アカイイト ◆tu4bghlMIw
宵闇。少しずつ空の暗闇が太陽へと溶け出し始める頃合い。
街頭に羽虫が群がり、星空は今にも雨粒と成り代わり、大地へと降り注ぎそうな輝きを見せている。
そんな、街の中に不可思議な二人組の姿があった。
宝石に喩えるならば、それはペリドットとアメジスト。
独特の拘束服に身を包んだ黄緑色の髪の女をボンテージのような衣服の紫髪の女が肩に担いで移動していた。
前者の名前を
C.C.、後者の名前を
ライダーという。
バトルロワイアルという遊戯の参加者である二人だが、その関係は対等とは到底言えない。
最初の邂逅においてC.C.はライダーに捕獲され、血液を供給するための食料源として文字通り『持ち運ばれて』いた。
「おい」
「…………」
「おい。眼帯女、いい加減にこの拘束を解け」
「…………さっきからギャーギャーやかましいですね、貴女は。自分の立場が分かっているんですか?」
「もちろん、分かっているさ」
耳元で騒ぐC.Cをライダーが億劫げな表情で見つめた。
C.Cがライダーに捕獲され、こうして荷物のように扱われ移動が始まってから約二時間。
最初の内は吸血の影響でぐったりしていた彼女だが、時間が経つにつれて次第と力が戻ってきたようだ。
その度に血を吸って黙らせて来たのだが、どうやらもう回復したらしい。
とにかく彼女が先程からこの調子で騒ぎ立てるモノだから、ライダーは半ばうんざりし始めていた。
「分かっているのなら『食料』は黙っていてもらえますか」
「なに、今時の食料は口ぐらい使うものだ。腹も減ったことだしな」
「食料に食事を要求する権利はありません。先程も言ったはずですが」
せっかく捕らえた美味しい餌だ。殺してしまうのは勿体ない。
それに何となく、ではあるが――彼女の命を奪うことに対して、ライダーの中には妙に後ろ髪を引かれる想いがあったのだ。
ハッキリした言葉で、その感情を言い表すことも出来ない他愛のないモノ、とはいえ。
(大分市街地も近づいて来ましたし……そろそろ、他の参加者と接触してもおかしくない頃合いですね)
自身の支給品には直接攻撃系の武器はなかったが、幸いにもC.C.の方に丁度良い武器が支給されていた。
『猿飛佐助の十字手裏剣』というそれは、異様なまでに大きな手に持って使用する巨大な手裏剣である。
二つ同時セット、ということで通常、両手に短剣を持って戦うライダーにとって非常に都合の良い武器と言える。
「それでも、腹は減る。身体を拘束され、二時間もこんな格好だ。疲れもするさ」
「わがままな人ですね……」
C.C.の態度が変化したのは、おそらく街が近づいて来たからだろう。
大人しくしていれば、ライダーの気が変わらない限り、彼女はある程度の庇護を得ることが出来る。
が、どうも彼女は今の状態がお気に召さないらしい。
接触した当初は、名前を語ることさえ拒絶していたが、どうもこちらが『素』なのだろう。
精一杯虚勢を張ることで、こちらに対抗しようとしているのならば、可愛らしいものだが――
と、そこまでライダーが考えた時だった。
風がざわめいた。頭上で煌々と瞬く天板が凶星の輝きを示す。
背後から凄まじい速度で飛来して来る物体の気配。
豪、と空気が振動する。そして、大気を切り裂きながら飛来する一条の光。
「グッ――!」
――ドッ、という肉を突き破る音。
完全には避けられない。ライダーの脳がそう思考した瞬間、左肩を一本の矢が貫いた。
真っ直ぐ心臓に向かった飛んで来た矢の直撃を避けることが出来たのは、彼女の運動能力の高さの賜物だ。
闇の中で金属製らしき矢がコンクリートに突き刺さり、甲高い音を奏でる。
「狙撃か!?」
C.C.が身を捩りながら、目を見開いた。
