「 」に挑む意思 ◆0zvBiGoI0k



陽が高々と昇る時刻においても、この街は静寂に包まれていた。


人々のざわめきも、自動車のクラクションも、この世界には無用だ。
コンクリートの樹木が林立していながらその森の住人である人間の姿はない。
この街で、周囲のあらゆる人工物の群れの中で、人間という存在は完全に消え去っていた。

……いや、訂正しよう。確かにこの『会場』内に人間は存在する。会場の広さに反して非常に数は少ないが確かにここには命が在る。
もっとも、あと1日も経過すれば本当の意味でこの場は無人となるだろう―――60余の骸を残して。

そんな無人の市街に足音もなく歩み続ける長身の男。街中が陽に照らされる中、その男の周囲のみが光を避けているかのように周囲が沈殿していた。
日差しのある昼に全身黒衣はそれだけでも目立ちやすいが、それ以上の存在感をもって魔術師―――荒耶宗蓮はそこにいた。



主催者の一因たる禁書目録からこの殺し合いに積極的に参加、もしくは参加者を扇動するよう要請を受け、
手始めに琴吹紬をその道へ引き込んだ後、荒耶は北の橋へと向かっていた。
「死の蒐集と観察」という表向きの目的を通すため、望ましくない積極的な活動を強いられた荒耶だが、実の所この要請は僥倖ともいえた。

東側には荒耶の真の目的たる両義式がいる。それを悟られぬようあくまで偶然を装い遭遇するという慎重な行為が必要とされていた。
だが計らずも他ならぬ主催者側から式を捕らえる機会を荒耶は得たのである。
より殺し合いを促進させようとするなら参加者の過半数が集まる東側へ赴くことはごく自然のこと。
同じく東側にいる式へと無理なく接近できる。
一気に近づいた自らの目的を達成するべく、だが決して焦ることなく歩を進めていく荒耶。
このまま悲願を成就せんと改めて鋼の意思を固めた矢先に、



「―――!」



それは、掛け値なしの不意打ちだった。突如体が、正確には体内の魔術回路が突如痙攣をする。

「……これは」

驚愕する荒耶。だが原因そのものは彼には、魔術師には慣れ親しんだ感覚だ。
この会場の、自身と主催側にとって重要な箇所に張り巡らした幾つもの結界の1つ、
そこに何者かが近づくと自身にそれを知らせる、 いわば警報ブザーとして機能するよう備えた結界が破られた。「場」ごと力ずくで破壊されて。
強引に式を打ち破られたフィードバックにより魔術回路が乱脈に陥いったのだ。

荒耶は瞬時にこの事態について思案を組む。結界が壊された。即ちその場にある決して悟られてはならないもの―――例えば魔術師の工房へと続く『門』の存在―――
を参加者に知られる事に他ならない。

すぐさま結界を崩された場所を探ろうと身を隠し意識をその場へ飛ばそうとして、その必要のないことに気付いた。
遠くに聞こえる崩落の音。視界から消えていく建造物。

「―――安土城か」

予想の通りの結果に―――表情は変わらないが本人にしてみれば―――苦虫を噛み潰した顔になる。
確かにあそこには自身の工房に繋がる『門』が設置されている。
その気になれば無意識にそこへ近づくことを禁じさせる結界を作成することも出来たが、誰も近づかないようにしたらそこに施設を建てた意味がない。
故に術者に警告する程度の弱いものしか張ってなかったがそれ以外の、物理的な仕掛けは数多く設置されている。
元々オリジナルの安土城にあった極悪な罠の群れ、構造上決して視界に入ることのない隠し扉、さらにカモフラージュとしての意味も持つ宝物庫。
会場の各施設に幾つか設置された門のうち、安土城は最も発見されにくい場所のひとつであった筈なのだ。
それを真っ先に露呈されたことに頓着する間もなく現場を直に確認するべく荒耶は崩れ去った「元」城へと意識を飛ばした。






