彼の者の愛した俯瞰情景 ◆Vj6e1anjAc



 あるところに、1人の男がいました。
 男は神様に仕える神父で、その証拠に首から金色の十字架を提げていました。
 そしてそれ以外の部分は、全て真っ黒に染まっていました。
 彼が身に着けていた神父の服は、上も下も黒く染まっていました。
 彼は自分が生まれた時から、悪いものを見ることや、他人の不幸を見るが大好きでした。
 癖毛で背の高いその男は、身も心も真っ黒だったのです。


 彼は自分の住む世界の中に、自分の生まれた意味を見出すことができませんでした。
 自分みたいな生まれついての悪人が、どうして生まれなければならなかったのか分からなかったのです。
 彼はそれが知りたくて、うんとたくさん勉強しました。
 自分と他人の違いを知るために、たくさんの人を観察しました。
 世界の真理に至るために、魔術を勉強したこともありました。

 そんな彼が最後に目をつけたのは、聖杯戦争という戦いでした。
 とても昔に死んでしまった、強い英雄や魔法使いを生き返らせて、互いに戦わせるというものです。
 その戦いを最後まで生き残ることができれば、その人は、何でも願いを叶えてくれる器を手に入れることができます。
 それが聖杯という名前の器でした。
 ところがその聖杯は、いつの間にか《この世全ての悪(アンリ=マユ)》という、とても悪いものに取り憑かれていました。
 悪いものに操られた聖杯は、誰かの願いを叶えるために、他の誰かを傷つけるようになっていたのです。
 しかし、彼はその《この世全ての悪》に、とても大きな興味を持ちました。
 世界で一番悪いものに会うことができれば、自分のような悪い人間が生まれた理由が、今度こそ分かるかもしれないと思ったのです。

 彼は聖杯戦争の監督役になり、英雄達の戦いを見ていました。
 そして最後には自ら手を出し、聖杯を完成させようとしました。
 しかし、彼が《この世全ての悪》に出会う前に、彼は殺されてしまいます。
 彼の前に立ちはだかったのは、正義の味方になることを夢見る少年でした。
 良い人間になろうとしていた少年は、悪い人間である彼がしていたことを、許すことができなかったのです。
 こうして彼はナイフで刺されて、《この世全ての悪》の中へと、静かに消えていったのでした。


 ところが、そうして一度殺されても、彼の人生は終わりませんでした。
 気がついたら彼は生き返っていて、また新しい戦いに巻き込まれていたのです。
 日焼けしたような肌の大男が、彼を含む大勢の人達に命令しました。
 自分の研究を完成させるために、お前達全員で殺し合いをしろ――彼を生き返らせた男は、そう言ったのです。
 大勢の人達が、生き残るために他の人達を殺しました。
 大勢の人達が、殺し合わなくても済むように、大男を倒す方法を考えました。
 そんな中で真っ黒な神父は、どちらの側にもつくことなく、殺し合いを見届けることを選びました。
 彼は今までと同じように、色んな人の良い心や悪い心を観察していたのです。

 彼は色んな人に出会いました。
 一番最初に会ったのは、友達の女の子を探していた男の子でした。
 殺し合いに乗ることとは別の形で、女の子を守ろうをしていた男の子は、しかしそれからしばらくして死んでしまいました。
 次に茶色い制服を着た、茶髪の女の人に会いました。
 女の人はみんなを救おうとしていましたが、それがこの殺し合いに勝つことで、願いを叶えようとしている誰かの邪魔になることには気づいていませんでした。
 聖杯戦争で負けて殺され、そして生き返った少年に会いました。
 少年は殺し合いに生き残ろうとしていましたが、自分より強いものに怯えていたようだったので、少年でも勝ち残れるようになるヒントを教えてあげました。
 それからすぐに会ったのは、頭に鉢巻きを締めた格闘家の男でした。
 彼よりもずっと強かった格闘家は、とてもまっすぐな心の持ち主でしたが、一度見ただけではそれ以上よく分からない、不思議な男でもありました。
 三つ編みの女の子と赤毛の女の子の2人組に会いました。
 三つ編みの方は、最初の男の子が探していた女の子で、男の子が死んでしまったことに、とても大きなショックを受けていました。
 彼と同じ聖職者を名乗った、黒いスーツの男に会いました。
 男はとてもイライラしながら人殺しをしていましたが、どうやらそのイライラは、自分では真似できない誰かへのコンプレックスの表れだったようです。
 額に十字模様の傷をつけた、赤目と褐色肌の男に会いました。
 故郷の仲間を大勢殺されて、その復讐を果たすために、相手と同じ人殺しになってしまった男でした。
 片眼鏡をはめた中年の男と、ツインテールの不死身の少女に会いました。
 中年の男の方は、連れていた不死身の少女の姿に、何かの面影を重ねていたようにも見えました。

