切り札(前編) ◆LJ21nQDqcs



皆さんの願いはなんでしょうか?
金?地位?ちっぽけな自尊心の成就?それとも、命ですか?
その願いを叶えられるとしたら、
貴方はなにを望みますか?

ここにある男が居ます。
名を明智光秀。皆さん勿論ご存知ですね。
ただこの明智光秀は、あなたがたの知っている光秀とはちょっと違います。
まさに世界が違うのでしょうか、彼は己の快楽のためにならどんな労苦も厭わない、
まぁわたしからしてみれば、変態でしかない人間です。
ただこの御仁がただの変態と違うのは、腕が立つ、と言う点です。
馬鹿に刃物、と言う言葉もありますが、
こう言った手合いは、モラルを前提とした人間社会の中では非常に厄介な存在でして、
また、ある種の人間たちにとっては非常に有能で、魅力的な人物でもあります。
人間と言うものはおそらく環境によって、重要性や価値が異なるのでしょう。
戦場において、いくらチェスが上手くても、それだけでは砲弾にバラバラにされるだけでしょう。
平時において、いくら腕が立っても、それだけでは銃を錆びさせて、そのまま人生を終えるでしょう。
その点に置きまして、現在の彼はまさに適材適所。
彼の願いは、変態的とまで言える己の弑虐心の充足。
このバトルロワイヤルと言う状況そして環境は、まさに彼の願いと合致していると言えます。

傍らには黒髪をたなびかせた白衣の天使。少女の名は秋山澪。
光秀がこのゲームに最も適応した人物の一人であるのに対して、
この秋山澪と言う少女は、ゲームに対する適性に関しては、最悪と言ってもいいでしょう。
そんな彼女がゲーム開始から八時間以上経った今も無事であるのは、まさに幸運と言っていいでしょう。
もしくは彼女が持つ、ある種の才能によるものと言えなくもありません。
それは恐怖。
ある時は庇護欲を、ある時は弑虐心を相対するものに掻き立ててきた、
コレこそが彼女の才能と言って、差し支えないでしょう。
そんな彼女ですが、今はやや趣が異なります。
蘇生の魔法を、フフ、いえ失礼。魔法を使って友人を生き返らせる、
そのために、他の全てを殺そうと、行動しているわけです。
恐怖という大波に必死に抗いながら、死の草むらをかき分ける。
なんとも健気ではないですか!
しかし当然普段の彼女の行動原理からしてみれば、この行動は矛盾しています。
バトルロワイアルという非現実的状況。
光秀と言う名の逼迫した死への恐怖。
なにより荒耶宗蓮の仕掛けた狂化の術。
これら二重三重の仕掛けにより、哀れ、黒髪の少女は狂気にその手を絡められたのです。
忌むべきはバトルロワイアル!

話を戻しましょう。
光秀は先の戦闘で回収した観光ガイドをペラペラとめくり、まるで物見遊山の様子。
「狂おしいですねぇ。まさに選り取りみどりではないですか。コレでは選べません。」
ふと何かに気づいたかのように同行の秋山澪に振り返り、短く説明すると、
秋山澪は手渡された観光ガイドを、バラバラとめくり始めました。
「そこまで」と光秀が告げますと、ガイドを捲る手が止まり、
「円形競技場ですか。なかなかよろしいですねえ。」と喜ばしげに頬を緩ませると、
秋山澪も載せた赤揃えの軍馬は、一路コロシアムへと向かいました。




わたしは一人、円形競技場へ、唯ちゃん達が待ってる場所へ歩いていた。
ベンツはもう動かなかった。
そもそもエンジンの動かし方すら、わたしは死らなかったから。
船井さんには謝らないと逝けないかも。お気に入りみたいだったから。
座り心地も今思い返してみると、物凄く良かった気がする。
わたしはずっと寝ていたから、あまり覚えてないけど。

嗚呼それにしても、早く四人殺さなくちゃ。
四人。
唯ちゃん、船井さん、美穂子さん。
アレ?一人足りない。
そうか、あと一人殺さなくちゃダメなんだ。
難しいなぁ。
あと一人、誰を殺そう。
知ってる人のほうが、警戒されずにコレ、青酸カリを飲んでくれるよね。
梓ちゃんは死んじゃったから、やっぱり澪ちゃんか律ちゃん、かなぁ?
唯ちゃんは青酸カリだって言って渡しても、きっと喜んで飲んでくれるよね。
だって友達だもの。
だってみんなで生きて帰るために、死ぬんだもの。
わたしはその手助けをするだけだから。きっと喜んで殺されてくれるよね。

