大逆転物語 -THE MIRACLE OF THE ZONE- (1)  ◆XIzIN5bvns



『充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない。』

とあるSF作家が定義した法則の一つを、グラハム・エーカーは思い出す。
この身を切る夜風はとても涼しげで心地がいい。やや強めの向かい風を受けながら、グラハムは思考の海に身を沈める。
例えば、ある意味では自分もまた『魔法』が一般的な世界に生まれ育ったとも言えるのでは無いだろうか。
地球と宇宙を結ぶ、巨大な軌道エレベーター。各国の兵士たちが駆る人型起動兵器、モビルスーツ。
その中でも特別な存在であるガンダム、それの心臓部である太陽炉。
彼にとって常識であるこれらの存在は、過去の人々にとってはまるで空想の中のマジックアイテムのように見えるのでは無いのだろうか。
そう、数百年前に日の本の地を駆け抜けた戦国武将と呼ばれる人々にとっては、特に。
……最も、流石にそんな人間がこの会場にいるとは思えない。あくまで、もしいたとしたらの話ではあるのだが。

(乙女座の私としては、ロマンチズムを感じずにはいられないな…)
「グラハム! 何かが見えてきたぞ、あれがギャンブル船では無いのか?」

微笑を浮かべながら物思いに耽っていたグラハムは、同行者の声によって現実に引き戻される。
可愛らしい少女が小さな手で指さす上空を見てみれば、木々の間から宵闇に浮かび上がる巨大な船影が覗いていた。
ライトアップがされているのだろう、おぼろげに浮かび上がるその姿は一種異様な威圧感すら感じさせる。
だが、今は自分の腕の中にいる小さな同行者―天江 衣にとってはそうでは無いらしい。

「ギャンブル船では、麻雀が出来るかな…? 衣は早く、沢山友達を作りたい!」

サラサラとした金髪をたなびかせながら、衣は楽しげに柔らかな黄色いマスコットを抱きしめる。
年相応に無邪気なその行動は、まるでテーマパークへ行くのが待ち切れない子供のようであった。

(こんな状況でなければ、心を和ませる光景なのだがな)

衣に気づかれぬように小さくため息を付きながら、グラハムは己が手の先にある『モノ』に意識を集中させる。

グラハムは、『魔法』という不可思議な物の存在を信じている訳では無い。
確かに、そのようなファンタジックな概念自体は彼にとっては好ましい物ではあるが、かと言って現実に存在するのかと聞かれれば否と答えるだろう。
『我々は金で魔法を買った』
遠藤という、この殺し合いの進行役を名乗った男が告げたそれは、ある種の名言ではある。
しかし、ただのハッタリにしか聞こえない事もまた事実。
そんなオカルトありえません、などという声がどこからか聞こえてきそうだ。

だが、グラハムは『魔法』とも言うべき事象に遭遇してしまった。目の前で、まざまざとそれを見せつけられてしまったのだ。

「それにしても、お前は凄いな。電光石火、疾風怒濤! もう目的地に目前にまで迫っているぞ!」

キャッキャとはしゃぎながら、衣は背後の男が駆っている『モノ』の首を撫でてやる。
その手付きがくすぐったいのか、はたまた心地良かったのか。衣の手に反応して、『モノ』はブルリと震え、小さく嘶いた。

その『モノ』――いや、仮にも生物に対して『モノ』と呼ぶのは失礼に値するだろう。
その『生物』は、『馬』。赤い装飾をその身につけた、巨大な軍馬。
天江 衣に支給された支給品の一つ、であった。



それと邂逅したのは、トンネルの調査を終えてギャンブル船へと向かおうとした直後の事。
沢山の友達がいる世界を作る、そう豪語して足取りも軽やかに先を行く衣の背中を見送った時にその異変は起きた。

衣が背負ったディパックの口から、突如として馬の首が生えたのだ。

これには流石のフラッグファイターも度肝を抜かれた。
しかも、生えてきた馬の首はどうやら生きているようであり、徐々にその体をディパックからはみ出させていく。

『な、なんだ? 急にディパックが重く…なんだ!? グラハム、衣のディパックはどうなってる!?』

と怯えた様子を見せるディパックの主の事などお構いなしに、馬はその身を窮屈だったであろう空間から脱出させ、晴れて雄大な大地へと帰ってきた。
ある意味、少女による馬の出産という異常な光景を最初から最後まで見せられたグラハムも、
重さから解放された事でようやく後ろを見て、突如として現れた馬の姿を認識した衣も、ただ茫然と目の前の光景を見ていることしか出来ない。
ディパックから馬と同じくひらひらと飛びだして、足もとに流れ着いた紙切れ―――
『武田軍の馬。天下が誇る武田騎馬隊の要。こちら側で特別に躾けた為、素人でも乗りこなすことが可能です』と書かれたそれにグラハムが気づいたのは、数分ほど後の事であった。