 そして、彼が最後に会ったのは、オレンジの髪を持った少女でした。
 少女はいくつもの命令に操られていて、自分が一番したかったのが何だったのかも分からず、一人ぼっちで苦しんでいました。
 彼はそれが知りたくて、少女に声をかけました。
 私が助けてあげる、と言って、彼女の一番の願いごとを探ろうとしました。
 すると少女の身体は、たちまち真っ赤な炎に包まれました。
 自分の本当の願い事を取り戻すために、持てる力を振り絞って、自分を操っていたものを焼き尽くしたのです。
 しかし少女の燃やした炎は、近くにいた彼を巻き込んでしまいました。
 彼は逃げることもできず、あっという間に身体を焼かれ、炎の中に消えていってしまいました。


 こうして彼は、一度死んで生き返り、そしてもう一度死を迎えました。
 2回目の死を迎えた彼は、自分が死ぬ瞬間に、さまざまなものを目にしました。
 それは自分と同じように、この殺し合いに巻き込まれた人達全員の心でした。
 自分が生まれた理由は分からなかったけれど、それでも彼は、たくさんの面白いものを見たことで、満足して逝くことができました。

 もしもまた生まれ変わることができたなら、そしてまた戦いに巻き込まれたなら、今度はそれを見る立場になりたい。
 直接戦いに参加する側よりも、聖杯戦争の時のように、戦いを監督する側に立ちたい。

 自分が生まれた意味を探して、たくさんの人を見続けてきた神父は、最期にそう願って消えていきました。

 その真っ黒な神父の名前は――


「夢」
 ぽつり、と。
 低く唸るような声が、呟く。
 寝入ったつもりはなかったが、どうやら白昼夢のようなものを見ていたようだ。
 眉間に人差し指を中指を当て、言峰が軽く首を振った。
 もやもやした感触を脳内から振り落とし、意識をクリーンアップする。
「この私が夢か」
 あれは一体何だったのだろうか。
 澄み渡った脳内で、夢幻の世界を回想する。
 あれは間違いなく自分だった。
 聖杯戦争の結末を迎え、このバトルロワイアルとも異なる戦いに身を投じ、そして再び命を落としたのは、紛れもなく言峰綺礼だった。
 当然、体験した覚えのない未知の記憶だ。
 だがただの夢だと断定するには、妙にリアリティのある記憶だった。
(あるいは)
 もしかしたら、あれは本当に自分だったのかもしれない。
 この世界でも元の世界でもないどこかに、自分とは別の言峰綺礼が生まれていて、生きて、そして死んだのかもしれない。
 いわゆるパラレルワールドというやつだ。
 常識的に考えれば、現実と虚構の区別のつかないSFマニアの妄言と断じられて当然の、突拍子もない推測なのだろう。
 しかしあいにくと言峰は、とっくに常識の軛を越えてしまった。
 魔術師の常識すらも超越した領域を、否が応にも見せつけられてしまった。
 次元の壁を破壊し、数多の異世界から参加者を集めたのが、此度のバトルロワイアルなのだから。
 そのような世界が実在しているのだから、自分のいた世界とそっくりな並行世界も、あるいは存在するのかもしれない。
 もっとも、何故自分がその世界の有り様を垣間見たのかは、さっぱり見当もつかないのだが。
(もし)
 もしそのような世界に行けたら。
 自分と違う世界に住む自分の姿を、この目で直接見ることができたのなら。
 ふと、そんなことを考えた。
 パラレルワールドの自分と出会うことが叶うならば、あるいは自らの存在理由に、近づくことができるのだろうか。
 広大な次元世界の海を漂い、自らと瓜二つの自らを見つけ、検分することができたなら、より深く自らを知ることができるのだろうか。
 無駄なことなのかもしれない。
 無限に近い世界の中から、たった1人の人間を見つけ出すことなど、到底不可能なのかもしれない。
 常識的に考えれば、徒労にも程がある、気の遠くなるような作業だ。
「それも一興か」
 ふ、と。
 口元を、軽く笑みに浮かべながら。
 しかし言峰は、それを無駄とは断じなかった。
 そもそも言峰綺礼の生涯とは、言うなればその全てが娯楽であり、無駄の塊だ。
 自らの存在意義を知らぬ神父には、なすべき使命も野望もない。
 ただ自分自身を知るために、知識を積み、研鑽を重ね、世界のありようを傍観するだけの人生だ。
 元から徒労を繰り返すだけといっても過言でない人生なのだ。今さらその程度のことを、無駄だなどとは思わない。
 そこに可能性があるというのなら、何であろうと試すまでのこと。
 幸いなことに、他になすべきことがない分、言峰綺礼の人生にはそれ相応の余裕と暇があるのだ。

