See visionS / Fragments 11 :『正義と悪』- 一方通行 -◆ANI3oprwOY





汚くても、かまわねェ。
今の俺がどれだけ醜い人殺しで、悪党で、見下されて当然のクズだろォが。
それでもアイツの笑顔が翳ることなく、光の上で満足に生きていられるなら、それで十分なンだ。

忘れていたわけじゃねェ。
なのに縋っちまった。堕落した自分を救い出してくれる"誰か"。
自覚を持てよ。今まで何をしてきたか、ここで何をしてきたか。
本気で、ソレを思えってのか。

ああそうだ、認めてやる。
俺は、ずっとそっちに行きたかった。
あの陽だまりの中で、生きていたかった。
闇に落ちて、糞と一緒に掻き混ぜらて、どうあったって戻れないと分かっていても。
陽の差す世界。希望に満ちた夢。明るい未来。輝いた日常。
そこをアイツと一緒に歩いて行けたら、それはどンなに――――――

だが、もう遅い。全てが遅い。
もうこの穢れは祓えない。拭えない。消し去れない。
浴びた泥の話じゃねェ。
元々この身に溜め込んでいた罪(あく)は、抑えきれないくらい飢えて、飽いていやがっただけのこと。
だから、あの中へ持ち込ンでは、いけない。


さァ、殺そう。
闇の中で、闇に在る全てを殺して回ろう。
俺にはその力がある。生きてる人間全てを呪い殺す悪の声が、力を寄越す。
暴れ、傷つけ、踏み躙り、殺す事柄を、アイツの周りから消してやろう。

傍で守ることがもうできなくても。
影から忍び寄る災厄を全て狩り尽くそう。
二度とアイツに、それを近づけさせやしねェ。

さァ、続けよう。
殺し尽くし、駆逐して、死に絶えろ。
俺に、そしてオマエらに出来るのはそれだけだ。
人の殻なンざいつでも捨ててやる。今更人間ヅラする気も毛頭ねェ。

名前も心も邪魔な装飾だ。ただ破壊するだけの嵐であればいい。
誰もが畏れずにはいられない闇への恐怖の塊になって。
遠慮なく、オマエらの名を受け継ごう。









ただ、あと一度だけ奇跡を願うのなら。
あの緩んだ顔(ツラ)を、もう一度―――――








◆ ◆ ◆










See visionS / Fragments 11 :『正義と悪』 - 一方通行 -









◆ ◆ ◆




目覚めれば、また、闇の中にいた。

天も地も消え失せた暗い海。
海とは本来生命を創り出した原初の環境であるが、ここには新しい命が誕生する可能性は一片たりとも存在しない。
天上には黒く塗り潰された空間でも分かる穿たれた孔。
極大の呪いを流し込む蛇口は今も延々と滴り続けている。深海の底ですらまだ慈悲があるだろう。
ここは始まりでなく終わり。万象全物が例外なく内包しいつか迎える死の世界だ。



「おかえりなさい!ってミサカはミサカは新婚のお嫁さん気分であなたの帰りを出迎えてみたり!」

その中で、少女は満面を喜びに輝かせていた。
希望に満ちた表情で、家族の帰宅を両手で迎え入れる。
汚れた箇所など一片もない、争いとは無縁の幸せを生きている者の笑顔で一方通行に笑いかける。

打ち止め(ラストオーダー)―――
この世の悪性に染まっても決して忘れたことのなかった、最後に残った希望。
初めての邂逅から、何一つ変わってない緩んだ頬でこちらを見上げていた。

「……あれ? なんだか反応が薄いぞ、ってミサカはミサカはあなたの無慈悲なツッコミチョップへの警戒を解いてみたり」

愛らしく小首を傾げる仕草。
その顔を覚えている。
その声を知っている。
闇でしか生きていけないと諦めていた自分を、そんなことはないと幸福な夢を見せてくれた少女がいた。
まるで夜明けの太陽のように。
どんなに力が強くても自分では開けられない扉を、弱々しい腕で開けて光をもたらしてくれた。

この光を失いたくない。
自分の汚れた手を取ってくれた彼女を世界の理不尽に奪わせはしない。
それだけが願いだった。それさえ守り通せればよかった。
無敵を目指したこの力が彼女に降りかかる災厄を払いのけられることが、小さな誇りとなった。

