See visionS / Fragments 1 :『もう幾度目かの敗北の跡は』 -Index-Librorum-Prohibitorum-
世界に響き渡る、女神の声。
「――第六回定時放送を終了するわ。それじゃあね」
そして、彼女の声を聞き届けた彗星は、空に還る。
ガンダム。世界全てを司る神威が、天に昇る。
敗者の地を残し、
リボンズ・アルマークは女神の元と戻っていく。
約束された破滅の時を告知して、鉄槌の城へと凱旋する。
「――君達の出す無為な答えを、待っている」
それはたった数時間の執行猶予。
再び彼が解き放たれ、降臨したとき今度こそ、全ては等しく焼き尽くされる。
終わりは近く、開幕は遠く。
物語に終止符を打つ、それは暫しの時を待つ。
全ては、最後の放送の後。
残り――たったの6時間。
天から来たる奇跡、地に這いつくばる供物。
ここに極単純な、力の差が在るだけだった。
見渡す限り希望は無く。
残されたものは、敗者たちの嘆きの声。
死を待つだけの者達が紡ぐ、断末。
しばらく鳴り止まなかったそれらもやがて、少しずつ聞こえなくなり。
何も聞こえなくなっていく。
そうして一刻が過ぎ去って。
時の凍ったような静けさが世界に立ち込める。
神に及ばぬ者達の、鎮魂の時がはじまった。
まるで炎の消えたように。
生の気配は枯れ果たように。
絶望だけの、染み渡るように。
ここはまるで、死の大地。
けれど時だけは止まる事なく。
終わりの時刻がゆっくりと、彼らの身に迫っている。
はらりはらりと。
その頭上に降りしきる、冷たい雨と共に。
◆ ◆ ◆
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◆ ◆ ◆
認識を、再開する。
虚しく落ちる水の音の他に、耳を打つものはなかった。
人の声は聞こえない。
ただ、冷え切った雨の景色だけがあった。
しとしと、頭上に降るもの。
大雨と言うほど強くもなく、しかし小雨と言うほど弱すぎることもない。
一定の間隔で地面に滴る、当分の間止みそうに無いだろうと予感させた。
それは五月雨のように。
陰鬱さを世界に振りまくように、もの悲しく降りしきる雨だった。
目覚めたソレの視界には誰もおらず。
灰色の曇り空と、落ちてくる水滴の細い線が映っている。
まるで死んだような世界で。
しかし自己の活動は続いているのだと、それだけを『ソレ』は認識していた。
故に、
「…………」
むくり、と。
体を起こした。
全身の損傷を確認し、現在時間を計測し、身に纏う修道服の袖で瞼についた煤を拭う。
「…………」
遠く、ノイズが鳴っている。
『ソレ』、端末は何も語らず。何も受けとめず。
周辺の光景を、感情の篭らないカメラのような両眼で見渡していく。
「…………」
首を巡らせた四方の全て、一面、瓦礫の荒野だった。
見渡す全てが、コンクリートの残骸で埋め尽くされている。
アスファルトで舗装された公道は尽く砕け、土の層まで掘り返されている。
コンクリートの高層ビルはドミノ倒しの如く折り重なって倒壊し、窓ガラスの礫を四方八方に飛び散らせている。
意識を取り戻した端末の下にも、積み上がった瓦礫の海が広がっている。
それはかつての、ショッピングセンターと呼ばれた建造物の跡地だった。
遠くには、乗り捨てられたように倒れふす、ガンダムエピオンの巨体が見える。
全て、『跡』だった。
数刻前まで続いていた戦いの、けれど今は終わってしまった闘争の、それは跡。
結果であり、残滓であり、残りカス。
現象の、骸の、海であり、山だった。
「――生存者、一名、確認」
そんな骸の山にいま、佇む影を端末は見た。
影は、少年だった。
どこまでも続く瓦礫の荒野のなかで、少年は何かを探していた。
降り注ぐ雨に濡れながら。
コンクリートの塊を掘り返し、掘り返し、しかし「何も出て来ない」と、当然のことを嘆いている。
端末は立ち上がる。
今の今まで瓦礫に半身が埋まっていたことなど、微塵も感じさせないような緩慢な動作。
