GEASS;HEAD TRIGGER(L) ◆hqt46RawAo



TRIGGER 1:『日常のアリカ』


階段を上り終えて、長くて暗い廊下を進んでいた。

天井には蛍光灯がぶら下がっているけれど、安全面を考慮すれば電気を点ける訳にはいかない。
「危険人物に捕捉される可能性がある」などとルルーシュさんに指示されるまでもなく、私にもこのくらいの事は分っている。
危機感を絶やしてはならない。今はもう、この島の全域が戦場なのだと考えるべき。
だから夜間とは言え、室内で安易に明かりを点けるのは危険行為だと。
分ってる。分ってはいるんだ。
その場所が例え、昨日までの私にとっては日常の一部であったとしても……。

廊下の途中で立ち止まり、スライド式のドアをなるべく音を出さないように開いて、おずおずと慎重に内部を伺う。
これほど警戒的な気分で教室に入ったのは初めてだ。
――学校の教室。
室内には、壁に大きな黒板があって、教卓があって、30~40の机と椅子がずらりと並ぶ。
どこの地域でも変わらない定番の光景だった。
当然、私が通っていた高校と比べても、あまり差異は無い。

だからつい重ねてしまう。

ああ……そうだ、私の席はあそこだ。
いつもそこに座って授業を受けていた。
それから、真鍋和の席はそこ。
二年のクラス替えで軽音部のみんなとは別れてしまったから、彼女が一緒のクラスと知ったときは凄く安心できた。
更に言うと、唯たちの教室ではいつも、唯があの辺に座ってだらけていたな……。
で、律は確かこの辺で、紬が……多分そこで……。
それから……それから……。

「…………」

憶えている。
ぜんぶ、ぜんぶ憶えている。
だって昨日の事だ。
忘れるはずが無い。

昨日までは、ごく当たり前だった光景を幻視して。
なのに、どうして。
私はそれをいま、こんなにも遠くに感じているんだろう……。

「…………ぁ」

こんなにも近くて、なのに遠すぎる日常の風景。
私は、私の席(在るべき場所)に触れ。
こみ上げてくる何かを――。

「――さん? 澪さん? どうかしたんすか?」

吐き出してしまう直前。
すぐ隣から聞こえた声によって、はっと我に帰る事が出来た。

教室の後ろの方で立ち尽していた私。
そのすぐ隣に、東横桃子が立っている。

「あ……え……い、いや、なんでもないよ……桃子ちゃん」

正直言って、彼女の存在を完全に失念していた。
ルルーシュさん達の仲間になるに際、一応の紹介は受けているから、
彼女の……その、『すてるす体質』だとか何とか言うのは聞いている。
実際、彼女の存在感は希薄なんてレベルではなく。
初めてルルーシュさんに紹介されるまでは、まったく居る事に気づけなかったけれど。
まさかここまで近くにいて、しかも居る事を知った後にすら意中から見失うなんて……。

「私が居るってこと、忘れてたっすか?」

私の目尻に浮かんだ物に気づいているのか、いないのか。
いや、きっと見られているのだろう。桃子ちゃんが苦笑い気味に聞いてきた。
下手な釈明をするよりも、ここは流してしまおう、と。
開き直るように私は「うん、ごめんね」と頷いて、恥ずかしさに顔が赤くなるのを感じる。
だがその直後、今目の前に居る少女が先程の一瞬において、私に殺意を抱いていたとしたら。
私はどうしようもなく殺されていたという事実を遅れて理解し、顔の紅潮は一転して肝と共に冷え切った。

「も、もう出よう……とりあえず、この教室には何も無いみたいだし」

目の前の少女に対する少しの恐怖とばつの悪さに、すごすごと教室から出る。
後ろから付いて来る桃子ちゃんを今更のように意識しながら、またしても月明かりを頼りに長細い廊下の道を進んだ。
こみ上げる感傷を押さえつつ、次の教室のドアを開く……。

