歪曲 ◆eNIM4lH5t.



何処か懐古的な木製壁掛け時計の音に抱かれながら、私は静かに瞼を閉じていた。
一定時間毎に流れる機械的な音が、私に狂気的な悪意を以て迫る。
迫られる原因も、心当たりさえもが皆無なのに、こんなにも私に迫る。
まるで選択を強いるかの様に、私の脳内を、無垢で純粋な結晶体を。
時計の音が巨大なの鎚となり、これでもかと思い切り叩く。あんまりだと思った。
それは、時計の音だったから。だから時間が無いぞ、と言われている様で、酷く居心地が悪かった。

……最初は、突然過ぎるこの意味不明な状況に動揺したものの、存外私は平静を保てる様だった。
無くなった傷みも、復活した痛みも、少なくともこの出鱈目な状況に比べれば些細な問題であり、容易に許容出来た。
あの目茶苦茶な人と戦っていた最中だったから、興奮が覚め切らず出鱈目な事が起きようが気にならなかった、というのも確かだけれど。
死者の復活や元の世界への生還、また、魔法という言葉。
それらを吟味・考慮すれば、成程確かに傷が治るのも頷けるというものだ。
そんな事よりも重要なのは、支給された顔写真入りの詳細名簿によると、此所には先輩――黒桐幹也という名前らしい――も居る、という事。
先輩に安全に会う為には、最低限、邪魔者を排斥する必要性がある。
そして先輩をこの恐ろしいゲームから脱出させる為には、先輩を優勝させなければならない。
でもそれも、恐ろしい事だけれど、私の力なら……或いは、可能。
私は刮目し、ゆっくりと古びた椅子から立ち上がる。
痛んだ節がぎいと悲鳴を上げ、狭い部屋を反響した。
今は誰も、誰も誰も、此所には居ない。
それは凄く心細いもので、私には、部屋が何故かとてつもなく窮屈な犬小屋の様に感じられた。
転送された際に負った掌の傷を、何かを焦らす様に指でなぞった後、私はぎゅうと両肘を強く抱く。関節が少しだけ軋んだ。
ふと、床を見る。
不細工な檜板が敷き詰められたそこへは、窓から差し込んだ月光が四角く切り取られ、青白く差していた。
部屋を漂うハウスダストは、立体にも見える光の筋を浴び、銀色に輝き、私へと自慢気にそのダンスを見せ付けている。
私は首に掛けた軍事用ゴーグルを人差し指でこつんと弾き、近くのソファに腰を降ろした。
待ってました、とばかりに舞い上がった塵の黴臭さに息を詰まらせながらも、溜息を一つ。
負傷した掌を無意味に開閉させ、くつくつと肩を揺らしてみる。血が滲む。擦り傷が、痛い。

痛くていたくて、堪らない。
私は、正面の壁に掛かっている鏡に映る自分の顔を見た。そして、純粋に驚いた。
禍々しく歪んだ三日月が、その存在を私へとこれでもかと誇示していたからだ。
……殺し合い、だなんて。本当は恐ろしくて仕方がない。怖くて堪らない。
命が惜しくて、身体が震える。死にたくない。そう、私はこのゲームが怖くて怖くて―――

「私、笑ってる」

―――とても、*しい。
「嘘。そんな事、信じられない。こんなにも、痛いのに。
 人を殺して先輩を勝たせるなんて、本当は鬼畜の諸行で、私の心は痛んでいる筈なのに」
私は腰を上げ、肋小屋から外へと通じる扉、その真鍮のノブを握る。
寒気を覚える程の冷たさに何故か快感を感じつつ、私は下界へと足を伸ばした。
半分朽ちた扉をみしりと軋ませながら、私は誘蛾灯へと命を投げ羽ばたく蝶々の様に、ふわりと星空の下へと繰り出す。
肋小屋の中の生温い濁った空気とは違い、外の空気はひんやりと冷たく、凜と澄んでいた。
私はその神聖とも言える空気を肺に見たし、得も言われぬ恍惚感に、目を潤ませた。
禁忌にも似た、蕩ける様な緋色の快感が、私の四肢を支配し、背筋の産毛を逆立てる。
これから自らが起こすであろう行為に、私は心底激しく嫌悪し、そして同時に強く興奮していた。
物は試しにとばかりに私は言霊を吐き、手頃な赤煉瓦の塀を捻る。
空間、物体。それら融解した様に僅かに歪む様は、成程明らかに一般的な広義での常識から乖離している。
私は左右に捻れる景色をぼうと見ながら、改めて己の力に畏怖と特異性を感じた。

