crosswise -X side- / ACT Reborn:『儚くも泡沫のカナシ』◆ANI3oprwOY
群青の天が一列に裂けた。
会場の中心部、D-4と示された地点の上空に異変が発生する。
亀裂を開ける空から落ちた閃光、さながら天から下された懲罰剣の如く。
大地に突き立てられた一条の柱は、太陽を中心に伸びていた。
現れしその姿は天井から糸で吊り下げられし刃。
地上へと楽園が降臨する。
繁栄の中での危機を示す逸話―――ダモクレス。
全ての罪の始まりにして、あらゆる根源の地。
絶対の制空権を確たるものにする天空要塞。
神園より飛び立つひとつの影。
三国入り乱れる混沌期に現れ、天使、あるいは悪魔として恐れ崇められてきた姿。
救世の象徴となる容貌(かんばせ)は、『ガンダム』という、色褪せることのない名を世界に刻み込む。
遥か高き天空より、地上へと舞い散る羽。振りまかれる光は正に翼のごとく荘厳だった。
それはGN粒子という、この場所に立つものならば既に多くのものが既知の物質。
しかしそれは違っていた、同じであるが故に、あまりにも遠く乖離していた。
これまで放たれた如何なる燐光よりもそれは苛烈であり、神々しき煌めき。なによりも規模がかけ離れている。
密度、純度、鮮度、放たれる全ての質が既存の兵器を凌駕している。
今までのものは何もかもがまがい物。神の手からこぼれ落ちた一滴だったというように。
これこそが真にあるべき『世界の力』なのだと誇示するように。
あまりに圧倒的なそれはただただ、天と地、絶望的なその距離を見る者に焼き付ける。
そして優雅に、荘厳に、それは何の憂いもなく人界に降り立つ。
新たな神の生誕を祝福するように。
旧い世界に滅びをもたらすように。
聖女は杯に。
天使は神に。
さあ、恐怖せよ。
さあ、歓喜せよ。
神の銘の許に、今、世界は新生される。
■
□ □ □ □
crosswise -X side- / ACT Reborn:『儚くも泡沫のカナシ』
■ ■ ■ ■
□
「ははっ、おいでなすったかよ」
高高度から現れて目前に近づいてくる機体を、
アリー・アル・サーシェスは見上げていた。
これより訪れる戦いの流転。
今いる世界において、過不足無く最強の存在の降臨を前にして。
その一兵たる立場にある彼にしかし、敬虔な信徒のような姿など微塵もない。
向ける眼差しは、あくまで自分を雇った"依頼主"に対するものでしかなかった。
どれほどの強大さ偉大さも傭兵の前には一抹として神意は得られない。
この時系列において、あるいはその先においてもサーシェスが知ることはない。
全てを己が手で為すという、男の理想を体現した機体。
その最後の総仕上げ、純正太陽炉のツインドライブにの光が凄絶に翠の羽を散らす。
人類を導くガンダム―――リボーンズガンダム。
サーシェスにとっては、ただ力の象徴であるそれを視界に映しているに過ぎなかった。
「実にご苦労だったね。アリー・アル・サーシェス」
伝わる声は無論、彼が知る男のもの。
モニターに映し出される、翠の髪と黄金の瞳。
少年の姿をしていても、浮きゆく背景はその埒外に佇む超越者。
バトルロワイヤルの主催者、仕事の依頼人。
呼称は数あれど呼ぶ名はひとつ。
いつも通りの余裕の表情で、リボンズ・アルマークはサーシェスに接触してきた。
当然のようにサーシェスの頭上に立つ、天使の機体。
更に遥か上空には、その根城とも言うべき白き要塞、ダモクレスが姿を表していた。
「助太刀ありがとよ、大将」
以前と変わらぬ遠慮のない口調で語りかけながら、サーシェスは目前に降りてきた雇い主を見上げた。
びりびりと、膨大な波長を全身で感じ取る。
目前にする圧倒的な存在感。
以前見た、否、以前よりも遥かに絶対の存在として、リボンズ・アルマークは此処に在る。
彼がこの場に立つ遥か以前から、予期していたこと。
これほどの規模で、遊び(ゲーム)を始める奴は見たことがない。
つまり目前のソレは、以前見たモノとは違うという確信。
そしてソレは言っているのだ、告げているのだ、これから、始める、と。
ついに、ついに、この時が来た。
この段階がやってきた。
主催者の来場、間近で見る雇い主の姿。
こいつが出来たからにはもう、遊び(ゲーム)では済まされない。
秩序(ルール)が壊れる、均衡(ルール)が壊れる、戦いは急激に流転する。
そうしてやっと、望んだ本気の戦争が始まるのだから。
見たこともない闘争が訪れるのだから。
「さて、どうだい?
