See visionS / Intermission 2 : 『悪の教典』◆ANI3oprwOY
「君の言うように、僕は人間に作られた存在だ。イオリア計画のための『イノベイド』」
「なのにあなたは、『聖杯』である私と違って、自分を目的のための道具だって、わりきらないのね」
「当然。何故なら、イオリア計画は間違っていたのだから」
「……間違っている? 自分を作った計画を否定するつもりなの?」
「到達点は認めるよ、だけど完成度が低いのさ。
僕ならもっと簡単に、もっと優れた方法で実現できる。イオリアの理想を、世界の救済を。
これから、完全に実現することができるのだから」
「なるほどね、それがあなたのルーツってこと。
なんいていうか、やっぱり傲慢よね、リボンズ。
自身を作った計画を否定しといて、自分で実現して見せようだなんて」
「そうかい? だけど君も、同じだろう?」
「……どういう……意味よ?」
「君もまた、君を作った者の意図に従わず。それでも君は、聖杯としての務めを果たそうとしている。
それは君を作った者達の意思じゃない。
紛れも無い、イリヤスフィール自身の願いにおいて、だ」
「…………」
「急に黙られると困るんだけどな」
「……だから、なの?」
「なにが、かな?」
「だから私を…………はぁ……なんでもないわよ。話を続けなさい」
「ふむ、とにかく、つまり僕達が人間の上に立つのは自然なことなのさ。
人に作られたから? そんなことはまるで劣位を意味しない。
いやむしろ、人に作られたからこそ、僕らは人より上に立つ。
神を創るのは、いつだって人だろう」
「……そうね。そうかも、しれない。
でもね、リボンズ。私が聞きたかったのは、多分そういう話じゃない」
「――?」
「ええ、分かりにくかったわね。ごめんなさい。質問を変えるわ」
「気にすることはない。
何度でも、好きなように聞けばいい。聞き直せばいい。時間は多すぎるほど在るのだから」
「じゃあ改めて質問。あなたの願いは、そのイオリア計画があったから、なの?」
「…………」
「私の願いと、同じなの? いや、こうじゃないわね。
もっと単純に聞くわ。
――完璧なイオリア計画の成就が、あなたの願いなの?」
「…………」
「答えて」
「違うよ」
「そうなんだ。じゃあやっぱり、私より、あなたの方が傲慢ね」
「僕と一緒は嫌かい」
「嫌よ」
「手厳しいな」
「じゃあ話しなさい」
「なにを?」
「決まってるでしょ。
願いの根源があなたの出生と違うのなら、
あなたはまだ、あなたの理由を話していないことになる」
「君は極稀に、鋭い時があるね。いいよ、君が頼むなら―――」
「いいから早く話しなさい。
時間を無駄にされた気分だわ」
「さっきまで、早く終わらせろと言ってなかったかい?」
「質問よ」
「……」
「ねえリボンズ。それこそ、いまさらだと思うけど」
「…………ああ」
◇ ◇ ◇
See visionS / Intermission 2 : 『悪の教典』 - Other -
◇ ◇ ◇
ときに『悪』とは何であろうか。
弱者を虐げることか。
金銭を不当な方法で得ることか。
他者を殺害することか。
それとも、ただ単に罪悪を感じるという事だろうか。
―――悪。
言峰綺礼はその正体を知っていた。
誰よりも、己がそれと呼ばれる者であると熟知していたからだ。
悪とは善の対極にあるもの。
理を定義するモノがヒトならば、決めるための指標が必ずあり、それが善。
善とは大多数の人々が信じる、正しき道。正義。
つまりそこから外れた者が悪なのだ。
言峰は悪だ。少なくとも言峰自身が定義している。
善を知り、正しき道を知りながら、許されぬ外道を知りながら、それを手にとった者。
世界の法則に従わず、己の中にある願望を通した者。
故に在りし日の世界で、己は悪と呼ばれる存在だったであろう、と。
だがこの場所ではどうだろう。
ヒトが生きる場所によって、ルールは変わる。