だから、目の前で呼びかける彼女を見れた事に素直に喜んだ。顔を見れた事が嬉しかった。
受けた傷も、足掻いた無様も全て清算された。それだけの甲斐があったと謳える。


「なンで、ここにいるンだ」

けれど。あり得ない。
ここにコイツが来ていい道理なんて、あるわけがない。

ここは闇の胎。地獄の底。悪の巣窟。
ありとあらゆる悪性が集った終わりの場所だ。
そんな最果ての地に、どうして守護を誓った少女が立っているのか。

「オマエは、ここに来ていいやつじゃないだろ」

この打ち止めが現実のとは違うものであることぐらい一方通行は理解していた。
同じ場所で見た、超電磁砲≪レールガン≫の時のビジョンと同じ。
特殊な場所でこそ成り立つ、夢のようなもの。都合のいいもの。
あらゆる願望を叶える何者かが、その者の望みを見える容に映し出す為の鏡。
あの時現れた超電磁砲は、一方通行の罪悪の象徴。
ではこの打ち止めは一体何の―――?


「どうして……?」

いっそこのまま元の振舞いを続けてくれればまだしも割り切りがついたかもしれない。
しかし打ち止めは一方通行に問い返した。会話という形式を生み出した。
一方通行は無視出来ない。今全身を捉えて離さない震えから逃れられない。
それはこれまでのどんな責め苦よりも容赦なく、決定的に破滅を呼び込むものだと本能的に悟った。


「じゃあ、どうして一緒にいちゃいけないのって、ミサカはミサカはあなたに聞いてみる」
「決まってンだろ」

思いのほか、声は軽く出た。
こんな時が来るを、ひょっとして自分は分かっていたのかもしれない。

「こンだけ狂って。こンだけ殺して。
 どのツラ下げて今更、そこに戻れるってンだよ。
 もう壊れてんだよ。腐ってるんだ。分かってんだろ。お前が本物でも、俺の妄想でも、もうどうしようもねェ」

己は殺すしか出来ぬモノ。その方法でしか誰か守れない怪物。悪と呼ばれる存在だ。
ずっと前から分かっていた。知っていた。ただ思い知らされただけだ。
だからもう、彼女の前に立つ資格など、ないと知っているのに。

「だから消えろ。早くどっかにいきやがれ。
 俺は、オマエと一緒には――――」


この世の全ての悪という超重の怨霊に抵抗出来ている理由は、結局の所その一点のみだった。
たった一人を救う為にこそ、悪を受け入れながらも自我を保持することを可能としている。
だがそれは薄氷の如き心の壁だ。

彼女が死ねば、自分は人間でいられない。
救ってくれた人が消えるのも恐ろしければ、その後の己の末路も想像するだけで狂うに至る。
そしてそれは、彼がかつて胸に懐いていた願いそのものなのだ。
逆らう意思すら起こさせない絶対的な力。
認めざるを得ない究極の悪。
芽生えた希望が消えれば、残るは過去に根ざした暗い望み。
聖杯は新しい温床を種として取り込み、彼の絶望を具現するだろう。


強すぎる光は逆に身を蝕む。
こんなにも希望が近くにいるのに、苦しみは増してしまう。
守るための殺人の代償。希望から遠ざからなければ希望を残すことが出来ない。
それで構わないと思っていた。一生闇の内を巡る鬼であろうと決めていた。
そんな決意を、闇は簡単に打ち砕いた。
求めるということは、飽いているということ。
触れ合いたいという本心と、殺してやりたいという衝動が矛盾を結んでいる。
近づくのも、遠ざかるのも、どちらも本当で噛み合わない。




「――――――」

告解を聞いた彼女は、顔色ひとつ変えないで一方通行から目を逸らさなかった。
そして一歩、また一歩と、一方通行の方へと小さな足を踏み出した。
一方が近づき、一方が不動のままの以上、終着は訪れる。
元々の位置が近かったこともあり、二人の距離は指が触れ合うぐらいに縮まった。