首輪の解除、危険人物の最優先排除。オーダーされた依頼はこれでほぼ完遂だが?」
「ああ、君の仕事は完璧だったよ」
首輪解除の幇助。主催側からの脱走者の始末。
モニターを通して伝えられる結果報告(リザルト)に、リボンズは頷く。
わざわざ聞かずとも全てを見ていたといった風だ。特に驚くことではない。
ただしサーシェスには、この状況に僅かに解せないことがある。
雇われた以上は些細な不備も残すつもりはない。
仕事は完璧にこなさなければ商売にならないのだ。忌憚なく拭えない疑問点を進言する。
「そりゃどうも。けどよ、ちょい早過ぎるご出陣じゃねえか?
いちおう俺の仕事はまだ残ってる。参加者はまだ残ってる。
確かにここまでくりゃ後は鴨撃ちだろうが、それでも終わっちゃいねえことは確かだろ。
クライアントが出張るにゃあ時期尚早だとおもうがね」
そう、今の状況はまだサーシェスにとっては完遂とはいえない。
勝ちがほぼ確定している状況と、勝ったという結果とは隔てがある。
戦場では何が起こるか分からないのだ。実体験をもって戦争屋は断言する。
最後の一人まで生き残り優勝という冠を頂くことが、サーシェスが受けた今回のミッションの完了目的だ。
それを待たず雇い主が直接出向くというのは、些かに不合理ではある。
「いや、終わりさ。君の仕事はね」
微笑んだ少年の表情は変わらず。
その小さな懸念を、リボンズは断言して切り捨てた。
終わりというその言葉に、サーシェス自身も数に入れたように。
いやむしろ、『サーシェスのみ』を含むように。
いつもと変わらぬ、優雅で冷淡な口調で告げた。
「へえ……」
含みを持たせた物言いに、直感が怪しい気配を感じ取る。
理屈によるものではない。
不穏な態度。今感じたものは既知のものだ。
雇った上司が時折見せる態度のそれと、似通った感触。
「どぉいう意味かねぇ?」
けれど、不思議と口元はつり上がっていた。
なぜなら彼が次に言うべきことは、少し予想がついている。
「言葉のままの意味だよ、君の仕事は終わりだと言ったんだ。
ここから先に出番は無い、それだけさ」
不動だったガンダムが、ゆっくりと動きを見せる。
右の指に握られた大型のGNバスターライフルが向けられる。
他でもない、サーシェスの乗り込んでいるアルケーに。
「――は。おいおいアンタ、
ここまできて契約違反でもやらかそうってのか?」
お前はもう要済みだ。
リボンズ・アルマークは紛れもなくそう言っている。
サーシェスにとって、疑いなくこれは裏切り行為。
だがそんな反論も、仰ぎ見る位置に立つ男は容赦なく。
「まさか。ただ少し報酬の品を値上げするというだけだよ。
金や肉体の状況だなんてくだらないものより、
僕の目的の為に役立つほうが、君の命にも価値が与えられるだろう」
その命を捧げろと。
ここで自分の糧となることこそ至上の喜びだと。
それこそが真理だと。
天上の頂きに座する男は、疑いなく信じている。
「そして忘れてはいないだろう。君の命は既に一度、失われている。
君だけは、ここで特別なんだ。特例の参加続行権限、此処より先に存在する意義はない。
つまり、もう一度言おう。君の『仕事』は、終わったんだよ。
よくやってくれた、アリー・アル・サーシェス」
神としか形容できない高みに昇り詰めるための、それは当然の代償。
そしてこの上ない褒賞だった。
自らを疑わず、他者の無価値を疑わない、絶対なる彼流の賛辞だった。
お前だけは今死んでも構わない、という。
神の手によって、神が定める犠牲に加われ、という。
リボンズ・アルマークの、彼なりの称賛の仕方が、これであった。
「はぁ……そーかよ、大将」
その、本人にとっては壮大な領域の礼にも、傭兵は溜め息混じりに苦笑する。
彼にとって、アリー・アル・サーシェスにとって、そんなものは必要ない。
神。善悪。信仰。世界への忠誠。命の価値。
全て、二束三文のはした金にすらならない。
実態すらない紙くず、その程度の価値にしか過ぎぬのだから。
「なんだ、まあ一応いっとくんだが。
俺がクライアントに求める物はただ一つ。契約の正しい遂行と報酬の良さだけだ。
その点、大将のことは多少気に入ってたんだが……」
裏切られたにも関わらず、軽い口調。
雇い主は食えない奴、信用できない奴、それは最初から分かっていた。
予告なく己を殺し合いに放り込んだ時から、いやもっと以前から、雇われた当初から、知っていたはずだ。
たとえ神の存在を認めようとも。そも、サーシェスは誰一人、何一つ、最初から信じてなどいないのだから。
ならばなぜここまで、その兵であり続けたのか。
理由は簡単、彼が傭兵だから、そのように在ることを望んだから、それだけだ。
「こりゃ契約解消か、ザンネンだ」
ならば今はどうするのか。
それもまた簡単に、答えは出せた。
相手など関係ない。力の差を考える気もない。
例えこの世界の神が相手だろうと、絶対に妥協してはやらない。
戦うというなら、ああそれもそれで、楽しそうだ。
「そうみたいだね。僕も残念だ」
