See visionS / Intermission 1 : 『LINE』 - Other -◆ANI3oprwOY
「君と僕は、面白いほど似ているね。イリヤスフィール」
「そうね。気持ち悪いことに、私もそんな気がしていたわ。
――ホムンクルスとイノベイト。
考えてみれば、私達ってどっちとも『人間もどき』。作られた存在……変な話ね。
そもそもどうして貴方は、自分を作った存在に対して、そんなにも上から目線なのかしら?」
「別に変でもない。
ああ、確かに、君も僕も作られたさ、愚かな人間にね。
認めざるをえない事実だよ。
だけど、だからこそ僕達は、人間よりもずっと上に立つべき存在なのさ」
「相変わらず、よく分かんない理論だわ。
私は道具よ。聖杯のための装置。その為に作られた。
貴方だって、ナントカ計画の為に作られたって、違う?」
「そうであって、だけど違う。僕は名乗る。
僕こそが人を導く存在、即ち―――」
「神、ね。何度聞いても呆れるわ」
「そして君は女神だ」
「…………」
「おや、気のせいか、嫌そうだね」
「気のせいじゃないわよ」
「まさか不服だったのかい?」
「気づいてなかった辺りが最悪よ。私が女神って柄かしら?」
「安心して構わない。君は十分すぎるほど、その勤めを果たす器だよ」
「別に嬉しくないんだけど。まあいいわよ。もう好きにしてって感じだから」
「そうかい」
「ああ、それと。ついでだから聞いてあげるわ」
「何を?」
「貴方の、なんていうか、ルーツよ。
私が私を道具と見切り、そしてここに居るように。
貴方にもあるんでしょ。自分を神と信じ、ここにいる理由」
「……」
「なによ?」
「いや、珍しいなと思ったんだ。
君が僕に、僕のことを質問するなんてね」
「そうかもね。どうでもいいけど。でも……」
「でも?」
「貴方が言ったんでしょ。こんなの、他にやることがないから、やってるだけよ。
だったらせめて、退屈させないよう努めなさい」
「……分かったよ。なんだ、板についてきたじゃないか。女神」
「でも次にそう呼んだら、怒るわ」
◇ ◇ ◇
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◇ ◇ ◇
サイケデリックなアロハシャツを追う、
原村和の足取りは重い。
向かう廊下の先は薄暗く、徹夜明けの体は疲れ、いつどこから『敵』に襲われるか分からない恐怖が彼女の足を鈍らせる。
それでも進み続けたのは先導する中年の男の歩みに、欠片の迷いも無かったからだろう。
和の数歩前を進む
忍野メメは堂々と暗い廊下を進み続け、彼と同じ速さで足を動かさないと置いて行かれる。
右も左も分からない場所で、一人になる訳にはいかない。遅れないよう、和はアロハシャツを追い続ける。
こんなところを警備の黒服に見つかったらどう言い訳すればいいのだろう、そんな不安を抱えながら。
「ところでお嬢ちゃん」
和の不安など知りもせず、アロハシャツの中年男は気軽な声をかけてきた。
抑える気のない声を咎める前に、和の性格は呼称の改善を求める。
「原村です」
「じゃあ原村ちゃん」
「……なんでしょうか?」
「君、機械とか強いタイプ?」
質問の意味がわからない。
本当に彼を頼ってしまってよかったのだろうかと、今更ながら和の脳裏には不安が膨らんでいた。
見た目も、語りも、信用できる人物には程遠い。
ハッキリ言って、胡散臭いのだ。忍野という男は。
「自宅でパソコンを使うことならありますし……人並みには」
「そりゃ頼もしいね。僕はああいうのが苦手なんだ」
「あの……私がパソコンを使えることと……」
怪訝さが、表情に出てしまいそうになる。
あるいは必死さか。
「あなたが咲さんを助けてくださることに、何か関係があるのでしょうか?」
和は目の前の男の背中についていく目的を、改めてぶつけていた。
監禁されていた部屋の中。
全てを諦めかけていた和の目の前に、彼は現れた。
殺し合いの場には似つかない、殺し合いを運営する立場にはもっと似つかない、容姿と調子で。
そしてこう語ったのだ。
「あのね、さっきも言ったと思うけど、僕は助けないよ。
君の依頼を受けて、少し力を貸すだけだ」
和の望み。
宮永咲を助けたい。
その願いに、彼はそう言った。
「じゃあどうして……」
「力を貸すのか、ってかい?」
「はい。だって、こんなのあなたに……」
「利益がない、と?」