指先に、血の通った温かい熱が伝わる。


「大丈夫だよって、ミサカはミサカはあなたを安心させてあげたり」


懐かしい、温もりがあった。
殺し合いに落とされる以前で最も新しい、自分が触れた熱。
触れた指先から、凍りついた心が一瞬で融かされていくのを感じた。

「冷たいね、ってミサカはミサカはあなたの手を力いっぱい握り締めてみたり」

指から手のひらへ。
片手から両手へ。

痩せ細った手が、それよりも一回り小さなふたつの手でくまなく包まれた。

「――――――」

何を考えるまでもなく握り返していた。
今の今まで支配していた声は、意識する間もないまま消え去っていた。
強く、強く、能力を使わない生身のまま精一杯握り締める。
打ち止めもまた負けないように握り返した。

「……うん、もう大丈夫」

手を繋いだまま朗らかに微笑む打ち止め。
その顔はずっと変わらない。

「私は、ずっと一緒にいたいよ……」

いつかのように。
いつものように。

「あなたはずっと変わってない。とっても優しくて、強い人。
 だってこんな風にミサカの手を優しく握ってくれるもん、ってミサカはミサカはあなたを信じてみたり!」

淵にいた自分を見つけ、救い出してくれる、力強さを持っていた。
こんなにも軽い腕なのに、重い罪を背負った者を拾い上げてみせた。

「……聞いてなかったのか? 俺は――」
「そんなのに負けちゃダメ!ってミサカはミサカは」
「あァ、ったく。……うるせェよ、オマエは人の頭ンなかでも、そうなのかよ」

応援如きでどうなるなら苦労はない。
あまりに腑抜けた台詞についいつもの悪態をつく。

「分かったよ」

その言葉に、打ち止めの顔が輝く。
気が緩んだ一瞬。


「それでも―――この手は繋いではいられねェ」


繋がれてた指をゆっくりと、優しく引き剥がした。


「もうすっかり暗い。ガキは家でおネンネの時間だぜ」



位置の概念のない世界で、いつの間にか両者は上下に離れていた。
離れる一方通行の背には巨大な翼。
黒く黒く、闇の中でも見失わないほどの奔流だった。
上昇は止まらず、天に掲げられる太陽を目指す。
どうせ形のない夢の世界だが、抜け出るには唯一「像」があるあそこが丁度いい。


「―――待って!」


とっくに届かない手を、必死に伸ばす。

これは、理想だ。
こうであって欲しい、こうだった筈だ。
本来手に入れていたであろう理想の、正しい未来のカタチ。
現実ならあり得ないだろうが、ここは虚構の空間。そういった不条理も可能性として存在する限り起こりうるのだろう。

救いたかった少女を象るのは、救われたいと願った自身の良心だ。
助けてほしい。救われたい。本当はあった幸せを取り戻したい。
突きつけられただけでは否定するだろうが、この少女から出た言葉なら聞き入れる。


なんという弱さか。こんな女々しさがまだ自分に残っていたとは。
だが仕方がない。その顔を一目見たかったのは、偽りない真実なのだから。
別れの顔が泣き顔なのは少々残念だが……贅沢は言うまい。
言葉を贈られただけでも、本来望外な奇跡なのだから。

「じゃあな」

いよいよ頂点に昇りつく。
陽光は幻想に関わらず溶けるほど熱い。翼もあまりの熱量に融けかける。
構わず輪の中心を駆け上がる。もう地上の声は届かない。
それでも、目は眼下の少女から最後まで離れることなく。
誰にも聞かせられない、もう二度と叶わない願いを、ひとり呟いた。




「俺も、ずっと―――」






◆ ◆ ◆





脳が痺れる感覚に眩暈がする。
―――遠い夢を、見ていたようだ。
だがそれは久々に悪夢ではなかった、ような気がした。

内容はまったく憶えておらず、なにも思い出せそうにないが。
何かがひっかかるが、忘れているなら仕方がないと追及をあきらめた。

意識が解凍され、一方通行の体は再稼働を始めていく。
ただし寝覚めは最悪の一言に尽きた。どうやら今まで雨が降っていたらしい。
全身の疲労、痛み、脳からせり上がってくる耳鳴りが止まらない。
ただでさえ不健康を露にしていた白い肌は屍も同然に血色を失っている。
そんな容貌でも問題なく生きていられるという事が、既に彼が異常であると示していた。