視界に移ったのは、圧倒的破壊の跡。それだけだった。
自身の権力を後世に伝えるべく建てられた豪華絢爛、難攻不落の城は見る影もなく瓦礫の山と化していた。
この破壊の惨状がたった1人の男により引き起こされたという事実を果たして何人が理解し、納得できるだろうか。
だがなにも城砦を跡形もなく破壊し尽す程下手人の力が超越的なのではない。その城を支える文字通りの大黒柱を素手で引き抜いたことにより支えを失った階層が落下したに過ぎない。
その時点で超越的だという指摘は、この場においては野暮というものである。

そんな冗談みたいな真似をしでかす男を荒耶は知っている。この殺し合いの参加者の中でここまで殺戮を行うのに適した者もいまい。

バーサーカー。理性なき狂戦士。もはや参加者というよりこの会場に設置された無差別殺戮装置とでも形容すべき存在。
そんな狂戦士が城の柱を引き抜いて何をするのかと思えば、柱を背負い、森を一気に降りていく。そうやら武器として使用する気らしい。
確かに現代で発見されれば国宝級の価値を得るであろう代物。バーサーカーの腕力を存分に振るえる質量と強度を持つだろう。

結界を暴いた主が狂戦士であることにひとまずの安堵を覚える荒耶だが油断は出来ない。あれ程の破壊の様、多かれ少なかれ参加者の目を引くであろう。
何者かがあの場にたどり着く前に『閉じる』必要がある。


そんな打算を構築する荒耶の視界で突如バーサーカーの動きが止まる。そしてその悪鬼のごとき形相を、こちらに向けた。



“―――――――”

反射的に、本能的な恐怖により意識を引き戻す。
理性を奪われたといえどその身はギリシャ神話に名を刻む大英雄。肌で覚えた戦闘本能で気付いたか。
如何に荒耶といえどその身はいまだ人間の範疇である。自身より上位の存在など幾度となく見てきた。
大抵はその肉体を代償にして。

肉体に意識が戻りきった荒耶は歩みを再開した。
転移は、使えない。すぐさま工房へ移動し対処するのが優先と断じつつもその行為は主催者達に不審を抱かせるだろう。
監視の範囲を把握できない以上無闇に使うわけにはいかない。
そしてこのまま城の跡を監視し続けるのもナンセンスだ。如何に状況を把握できるといってもその間肝心の肉体が昏睡状態とあっては行動に移せない。
何者かの接近を感知してもその後動いては手遅れだ。

故に荒耶はただ歩く。監視を警戒する身としてはここにきて走り出すという明らかに異常が起きたと見せびらかす行為は禁じたい。
幸いにして他の門は近い。このまま徒歩でも5分とかかるまい。その間に侵入者が入り込んでいるようならその場で撃破するのみ。
魔術師の工房に長居するという行為がどれだけ愚かな行為なのかを知らしめる意味も込めて。


そうして目的の施設へたどり着く荒耶。主催者は訝しむやも知れないが上手く口裏を合わせる他ない。矛盾点を孕まずにすれば支障はない。
僅かな焦りの念を抱きつつ、だが確固たる意思は些かも崩れることなく、黒衣の僧は政庁の中へと消えていった。



◇―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


政庁の中は静かだった。壁やソファーに銃弾の跡が残ってはいるものの血の匂いも、それを噴き出す死体もここにはない。

“―――侵入され(はいられ)たか”

工房内に侵入者が現れたことを知らす警告が荒耶の体を鳴らす。だが急ぐことなく、
地図には目もくれず蛍光灯に照らされたフロアを勝手知ったるように迷いなく進む魔術師。
入ったのはエレベーター。だがそれは正面のではなく、丁度照明が当たらず扉の隙間も見えない構造上の死角、
一目では、いや2目3目見ても発見できるかも怪しい隠し扉の先にある方だ。
押すボタンは地下と1階の2択のみ。当然、地下のボタンを押す。