夜空に浮かぶ月と同じくすんだ金色の瞳が驚愕に濡れる。
「……これは困りましたね」
振り返った先は空の果て。向こうは確か、円形闘技場がある方向だ。
障害物などは見あたらないが、同時に狙い撃つことが可能な高台すら存在しない。
だが、ライダーの視界すら及ばない距離からの一方的な攻撃――それこそ、一撃で命を奪われていてもおかしくなかった。
(こんなことが出来る相手――といえば、)
そう頭の片隅で思考した瞬間、闇の中で綺羅星が瞬いた。
ソレはスナイパーライフルから発射される弾丸よりも疾く、そして正確にライダーの身体へと向けて飛んでくる。
弓と矢、という武器は銃が登場した現代社会では役目を終えた武器であるよう認識されることが多い。
しかし、この飛来する矢が持つ力は、銃器では到達することの出来ない極見の世界のモノだ。
だが――飛んで来ると分かっていて、躱すことの出来ないほどのモノではない。
ライダーは手に持った十字手裏剣で矢を叩き落とす。金属の破壊される甲高い音が闇の中に木霊した。
「
アーチャーのサーヴァント、ですか」
「……アーチャー?」
C.C.が訝しげな表情で聞き返した。
だが、今のライダーに彼女の相手をしている余裕はなかった。
一般人に該当する戦えない人間が大半であると想像していたこのゲーム。
しかし、ほぼ自身と変わらない能力を持つサーヴァントとのこんなにも早い邂逅――余裕を持って戦える相手ではない。
第五次戦争において、アーチャーのサーヴァントと交戦した経験はないが、敵は三騎士のクラスに属す強者だ。
切り札である宝具を持たないライダーにとっては、苦戦を免れない相手と言える。
結果として――
「C.C.、大変申し訳ないのですが、貴女はここに置いていきます」
そういう、結論を下すことになる。
ライダーの目的が優勝し、元の世界へ生還することである以上、何よりも優先すべきは己の命である。
こちらが先に敵を補足し、攻撃を加えたのならば、C.C.を確保しておく余裕もあっただろう。
だが、逆に不意打ちを食らったこの状況においては――ライダーに彼女を連れて行く余裕はない。
ライダーはすぐさま路地裏へと足を向け、狙撃ポイントから身を隠した。
彼女達の居場所はデバイスで言うE-6の市街地。障害物や建造物は非常に多い場所だ。
超遠距離からのロングレンジ攻撃に備えるにはもってこいの場所である。
「連れて行こうとしたり、置いていこうとしたり……随分と自分勝手な奴だな」
「貴女がそれを言いますか」
「私だから言っていいんだ」
そう呟くC.C.をライダーは溜息を吐き出しながら見つめた。
「……何故、殺さない。ここまで私の身体を弄びながら、飽きたら放り出そうと言うのか」
つまり、その問いかけにこの状況が孕んだ歪みは集約されることになる。
――何故、わざわざ自身に制約を課すような手段を取ったのか。
――何故、優勝を目指す身でありながら戦力にならない同行者を求めたのか。
(妙な感慨など、持たなければ良かったのでしょうかね)
黄金色の瞳が、ライダーを見ていた。
眼帯を身につけているライダーとC.C.では、決して視線は交わることはない。
蛇と、魔女。
共に迫害され、裏切りを受け、幾度となく虐げられて来た存在。
サーヴァントである蛇にとって、戦う力を持たない魔女を殺すことは容易い。
だが、彼女はその選択肢を切り捨てた。いや――『見逃すことすらせずに』彼女を自分のモノとしようとした。
既に半ば気付いていた。彼女のマスターである間桐桜はこの空間にはいない。
彼女を理解出来る人間は存在せず、縋るべき相手は遠い空の先にいる。
なれば、彼女は独り。
その身を理解するモノも、束縛する令呪も存在しない。
