幸せの時は人心に煌めく ◆qh.kxdFkfM
しかたがないんです……。
しかたがないんです……。
だから、しかたがないんです……。
『幸せの時は人心に煌めく』
もう駄目だ。もう駄目だっ……!
どうして自分はいつもこうなのだろうか。
安藤守は自身に問う。自分のすることなすことは常に空回りのどつぼ。そのくせまわりばかりが成功を収めていく。あの船の時だってそうだ。自分の描いた理想とはかけ離れた現実が目の前で描かれていく。一方で、
伊藤開司のような人間が、奇跡じみた成果を残していく。
(こんなの不平等じゃないかっ……!)
今安藤が圧倒的に感じているもの。
それは不幸――――!
絶望的なまでの不幸――――!!
それに押しつぶされ、諦念、挫折。ゆえに一歩も動かず、ただただ蹲るのみっ…………!
――――ヵァァァァァァアン
「うわっ……!?」
どこかから聞こえた爆発音。もしかしたら主催者に逆らった誰かがまた首輪を爆破されたのかもしれない、そう安藤は察した。実際はここまで大音量で爆発はしないのだが、恐慌状態であるため、そこまで思慮が及ばない。
(くそっ、くそっ……!)
安藤は船を降りた後、途方もない借金にうんざりしつつも、借金取りの恐怖に耐えかねてあくせく働いていた。『別室』に行った奴らよりはマシだと自分に言い聞かせて、働き続けた。ギャンブルによる一攫千金は自分には過ぎたものなのだとエスポワールで骨身にしみたので、ギャンブルの話を持ちかけられても断った。こんな風に、地道に堅実に生きることが、安藤守にはあっているのだ。そう考えるまでに至った。
――――なのにこれは何だ。
気がつけば見知らぬ密室に閉じ込められていて、どっかのヤクザのような男とヘンな服着た女が意味のわからないことを延々と吐き続ける。殺し合い? バトルロワイアル? そんなもの知ったことか。自分はさっさと帰って、仕事しなきゃならない。しかし安藤はそこで知る。これは夢ではないのだと、勝手に抜けることのできない生死をかけたギャンブルだと。逆らえば先ほどの少女のように、物言わぬ骸となると……。
だから安藤は絶望し、蹲るしかなかった。デイパックを開く気にもなれなかった。たとえどんなに強力な武器があっても、63人も相手にできるわけがない。よしんば優勝しても、『大量殺人者』という烙印が安藤には一生ついてまわるのだ。常人なら到底耐えられるものではない。精神的にも、社会的にも……。
ゆえに何もせず、万が一の奇跡を待つしかない。
そんなものこないとわかっていても、
待つしかないっ…………!
「……どうしました?」
安藤は雷に打たれた気分だった。誰かが自分に声をかけている。
伏せた顔を若干ずらして窺えば、そこにいるのは老人だった。
右手がカギ爪の。
「ひっ……」
「バッグに包帯や消毒液が入っていたので、応急処置程度ならできますが」
男は安藤の横でしゃがみ、やさしく語りかける。安藤はその男の言葉よりも、鋭利なカギ爪が気になって仕方がなかった。
すると男はその視線に気づいたのか、すこしバツが悪そうに、
「あ、これですか。昔トラブルで右手を失くしてしまいまして。もっと手に近い義手もあったんですが、これが気に入りましてね」
ひとまず顔をあげてください、という言葉に安藤はびくびくしながら従う。襲うつもりなら、こんな風に接触するはずはないと判断したからだ。
といっても、猜疑心は完全には払拭できるわけもない。
「ふむ……。顔色もそれほど悪くありませんし、どこも異常はないようですが……」
「い、医者か何かなんですか……?」
その場であぐらをかいて安藤が問う。男もそれにならい、座り込む。
「いえ。ただ、長生きしていると人の病気とか死とかよく見るものですから」
「死……」
「ああ、すみません」
顔が青くなる安藤を見て男はあわてて謝罪した。それから男は微笑みつつこう切り出した。
「私と少し……話をしませんか」
それから安藤は男に色々なことを話した。
自身の境遇からエスポワール号でのギャンブル、このゲームで絶望し、何をしていいかわからないということまで。
それは安藤1人には重すぎる荷。だれかと一緒に持ってほしかった荷。
男はただ頷きながら聞いているだけだ。安藤には都合がよかった。
自分の淀みを吐き出せばいいだけなのだから。