「くァ…………」

頭が働き、声が出、そこから手先に力が入り、足を踏ん張って上半身を起こす。
いったいどれだけの時間を惰眠に貪っていたのか。
体調は芳しくない。無造作にここに寝てから、一時間単位が経過している。
空を見れば高く昇っていた。太陽は沈み行くところまで来ている。随分と安穏にしていたものだ。
平衡感覚はまだ取り戻せず、膝を折って腰を据える。

そこに浮かぶ、異様な不純物。
浮遊する、天空の要塞。
空に掲げられているのは神の、天使の持つ剣。
夕焼に照らされるソレを目にした途端、全てを理解した。

「………………ハ、成る程。よォやくお出ましか」

幻想的にすら思える光景も、一方通行にとっては破壊の対象でしかない。
アレは敵だ。この腐れたゲームの主催が篭る巨城。
迷うことなく。疑う余地なく。理由などまるでなく。
一切の過程を必要とせず、アレこそが今まで自分が目指していた敵であると確信が持てた。

意志が着火する。
双眸に紅蓮が宿る。
萎えかけた精神に再び鉄芯が挿しこまれ、暗い底なしの邪悪が芽吹き出す。

その果てをずっと追い求めていた。
その企みを打ち砕くことを望んでいた。
その先にあるモノを守るためだけにここまで生きてきた。

守るため、そして殺すため。
いや、それよりもずっと単純な思いが、この胸にはある。
世界の悪意を凝縮した汚泥にも侵されない、尊き幻想。
突き詰めていけば、誰だって持っているようなありふれた誇りと使命。

そのためだけにずっとオレは戦い、傷ついて、足掻いて這って苦しんで痛がって愉しんで壊して殺して殺して殺して殺して殺して殺して
殺して回ってそうだドイツもコイツも殺し尽くして潰し引き裂いてナニモイナイコウヤをキズクジブンスライラナイ
俺もとっくに壊れてずっと狂って何処までも何時までも何故も何もどうしてもねェよとにかく殺して―――





「……ゥるせェよ」

短く、戒める。
頭をのたうつ想念を一言で切り伏せて膝を立たせる。
かまびすしく喚く雑音を無視しながら、重い腰を上げる。

体が重い。目が霞む。
肩にのしかかるように疲労が重なり積もっている。年寄りにでもなったかのような気分だ。
生涯能力に依りかかっていた反動か、全身の使う必要のなかった筋肉が腫れ上がっている。

それでも生きている。体は十分動く。
石を小突けば、音速度下でコンクリートの壁にめりこんだ。能力行使にも問題ない。
ならば単純。あとは進むだけだ。

だがその前に、今の状況を整理をしなければならない。
『彼女』を救い出すという一念のみで、天使に挑みかかった瞬間。
今まで感じたことのない力を背負って飛翔した筈が、一撃を返すのも叶わずに撃ち落とされた。
その時の屈辱と怒り、新生していく脳細胞に焼き付くまで残っている。
相性や能力の工夫などを笑い飛ばす、暴力による圧倒。
幻想を殺す右手とですらなかった、完膚なきまでの敗北。

敗北から得た経験を元に人は結果を逆算し勝利を導くことが出来る。
しかし今の一方通行に敗北の記憶はない。
自分がどうやって戦い、そして敗けたのかすらも曖昧だ。
体の痛みと、手応えのなさ、そしてあまりに静かな周囲の状況証拠から漸く事態を受け入れていた。

しかしそこまで為す術なく負かされながら、今も己が生きている不思議。
会場は静観としていて、戦いの気配が消えている不可解。
自分以外全滅したなどとは到底考えられず、そうであれば来る筈の『あちら側』からの接触がない。

「……つまり、お遊びはオシマイ。次のパーティーまで暫く閉幕ってところか。
 トコトン遊ンでやがるなアイツら」

即ちこの空白は、題目(ステージ)変更に伴うインターバルであると当たりをつけた。
でなくば往来の中央で無防備に寝ていた一方通行が無事であるのが説明出来ない。
人数が一桁間近までくれば、参加者の動向の把握も、戦場の操作だって造作もない筈。
そうやって、自分たちの望む展開を持ってこさせて一気に収穫を遂げるというわけだ。
どういう形にせよ、次こそが最後の決戦。
その時現れるのが、あの天使には違いない。

