六爪流(中編) ◆LJ21nQDqcs



橋を渡って秋山澪が河の向こうに行ったのを見届けると、俺は南からやって来る黒雲へと突き進む。
少しでも秋山澪から離れたところで迎え撃ちたいってのもあるが、partyは行くもんであって迎えるもんじゃねぇ。
第一いきなり殺気を放つとか、こっちに来いって言ってるようなもんじゃねぇか。
上等だ。
叩き潰してやるよ、Guy!

「待たせたな」
黒雲の渦の中心、空間さえ歪めてそいつは、いた。
地図によりゃあ、ここは市街地のはずだが、真っ更な荒野に変わってやがる。全部ぶっ壊したってのか。Crasyだぜ。
周囲を怒気と闘気と殺気で逆立たせ、奴の頭上で渦巻く黒雲によって天道様が姿を隠して、辺りは真っ暗だ。
しかし視界が良好なのは奴の周りを雷光が始終轟いてやがるせいだろうな。なんにせよ、舞台効果は抜群だ。
二刀を鞘走らせ構え、突進する。行くぜ!

Let's Party!
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」


古代の大英雄、その成れの果てが放つ狂気の砲号が死闘の幕を上げる。
突然の大質量の風が、兜さえ無い政宗の頭上を狙う。
常ならば先の先を打つ政宗の切っ先よりも、長大な槍の瞬撃すら上回る政宗の剣閃よりも、対手の超巨大な武器の一撃が先制して政宗に到達する。
怒号轟かせ振るうは武田信玄の軍配斧か。
大質量と叩きつける速度。巨大斧が持つ重力すらも凌駕した速度と、超越した腕力で振るわれる切っ先はまさに雷光。
だが政宗とて超人相撃つ戦国時代にて、奥州筆頭として名を轟かせた逸物。
受けることも受け流すことも不可能と踏んだ隻眼の竜は、全身に行き渡る電気信号をすら上回る速度で、さらに突進!
振り下ろされる超兵器が到達する直前、政宗の身体はその間合いの内側。振り下ろされる斧を持つ腕のさらに内側。狂戦士の鼻先にまで接近する。
「Good-bye!」
彼我の距離30センチ。刀の間合いとしては近すぎる。拳の間合いとしても必殺にはなりえないその距離も、政宗の剣技にかかれば殺し間である。
瞬間、政宗の身体が天に向けて跳ぶ。二刀もまた天を貫かんと閃光を迸る。まさに天に戻る龍が如く。
そう、横に距離が無いのならば上に跳べばいい。
バーサーカーの巨躯が仇となる。その首筋は屈伸した政宗にとって十分過ぎる間合い。
バーサーカーの斧が巻き上げる粉塵が周囲を包むよりも早く政宗の二刀が狂戦士の首を確実に捉える。

しかし

「What?!」
剣術とは一撃必殺である。
その派生である剣道ですら真剣に持ち替えた場合、その一振り一振り全てが必殺となる。
剣道において心技体の一致がなければ一本と認められないのは、その三つが一致せねば必殺と成り得ないからである。
戦国時代に生きる政宗においてもそれは同じ、いやそれ以上である。
牽制の一振りですら必殺。そうでなければ牽制の意味が無い。
詰めろがかかった、一つ一つの技の構成ですら必殺。でなければ相手を追い詰めることは出来無い。
必殺の意志がなければ、全ての技が死ぬ。それが剣術なのだ。
政宗の今の一撃もそうだ。打ち損じなどあろうはずが無い。確実に対手の首を刈ったはず。
にも関わらず、狂戦士の首は未だ主人の身体に鎮座まして揺るがない。

バーサーカーは丸太のような両脚でしっかりと大地を噛み締め、頭上の政宗をその双眸で捉える。
「■■■■■■■■■■■■!」
跳躍する。
まるでロケット発射かのように猛烈な勢いで粉塵が撒い起こる。
左腕に携えた長宗我部元親が武器、碇槍が空中にて逃げ場の無い政宗の身体を穿かんと直進する。
政宗は双剣を交差させてこれを迎え撃つ。槍の切っ先と双剣がぶつかり合う。そのまま絶妙なる体重移動によって双剣を下に下にずらしていく。
火花が散る。火花が散る。火花が散る。火花が散る。火花が散る。火花が散る。
槍のミートポイントはその先端の一部分のみである。
押し込まれるよりも早く、その切っ先から身を逸らしてしまえば必殺足り得無い。
果たして政宗は碇槍の一撃を無力化するに成功した。
だが、バーサーカーには右腕に持つ巨大な斧がある。槍の間合いの内側に入った小癪な人間を粉砕すべく振るわれる狂気。
しかし、そんな追撃は予想の上。
政宗は無力化させた槍の周りで双剣を支点としてぐるぐると周り、遠心力のままにその身を放り出して斧の間合いより容易に離脱する。
さらに追いすがろうとするバーサーカーに対して二刀を続けざまに投擲するも、狂戦士は斧の一振りでそれらを彼方へと吹き飛ばす。