「……なるほど。だいたい分かりました。つまりあなたは、ただ帰りたいだけなんですね」
「はい……」
話を終える頃には、出会った当初のわだかまりは安藤の中から消えていた。男は左手で頭を掻いて笑った。
「それはよかった。もしかしたら主催者の扇動で私を殺したりはしないかひやひやしていました」
「そんな、俺は……」
「ええ。さっきの話であなたの人となりは大方理解したつもりです。
あなたは率先して武器を握るような方ではない。私が保証します」
「え……」
その瞬間、安藤の心中で温かいものが生まれた。それは他人の自分への理解、信頼。
カイジのような切迫と妥協から与えられた方便とは根本的に違う、利害を超えた無償の慈愛、寛容。
「辛かったでしょう。多くの人に裏切られ、虐げられて」
「はい。はいっ……!」
男は左手で安藤の手をそっと包んだ。気がつくと知らず知らず涙が流れていた。
まわりの奴らはこんな風に労わるどころか、悪罵を吐くか、利を要求するような連中ばかりだった。
だからこそ余計にこの男の優しさがしみる。
「落ち着いたら名簿で知り合いを確認しましょう。誰かいるかもしれない」
「いえ、大丈夫です。やります」
袖で強引に涙を拭って、ポケットに突っ込んでそのままだった封筒を取り出した。
男は優しい顔で頷いて同じ体裁の封筒を取り出す。
「私の名前は……ああ、多分この『
カギ爪の男』でしょう。ひどいなあ。ちゃんと名前があるのに」
それに安藤は小さく笑う。もしかしたらここにきて初めての笑みかもしれない。
「僕は『安藤守』っていう名前なんですけど……あれ、ないなあ」
地面に石で小さく自身の名前を書いて見せる。男はふむ、と頷いて、
「多分あなたは未掲載なんでしょう。たしか13名程はそういうことになっていました」
「なるほど。それで知り合いは……あっ、カイジさん。
この『伊藤開司』って人、さっき話したエスポワール号で一緒にいました。他には……いないみたいっす」
「私は『
ヴァン』くんに『
レイ・ラングレン』くん、最後に『
ファサリナ』くんで三人ですね。
みなさん強いので、心配はいらないと思いますが……」
男は名簿の空欄に『安藤守』と書き込み、それから『伊藤開司』に丸をつける。
知り合いである三人にはすでに印が入っていた。安藤もそれに倣うため、デイパックから筆記用具を取り出す。
この時初めて、安藤は自身のデイパックを開いた。そこで奇妙なものを発見する。綺麗な石のようなもの。これは……。
「なんだこれ――――ッテェ――――!?」
「おやおや」
触っていた指に激痛を感じ、安藤がデイパックから手を引っこ抜く。
カギ爪の男は激しく振っている腕をとめ、“それ”を凝視すると……。
「おや、何と……。安藤くん、取れましたよ」
「な、なんすかこれ」
涙目になりながら安藤が聞くと、カギ爪の男は笑って、
「カメですよ。以前見たことがあります」
『クエーッ』
男の手の中にあるのは、確かにカメだった。なぜか甲羅に糸が通っている。安藤の目の前に紙がひらひら落ちてきた。
振り回した際に上へ舞ったのだろう。拾い上げると、何か書いてある。
『この亀の名前は〈カメオ〉です。基本的になんでも食べます。大事にしてあげてください』
「どうやら支給品のようですね」
「なんじゃそりゃー!」
あのヘンな女、刀剣とか銃器とかいってなかったか。なんだよ亀って。
ブリーダーになれってか! 安藤は主催者の理不尽に怒った。
「まあまあ。かわいいじゃないですか」
「そういう問題じゃないっすよ!」
カメオはカギ爪の男がちぎったパンを食べている。
それに可愛さを感じないといえば嘘になるが、状況が状況だ。構っている余裕はない。
「大事にしてあげてください。この子だって、無理やり連れてこられたんですから」
「ぐっ……」
そう言われると言い返せない。しぶしぶ安藤はカメオを首にかけた。持っていてまた指を噛まれるのはごめんだ。
「主催は何考えてんすかね。こんなもの渡して、本当に殺し合いされる気あるんすかね」
「意図はわかりませんが、少なくとも人を蘇生させるか、タイムスリップさせる力はありますよ」
「そんなまさか」
何かの冗談ですよね、という含みで安藤は返すが、カギ爪の男は笑みを消して首を横に振った。
「本当です。事実、私は一度死んでますし、レイくんもそうです」
「えっ……」