嗚呼嬉しいなぁ。
学校での時はわたしは、ただ殺されるだけの存在だったのに。
唯ちゃん、やっぱりわたし、生き延びた意味があったんだよ。
だって、今わたしは殺す立場に居るんだもの。
そうだね、まずは唯ちゃん達を安全に、確実に殺さなくちゃ。
一人ひとり隔離して、一人ひとりに紅茶を配る?
いや、それじゃもし悲鳴を上げて死んだら、他の人に紅茶を飲んでもらえなくなる。
やっぱり三人同時に紅茶を飲んでもらうしかないよね。
どうしたらいいんだろう。悩むなぁ。やっぱり殺すのって難しいかも。
手伝ってくれないかなぁ、唯ちゃん。

そんなこんなを考えていると、アレ、もう着いた。
闘技場の一番てっぺんの、一番高い座席から唯ちゃんが手を振っている。
わたしも笑顔で手を振り返す。
待ってて、唯ちゃん。
確実に安全に、いつもの唯ちゃんのままで殺してあげるから!



昼まではあと2時間以上もある。
わたし、福路美穂子は貧乏性なのでしょうか、
なにもせずに待っている、と言うことが出来ませんでした。
闘技場の中を、もう一回見回ってくると船井さんに告げると、平沢さんを連れて、部屋を出ました。
平沢さんを連れてきた理由は二つ。
わたしが船井さんを信用していないから、と言うこと。
あと一つは、単純に話し相手が欲しかったから。
船井さんを一人にしておくのは、やや不安でもあるけど、
平沢さんとふたりっきりにしておくのはもっと危険だと、わたしの勘が伝えていた。
今も船井さんは、一人で良からぬことを考えているのでしょうか。
でも船井さんの好きにはさせない。せめて平沢さんだけでも守らなくちゃ。

え?

守る?

自分でつぶやいた言葉に、今更のように驚く。
わたしは今、何を言ったのだろう。
わたしのような何もできないただの女子高生が、
他の誰かを、この異常な世界で、守ることができると言うのだろうか。
あの素晴らしい上埜さんだって、わたしの分身でもあった華菜だって、
そしてわたしを護ると言ってくれた小十郎さんだって、
そしてあまり面識はないけど鶴賀の、確か部長さんだった加治木さんも、
このくだらないゲームの中で死んでいってしまった。
誰も彼もわたしよりよっぽど素晴らしい、才能のある人ばかり。
わたしは、といえば、
いつも華菜に心配をかけてばかり、上埜さんにからかわれてばかり、小十郎さんに護られてばかり。
そんな自分が、平沢さんを護ることができるのだろうか。
せめて華菜が生きていれば、上埜さんが微笑みかけてくれれば、小十郎さんが励ましてくれれば、
わたしも誰かを護ることはできたかもしれない。
でももはやわたしはその三人に合わせる顔も無ければ、ふたたび会うことすら出来ない。
なら何故、わたしは守るなどと。
ふと階段を登る足を止め、後ろを振り向く。
そこには何故か顔を手で隠し、耳まで真っ赤にした平沢さんの姿があった。


白いぷにぷにとか、なんで穿いてないの、とか
よく分からない事を平沢さんは言ってたけど、まぁとにかく私たちは観客席、その最上段に着いた。
空の青さが目にしみる。
こんな凄惨なゲームが行われているというのに、空はわたしの知っている世界と少しも変わらない。
眼下に広がる競技場、そして観客席のパノラマ。
外に目を向けると、すぐ傍まで迫った木々と山々が、これでもかと私たちを包んできた。
吹き渡る風が、頬を駆け抜けていく。
気が付くと、今まで鬱屈していた気持ちがすっと収まっていた。
なんでだろう。今まで見たこともない風景だけど、何故か懐かしい。
あぁそうか、学校から見える風景と雰囲気が似ているんだ。
ゴールデンウィークの強化合宿中は、このくらいの時間から麻雀部のみんなの買い出しに一人で出かけてたっけ。
そんな風にわたしが思いを馳せている一方、平沢さんはひと仕切りはしゃぐと、南側に走っていった。
あ、琴吹さんを迎えるためね。
わたしも平沢さんを追って歩く。
華菜もあんな風に、わたしの前をくるくると回りながら走ってたっけ。
ぼてっ
ああいう風に、こけたりはしなかったけど。
わたしはそんな平沢さんの、いつも通りであろう様子が素直に羨ましい。
あまりに自分が変わってしまったから。
だからこそ、そんな平沢さんが変わらないように、お手伝いをしたい。
こんな風に、転んだら起こして上げたり、
例えば悩みを聞いて上げたり、例えば他愛もない世間話をしたり。
恋愛話は、ちょっと経験がないから無理だけど。
手を貸すとか力を貸すとかなら、"守る"よりはまだ現実的かしら。
「ありがとう、みほみほ先輩!」
手を引かれて起きた平沢さんは、わたしを見上げてそういった。
え、っと。私のこと?そんなあだ名を付けられたのは流石に初めて。
思わず笑みがこぼれる。
考えてみれば、なにも考えずに笑うのも久しぶりな気がする。
でも同じ高校でも無いんだから、"先輩"はなくてもいいと思うわ。