天に唾吐く行為にも対し、感情を込めずに少年も笑う。
彼の決断など、何一つ考慮に値しないとばかりに。
眉一つ動かすことなく、指にかかる引き金を締める。
対立は決定的なものとなった。
ここから先は誰のためでもない、自分のための戦い。
サーシェスは改めて個人として、殺し合いの勝利を目指す。
何も変わりはしない。
不可避だった死が、明確な対決と姿を変えただけのこと。
ああ、これも悪くない。心からサーシェスはそう思う。
別段、リボンズのことを恨んではいない。
戦で裏切り、騙し撃ちは当たり前。むしろ賞賛されて然るべきだ。戦争中ならば特に。
自分は足を切られ、補給もままならない孤立無援の雑兵一匹、憐れな一兵卒。それでいい。
それでも、そんな知る限り絶望的な状況でも、これはまだ戦争だ。
だったら楽しむべきだ。終わりの一瞬まで楽しむべきだ。
腹に銃弾を受けてのたうち回り、畜生(ファック)と叫んで死ぬまで楽しむべきだ。
命を銃弾のように掃いて捨ててきた最低最悪の人間だからこそ。
全てを懸け、命を懸けて、命を守り切る戦争もまた是しとした。
「ああ、そういうわけだからよ―――遠慮なく攻めさせてもらうわ」
故に、不意討ちをかけることにも、憂いなく実行に移した。
それは、はじめから対決を予測していたことならば、何も驚くべきことではない。
いつの間にかリボンズの乗機を取り囲んでいたGNファングの群れが、一斉にその刃を突き立てんと迫ってきていた。
射出する前触れはなく、契約の破棄を突き出される前に予め放っていたとしか思えないタイミング。
その奇襲の手際は完璧だった。
ファングは既に半数以上を墜とされていたが、数基あれば役割は事足りている。
「ぅらあッ!!」
それと同時にサーシェスも動く。
両脚の先端から刃を伸ばし、飛翔するアルケー。そこに様子見の姿勢はまったく感じられない。
敵機の性能は知れないが、御大将自らの搭乗となれば見掛け倒しであるわけがない。
ガンダムという姿、なおかつ噴出される粒子光を見れば、最高準のものを備えてると考えるのが自然だ。
加えて、自機の状態もまた劣悪。右腕を断たれ武装の大半も失っている。
逃げ回りながら攻撃を凌ぎ、機会を待つ余力は残されていない。攻められればそこで詰みとなるだろう。
取るべき手段は一つ。殺られる前に、殺る。
敵が動きを見せるよりも速く、己の優位に慢心しているうちに初撃必殺で仕留める。
乾坤一擲の決死の吶喊。今持てる最大の戦術で勝負をかけに出た。
先制攻撃は成功した。
開始の鐘が鳴るか鳴らないかの刹那に突き放す、フライングスレスレのスタートダッシュ。
自身も含めた全方位からの挟撃、迎撃の余裕を与えず、バリアを張る隙も許さない。
会心の手応え。まさに数え切れぬ戦線を切り抜け培ってきた古兵(ふるつわもの)の面目躍如だ。
「……な?」
だからこそ。
起きた結果に、他でもないサーシェスが理解を促すことができなかった。
一閃。
それだけの勝負は決していた。
気づけば、リボンズの機体の中心を切り裂いていたはずの三肢は、アルケーの胴体を離れ虚空を踊っていた。
それどころか、全身を刺し穿とうと取り囲んでいたファングも残らず爆散していた。
全財を賭したアリー・アル・サーシェス一世一代の大勝負は、満額没収という惨状に終わった。
「……んだ、そりゃ?」
何が起きたか、事態の因果がわからず混迷した光景。
しかし彼は一分一秒の差が生死をわける戦争屋である。
傭兵の本能は思考よりも先に、秘匿しようのない現実を把握していた。
真実はなんのことはない、単純なこと。
リボンズのガンダムが背中にマウントされていたビームサーベル柄を左手で引き抜き、思い切りよく振り回しただけだった。
背後から狙っていたファングは直接切られ、あるいは余乗した出力により誘爆し、目前まで近づいていたアルケーも避ける間もなく手脚を切断された。
おそらくは一秒に過ぎない時間。その間に起きた事は、あらゆる意味での驚愕と絶望。
「……クッソォ!」
そんな事情など知る由もないサーシェスは、ただ完全なる敗北を受け入れる他にない。
全ての戦闘手段を奪われ丸裸となったアルケーガンダム。
恥も外聞もはばかることなく、サーシェスは即座に脱出装置を機動させる。
彼にとっては勝利よりも生存が第一だ。名誉の戦死よりも無様な生還を選ぶ。
コクピットと連結した背部のブースターを脱着させ、戦闘機での離脱を図ろうとする。
勿論、逃す気などリボンズには毛頭ない。
逃げる獲物へと銃を一発。それで容易くひとつの命が潰える。
「改めて言うよ。いままでご苦労だった。アリー・アル・サーシェス。
――君を、英雄の末席に加えよう」
狐狩りよりも軽い遊戯。
そこに乗る命もまた相応の重みしかない。
一切の容赦を許さず、むしろ苦痛を長引かせないよう慈悲を伴って、閃光が撃ち出された。
◆ ◆ ◆
――――――――そこは暗黒の淵だった。
淀みの中を彷徨う思考。
自分がどこに立つのかも知らない。
自分が今生きているのかさえ分らない。
痛い。