両者、着地し振り返る。
政宗は残り四刀を同時に鞘走らせ、柄で二刀を連結させ四刀流を構える。
バーサーカーは突進し、両腕の武器を無造作に振り下ろす。
超越した力は振るうことで技を凌駕する。
バーサーカーの戦い方はそれを極めに極めた、まさに全身力コブ。
戦う、そのどの瞬間を絵画として切り取ったとしても、ギリシャ彫刻のごとく完成された躍動感と美しさで観客を魅了するであろう。
実物を目の当たりにした者にとっては死、そのものでしか無いが。

だが速さを、技を極めればどうなのであろうか。
技は力を凌駕出来るのであろうか。
奥州筆頭伊達政宗の技は、バーサーカーの力を上回るのであろうか。
無理を通す。我を通す。推して参る。そして、切り拓く。
四刀を両手に回転させ、バーサーカーの戟圧を切り裂き邁進する。
二本よりも三本、三本よりも四本。
束ねてかかれば剛腕の一撃など、なんとするものぞ。
「CRAZY STORM!」
バーサーカーが繰り出す一撃必殺の暴風雨を、政宗の連撃が竜巻となって刀でこじ開け、前へ前へとジリジリと進んで行く。
前進し続けた政宗は既に四刀の間合いの中!
「もらったぁっ!」
二刀がバーサーカーの肩口に斬りかかる。次いで切り抜きざまに二刀を反転させ両脇へさらに二撃!
おびただしい鮮血が宙に舞う。

政宗は駆け抜けたところで、滝のように溢れる汗をぬぐいつつ、息を整える。
多少の休養を取ったとは言え、明智光秀との激戦の直後である。
戦場を駆け抜け続けた伊達政宗の無尽蔵なスタミナでさえ、限度と言うものもあるのだ。
光秀によって付けられた、閉じかけていた傷口が開き、鎧の中で血を迸らせる。
だが、まだ駆け抜けられる。独眼竜は伊達じゃない。
そう、少なくとも先程の二刀よりは手応えはあった。四刀が当たった箇所はいずれも人体の急所。必殺である。
直撃すれば戦国最強ですら打ち倒すことが出来よう。
戦果を確認すべく、政宗は振り返る。そして目撃する。

絶望と言う名の巨人の姿を。

バーサーカーの肩口、そして脇に作られた傷は、盛り上がる筋肉によって塞がれ、もう血すら流れておらず。
両腕に握られた巨大な斧と巨大な槍はなおも健在で血を求めてカタカタと鳴り、狂気に彩られた赤い目は、眼前の標的を見下ろす。
対手の政宗は疲労が蓄積し、肩口を抑えて吐息を漏らす。
傍から見れば形勢は一目瞭然である。
そんな事は当の本人である政宗自身が一番承知しているであろう。


「Ha!やはり四刀じゃ浅かったか」

二刀が全く届かなかった時点で分かっていたことだ。全力を出さねば通らぬ相手であることは。

「しゃーねぇ。見せてやるよ。奥州筆頭の本気、てやつをよぉ」

らしくもなく出し惜しみをして四刀でかかり、いたずらに体力を消耗。振り返ってみれば言い逃れようの無い、悪手。
全力を出しきらず生き延びようとしたが為に、このザマだ。全く戦国に生きている癖に生き恥を晒す生き汚い戦い方をしようとはな。
だが目が覚めたぜ。
死を恐れて戦が出来るかってな!

「六爪!」

彼方に飛んでった二刀を雷光と共に呼び戻し、手元の四刀をバラして六刀全てを両の掌に構える。すまねぇな、小十郎。愚痴はあの世で聞いてやるよ。

「奥州筆頭、独眼竜・伊達藤次郎政宗!推して参る!」


二刀流は元来、攻防一体の構えである。
片方の刃で対手の攻めをしのぎ、かつ同時に片方の刃で対手を攻撃する。
使いこなせれば、常に対手の二倍の手数で守り、攻めることが出来る優秀な構えである。
ただし使いこなすには二刀を縦横無尽に振るう腕力と精緻な太刀さばき、なにより攻めと守りを同時に瞬時に判断を下す頭脳と反射神経が必要である。
それが故に使い手を選び、剣術として隆盛を得る事は出来なかった。
だが絶対数は少ないものの、現在もなおその使い手は綿々と技術の継承を続け、近年の剣道大会でも優秀な成績をあげる者も居る。
使いこなせれば強力だと言うことは分かっていても、凡人では勿論、達人の域に達したものでさえ選ばれた者でしか手を出せない構え。
それが二刀流なのである。