そして二人で外に向かって立ち、琴吹さんの帰りを待ちながら、他愛も無い話をする。
文化祭のこと、麻雀のこと、ライブのこと、インターハイのこと、夏休みのこと、右目のこと。
唯さんの話は抽象的で分かりづらいけど、目の輝きや妙なテンションだけで楽しい。
わたしの話は面白いことなんてなんにもなくて退屈だろうに、唯さんは全身でリアクションを取ってくれた。
聞き上手で、話上手なんだろう。気がついたら、わたしは唯さんに引き込まれていた。
だからなのかな。話の流れとはいえ、上埜さんのことを話したのは。
今ではもう、悲しい思い出でしか無いのに。
ひと仕切り話しあって、ふと現実に目が向く。まだ琴吹さんは来ない。
「琴吹さん、大丈夫かしら」
わたしはいつになっても、人の気持ちが分からないみたいだ。唯さんはその一言で爆発してしまった。
「ムギちゃんはきっと無事だよ!あずにゃんだってきっと何かの間違いで、どこかできっと生きてるよ!」
今まで唯さんは突きつけられた現実を、必死で受け止めていた。
でも普通の女の子だったら、そんなの無理だよね。
自分の力じゃどうしようも無い理不尽に、文句も言いたくなるよね。
おそらくは人前ではめったに見せないであろう悔し涙を、
こんなわたしの前で流してくれた唯さんを、どう慰めてあげていいのか、分からなかった。
上埜さんだったら、一番いい慰め方とか分かるんだろうな。
でもわたしは上埜さんじゃないから、不器用に唯さんを後ろから抱きしめてあげるしか出来なかった。
唯さんはとても暖かくて、柔らかかった。

とくん、とくん

唯ちゃんとわたしの心臓の音が重なる。
それだけで強くなれる気がした。
唯ちゃんを守る。
現実的であろうがなかろうが、出来ようが出来まいが、そんなことはどうだって良かった。
そのためにだったら魔法だって使って見せる。悪魔にだってなってみせる。
だから



ある神話、いや、民話に竜の誕生を描いたものがあります。
それによると竜は生まれ落ちたときはただのトカゲでした。
ただ外敵から身を守るために強固な鱗で身を固め、
ただ逃げるために翼を生やし、
ただ巣を狙う暴漢から卵を守るために、鼻から炎を吐く術を得ました。
そして卵から孵った小さなトカゲを育てる段になって、竜は気づきました。
自分がトカゲとは全く異なる存在になってしまったことに。
身を変えてまで守り、産んだ子どもたちを育てる術を、最早もっていないことに。
竜は死にゆく子どもたちの姿を見て絶望し、ついには火山に身を投げましたが、
その強固な鱗ゆえに死ねません。
それからと言うものその火山は、咆哮とともに怒りをまき散らす恐怖の山となったわけです。

お伽話はどうでもいい?そうですか。
ともかく琴吹紬の帰還に、平沢唯と福路美穂子はすぐさま出迎えました。
慎重なはずの福路美穂子が、その反対側から迫る、まだ小さな騎影に気づかなかったのは、
まさに不運だったとしか言いようがありません。
いや、知っていてもあまり結果は変わらなかったかも知れませんが。