暗い。
重い。
そんな世界の中心にて、
『――――――――――――――――――死ね』
聞こえる。
『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』
怨嗟の声が聞こえる。
「……せェな……」
聞こえている。
『殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ』
憎悪の声が聞こえている。
「……るせェ……!」
聞こえていなかった、はずなのに。
『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ねせえ死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』
聞く必要も無くなった、はずなのに。
『殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せうる殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せえ殺せ殺せ殺せ殺せ』
今は聞こえていた。
ああ、聞こえている。知っている。
分っているとも。わかっているとも。わかっているとも。
今更――
『死ね死ね死ね死せえね死ね死ね死ね死ね死ね死ねうるせ死ね
死ね死ね死ね死ね死ねるせえ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
殺せ殺せ殺せうぜえ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せうぜえ殺せ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せうるせえ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
うるせえね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ぐだぐだね死ね死ね死ね死ね死ね
死うぜえ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
殺せじゃまくせえ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せだまれ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せうるせえ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
死ね死ね死ね死ね死ね死うるせえ死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ねいいかげん死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死うるさい死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死だまれ死ね死ね死ね死ね
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せじゃまだ殺せ殺せ殺せ
殺せすこし殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺だまれよ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺うるせえンだってせ殺せ殺せ殺せ
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ねさっさと死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねだまれよ死ね死ね死ね
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せうるせえ
殺せ殺せ殺せ殺あァうるせえ殺せ殺せ殺せ殺せ殺うるせえ殺せ
殺せうるせえェ殺せうるせえェ殺せ殺―――だァから―――』
「うるせェつッてンんだろォが、すッこンでろォ!!!!」
爆裂する意志。
吹き飛ぶ瓦礫の山。
大地に開いた巨大なクレーター。
そこに
一方通行はただ一人、立っていた。
服装はボロボロで、能力使用は限界で、精神疲労は末期的で、けれど、そこにいる。
見上げた空には二つの機動兵器。
今まさに一機堕とされ、もう一機へとドドメの一撃を与えんとしている。
つい先ほど一方通行自身が摘み取ろうとしていた命へと銃口が向けられていた。
『なぜ?』
脳裏の声が語りかけてくる。
『なぜ逆らう?』
同調していた筈なのに、殺意の支配下にあったはずなのに。
何故今になって抵抗するのか。
何故今になって反抗するのか。
「調子に……乗ンじゃねェぞ……」
何故? 何故? 何故かだと?