 かぱ、と。
 おもむろに、手元で音を立てる。
 いつしかその右手には、プラスチックのタッパーが握られていた。
 左手で開封したそこに詰められていたのは、中華料理の一種・麻婆豆腐。
 蓋に重ねる形でタッパーを左手に持ち替え、右手には新たにスプーンを握る。
 挽肉と豆板醤とその他諸々の香辛料を和えられた豆腐を掬い、口へと運び、咀嚼した。
「雑な出来だ」
 手を抜いたな、と悪態をつく。
 中華料理店「紅州宴歳館・泰山」特製の激辛麻婆豆腐――不幸と醜悪を好物とする言峰が、それ以外に好む数少ないものの1つだ。
 これはその行きつけの店のレシピを拝借し、帝愛の黒服達に再現させたものである。
 自分にとってはどうということもないのだが、他人の舌からすれば、とても食えたものではない辛さなのだそうだ。
 あるいは悪意すら覚えるほどの辛味だからこそ、悪を愛する言峰の舌に合ったのかもしれないが。
 ともあれ、その麻婆豆腐を再現させたはずなのだが、どうにも本物に比べると一味物足りない。
 恐らくは味見をしなかったのだろう。
 レシピ通りの工程を踏んだあとの、最終確認とそれに伴う微調整を怠ったに違いない。
 なにせ殺人麻婆だの外道麻婆と噂される代物だ。常人なら、レシピを読んだ時点で恐怖しても仕方がないのかもしれない。
「やはり、本物に限るということか」
 二口、三口と口に含み、胃袋へと落として、呟いた。
 それで満足したことにしたのか、再びタッパーの蓋を閉めて、懐へ戻す。
「さて」
 そうして一時の間食を済ませると、意識を自らの職務へとシフトした。
 全てのサーヴァントの魂を回収し終えた以上、そちらの用事ですべきことは今はない。
 となれば当分は、時間潰しの意味も込めて、帝愛連中に与えられた仕事をこなすのがよさそうだ。
 ちょうど手を加えるべきものもある。
 かつて荒耶宗蓮が建設した小川マンション――地図上では「敵のアジト」と表記されている施設の結界が、まだ破壊されたままだ。
 忍野が修復した直後に再び壊れ、結局そのままになっているのだという。
 さて、どうするか。
 代替を用意するなら、どこに置くべきか。
 かつてどこの世界にいるとも知れぬ、もう1人の自身が願った姿を体現した言峰綺礼は、その高みより殺戮劇を俯瞰していた。



【???/???/夜中】

【言峰綺礼@Fate stay/night】
[状態]:健康
[服装]:神父服、外套
[装備]:???
[道具]:???、麻婆豆腐の詰まったタッパー
[思考]
基本:???
1:サーヴァントの死体(魂)を回収する。
2:荒耶宗蓮に陰ながら協力する。
3:この立場でバトルロワイアルを楽しむ。
4:結界の修復を手伝う。ただし1を優先する。
5:敵のアジトの結界の代替地になりそうな場所を探し、結界を設置する。

時系列順で読む


247:疾走スル狂喜 【伍】 言峰綺礼 270:とある魔物の海底撈月(前編)


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最終更新:2010年06月21日 00:44