船井譲次はその時、控え室に居ました。
しかし貴方がたも危ないものを薬局に置きましたね。
オリジナルのブラッドチップですか。
このレポートを提出する元となったアレより、よほど厄介なものと思いますが。
言い訳はどうでもいい?そうですか。
まぁ船井譲次に関しては服用しなくてよかった、と言えるでしょうね。
ベンツの件にしてもそうですが、彼には運がある。
おかげで最悪、ベンツに隠されていた爆弾で爆殺される所を、回避できたわけですから。
さすがメルセデス(慈悲深き)ベンツです。
それともこれから始まる惨劇を、メルセデス・ベンツは見る気がなかったのかもしれませんね。
まぁ船井譲次としては、事前に給湯室を確認していたことから、ここで事を起こす気だったのでしょう。
平沢唯はどうとでもなるとはいえ、福路美穂子の存在は彼にとって厄介この上なくなってきてましたから。
いや、しかし十時間以上も、死と隣り合わせの状況で一緒に居たら、
普通は友情だの信頼だのが、芽生えると思うのですがねぇ。
船井譲次にとって彼女たちは、最初から最後まで駒に過ぎなかった、と言うことなのでしょうか?



「どこ行ってたんや、なんぞとは言わん。よぉ帰ってきてくれた。みんな心配してたで」
船井さん、ありがとう。心にも無いって事が、よく分かる。
いま殺す立場になって、ようやく分かってきた。
この人は私たちを利用することしか考えてないクズだ。
だから殺す。

「ムギちゃぁぁぁぁあああああん、よかったああああああああああああああ」
もう唯ちゃんったら、大げさすぎだよ。
でもそれも、わたしを騙すためのポーズなんだよね。
もう分かってる。
梓ちゃんのことを隠してた貴方のことなんて、もう信じられない。
今までの唯ちゃんだったらそんな、騙すだなんてしなかったのに。
きっとこの状況が唯ちゃんを変えてしまったんだね。
大丈夫。わたしが救ってあげるから。
安心して死んでね。

ふと視線を感じて扉の方を見ると、美穂子さんが片目でわたしを睨んでいた。
気にくわない女。
だから殺す。

「いやぁ、俺らも悪かった!やっぱり隠し事はアカンかった、っちゅうことやろ?」
あぁ騙していたことが、わたしがここを飛び出した原因だって分かってるんだ。
「名簿がトイレの前で落ちてたわ。ごめんなさい、あなたを騙す気なんてなかったの」
いまさら取り繕うところが白々しい。やはりこの二人で共謀してたのね。
殺す。

「せや、だからな。みんなもう隠し事とか無しや。その証に、みんな持ってる支給品を机の上に出しぃ!」
手をピシャリと叩いて船井さんが言う。
打ち合わせ通りなのだろう。
美穂子さんがため息をつきながら、
唯ちゃんが軽くジャンプして勢いをつけながら、
船井さんが慎重に一つづつ、
みんなが支給品をディバックから取り出した。
視線がわたしに集中する。

まずい。殺される。
支給品はどれも恐ろしそうなものばかりだ。
そしてわたしの持っている武器は青酸カリと笛とティーセットだけ。
とてもかないそうにない。
こいつらは机の上に置いた支給品で、わたしをズタズタにするつもりなのだろう。
みんなが笑いながら、わたしを切り刻む図を予想して、わたしは軽く身を震わせる。
最早一刻の猶予も無い。やや不自然だが実行に移すべきだろう。
ここに来るまでに練った、殺人計画を。

「す、すみません。その前に、ちょっとトイレに行ってきていいですか?」
わたしはついてこようとする唯ちゃんを丁重に断って、一人でトイレに向かった。
給湯室はその途中に、ある。
ここからが本番だ。
わたしは周囲を見渡し、深呼吸をしてから、給湯室の扉を音が出ないよう、慎重に開けた。



明らかに琴吹さんの様子は変だった
表情筋が強ばっていた。
また発作が起こったのかと思ったけど、あれはそんなもので片付けられるものではないわ。
ベンツで出て行った先で、よほど怖い目に会ったのだろううか。
それにあの生気の無い、それでいて、なんだろ。あの自信に満ちた表情は。
わたしはディバックから支給品を取り出しながら、ずっと考えていた。
船井さんが寄ってきて、もう少し景気のいい顔をしろ、と言う。
この人にだけは言われたくない台詞だわ。
互いの信頼を得る手段として、「支給品」を全部出すと言うことに関しては、同意出来る部分はある。
だけど、この人が言ったのはあくまで支給品。
薬局で手に入れた薬品に関しては、おくびにも出さない気なんだろう。
なにかよっぽどのものを手に入れた、と言うことかしら。
わたしも内ポケットにしまった『魔法の薬』は出す気はなかったから、
お互い様、と言うことになるのだろうか。
結局のところ、信頼できる人間は唯ちゃん以外にはいない、と言うことになるのかしら。
唯ちゃんを見ると、実に嬉しそうに支給品を並べていた。
琴吹の帰りで、いつもの調子を取り戻したのはいいけど、ちょっと浮かれすぎじゃない?
わたしは軽く琴吹さんに嫉妬しているのかもしれない、とも思いながら一つため息をついた。

