Magician’s circle ◆WWhm8QVzK6


街灯の光が道路を照らす。
だというのに、そこは暗かった。
人影だ。光に照らされて猶、それは黒い塊でしかなかった。
上から下まで真っ黒。その位置からピクリとも動きはしない。
男の貌は、さながら長年に渡り難題に挑み続けた哲学者のような苦悩の表情を浮かべている。

「何よ……アンタ」

得体の知れない恐怖の所為か、少女の口からは自然に声が漏れる。
目の前に居るのは確かに人間のカタチをしている。
だというのに、まるで人間らしさが感じられない。
何か、スクリーンに映った影を見ているかのような――そんな錯覚に陥った。

だが、それは確かな質量を持って其処にいる。
未だ眉一つすら動かすことなく。
黒い石碑のような男は、少女の質問とも取れぬような問いに対しつまらなさ気に応えた。



「魔術師――荒耶宗蓮




   ◆◆◆



「魔術師……?」

少女は怪訝な面持ちで言葉を返す。
確かに男の外套は魔術師めいていたが、それでも『魔術』というのは彼女にとってみればオカルトでしかない。
そんな突拍子もないことを言われても俄には信じられない。しかし、男の言葉は明らかに断言するものだったし
何より、過去の記憶が呼び起こされた故に一瞬戸惑った。

(たしか、あいつもそんな事を――)

この男と彼は接点があるのだろうか?
それを見知らぬ人間に訊くのは憚られたが、どの道訊かねば分からない。
そう判断し、彼女は尋ねた。

上条当麻…って知ってますか?」

「知っている。それは、参加者の一人の名前だろう」

そういうことじゃなくて、と言いかけたが、そこではたと理解する。
この男も、自分と同じ『殺し合いの参加者』だということを。
警戒を強める一方、魔術師はさらに言葉を続けた。

「無論貴様の事も知っている。御坂美琴

「別に、私の事を知っている人間なんて珍しくありませんよ」

「甘い。この場において素性を他人に知られているということがどれだけ危険か理解できていないようだな」

「……まさか、大のオトナが殺し合いをしろと言われたからってホイホイ乗るようなもんなの?」

美琴は半歩下がる。
逃げるためではない。体勢を、整えるために。


「不服はない。何故ならば、この場は私が用意したものだからな」


え。と、少女は耳を疑う。
と、同時に男は外套の下から片腕を突き出した。
突き出したその手には、ナイフが握られていて――

閃と、光が奔る。

「……!!」

しかし、そのナイフは美琴に届くことはなかった。
いつの間にか、美琴の前には黒い壁が出来ている。
ただ、その壁には表面をさらさらと小さな粒が流れていた。
周囲から集めた砂鉄を磁力で固め、鉄の壁を作った。

(ギリギリ間に合ったけど……今の言葉って…)

男は何も言わない。
少女が動き出すをのを、待っているかのように。

「あんたは……あいつらの仲間」

「その通りだ。これの意味するところはお前には分からぬだろうが、知ったところで意味などない」

荒耶は一歩進む。

「……っさせるか!」

美琴は両手の親指で10円玉をそれぞれ宙に弾くと再びそれらを親指に乗せ、

言葉と同時。
オレンジ色に眩く輝く槍が、斜め十字を描いて魔術師の眼前を横切った。
否、槍ではない。単に光の残像がそう見せているだけなのだがそれは間違いなく其処に存在し、荒耶の両側にある樹木を貫いた。

一瞬送れて轟音が鳴り響く。
同時に生まれた衝撃波は、男の外套を激しくたなびかせるがそれでも動じる気配はない。
男の背後では車道のアスファルトが抉れ、30メートル先まで爪跡を残している。
その威力は想像するに難くない。まさしく必殺に相応しかった。