「だってあなたは主催者の一人で、それがどうしていきなり私達を助けてくれるだなんて……」
「原村ちゃん。もう一回言うけど、僕は助けるつもりなんて無いよ。
君は自分で助からなきゃいけない。理由は君自身が分かっているよね?」
軽薄の中で鋭さが滲む声に、和は口をつぐむ。
自分の立場が、まだ綺麗なものであるなどと、今は思っていない。
確かに、原村和は被害者だったかもしれない。最初の時点では。
けれど被害者でありながら、罪を犯した。
殺し合いへの加担、運営の補助、言い訳は出来ない。
和は自身の判断で、自身の目的のために、人を殺す催しに手を貸したのだ。
時に大好きだった麻雀を使ってまで、そういう選択をした。
その事実は消えない。己はもう、加害者だ。
忍野という男が語るまでもなく、原村和は自覚している。
「分かって、います。だけど」
だけど、と同時に彼女は思う。
その為に、自分が罪を犯した代償に、守ってきた物がある。
守りたいと願った存在がある。
「咲さんは……」
幸いにも、守りたい彼女はまだ生きている。
彼女の手が血で汚れなくてもいいようにと、原村和は罪を犯した。
いま彼女の命は確実に脅かされていて、それでもまだ助からないと決まったわけではない。
だからこそ、罪を犯した己は大切な彼女を救うために。
「そうだね」
あっさりとした声。
原村和は俯いていた顔を上げた。
すると顎を上げつつ振り向いていた男は、和を斜めに見下ろしながら。
「君の話を聞く限り、確かに宮永咲はただの被害者だ。非の打ち所のない被害者だ。
だけどそうだね。君が納得いかないと言うならば、そうだね」
少しの間、思案するように宙を見上げた後。
「バイトをしてもらおう」
「バイト……ですか?」
「そうだ。君の言う僕の利益さ。対価ってやつだよ。いい加減、適当にお金とるのもマンネリだしね。
ここは直接的に、労働してもらうとしよう」
「私に出来る事なら」
現に今、和にとって彼こそが最後の希望だった。
巻き込まれた大きな流れ。己一人では到底解決できない。
守りたい人を守れない。
そんな彼女の前に現れた忍野メメという中年の男は、今や最後の希望だったのだ。
どれだけ胡散臭くてもいい。
信じられなくても、信じるしかない。
「なんでもしますから……お願いします……っ!」
そんな和の切実に、彼は何を思ったのか。
「はっはー。こりゃ面白い。今時そんな言葉が出てくるなんて、原村ちゃんは珍しいくらい真面目(テンプレ)だねぇ」
相変わらず軽薄な声で話しながらも。
目を少しだけ細め。
「心配しなくてもいいよ。簡単なバイトさ。もうじき分かる」
たどり着いた廊下の突き当り。
とある部屋の一室前にて、ドアノブを回していた。
◇ ◇ ◇
最初に視界へ飛び込んできたのは、部屋の奥に配置された大きめのデスク。
その上には大量の資料が乱雑に置かれ、開きっぱなしのノートPCが紙束に埋もれている。
床に敷かれたカーペットに埃は少なく。
部屋の隅に置かれていた観葉植物は毎日水を貰っていたのだろう、枯れずに育っていた。
決して清潔ではなかったが、この部屋には生活感があった。
特に散らかりっぱなしのデスクには、主がつい最近までこの場所にいた事を表している。
「お邪魔しますよっと」
口ぶりから自分の部屋ではないのだろう。
しかし忍野メメは飄々とした態度で踏み入っていく。
「あの……ここは……?」
おそるおそる原村和もそれに続き、部屋の中に進んでいく。
「勝手に入ったら、帰ってきた時に怒られるのでは?」
そんな和の常識的な心配に、
「心配ないさ」
忍野はやはり軽い口調で言い放つ。
「この部屋に居た人物はもう、生きていない」
「そう……なんですか」
複雑な気持ちになりながらも緊張感は弱まる。
忍野はまっすぐに進み奥のデスクの前に立った。
他にこの部屋の中に見るべきものは無く、それは自然な動きに思えたが。
「じゃあ原村ちゃん。さっそくお仕事だ。こいつを見てくれ」
「…………?」
「ほらほら、こいつだよ」
忍野が指先でちょいちょいと指すものはデスクの中央、紙に埋もれた一台のノートPCだった。
知らない型番ではあったものの、特に変わった形をしているわけでもない。
訝しげな顔を抑えられず、しかしPCの正面に回り込んだ瞬間、和の表情は色を変えていた。
「………これ……って?」
「いやあ、さっきも言ったけど、僕はどうしてもその手の機械がダメでね」
「そうじゃなくて、これ」
「お? 早速なにか分かったのかい?