そんな時に、琴吹さんがトイレに行くと言ってきた。
年頃の女の子にしては、はっきり言うのね。
でも部屋を出るときに見えた表情がとても恐ろしくて、わたしは思わずあとを追いかけようとしたけど、
船井さんが微妙にわたしと扉の間で牽制するものだから、なかなか部屋を出られない。
そうこうしている間に、通路を走る足音は遠くなってしまった。
デリカシーの無いやっちゃな、と船井さんが言う。
そんな気遣いをこの人がするものか。
やはりこの人は今、ここで何かをするつもりなのだ。そう確信出来た。
その間に、と船井さんは続ける。
「机に出した支給品について、ざっと説明せぇへんか?」
一刻も早く情報を得たいと言うのだろうか。焦っているようにも見える。

「は~い!わたしのはね、【ジャンケンカード】!すごいんだよ、みほみほ、船井さん。ほら!」
と言って唯ちゃんが十数枚あるうちの一枚を投げると、それは控え室の壁に突き刺さった。
「なんや、懐かしいなぁ。ってアホか!なんでこんなコーティングしてんのや!」
先程聞いてはいたが、確かにすごい切れ味だ。力を入れなくても、大根くらいは容易に切断出来るかもしれない。
「あとねぇ~コレ!【法の書】!なにが書いてあるかチンプンカンプンだけど」
説明書によると、守護天使から伝え聞いた内容を書き写した魔道書の写本、とある。
注意書きとして「絶対に読むべからず。発狂注意!」とあるけど、よく唯ちゃんは無事だったものだ。
唯ちゃんの支給品は以上の二点。

続いて船井さんが支給品を出す。
【桃太郎の絵本】?【2ぶんの1かいしんだねこ】?
「なんで二つとも絵本なんです?」
「まぁ、だから君らの力が必要と思ったんよ」
船井さんは首筋をボリボリかきながら苦笑する。
あとの一つ、【ベンツの鍵】は薬局で乗り捨てられたベンツの中にあるから、
船井さんの支給品は、今はこの二つだけ、ということになる。
この人もゲームの理不尽さに悩んでいたんだ。なんとなく同情してしまう。

それでは、とわたしが支給品の説明に入ろうとしたところで、扉が開いた。
琴吹さんだ。
両手で支えるお盆の上には、ティーカップが4つ。
ティーカップからは、暖かそうな湯気がたっぷりと立っていた。
わたしと船井さんの表情が、にわかに曇った。


わたしもあまり人の気持ちが分からない方だとは思うが、流石にこの状況で紅茶をいれて来る程ではない。
今は疑心暗鬼に陥っているみんなをなだめすかせる状況であり、
つまりは今みんなが疑心に満ちている状況だと言う前提の上で、話し合いがもたれているわけで。
そんな中で実際に紅茶を入れている様子も見せずに、紅茶の入ったティーカップを持ってくると言う事は、
わざわざその場を乱そうとする行為に、ほかならない。
琴吹さんは慣れた手つきで四枚のソーサーを各々に配り、カチャカチャとティーカップをめいめいに配る。
場の空気に流石に気づいたのか、琴吹さんはお盆を胸の前で抱えながら、
ややきょとんとした様子で私たちを見ている。
ここは船井さんに任せるのもいいだろう。あの人だったらこの紅茶は絶対飲まないだろうし。