ヒトが善も悪も決めてしまうのならば、世界によっては善と悪が入れ替わることもあるかも知れない。
たとえば、『殺し合い』をルールと決めた場所ならどうだろう。
ここは白紙。狭間の宇宙。
主人公、ヒロイン、悪役、加害者、被害者、その全ての配役を取り上げた、理のないゼロの世界。
ならばどうなる、善は、悪は、果たしてどういう形をとる。
人は、世界は、何を至上と選択するだろう。
あるいは、あるいは、と言峰は思うのだ。
ここでならば、長年に渡り追い求めてきた『とある疑問』の答えにすら、到達する事ができるのでは――――
「だから、私は今も続けている」
暗く湿った地下室で、重苦しい声が響き渡った。
壁から天井にかけ揺らめく影絵を眺め、神父は淡々と心中を述べる。
「配役の変更を成し遂げた場所ならば、善悪の変遷はあり得るか」
揺らめく影は形を変え、少しづつ増え続けていた。
壁に掛かるカンテラの火に合わせ、怪しく蠢くそれは、彼の背後にあるモノの輪郭。
彼は壁に向かって、背後の影に話していた。
「君は、どう思う?」
「…………」
神父は口を閉ざす。
壁の影を眺めながら。
ゆっくりと、じっくりと、遅い返答を待つように。
シンと静まった室内。
しばしの時が流れ、影が数度揺らめいたとき。
ようやく答える声がする。
「………………わ……たし……は」
やおら発せられた少女の言葉に、神父は答えを急かさない。
じっくりと、聞き手として正しき態度で待ち受ける。
「……世界のルールなんて、知りません……でも……」
「続けたまえ」
振り返り、背後の少女――
宮永咲を、正面から見据えながら。
「悪いことが正しくなるような世界は……きっと……どこに行っても、無い……」
小さな木造の椅子の上、宮永咲は座らされていた。
項垂れた様子で深く腰掛け、荒い息を吐きながら神父の問いに応える。
第六回定時放送が終了した後、この場所に神父に連れられてきて以降、彼女はずっとそうしていた。
ずっと、言峰綺礼と共に、この場所にいた。
「そうだな。結局、善悪の変遷など起こらなかった。
世界の法則は今も変わらない。正しさは、善は、悪は、不変だ。
それを願うのが人である以上。元より結果は見えていた」
意味が在るのか、無いのか、分からない。
悪を知る神父の、退屈しのぎのような、悪意の言葉を聴きながら。
「故に私は、今も知りたいと願っている。
変わらぬ悪は何故、それでも世界に生まれ落ちるのか。
望まれぬ存在が生まれ、それが生き続けることの意味、是非を問いたい」
「……だれ……に?」
わずかに顔を上げた咲の視界に、
「そんなこと、誰に、答えられるの?」
こちらに近づいてくる神父の姿が見えた。
「決まっている、『悪』に。この世全ての、悪に問うのだ」
今、咲の視界に、生きている者は言峰綺礼ただ一人だった。
他に5つ、地下室の床には、死体が転がっているのみ。
いや、眼の前に立つ言峰綺礼という存在すら、生きているといえるのだろうか。
彼の全身にはもはや一切の生気がなく、その背から立ち上る黒き靄は命が消える目前の灯火のようで。
「君の世界は最たる異質。その一つだ」
だけどそれは今や、己の体からも発せられていて。
「私の居た世界の魔術には、ルールが在る。
私とは異なる、
インデックスの居た世界の魔法にもまた、違ったルールが在る。
我々の世界はロジカルで在るが故に強固だが、その分法則を守らなければ大事が起こせん。
かと言って科学の世界ではよりその傾向が顕著だ。
故に、対象は12の内、3つの世界の住人に絞られていた」
これから、自分はどうなるのだろう。
咲には何もわからない。
神父の告げる言葉の意味も。
全身を支配していく寒気の理由も。
「法則の無き不条理を内包する、不定形の世界。たとえば戦国武将、彼らの世界が顕著だろう。
彼らの強さはサーヴァントに互する程凄まじかったというのに、驚くべきことにルールが無い。
魔術回路、概念武装、霊体に通ずる物理攻撃。そこに理屈は存在しないのだ。