ところで、急がば回れ、とは誰の言った言葉だっただろうか。正にその通りだ、と私は思う。
行動する前に、先ずは能力制限なるものを確認するのが先であり、無論最重要事項なのだ。
「……やっぱり、タダでは使わせてくれませんよね」
私は溜息を吐き、掌に滲んだ血を指先で撫でる。私の能力は、あの人にしか視認出来ない筈、なのに……。

「もう一度。“凶がれ”」

めきゃり、と、到底塀が発するものではない音が、しかし塀から上がり、そこに走る鉄パイプが右に螺旋を描いた。

嗚呼……なのに、こうしてはっきりと私の能力が見える。
緑と紅の、半透明蛍光色の螺旋が、はっきりと。
「なら多分、あの人にも、何かの制限がある筈。……あの眼さえ封じれば、私の方がずっと強い……」
私は目を細め、微風に揺れる髪を右耳に掛ける。考察すべき事は、課題は、山積みだ。
首から下げたゴーグル――どうやら赤外線機能や拡大機能もあるらしく夜でも見やすい――を被り、私は右手側を見る。
円くなる事を許されなかった月。その身体を隠す、高く聳えるそれを、確認する為に。
さあ次は、いよいよ侵入。誰かが居れば、とても嬉しいのだけれど。
……嬉しい? いやいや違う、嬉しくなんかない。
これは仕方無い事で、必要犠牲と必要殺人。本当は私も、こんな事はしたくはない。
「私の前に立ち塞がるものが化物でも、人でも、何であろうとも」
そうして私は、原因不明な何かに火照り紅潮した頬をつうと指で撫でながら、嫌に暖かく絡む唾を飲み込む。






「生きている相手なら……たとえ神でも、凶げてみせます」






ちょっと、出来過ぎかもしれません。制服の私の活躍、初舞台が―――学校、だなんて。


【E-2/学校・校門前/一日目/深夜】

【浅上藤乃@空の境界】
[状態]:健康
[服装]:制服
[装備]:軍用ゴーグル@とある魔術の禁書目録
[道具]:基本支給品一式 参加者詳細名簿 不明支給品×1
[思考]
基本:幹也の為、また自分の為(半無自覚)に、別に人殺しがしたい訳ではないが人を殺す。
1:学校に誰かが居れば、その人にはすごく悪いが凶げて殺す。
2:学校に誰も居なければ、移動して人に会い、本当に申し訳ないが凶げて殺す。
3:幹也に会いたい。

※式との戦いの途中から参戦。盲腸炎や怪我は完治しており、痛覚麻痺も今は治っている。


【軍用ゴーグル@とある魔術の禁書目録】
電磁波などを見る事が出来る特殊な軍用ゴーグル。双眼鏡代わりなどにもなるようだ。

【参加者詳細名簿】
参加者の顔写真、またその他簡単な情報が掲載されている。記載情報については後任の書き手氏にお任せします。


浅上藤乃の能力・制限】
1:魔眼・歪曲
  視界内の任意の場所に回転軸を瞬間的に設定し、捻じ切る。
  右目は右回転、左目は左回転の回転軸を発生する。
  能力発動には回転軸を設置する対象を視認し、「凶がれ」と言わなければならない。
  また、対象者が藤乃の存在を認知していなければならないとする。物体は例外。
  本来不可視であるこの超能力だが、可視とする。人の目には、藤乃の目から緑色と赤色の螺旋が高速で飛んでくる様に映る。
  歪曲の魔眼は、概念、また藤乃自身がこれは曲げられないと認識したものは歪曲することができない。
  藤乃の曲がらないイメージのものは黒桐幹也。
  射程距離は視界内全域。
  余りにも巨大なものを曲げると、反動として視覚に異常をきたす。視覚を失えば、この能力は使用出来ないとする。

2:透視・千里眼
  現在、習得していないが、習得の可能性は十二分にあるものとして、習得した場合について記す。
  この能力により、視点位置を空間内に任意で設置し、脳裏に視界を広げて見渡す、また任意で建造物等の内部を透視することが可能。
  実際に視点を飛ばせる距離は、最大でも自らを含む1エリア圏内とする。
  また、この能力を使用して、“生きている人間を曲げる行為”、“曲げた結果、人が死ぬ様な物体を曲げる行為”は出来ない事とする。



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浅上藤乃 037:十人十職


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最終更新:2009年11月01日 02:20