「ボサっとして、らンねえな……」

いつかまでは分からない。
しかし遠からず到来してくるのだけは確信している。
寝ている時間が惜しい。すぐにでも備えをしなければならない。
目の前に映る全てのものを、今度こそ掃滅させるために。

「コイツも、もうほっとく理由もねェか」

立ち上がり、人差し指を首にかかった輪にひっかける。
固く巻きつけられた、参加者に殺し合いを強制させる為の装置。
それに対して能力を作動。構造解析は既に完了している。
さらにデイバックに詰まったままの死体の男、上条当麻の幻想殺しで幻術の類も打ち消されていた。
解除の目途にとっくに立っている。やろうと思えばいつでもできた。
もはやゲームも終わりというならば、嵌めている理由は既になく。
繋ぎ目の亀裂が大きくなり、リングが震えだし―――ついには全てのパーツがその場で分解された。

こんな小さなモノに、今まで命を握られてきたのか。
拍子抜けにも似た感情が胸中に靄をかける。
苛立ちまぎれに地面を足でひと叩き。散らばった破片はただでさ細かい部品を粉々に吹き飛んだ。


――見ていろ、次は。


誰に向けられるでない紅の瞳は、確かに目的へと殺意の視線を注いでいた。




◆ ◆ ◆




その後、一方通行は、生きている参加者を探す事はしなかった。
いま自分以外の生存者をみたら、おそらく抑えられない。
六時間ものあいだ抑えつけ、高め続けたこの殺意はただ一人のため、今度こそ天上で髙見する神を堕とす為に。
故に今はまだ、誰にも会うわけにはいかなかった。

改めて問う。
己の目的。そのための手段。辿り着くための方法。
彼女の守護。そして彼女以外の命の殺戮。
そこに立ちはだかる最大の障壁。天上に居座る神の座。
大前提として、主催者を名乗るアレを堕とさぬ限り、一方通行の望みは果たされない。

爆弾の首輪が外されても、一方通行には未だもうひとつの首輪が繋がれていた。
能力制限。万物を操作する能力行使の稼働時間の大幅な短縮。
無敵の力を持つ超能力を制御している装置は、首輪からは検出されなかった。
となると主催の本部で直接操っている可能性が濃厚であり、現状では解決手段が見つかっていない。
いわば首根っこを掴まれているのも同然であり、いつ摘み取られてもおかしくはない状況なのだ。
よくもこんな状態で反逆しているのかと我ながら自嘲する。
しかし、一方通行の能力そのものの禁止は今もされていない。これまでも制限以上の措置はされた事はなかった。
余裕か、それともルールとして設定しているのか。
いずれにしても好機であり、油断しているのなら都合がよかった。
迎撃反撃を許さずに、慌てて制限を課す間も与えないような電撃作戦。
乾坤一擲、初撃必殺の気概でなければ打倒に到達し得ないだろう。

能力制限を受けている一方通行にとって、攻撃力の不足は至急解決すべき課題だ。
一方通行の体力は人並み以下だ。
攻撃、移動、防御、あらゆる行動に能力の補助を必要とする。
その応用力の広さこそが第一位の何よりの証なのだが、それがここでは裏目に出てしまっている。
時間節約のコツは捉えたものの、その分戦闘は長引くことになり決定力を欠いてしまう。
それはあくまで比較対象であり、一瞬でもベクトルを操作すれば、路傍の小石も並の凶器など及ばない殺傷力を持たせられる。
しかしこれもまた比較の話。
並の上、中程度の凶器では殺しきれない敵もまた存在しているのだ。


『反射』は防御の要であり、一発の傷が決定打になりかねない一方通行にはどうしても外せない。


『移動』には車等の代用手段があるが、それでは機敏な動きに欠けるし、何より速度も時間も能力を使った方が遥かにロスが少ない。


ならば『攻撃』は?
攻撃には豊富な代用手段……武器がある。
人が人を殺すために生み出してきた英知の一端。ものの分からぬ子供に人を殺させることができる機械道具。
殺し合いともなればその数も選り取りみどりだ。

今現在の手持ちの武器で銃の類は、拳銃三梃、短機関銃一梃、狙撃銃一梃。
常人ならばともかく、これから始める戦いの装備としては些か心許ない。
だがここには容易に武器を補充出来る場所があることを一方通行は知っている。そしてその元手も荷物には詰まっていた。
全てを敵に回すと決めた今ならば、その選択にも何の躊躇もない―――。