ギャンブル船は、エリアB-6の北部、廃村の港部分に当たる場所にしっかりと存在していた。
ここに至って、トンネルに続きギャンブル船もまた地図通りの場所に設置されている事が判明する。
とは言え、まだ確認が取れたのが二つきり。
もう二~三の施設をこの目で確認するまでは、『各参加者の地図の情報に差異がある』という仮説を否定するには尚早だろう。
タラップから船内の駐車場に侵入し、ひとまず適当な場所に馬を止めながら、グラハムはこの先の予定を考える。
経緯はどうあれ、支給品の中に馬が合ったのは僥倖と言えるだろう。 
バイクや車などとは速度面では比べるべくもないが、先ほどまで自分達がいたような森や山のような悪路を進むには都合がいい。
同行者が衣のような小柄な少女である事もあって、二人乗りでもなんら移動に支障がない事は今しがた確認したばかりだ。
支給された地図に情報操作がないとすれば、この会場の半分以上は舗装もされていない自然のままであるようだし、
これから先は地図内の施設を回ろうと計画しているグラハム達にとっては願ったりかなったりだろう。
だが、一つだけ。

「グラハム。この馬は、ここに置いて行くのか?」

説明書きの通りに良く躾けてあるのだろう。
見知ったばかりの主の命令ですらも忠実にこなし、素直に駐車スペースに佇んだままの馬を撫でてやりながら、衣が不安げに尋ねた。
彼女の言わんとしている事はわかる。船内まで馬に乗って行く事は流石に出来ない以上、一旦適当な場所に留めて行く必要がある。
だが、起動にキーが必要な車類ならいざ知らず、ただの馬がむきだしに置いてあるのでは、他人に奪われる恐れも大いにあり得た。
しかし、こればかりはどうしようもない。

「仕方ないだろう。こればかりは、運を天に祈るしかあるまい」
「………そうだな。いいか、知らない人間に付いて行ったりしてはダメだからな。 衣達が帰ってくるまで、いい子で待ってるんだぞっ」

グラハムの言葉に一瞬悲しげに眼を伏せた衣であったが、すぐに馬を元気づけるかのように笑顔になり、そう呼びかける。
呼びかけを受けた馬の方もまた、それに答えるかのように少女へと顔を寄せた。
互いに、随分と懐いてしまったようだ。

「わっ、こらっ…くすぐったいぞ」

叱るような声をあげた衣の方もまた、その表情は輝くような笑顔だ。
殺し合いという血なまぐさい場所において、なんとも心を和ませる微笑ましい光景に一瞬頬が緩むが、
ふとグラハムは衣の腕の中にいる黄色いマスコットへと視線を向ける。
衣の体より一回り小さい程度のそのぬいぐるみは、小さな黒い帽子に眠ったような目で微笑みを浮かべていた。
『チーズくんのぬいぐるみ』、というのがそれの名前であるらしい。軍馬がディパックから飛び出してきた際に、
一緒にこぼれ落ちてきたのが発見のきっかけとなった。
かなり大きめのそれは小学生程の体型の少女にはかさばる荷物であるが、彼女は決してそれを離そうとはしなかった。
と言っても、それは単純にこの可愛いマスコットが気に入ったからという理由では無いようだが。

『このぬいぐるみは、【しーしー】という参加者の大切な物らしい。だったら、衣がその人に届けてあげて、衣と友達になってくれるようにお願いするんだ!』

ぬいぐるみについての説明書きを読んだ後の衣の言葉だ。
その身に抱きながら離そうとしないのは、そうしておいた方が【しーしー】…もとい、【C.C.】なる参加者が見つけやすいからだろう。
グラハムとしては何度か説得も試みてはみたが、彼女の意志は固かった。
詳しい事はわからないが、ぬいぐるみが縁で友達を作る、という事になんらかの拘りがあるように思えた。
ともかく、押し問答を続けても仕方あるまい、とグラハムの方が先に折れる事になったのだが………。

閑話休題。気になるのは、それとは別の事だ。
先ほども述べたように、このぬいぐるみはかなりの大きさだ。
そう、馬はもちろんの事、このぬいぐるみ単体でも他の基本支給品と共にディパックの中に詰め込める物では無い。

(容量がほぼ規格外のディパック、か……これは超高度に発展した科学の産物か、それともマジックアイテムなのか…)

苦しい仮説を立ててみるならば、主催側にはかのイオニア・シュレンベルグのような超天才が協力者として技術提供を行っている、と見る事も出来るが、
判断材料が少なすぎる現時点では、それこそ実際に『魔法使い』が協力している、という仮説と信憑性は変わらない。
もしもこの場に、己が親友であるビリー・カタギリがいたならば、もっと正確な予測を立ててくれたかも知れないが、結局は無い物ねだりだ。