数秒の沈黙が控え室を支配した。

なぜだろう。船井さんはティーカップをのぞき込みながら、押し黙って一言も発しない。
唯ちゃんは周りの空気にキョロキョロしている。
あぁそういう事か。
つまり船井さんは先を越されたというわけだ。
おそらくは薬局で手に入れたであろう薬物を、私たちに飲ませる手段として考えていたに違いない。
ここで紅茶を断れば、あとで自分がお茶を差し出したときに同じ理由で拒否される。
策の一つが潰れるわけだ。
もう少しは疑われないやり方を考えていただろうけど、それも水の泡。
あの様子からすると代替案は用意してないか、この場では使用出来ない次善案しかないのだろう。
とはいえ、あんな様子を見せてしまっては、もう誰もあなたの手には乗らない。
かと言って紅茶を飲むわけにも行かない。
慎重なあの人が、どんな細工がしてあるか分からないものに口をつけるはずもない。
ジレンマに陥っているわけだ。
当然わたしも飲む気にはなれないので、船井さんに言わせようとした言葉を琴吹さんに伝える。

みんなが手の内をさらすために集まっている場で、隠れて紅茶をいれてくるべきではない、と言うこと。
そしてこれからも団体行動するというのなら、その紅茶を今すぐ捨ててくること。
みんなが見ている前で紅茶を入れ直すべきだ、と言うことを提案した。

琴吹さんはお盆を抱えたまま放心したかのように、ヘタリと椅子に座り、
そのまま泣きじゃくりはじめた。
わたしとしては自分の身もそうだが、唯ちゃんの安全が第一だから、ここで折れるわけにも行かない。
船井さんはといえば、ややほっとした様子にも見える。
唯ちゃんは、
ちょっとなにをしているの、唯ちゃん!
「船井さんも、みほみほも、なんでムギちゃんのいれた紅茶を、なんでそんなに飲みたくないの?!」
唯ちゃん落ち着いて、あなたのために言ったことなの!
だから落ち着いて!座って!
「ムギちゃんは私たちのために紅茶をいれてくれたんだよ!
 軽音部では毎日ムギちゃんのいれた紅茶を飲んでいたんだよ?!
 なんで二人とも、そんなムギちゃんのいれた紅茶を飲まないの?!」
考えてみれば唯ちゃんは既にギリギリの状態だった。
先刻二人だけで話していたときに、それを確認したばかりのはずだったのに。
琴吹さんと船井さんを注視し過ぎていた為に、肝心の唯ちゃんへの注意を怠っていた。
やはりわたしは人の気持ちを考えられない人間なんだ。

唯ちゃんはティーカップを震える手で持ち上げた。
カチャカチャと陶器同士が微かな音を立てる
ティーカップは唯ちゃんの胸元まで来た。
ダメよ、唯ちゃん。お願いだからやめて!
「ムギちゃん、わ、わたし、ムギちゃんのこと信じてるから!だからこの紅茶を飲むね。
 だからわたしが飲んだら二人とも、飲んでくれるよね?」
琴吹さんの方をガタガタと震えながら振り向いた唯ちゃんは、
唯ちゃんは、
ダメよ、そんなこと許されない!
「やめてええええええええええええええええええええええ!」
わたしの絶叫をよそに、唯ちゃんは紅茶を飲み干した。


カチャン
唯ちゃんがティーカップをソーサーの上に置いた。
「うえ~。ムギちゃん、ちょっとこの紅茶濃いよ。あとわたし、砂糖入ってた方がいいな」
舌を出しておどけて見せる。

よかった。

わたしは椅子にどっかりと座り直した。
改めて考えてみると、別に毒が入っていることが確定していたわけじゃない。
唯ちゃんのこととはいえ、取り乱しすぎていた。
わたしも相当このゲームに毒されてきている、と言うことなのだろう。
わたしの不安が唯ちゃんにも感染し、あのような事をさせる結果になったわけだ。
もう少し、唯ちゃんのおおらかさを見習わなくちゃいけないかな。

唯ちゃんは、わたしと船井さんに目線を送った。
もうこの状況じゃ、飲まないわけにも行かないよね。
船井さんも、それはしぶしぶ理解したようで、ティーカップに口をつけズルズルと下品にすすった。
わたしもそれにならって紅茶を口の中へ送った。
その瞬間、琴吹さんの口の端が凶悪に釣り上がったように見えた。




あれ?甘い?それになに?この酸っぱさ。
たしかさっき唯ちゃんは、砂糖が入ってないって言ってた。
なのに、なんでこの紅茶は甘いの?