『超電磁砲(レールガン)』。
強力な電磁石を利用し、金属の砲弾を撃ち出す艦載兵器。
らしいが、この少女はそれを難なく再現してみせたのだ。

御坂美琴は超能力者である。
一般的な常識ならば在り得ないと一笑に賦されるだろうが、彼女の世界の常識ではそれこそ在り得ない。
その世界には超能力を開発する機関が存在し、それにより「普通の人間には不可能」な現象を扱える人間が育成された。
当然、全ての開発が上手くいくことはない。約180万人いるという能力者も、その6割が「精々スプーンを曲げる程度」の能力しか持ちえなかった。
しかし、彼女は違う。努力を積み重ねた結果、彼女は全体で7人しかいない“超能力者(レベル5)”にまで上り詰めたのだ。
超電磁砲は、まさに彼女の称号に相応しい能力と云えるだろう。

胴体を貫かれた樹木は、そのまま直立を維持することが出来ずに荒耶に倒れこむ。
だが、その前に魔術師は発音した。

「不具、」

空気が変質する。

「金剛、」

傾いていた樹木が、停止する。
美琴は、床に浮かび上がる光の線を捉えた。

「蛇蝎、」

倒れるはずだった木々は、荒耶を目前にして完全に静止した。
物理法則からしてあの位置で止まるのは有り得ない。
しかし止まっているのは、木だけではなかった。
男の、線の周囲から、ありとあらゆる流動が途絶えていた。

見えている。
魔術師の足元を中心に広がる、三つの円形の文様が。
その円の中心からちょうど半径の長さのところで、まるで蜘蛛の糸に絡めとられたように動かない。
平面と立体に展開された光の線は、変わることなく存在している。
生物であるならば、あの領域に踏み込んだ瞬間に動力を止められてしまう。

美琴には、それが何なのかは分からない。
自身の常識に当てはめて考えるしかないからだ。
魔術を知らない彼女にとって、これは得体の知れない存在だった。

(……空間に作用する能力?だとしたら近づくのは拙いわね。どのくらいの距離かは分からないけれど…てかこれ逃げた方がよくない?)

彼女の考察は概ね正しい。
踏み込めば動きを止められて離れても圧搾される。
こっちが攻勢に出て隙を作り、その間に逃げなければジリ貧になるだろう。

目の前の存在を見据え、一歩後ろに後退する。
手には10円玉を備えながら。
さらに一歩、踏み出すと

突如、目の前が真っ黒になった。


(え―――嘘―)

カラダが、動かない。
指一本すら動いてくれない。厭な感覚に冷や汗が伝う。
だが、そんな感触に気は割けない。なぜなら、目の前にある闇は、荒耶宗蓮に他ならないのだから。

「、戴天」

気配すらない男の接近に美琴は反応できなかった。
いや、見えているのだから眼で追う事は出来る。ただ、そのスピードは反応できる範疇を超えていた。
実際はどうなのだろう。気配がないから反応できなかったのか。反応できないほどの速度だったのか。彼女には判らない。
三重の外周の線が美琴を捕える。止まった指は、小銭を取り出すために持っていた財布を取り落とす。

視界は、壊れたフィルムのように動かない。
止まったままの眼で男の貌を見る。
魔術師の表情は、苦悩のまま変わらない。

「、頂経」

ズドン、と。
腹に鉄塊が激突するような感覚を憶えた。
少女は撃ち払われた衝撃でそのままタイル張りの歩道を10メートル程滑り、うつぶせの状態でようやく止まる。
直ぐに立ち上がろうとするも、腹の鈍い痛みにまた膝を付く。
痛みを声に出すことが出来ない。内臓を瞬間的に圧迫された激痛は、そう簡単に治まるものではない。

「瞬時に電撃を放ち威力を軽減したか。その能力、なかなかに機転が効くと見える」

「……!!」

確かに、美琴の行動は的確なものだった。
動けないとはいえ、電撃を放つことは出来る。生命活動そのものが止まるわけではないからだ。
故に男の拳に向かって高電圧の電撃を発生させて威力を抑え、衝撃でその場から離脱したのだ。
渾身を込めれば、この静止の結界は抜け出せないことはない。

だが、喩え威力を抑えたとしても、コンクリートの壁さえ貫く荒耶の一撃はそう生温いものではなかった。
内臓損傷はしなかったものの、御坂美琴は未だに立ち上がれない。

苦痛を訴えるその表情は、同時に驚きをも現している。
彼女の眼は、男の左腕に向けられていた。
殴りぬけた腕は当然、美琴の電撃を喰らっているのだ。無傷で済む道理はない。
しかし、これは如何なる神秘か。