「何をしているんだ、グラハム? 早く先を急いで、麻雀をしに行こう! ルールは衣がちゃんと教えるから心配しないでいい!」

そんな事を考えている内に、幼い相方は痺れを切らしてしまったらしい。
大きなチーズくんを抱きしめたまま、急かすように足踏みをしてこちらを見ている彼女にやれやれと苦笑を浮かべると、
グラハムは衣を伴って船内へと足を踏み入れた。


地図上には『ギャンブル船』と記されていたこの施設であったが、どちらかと言えば『豪華客船』と呼んだ方が差し支えがないのではなかろうか。
廃村の港にて外観を眺めた時から感じていたが、この船は途轍もなく広大だ。
途中途中で、『順路・ギャンブルルームはこちら』と書かれた表札がなければ、特定の目的地にたどり着くのは困難であっただろう。
逆を言えば、この船の適当な客室に紛れ込んでみれば、追手を撒く事も出来るのかも知れないが。
閑話休題。表札の道案内が存在していたお陰か、グラハム達はすぐにギャンブルルームへとたどり着く事が出来た。
上部に『ギャンブルルーム』と書かれたシンプルな看板を携えた、巨大な両扉を前にしてグラハムはそのノブに手をかけた。

ゆっくりと、そのドアを押し開く。いざという時の為に、片手にはコルト・パイソンが握られている。咄嗟の事態にも対応は出来るだろう。
少しずつ広がっている隙間から、部屋の中の様子を窺う。
扉の巨大さと同じく、そのホールもまた巨大な空間が広がっていた。
人間がゆうに百人は入るのではないかと思わせるスペースに、幾つか遊戯台らしきものが見える。
吹き抜けとなっている高い天井に、二階部分へ登る階段までが見受けられる。
上にもまた、別の遊戯台が用意されているのか、それとも全く別の何かが待ち受けているのか。

そして、観音開きになった扉の向こうから、乾いた破裂音が耳に入ってきた。
――――パン、パン、パン、パン。
しかし、それは命を刈り取る為の凶弾が放たれる音では無い。

「ようこそ、ようこそ…………!」

若い男の声が聞こえる。グラハムの物とは別の第三者によるものだ。
破裂音と声、双方の発信地はホールの中央部から――そこに、一人の男が立っていた。

「ここはギャンブル船……希望の船『エスポワール』のギャンブルルーム……!」

黒づくめのスーツに、真っ黒いサングラス。とても堅気の者には見えない服装をした男が、パン、パンと手を鳴らし続けながら口上を続けている。
そして、その首には、首輪が存在していなかった。
それに気づいたグラハムの目が僅かにしかめられる。参加者全員に枷として嵌められている筈の首輪、それがないという事は即ち―――

「私は、このギャンブルルームにて……ディーラーとして、本部から派遣された者だ……!
参加者間で行われる、ギャンブルの監視役としての命も受けている……!」

グラハムの脳裏に浮かんだ疑問を即座に見抜いたかの様に、黒服の男は自分の立場を説明する。
ここに至って彼はようやく拍手を続けていた腕を止め、ホール内に設えてある様々な遊技台を指し示し始める。

「ここにはありとあらゆるギャンブルが揃っている……! ルーレットやポーカー、ブラックジャックのようなメジャーな物も……!
花札やチンチロリン、チェス、麻雀などもある……! 麻雀については、パソコンを通じてのネット麻雀も完備している……!」

麻雀、という言葉に反応するかのように、衣のリボンがピクンと動く。
黒服が指し示した台を見てみれば、確かに見なれた麻雀台が存在していた。

(やっぱりここでは麻雀が出来るんだ…! 衣にも、色んな友達を作れる場所があるんだ!)

少女の喜びを如実に表すかのように、リボンがゆらゆらと揺れ動く。
感激のあまり普段以上にきつく抱きしめられたチーズくんは苦しそうにも見えたが、今ここにそれを気にする人間はいない。

「他にも、オリジナルのギャンブルとして…! Eカードに、特設ルームにて行われる『勇者の道』(ブレイブ・メン・ロード)…!
女性参加者限定だが、特別な水着を着用した上での、水上アスレチックレースなども用意させてもらった……!」

黒服は、ただ淡々と説明を続ける。
Eカード、という言葉と共に指さされたのは、『先攻』、『後攻』、そして『皇帝』、『奴隷』、『距離』などという奇妙な言葉と表が描かれているホワイトボードだ。
そしてまた、ホールの奥の方を見てみれば、傍に『この先、特設会場』と書かれた立札のあるドアがあるのが確認できた。
『勇者の道』(ブレイブ・メン・ロード)、そして水上アスレチックという物の詳細は分からないが、
何やら大がかりな設備が必要なギャンブルという事なのだろうか。
女性限定、という枕詞に主催側のいささか無粋な思惑を感じ、グラハムの顔が微妙に歪んだ。


