Overlooking View ◆b8v2QbKrCM



――結果、彼女達は自分が飛べるのだという事実を知ってしまった。

ああ、もちろん飛べるとも。
だがそれは無意識下であればの話だ。
ヒト単体での飛行は難しいんだ。
私だって箒がなくては飛べない。
意識しての飛行の成功率は三割程度。

少女達は当たり前のように飛ぼうとして、当然のように落ちた。



                ――俯瞰風景 / 封印指定の人形師の言葉



   ◇  ◇  ◇



夜空を滑る濃紫の孤影。
ローブを翼のように広げ、キャスターは東へと飛行していた。
姿勢は極めて安定し、飛行というよりは高速の浮遊に近い。
南西の市街は既に遥か後方。
僅かに欠けた月とまばらな星だけが光源の薄暗闇も、魔術師の視界を遮るには至らない。
"暗視"の魔術など初歩の初歩。
神代の魔術師たる彼女にとっては児戯にも等しかった。

「さて……」

キャスターはローブを翻し、辺りで最も高い樹木の頂点に降り立った。
現在位置は地図でいうD-2とD-3の中間地点。
ここでキャスターが飛行を止めたのは、休息をとるためではない。
目的のない彷徨ではなく、目的ある移動――そのための現状確認だ。

「殺すのはいいけど、遭遇戦は下の下……どこか拠点が必要ね。
 セイバーバーサーカーは無理でも、せめて他の二体を倒せる備えはしておかないと」

名簿に記載されていたサーヴァントらしき名は、キャスターを除いて四つ。
そのうち、セイバーを除いた三つは既に脱落したサーヴァントのはずだ。
何かしらの手段で復活させたのか、それとも完全な別人で、偶然の一致なのか。
どちらにせよ、警戒をしておく必要があるだろう。
デイパックから地図が滑り出て、キャスターの手元に収まった。
キャスターのクラスに充てられた固有能力は、どちらも防戦に適した能力である。


陣地作成――
魔術師が研究のため、また外敵を確実に処刑するために備える陣地を工房と呼ぶ。
このスキルを用いれば、いかなる状況においても最善の工房を最短時間で作成できる。
彼女の陣地作成のランクはAであり、工房より高位の陣地――神殿すら構築可能である。
実際、彼女は聖杯戦争中、柳洞寺とその地下を神殿に作り変え、大量の魔力を溜め込んでいた。

道具作成――
端的に言えば、魔力を帯びた道具を作成するスキルである。
相応の材料やコストは必要だが、キャスターの腕前を以ってすれば、擬似的な不死の薬すら作りうる。



これらのスキルを効果的に発揮し、最大の成果を収めるには、ひとまず落ち着いて腰を据えられる拠点が必要だ。
無論、一箇所に留まる以上、禁止エリアに指定されて追い出されるリスクは存在する。
しかし得られるメリットと秤にかければ、充分に許容できる程度だ。

「地名しか分からないけれど、神殿として相応しそうなのは……。
 『神様に祈る場所』『死者の眠る場所』……少し期待できないけど、『遺跡』ね」

細い指が地図をなぞる。
名称を基準とした判断だったが、根拠が皆無というわけではない。
港が水辺に造られるように。
城が要所に建てられるように。
祈りを捧げ、死者を葬る土地が霊的に無為であるとは考えにくかった。
推測だが、他の場所よりも優れた霊脈である可能性は高いと言える。

「それにしても、これほどの異界を作り出すのにどれほど時間を掛けたのかしら」

暫く飛行した感覚から概算して、地図の一区域がおおよそ一キロ四方といったところだろう。
つまり全体では七キロ四方。
キャスターほどの使い手でなくとも、魔術師ならば察しが付くだろう。
決して小さいとは言えない島が丸ごと異界で括られているのだ。
注ぎ込んだ時間とコストは莫大なものだろう。
盛大な幕開けの前に重ねてきた地道な準備を想像し、キャスターはくすりと笑いを零した。
等価交換は世界の原則。
何も差し出さずに、何かを得ることなど出来はしない。

「我々は"魔法"を買った……ね」

これは"魔法"ではなく"魔術"だとキャスターは感じていた。
"魔術"とは、相応の対価を支払えば結果を再現可能な"神秘"を指す。
"魔法"とは、どう足掻いても結果を再現することの出来ない"奇跡"を指す。
しかし卓越した腕前の持ち主であれば、幾つもの"魔術"を組み合わせて"魔法"に近いことを実現できる。
キャスターも、そうした異界創造なら充分に可能である。
聖杯のような代物を持ち出せるなら、更に話は早い。
首謀者達が用いた手段も、そうした"魔法"の域にある"魔術"なのだろう。
だが、解説が間違っていたとは思わない。
素人でも理解しやすいよう、魔術師が魔法使いを名乗るのはよくあることだからだ。

「さて……こんな異界を売り込んだのは誰なんでしょう」

魔法だろうと魔術だろうと、奴らの背後に腕の立つ術者がいることは間違いない。
そしてその輩は、神代の魔術師たるキャスターを参加者に選んだ。
これを挑戦と言わずなんと言うのか。

「渾身の魔術を解呪されたら、どんな顔をするのかしらね」

地図を戻し、キャスターは再度夜空に飛翔した。
当面の方針は定まった。
まずは適当な場所を陣地とする。
そこを拠点に、戦闘の準備と会場に掛けられた魔術の解析を進めよう。
キャスターは暫く上昇し、一帯を俯瞰する高度で身を翻した。
古来、空は異界であるとされていた。
高い所は遠い所。
見慣れた街並みも、高所から見ると別物のように感じるだろう。
それは即ち、世界を一望する俯瞰風景が、己の実感する世界と食い違うという矛盾。
空を飛ぶということは別なる世界を行くということであり、遠い世界を行くということ。

「まずはあそこへ行ってみましょうか」

文明(てつ)で武装することなく、異界(そら)より異界(しま)を俯瞰する、濃紫の孤影。
人智を超えた魔術師には、異界の風景すら怯むに値しないのか。
キャスターは高度を下げながら、ゆるやかに滑空を開始した。
彼女にしか出来ないことをするために。







【D-2とD-3の境界/上空/1日目/深夜】
【キャスター@Fate/stay night】
[状態]:健康、魔力消費(微)
[服装]:魔女のローブ
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3個(確認済み)
[思考]
基本:優勝し、葛木宗一郎の元へ生還する
1:奸計、策謀を尽くし、優勝を最優先に行動する
2:『神様に祈る場所』『使者の眠る場所』『遺跡』のいずれかに赴き、可能なら神殿とする
3:会場に掛けられた魔術を解き明かす
4:相性の悪い他サーヴァント(セイバー、アーチャーライダー、バーサーカー)との直接戦闘は極力避ける。
[備考]
※18話「決戦」より参戦。
※自身に架せられた制約について、少しずつ理解してきています。
※どの目的地を選ぶのかは次の書き手にお任せします。



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016:かしまし~ボーイズ・ミート・バッドガールズ~ キャスター 056:コクトー君漫遊記


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最終更新:2009年11月05日 00:52