死んでいる? この人が? 安藤は呆然とカギ爪の男を見た。しかし撤回する言葉も、表情もまるでない。
「名簿をよく見てください。『
織田信長』、『
明智光秀』……私の記憶が正しければ、これは過去のマザー、つまり昔の地球に存在した人間です」
「あっ……!」
たしかにそうだ。言われて見れば『
真田幸村』、『伊達正宗』など、自分でも知っている有名な武将たちが名を連ねている。
「同姓同名という可能性もありますが、少なくとも私とレイくんは一度死んだことは確かです」
「そんな……」
何かのマンガのような話だ。死んだ人間が生きていて、話したり触れたりするなんて……。
ありえない。そう結論付けるのは簡単だ。だが、多くの人間を拉致し、こんな殺し合いの舞台とルールを用意する技術力は、考えてみれば常軌を逸している。
――――『なにせ我々は……《金》で《魔法》を買ったんだからなッ!!』
そうだ。魔法だ。こんなことできるのはそれくらいしかない。
死者を蘇らせ、時を渡るなんて芸当。それを魔法と言わずなんと言う。
「今すぐ信じろとは言いません。ただ、『そういう可能性もある』とだけ考えておいてください」
「いえ、信じます。それであの、死んだんですよね? それ、どんな感じなんですか? あ、嫌ならいいっすけど……」
「そうですねえ。私の場合、ある人に斬られたんですが……」
そこでカギ爪の男は笑顔に戻るが、安藤は顔を暗くした。どうしても想像してしまう。この人の分と、自分の分。
「斬られる瞬間がスローモーションに感じました。
刃が骨に達したあたりで、『ああ、死ぬんだなあ』って思って、今までのことが一気にばーっと目の前に広がって――こういうの走馬灯っていうんでしょうね――見えたんですよ」
「見えたって何が……」
「いえ、正確には『見えなかった』が正しいんですがね。
“無”が見えたんですよ。何も存在しない。人も空も地も……。そこでやっとわかったんです。『死というのはこういうことなんだ』、って」
カギ爪の男が差し出したパンの欠片をカメオは嬉しそうに齧る。安藤はカギ爪の男が何だか不安定な存在のように思えた。
「森羅万象に意味はなく、始まりが終わりに向かって動くだけ……。そんな感じでしょうか。
元々命そのものに意味はないと考えていましたが、これには目からうろこが落ちました」
男は立ち上がるとデイパックをその場に置いた。そのまま少し離れた崖に近づき、下を覗き込む。
「そして気がついたらここにいました。『殺し合い』、『賞金』……なんともバカげたゲームです。
いえ、バカだからこそいいのでしょう。この世は無味乾燥で、夢を持つかバカをするかしないと、生きていくのは辛い……。安藤くん、あなたに夢はありますか」
「え。俺は……その……毎日借金どうしようって考えて、それで何も浮かばなくて……」
「それでいいんです。それも一つの夢です。それで人は生きていける」
それを最後に、崖で話していたカギ爪の男は黙った。安藤に背を向けたまま、暗い海を、空を見ている。
(夢、か……)
いつのまにか気にもしなくなっていた。昔はあったはずなのに、今は金に手を伸ばそうとする毎日。
あるわけないのにどこかで奇跡を信じて、見せかけのチャンスに縋って――――。
『初めにも言ったが、これはゲーム大会だ。当然、勝利者にはそれ相応の報酬が支払われる。
それはいったいなにか……もったいぶっても仕方がない。ずばり言ってしまおう――《賞金》と、《権利》だ』
その瞬間、安藤の頭にとある打算が浮かんだ。目の前の老人は今、自分に背を向けて崖っぷちにいる。
すこし背中を押せば、転落は必至。容易く殺せる。これは安藤を誘惑した。
武器や道具を使って殺すのではない。ただ自分は『押せば』いい。手を汚さずに済む。
そうだ、落ちてしまうのは自分の責任ではない。あんなところにいる方が悪いのだ。
それに支給品を見る限り、全員に支給されているものは大したものではない。
たとえいくつかに銃や剣があっても、時代遅れの戦国武将や一般人が大半。勝てない戦ではない。
見せしめになったのだって女の子だったし。その支給品も自分は『二人分』手にするのだ。単純に考えて物量は他の奴らの二倍っ……!
(勝てるっ……)
押せっ 押せっ 押せっ 押せっ
押せっ 押せっ 押せっ 押せっ
押せっ……!