「なんで……っ、何で、アンタは……傷一つ付いてないのよ……!!」


吐き出すように叫ぶ。
男の左腕は、高電圧の電撃をまともに受けたにもかかわらず、全くの傷がない。
軽い火傷すら起こしていないその腕は健在だった。

「――痴れた事。この左腕には仏舎利が埋め込んである。その程度の技では、この加護を突き崩すことは出来ぬ」

荒耶は、再び右腕を掲げる。
まるで離れた位置のままから、美琴の頭を掴むかのように――
美琴は、未だに動けない。

「終わりだ。死を怖れる必要は無い。遅かれ早かれ、この矛盾した世界では訪れることだろう」

相手の繰り出す攻撃はさっきとは違う。
おそらく一撃でケリのつくものだろう。
そう予感してしまったが故に、彼女にはなす術がなかった。

「いや、だ―――」


呟きは、虚しく夜闇に響いた。

























だが、攻撃は来なかった。


魔術師の構えが崩れている。
その双眸は、真っ直ぐと美琴の方向を睨んでいる。
但し、見ているのは美琴ではない。
その視線は、彼女のはるか後ろを見据えていた。

瞬、という音が聞こえる。
それと同時に、荒耶の目の前には、鉄杭のような矢があった。
代わりに結界を一つ、消滅させて。

ちょうど美琴の真後ろに、赤い影があった。
白髪に褐色の肌。赤い外套の下には黒い服を着込んでいる。
手には長弓と矢を構えている。だとしたらさっき飛んできたのは矢なのだろうか。
その姿は20mも離れていて、傍から見ただけでは何処の国の人かは分からない。
だが、その人間は、間違いなく日本語で発言した。

「たわけ!奴から目を離すな!!」

ビクッと肩を震わせながらも正面に向き直る。
既に、荒耶は美琴から後5mの所まで接近していた。

しかしその猛進は再び阻まれる。
間髪入れずに放たれる数々の矢。それらは悉く魔術師の結界を貫通し、荒耶の元に到達する。
最初の奇襲から数えて四撃目で、既に荒耶を守る防壁はその用途を満たしていなかった。

それでも、魔術師には届かない。
息もつかせぬままに放たれる閃光をぶれることなく往なし、躱す。
一つ、避け損ねたのか荒耶の左頬を切っ先が掠めた。それにより、そこから粉のような血液が零れ出す。
それぞれが例え必殺の一撃を持っていようとも、当たらなければ意味はない。
繰り出された本数は一三本。彼は、その全てを避けきった。
だが、その代償に赤い男と魔術師の距離は20mも離されていた。
両者ともに、何も語らない。