私たちが今行なっている『学校の探索』。
式達との兼ね合いもあり、ルルーシュさん曰く『迅速に、かつ安全に行なう』だそうで、探索は分担作業になった。
この学校という施設において。
幾つもの部屋をいちいち全員で見回っていては時間が掛かりすぎる。
なのでまずは一階をルルーシュさんが探索し、その間に私と桃子ちゃんが二階を探索。
その後に合流して、全員で三階を探索するという形だ。

という訳で、現在の私たちは役割通りに二階を探索しているのだが……。
このときの私には少なくない危機感が在った。

一階から二階に渡る階段。その二つある内一つが、捻曲がって破壊されているのを見たからだ。
人の力で出来る事とは思えず、また自然現象としても在り得ない光景。
これだけの異変に対して、静まり返っている学校の状況から、おそらくは過去に発生した戦闘の名残だろうとルルーシュさんは言った。
とはいえ、こんなことが出来る者がこの島にはいる。いやもしかすると近くに居るのかもしれない。
なんて考えると、自然に体が強張ってくる。

廊下の中間までの教室を全て見回ったけれど、目立っておかしな点もなく、やはり誰も居なかった。
与えられた通信機を耳に掛け、なれない手つきで通話ボタンを押す。

「二階、廊下の中間まで来たけど、異常は無いです」
『了解した。こっちも今のところ異常なしだ』

こうやって、小まめにルルーシュさんと連絡を取り合う事で、全体の安全面に配慮する。という事らしい。
確かに、固まって移動した所で片腕を骨折したルルーシュさんや、ただの女子高生である私達では纏めて殺されるのがオチ。
ならば各自が散らばって、発見した危険を迅速に他へと伝えた方が効率いい。という事らしいけど。
危険を聞きつけた『仲間』とやらは、果たして助けに来てくれることやら……。

そういえば、どうしてルルーシュさんは、ここまで入念に施設を調べようなんて言い出したのだろうか。
あの人は何かを探している様子だったけれど……。
学校なんて無視してもいい施設だと私は思う。
自販機もはずれだったし、
狭くて戦いになったら危険だろうし、現に桃子ちゃん以外はみんな等しく危険を背負って……。

ってあれ……? 桃子ちゃんは……どこだ?

少し意識の向きを変えていた間にまたしても見失ったらしい。
必死に先程まで彼女がいた筈の背後と、ついでに左右を伺うも、やはり見当たらない。
廊下はシンと静まり返っている。人の気配などどこにも無い。
にわかに……生唾を飲んで……。
背後に隠れられるような場所を探しながら――。

「桃子……ちゃん……?」
「はい、なんすか?」
「うわっ!」

唐突に、苦笑いというより呆れた様子の桃子ちゃんが、ぼやけた輪郭で目の前に立っていた。

「そっちが呼んでおいて、何を驚いてるっすか……」

私は「いつまに前方に回りこんだのか」という突っ込みを堪えつつ、彼女の姿をまじまじと見た。
何度か目にした光景とはいえ、どうしても慣れそうにない。というか苦手だ。
突然ドロリと出てこられるのはこちらの心臓に悪い。

それに今は、夜の学校の廊下というシチュエーションと相まって……。
相まって……。
夜……夜の、学校……少女……どろり……。
そういえば前に律が言ってた怪談話によく似たのが――。

「……う」

いやいやいやいやいや。
私はこんな状況でなにくだらない事を連想しているのか。
というかそんな事で怖がれる神経が残っていた事に驚きだ。
いやいやまて、怖がってなんかないぞ。
今更、怪談を思い出してビビるとか……そんな……わけが……。

「……って、桃子ちゃんどこだよぉっ!?」

また見失っていた。
周囲が暗いこともあってか、少し意識が逸れたり、彼女に移動されるだけで見失う。
それとも私の注意力が散漫なのか。
なんにせよ、その時の私は一人きりにされたような錯覚に陥って、あたふたと必死に周囲を見回していた。
実に、ビビりまくりであった。