表情一つ変えず、それは少年の背中に近づいていく。
何故そうするのか、分らぬままに。
既に役割を終えたはずの己が、今もまだ活動を続けている訳も、知らずに。
その不自然さすら思慮の外で、その端末――
インデックスは、今も動いていた。
◆ ◆ ◆
「ないんだ……」
瓦礫の海に立ち尽くした少年。
阿良々木暦は黒髪から雨水を滴らせ、そう言った。
「ないんだよ、どこにも」
背後に立ったインデックスを、はっきりと認識して言ったのか。
それとも誰彼と構わず、あるいは自分自身に言い放っているのか。
断定は、出来ない。
「天江の……右手と……左足はあったけどさ……その他は何も、見つからない。
……見つけても……やれないんだ……」
血糊で真っ赤になった両腕をぶら下げ、憔悴しきったた表情で少年は呟く。
インデックスという端末は、彼の手に滴る血に注目する。
二の腕までを赤黒く染める液体は果たして、
天江衣の死体の欠片に触れた際についたものなのか。
瓦礫を掻き分けた際に傷つけた、彼自身の流血なのだろうか。
数瞬、極僅かな時間を割いて、両方であろうと結論する。
「ちく……しょう……!」
ほんの僅か、少年から強い感情が波立った。
がつんと、阿良々木暦は己の立つ地面を踏みつける。
瓦礫がぱらぱらと零れ落ちる。
及ぼした効果は、それだけだった。
「畜生……」
ギリギリと鳴る音は、少年の歯が軋むものだろうと断定する。
ポタポタと零れる滴は、手から落ちる血液なのだろうと分析する。
液体はスペース・コロニーが降らせた人口の雨、そして地面の泥とと混ざり合って、色を変え続けている。
そらは正しく把握できているのに。
脳裏に走るノイズだけは、未だ理解不能。
「あんたは……なんで……」
そこで漸く、インデックスは認識する。
「なんでそこで……そうしてるんだよ……なあッ!?」
阿良々木暦が語りかけていたのはインデックスではなく。
阿良々木暦自身でもなく。
瓦礫の山の下方にいる、『もう一人』であったことに。
「――生存者、更に一名、確認」
男が一人、そこにいた。
軍服を身に纏った金髪の男。
該当する参加者は、インデックスが記録する限り、だだ一名。
その他に、存在しない。
「どうしたんだよ……グラハムさん!」
彼しか存在しないはずだが。
しかし死人のような顔色で座り込んでいる男からは、面影すら感じ取ることはできなかった。
四肢は力なく投げ出され、覇気で満ちていた筈の表情からは生気が抜け落ちている。
呆と開けられた目は滅びた世界を映し、しかしなにも、見てはいないようだった。
「いい加減なんか言ってくれよ……。
僕一人じゃ手が足りないんだ……せめて、せめて遺体くらい……探すの手伝ってくれよ……」
「…………」
表情の一つもないグラハムの顔を見るのが辛いのか。
阿良々木は彼から目を逸らしつつ、瓦礫を掘り返しながら言葉をかける。
それに対して、やはり反応を返さないグラハム。
彼もまた雨に濡れることに構わぬまま、座り込み続けていた。
おそらくインデックスがここに来るよりずっと前から。
このやり取りは繰り返されていたのだろう。
阿良々木の言葉は、既に荒れ、そして掠れていた。
「グラハムさんがそんなんじゃ……これからどうすればいいんだよっ…………!?」
擦り切れたような声だった。
かつてのグラハム・エーカーならば、そのような声を誰かに出させたことすら、恥じ入るだろう。
けれど今は、耳に入ってもいないのか、変わり果てた男は黙しつづけている。
虚空を見つめたまま微動だにしない。
「……そう、かよ」
無駄と悟ったのか。
阿良々木もようやく、死体のような男に背を向ける。
「もういい、わかった。一人でやる……」
そうして、どこかへと歩き出そうとした時だった。
背に言葉が、届いた。
「……これから……どうするか、か?」
「……?」
唐突に発せられた言葉。
阿良々木は驚きつつも、ほんの僅かに希望を見出したような表情で、振り返った。
