求めるものはこの手に ◆40jGqg6Boc


漆黒がそこら中を我が物顔で歩いている。
時刻は時計の長針と短針がほぼ同じく12を指し、30分程が経過した頃合い。
人の声はなく、それどころから虫の鳴く音すらも聞こえない。
人っ子一人居ない。誰もがそう思える景色の中、微かに動くものがあった。
ピョコピョコと、何かの触覚のようにうごめくそれは赤いリボン。
そしてそのリボンの主は小学生とも取れる小柄な体格の少女。
腰の高さまで伸ばした金髪を風に揺らす少女はただ俯いている。
彼女の名は天江衣と言った。

「……とーか…………」

ここは何処か。
自分がどうしてこんな不格好な首輪をつけなければいけないのか。
色々と疑問に思うことはあったが、衣が先ず思ったことは違っていた。
思わず漏らした言葉が指し示すはたった一つの名前。
龍門渕透華。龍門渕高校麻雀部部長にして衣の友達の名前。
透華は事故で両親に先立たれ、一人ぼっちになってしまった自分に声を掛けてくれた。
友達が出来なかった自分に友達を見つけてくれた。
楽しく遊べる相手をもっと見つけるためにも麻雀で全国を目指そうと言ってくれた。
そして透華は――死んだ。
首から上がぽっかり無くなって、彼女は急に遠い存在になった。
あまりにも唐突で、衣には未だにその事実を受け止めきれていない。

「どうして……どうして…………」

か細い両腕から伸びる小さな拳を握る。
両肩がわなわなと震えて視界がどんどんぼやけてきた。
続けて右頬から始まり左頬にも伝った雫の感触で自分は泣いているのだと分かった。
何も考えられない。
他の事はごっそりと記憶から抜け落ちてしまったような気すらもしてくる。
殺し合いと異常極まりない言葉を口にしたあの男の話さえも同じだ。
今、衣の思考に居座るものは透華の無残な死についてしかない。
耳をすませば透華の最後の言葉が今も聞こえてくる。

“お、お黙りなさい! どんな脅しを受けようと、衣はわたくしが絶対に――”

結局、透華の言葉がそれ以上続くことはなかった。
だけど聞かずともわかる。
透華が何を言おうとしていたのかは痛いほどに。
だからこそ悲しかった。
透華は自分を助けようとした。
自分のために短すぎる人生を終わらせてしまった。
能天気に、カメラ越しで見守ることしか出来なかった自分のために。

いや、正しくは“ため”じゃない。“ため”ではなく“せい”だ。
曲がった事が嫌いな透華なら、たとえ自分が居なくともあの場に出て行ったかもしれない。
しかし、今確かなのは自分のせいで透華は死んだことだ。
龍門渕高校麻雀部の五人が揃うことはこの先なく、透華と麻雀を打つことも出来ない。
それらの事実は覆しようがなく、後悔してもしきれない。


「これで衣はまた独り法師(ぼっち)……龍門渕の皆も、清澄の嶺上使いも、原村ののかも居ない……。
 衣はどうしたらよいのだ、とーか…………」


数分前に開いた名簿を思い出す。
知っている名前は二つあった。
池田夏菜、加治木ゆみとどちらも決勝戦で戦った相手だ。
再戦を誓いはしたが、未だ友達にはなれていない。
それよりも龍門淵のメンバーはもちろんのこと、宮永咲原村和の方が好ましい。
原村和とはペンギンのぬいぐるみを届けた事で知り合い、宮永咲は自分に新しい世界を見せてくれた。
しかし、そんな既に友達になった龍門淵のメンバーや宮永咲、原村和の名前はない。
その事実が衣により一層の寂しさを植えつける。
何よりも恐れていた孤独感が容赦なく衣に降りかかる。

「うぇ……ひっ……うぇ……」

同時に涙も止めれきれない。
際限なく流れ落ちる涙はまるで意思を持つかのように地面を目指す。
気がつけば衣は既に座り込んでいる。
両膝をつき、たった一人で泣きじゃくるしかない。
高校麻雀界では魑魅魍魎の存在と名を馳せた少女もこの場ではか弱き者でしかない。
もし殺しあいに乗った参加者に襲われれば簡単に殺されてしまうだろう。
支給品に拳銃の一丁でもあり、弾丸が幾つかあればいとも容易に。
そう、たとえば今、前方から衣へ近づいてくる参加者に銃があれば――


「失礼」


男の声が衣の耳に届く。
言葉とは裏腹に特に失礼だとは思ってないような口振りだ。
だが、突然頭上から聞こえた声に驚き、衣にそこまで考える余裕はない。
無我夢中に頭を上げ、声の主をしかと見やる。
そこには体格がよく、短くも長くもない金髪をはやした男が立っていた。

(なんだ、こいつは……?)