安藤は静かに立ち上がり、カギ爪の男に迫る。やがて手の届く距離に近づくと、腕にぐっと力を込めた。
(そうだこれは殺し合いなんだ。恨むなら主催者と自分の不幸を恨んでくれよ。俺はまだ死にたくないんだ)
標的である背中――その小さな背中を見て、安藤は今までのことを不意に思い返した。
あの人は自分の身を案じて話しかけてくれた。――――違う! 俺を懐柔しようとしたんだ!
あの人は自分の話を聞いて慰めてくれた。――――それも違う! 腹の中では俺のことを見下してるんだ!
あの人は――――うるさい! 俺は死にたくないんだっ……!
「うっ、ぐっ……ひっぐ」
涙と鼻水で顔中を濡らしながら、安藤は押せないでいた。
両腕は震え、視界はすっかりぼやけている。駄目だ。駄目だっ……。ここで押さないとっ……!
「…………突き落とさないんですか?」
「え……」
カギ爪の男はゆっくり振り返る。その顔には怯えも怒りもない。ただ安らかな笑みのみ。
「覚悟はしていました。あなたは『生きたい』と思っていますし、当然の流れです」
「何で、どうして……」
安藤は膝を地面に落とした。どうしてそんな風に考えられる。
誰だって死にたくないはずだ。それなのにこの人はどうして……。
「私はもう死んだ人間ですから。死んだ人間がいつまでも生きているべきではありません」
カギ爪の男は左手を安藤の肩に手を置く。死んだ人間とは思えないほど、その手は柔らかく、暖かく感じた。
「夢に執着し、他人を手に掛けるのはもうたくさんです。あの頃の私は、他人の心を理解してやれなかった……」
男の片足が一歩下がる。下に大地はない。
「だから今は、今だけは、真に他人を理解し、他人を想った行動をしたいのです」
安藤から手が離れる。
「生きてください。その命、手放してはいけませんよ。それでは――――ごきげんよう」
両足が大地から離れる。重力にひっぱられ、後は落下するのみ……。
『クエーッ』
「――駄目だっ」
カメオの声にはっとなり、安藤はすんでのところでカギ爪を両手で掴んだ。
理性で考えた行動ではない。本能で感じた行動。利を超えた利――――!
「どうして簡単に命を投げ出すんだ! 生きようと思えよ! 思っていいんだよっ!」
「私はもう十分生きました。夢を持ち、全身全霊で挑みました。結果は頓挫でしたが、それでも私は満足しています」
「ふざけんなっ。一回失敗したからって何だ。俺なんて失敗の連続だっ……!」
「ええ。ですがもう生きるのには疲れました。その役目は、あなたのような今を生きる人間にこそふさわしい」
カギ爪の男の左手が安藤の手に触れた。
「ですから放してください。このままではあなたも死んでしまう」
「クソッ、クソッ……!」
現実はドラマのように相手を引き上げることも、助けがくることもない。現状維持が精一杯。
安藤は自分の無力さを心の底から呪った。
「気に病まないでください。私は悔いるのも悩むのも望みません。
ただ、私を友達と思ってくれるなら、覚えていてもらえると嬉しいです」
それが『生きる』ということの本質だから、とカギ爪の男は笑う。しかし安藤は泣きながら首を横に振った。
そんなものまやかしだ。実際に生きていてほしいに決まっている。
「ああ、そうだ。私のバッグに知り合いへの手紙が入ってます。それを渡してください。他にも考察をまとめたものが――――」
「そんなの俺におしつけるなっ! 自分でやってよっ……!」
両手の限界が近づいている。自分の足場もいつまでもつかわからない。このままでは本当に自分も落ちてしまう。
放すべきなんだこの手を、今すぐ。でも手放さないっ、放したくないっ……!
(俺はこの人に死んでほしくないんだっ……!)
理由はわからない。いや、そもそも理由なんて後付けなんだ。
初めから存在するわけがない。だから今はこの人を助けることを考えればいい――――!
「私の命を大事に思うのであれば、その『遺言』を実行してください。お願いします」
カギ爪の男の手が安藤から離れ、自身の右腕に伸びる。そこはカギ爪の継ぎ目だった。
「安藤くん、最後にあなたと出会えてよかった……」
小さな音とともに、カギ爪の男は自身の象徴ともいえるカギ爪から分離した。
当然待つのは落下。
安藤の目にはその瞬間がコマ送りのように映った。何を叫んだのか分からない。
ただ涙と一緒にあの人が落下しているのだけははっきり見えた。今までと変わらない笑顔のまま、あの人は闇の中へ消えていった。
崖下でぶつかる波濤の音とは違う音が、安藤の耳に届いた。
「なんでっ……。なんでっ……!」
カイジみたいに激怒して殴ってくれた方がよかった。それが免罪符になるのだから。
あんな風に最初から最後まで優しくされたら、恨むことも、正当化することもできないではないか……!