聖杯戦争に召喚された英霊としてではなく、悲劇の最期を辿ったゴルゴン三姉妹の末妹――メデューサとしての側面が顔を覗かせていた。
交わいを――求めた。
「気まぐれです。なんとなく、殺す気になれなかった。ただそれだけの話です」
「……ふざけているのか」
「いいえ。私は至って真面目ですよ」
確信には至っている。
だが、それをC.C.へ明かすことをライダーは良しとしなかった。
具体的な言葉にする気にはなれない。それは、まるで自分自身へと語りかけるようだから。
「とはいえ、せっかくなので貴女の荷物は貰っていきます。後のことは頑張ってください。ああ、それと――」
だから――真の意味で、互いを理解し合うことも、肩を並べて歩くことも出来ようはずがなかった。
それは、決して形としての情感も感慨も生み出すことのない出会いだった。
このような場所でなければ、状況でなければ――二人には何らかの関係が芽生えたのかもしれない。
だが、蛇には元の世界に帰らなければならない理由があり、魔女には蛇の隣に居続ける理由がなかった。
これは、それだけの話。
「別れの挨拶代わりに、もう一回だけ血を吸わせて貰います」
心は心。溶け合うこともなく、乾きを潤す術もない。
身体は身体。重なることもなく、温もりは夜風に消えていく。
「…………勝手にしろ」
「それでは遠慮なく」
最後に二人を繋ぐモノは言葉でも感情でもなかった。
蛇の犬歯がゆっくりと横たわった魔女の首筋に迫る。
はだけた首元と浮き出た青色の血管。皮膚から伝わってくるのは夜の静けさとは不釣り合いの熱い体温。
「……っ……ぁ…………」
魔女の押し殺したような声がコンクリートの壁を跳ね回り、そして落ちていった。
泉から湧き出る清水を飲み干すように、ただ蛇は最後の晩餐を味わい尽くす。
口の中に広がる甘く、切なく――苦い味わい。
唾液と血液が混ざり合い、二人の間にアカイイトの橋を架けた。
【F-6/路上/一日目/深夜】
【ライダー@Fate/stay night】
[状態]:健康、魔力充実+
[服装]:自分の服、眼帯
[装備]:猿飛佐助の十字手裏剣@戦国BASARAx2
[道具]:基本支給品一式x2、不明支給品x5(確認済み)
[思考]
基本:優勝して元の世界に帰還する。
1:魔力を集めながら、何処かに結界を敷く。
2:出来るだけ人の集まりそうな街中に向かう。
3:不思議な郷愁感
[備考]
※参戦時期は、第12話 「空を裂く」より前。
※C.C.の過去を断片的に視た為、ある種の共感を抱いています。
▽
「動き出したか。追うぞ御坂」
「……いや、さ。その前に聞きたいんだけど」
「なんだ」
「あのね。私の目じゃ真夜中に一キロ先なんて見えるわけないっつーことよ。お分かり?」
ライダー達を襲撃したのは彼女の想像通り、弓騎士のサーヴァント――アーチャーだった。
傍らには学園都市に七人しか存在しないレベル5の超能力者の一人にして、《電撃姫》の異名を持つ
御坂美琴。
両腕を組んで、非常に不満げな顔で弓を構えるアーチャーの顔を睨みつけている。
「すまんな。忘れていた」
アーチャーが嫌味たらしく、肩を竦めた。
真夜中に数km先のターゲットを弓を用いて正確に撃ち貫く行為。
一見、明らかに常人には可能と思えないが、英霊の身であるアーチャーにとってソレは造作もない所行だった。
彼が持つ《遠目》のスキルならば、4km離れた相手ですら射程範囲に納めることが出来る。
だが、強度の制限により、せいぜい最高で1km程度までしか、その卓越した能力は発揮することは出来ないのだが……。
「つーか、アンタのやってることの意味が分からないんだけど。
