See visionS / Fragments 2 :『死ねない騎士』 -枢木スザク-


真田さんが死んだ。アーニャが死んだ。
神原さんが死んだ。伊達さんが死んだ。
アーチャーさんが死んで、レイさんも死んだ。
戦場ヶ原さんも、C.C.も、上条当麻も死んだ。
天江さんが死んで、織田信長が死んだ。

だけど、僕は生きている。

僕ではなく彼らが死んだことに意味はなく、
彼らではなく僕が生き残ったことに価値はない。
ただの偶然。
死ななかったから生きている。

生きているから、生きていた。





◆ ◆ ◆





See visionS / Fragments 2 :『死ねない騎士』 -枢木スザク-





◆ ◆ ◆


雨の降る街の中で、僕は独り、立ち尽くしていた。
道の両脇に並ぶマンションらしき建物は、どこも燃えていないし、どこも壊れてはいない。
雨の匂いと、雨の音だけがする。
知らない場所。
どうやってここまで来たのかはわからない。

放送の直後の記憶は途切れている。
燃える町の中、ランスロットに凭れながら僕は、紅蓮の足元で俯いたまま動かない平沢さんを見ていた。
僕にも彼女にも火の手はすぐそこまで迫っていて、それでも彼女は一度も、顔を上げることはしなかった。
見えない表情の下、ただ肩を震わせながら、彼女は自分の胸の中心をきつく握りしめていて。

そこまでは覚えている。そこまでしか記憶にない。
記憶がないからこそ、ここに来た理由はすぐにわかった。

生きるためだ。
生きて、帰るためだ。

………何のために?

死ねないからだ。
ここで死ぬということは、ゼロレクイエムのために人々に強いた犠牲を無為にし、
自分の背負う罪も責任も何もかもを放棄するということに他ならない。
そんなことは、絶対に許されない。
ルルーシュが死んだ時点で、計画は頓挫したも同然だろう。それくらいは僕にでもわかる。
それでも。
望んだ未来を迎えることができなかったとしても、
自分たちが引き起こした事態の結末に立ち合うことが『ナイトオブゼロ』として、『ゼロ』としての、僕の責務だ。
僕にはまだ、生きなければならない理由が残されている。

ならば、これからどうするのか。
ここから生きて帰るには、戦いは避けられない。
戦うために必要なもの―――まずは、食事と休息だ。

近くにあったコンビニで飲み物や食べ物を適当にデイパックへ放り込み、その隣のマンションへ向かう。
エレベーターで七階まで上がり、エレベーターから一番近い部屋に入った。
バス・トイレ別の1DK。スイッチを押せば電気がつき、蛇口を捻れば水が出る。
インテリアや、玄関に置かれた靴のサイズから考えて、どうやら若い男の一人暮らしらしい。
ベランダや浴室、クローゼットの中もひととおり見て、一応の安全を確かめた後、
部屋の真ん中に置かれた低いテーブルにデイパックを落とし、ベットへと倒れこんだ。


少し眠ろうと、目を閉じる。
だけど眠りは一向に訪れない。
身体はもう指一本動かすことさえしたくないほど疲弊しているのに、
意識は眠ることを拒むかのように覚醒を続け、考えてもどうしようもないことを考え始める。

僕は本当に、彼女を救えなかったのか。
僕は本当に、彼を守れなかったのか。

僕は何を、間違えたのか―――

―――答えの出ない、出たところで意味のない思考を断ち切って、断ち切ったことにして、
どうせ眠れないのなら先に食事にしようと起き上がり、テーブルのそばの茶色の座椅子に腰を下ろす。
コンビニで調達した物をデイパックから出そうとして、そこで僕は初めて気づいた。
デイパックの中に、知らないデイパックが入っている。
とりあえずと取り出してみたそれは、僕が持っているデイパックと同じデザインで、
一目でバトルロワイアル参加者へと配られた物だとわかった。
どこで入手したのかはわからないが、ここへ来る途中で拾ったと考えて間違いないだろう。