安藤はその場で開始直後のように蹲った。不幸を感じてではない、『友』と呼ぶべき人間を喪失したことによる悲愴、悲観……。
『クエーッ』
首が引っ張られるのを感じて安藤がそちらを向くと、カメオがデイパックの置かれた場所へ行こうとしていた。
「そうだ。あの人、手紙があるとか……」
あまり気乗りがしないが、無下にするわけにはいかない。
一瞬支給品のことを考えたが、殺し合いに人命救助を目的としたものを入れるわけがないので、すぐにその考えを捨てた。
それに、あの人は助けても喜ばないような気がする。むしろ、『もっと必要な人がいるはずです』とか小言を言われそうだ。
はたして手紙はデイパックの一番上に入っていた。おそらく見つけやすいように配慮したのだろう。
逆にいえば、自身で開く気はもうなかったようだ。手紙はメモ帳で作った封筒の中に入っていて、四通あった。
『ヴァンくん』、『レイくん』、『ファサリナくん』……。一通だけ何も書かれていないものがあった。
悪い気はしたが、内容を知らなければ誰に渡せばいいか分からないので、封を切ることにした。
そこに書かれていたのは――――。
■
この手紙を読んでいるということは、どういう経緯があったにせよ、私があなたに荷物を譲渡したということでしょう。
その時私は二度目の死者となっているのでしょうか。
私は以前、世界の恒久的平和を願い、人々に自分の思想を植え付けようと計画しました。しかしそれでは駄目なのです。
思想の押しつけは、忌避すべき暴力や蹂躙と変わりません。まずは他人を受け入れ、理解して、話をすべきでした。
その先に協調と友情――平和があるのです。もしあなたが主催者の扇動によって殺人に走るのであれば、今一度考えてみて下さい。
なぜ自分がそこへ至ったのか。別の手段があるのではないか。おそらくこの『殺し合い』には欠陥があります。完璧な計画などありえないのです。
それを見つけることが、ここから脱出の鍵となるはずです。微力ながら、私の考察をここに記すことにします。
最後に私からお願いがあります。どうか、諦めないでください。
相手は同じ『生きる』という目的を持つ人間じゃないですか。必ず分かり合えますよ。だから、自分を捨てずに生き続けてください。
その意志が、必ずや突破口となるはずです。
それでは、ごきげんよう。
クー・クライング・クルー
『遺書』には他に、自身の考察を列挙してある。あれがこれからを生きる者の助けとなればいいが、はたして……。
カギ爪の男はぼんやりした意識で、海中を漂っていた。彼は大丈夫だろうか。一応気にするなとはいったが、やはり気にするだろう。
それが彼の生きる意味を鈍らせなければいいのだが。
ごぽっ、と血が口から出て、海水に混じって消えていく。落下の衝撃で骨も内臓もぐちゃぐちゃになっているのだろう。
ただでさえ無理な延命で体はボロボロなのに、これではどうしようもない。今は激痛で何とか意識を繋いでいる状態だ。
そうか。死ぬということは、こんなに痛くて、辛くて、苦しいものなんだ……。二度目でようやくわかるなんて。
自分はどうやらやることなすことが手遅れらしい。
(それでも……)
カギ爪の男は自身の右腕を見る。こんな自分に生きろといってくれた人がいた。
人殺しのカギ爪を握って、助けようとしてくれた。それで十分ではないか。
人は1人では生きてはいけない。理解者がいて、初めて人は己の生を実感できる。
ああ、そうか。だからあの二人は自分をあんなに憎悪したのか。また一つ、手遅れの理解。
(安藤くん、君ならきっと、“無”以外のものが見えるはずだ。そう、『幸せの時』が……)
そこでカギ爪の男の意識は波とともに流れた。
生無き者はただ流れるだけである。
その流れに、抗いはしない。
■
散々泣いて、何度も『遺書』を読んだ安藤の結論は、『仲間を集める』であった。
あの人の遺志を引き継いで、こんな馬鹿げたゲームから脱出する。それが今の安藤守の“夢”。
「カメオ、お前はどうする」
首から離し、地面に置いたカメオは、再度安藤の手を噛んだ。しかし先ほどの激痛はない。ただくわえただけ。
「わかったよ」
再び安藤の首飾りになったカメオは、嬉しそうに鳴いた。
懐かれたのかそれとも餌の心配をしているのかはわからないが、しばらくは孤独じゃないようだ。
あの人のデイパックの中身を自分のに移そうとした時、ふと、彼のカギ爪が目に入った。
このまま置いておくべきか、それとも海に投げ入れて返すか……。
――いや、違うな。
捨てては駄目なんだ。持ち続けなくては。安藤は決然とした表情でその形見を自身のデイパックに入れた。
腹の中で、主催者への怒りが渦を巻いている。安藤にカギ爪の男が危惧した感情はなく、あるのは使命感。
(そうだ。どうせ死ぬなら、とことん足掻いてやる。俺はあの人に命をもらってるんだ。無様な生き方はもうできない……!)