武器は持っていないように見えるが油断は出来ない。
もちろん目の前の男は衣にとって見知らぬ存在だ。
この後、男がどういう行動に出ようが可笑しくはない。
最悪、この場で襲われることも十分に有り得る。
血の気が引いていくのがハッキリとわかった。
逃げ切る自信もなければ未だに涙も止まらない。
故に衣は僅かに上擦った声を漏らすしかない。
男の右腕が自分へ伸びていくのを眺めながら。
やがて男の右腕は衣の頭に向けて振りかぶられる。
無意識に目を瞑り、衣はただ状況の流れに身を任せるしかない。
そんな時、衣は不可解な感触を感じた。

「ひゃ!お、おまえ――」

予想出来なかったため混乱はしたがこの感覚は知っている。
正直あまり好きじゃない。あまりどころか全然だ。
友達の井上純にされるのでも好きじゃない。
だからこそ衣は未だに消えない恐怖を我慢し、男へ喰ってかかる。
ただし今にも消え入りそうな弱々しい調子で。
それほどまでに衣は今、男にされていることが苦手というか弱かったためだ。


「あ、頭撫でるなーーー!」
「失礼だと言った」


乱暴な手つきとはいえないが丁寧だとも言えない。
男は何を思ったのか衣の頭を気の向くままに撫でている。
撫でられることに人一倍敏感な衣は必死に抗議する。
しかし、相変わらず男には失礼だと思っている節は見られない。
衣の嫌がる反応を面白がることもなく男は黙々と手を動かす。
対する衣は懸命に両腕を振り上げ、男の身体を叩くが効果は特にない。
いかせん対格差が有りすぎるのが要因の一つだろう。
まあ、ポコポコと気の抜けた音を鳴らすしか出来ない衣の拳の弱さもあるのだが。
だが、それで衣の気が晴れるということもない。
有無を言わさず頭を撫でつける、不審者極まりない男に警戒の念を剥き出しにする。


「なんなのだおまえはー! まるで衣を――」
「なに、心配することはない。
 このような異常事態に怯える子供を保護するのも私の務めだ。
 上級大尉――いや、一人の軍人としてな」
「子供じゃない!衣だーーー……って、え……?」


あまりにも小柄な体格の割に衣はれっきとした高校二年生である。
よって子供扱いされることを嫌う衣は更に声を張り上げる。
しかし、その勢いは男が何気なく口にした言葉を皮切りに衰えていく。
男の素性について少しずつわかってきたのだから。


「軍人……おまえ、軍の人間なのか?それに保護するって……」
「その二つの質問には肯定するしかないな。
 まあ、直ぐに信用してもらえるとは思ってはいないが……確かなコトはある」


そういって男は右の人差し指をたてる。
小さく首を傾げ、衣はまじまじとその指を見つめる。
やがてその指はさも不思議そうな様子を浮かべた衣の顔に向けられた。


「――落ち着いただろう。
 君の涙は今、確かに止まっている。少なくとも私にはそう見えるのだがね」
「あ……」
「そこで頼みがある」


続けて男の顔が衣を覗き込む。
端正な顔立ちに覗く二つの瞳からは確かな力強さがあった。
信念とでもいうべきか。
譲れない何かをひたすらに追い求める意思を衣は感じ取る。
そして男は同時に余裕も兼ねていた。
そう、その男こそフラッグファイター――オーバーフラッグスの隊長。


「話相手になってはくれないか、このグラハム・エーカーと」



ユニオン軍上級大尉、グラハム・エーカーだった。




◇     ◇     ◇





西暦2307年、枯渇した化石燃料に取って代わるエネルギー源が発見された。
それが宇宙太陽光発電システムであり、運搬のために軌道エレベーターが実用化されていた。
只のエレベーターではない。宇宙と地球を文字通り繋ぐ、あまりにも大きなものだ。
だが、、莫大な建造費が必要なこれらのシステムを所有しその恩恵が得られるのはたった三つの国家群のみ。
エネルギーの独占を求め、他の小国には目もくれずに冷戦状態を続ける三国は局地的な紛争を生んだ。
そんな時、紛争根絶を掲げる“ソレスタルビーイング”と名乗る組織の武力介入が開始される。
“ソレスタルビーイング”が擁する“ガンダム”の力は絶大そのもの。
甚大な被害を被った三国の内の一国、それがユニオンだ。