荒耶は右腕を掲げる。
対して、赤い男は真紅の矢を一本構えた。

先に口を開いたのは、赤い男の方だった。

「貴様の攻撃が何かは分からんが、この『赤原猟犬』を躱せるというのならば構わんぞ。
 そちらも此処で果てるにはいささか不都合なのではないか?」

「――よかろう」

お互いの攻撃は読めない。
分かっていることは、どちらも必殺に相応しいということくらいだ。

「貴様…『この場は私が用意した』と言ったな」

「その通りだ」

「……ならば、お前は奴らの協力者か」

語るまでもない、と。
男の貌が告げていた。

「だとすれば理解に苦しむな。なぜ奴らの側にいる存在がこうして私達と同じ立場にいる?」

当然の疑問だ。
まさか、仲間に騙されて放り込まれたわけでもあるまい。

「私の目的が此処にあるからだ。それに、この殺し合い自体は私にとってみれば保険に過ぎない
 貴様こそ何故それを訊く。魔術師である以上、当然の願いだろうに」

「……まさか」

「では、さらばだ。行く障害全てを排除すべきと思ったが、それでは我が身が持たん。
 遊戯は貴様らだけで愉しむがいい。尤も、邪魔をするならば容赦はしないが」

荒耶は背を向ける。

「――待ちなさいよ!」

少女は叫んだ。
しっかりと立ち上がりながら、男を見据えて。

「あんたの……いや、あいつらの目的は何なのよ!こんな所に人を集めて…本当は何をするつもりなの!?」

荒耶は答えない。
そのまま、闇に消えるようにいなくなった。
赤い男はそれを見届けると、小さくこぼした。

「……やはり二本出しておくべきだったか」

だから何なのか、美琴には分からなかったが、とりあえず自分に対する敵意はないと判断できた。
それこそ、殺す気ならば真っ先に殺害されているだろうから。

「あの……貴方は?」

少し考え、少女は切り出した。
色々と聞きたいことがあったし、何より、こんな事態では誰かといなければ不安で仕方がなかったのだ。
相手の目的は分からないが、とにかく何かしなければ始まらない。そう思ったのだが、

「こんな場所で話してる場合か!付いて来い」

そのまま、腕を掴まれてダッシュされた。

「えっ……な、ちょ、ちょっと待って……!」

「何故待たねばならん。何をするにも建物の中の方が見つかりにくいし安全だろう。
 それにお互いにこの状況を整理せねばならないと思わんか?」

「それはそうだけど……」

こういう想像は場違いだけど、と美琴は思うが。
男の方は全く気にしていない様子だった。

まだ中学生の女子を、問答無用で屋内に連れ込む男。
状況が違えば、もの凄く危ない絵に見えかねない。

   ◆◆◆

月の光すらまともに届かない路地裏を、荒耶宗蓮は歩いていた。

「――英霊をあれだけ押さえ込めるならば、上等か」

頬の血は止まっている。
何をするでもなく、男は空を見上げた。

滞りはない。
首輪も働いているようで、会場にある些細な仕掛けも影響はあるようだ。
尤も、仕掛けと呼ぶほどでもない物だが。
人を不安定にさせるならばこの殺し合いという状況だけでも充分だが、念には念を押して、人を狂わせるような細工をしておいた。
大抵の者には影響は出にくいだろうが、心の弱いものならばすぐに崩れる程度の。

「時間はない。最低でも、自らが死ぬ前に両儀を捕えねばな」

取り付けられた制限は、他の参加者に対して設けられた制限を考慮すればさして問題ない程度のものだ。
協力者に対してのハンデか。まあ、参加すると言った時には驚きと同時に嗤われたものだが。
だが、本来の目的を知られなければそれでいい。
この会場は荒耶の肉体も同然だ。彼が手を加えたが故に、全体が異界と化している。
それでも、自らの目的を帝愛グループに悟られてはならない。
荒耶が行うことは完全に彼らの目的に反している。それを察知されないために、転移は使えない。
何処まで監視されているか、彼自身にも分からないからだ。
だから、彼はあくまでも自分の足で偶然を装い、両儀式のもとに辿り着かねばならない。

(目的まではあと僅かだ。式の身体を貰い受け、根源へと辿り着くのみ――)


【E-4/市街地東部 歩道/一日目/深夜】
【御坂美琴@とある魔術の禁書目録】
[状態]:腹に打撲、疲労(小)
[服装]:制服
[装備]:
[道具]:基本支給品一式 誰かの財布(小銭入り)@??? 不明支給品×2
[思考]
基本:人を殺したくはない。
1:男(アーチャー)と話をする。
2:魔術って……。


【アーチャー@Fate/stay night】
[状態]:健康 魔力消費(小)
[服装]:赤い外套、黒い服
[装備]:
[道具]:基本支給品一式 不明支給品×3 赤原猟犬@Fate/stay night×1(2時間後に消滅)
[思考]
基本:???
1:少女の安全を確保する。
2:荒耶に対し敵意。


【アーチャーに対しての制限】
固有結界は魔力消費(小)以上の状態でないと使用できません。
投影による魔力の負担増。真名解放にはさらに魔力を要します。
投影したものは、何であれ2時間後に消滅します。

【荒耶宗蓮に対しての制限】
『金剛訳・粛』の威力制限。
六道結界の耐久力減。
起源『静止』により死なないと言う事はありません。

【御坂美琴に対しての制限】
能力を使うことによる疲労度合いの増加。


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アーチャー 062:アカイイト
御坂美琴 062:アカイイト
荒耶宗蓮 093:存在

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最終更新:2009年11月27日 22:09