「また、このギャンブルルーム及び特設会場でのみ…参加者間での戦闘行為はすべて禁止とされている……!
このルールに違反すれば、その時点で首輪が爆破される……! それには、ディーラーに対する攻撃も含まれている……! 妙な気は起こさない事だ…!」

そう言う男の視線は、グラハムの片手へと注がれている。そこに、自分を殺しうる拳銃があると知った上での警告……いや、脅迫か。
癇に障る部分が無いわけではないが、無理を通して命を散らすのはそれ以上に馬鹿馬鹿しい。
無言のまま、グラハムはコルト・パイソンをディパックの中へと仕舞った。
戦闘行為が全て禁止されているという事は、裏を返せば自分たちの身の安全も保障されているようなものだろう。
よほどの事がない限りは、主催側から自分達の命を奪う可能性も低い。

「しかし、だからと言ってここは避難場所でも、休憩場所でもない……!
 ギャンブル中などの理由がある場合を除き……ただ単にここに留まり続ける事は許可しない……!
 そのような行動が見られた時は、力づくでの強制退去…最悪の場合は首輪の爆破も視野に入れている…! くだらない希望は、捨てておく事だ…!」

付けくわえるように更なる警告を行い、男は僅かでも殺し合いから逃れられる術を潰す。
主催者は、どうしても自分達に心休まる時間と場所を提供したくない心づもりのようだ。

「そう、この空間での勝負は全てギャンブルにて行われる……!
 ランダムに参加者に支給された、ペリカさえあれば…また、それが無くとも別の代償を払えば…!
その時点で、何者であろうとギャンブルに参加する権利が与えられる…!
 ここは、ありとあらゆる逆転(ミラクル)が起きうる場所……! 起死回生の一手によって、奴隷が皇帝を打つ事も……!
 身体的強者を、身体的弱者が思うまま蹂躙する事さえありうる……!」

両手を広げながら、黒服は更にルール説明を続ける。
この殺し合いの舞台に置いて、異彩を放つ『ギャンブル船』の特別ルールを、初めてのルーム入場者たる二人の参加者へと解説する。

「改めて歓迎しよう、グラハム・エーカー、天江 衣……! ようこそ、希望の船『エスポワール』のギャンブルルームへ………!」

再び、男の両手が一つに重なり、数回ほどの乾いた音がホールに響く。
それを最後に、ギャンブルルーム内を沈黙が支配する。物音一つしない静寂。
静かな事が逆に耳に痛い事もあるのだと、ふと衣はそんな事を思った。
「……幾つか質問したい事がある。いいだろうか」

銃を仕舞い、丸腰となったグラハムが黒服へと尋ねる。
しばらくその顔を見つめていた男は、ゆっくりと頷いて口を開いた。

「答えるかどうかはこちらで判断させて貰うが、それでも良いのならば聞こう…」
「それは僥倖。こういった状況では、僅かなりとも情報は貴重だ。ありがたく情報収集をさせていただこう」

ふ、と浮かべた微笑は主催側への皮肉が込められた物なのか、それともただ単に喜びから洩れた物なのか。
二人の会話を横で眺めることしか出来ない衣には、判断は出来なかった。
なんとなく、チーズくんに半分顔をうずめる。

「まず、一つ。ここにいるディーラーは、貴方一人だけなのか?」
「……主催側から派遣された人間は、俺一人きりだ」
「ふむ……それは妙だな。たとえば、これは純粋な疑問から尋ねたいのだが…
 複数人の参加者がここに現れ、不意を打ち、悪意を持って貴方に襲い掛かったとして…即座に全員の首輪を爆破する事が出来るのか?」

そう言いながら、グラハムは目の前の黒服の男を検分する。
服装や立ち居ふるまいから言って、少なくとも堅気ではなく裏…たとえば、ヤクザやマフィアなどに属していそうな雰囲気は持っている。
が、かと言って武術武道の達人に見えないのも確かだ。
常人ならばともかく、グラハムのような訓練を受けた軍人複数相手に対応しきるのは、不可能なように思えた。
だが、そんな質問を受けても黒服の顔色は変わらない。

「確かに、俺一人では不可能だ……だが、首輪爆破の指示を出すのは、俺では無くここを監視している外部……
 つまりは、本部の人間だ…たとえ俺を殺したとしても、参加者達の末路は変わらない…!」
「監視……だと?」