「なるほど、だいたいの事情はわかった」

腕を組み、神妙な様子でグラハムはそう言葉を返す。
無理もない。簡単な自己紹介を含め、衣の話を聞いたためだ。
先程無残にも命を散らした少女が知り合いとは同情せずにはいられない。
また衣の方も完全にショックから立ち直ったわけでもなく、元気はない。
だが、グラハムへの警戒は明らかに和らいでいる。
些細なことだがグラハムにとっては喜ばしいことに違いはなかった。

(用心に越したことはないが接触して正解だったな)

必要以上に自分が緊張しているのがわかる。
なにせ殺し合いをしろと言われ、実際に少女が一人死んだのだ。
こんな状況ではどんな人間でも道を踏み外してしまうかもしれない。
そう、運が悪ければ自分は錯乱した彼女に殺されていたかもしれない。
だが、無防備にただ落ち込むだけの衣を見て同情を覚えてしまったのは事実だ。
危険はあるかもしれないがやはり見て見ぬふりは出来なかった
結果として無事に衣と意思疎通を行うことが出来たのは僥倖だろう。
安堵を感じながらもグラハムは懐にしまった、支給されたコルト・パイソンを見やる。

(モビルスーツに乗ってからはずいぶんと久しいが……やはり良い気分はしない。
 これで人一人殺すにはあまりにも簡単なことが。
 そして平然とこんな馬鹿げたことを仕組む奴らをな……!)

人型機動兵器、モビルスーツのパイロットである以前にグラハムは軍人だ。
非常時には銃を撃つ覚悟も撃たれる覚悟もある。
だが、それは同じ軍人同士による争いを想定したものだ。
訓練を受けていない一般人に向ける銃は持ち合わせていない。
それも最後の一人を目指すデスゲームなどもっての他だ。
たとえどんな願いが叶うと言われてもそれに釣られることもあり得ない。
他人の命を蹴落としてまで欲望に従うような外道に成り下がるつもりはないのだから。
だからこそグラハムは自分のやるべきことを理解出来る。


「それで……どうするのだ、グラハム? おまえはこの先どうするのだ?」


衣の問いにグラハムが動じることもない。
自分だけではなく、無力な一般人の面倒も見る。
こんな状況で自国の人間、異国の人間だと選別するのも馬鹿らしい。
それが軍属に身を置いた、自分のこの場での務めなのだと彼は信じている。



「決まっている。奴らに教えてやるのさ。
 無理やりに命のやりとりを強いられるここは地獄と言っていい。
 まさに魑魅魍魎跋扈する地獄変……だが、ここには私が居る、グラハム・エーカーはここに居る。
 だから私は宣誓しよう――私が奴らの思惑を覆すッ!!」


その志はまさしく不退転を貫くもの。
夜空を見上げるグラハムの表情には曇りはない。
それこそ雲一つない晴天が顔面に張りついているようだ。
何故ならグラハムはここで死ぬつもりは毛頭ない。

(何故私がこの場に居るのかはわからない。
 だが、私が居るということはあの少年が……ガンダムのパイロットが居てもおかしくはない。
 なにせ彼のガンダムは私のGNフラッグと直前まで戦っていた。
 もし彼と出会うことがあれば、ガンダムともう一度やりあえるチャンスがある……くっ、なんという僥倖だ!)

あの時、疑似太陽炉を内蔵したフラッグを駆り自分は確かに“ガンダム”と戦った。
死闘の末、閃光に包まれた自分は今は殺し合いとやらに巻き込まれている。
ならばあの“ガンダム”のパイロットも同じように拉致されているかもしれない。
そう思うだけでグラハムは胸が滾る心地を感じた。
グラハムにとって“ガンダム”はもはや愛すらも超越した存在だ。
その“ガンダム”を操るパイロットとの再会を望まないわけがない。
そしてこの殺し合いから脱出し、再び“ガンダム”と決着をつける。
それがグラハムのあまりにも強すぎる望みであり全てだ。

一方、衣はというと圧倒されるしかなかった。
思わず口を少し開けて、グラハムの言葉に耳を傾けている。
しかし、衣はその言動から不快感は感じられなかった。
少なくとも伊達や酔狂で言っているわけではない、と。
それだけは強く確信が持て、どこか衣の表情にも明るさが戻り始める。


「そこでだ。天江衣……君はどうしたい。
 私が信用出来なければ残念だがここで別れよう。
 もしついてきたいのであれば君の友達を探す手伝いもしてやれるが」


やがてグラハムは衣に意見を求めるが、彼は不意に表情を歪めた。
その理由はなぜだか衣の表情がまた落ち込んだものに戻ったからだ。
タイミングを考えれば自分の言動のなにかに反応した節がある。
何が不味かったのか。言葉には出さずにグラハムは自分の発言を振りかえりだす。
そんな時、衣の方から口を開き始めた。