不死身と呼ばれた男の復活を感じ取ったのだろうか。
そして彼の、言葉を聞いて。
「――どうにもならないさ」
阿良々木の表情は、凍りついた。
吐き捨てるように言ったグラハムの口元は、僅かに笑っている。
それはあまりにも朗らかで、満面の自虐と自嘲に塗れた苦笑。
戦いの敗者が浮かべるに、相応しいものだった。
「我々は……私は、負けたのだから……な」
魂の抜けたような男はそれきり押し黙る。
守るべき矜持と魂を砕かれ、戦う意志を失った敗者の姿がここにあった。
力なく投げ出された手には血にぬれた赤いカチューシャ。
敗北の証明。
守れなかった者の残滓のみが、置かれていた。
◆ ◆ ◆
「ほんとは全部見つけて、弔ってやりたいけど、これだけが限界か……」
頑として動かない様子のグラハム・エーカーをその場に置いて、北上すること十分程。
いまだ崩落の町を出ること叶わず。
元は民家だったと思われる、くたびれて傾いた建造物の中。
壁も床も砕け、欠けた屋根しか残らなかった、しかしなんとか雨を凌ぐことのできるその場所で、死した少女の一部が瓦礫の上に置かれている。
ディパックへと収め続ける少年――阿良々木暦を、インデックスという端末は背後から見つめていた。
むしろこれだけの分量を見つけられた事の方が、奇跡であろうと分析しながら。
「時間がないからな」
少年の声を聞いていた。
「次の放送で……始まるんだろ?」
そしてこの時初めて、インデックスに向けられた彼の声に。
「はい。第七回定時放送以後、このゲームは第二ステージに移行します」
いつの間にか脳内で解除されていた、
枷の外れた情報制限に基づいて答えを返す。
「バトルロワイアル、ゲーム。その第二段階」
事実、真実、純然たる、仕組まれた筋書きを口にしていた。
「即ち主催者との、闘争」
それは誰が聞いても、茶番としか思えないものだった。
「参加者による首輪の解除とはルールからの脱却を意味します。
その上で殺し合いを放棄することはつまり、
与えられる奇跡ではなく、奪い取り勝ち取る奇跡を望むということ。
そしてそれは殺し合いの完遂を責務とする奇跡の守り手、主催者との闘争を意味します。
願望器をかけた、リボンズ・アルマークを交えた殺し合いの新局面。これがゲームの第二段階の全容――」
「闘争……? 馬鹿言うなよ……こんなものは……」
「あるいは、ルール違反者の殲滅作業」
「そうだろ」
神を名乗る主催者――リボンズ・アルマーク。
アルケーガンダムを目にも止まらぬ速度で落とした上に、最強の超能力を一撃で沈めたあの力。
参加者にとっては、より分かりやすい形で示された。
改めて、理解させられただろう。
もうすぐ降りてくる存在は、ここに集められた参加者全て、拉致し殺し合わせる力を持った者。
それはつまり、ここに存在する誰と戦っても、必ず勝てると、そういう意味に等しい。
天の存在。文字通り格が、空の上なのだ。
人災が天災に繰り上がるように、地上の者等には打倒不可能であることは、そもそもの道理であった。
直接力を誇示することで再認識させられた今、諦めるという行為は自然なもの。
「にも関わらず。あなたは、諦めていないのですか?」
「そう、だ。……いや、どうだろうな」
ならば、未だ立つ阿良々木暦とは何なのか。
インデックスはカラカラと無感情に、観察する。
観察。
既に役割の尽きた筈の己に残された『仕組み』とは、それ一つであったが故に。
そう、インデックスは既にその役割を終えている。
準備は終わった。戦いは終わった。ゲームは終わった。殺し合いは終わった。
首輪が解除され、誰も殺し合いを実行しないならば。
これより始まるものは一方的な虐殺。散っていく者達を見送るだけの、呆気のない幕切れ。
殺し合いのカンフル剤など今更不要。余興としての施設機能補助すらもはや要らず。
ここに端末の役割は皆無。ならば破棄されるのが自然であり、しかしそうなっていない。
そうなってはいないから、端末は役割の残滓を追い続ける。カラカラと、から回る。