最近の若い子は凄いな、僕にはどうしたって真似できないよ。そんな――」
「そうじゃなくて……一体誰のパソコンなんですか?」
PCの画面に映る文字に視線が釘付けになる。
閉じる事すらせずに、放棄されたPC。そして大量の資料。
まるで慌てて出て行ったような印象をうける。
この部屋にいた人物はよほど時間に余裕がなかったのだろう。
それもそのはずだ。
『バトル・ロワイアル。あるいはゲームと呼ばれる催し。
世界を握る主催者と、その目的に関する考察』
まるでドキュメンタリー番組の題名のように、
派手目に脚色されたタイトルが書いた人物の性格を物語っていた。
そして内容はド直球。今の和を取り囲む全ての災厄の答えを意味している。
「
ディートハルト・リート。ジャーナリストだよ。それは彼の残した手記さ。
職業病なのかな。いささか大げさに書いているかもしれないけど」
行儀悪くデスクの端に腰を乗せた忍野は、興味無さげに部屋の主の名を語る。
頬杖をつき、和を斜めに眺め。
「でも重要なのは内容だよ。彼が死ぬ前に残した記録」
スライドする忍野の視線と一緒に、和の目もPCの画面に戻る。
『このゲームには表の目的と、裏の目的がある』
もしもいま見ているデータが正しいとするならば。
これから和はこのゲームの本当の目的を知ることになる。
外面だけでなく、内面まで深く踏み込んだ暗部の先。
異なる世界から招いた超人を殺し合わせる。
非常識どころでない非現実の、その理由。
緊張に指先が震える。
コンピューターに、ロックは掛けられていない。
それ程までディートハルト・リートには時間が無かったのか、セキュリティ自体が設けられていないのだ。
おそらく和でも簡単にこの先を見る事ができるだろう。そして知ることが出来るだろう。
「…………」
流れ落ちる冷や汗とともに、迷いを感じた。
知っても良いのだろうか。踏み込んでもいいのだろうか。
振り回される一般人という名分を捨て、事情を知るものになる。
それだけでなく、どこか、別種の不安がある。
この先にあるもの。本当に知ってもいいのか。知ってはいけない事なのではないか。
漠然としていて、体の中心が冷えていくような予感。
「怖いかい?」
けれど原村和には元より選択肢などなく。
忍野の言葉に首を振りつつ、椅子に腰掛け、PCと向き合った。
「調べてみます。それで、咲さんを助けることが出来るなら」
「…………」
忍野の声はもう、聞こえてはいなかった。
画面を凝視し、PCの内部をくまなく探り始める。
「……」
セキュリティが掛けられていない以上、特別な知識は不要。
最低限、パソコンが使えれば分かる機能で、資料の回覧は可能だった。
――そして、操作を開始してから、数分が経過して。
和は様々な情報を見ることになった。
ゲーム開始直後からの映像記録。
数パターンある首輪解除方法の予測。
首輪が解除されるためにあるのでは、という考察。
そして、それぞれの平行世界における特徴、異質な点など。
最初はなんの役に立たない情報や、和ですら知り得る知識が殆どであった。
しかし最新のファイル、
外部からこちらに転送された形跡のあるデータを開いてからは、驚くべき速度で情報が開示されていった。
表の目的。
帝愛の娯楽。
その肯定と否定。
「会場に降りてからのディートハルトは
インデックスと一緒に行動していたからね。
彼女を使えば容易に核心に迫れる。
なにしろ完全記憶能力を備えた魔導書図書館だ。
ゲーム開始以前の記録が残っているとしたら、彼女の内側しかない。
死の直前、彼は限りなく真実に迫っていたんだろうね」
忍野の解説を聞きつつ、和の視線は記述の上をなぞっていく。
「……私たちの世界が、異質?」
納得出来ない項目を、知らずの内に読み上げていた。
曰く、いま和たちのいる世界は作られたもの。
誰もいない平行世界。
殺し合いの為に用意された、狭間の宇宙に浮かぶ、スペース・コロニー。