ガタン
船井さんが立ち上がって、琴吹さんに掴みかかろうとする。
「おどれ、なにを仕込みくさったぁ!」
琴吹さんは前蹴りで思いっきり、船井さんの胸を蹴飛ばす。
予想だにしない強力さで蹴られた船井さんは、そのまま2メートルほど吹き飛ばされ、無様に転ぶ。
琴吹さんは三日月状に口を歪ませている。
あんな恐ろしい笑顔、見たことがない。
服のポケットからコンパス、ナイフ、モンキーレンチなどなど、がぞろぞろと出てくる。
船井さんは急いでナイフを拾い上げ、立ち上がろうとして、
いきなり全身を痙攣させて、再び転倒した。

わたしも全身の震えが止まらない。
激しい嘔吐をもよおし、床に吐瀉物をぶちまける。
世界全てが揺れ回り、最早立っていることも、座っていることもままならない。
胸のほうで何かが割れる感触がする。
最早そんな事はどうでもいい。
耳がジンジンしてもうなにも聞こえない。
目の前もどんどん暗くなっていく。
視界の端に唯ちゃんの姿が映った。
なにが起こっているのか分からない様子だ。
涙を流して何事かを叫んでいる。
ごめんね、唯ちゃん。もうなにも聞こえない。
でも良かった。唯ちゃんに騙されたわけじゃないんだわ。
最後の力で琴吹の方を見る。

琴吹。 琴 吹 。  琴  吹  !
貴方だけは許さない。絶対に殺す。

いえ、唯ちゃんが語っていた琴吹は、このような詐術を行うような人間ではなかった。
ならばやはり許せないのは、このくだらないゲームを企てた者たちだ。

 殺 す 。

このゲームの主催者を殺す。
わたしのこの身体がちぎれようとも、殺す。
唯ちゃんを殺そうと殺到する、このゲームを殺す。

あぁそうだ、唯ちゃんだ。
わたしは唯ちゃんを守らなくちゃいけない。そう誓った。
だから、こんなところで死ぬわけにはいかない。
誰かを殺すと願いながら死ぬより、誰かを守りたいと思いながら死にたい。
こんなままでは上埜さんも華菜も小十郎さんも、わたしを許してはくれないだろう。
そんなのはいやだ、このまま死にたくない。
生きて唯ちゃんを守りたい。
誰よりも純粋な唯ちゃんとお話したい。
抱きしめると暖かくて柔らかい、唯ちゃんと一緒に居たい。
わたしと言う存在など、どうでもいいから唯ちゃんを守りたい


 ゆいちゃん を まもりたい




【福路美穂子@咲-Saki-:死亡】



小娘に蹴り飛ばされてオレは無様に寝転んだ。
これでハッキリした。
あの紅茶には毒が入ってた。

まんまと乗せられた…!

だが、まだ望みはある。
あの小娘の懐に解毒剤があるやもしれん。
その望みにまだまだ食らいついたる!
殺生沙汰は苦手やけど、四の五の言うてる時間はもうない。このナイフで殺したる。
まず立ち上がって、

なんや、地震か?!大きいで、こりゃ!
あかん、机の下に隠れんと。
だめや、身体が動かへん!
動きはするけど痙攣して、
あ、
地震やのうてオレの身体が痙攣しまくっとんのや!
胃も腸も肺も体中全ての臓器が身体の中で暴れとる。
胃液が血液が呼吸が逆流する…ッッ!
もう我慢出来へん!
どしゃあとオレの口から真っ黒なもんが大量に飛び出してくる。

「ひいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

こりゃ血やないか!
あかん、もうアカン!なんでや!なんで俺がこんな目にあわなアカンのや!
誰よりも慎重なオレがなんでこんな目にあわなアカンのや!
あぁ遠くの方で女の絶叫が聞こえよる。
福路とか言う女も毒盛られたんやな。
大した騙しテクニックや、平沢言う女にまんまと騙された。
あいつらやっぱり最初からぐるだったんや。

『よう考えてみい。じょうちゃんのその友達らは殺し合いに乗る思うか? 』
『それはない。少なくとも自分を殺そうとはって思えるやろ。つまり、会ったら説得の必要もなく仲間になるっちゅう人材 』
『こういうんがいるのがどれだけええことか』

そうや、最初にあの平沢言う嬢ちゃんにそう言った。
あの嬢ちゃんは俺の言うとおり、琴吹いう嬢ちゃんを仲間にして…!
俺は、俺を殺すテクニックを、あの嬢ちゃんに教えてたってことか…!
「こんな馬鹿なことがあるか…!」
俺はこれから薬局で、たんまり手に入れたあの麻薬で操って…!
あの嬢ちゃんたちを生贄に捧げる…!俺が力を得る為に…!
一杯やらなあかんことがあるんや…!まだまだ…!山ほど…!
「俺以上にこのゲームについて考えておる奴はおらんやろ…!」
なのになんでこんなハメになるんや!
おかしい!理不尽や!こんなことになるはずあらへん!
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」