思わず、ルーム内へと目を走らせてみれば、天井や壁など数か所にカメラが設置されているのが程なく見つかった。
ここの部屋の状況は、逐一リアルタイムで殺し合いの主催側へと流れているという事か。
ぞっとしないな、と思わずグラハムは肩を竦めた。

「しかし、それでもたった一人でここのディーラーを務めるのは骨が折れそうだな。
 今回は二人きりだったからいいが、それ以上の大人数がここでギャンブルを始めたとすればどうする?」
「問題ない……人間は俺一人だが、協力スタッフはちゃんと用意してある……!」

黒服の男がしばらく懐の中を探り、そこから小さなベルを取り出す。
それをリン、と涼やかな音で鳴らせば、数秒もしない内に上、ホールの二階部分からガタゴトという物音が聞こえてきた。
何事かと二階へと続く階段を見てみれば、サッカーボール程の球体がこちらへと向かってくるのが目に飛び込んでくる。

『ハロ、ハロ』
『ギャンブル、ギャンブル』
『ザワ、ザワ』
「うわぁ……!」

それも、大量に。色取り取りの、おもちゃの様な球体が、羽のような両サイドの板を動かしながら飛行したり、転がったりしながら降りてきていた。

「ぬ、ぬいぐるみが動いてる!? 凄い、あんな物衣も見た事がないぞ!」
「MS……ではないな、流石に…小型の、ロボットか?」

ある意味ファンタジックな光景に、子供っぽい精神が刺激されたのだろう。衣は目を輝かせながら転がってくる球体達を眺めている。ぴょんぴょんと跳ねはじめたりもする始末だ。
対するグラハムは、多少驚きはしたものの冷静だった。
元より巨大なMSが闊歩する世界にて生まれ育った身であり、小型ロボット程度の科学技術ならば見慣れている。
そもそも、この球体ロボットはグラハムと同じ世界から集められた存在なのだが、グラハム自身はその事を知る由もない。
黒服は、自分の足もとに転がってきた適当な一体をつかみ取り、解説を続ける。

「ギャンブルの監視、及びディーラーはこの小型AI、『ハロ』達も行う。人員的問題は全てクリアされている……!
見ての通り、これらにはまともな手足が無いが…」
『ウソ、ウソ! テアシ、アル! テアシ、アル!』

その説明が気に入らなかったのか、手の中のハロはバタバタと暴れ、やがて上下の両サイドからニュッと小さな手と足を生やした。
予想外のギミックに衣が「おぉ…!」と歓声を上げたが、それらを意に介さないままに黒服はハロをホールの奥へと運んで行く。
そして、ホールの隅に並んでいたロボットらしい物体の上部、半円状の穴のあいた部分に腕の中でジタバタと暴れるハロを押し込んだ。

『ハロ、ハロ! ガッタイ、ガッタイ! ゴー、ゴー!』

ロボットと接続されたのに反応し、ハロの両目が赤くチカチカと輝く。
それに合わせてモーター音のような物が聞こえだし、やがてそれまで全く動かなかったロボットがゆっくりと立ち上がった。
頭部を排除した人型のような姿をしたそれは、何度か確認するように両腕を動かし始める。
それを見届けた黒服は、再びグラハム達の前へと戻り、ハロが搭載されたロボット、小型MSもその後に続く。

「この通り、ハロを搭載する事の出来る小型MSによってそれを補う…! 各種ギャンブルのルール、テンプレートは既にプログラミング済みだ…!」
『トランプ、キル! トランプ、キル! シャッフル、シャッフル!』

ハロの方はパフォーマンスのつもりなのか、手近な遊技台にあったトランプを手に取るとその場でシャッフルを始める始末だ。
しかし、グラハムの目から見ても、その手付きは鮮やかでありAIのプログラミングには見えない程なのも事実。
ふと傍らの衣の様子を見てみれば、まるで魅入られたかのように感心した表情でハロのトランプさばきを眺めていた。

(全く、良くも悪くも子供らしい)

一瞬だけクスリと小さく笑みを漏らし、本人が聞けば再び激怒しそうな事を考えながら、グラハムは黒服の男へと視線を戻す。

「ここがギャンブルルームとして問題なく稼働出来る事は理解した。
 そして、ギャンブルを行うためにはランダムで支給されたペリカが必要らしいが…
 それを増やすことが出来たとして、メリットが得られるのは優勝後に限定されてしまうのではないか?」
「いや、それだけに留まらない……!
優勝後に限らず、この会場において、所持ペリカを増やす事によるメリットはちゃんと存在している……! これを見てみろ…」

グラハムの疑問に首を振って答えた黒服は、すぐ傍の遊戯台の上に置いてあった一冊の分厚いファイルを差し出す。
ずっしりとした重量のあるそれを捲って見れば、まず最初に飛び込んできたのは黒光りする拳銃の写真がいくつかと、
それぞれにつけられたネームプレート、そしてペリカ表示の札だった