黒炭みたいな男から私を守ってくれたのは感謝してるし、
アンタがサーヴァントとかいう人間じゃない存在だってのもそれなりに理解した。でも――」
美琴は小さく言葉を切り、そして確信に迫る。
小柄な身体と明るい茶色い髪が吹き荒ぶ海風に揺られて、踊り遊ぶ。
「そのライダーとかいう、敵みたいな人見つけたら、いきなり攻撃始めるし。
そりゃ、なんか他の参加者を捕まえてた悪人っぽいけどさ。
アンタ、なにがしたいのかっつーか。マジで意味不明なんですけど」
非常に単純で――そして、根源を突く問いかけだった。
美琴はアーチャーを相当に戦闘慣れした人物であり、
同時に冷静で、現実的な物の考え方の出来る相手だと推察していた。
加えて、
荒耶宗蓮に襲われている自分を守るために身を呈して戦ってくれたりと、
堅物で皮肉っぽくてウザい性格だが、正義感にも溢れた凄い奴だと思っていた。
――ほんの、数分前までは。
(『アイツ』みたいな、分かりやすい
正義の味方……ってわけでもないのか)
正義という行為はやはり『庇護』とか『騎士道』のような概念との関連性が強いように美琴は思う。
敵を見つけて完全に相手が気づいていない状況だからって堂々と不意打ちを仕掛けたりとか、
『
セイギノミカタ』ならば、普通はしないのではないか。
「仮にも奴はライダーのサーヴァントなのだ。
奴がこの戦いを勝ち抜けるような器ではないといえ、私の目的に対して障害と成りうる。だから攻撃しただけの話だ」
「だから、その目的っつーのが分からないって言ってんでしょうが」
「答える義務はない」
アーチャーの逆立てた白髪が風に揺れる。
密着タイプの黒のインナーが確かな修練によって鍛え上げられた筋肉を浮き立たせる。
そして、不思議と彼の雰囲気にマッチする赤い外套と褐色の肌。
美琴と比べて相当に背が高いのだが、それにしてもこうも妙にその背中が大きく見えるのが不思議だ。
「無駄話をしてしまったな。行くぞ」
と、勝手に歩き出すアーチャー。美琴は小さく溜息をついた。
(ったく……。でも、そう……例えば……なんなんだろう)
やっぱり、よく分からない。
そもそも、この男が一緒に行動してくれている理由すら曖昧だ。
先程、ビルの一室の中に連れ込まれた時、彼は美琴の不注意を説教すると、藪から棒に共に行動することを持ちかけて来た。
襲われて、殺されかけた身としては喜んでその提案を承諾したのだが――
「…………誰か、会いたい相手がいるとか」
気づくと、そんな言葉が美琴の口から漏れていた。
特にその推測を裏付ける要素があったわけではない。
ただ、アーチャーの目的を適当に推理しようとした時――美琴が頭の片隅で同じことを思ったから。
ツンツン頭の無鉄砲。
他人が傷つく姿を見るのがい嫌で、そのためには自分が傷つくことを何とも思わない。
絶望しかない場所から希望を拾い上げて、光が見える限り絶対に諦めず戦い続ける――そんな少年の顔が浮かび上がった。
(いやいやいや! アイツの顔が浮かんだのは……そう、数少ない知り合いだからってだけの話だけど!
さっさと黒子は見つけないと何やらかすか分かんないし、
一方通行の奴は正直会いたくないけど、さすがにシスターズの時とは事情が違ってるだろうし!
アイツはおまけ! 別に、会いたいとか、そんなこれっぽっちも思ってないんだから!)
美琴はブンブンブンブン!と大袈裟なくらい頭を振る。
脳裏の映像を肯定することは出来なかった。むしろ、思いっきり否定した。
このシチェーションで真っ先に『アイツ』の顔が浮かぶなんて、それじゃあまるで自分が――
「…………会いたい相手、か。恋人の名前でも名簿にあったのか」
「ちょ、は……いやいやいや! ぜんぜん! 全然、違うから!
