未来憶ネクロシス ◆qWledVrzo.
―――何がなんだか分からないって。だってこんなの、聞いてないし。
至極普通の女子高生、
田井中律は、デイパックから取り出した日本刀に、その小さな身体を震わせながら縋り泣く。
闇に沈んだ深奥の森は、全てをその草木の喉に飲み込むかの如く不気味に構え、
ただでさえ混乱と不安に支配された律の心を、より一層濃厚な黒で深く塗り潰して止まなかった。
「嫌だ……こんなの……聞いてないって……嫌だよ……!」
止めどなく溢れる大粒の涙で日本刀の鞘を濡らす律は、ただ徒に嘆く術しか持ち合わせていなかった。
幾重にも積まれた木の葉の雲。その僅かな隙間から、満ち損ねた月が無言のまま律を見下ろす。
率先してバンドを導くムードメーカー、気丈で明るい律の姿はそこには存在していなかった。
「澪……っ! 何処に居るんだよッ!」
腹の底から唸る様に、律は苦々しく親友の名を零した。
しかし、その声は空しく森の木々に吸い込まれ、遠く広がる闇の腹に収まるだけだ。
親友の元は愚か、何処にも、誰にも届かない。
律は頭を木に凭れ掛け、歯を軋ませた。よく分からない内に、人の首が飛んで、挙句森に飛ばされて、訳が分からない。
私は、文化祭の演奏のアンコールに答えてただけなのに。何で、何でこんな事に……ッ!!
「嫌だ、こんなの……澪っ……皆……!」
実は、自分が弱い人間なんだって事くらい、知ってる。嫉妬とかして、私が悪いのに喧嘩とかして。
こんな時くらい、部長なんだから早く皆と合流して、励まさなくちゃいけないって事も、知ってる。
律は肩を震わせ、漫画の中でしか見た事のない本物の日本刀の柄を、ぎゅうと強く抱き寄せた。
しかし、律の胸には冷ややかな現実しか染み入らない。
暖かさや優しさの類はそこには一切なく、ただ無機質な冷たさだけが、残酷に律の胸を浸食してゆく。
縋れるものすらもが、殺し合いの道具。その絶望的事実が、律の身体の芯を酷く締め付けた。
不意に嫌に生温い旋風が、森を吹き抜ける。
泣き腫らしていた律は、膝丈ほどもある葦の揺れに、その小動物の様に小さな身体を跳ねた。
ねっとりとした空気の質感に、律は思わず涙と唾を飲み込んだ。
喉の奥が間抜けな音を上げる。そこから理解した、己の余りの頼りなさに、律は思わず顔を顰めた。
顔をゆっくりと上げる。嫌な予感は、何時だって当たるものだ。
潤み、滲んだ律の瞳の先には……一人の男が、その酷く寂しそうな双眸でこちらを見下ろしていた。
「ひ……ッ!」
律は声を裏返し、粗暴に刀の柄に手を掛けた。
乱暴過ぎるノック音が、身体の内側から律を叩いた。速度は8、いや、16。
どっと全身の毛穴から汗が滲む。脂汗がじわりと掌に纏わりつき、うまく刀の柄が握れない。
酸素を求める魚の様に、律は口をぱくぱくと開閉させる。
視界の草が揺れる。近付く足音、広がる瞳、渇く口内。
男がこちらへと近付くのが、分かる。
「早く……早く……!!」
律は想像以上に重い日本刀を、震える右手で乱暴に鞘から引き抜く。
月光をぎらりと反射する刀身は、息を飲む程に妖艶であり、非現実的で、
この舞台が如何に現実から乖離しているのかを、律に嫌らしく見せ付ける。
律は荒ぐ息を飲み込み、急いで刀から視線を放した。
「こ、来ないでよ……来ないでッ……!」
ぺたん、と両膝を地に着き、律は泣き叫び、同時に強く自己嫌悪した。
自分でも、それは余りにも哀れな声に聞こえたからだ。
だが、律は体裁に構わず叫んだ。
死にたくなかったからだ。死ぬのは嫌だった。死ぬのは嫌。
あんな風に頭を吹き飛ばされたくない。私は、まだ死にたくない!