「案外と、僕は早く死にたいだけなのかもしれないぜ? 自分でも、わからないけどさ……」
阿良々木暦は自信なさ気にこぼす。
何かに耐えるように、渇いた苦笑いを浮かべながら、瓦礫の町を見渡していた。
そんな少年をインデックスは観察する。
扇動、治癒、操作、与えられた任の全ては、まず観察から始まる。
だから単純に、その段階を繰り返す機械こそが、用済みの端末の実態だった。
「とりあえず僕は、枢木を探すよ。
グラハムさんがあれじゃあ、誰か他に戦える人を見つけないと……さ……その、いけないだろうし……」
か細い彼の言葉。
その力の無さに、グラハム・エーカーと同じ敗者の気質が窺い知れる。
二人は共に同じだ。己は敗北した者、両者それを認めている。
光はとっくに死に絶えて、残されてない事が明らかだ。
決して希望を信じているわけがあるまい。
そんな正の、プラスの思考で、もはや阿良々木暦は活動していない。
ならば動く者と止まる者、単純にそれだけの、両者の違いは何なのか、分析しようとした時だった。
「お前はどうするんだ?」
その質問はやって来た。
「『私』、ですか」
「ああ、そうだよ。お前だ」
見渡す限り、敗北の光景で。
瓦礫の灰色を眺めながら、阿良々木暦は端末に問いかけている。
端末という、己に対して聞いている。
「お前はこれから、どうする?」
「私は――」
端末は言葉を返せない。
その質問は即ち、『どうしたいか?』と、聞かれているに等しい。
当たり前のことではある。
どうしたいのか。
己にそんなモノが在るわけがなく。
故にこそ、問われた瞬間に思い浮かんだものが、己でも分らない。
「ま、いいか。とにかく、僕は……行くから……。
お前はお前で……なんだろ……頑張れって言うのも変だな。
一応、主催者の一味だし……」
ただ観察しているだけだ。
他には何も役割はない。
と、言い返せないのは何故だろう。
「結局お前が敵か味方かとか、分んないけどさ。
あの時、落ちそうになった時さ。
助けてくれたことは、ありがとな……おかげで今も生きてる」
そして今に至るも、その理由が思い出せないのは何故だろう。
分らない。分らない。分らないはず、なのに――
「それじゃ」
廃墟を後にして、再び雨の中を行く背中。
生きる気力を失いながらも、心を折られながらも、何故か立ち止まれない少年の後姿。
数時間後に迫る死を前にして、なのに瓦礫の中で蹲ることすら、自分に許せない愚者。
ある意味、瓦礫の下で立ち止まってしまったたグラハム以上に惨めな、
苦しみを噛み締め続ける少年を、何故か追えなかった。
瓦礫の上を行く阿良々木暦を、インデックスは追えない。
観察を続けることが出来なかった。
なぜならその姿に踏み込もうとすればするほどに、理解不能のノイズが走るから。
割り込む映像に、空回る任を手放して。
一人、ここに端末は立ち尽くす。
それは遠い昔に見たような、あるいはつい昨日に見たような、誰かの影に似ていた。
失った、白と黒の、残像。
一人の少女に何も告げず、何も知らせず戦地へ赴こうとする『少年』の後姿。
それを見送ることもままならない、少女の姿。
ここではない、どこかで。
じぶんではない、だれかが。
いつかみた、けしき。
何故か、追ってはならぬと思うから。
追いたくて、追いたくて、彼の助けになりたくて、でもそれは出来ぬと思うから。
してはいけないと思うから。
何も知らず、今度もきっと帰ってくる彼の、帰りを待っていた誰かの記憶――
それが空っぽのはずの胸に何故か冷たくて。
それが空っぽのはずの胸に何故か暖かくて。
「…………」
この、敗北の地で。
だから何処にも行けず、立ち尽くす。
端末という、インデックスという、『少女』の残滓は一人、そこにいた。
【 Fragments 1 :『もう幾度目かの敗北の跡は』 -End- 】
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最終更新:2013年08月19日 23:23