恋人とか、何馬鹿なこと言い出してんのよ! 会いたい相手とか、私の勘違い。忘れて! ほら、早く行くわよ!」
「……随分と騒がしい奴だな。まぁ『オレ』にも――」
やれやれ、という二度目の肩を窄めるジェスチャー。
あたふたと顔を真っ赤にして、まくし立てる美琴を見て、ぽつりとアーチャーが呟いた。
「決着を付けたい相手ならば、いるがな」
その囁きを聞いていたのは泥のような黒い姿を覗かせている海の流れだけ。
誰に言い聞かせるわけでもない、孤独な言葉。
運命の相手同士を結ぶ――赤い糸のような、可愛らしい因縁ではない。
この同行関係すら、自身を偽り、目的へと至るための擬態に過ぎない――
――――とある世界に、誰かを救いたいと強く願った少年がいた。
彼は自らを犠牲にしても、他の人間のために修羅の路を歩み続けた。
その行為が自らにとっての幸せでもあると信じていたから。
少年は憧れていた。
誰かを守れる大きな背中に。
困っている相手を撫でる暖かい掌に――正義の味方に。
だけど、そんな正義に救いの結果などあるわけがなくて。
彼の見返りのない救いの手に、人々は強い畏怖の感情を抱いた。
裏切られ、迫害された正義の味方は結果として、全ての人を救うことを諦めた。
目に見えている人だけを救う。
彼は英霊となることで、自分に出来うる最も多くの人間を救おうと考えたのだ。
だが、その救済は彼が求めたモノとはまるで異なる行為だった。
誰かを救うために、誰かをこの手で殺めるような――そんな
矛盾螺旋。
彼は気付いてしまった。総ての過ちは、彼が抱いた理想の根源にあるのだと。
だからこそ、令呪の束縛から解き放たれた彼が考えることは只一つ。
――――過去を改竄し、エミヤシロウという歪みを糺することで、自分という存在を抹消する。
▽
結論から言うならば、C.C.はアーチャー達にあの後すぐに救助された。
今、彼らはE-5の市街地にある一軒家へ勝手に押し入り、言葉を交わしていた――はずなのだが。
「私は疲れたので休ませて貰う。そうだな……六時になったら起こしてくれ」
「――は?」
既にさんざっぱらわがままの限りを尽くしたC.C.のこの一言に、ついに美琴がブチギレたのだ。
(なんなの、コイツ……自己ちゅーにも程があんでしょうが)
彼女、曰く。
『拘束服のベルトで死者が棺へ納められる時のようなポーズを強制されていたのだ。
身体の節々は痛むし、無理な体勢にもうクタクタだよ。散々血も吸われたしな。
一眠りしなければ、まともに行動することすらままならない』――というの言い分ではあるのだが。
「ちょっと、アンタ! 何様のつもりなのよ!? 助けてもらった立場で!」
極めて常識人の美琴が女王様の如く振る舞っていたC.C.に対して黙っているわけがなかった。
とはいえ、美琴の憤怒も分からないわけではない。
なんというか――C.C.の態度は凄まじく大きかったのだから。
団地の路地裏へアーチャーと美琴がやって来たのに彼女が気づいた時、
『やっと来たか。意外と遅かったな』という、傲岸不遜にもほどがある第一声から始まり、
『腹が減ったぞ。どちらか、ピザを持っていないか』などという状況を完全に無視した自分勝手な言動。
しかも、美琴の支給品に『PIZZA HAT』と書かれた大量のピザがあったことが問題を更に悪化させた。
情報を交換するために、一度屋内へと移動した三人だったが、そこで貪るようにC.C.がピザを食べ始めたため、会話は全く進まなかった。
そして、ピザをぺろりと一枚平らげたC.C.が今から寝ると言い出したのだから最悪である。
仮にも『バトルロワイアル』という最低最悪のシチュエーションで、
『ピザ食ったから寝る』と言い出すアホがいるとは流石の美琴も想像していなかった。いや、想像出来るはずもない。
「……十分に感謝はしているさ。簀巻きのまま放置されていたら、どうなるか分からなかったのだからな。
とはいえ、それはそれ、コレはコレだ。むしろ、お前も眠ったらどうだ。
外はまだ暗いぞ? 子供はベッドに入って休んでいなければならない時間だろう」
「こ、子供!?」
「なんだ、自覚がなかったのか。それは……良くないな。客観的に自分のことを把握する力は重要だぞ」
当然のように――口論になる。
が、一方的に美琴がからかわれている、と言った方が正しいだろう。
まともな舌戦にすらなっていない。今にも掴みかからんばかりに憤慨する美琴。
対するC.C.はベッドで横になり、同じく美琴の支給品であるオレンジ色の球体を抱きしめ、もはや休む気満々だ。
「アンタ、いい加減にっ――」
「御坂。そこまでだ」
美琴の額から雷じみた青白い火花が室内に新たな光源をもたらす。
が、その時だった。この家に足を踏み入れてから、今まで沈黙を貫き通していたアーチャーがその重い口を開いたのである。