「しー! あんまり騒いじゃだめっす。一応ここは危険かも知れないんすよ?」

そうして、横から聞こえた小さな声と、発見できた少女の姿に安堵する。と同時に、また赤面するしかない。
これでは年上の威厳ゼロである。
梓といい、桃子ちゃんといい、白井さんといい、私は年下にみっともない姿を見られてばかりだ。

「ごめん……また見失ってたから……」
「それはしょうがないっすよ。今の私はステルス全開っすから。
 あの両義って人やデュオって人なら兎も角、澪さんじゃあ例え私がここに居るって知ってても、見失う事だってそりゃあるっす」

相変わらず立っているというより揺らめいているような印象で、制服姿の彼女はそこに在った。
が、「じゃあ、私はまた消えてますから」というセリフと共に再び気配を消し始めたので、私の安堵も消し飛んだ。

「あっ……ちょ……ちょっと、まって……」

ううう、不味い。
これじゃ一人にされているのとなんら変わりない。
とりあえずこの心境で一人きりはちょっと……避けたいというか……。

「はぁ……なんすか……?」

いっそう呆れた様子でありながら、消えるのを待ってくれた桃子ちゃんに向かって。
私は躊躇いながらも、一度恥をかいてしまったのだからもう一緒だ、と開き直る事にする。

「あの……手」

「手?」と、首を傾げる彼女に腕を伸ばす。

「手を……繋ごう」
「え? どうしてっすか?」
「ああほらもしもの時に桃子ちゃんがどこにいるか分らないと困るとかなんとか考えたりしたりしてゴニョゴニョ……」

キョトンとした様子の桃子ちゃんから、目を逸らしつつモゴモゴ答える。
ホントの事を言うと一人にされるのが怖いだけなのだが、流石にそんな事は情けなさ過ぎて言える訳が無い。

本当に情けない。情けないけれど。
この時、私は少しの安堵も感じていた。
子供じみた恐怖を感じている自分。それはいつもの私。
情けない私。だけどそれは間違いなく私の日常に在ったものだから……。
みんな死んでしまって、人殺しに成り果てて、変わってしまった今の私にも、そんな些細な心が残っている。
そんなことに、ほっとしているのかもしれない。

「むぅ……しょうがないっすね……」

では。いま私の手を握ってくれたこの少女は、果たして何を思っているだろうか。
桃子ちゃんも、昨日までは私と同じような女子高生だったはず。
ならば私と同じように、ある種の感傷に囚われていてもおかしくない。むしろそれが自然だろうけど。
そもそも、私は彼女の事をよく知らない。
診療所で始めて会った際に、とりあえずの自己紹介を受けたとはいえ、彼女の目的や事情については聞いていない。
どうして彼女はこの集団に入ったのか。
この集団に属しているからには、彼女にだって堂々と言えない目的があるのだろう。
私や、私以上に変わってしまった憂ちゃんのように。

「………」

その事情を聞こうとして、やっぱり止めた。
私は多分、彼女の事を知るべきではない。

ルルーシュさんが言うように、私達は利用し利用されあう関係だ。
今はまだ協力関係かもしれないけれど、この先ゲームが進んでいったら、いつ誰が敵になるかわからない。
いつか、裏切られる時が来るかもしれない。
今は共に歩いている彼女の手を、振りほどかなきゃいけない時が来るかもしれない。
だから、私は隣を歩く桃子ちゃんの事を知るべきではない。
いつ敵になるかも分らない人に、心を傾けちゃいけない。

例えばこの廊下の向こうに、殺し合いに乗った者が居たとしよう。
そのとき私は隣を歩く彼女を犠牲にしてでも、生き残らなければならないのだ。
きっと桃子ちゃんも、そうするだろうから。