語るまでもない。
最初に言ったはずだろう。
最初に決めたはずだろう。
最初から、己はこうあったはずだろう。
確かに受け入れた。
この世全ての悪。
殺す道、殺して壊して進む、他者の血で作る道のりを。
その果てに己が消える結果さえも厭わない覚悟があった。
だからシネと恨む声もコロセと呪う声も聞こえはしなかった。
この世全ての悪に飲み込まれようと、為すべき目的のためならば、この悪意はどこに行こうとも構わない。
ただし、それは『ある一つだけ』を除いては、の話だ。
「俺は――――」
一方通行とは、
「アイツを、守る」
一人の少女を『守る』為に在る。
その前提を履き違えることだけは、何があろうと許さない。
彼女に害意を及ぼすことだけは、この世全ての悪だろうがなんだろうが、例え己自身でさえ絶対に許しはしない。
だからここにきて食い違う。聞こえなくなっていた憎悪の声が聞こえている。
再び一方通行の意識がその声を『煩わしい物』として捉えたからだ。
無差別に悪意を向ける悪意と、ただ一つを守り抜かんとする彼の意思が対立する。
「俺はアイツを守る。
それだけだ、単純なこった。わかったかァ? クソッタレ共が」
未だにわめき続ける声を捻じ伏せる。
見境無く溢れ出す悪意の波を押さえつけ、もう一度同調していく。
「それさえ分ってンなら、テメエらに望みのもンをくれてやる。だからよォ……」
望みの殺戮を見せてやろう。
ただ一つ守ると誓った彼女を除く、全ての者に破壊と死をもたらそうとも頓着しない。
参加者、主催者、ゲーム、その一切に関係は無く、見境はない。
それで満足しろ、できなくてもさせてやる。
『彼女を守る』というただその目的の為だけに、収束し解放する守護の殺意。
矛盾する行動原理を無理やりにでも、現実へと捻じ込んでやる。
「だから――俺に力をよこせ!」
守る為に殺して殺してぶち壊す。
その破綻した理論を解き放つ。
地を蹴る足、舞い上がる五体。その背には―――――黒き翼。
これより目指すは天上から舞い降りた一機の天使。
ああ、やっと見つけた。あれこそが、彼女を奪った全ての元凶。
「―――――は」
白面が割れる。
赤くせせら笑う。
ああ殺せ。
ああ殺す。
だからさ、チカラを寄越せよクソッタレども。
どうせオマエら、それしか脳がないンだろうがよ。
「は……ははははは……はははははははははははははっ!!!!」
背が割れる。
黒く弾けいずる。
ああ殺せ。
ああ殺す。
殺す(守る)ために、さあ行こうか。
喩え、その意味さえ擦り切れても―――――――――――――
◆ ◆ ◆
「なんなんだ……コイツ……!」
そのとき、サーシェスは己の目に映りこんだ奇怪な光景によって、忘我に近い領域で思考を停止させていた。
歴戦の傭兵としては恥ずべき行為。
戦闘中に頭の回転を止めるなど、本来サーシェスにとって絶対己に許してはならない愚挙である。
鉄火場の渦中において足(かんがえ)を止めることは無論死に直結にするし、なにより楽しめない。
更に言えば、今はまさに生命の危機。絶体絶命の窮地なのである。
コレこそが醍醐味、楽しみつくせ足掻きつくせ喩え無為であろうとも。
そう、気迫を滾らせていたというのに。
いま彼の目前にある光景は、彼の目と思考を奪うに余りある異端のなかの異端であった。
「黒い……翼……?」
遥か下方の地より舞い上がった漆の弾丸が、このときサーシェスを救っていた。
機体の四肢をもがれ、逃げ場を塞がれ、最早棺桶と化したアルケーガンダムを狙う束の燐光。
絶死にして回避不可の一撃を逸らす事はこのとき何物にも不可能であり、ならば逸らされたのはサーシェスの側であった。
「ぐおっ!?」
強烈な衝撃が全身を襲う。
何を契機にか、唐突に再動し飛翔した白の怪物、一方通行が空に在る二機の中間に割り入る。
通過を待つまでもなく余波だけでアルケーガンダムは弾き飛ばされ、コックピットを狙い穿たんとしていた燐光の矛先からすんでの所で逃れ出ていた。
いま、俺を見下げるなと言わんばかりに上空へ突っ切ってくる一方通行の背中から展開する、黒き奔流。