おーーーーーーーーーーーーーん。





やけに、不自然なまでに大きい駆動音。それはここが政庁から異界に繋がった証に他ならない。


扉が開いた先は、重苦しい闇。熱せられた鉄板に水滴が落ち、蒸発する。それだけが明かりであり、
それだけが音だった。

ここが荒耶の工房。点在する施設のいずれかにある門を辿って転移していく魔術師の研究室。

己の工房に足を踏み入れた荒耶はすぐさまに周囲に気を配る。
……人の気配はなし。大規模な破壊の跡もない。最も懸念していた事態の一つである蒼崎橙子の首も依然そこにある。

唯一つの確かな変化は、採取した標本を込めていた棺が横一文字に両断されていたのみ。

「……被害は中野梓のみか」

それ以外に変化がないことを確認した荒耶は再び意識を飛ばす。侵入経路であろう、安土城跡へと。



予想通り、侵入者はそこにいた。蒼の甲冑に身を包み、腰に携えるは六の爪、隻眼なれど残った左目は竜のそれ。
欧州筆頭・伊達政宗
足元には先程まで標本にされていた少女。豪奢な一重に身を包み、掘られた土に身を任せ、閉ざされた両目は死者のそれ。
しがない女子高生・中野梓。

金銀財宝を振りかけ最後に土をかけ、目を閉じうつむいている。黙祷をしているらしい。
その後、気合の口上一閃、すさまじい速さで山を降りていく。目的地は、この場では未だ判断できない。



「―――愚かなり、伊達政宗。戦いに生きる修羅が情にほだされたか」

これ以上監視は無用と意識を戻した荒耶は、誰に聞かせたわけでなく竜の行いをわらう。
この会場にいる政宗以下の武将を荒耶のいた世界の史実と同一視することこそ拒むが、動乱の時代を生きてきたという点は共通だろう。
戦国の世こそ体験してないものの荒耶もまた200年を超える時を生きてきた。その間に幾つかの戦にも顔を出すこともあった。
銃器が台頭した頃とはいえそれでも多くは己の手と手で殺し合いを行ってきた時代。戦の後に残るおびただしい死体の群れ。
それより遡ること更に200年、そんな場でどれだけの命が血と共に流されていったか。その手の爪で如何程の命を啜ってきたのか。
同じくこの場にいるサーヴァントも同様だ。英霊と救世主などともてはやされてもそれは即ち如何に多く人を殺めたかの証に他ならない。

弔いなど無意味なのだ。人に救いはない。人はどうしようもなく死ぬものだ。
罪のない者が殺されたことに憤るというのならその理論は破綻だ。
何もしない、そもそも気付いていないという事こそが罪なのだ。壊れていく世界に気付くことなく、目先の快楽に耽るばかりの者。
だがそのいずれもが無意識に世界を害なすモノを排除する。誰も知りえぬが故に誰もがその可能性を抱く「守護者」。
それこそ抑止力。人の世を如何なる手段を以ってでも存続させようとするアラヤの行く手を阻み続けた霊長の集合無意識。それこそが宗蓮の打倒すべき敵だ。


そうして荒耶は作業に移った。まず城にある門の経路を断つ。門の配置、及び遮断の決定権は荒耶にある。


城からの転移の道を切り離したことにより、もう二度とあの場所から工房に入り込む事は出来ない。ただ扉だけが意味もなく佇むだけだ。
一度破棄したら二度と使うことも出来ないが、伊達政宗に知られた以上あそこを工房への通路にすることは断念せざるを得ない。

そして新たに門を配置することは出来ない。主催者側からそこら中に逃げ込む穴があったのでは不公平に過ぎるということで門の数に制限を課され、新たに作成することも禁じられている。
それに作成自体も可能ではあるのだが、一室丸ごと転移させるというのは中々に難儀であり最低でも1日ほどかけなければ完成出来ない。
この会場は荒耶の体内であるという比喩になぞらえれば工房は内臓、門は血管のようなものだ。動かしたり作り直すのは容易ではない。

既に中野梓の遺体に関して荒耶は一切の興味を失っていた。
棺より出され完全に生命活動を停止した時点でもう直しは効かないし、遺体を保管していた理由の一つである参加者の身体への仕掛けの調べも済んでいる。
結局それらしい細工は見られなかったが何の力もない非力な少女だったこともあり細工の必要性がなかっただけとも考えられる。
今後は何らかの能力者を確保すべきかもしれない。その程度の認識でしかなかった。