デイパックを傍らに置いて、僕は先に食事にかかることにした。
ペットボトルのお茶を半分ほど飲んで、弁当のラップを外して蓋を取る。
いつの間にか増えていたデイパックの中身に、僕はほとんど関心を持てなかった。
入っているのが参加者への支給品にしろ、自動販売機の商品にしろ、
準備したのがこの殺し合いの主催者である以上、リボンズ・アルマークを倒せる道具ではないことは確かだ。
通常の武器ならばすでに持っている。
だから、このデイパックの中にあるのは、"いらない物"か"ないよりはあったほうがいい程度の物"かの
どちらかだと、そう思っていた。
ハンバーグを口に運びながら、デイパックに無造作に突っ込んだ左手が、掴んだ物を見るまでは。

 『to Suzaku』

出てきたのは、一本のカセットテープ。
ラベルに書かれたのは自分の名前。
そして、その筆跡は、ルルーシュのものだった。



◆ ◆ ◆




改めて中身を確認したデイパックには、カセットテープがもう一本と、黒いテープレコーダー、
ノートパソコンとUSBメモリが入っていた。
テープのラベルに書かれた文字は、何度見てもルルーシュの文字に間違いない。

"ギアスの効果で移動している途中で拾っていたデイパックが、ルルーシュの遺した物でした"。

簡単に言えば、そういうことだった。
あまりにも都合のいい、不自然なくらいにできすぎた偶然。
だけど、この偶然は、必然だ。
考えてみれば、あのルルーシュが何も遺さずに死ぬわけがない。
そして、ルルーシュが何かを遺したのなら、僕がそれを受け取れないはずがない。


『―――俺の死に備え、記録を残す』


レコーダーにカセットテープを入れ再生ボタンを押す。
聞こえてきたのは、間違いなくルルーシュの声だった。


『まずは、俺がこの島に来てから、ここに至るまでの経緯を説明する―――』


淡々と、事実だけが述べられてゆく。
経緯と言っても、重点が置かれているのはルルーシュが出会った参加者、
特に、このテープを録音した時点で生きていたと思われる参加者についての情報だ。


『東横桃子にはギアスをかけてある』


ギアスの内容をルルーシュは語らない。
でも、ルルーシュが説明した彼女の特性と合わせて考えれば、推測するのは容易かった。
一方通行と対峙した時に見た血。
あれは東横桃子のもので、僕を助けるためのものだったんだろう。
そして、彼女は死に、僕はギアスの犠牲になった少女に救われて生きている。


『次に、俺がこの地で得た情報について。お前は既に知っているかもしれないが―――』


情報は主に、首輪の解除方法とリボンズ・アルマークについて。
リボンズが僕らの前に姿を現した今となっては、情報の大半に意味はなくなったと言わざるを得ない。
現時点では、ルルーシュの持つ情報を以てしても、事態の打開策は見当たらない。



『最後に―――』


それまでと、ルルーシュの声音が僅かに変わる。


『これから話すことはあくまでも推測でしかない。だが、お前にとっては重要なことだろう。
 俺はお前に、いや、ゼロにと言うべきだろうな。ゼロに刺された直後にここに来た』


ルルーシュと僕の、時間がずれている。
それは、驚くようなことじゃない。
帝愛は時を遡る術を持っているのかもしれないと、思ったことがある。
考えたことはなかったけど、その方向で思考を進めれば
僕自身も時を遡り連れてこられた参加者であるという可能性には行き着いただろう。
だけど、ルルーシュの推測は、僕の考えとは違っていた。


『並行世界…… 俺たちはおそらく、異なる世界の住人だ』


ルルーシュの言っていることが、僕には理解できなかった。
いや、理解はしていた。
並行世界という概念くらいは知っているし、他の世界の存在を信じざるを得ない経験は既にしている。
だけど理解できなかった。
ルルーシュと僕が違う世界から来たということが、何を意味しているのか。
いや、違う。
理解はしているんだ。
理解していたから、僕は