――でも私に……本当にそんな事が出来るのかな。
この集団を利用する。
などと言ったものの、実際に裏切ったり、裏切られたりする事態に直面したとき、私は躊躇ってしまうのでは――。

「…………っ」

軽く首を振って、雑念を打ち消した。
弱音なんか吐いていられない。出来る出来ないじゃなくて、やるんだ。
砕け散った日常。
それを取り戻す為ならばどんな犠牲も厭わないって、決めたはず。

望みを果たすまで、私は――弱い自分を肯定する訳にはいかない。
背負った思いがどれほど重くても、今の私には抱えて、耐えて、前へと進む事しか出来ない。
この茨の道を突き進んだ先に、あのやさしい日常を取り戻せる。そう信じることしか……。

「澪……さん? 震えてるっすか?」
「なんでもない……なんでも……ないから」

だけど。
チクリと、心に刺すような痛みが走り続けている。

私は立ち止まるつもりなんて無い。
戦う事に迷いも無い。けれど。

――私は、握った手の平を利用する。
――私の手がもう一度、真っ赤に染まる。

それを心中で思い描くとき。

何故だろう。

私の望む日常がまた一つ遠のいていくような、そんな錯覚に陥ってしまうのだ。



TRIGGER 2:『天上の地獄』


――学校っすか。

小学校、中学校、と。
そこでいつも一人だった私としては、別に大した感慨なんて無い……。とか、思っていたんすけどね……。
やっぱり高校以降は、私にとっても特別な場所だったようで。
少しだけ、普段とは違う気分になってしまいました。
それは懐かしいような、寂しいような。微妙な感覚っす。
けれど、どうやら隣を歩く澪さんはもっと複雑な心境のようで。
教室を開ける度に、繋いだ手の平から若干の震えが伝わってきたっす。

というか、この繋いだ手。
よくよく考えたら、けっこう良くないものかもしれません。
例えばこの廊下の向こうに殺し合いに乗った者がいたとして、
私だけ消えてやりすごす、なんて作戦が使えないっすから。
澪さんがそこまで考えて提案したかどうかは兎も角、これは有効なステルス殺しっすね。

なんて考えつつも、先程から考えてきた事柄も思考継続中っすよ。
むしろこれが本題っす。

これから、どう立ち回るか。
生き残るために、準備するべき事。
そのための思慮。

施設の探索は、どうやら澪さんが頑張ってくれてるみたいっすから。
その間に私はちょっとサボタージュして、作戦を練ることにしたっすよ。

私にとって最適のタイミングで、私達を纏めるルルさんを殺す。

これは結構、大変なこと。
何しろルルさん、今は強力な味方っすから。
出来る事なら最大限に利用してから。かつ私の敵になる直前に、消えてもらいたい訳でして。
ではいつ殺すのか、となると。これがなかなかむずかしいっすね。
良い機会が在るとすれば、もうちょっと参加者が減ってから、政庁での乱戦の様な混乱を極めた舞台が巻き起こって。
そこで上手く立ち回り、他の参加者が最大限に減るのを見計らってから、殺す。
これが定石っす、けど……。

そうなる前に、早い内に布石を打っておくべき。
まずは、消したい懸念が一つ。
先程考えた二対一対一の状況についてっす。

私達四人の協力関係が、敵対関係へと切り替わったとき、私は明らかに不利な立場となるっす。
ルルさんと憂ちゃんは確実に組むっすから。
二対一対一。
だから、その状況を前もって解消する為に……。

「ねえ……澪さん……」

私はいま、私の手を握っている人を利用する事にしました。
ルルさんと憂ちゃんが組むとなれば、私は澪さんと組めばいい。
彼女の条件は私と同じ筈っす。
更に言えば、この集団に属している目的も、私に近いものがあるっすから。