それはおぞましくも圧倒的な威烈の嵐にして、形容するならば翼としか言い表せない。
古今東西、背から生え、あらゆる上昇を促す概念、潜在的にヒトを上回る力の象徴である。
「天使対堕天使……だあ?」
信じがたい現象を目前にして、サーシェスはただただ、止まっていた。
「オイオイいつから聖書ってのは飛び出す絵本に――」
つい先ほど、天からの鉄槌によって地べたに叩き落された筈の存在が、瞬時に再起したというその事実。
そもそもあれは、サーシェスを殺そうとしていたはずだというその不可解。
全て瑣事だ。
どうでもいい、どうでもいい、今はただ―――ただ―――ただひたすらに―――
「こんな戦争しらねぇぞ。はは―――!」
アレが、愉快で痛快で堪らない。
目前で幕上がる。
闘争の翼(カタチ)が愛おしかった。
◆ ◆ ◆
「おおおおおおおォォォォォオオオオォオォオオオオァァァァァアアアアァァァッッッagajgasjglalhkjlgftihjunivwhdvcnvbqwqoihshihvblzvhaga!!!!!」
撒き散らされる雄叫び、ぶちまけられる陰気。
瞬く間に黒く陰惨で剣呑なノイズへと変貌する。
一方通行は高く高く飛び上がっていた。
爆裂し、駆け上がるモノはただ能力能力能力能力力力力力チカラチカラが奔る。
「一方通行、か。
学園都市レベル5第一位。そういえば、現状の個体能力において、君は最上のそれだったね」
下方から迫り来るそれを、リボンズは静かに見下ろしている。
展開された黒の翼と共に舞い上がり、殺到する白貌の狂鬼とその殺意。
さらに付随し、空間を引き裂くように叫ばれる呪いの言の葉は失われた概念に則る歪んだ旋律だった。
「―――ogjk殺gaq!!」
現時代、現世界の誰一人、その正確な意味を解せない。
この天上に座する神を名乗る彼もまた例外ではなく。
しかし同時、彼がいま何を思い、そして何を語っているかは、この時この場、誰の目にも明らかであった。
「hfs全fpz死gwsq滅giai―――!!!!」
「ああ、殺したいんだね。分っているよ」
奪われた者を取り戻す
お前だけは絶対に殺す。
欠片も残さず摩り潰す。
そう、天上に向って吼えているのだ。
「ならば安心すればいい。君の願いは僕が遂げるさ」
静かに、慈しむようにリボンズは見つめていた。
「故に君は安心して眠るがいい」
彼が微笑と共に何を告げ返しているのか。
それもまた、今は誰にもわからない。
「―――mgi」
放たれる、下方より一閃。
ふざけるな、オマエは落ちろと振るわれる、黒き翼の羽撃き。
この猛り振るう技は単純かつ致命の毒。
相手が何者であろうとも、喩え相手が神であろうとも、半端は神では殺し得る程の威力を秘めている。
その力の源はイレギュラー。
今に至るも明瞭としていない、この神にすらわからない。
わからないがしかして――
「だけど、いや、だからと言うべきかな」
―――ここに一つ、はっきりとわかる事実がある。
「君には無理だ」
一方通行は、リボンズ・アルマーク(神を名乗る者)に届かない。
「―――――!??!???」
黒き翼が振るわれる間際、ありえぬ速度で相対する機神の銃口が向けられる。
否、それは本当に向けられたのか、最初から、向けられていたのか。
はじめからそこに向かうものが来るとわかっていたように、燐光が一方通行の視界を覆いつくしていた。
それは人の思考を除く読心に非ず。
極限まで拡張された、外界(せかい)を見渡す千里眼。
やがて来る波、流れを知り得る神の視界。
不意討ちは不意討ちに成り得ず、先の先を越され手を打たれる。
それだけで、事は終わっていたのだ。
一方通行はここに、主催者(ゲームマスター)――リボンズ・アルマークの前に、敗北する。
燐光によって掻き消される初撃。
瞬時、ばら撒かれたフィン。
全方位から挟撃によって撃ち抜かれ、瞬く間に砕かれていく翼き翼。
「―――我―――skewp―――守―――aggbkbn―――…………く……そ……がァ……」
たったの一撃も許されず。
「君は……なにか? 僕らの概念を解したとでも思ったのか?