目当ての場所の付近に落下したのは不幸中の幸いといえよう。
おかげで邪魔者が来ることなく最短で目的地に辿り着いた。
たどり着いたE-3エリアには、その輝かしき威容を奉るかのように象の像が鎮座している。
祈りも懺悔も佇むオブジェにはくれる事なく商品欄に目を通し、めぼしい品々をを適当に買い込んでいく。
施設サービスとやらが『首輪の換金率2倍』なのも都合がよかった。
解析済みの首輪四つをぶち込み、規定の金額の二倍でしめて七億二千万。
手軽に法外な資金を入手し、惜しむ必要もなく好きに調達を済ませられた。
―――尤も、彼がこれまで殺害してきた人物と数を鑑みれば不足しているだけの金額ではあるが―――

ベクトル操作で飛ばした物体に比べればこれらの武器は確かに威力は劣る。
だが銃火器の類を使えば、一方通行は一切の能力を使用せず攻撃を仕掛けられるのだ。
所詮人とは銃が当たれば動けなくなり、死ぬ生き物。
威力の優劣など同一の結果であれば小さな違いだ。
いわば数打ちゃ当たるの戦法。確実性の低さを物量で補う使い方。
当たらぬ戦車砲よりも、当たるマシンガンの方が兵器としては優れている。
能力の温存を心掛ける一方通行にとって、それは最上の手段だといえるだろう。






そうして一方通行はいま、仄暗い洞穴の中で潮騒を聞いている。
海に囲まれ岩盤で覆われただけで、ここが世界から隔絶されているかのように空気は冷え切っている。
波の音や脳から割れ響く叫び声がなければ死後の幽世へ足を踏み入れてしまったと錯覚しただろう。

F-2にある遺跡エリアで一方通行は腰を下ろしていた。
会場から僅かに切り離された孤島、船か飛行機を使わなければ簡単には到達出来ない地形。
身を隠すには最適な条件を揃えたここを一時の拠点として使用していた。
任意の場所への転送移動が可能な施設サービスがあるのも都合がいい。
どこで火の手が上がろうとも即座に現場へ辿り着く事が出来る。
ちなみに彼自身は象の像にあった隠し通路から来たため、能力の浪費にはならなかった。

遺跡にある販売機でも武器をいくらか購入した後、一方通行は移動を止めていた。
地面に座り込み、根でも張っているかのように身じろぎひとつせず沈黙している。
実際、事態が動き出すまで彼はずっとこうしているつもりである。

気を失う直前に聞こえてきてた、神を名乗る者の宣言。
正しければ、もうじき奴は降りてくる。
第七回定時放送は目前に迫っていた。
それが終われば、あとは存分に、己が内で燃ゆる殺意を天に届かせよう。


ヒーロー、正義の味方
それは死に、地に落ちて塵と消えた。

ここに残ったものは悪。
そしてそれを正義であると、貫き通す意思。

見上げる天上。
沈もうとしている陽光よりも高く。
座する神の城を睨み据える。

次こそは逃がさない。
今度こそは、この力を届かせて見せる。

そして今度こそ殺そう。全てを殺そう。
傷つける者、奪う者、虐げる者、
悪を為す者、そして善を為すものでさえも、その概念ごと、この世界の全てを。
ただ一人、彼女を守るという、願いのために滅ぼそう。



この世全ての悪。



「あァ、かまわねェ。だったらそれすら、俺は飲み込ンでやる」





何もかもをなくして、己以外の悪がなくなれば、そうすればきっと。
もう、誰にも罪を犯せない。
もう、誰にも悪を名乗れない。
何故なら、全ての罪悪はこの身にある。




「――時間だ」




傾き落ちる日の向こう。
迫り来る破滅を見上げながら。
彼だけの正義(あく)を手に、一方通行は最後の戦いに臨んでいった。














【 Fragments 11 :『正義と悪』 -End- 】





時系列順で読む


投下順で読む




314:crosswise -X side- / ACT Reborn:『儚くも泡沫のカナシ』 一方通行 337:1st / COLORS / TURN 7 : 『Chase the Light!』

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2015年03月08日 00:12