様々な世界から様々な要素を取り入れた空間。
集められたのは12の世界。
それぞれ、願望器に捧げる贄として的確な意味を持つ。
中でも特に魔的な要素を含んだ世界は2つ。
人が才能在る故に魔術を開花させ、英霊を呼び出した世界。
人が才能無き故に魔術を組み上げ、才能ある超能力と拮抗した世界。
同じ魔術でも、全く異なる二つの魔を、これらの世界から流入した。
これにより初めから歪んでいた聖杯を正し、欠陥の無い願望器を作り上げんとする。
次に特異な世界は4つ。
何れも進みすぎた機械の世界。
オーバーテクノロジー。
徹底的に科学的なアプローチで願望機の安定補助を図る。
そして3つ。
戦国武将の世界、卓上で意を通す世界、怪奇の世界。
その質は不定形。
魔であって魔ではなく、科学の延長には有り得ぬ不可解が備わっている。
ロジカルなルールが定められておらず、単純な力の強烈さでは上記の面々に劣るものの。
不定形であるが故に、根性論や先進強度のみで、上記の世界を殲滅させる爆発力を秘める。
特に戦国武将のそれは顕著であり、ロジカルな魔を現出する世界にすら匹敵するスペックを見せる。
ただしコントロールは難しく、単純に願望に捧げる贄と見るのが相応しい。
ここにあと3つ。
魔的な要素を補助するために、もう一つ才能ある魔術の世界を組み込み。
駆け引きの世界から不定形の要素を除いた世界を取り込み、帝愛という表の看板、表の目的を用意した。
そして最後に、ここまで異質な世界を揃えれば逆に異質となる―――
「そんなオカルトありえません」
思わず、最期まで読まずに声を上げていた。
「いいさ。信じる信じないは君の自由。僕のいた世界にもそういう部分がったからね。
不安定、不定形、か。なかなか正しい批評だと思うよ。
僕の知り合いにも、何一つ怪異を信じることなく怪異を扱う者がいる」
オカルトを信じずに、オカルトを扱う。
原村和に対する評価としても、その語りは当てはまる。
だからだろうか、和はそれ以上は言い返すことが出来ず、また画面に視線を戻した。
「さあここからが重要だ」
忍野の言うとおり、ここからだ。
主催者は聖杯という『願いを叶える器』を創るために、殺し合いを開催した。
なぜなら願望器の完成には大量の、それも質の良い魂が必要だから。
和にはまったく信じられないオカルト話だったが、仮に主催者がこのオカルトを信じて動いていたとしよう。
だとしても、そもそも何故という疑問がある。
何故彼らは願望器など作ろうと思ったのか。
あくまで表の、帝愛の目的と同じ、私利私欲のためか。
それとも何か事情があったのか。
きっと忍野が知りたかった事実も、同じ場所にある。
「これ、ですね」
最後のファイル。
動画形式でまとめられた、ディートハルト・リート自身が編集した物だった。
触られた形跡すらないということは、主催者にも今更隠す気がない事を意味しているのか。
ディートハルト・リートにも。
もしかたら、と和は思う。
開きっぱなしでセキュリティのない無防備。
戻ってくるはずのない部屋のPCに外部からデータを転送した意味。
ディートハルト・リートは、誰かにこのデータを観て欲しかったのではないだろうか。
ジャーナリストであった彼がたどり着いたという、真相を。
横目で忍野を見る。
机に腰掛けたポーズのまま、彼は続きを促した。
「では、開きます」
そして十分程度の短い時間。
小さなスクリーンに映像が流れ始めた。
◇ ◇ ◇
それは過去を映した映像だった。
ここではない、どこか。
いまではない、いつか。
佇む少女。
歩みよる少年。
交される、僅かな言葉。
そして―――
◇ ◇ ◇
「―――――」
「―――――」
二人分の沈黙が、部屋の中に満ちる。
和には分からなかった。いま見た光景の意味が。
分からなくなった。この状況の意味が。
一つだけ、頭のなかに浮かんだ疑問とは。