「友達など居ない……。
 とーか以外に衣の友達はここには居ないから……」

グラハムが信用出来ないわけではなかった。
今でも危害を加えられず、話していても不愉快に感じたことはない。
ただ、グラハムに悪意はないのだとわかっていても気にせずにはいられなかった。
思わず“友達”という言葉に反応してしまっただけだ。
結局孤独なままの自分を再び認識し、衣は目頭が熱くなっているのを感じた。
このままではまた涙で頬を濡らしてしまう。
理屈ではなく感覚で容易にわかりはしたが止められそうにない。
いっそもう一度、この溜めこんだ雫を解き放ち楽になってしまうか。
そう思った矢先にグラハムは口を開き出す。


「なら――つくればいい、友達を」
「え?」
「殺し合いを良しとしない者は居るだろう。
 私も仲間は必要だと思っていたからな……接触の機会は十分にある。
 君と同じ年頃の参加者が居るかもしれないからな」


さも当然のように言葉を繋げていくグラハム。
衣は一瞬困惑したような顔を見せる。
しかし、グラハムの言葉の意味を理解したのだろう。
次第にその表情は変わり、探るような眼差しをグラハムに向け始める。


「本当に……本当にそのようなコトが出来ると思うのか?」


実際にグラハムに言い切れることはないだろう。
衣が発した質問はあまり意味がないものでしかない。
衣自身にも自分がなぜこんな事をいっているのかわからなかった。
自分に友達が出来るかどうかなど全ては自分にかかっている。
だが、衣は問いを投げ掛け、その表情はどこか険しい。
まるで何かを願うような、グラハムの言葉に期待を寄せるような様子を見せている。
ここでどんな返事が返ってこようとも、結局は気休めでしかない。
普通ならそう思うだろうが――どうにも賭けてしまう自分が居ることを衣は感じていた。
この男、グラハム・エーカーの場合は違うのではないか、と。
そして衣の願いは図らずとも現実のものになる。



「出来る。君の願いが本物であれば、必ず出来る。
 なぜなら君は君の世界自身……その君が望めばそれは君の世界の声となる。
 そうすればきっと今以上に君色に染まった世界が見えるハズだ。
 友が居ない世界ではなく、友に囲まれた世界のようなものにな」


理屈じゃない。
言うなれば“頭”ではなく“心”で理解したような感じだ。
かつて麻雀の対局中に従っていた自分自身の感覚と似ている。
真剣な表情を浮かべ、グラハムの口から出る言葉は衣に言いようのない自信を与えた。
自分の願いは本物かどうかなど考えるまでもなかった。
もう孤独は嫌だ。暗がりで一人寂しく生きていくよりかは輪に飛び込んでいきたい。
ようやく出来た友達が待つ輪へ、そして未だ見ぬ友達が待つ輪へ――全力で。
ならば道は一つだろう。



「――改めて言う、天江衣だ。その……衣も連れて行ってくれ、お願いだ!」
「承知した。このグラハム・エーカーが君の身の安全を保障しよう」


衣は強く思う。
自分を待つ未来がどうなるかはわからない。
だけども今はこの男についていく。
殺し合いなどはしない。
ここから脱出し、透華の分も生きる。
友達を見つけ、絶対に。


衣の歩みがグラハムの方へ一歩近づく。
そんな時、同時に変化を生じたものが一つあった。
それは夜空に輝く月だ。
金色の月の輝きが少しだけ強くなった――。
たしかに、ほんの一瞬だけ。




【A-4/森林/一日目/深夜】
【天江衣@咲-saki-】
[状態]:健康
[服装]:いつもの私服
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3(未確認)
[思考]
基本:殺し合いには乗らない。
1:グラハムについていく。
2:友達をつくる。
【備考】
※参戦時期は19話「友達」終了後です。
※グラハムとは簡単に自己紹介をしたぐらいです。(名前程度)


【グラハム・エーカー@機動戦士ガンダムOO】
[状態]:健康
[服装]:ユニオンの制服
[装備]:コルト・パイソン@現実 6/6、コルトパイソンの予備弾丸×30
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~2(未確認)
[思考]
基本:殺し合いには乗らない。断固辞退。
1:主催者の思惑を潰す。
2:ガンダムのパイロット(刹那)と再びモビルスーツで決着をつける。
3:衣の友達づくりを手伝う。
【備考】
※参戦時期は1stシーズン25話「刹那」内でエクシアとの最終決戦直後です。


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000:オープニング――《開会式》 天江衣 051:衣 龍門渕のロリ雀士
グラハム・エーカー 051:衣 龍門渕のロリ雀士


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最終更新:2009年11月05日 00:23