明日の敵が明らかならば、今日の友も明白っすよ。

「ん、どうした? 桃子ちゃん」

ここで求める物は密かな協力体制。
いずれ来る崩壊に先駆けた同盟。
けれども具体的な話を切り出す前に、横槍が入ってしまいました。

『こちらルルーシュだ。状況はどうだ?』
「っと、相変わらず異常なしですけど……どうかしたんですか?」

突然、ルルさんからの通信が来て、澪さんが不可解な表情で応答したっす。
私達はまだ、二階の全ての教室を見回ってはいません。
にも関わらず向こうから通信が入ったということは、おそらくルルさんは一階で何かを見つけた、私はそう予想したっす。

『一階の図書室に仕掛けがあった……が、片手では満足に調べられそうにない。
 桃子か澪……そうだな。澪は一階の東側に下りて俺の手伝いをして欲しい。
 桃子は引き続き、二階の探索をステルス状態で続行してくれ』

「だが、くれぐれも無理はするな」というルルーシュさんの言葉で、通信は締められました。
さて、私の予想が見事に的中したわけなんすけど……。
澪さんが居なくなった事で、私の『準備』はここで一旦お休みとなりました。
まあ、しょうがないっすね。
探索を終えて、ホバーベースに戻ってから、ゆっくり澪さんと話せばいいだけっすから。

なんて、そんな悪い事を考えながらも。その時の私はまだ、心のどこかで期待していたのかもしれません。

私はこれまで、ルルさんの策を目の当たりにしてきました。
素直な感想としてあの人の事は本当に凄い人だと思っていました。
憂ちゃん、澪さんを上手く纏めたり、利用したりする手際には心から感心して、自分が生き残る為の参考にもしたっす。
ここまで生きてこれたのは彼のおかげかもしれなくて……だから、少なからず感謝すらしていたんすよ。

それはルルさんに限った話でもなくて。

憂ちゃんも。
最初は発言に引いていたけれど、友達だと言われた時には、少し嬉しかったっす。

澪さんも。
凄く無理をしている印象だけど、悪い人じゃないことは私にも分るっす。

私だって本当は、誰も殺したくなんかない。

特にこの人たちは……。

きちんと認識されて、協力する。必要とされる。
それはとても新鮮なことで、殺し合いの場だというのに、どこか心地よくて。
私は……本当に……本当に馬鹿げた想像っすけど。
ルルさんも、憂ちゃんも、澪さんも、私も死なずに――そして私の望みも叶う。
なんて、ご都合主義的なハッピーエンドを、このときはまだ心のどこかで、期待していたのかも……しれません。

ああ、だけど。それはもしかすると、私にとっての『運命の分かれ道』だったのかもしれない、と。
今はそんなことを思うっす。

この時。
澪さんが一階に降りていったときには、既に殆ど探索できていた二階の教室を全て見て回った後。
手持ち無沙汰になった私が、一人で三階へ続く階段を上る、なんて行為を選択しなければ……。
もっと他の、私も澪さんと共に一階へ下りるとか、おとなしく二階で待っているなりしていれば……。

ただ、私にだけ降りかかった、鮮明で、残酷で、真っ赤な、心境変化。
それを見る事は、無かったかもしれないのに……。

ぎしっ、と。

いま私は、まるで導かれるように一段目を踏み出しました。
地獄へと一直線に昇っていく階段。

その一段目を――。




TRIGGER 3:『絶壊心理/つめたいてのひら』


二本の腕を前へと突き出して、静かに空を握りしめた。
まず最初に想像するものは操縦桿。宙に思い浮かべる金属レバーの先端を、私の五指が包み込む。
今私が座っている椅子を狭苦しいコックピットの椅子に見立て、環境を一致させる。
そこまでくれば、後はもう簡単だ。
操縦桿と連動するように、サイト(照準)が目前に思い浮かび、同時にターゲット(攻撃目標)の姿も眼前に現れて……。