刀の重みに身体を遊ばれながらも、律は座ったまま必死に刃を男に向けた。
しかし得体の知れぬスーツ姿の男は、律に近付く行為を一向に止めようとはしない。
「い、嫌……嫌だ……ッ! 来ないでよ……!」
日本刀の切っ先まで残り3メートル、やがて2メートル。そして……1メートル。
【あなた」「は」「落とす】
男の意味不明な言葉を聞いた瞬間。
その時、男の切っ先までの距離、数値にして優に50センチ。
その距離は、律の手の筋肉に力を入れるには、日本刀で男を薙払うには、充分過ぎた。
拒絶と混乱の色に声を染め、律は艶やかに煌めく日本刀を、遮二無二振り回……“そうとした”。
「落ち着いて下さい。私は、貴女の味方ですから」
顔を涙と鼻水でくしゃくしゃに汚した律は、何故か落としてしまった日本刀に目もくれず、
男がこちらへと伸ばしている掌を、口を中途半端に開いたまま凝視した。
続けて、ゆっくりと、下から恐る恐る視線を上げる。
「……先ずは、名前を聞いてもいいかな?」
男は朗らかに微笑むと、穏やかな声でそう言い、続けた。
「ああ、自己紹介がまだでしたね。私は
玄霧皐月。礼園女学院の教師をしています」
眼鏡の奥の丸い瞳は、その柔和な表情は、律には優しさに満ち溢れているかのように見えた。
故に律は、はっとした様に急いで袖で汚れた顔を拭き、赤く腫れた目を男から逸らしたまま、差し出された手に応じる。
「田井中……律……」
清冽な夜風に身を任せ、木の葉が虚空に舞い上がる。
俯く女と笑う男を、朧月夜は黙して見つめ、記録されし新たな記憶、今宵も一つ。
最も死に近き男と、最も士から遠き女の奇妙な出会い、此所に有り。
【C-4/森/一日目/深夜】
【田井中律@けいおん!】
[状態]:健康 動揺
[服装]:制服
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式 九字兼定@空の境界 その他不明
[思考]
基本:死にたくない。皆と会いたい。特に澪と会いたい。
1:この人なら信用しても大丈夫かもしれないので、取り敢えず一緒にいる。
※二年生の文化祭演奏・アンコール途中から参戦
【九字兼定@空の境界】
五百年以上前に打たれた名刀。銘はない。
兼定という刀匠の作だとされる、なかご(=握り部分の刀)に九字(=臨兵闘者皆陣烈在前)を刻んだ刀。
抜き身にするだけで結界を切り裂く業物。
【玄霧皐月@空の境界】
[状態]:健康 律が住む世界(未来)の記憶への驚き
[服装]:スーツ
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式 その他不明
[思考]
基本:永遠を探しがてら、記憶を探ったりで暇つぶし。死者復活が永遠に繋がると考え、出来れば主催陣に会いたいが、殺し合いを勝ち抜ける気もしないので、漁父の利を狙う。
1:律の世界について聞いた後、彼女を利用して行動する。死なれたら面倒なので、素質があれば魔術を教えるかも知れない。
2:死んだはずの荒耶が気になる。会って、永遠を手に入れたのか聞きたい。
※式と対峙し、勝負する直前からの参加
【皐月の能力制限】
1:誰かの命や禁止エリア、首輪に関する催眠は一切出来ない。
2:対象者に触れなければ、記憶の引きだしと奪取は出来ない。
3:能力発動には、対象者が皐月を視認し、また催眠の言葉を聞く必要がある。
4:対象者が催眠状態で皐月から一定マス以上離れた場合、催眠が解除される。
その他諸々(そもそもこの制限も主観&曖昧なので)、今後リレーして下さる書き手氏、議論スレなどに任せます。
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2009年11月05日 00:01