「寝かせてやれ」
と。極めて簡潔な一言。しかし、美琴はこれに納得がいかない。
「はぁっ……? もしかして、アンタまでこのピザ女の肩を持つってこと」
「そういう意味ではない」
「そういう意味にしか取れないわよ!」
こうなると、もはや戦いは三者入り混っての泥仕合である。
しかも、バリバリビリビリパリパリと『本当に火花が散っている』のだから、手に終えない。
電撃の矛先がついにアーチャーへと向けられた、その時だった。
「…………悪いな。どう……にも……これは、久しぶりの……感覚だ」
ベッドの方で何かが崩れ落ちる音が響いた。C.C.が完全に眠りの世界へと旅立ったのである。
すぐさま、小さな寝息が聞こえ始める。
「ほ、本当に寝たっ……!」
「むしろ、これが仮初めの眠りであることが驚愕だがな」
「……仮初め?」
真剣に電気ショックをお見舞いしてやろうかと考えていた美琴の手が止まった。
アーチャーの口から溢れた『仮初め』という言葉がやけに印象に残ったのだ。
「この女が普通の人間ならば、既に二度は永遠の眠りについている」
「――ッ!?」
重く、地の果てまで重力に引かれて沈んでいくような言葉だった。
「サーヴァントの行う血を介しての魔力吸収――それは単純に吸われた血液量の問題ではない。
魔力とはすなわち、人の精気そのもの。それを血液という形に変換して摂取しているに過ぎないのだ。
本物の吸血とは小鳥が餌を啄むような、可愛らしいものではない。
言うなれば――捕食さ。こんな状況ならば、尚更の話だ。魔力はいくらあっても困るものではないのだから。
加減を間違えない限り、尽き果てることのない器……ケルト神話に出て来るダグザの釜のようなモノか。
もっとも、杯代わりにされていた本人は、堪ったモノではないと思うがな」
血を、吸われていた。
それが、現場に駆け付けた美琴達に『ライダーに何をされたのか』と尋ねられたC.C.の回答だった。
美琴にとって、吸血という行為から連想するモノは西洋の妖怪・ヴァンパイアである。
しかし、非常に血色もよく、健康的に見えていたC.C.が実際はそこまで切羽詰まった状況だったとは。
「だが――解せんな。あの女ならば、食糧を棄てゆく場合、トドメの一つも差すのが道理のはずだが。
思う存分貪ったにしては、後始末があまりにも不手際過ぎる」
アーチャーがぽつりと呟いた。
やはり、彼とC.C.を襲っていた人物には微妙な因縁があるようだ。
「……結局、私達はこのピザ女が起きるのを待つってこと?」
「まだ、夜明け前だ。闇雲に動き回っても実りはない。
お前も寝ても構わんのだぞ。眠れる時には眠った方がいい。それこそ――死ぬ気がないのなら。
それに、だ――最初の放送でどの程度死ぬか。私は、そちらの方が気掛かりでな」
死ぬ、という言葉に美琴は思わず息を呑んだ。
学園都市最強の能力者の一人である彼女ではあるが、当然のように人を殺した経験はない。
が、同時に十分に人を殺し得る能力を持った矛盾に満ちた存在でもある。
「…………そういえば、」
「どうした」
「魔術とか魔力とか、よく意味が分からないんだけど」
「……話の種にはなるか。
よかろう。簡易ではあるが、話してやろう。あくまで――私の世界の魔術について、ではあるが」
胡乱げな表情を浮かべていたアーチャーが、ゆっくりと口を開いた。
▽
まどろみの、世界。
(どうなって、いるのやら)
夢の中でもまともに頭が休まっていないことに、C.C.は溜息をついた。
まるで思考の海で漂っているようだ。
外とは完全に隔離された空間であるのに、頭は当然のように夢ではなく現実を見ていた。
(弓の男も言ってくれる……常人ならば二度、死んでいた……か)
完全に意識が落ち切る、最後に耳にした言葉だった。
死んでしまえたらよかったのに、と一瞬考えるも、そんな雑感はすぐさま掻き消える。
C.C.の願いは死ぬこと、その存在を永遠に終わらせることだ。
本来ならば、コードの影響で不老不死となっているはずの肉体も、この島の中でならば『死ねるかもしれない』のである。
とはいえ、わざわざここで己の命を絶ち切ろうとはC.C.は思わない。
別に、彼女が死ぬための方法がコレ一つしかないわけではないのだから。
(眼帯女は、何がしたかったのだろうな)
情感らしきモノを抱いていたのか、と考え、C.C.は苦笑した。
『アレ』はそんな生優しいモノではない。
愛でるのでも、啄むのでもない、貪るための唇。愛を語るには少々乱暴過ぎるというものだ。
もっとも、アレだけのことをされてそこまで嫌悪感を覚えたわけでもない自分も、どうかしているのかもしれない。
ライダーと名乗った女が吸血を行ったのは、喉の渇き――以外の潤いを求めてだったようにも思えるのだ。
(なぁ、ルルーシュ。これから、私はどうすればいいと思う――?)