「ふふふっ……あららぎさん。今度こそ逃がしませんよ~」

邪悪っぽく笑って、操縦桿を握る手を前後左右、縦横無尽に動かした。
猛る巨体。走行する装甲兵器。
先程まで体感していたリアル感覚を想起する。
操縦桿の重さや、全身に掛かるGを意識しながら、腕の動きに加えて指先の動きも開始した。
テクニカルな挙動には欠かせないというブレーキ機能を使って、教えて貰った範囲における全ての動きを実現する。
それを終えたら自己流の動きも試してみよう。

握る操縦桿を旋回させると共に突き出して、機体をジャンプさせながら捻りを加える。
半回転。一回転。二回転。三回転。
そして、実際には試しきれなかった四回転すら実現して、着地。
仕上げに。サイトに捉えた目標に向かって、トリガーに添えた親指を冷酷に引き絞る。
狙いの付け方や撃ち方などは教わっているけれど、実際に射撃する経験はまだ無い。
巨大な銃口から鉄塊が吐き出されていく光景も、私の想像が百パーセント。
とはいえ、実際の光景とあまり差はないだろう……と思う。
少なくとも、及ぼす結果だけは変わらない。

だから私の勝ちだ。

「……ふぅ」

大質量の弾幕によってターゲットが跡形もなく消し飛んだ光景を幻視して、私はほうっと一つ息をついた。

「イメトレ……終了」

腕を下ろしながら、乗り出していた身体を後ろに倒す。
ホバーベース操縦席の、大きめの背もたれが私の身体を受け止めてくれた。
一瞬、ふかっとしたシートに脱力状態で見を任せた後。

「う~~~~~~~んッ!」

っと、一つ伸び。
手足がピクンッと跳ねるのを感じて、また脱力する。

ホバーベースの中は快適だ。
ゆったり広々とした空間に空調まで整っている。
このバトルロワイアルの参加者で、今の私達ほど恵まれた環境で移動している人はいないだろう。
実に

「やくとく、やくとく」

である。

私の役目はルルーシュさん達が戻ってくるまでの間、
操縦席にて肉眼で見える範囲の監視と、橋周辺の様子を盗聴器で警戒しておくこと。
別にそれをサボっていた訳じゃないけれど。
一人ぼっちの見張り役は何だかとても時間が長く感じられて、退屈だった。
だから監視作業と平行して、出来る事をやってみようと考え。
こうして、えーと『ないとめあふれーむ』を動かすイメージトレーニングに励んでいたのだ。

「これで、少しは上達したのかな……」

自信は無い、けど無駄なことでも無い、と思う。
サザーランドは私にとって、現状における最強の武器だから。
もっともっと上手く扱えるようになる事が、私の生存率を上げる結果にも繋がるだろう。
こうして空いた時間にでもトレーニングして、少しでも上達を早める事がきっと大事。

でも、イメトレはもうこのぐらいで止めておこう。
先程からこれに熱くなりすぎて、少しだけ監視が疎かになっていたと思うし。
何事もほどほどに、ということだ。

……それにしても。

「静かだなぁ……」

当たり前だけど。
この場所で聞こえるものは、私自身の声と空調の音くらいしかない。
とてつもない静寂に包まれたリラックス空間である。
気を抜けば、目蓋が重くなりそう……。

「退屈だなぁ……」

それに、イメトレを止めてしまえば、もうこの場でやる事が無くなってしまった。
他の手段で時間を潰そうと思うと、どうしても操縦席から離れなければならなくなる。
監視をサボってフラフラするわけにもいかないし……。

「ルルーシュさん。遅いなぁ……」

私が体感しているほど、時間は経ってないと思うけれど。
思ったより、探索に時間が掛かっているのは確かだ。
何か面白い物でも見つけたのかな。
それとも、何かよくない出来事でもあったのかな。