だとしたら、思い上がりも甚だしいな」
たったの一交差も叶わず。
「確かに、僕も君の概念は分らないさ。知らないな。
なにかなそれは。神の力の一旦か。あるいは君の世界の神の力そのものか。
でもどうでもいいのさ、そんなことはね」
指一本触れることすら、泥をつける事すら、果たせずに。
「理屈はいらない、事実は一つ、神は決して落とせない。それだけなんだよ」
落ちていく。墜ちていく。
時間が磨り減る、能力が消えていく、一度は天を落とす力を発揮した存在が、人間に戻っていく。
薄れ行く、その過程。斃すべき神(あく)の声を聞きながら。
「しばし眠れ。
やがて審判は下される、その時まで」
改めて、手の中から砲撃。
放たれる極光が中空の一方通行(だてんし)を吹き飛ばし。
この数分にも満たない小競り合いを、呆気なく終わらせた。
◇ ◇ ◇
他愛のない露払いを済ませて、リボンズは周囲を見渡す。
それぞれが命を賭して臨んだ死闘も、彼にとっては手慰み程度の戯れ合いだった。
消耗など一切ない。傷ひとつ、汗ひとつもたらさない。
所詮は、これから行う大詰めに至る前準備に過ぎない。
事実、誰一人答えるものは居なかった。
戦いを為せる者はみな脱落したか停止を余義なくされている。
沈黙が降りている。誰もが、リボンズの声を聞く、それ以外の動作が許されない。
世界を統べる存在の圧力によって、一連の大乱戦はここに終局という形となっていた。
「それにしても……相変わらず、悪運の強い人間だ」
ふと、視界を横に変える。
此方から離れるように飛び去っていく一艇の飛行機。
アルケーに搭載されている、脱出装置のコアファイターだろう。
一方通行との小競り合いの間に抜け目なく、傭兵は離脱の手筈を整えていたようだ。
その気になれば追いすがり撃ち落とすことも容易いだろう。
アリー・アル・サーシェスの遁走を阻み撃墜するのには苦にもならない。
既に一度死亡したところを特別に蘇生させた身分。その上主催側から直々に指令を受け渡している。
もはや一介の参加者に留まらないレベルで『あちら側』に踏み込んでいる。今後の戦場において不適格な存在。
故にこそ戯れに、此処に来るついでに、抹消を決めた。
「しかしまあ、構わないさ。認めよう。君の参戦を」
サーシェスを撃つにあたって、リボンズは手を抜きはしなかった。
無論本気ではなかったが、容赦や油断を差し挟みはしなかった。
その上で生き残ったのなら、たとえ天運の采配でもそれを含めて彼の功績だ。
手にした功を讃え、見逃すのも一興。
そして何よりも、傭兵一人を始末するためだけに、ここに来たわけではないのだから。
「―――さて、余興はここまでか」
ここまではいわば前哨の鐘。
所詮は余興、余興なのだから。
さあ開幕を告げよう。
ゲーム(遊び)の終わり、そして次のステージに至るはじまりの宣誓。
殺し合いが停滞したこの時に、新たなる最後の華を添える。
世界の変革。その糧となる彼らに与えられる、栄誉の死。
総てを統べる己こそが、その宣言をするに相応しい。
「さあ、始めよう」
◇ ◇ ◇
「やあ、諸君。聞こえているかな」
それは宣告だった。
天使の呪言(ことほぎ)。
有無を言わせぬ。
是非を問わぬ。
聞く者を一切尊重せぬ語りの、その始まりの言葉だった。
「僕はこのゲームの主催者、リボンズ・アルマークにして――」
それは名だった。
聞く者の知らぬ。
知らずとも絶大の威力を誇る。
事柄の収束を現す、その始まりの名だった。
「人類を導くもの、すなわち神だ」
そしてそれこそ、真実だった。
世界における法則(ルール)。
定める者の定義を、正しく呼ぶならば。
ここに舞い降りた者とは、即ちそれに相応しい。
「これから、ひとつの通達をしよう。
君達にとっては喜ぶべき事であり、僕にとっては残念な出来事だ」
地上にて蠢いていた全ての人間は目にする。
天に輝く絶対的力(ガンダム)の象徴を。