工房に入る前の道中、荒耶は禁書目録に対して自身の―――正しくは中野梓の支給品であるパソコンを手早く起動していた。
多くの魔術師は近代機器を軽視ししているが荒耶は現代に溶け込むため怪しまれない程度の社交性と一般常識を備えている。
かつて両義式が入院していた病院に心療内科医として在籍していた経緯も持つ。そのためある程度は機械を扱う術も心得ている。
既に送られていたアドレスを使いメーッセージを作成する。唐突に工房へ戻る事を訝しむやもしれぬ事への保険として。



“安土城の崩落により会場の結界に僅かな齟齬が生じた。修正にかかるため一時工房に戻る。”



言い分としては申し分ない。事実構成に僅かといえど綻びが生じたのは確かだ。一度結界を見直す必要はある。
わざわざ工房に戻らなくとも調整は効くのだがそこまで向こうは与り知らぬ。周囲の目を気にせず時間をかけるためという理由ほどにしか至らないだろう。

殆ど時を過たずして、返信が来た。



“分かりました。こちらで異常は認識できませんのでそちらに任せます。ですが余り時間をかけずに。僅かというなら10分ほどでお願いします。”


簡素に打たれた文章。やや釘を刺された書き方だがこちらの思惑には気付いていないようだ。

荒耶が禁書目録の使う「魔法」を把握し切れていないように禁書目録も荒耶の「魔術」を理解し切れていない。
もうしばらくは水面下の化かし合いに立ち回ることになろう。
ちなみに安全な工房内でなく外で遣り取りをしたのはあらゆる干渉を防ぐ工房内では電波の届きも遮断されるからだ。
仮に通ったとすればそれは主催に己の工房の位置を教えるようなもの、断じて見過ごせない


10分で済ませろとされたが実際は5分もかからない。亀裂は本当に僅かなものでしかないのだ。放っておいても良いくらいなのだが慢心は禁物だ。
ここは自分の元いた世界と違う。荒耶には思いもよらない事態に会うとも知れぬ。万全を期するべきだ。

調整が済み次第、改めて東に進む。参加者を殺し合いに引き込み、そして両義を捉える。
順序は構わない。最終的に式の元へたどり着ければいいのだから。

それと―――


「伊達政宗―――対処しておくべきか」

恐らく本人には魔術師の工房の意味など理解できていないだろうが、それでも己の本拠地を知られていることは決して益となる材料ではない。
早急とまでは言わないが、道中でまみえるようならば、始末しておきたい。





熱気が立ち込める闇の中、瞑想に入った高僧のように微動だにせず荒耶は己の世界の検分を始めた。



【D-5/政庁 地下(荒耶宗蓮の工房)/一日目/昼】

【荒耶宗蓮@空の境界】
[状態]:健康
[服装]:黒服
[装備]:ククリナイフ@現実
[道具]:デイパック、基本支給品、S&W M10 “ミリタリー&ポリス”(6/6)、.38spl弾x53、鉈@現実、パソコン、荒耶の不明支給品(0~1)、
[思考]
基本:式を手に入れ根源へ到る。しかし今は参加者たちを扇動する
1:結界の確認、調整を行う。
2:殺し合いが動きやすくなるように東へ向かう。
3:必要最小限の範囲で障害を排除する。
4:機会があるようなら伊達政宗を始末しておきたい
5:利用できそうなものは利用する。
※首輪はダミーです。時間の経過と共に制限が緩んでいきます。
※B-3の安土城跡にある「荒耶宗蓮の工房」に続く道がなくなりました。扉だけが残っており先には進めません。
※D-5の政庁に「荒耶宗蓮の工房」へと続く隠し扉があります。




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138:矛盾螺旋 荒耶宗蓮 163:徒物語~ももこファントム~(上)


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最終更新:2010年04月13日 20:45