【船井譲次@逆境無頼カイジ Ultimate Survivor:死亡】



男女の悲鳴が部屋を占領する中、わたしは拳を握り天井を見上げていた。
コレ以上ないほどの計算通り。
頭に描いていた通りの地獄絵図。
文句のつけようのない完全勝利。
ライブ終了後のような恍惚とした幸福感が、お腹の底から沸き上がっていた。
わたしは今、どうしようもない弱者、食いつぶされるしかない弱者、殺されるために追い回される弱者、
弱者からの脱却を果たしたのだ。
最早わたしが弱者を追い回し、蹂躙し、食い潰す立場だ。
いつしか口から笑いが飛び出してきた。

「ムギちゃん、なんで、どうしてなの?」
そっか。まだ殺さなくちゃいけない弱者が居たんだっけ。
「唯ちゃん、ありがとう。おかげで安全に確実に、美穂子さんと船井さんを殺せたよ」

仕掛けた罠は至って単純。
最初から唯ちゃんの紅茶だけには、青酸カリを入れてなかった。それだけ。
唯ちゃんだったら、わたしが窮地に陥ったら行動してくれる。
結構な賭けだったけど、それでも唯ちゃんを信じられた。
だって友達だもの。同じバンド仲間だもの。同じ軽音部の部員だもの。

「だから、唯ちゃんもご褒美に殺してあげるね。こんな狂ったゲームから逃がしてあげる」
わたしは唯ちゃんのティーカップを手繰り寄せると、
わたしのティーカップの中身を注ぐ。
「すっかり冷めちゃったけど、飲んだらこの二人みたいにすぐ死ぬから」

もうピクリとも動かない船井さんと美穂子さんを見下ろしながら、わたしは唯ちゃんに紅茶を差し出す。
船井さんは自分で吐いた血の中で、うずくまりながら死んでた。
美穂子さんは机に突っ伏したまま死んでる。
机の上には支給品が散乱しているから、あとでディバックに全部入れとこう。
えぇっと、ひーふーみー、なんか数があわないけど机の下にでも落ちたかな?
ふと、もう飲んだか気になって、唯ちゃんの方を見る。
アレ?まだ飲んでいない。どうして?

「唯ちゃん、なんで飲んでくれないの?さっき、みんなの前で飲んでみせたのは、なんだったの?」
唐突に裏切られた感覚に陥る。非常に不愉快だ。
「そっか、唯ちゃん甘くないと駄目なんだね。ちょっと待ってて。もう一本青酸カリ入れるから」
どうせ四人殺すだけなんだから、十本あってもしょうがないよね。
そう思ってスティックシュガーをもう一本、唯ちゃんのカップの中に入れ、スプーンで乱暴にかき回す。
甘くてしょうがないだろうけど、唯ちゃんだったら甘ければ甘いほど嬉しいよね。
口をつける様子がない唯ちゃんに腹を立てながら、わたしはティーカップを唯ちゃんの口元に近づける。
わたしは優しいから、唯ちゃんがこんな風に反抗しても、全く怒ることはない。
「早く飲んでよ、唯ちゃん。友達の言うことが聞けないの?」
唯ちゃんはただただ、歯をガタガタさせるだけ。バカにしているのかしら。
そんな唯ちゃんの態度に業を煮やしていると、控え室の扉が開いた。
誰だろう?私たちの他には、この円形競技場には誰もいないはずなのに。
扉から入ってきたのは、白衣の天使。
あれは
「澪ちゃん!」
よかった。四人目が来てくれたよ、唯ちゃん。

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138:矛盾螺旋 平沢唯 153:切り札(後編)
138:矛盾螺旋 船井譲次 153:切り札(後編)
138:矛盾螺旋 琴吹紬 153:切り札(後編)
138:矛盾螺旋 福路美穂子 153:切り札(後編)
139:狂風(後編) 明智光秀 153:切り札(後編)
139:狂風(後編) 秋山澪 153:切り札(後編)
106:インターミッション――《第一回定時放送》 遠藤勇次 153:切り札(後編)
106:インターミッション――《第一回定時放送》 インデックス 153:切り札(後編)
ディートハルト・リート 153:切り札(後編)



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最終更新:2010年01月07日 11:30