『トカレフTT-33』 【800万ペリカ】
『デリンジャー』 【600万ペリカ】
『ベレッタM92』 【900万ペリカ】
『RPG-7(グレネード弾×3、煙幕玉×2付属)』 【2500万ペリカ】…………

「なるほど、ペリカと引き換えに武器となる銃器を購入できる、と……」
「銃器類は、特別な付記がない限りは装弾数分の弾丸も込みで支給する……! ただし、それ以上の予備弾丸、弾倉はまた別途購入してもらう……!」

解説を聞きながら更にファイルを読み進めてみれば、後半に行くにつれて奇妙なアイテムまで見受けられるようになってきた。
曰く、桜ヶ丘高校軽音部のデモテープ、特殊繊維製伸縮自在の水着、ピザハット特別ピザ詰め合わせセット、etc,etc……。
殺し合いに何ら役に立つとは思えないそれらは、やはり価格設定も【5000ペリカ】、【100ペリカ】、【1ペリカ】などと極端な値段が付けられている。

「銃火器の類…殺しあいにおける重要度が高い物であればある程高額という事か。合理的かつ分かりやすくはあるが、それにしても随分と暴利だな」
「価格設定に対する不満は受け付けない……!」

やれやれ、にべもない―と一通り目を通したファイルを閉じた後で肩を竦める。
さて、どうしたものか。先の馬の件もあり、衣と共に自分の支給品を確認してはみたが、ペリカらしき物は入ってはいなかった。
銃火器類の購入、という特典は魅力的ではあるが、先立つ物がないのでは意味がない。
ならば、ここは素直に退出するという選択肢しか――


「………グラハム。衣は、ここでは麻雀が出来ないのか?」

傍らから聞こえた、消え入りそうな小さな声。
見てみれば、いつの間にか遊戯台に積み上がっていたトランプタワーを前に泣き出しそうな瞳の少女が存在した。

『ハロ、ハロ?』

早くも二個目のトランプタワーを完成させようとしていたハロが、気遣うような声を漏らす。
しかし衣はそれに応じる事もなく、ただグラハムをじっと見つめていた。

「衣は……友達を、作れないのか……?」

きゅ、と可愛らしい迷子のマスコットを抱え、まるで捨てられた子犬のような眼差しを向ける様は、その手の筋の人間が見れば理性を一瞬で剥ぎとっていたであろう。
だが、グラハム・エーカーはそのような特殊性癖を持ち合わせてはいない。

「残念だが、そうなるな……ペリカという元手がない以上、ここで麻雀を打つ事は出来ない。
 いや、そもそも同行している我々同士でギャンブルを行った所で大して意味がないというのも実情だ」
「ペリカやギャンブルなんてどうでもいい! 衣はただ、グラハムや他の誰かと麻雀で遊びたいだけなんだ! ……それでも、ダメなのか……?」
「……………これは難問だな」

幼い少女の健気な訴えを聞き、流石にグラハムの良心が痛みを覚え始める。
しかしこればかりはグラハムがどう努力した所でどうにかなる問題では無い。
ならばどう説得した物か……おねだりしてくる娘のあしらい方の重要性を、こんな状況下で嫌という程に身につまされるとは、流石のフラッグファイターも予想出来なかった。


「………ペリカが無くとも、ギャンブルをする方法はある…」
「…っ、それは本当なのか!?」

気まずい沈黙を破ったのは、意外な人物。
このギャンブルルームの主とも言える、黒服の男が告げた言葉を聞き、衣の顔に笑顔が浮かび、グラハムの顔に驚きが浮かんだ。

「最初に言っていただろう……。 ペリカが無くとも、別の代償を払えば、ギャンブルへの参加資格は与えられる……!
その代償は、天江 衣…お前だけでなく、一人を除き参加者のほぼ全員が払う事の出来る物だ…」
「じゃあ…じゃあ、今の衣でも麻雀を打てるんだな! あ…けれど、グラハムの言うとおり、私とグラハムとがギャンブルをしても詮無き事……」

太陽のような笑顔を見せた衣だったが、すぐに先ほどグラハムに教えられたもう一つの問題に気づき、再び顔を曇らせる。
グラハムと衣が一つのグループとなっている以上、そのグループ間でペリカやそれに準ずる物の遣り取りをしてもメリットは得られないのだ。
だが、それに対しても黒服は一つの対案を提示する。

「問題は無い……ギャンブルは参加者間で行われるだけでなく、こちら側……主催側と行う事も出来る……
 麻雀に関して言えば…こちらで3人までメンツを用意する……そのメンツを下す事が出来れば、点数に応じたペリカを与えよう…!」