後悔も苦悩もしない。
ただ背負うのみっ……!
【F-6/高台/1日目/深夜】
【安藤守@逆境無頼カイジ Ultimate Survivor】
[状態]:健康 覚悟完了
[装備]:カメオ
[道具]:デイパック、基本支給品(パンが1つだけ微妙に欠けている)×2、不明支給品x1~5、手紙×3、遺書、カギ爪
[思考]
基本:仲間を集めてゲームからの脱出。
1:カイジと合流。その際きちんと謝罪して、協力を要請。
2:可能であれば手紙の相手を探して渡す。
3:さっきでかい音が聞こえたけどどうしよう。
4:見知らぬ相手と会ったらまず会話。その後は状況によって判断。
[備考]
※参戦時期はエスポワール号下船後です。
※手紙の相手とカギ爪の男の関係は知りません。
【カメオ@ガン×ソード】
ウェンディのペットの亀。現実世界の亀とは違う動物(エンドレス・イリュージョンの固有種の甲殻派虫類)で、「クエーッ」と鳴き、特定の人物になつくなど、ある程度の知能がある。
凶弾から飼い主を守ったことがあり、ある程度の防弾性あり。さすがカメオだ、なんともないぜ。
【カギ爪の男の遺書】
上記の文章のほかに、カギ爪の男の考察が記されている。
・主催者には死者を生き返らせる力、またはタイムスリップする力がある。
・ここはマザー(地球)の可能性がある。(※私が住んでいる星はエンドレス・イリュージョンという囚人惑星である)
・計画には欠陥があり、期間――禁止エリアの設定はその欠陥のカモフラージュ。
・首輪にはその性質上、音声や振動による盗聴が懸念される。重要事項は筆談で行い、余裕があれば首輪に包帯を巻くことが望ましい。
・首輪の信号の送受信、魔法(オーバーテクノロジー)の維持のために、どこかに中継点があると予想される。
【カギ爪@ガン×ソード】
カギ爪の男の象徴ともいえるカギ爪。人体を切り裂いたり刺したりすることができるほか、銃弾を弾いても凹みもしないほどの防弾性を持つ。
「父上」
聞き覚えのある声に気付き、カギ爪の男はゆっくり目を開ける。
「こんなところで眠っては風邪をひかれます」
「ああ、すみません」
そんなことを言いつつも、律儀にブランケットをもってきた息子に礼をしていると、横でくすりと笑う声がした。見れば、美しき我が妻である。
「同志 一緒に 遊ぶ」
「あの……遊びたい、です……」
双子に手をひかれ、カギ爪の男はソファーから立ちあがった。それを青年が咎める。
「こらお前たち、父上はお疲れなのだ」
「いえ、いいんです、ウーくん。私もそういう気分ですから」
外では愛犬が吠えて急かしている。妻から受け取った上着を着て、双子を追う。
そこである違和感を感じ、右手を見ると、遠い昔に失くしたはずの自身の右手がそこにあった。カギ爪はもうない。
「同志 早く」
「同志……」
生身の両手を双子が握る。カギ爪の男は理解した。自身の境遇、顛末、終着を……。
男は笑う。心の底から、全身全霊をもって。そこに打算も邪気も存在しない。ただ純粋な笑顔。
そうか、これが私の――――――――。
【カギ爪の男@ガン×ソード 死亡】
【残り62人】
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安藤守 |
049:理由 |
カギ爪の男 |
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最終更新:2009年11月08日 17:08