子の生存のみを目的に行動を開始していたということに。
それが二人の明暗を分ける。
いやもっと以前、悪魔が、いや美穂子がライダーより遥か上方にいたからこそ気づく事の出来たある気配に対して、
下方にて天馬の召還に集中していたライダーは察知が遅れていた。
その事実が後の展開を生み出したのだろう。
そう、決着はここに。
「茶番はここまでだ。虫けら共」
魔王の到来によって破綻する。
「――虚無の彼方に失せよ!」
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最終更新:2011年08月04日 10:42