弱者はみな等しく見上げる、統べる力を持つ者を。
そして彼らに、神は告げる。
「君達参加者を縛っていた戒め、首輪の解除が確認された。
偶発的な誤作動ではない、明確な意志と方法に基づいてだ」
事実を。
「現在生きている全ての参加者が首輪を外す選択肢を手に入れている。
ゲーム開始より一日が過ぎ、残り人数は二桁を切った。
にも関わらず、残った者はまだルールを遵守できないらしい」
ただ事実を。
「だがそれでは困る。ゲームが成立しなくなるからね。
途中棄権も放棄も、当然脱出も認められない。
『どんな形であろうとも、バトルロワイヤルは完遂されなければならない』」
事実のみを順当に。
「よってここに、主催者として宣言しよう。
今より生存している参加者の全ては、第七次放送開始までに、速やかに殺し合いを再開せよ。
もしもそれが為されないならば、ゲームは第二フェーズへと移行する。
そして僕が手ずから―――君達を救済(せんべつ)しよう」
人の頭上から、告げた。
「ルールはこれまで通りと変わらない。優勝者を決める為に参加者が殺し合う。
強制力の消失した首輪と禁止エリアに代わり、この僕自身が抑止力となる。
殺し合いが膠着した場合は容赦なく、徹底的に、ただの一人も残さずに殲滅にかかる」
詭弁。
「このような形になるのは本来好ましくはないが、ゲームを執り仕切る者としての責任だ。
無論、参加者内で殺し合う分にはこちらから干渉は行わない。手を出されたら対応はするが。
君達は今迄と同じように殺しあっていればいい。簡単な話だろう」
されど確かな力を持った彼の言葉は間違いなく。
万人に等しい死刑宣告。
「さあ、戦いを再開しよう。
空を見ろ、見えるだろう、女神の住処が。
“奇跡”は、確かにここに在る。到達まであと僅か数人の魂で叶う。
どんな不条理も、道理を捻じ曲げる行為も可能とする掛け値なしの願望器。
人の力では足りない望みも、ここでなら果たせる。
望んだ結果、望む未来、その一切が思うままに叶うことを、この僕が保証する」
悠然と彼は、地上の者たちが決して届き得ない光を示した。
「この後に及んで何を躊躇することがある。
何人の死をその眼で見てきた。
いったいどれだけの命がこの場所で散り果てた。
偶然であれ必然であれ君達は勝ち残り、奇跡に手が届く距離にまで近づいている。
目前まで進めておきながら、駒を握る手を離すというのか。
遠大な道程の果てに漸く終着が見えたというのに、今更機会を捨てるというのか。
今迄の戦いをただの徒労と切り捨てるのなら、僕は君達を許さない」
アレは己にこそ相応しいと、誇るように。
「―――君たちの欲することをなせばいい。
それで願いの道は開けるだろう。
戦え、最後まで。でなくば生き残れない。
君たちの魂は、無価値なまま消え果てる」
天の光を、掴むと誓って――
「せめてその魂の価値を磨き、疾く女神の糧となれ」
そうして、啓示は終わりを迎え、世界が静寂に包まれていく。
彼の言葉の残響と、後に訪れる終末の予感を残して。
「詳しくは間もなく行われる第六回定時放送にて、女神が直に告げるだろう」
果てに起こる不可避の戦いを前にして、地上に残る者は何を思い、何を遂げるのか。
各々の心の行く末をよそに、秒針はただ時を刻む。
「では、放送後にまた会おう」
運命が回り、選ばれし札が集う。
悠久に続くと思われた劇にも、クライマックスが近付き始めている。
幾多もの嘆きの声が、数え切れない命の散華が、無意味ではないと証明するために。
歯車は唸りを上げて加速を始め、成就の瞬間を待ち続けて。
「――君達の出す無為な答えを、待っている」
悠久の殺戮に最後を下す審判。
ここに、その幕を上げた。
【ACT Reborn:『儚くも泡沫のカナシ』― END ―】
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2013年09月07日 23:10