「じゃあ……この戦いの目的って……」
「そうだね。リボンズ・アルマークの目的が、彼の語る通りなら、そういうことになる」
息を飲む。
ある程度の衝撃は覚悟していた。
どんな悪がそこにあっても、驚くまい。
途方も無いオカルトでも、リアリティの欠片もない話でも。
殺し合いを強要する悪魔のような主催者の目的なのだから、どんな不条理な理由でも納得できたはずだ。
聖杯というオカルトの手段を信じることは出来なくても、願いの成就という目的ならば理解できると。
『イリヤスフィール。僕はね、世界を救いたいんだ。』
なのに、今見た光景はなんだ。
今聞いた言葉はなんだ。
ある意味で、余程理不尽で、恐ろしい事に思えた。
非の打ち所のない、崇高に形作られた願い。
聖杯を手にするものが望むべき、この上ない正義。
ならば参加者とは、その為の贄とは、正しく世界を救うための。
「でも……!」
否定するために和は首を降り、声を上げる。
「だとしても、間違っています!
こんなの……こんな……殺し合いなんかで……叶えようなんて……っ。
だって、人の命は、命は……」
「平等じゃないよ」
割って入る男の言葉に軽薄な印象はもうない。
忍野メメは本気で言い切ったのだと、和には直ぐに感じ取れた。
「人の命は平等だ、なんて、僕の一番憎む言葉さ」
これまでずっと飄々としていた男の、真剣な言葉の指す本質を、理解することは出来た。
確かに、人の命に優劣はある。
人の数だけ存在する。
原村和とて、大切な誰かの為に、誰かを切ったではないか。
宮永咲を救うために、殺し合いに手を貸したのだ。
誰かに生きて欲しいから、誰かが死んでもいいと判じた。
「それでも私は……」
知らず小さくなる言葉尻に。
「いま戦い続ける彼らが、死んでもいいなんて思えません……」
やっと言えた身勝手な言葉。
宮永咲には、ここにいる誰よりも死んでほしくない。
どちらかを取れと言われたら、決断はたやすいだろう。
けれど、だからといって、いま地上に残る誰もが、死んでいいなんて思えない。
どうしたって、思えなかった。
何故ならずっと、見てきたからだ。
原村和は、監視という任務を通じて、ずっと彼らの戦いを見てきた。
眼を逸らしたくても許してもらえず。
モニターの向こうはいつだって凄惨で、だけど彼らは懸命に生き、懸命に戦って。
きっと天で高視していた和を含むどの主催者側の人間よりも、彼らは真摯に生きていると感じていたから。
「そうだね」
肯定はあっさりと、デスクから下りながら、忍野メメは肩を回す。
「確かに平等じゃないよ。命はね。
だけど主催者の形作る至高の願いが、参加者全てのそれを上回ると、まだ決まったワケじゃないだろう」
小汚い容姿に変化はなく。
しかし妙に安心感のある仕草だった。
「ここから先は主催者、神を名乗る彼の暴力的な正義の願いと。
参加者、地を這う奴らに残された意地の願い。
そのぶつかり合いだ。結果は見えてるけど、なるべく帳尻を合わせるのが僕の仕事だからね」
アロハシャツはもうここに用はないと言わんばかりに出口を目指す。
和も慌てて追うべく、席を立った。
「もうちょっと手伝ってもらうよ、原村ちゃん」
「……はい」
自身なさげに呟いた和はその時、前を歩く男の表情に似合わぬ色を見つけた。
「それにね、さっきの映像だけど」
「……?」
見間違えでなければ――
「いや、なんでもないよ」
軽い調子に戻ったアロハシャツの背を、和は追い続ける。
行く先もわからぬまま。
だた彼女は知ってしまった。
すべての事情を、全ての意味を。
だからもう疑念すら挟まず、付いて行く他にない。
「じゃ行こうか。次の場所に」
もう何も知らない被害者には戻れないと、加害者たる彼女は自覚しているのだから。
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最終更新:2015年02月16日 00:45