『何かあれば、こちらから連絡を寄こす』

その言葉を思い出し、「異変があった訳じゃないのに、通信を寄こしたりしたら迷惑かもしれない」という思いに駆られて。
通信機へと伸びかけていた腕を止め、もう一度深く椅子に腰掛けた。
とにかく、監視に集中する事にしよう。

「ふーむ……」

やはり何も起こらないのが最良とは言え……。

暇だ。

「キミを見てると いつもハートどきどき」

何気なく歌を、小さな声で歌ってみる。

「揺れる思いはマシュマロみたいにふわ~ふわ」

うん。
これなら気も紛れるし、監視からそれほど意識が逸れることもないよね。

私はそんなふうに。
暫くの間ぼんやりと歌い続けながら、ライトアップされた夜の景色を眺め続けていた。

「あぁ カミサマお願い 二人だけのDream Timeください」

選んだ曲に、大した意味なんて無い。
ただなんとなく歌を歌おうと思って、なんとなく脳裏に浮かんだ歌がこれだっただけ。
それだけの事だ。

「お気に入りのうさちゃん抱いて 今夜もオヤスミ」

その癖、ビックリするほどすらすら歌詞が思い浮かぶのは何故だろうか。

「ふわふわ……ふぁ……ぁ」

疑問を断ち切るように欠伸した。
『オヤスミ』なんてワードを呟いたせいか、いよいよ本格的に目蓋が重い。
あ、そっか、やけに眠いと思ったら、そいういうことか。
普段の私はこの時間まで起きてる事なんてない、きっとそれが理由。

私は早起きして、お弁当を作らなきゃいけないから。
私の分と、それから……お姉ちゃんの分……。
布団に入る時間なんてすっかり忘れていたけれど、身体は憶えていたらしい……。

――刹那の間隙に、意味不明の寒気を感じた。

「いけない、いけないっと」

このまま、眠ってしまうわけにはいかない。
私は二度目のあくびをかみ殺しながら、しゃんと背筋を伸ばす。
軽くほっぺたをつねってみた。

頬肉をぎゅううっとのばして、パチッと離す。

「うう……いひゃい」

でも代わりに、ぼうっとした熱と共に眠気が引いていく。
これでよし。
やっと集中して見張りを……。

――今度は明確な気配を感じて、私はにわかに総毛立った。

「……!?」

誰かに、見られている。

そんな確信に近い予感。
椅子ごしに、私の背中へと突き刺さっている、冷たすぎる視線の気配。
凄まじい質量だった。
まるで部屋が真空になったのではないか、と錯覚するほどの束縛。
恐ろしいまでの閉塞感が場を支配する。

「だ……誰!?」

数秒の時をかけて、何とか首を捻り背後を伺おうとする。
が上手く行かない。
どうしてか、首が上手く回らないのだ。
いや、そもそも体がロープで縛り付けられたかのように、私の意志を受け付けない。

「誰……なの?」

視線の主は答えない。
早く、早く振り向かなければ……。
早く見なければ、消えてしまう。
この視線の正体がなんだったのか、知る機会は永遠に失われてしまう。
そんな、予感があったから。

「っ……ぐ……」

ギシギシと軋む身体を無理やり動かして、なんとか背後を視界に納める事が出来た。

「……あ」

結論から言うと、そこには誰も居なかった。
相変わらずシンとした室内で、警備ロボがせわしなく動いている。
聞こえるのは空調から発せられる音だけ。
確かに誰も、居なかったのだ、が。

「………っ」

息を呑む。

私は見た。
一瞬、ほんの一瞬だけ、視界の隅に見えたのだ。
幽鬼のように佇んでいる男の姿が。

「うそ……」

ありえない筈の幻覚。
梓ちゃんを殺して、そして桃子ちゃんに殺された筈の男。
一瞬にして消えてしまったとは言え。
その男の空洞の様な目を、私は直視してしまった。

確かに男は死んだはずなのに。
どうして私は、そんな幻覚を見てしまったのだろう。
分らない。分らないけれど……。

「……なに……これ……?」

この全身を駆け巡る悪寒は本物だ。

「……嫌…」

考えないように、しよう。
ただの幻覚だ。
私が今集中しなきゃいけないのは見張り。
それだけなんだから。
だから、今見た幻覚についての思考は、そこで打ち切ることにした。