『つまり―――だ』


テープはルルーシュの声を流し続ける。
僕の感情を置き去りにして。


『この地で俺が死のうとも、お前がゼロレクイエムを誓ったルルーシュは生きている』


告げられる、結論。
ルルーシュの死が、ルルーシュによって否定され覆る。
確かにあったルルーシュの死という現実が、揺らぐ。


『元の世界に帰ることさえできれば、お前のゼロレクイエムは達成される。
 だから俺の死を嘆く必要はない。
 スザク、生きろ。世界の明日のために、必ず、生きて帰れ』


それで、終わった。
動き続けるレコーダーは、ノイズだけを奏でている。

わからなかった。わかっていた。わかりたくなかった―――どれでもなくて、全てだった。


かしゃり、と、レコーダーが音を立てる。
再生を終えたテープが、自動で巻き戻しを始める。
再び流れるであろうルルーシュの声を聴くより先に、立ち上がり、浴室へ向かった。
血と泥で汚れた服を乱暴に脱ぎ捨てて蛇口を捻れば、シャワーから水が落ちてくる。
雨の中、傘も差さずに立っていた身体に、濡れていくという感覚はあまりない。
ただ、冷えていく。
肌を伝い、床のタイルを流れて、排水口へと飲み込まれてゆく水を、僕は意味もなく眺めていた。

帰ることができれば、ルルーシュが生きている。
ゼロレクイエムを成し遂げられる可能性が残っている。
それは喜ぶべきことのはずだ。
だけど僕は、嬉しいなんて思えなかった。

僕の目の前でルルーシュは死んだ。だけどルルーシュは生きている。
生き返ったわけじゃなく、死んでいなかったわけでもなく。


「何も、変わらない……」


声に出して、自分に言い聞かせる。
そう、何も変わらない。
僕が今までしてきたことも、今置かれている状況も、今からこの地で為すべきことも、何も変わってはいない。
生きるために戦うだけだ。
わかりきったことなのに……それなのに僕は迷っている。

わからないのは、これからのことじゃない。
見失ったのは、目的でも手段でもない。

僕の、心だ。
ルルーシュの死に対して抱いた感情だ。


「僕は、もう一度、ルルーシュを殺すのか……?」


だって僕は気づいてしまった。

ルルーシュのことを殺したいほど憎んでいる。
赦すことはできない。そのつもりもない。

だけど、僕は、彼の死を―――


「……殺せる、のか……?」


目の前の鏡に、僕が映っている。

情けなく動揺して
みっともなく足掻こうとして
自分の気持ちの行き場さえみつけられない。

捨てたはずの、いらないはずの、もう死んだはずの―――『枢木スザク』が、そこにいた。


「……………っ」


鏡に亀裂が走る。
叩きつけた拳は、痛いはずなのに痛みを感じない。
拳じゃない、違うどこかが、痛かった。


「ゼロレクイエムを成し遂げる。それが、僕の選んだ道だ。ルルーシュが生きているのなら―――」


進むべき道も、為すべきこともわかっている。
僕にはもう、それしかない。
行き場のない想いは、行き場のないままでいい。
『枢木スザク』の感情なんて、いらないのだから、置き去りのままでかまわない。


「―――『ナイトオブゼロ』として彼に仕え、『ゼロ』として彼を討つ」


僕の声と、シャワーの水音が浴室に響く。
ひび割れた鏡は今も、ここにある物を、ありのまま映しだしているだろう。


何が映っているのかは―――見ていないから、僕は知らない。






【 Fragments 2:『死ねない騎士』 -End- 】







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313:crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』 枢木スザク :See visionS / Fragments 3:『my fairytale』 -秋山澪-


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最終更新:2013年08月17日 23:20