男の説明に応じるかの様に、ハロを接続した三体の小型MSが麻雀台の近くへと移動し始める。

『ワハハ、ワハハ!』
『ウム、ウム!』
『タコスダジェ、タコスダジェ!』

ぱたぱたと頭部側面の板を開閉させながら、紫、黒、橙のハロがそれぞれ奇妙なセリフを飛ばす。
なんだかどこかで聞いたような記憶があるように感じたが、衣はそれを疑問に思うだけの余裕はなかった。
その心に満ち満ちている物は、深い喜び。

――衣の友達が、増やせるかも知れない!
『ヤッタネ、コロモ! ヤッタネ、コロモ!』

衣の感情を察したかのように、トランプを自由自在に操っていた先ほどのハロが賞賛の声を上げた。
うん、と嬉し涙まで浮かべながら元気よく頷いた衣は、トテテと可愛らしい足音を立てながら麻雀台まで向かおうとし、

「―――――失礼」
「ふにゃっ!?」

その腕を、他ならぬ同行者の手によって掴まれた。
小さく告げられた謝罪の声に含まれていた緊張に気づかぬまま、衣は思わずグラハムの顔を睨みつけた。

「何をするんだグラハム! グラハムは、衣が衣の友達がたくさんいる世界を作るのを邪魔する気なのか!?」
「誓ってそんなつもりは無い。だが、それをするのはもう少しだけ待っていて欲しい。…肝心な情報をまだ聞いていない」

少女を強引に引きとめた軍人の視線は、しかしてその少女へは向いていない。
グラハムが見ているのは、少女では無く、ある意味でこの事態を作り上げた張本人。
ギャンブルルームのディーラーを名乗った男を見据えた表情は、その奥底に僅かな怒りすら感じさせる。

「改めて尋ねよう。『参加者のほぼ全員』が支払う事が出来る、ペリカの『代償』とはなんだ?」

グラハムが思うに、それはそう簡単に払える物では無い。
優勝後の換金制度や、このギャンブル船にて行われる景品交換制度を見てみても、ペリカという存在はそれなりに貴重な物だ。
だと言うのに、『誰でも払える何か』を用いれば容易にペリカを手に入れるチャンスが来るとは、この悪趣味な殺し合いの主催者にしては虫が良すぎる。
ならば、何らかの裏があると見るのが妥当……では、その裏とは何なのか?
それがはっきりしない限り、この純粋な幼い少女の身の安全が保障されない限りは、麻雀開始を認めるつもりはない。

そして、その問いに対して黒服が口を開きかけるの当時に、車輪を回すような軽い音が部屋の中を駆け巡った。
一同の視線が、その音の発信源へと注がれる。

『ハロ、ハロ。ジュンビ、ジュンビ』

音の正体は、車輪の移動音。その何かを、麻雀台へと運んでいるのは、先ほどまで衣を楽しませていたトランプのハロだった。
彼が持っているのは長いシャフト部分。細長いそれの先にはポリビニールの袋のような物が付いており、またその反対には、鋭い針。
ハロのもう片手にはなにやら機械らしき物が抱えられており、目的地へとそれらを運び終わるのと機械と細長いそれの接続作業を始める。

なんだっけ。あれ、衣も見た事がある。
そうだ、昔、病院なんかで――

「………代償として払ってもらうのは、『血液』だ」

先ほどまで嬉しく飛び回っていた心臓が、氷のような腕で握りつぶされた気がした。

「レートは10万ペリカ=10cc……参考までに言えば、人間の場合、平均として2000ccの採血までは可能であるとされているな……。
しかし、血液をそのままペリカに換える事は禁止する……ペリカが配布されるのは、あくまで勝負に勝利した後…結果が出た時点で、血液の採取もしくはペリカの配布を行う…」
『サイケツ、サイケツ』

ハロの無邪気な機械音声が、淡々とした説明に続く。
先ほどまではあんなに可愛らしく見えたロボットが、急に無気味な存在へと変貌を遂げたようだった。

「また、代償を血液以外に限定しているギャンブルもある……たとえば、このEカードは…」
「もういい。もう、それに関する説明は結構だ」

尚もギャンブルについての解説を行おうとするディーラーを、強引に押しとどめる。
『このギャンブルルームでの戦闘行為は禁止』。その意味がようやく理解できた。
ここは決して安全地帯などでは無い。ただ、命を奪うための手段が、『戦闘』では無く『ギャンブル』へと形を変えただけの事だ。
もしかしたら、既にギャンブルが原因で血を奪われ、命を失った哀れな参加者もいるのかもしれない。
………これ以上、おぞましい話を聞くのは沢山だ。

(何よりも…これ以上この子を傷つけたくはない)