ささ、見張りに集中集中。


――そう思って、再び見つめた窓ガラスに、お姉ちゃんの顔が映っていた。


どうしてそんな所に居るんだろう? 私は気にもならないけど。


――お姉ちゃんは哀しそうに、失望するように、私を見つめていた。


だから? 何だというのだろう? どうでもいい。


――お姉ちゃんの両目から、涙が零れ落ちていった。


けれど、私はなんとも思わない。


「…………ぇ?」


――そうして、口の中に流れ込んだすっぱい味に、私はやっと気がついた。


違う、あれはお姉ちゃんじゃなくて。


――泣いていたのは私だった。

ガラスに映っているのはお姉ちゃんじゃなくて、私だ。
哀しい目、失望した目、涙をこぼす目。
全部、私の目だ。

「へっ? あれっ? おかしいな? なんだろう、これ……」

ぽろぽろぽろぽろ。私の目から涙が零れ続けている。
意味が、分らない。
どうして、私は泣いているんだろう?
私の心は、脳は、何一つ悲しみなど感じていないのに。
なのに決壊した意味不明の涙は、洪水のように垂れ流しになっていて、私には止める方法が分らない。
じくじくと胸が痛む理由など、まったく思い当たらない。

「ははっ……おかしいな……あはははっ……」

だからホントに訳が分らなくなって、
それがなんだか可笑しくなって、私はつい笑ってしまった。
泣きながら、笑った。

「はははっ………あははっ……はははっ……はっ……ははっ……」

泣きながら、笑いながら、凍えた。
先程から寒気がおさまらない。
空調の設定を間違えているのだろうか?
心の芯から冷え切っていくようだ。

「さ、む……寒い……な」

寒くて、たまらない。
どうしようもなく、なにかが足りないのだ。
私に必要なぬくもりが無い。
いつも私を暖めてくれていた何かが、ここには無い。

『……憂ー。あったか、あったかぁー』

脳裏に響く声の意味も、私にはよく分らなくて。

「寒いよ……」

それに伴う、胸を貫くかれるような痛みも、よく分らない。

私は両手で自分の身体を抱いた。

理解できない。理解できない。
だから、これは考えちゃ駄目な事なんだ。
余計な事は考えちゃ駄目なんだ。

『辛い事は考えるな』

私は、ルルーシュさんの言う事を聞いていればいい。
言う事を聞いて、そうやって生き残る。それだけを考えていればいい。
あの人の言う通り、辛い事は考えない。

どうして、考えるのが辛いのか? その理由も考えちゃいけない。

『俺が助けてやる』

その言葉を、信じている。
神様だって、この痛みからは助けてくれなかったけど。でも、あの人なら。
あの人は、きっと私を助けてくれるのだと、信じられる。
信じていたい……。
そうじゃないと、私は――。

「ねえ、ルルーシュさん……早く……早く帰ってきてよ……」

一人にされると、どうしても余計な事を考えてしまうから。
辛い事を、考えちゃ駄目な事を考えてしまいそうになるから。
だから……。


「一人は……一人は嫌だ……」


誰かに、傍に居てほしい。


時系列順で読む


投下順で読む


264:残酷な願いの中で 平沢憂 268:GEASS;HEAD TRIGGER(R)
264:残酷な願いの中で ルルーシュ・ランペルージ 268:GEASS;HEAD TRIGGER(R)
264:残酷な願いの中で 東横桃子 268:GEASS;HEAD TRIGGER(R)
264:残酷な願いの中で 秋山澪 268:GEASS;HEAD TRIGGER(R)


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年06月14日 01:14