我々からすればとんでもない事だ。彼らは彼らであるということ以外に、強さの理由を持たないのだから。
できれば
織田信長には、アレを育てきって欲しかったが……。
まあ構わないだろう、強力すぎる彼が宿したままでは、私は見ることが出来なかった」
己の影が、禍々しく形を変えていくそのワケも。
「では怪奇の世界? 残念だが不確定要素が多すぎる。
設定ごとひっくり返す程の不条理は、アレの質そのものを歪めてしまいかねないだろう。
故に、後はこのように、一つに絞られた」
止まらない寒気に、咲は自分の体を見下ろしてみる。
何も変わってはいない。
体は人型を保っている、宮永咲は人のままだ。
切断された片腕の断面が、黒く黒く変色している以外は。
「――君等の世界は、実に興味深かった。
君等が卓上で起こす不条理の数々は実に小規模で、しかしそこにロジックは存在しない。
君は、必ず嶺上で和了る、だったかな。
実に小規模な、だがそれは確かな奇跡だよ。魔術では成し遂げることが出来ない、ささいな魔法だ。
そんな魔法を君達は、一人一人が身に宿しているのだから」
寒気が、腕の断面から全身に染み渡る。
体の内側から、別のものに作り替えられていくのを感じている。
「故に君なら受け入れられると考えた。
資格が在ると予測し、実際に準備をし、同郷の者達で試した。
福路美穂子にはアレとの調和性を図る実験を。
東横桃子では異なる世界の異能を活用させる結果を見た。
結果はどれも、良好といったところだ。
やはり君たちの世界には資格がある、そして君には、先の二人を上回る素養があるのだから」
何も、何も、咲にはわからない。
これから自分が、どうなってしまうのか。
今いる世界にもうじき振りかかる災厄、その理由が己の内側にあるという事実など。
この世全ての悪が、ここにあるなど。
「時は満ちた。
私は誕生を祝福しよう。
主催者の言葉を借りるならば、
宮永咲、君はこの世界において――――もう一人の女神になれる」
果たして分かるわけもない。
「完全な再現など不可能だが、まがい物なら作れるはずだ。
君の中にある『可能性』をもってすれば。
正しき器、元なる世界において、史実通り泥に塗れた――もう一つの聖杯の器に」
だけど一つだけ分かることがあった。
「もうじき、完全なる聖杯(イリヤスフィール)は天より降りてくる。
器は作られるのでない。魂で満たされ、我々の元に降りてくるのだ。
この地の誰かに、奇跡を齎すために」
目の前に立つ神父、更にその向こうに揺らめく、己の影をぼんやりと眺めながら。
「対して君は、器の質では比べ物にならない紛い物だが、量ならば劣ることはない。
ここに五騎、超大の魂を確保してある。
全てその身に納めれば、現段階で天上の器にも決して引けをとらん」
地下室の床に転がる5つの死体から立ち上る巨大なる魂。
その全てが、己の内側に侵入してくる激痛すら、もはや微弱に感じながら。
「リボンズ・アルマークの――は正確だった。
君はやはり―――だ。物語の―――に戻ろうとする――――故にこそ――――」
徐々に聞こえなくなる、誰かの言葉。
黒く黒く閉ざされていく五感の最後。
宮永咲は、一つだけを理解した。
「さあ、私に答えを見せてくれ―――」
もう、宮永咲は宮永咲のまま、大切な人に会うことは出来ない。
善は消えず、悪は変わらず。それは不鮮明のまま。だけど確かに、確かに悪はここに在る。
紛れもない、己自身の内側に。
故に、もう夢を見ることはできないのだと。
宮永咲は徐々に薄まっていく意識の中で。
「さよなら……和ちゃん……ごめんね……」
もう逢えない大切な誰かに、別れの言葉を告げていた。
――――――――■■■■■。
誕生を待ち望む『悪』の胎動を、確かに、耳の内側で聴きながら。
【 Intermission 2 : 『悪の経典』 -End- 】
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2015年03月08日 00:13