ほんの数分前まであんなに求めていた場所を呆然と眺めている少女に心を痛めながら、グラハム・エーカーは苛立ちに奥歯を噛みしめた。


「……次に訪れた時には、ペリカを用意できている事を期待する…」

ともすれば皮肉に取れるような黒服の声にも振り向く事は無く、グラハム・エーカーは天江 衣の手を引いてギャンブルルームから退出していった。
残された一人の男は、仕組みに従いゆっくりと閉じた扉の音と立ち去って行く二つの足音を聞き届ける。

『カタヅケ、カタヅケ』
『ワハハ、アトシマツ、アトシマツ』

ふと聞こえてきた別の声に反応し、麻雀台の方を見てみれば、先ほどまで集まっていたハロ達が麻雀牌や採血器具の回収を行っているところだった。
しばらく何とはなしにそれを見ていた黒服だったが、やがてハロ達に一つの指示をだす。

「いや、片づけるのはいい…それよりも、参加者がいつ来ても対応できるように採血装置の用意だけを済ましておけ……」
『ハロ、リョウカイ、リョウカイ!』

命令を忠実に聞き届け、手分けして各遊戯台に採血装置をセットし始めるハロ達を見ながら、苛立たしげに舌打ちを一つ打つ。

無理もない。この黒服とて、こんな殺し合いの会場にたった一人で飛ばされた事に対して大きく不満を持っている。
主催者側の人間として、先ほどここを訪れた二人をはじめとした全参加者のパーソナルデータはしっかりと頭に入れてある。
つまりは、この会場には知性を持たない巨大な化け物や、簡単にこの船すら破壊する事の出来る危険人物がいる事を、彼はしっかりと理解している。
首輪による拘束が無くとも、その命は参加者と変わらず風前の灯……!
自分の身の安全は、このギャンブルルームでのみ保障されている。 
もしもここから出てしまえば、脱出などを考えてしまえば…遠からず待っているのは、無残な死…! デッドエンド……!
その事実を、彼はよく知ってしまっているのだ。

この場所に派遣されたのが、彼一人だけなのもそれが理由だ。
命を落とす危険がある場所に送り込む人間はたった一人で十分…帝愛はそう判断を下していた。
では、なぜそのスケープゴートにこの男が選ばれたのか?
理由は簡単だ。仕事上でミスを犯し、組織から切り捨てられた。ただそれだけの事。

帝愛が定期的に主催するギャンブル大会、それに参加したとある参加者がいた。
どうにかそれに勝ち残り、僅かながらも富を勝ち取ったはずのその参加者だったが、ツキがまだ自分にあると思い込んでしまったのか…軽率な行いから一つミスを犯してしまった。
大手を振って仲間の元へと帰ろうとした道すがら、魔が差してしまったのか別の賭博へと手を出し、せっかく得た富を全て失ってしまったのだ。
原因は『賭け麻雀』。見事にカモにされたその人物は、最早見る影も無かった。
余りにも情けなさすぎる結末。その参加者を元の場所まで送り届ける役目を負っていたこの黒服は、見るに見かねた結果、無償で自分のポケットマネーを参加者に与えてしまった。
それが、いけなかった。この帝愛の体質と最も相反する行動を取ってしまった男は、(当時の)会長の逆鱗に触れ、降格・左遷の処分を受けた。

そうした結果が、今現在の状況だ。
いつ自分の命が尽きるかもわからない会場内で拘束され、ただ参加者とギャンブルを命じられた損な役回り。
ペリカ交換用の武器類を強奪し、本格的に帝愛に反旗を翻す道もないわけでもない。
だが、それはあまりにも現実的では無い。帝愛で働いている男は、帝愛の巨大さ…恐ろしさ…決して逃げられぬ事の出来ぬ、その組織力をよく知っている。
故に、反抗を企てる気など起きる筈もない……ただ、命じられた仕事をこなし、汚名返上を図るしかない。

もしも、途中でその命を失った場合には、同じように切り捨てられた帝愛の役員が来るのか、それとも補充などは行われないのか…それは彼にもわからない事だ。
しかし、まだ完全にその命が散らされると決まったわけでは無い。
怒りや絶望を押し殺し、ギャンブルルームの主はまた新たな参加者を待ち、ゲームの終了を待ち望む。
この場から生き残れば、あるいは再び返り咲く可能性が生まれるかも知れない。
それもまた、一つの逆転(ミラクル)………。




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051:衣 龍門渕のロリ雀士 天江衣 079:大逆転物語 -THE MIRACLE OF THE ZONE- (2)
051:衣 龍門渕のロリ雀士 グラハム・エーカー 079:大逆転物語 -THE MIRACLE OF THE ZONE- (2)


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最終更新:2009年11月22日 11:41