面倒なことに巻き込まれた。出来れば帰還したいとは思う。
だが、どうも一人ではやれることに限界があるようだ。
ルルーシュを探すか。とはいえ、ギアスの力とて万能ではない。共に途方に暮れてしまう可能性は高い。
(私の、やるべきこと……やりたい、ことは――)
ゆっくりとC.C.は天へ向けて掌を翳した。
光も闇もない、深海のような世界。
身体と意識だけが輪郭を保ち、五本の指に絡まる糸もない。
C.C.の根源的な願いはこの島にいる誰よりも異質なモノだ。
つまり、人殺しを行うために用意された殺人空間と相反する――死ぬ、ということ。
だが、彼女は気付いていなかった。
本当の意味で――彼女が望んでいたモノが何なのかを。
『愛されるギアス』を手に入れた彼女にとって、最も手に入れたかったものは冷たい死などではない。
『真に愛される』というソレだけの意志。
見返りを求めず、強制でもない。ただ、純粋に愛されること。
「…………ルルーシュ」
それだけ、だったはずなのに。
【E-5/市街地 一軒家/一日目/黎明】
【C.C.@コードギアス 反逆のルルーシュR2】
[状態]:睡眠中、体力枯渇、貧血、左の肩口に噛み傷(全て徐々に再生中)
[服装]:一部血のついた拘束服
[装備]:オレンジハロ@機動戦記ガンダム00
[道具]:なし
[思考]
基本:ルルーシュと共に、この世界から脱出。
不老不死のコードを譲渡することで自身の存在を永遠に終わらせる――?
0:睡眠中
1:ルルーシュと合流する
2:利用出来る者は利用するが、積極的に殺し合いに乗るつもりはない
[備考]
※参戦時期は、TURN 4『逆襲 の 処刑台』からTURN 13『
過去 から の 刺客』の間。
※制限によりコードの力が弱まっています。 常人よりは多少頑丈ですが不死ではなく、再生も遅いです。
【御坂美琴@とある魔術の禁書目録】
[状態]:腹に打撲、疲労(小)
[服装]:常盤台中学制服
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式 誰かの財布(小銭残り35枚)@???、ピザ(残り63枚)@コードギアス 反逆のルルーシュR2
[思考]
基本:人を殺したくはない。
1:男(アーチャー)と話をする。
2:魔術って……。
3:
上条当麻、
白井黒子の安否が気になる。一方通行は警戒。
【アーチャー@Fate/stay night】
[状態]:健康 魔力消費(小)
[服装]:赤い外套、黒い服
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×3
[思考]
基本:過去の改竄。エミヤシロウという歪みを糺し、自分という存在を抹消する
0:御坂に自身の世界の魔術についての説明をする
1:情報を集めつつ、士郎を捜し出し、殺害する
2:士郎を殺害するために、その時点における最も適した行動を取る
3:荒耶に対し敵意
[備考]
※参戦時期は
衛宮士郎と同じ第12話『空を裂く』の直後から
※凛の令呪の効果は途切れています
※赤原猟犬は消滅しました
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最終更新:2009年11月14日 11:54