閑話休題

伊達政宗の六爪流とは、両の手に刀を構えるという点で二刀流と同じではあるが、その実、守りを度外視した攻めの構えである。
五本の指と掌にて三本の刀を握る。
そんな無茶を通した構えは、ほんの僅かな衝撃によって崩される危険性をはらむ。
まともな膂力、技術の持ち主であるならば振るうことすら困難であろう。
それは尋常でない、人外と言っていい膂力と技術の持ち主である伊達政宗にとっても同様であり、意識を攻めに集中せねば構えを維持することは不可能であった。
攻めは最大の防御。それを体現した構えが六爪であると言っていい。故に受け太刀を知らず、攻め太刀のみの構えである。
守りを捨てただけあって六爪の威力は激烈である。左右に振るえば人体の急所をほぼ全てを切り払うことが出来る。
さらにこれに、リーチで圧倒的な差がある長槍が到達するよりも早く対手を屠るという、戦国でも一、二を争う政宗の剣速が加わるのだ。
その強力さは推して知るべしであろう。
竜の六本の爪による飽和攻撃は、並み居る敵を蹂躙し、討ち果たす。一度防御したらそこまで。守りの上から斬り伏せられるのみである。

だが、それも守りに入る必要の無い対手の場合。
驚異的な防御力と生命力、さらには暴風雨のような圧倒的な攻撃力を誇る、目の前の巨人に対してその構えを取ればどうなるか。
その絶望的な攻撃力をその身に晒されるのだ。
例え六爪の莫大な攻撃力で狂戦士を撃滅したとしても、政宗本人も生きてはおるまい。
つまり相討ちにしかならないと、容易に想像出来るのだ。
これも六爪が敵に届けば、の話である。
対手の猛烈な攻撃力と速さを考えれば、六爪の間合いに到達する前にこちらが叩き潰されることも十分考えられる。
いや、今までの斬り合いを考慮するに、そちらの確率のほうが高いであろう。
故に選んだのが四刀流でも、それを責めるのは拙いと言うものだ。
ここまで化物じみた、いや、まさに化物以上の防御力をもつ対手など、戦国の世でも存在などしなかったからである。

《12の試練》、最後の一つにまで蓄積されたデータは、独眼竜を着実に追い詰めていた。
今のバーサーカーと政宗の相性は、最悪である。
政宗の武器は刀。
これはバーサーカーの防御属性にあるが故に、その強靭な肌を通すことが出来無い。
四刀によって傷を付けられたのは、政宗の卓絶した技術によって、単なる刀の域を脱したためである。
だが、まだ凌駕するには至らない。ただその皮一枚を傷つけたに過ぎない。
ならばと取り出した六爪。
果たしてその威力と政宗の技術は、バーサーカーの辿った《12の試練》を超越しうるのか!?
政宗の意地と、超英雄ヘラクレスの偉業が、今。ぶつかる。


バーサーカーは政宗の名乗りを聞くや否や突進する。
彼は名が示す通り狂戦士。ただ突進し蹂躙することしか知らない。
獲物を求めてさ迷い歩き、そしてようやく手に入れた誇り高き挑戦者。
もし彼が大英雄ヘラクレスの意識を保っているのならば、歓びに身体を震わせていたことだろう。
だが今の彼は狂戦士。
勇者との戦いに礼を表すことも出来ず、ただ殺すことしか出来無い。

そんな彼にも戦闘時以外では多少の知性も戻る。
自分に闘技場の誉れは最早ふさわしくないと、恥を感じることも出来る。
故に彼は闘技場に入らなかった。
故に闘技場よりやや離れたこの市街地に決闘場を造設した。
故にそれまで封じていた気配を開放してまで、行動を開始した。
工具も何も無い。造形に気を配る知性も無い。ならばどうする。
破壊である。
周囲全ての破壊。破壊して破壊して破壊して破壊した。
果たして今までそこにあった住宅街は、十分もしないうちにこの世から姿を消した。
今此処は見渡す限りの更地。障害物など何も無い。
己と敵の存在しかこの空間にはありえない、もうひとつの闘技場が生まれた。

雷光が大地を穿つ。
頭上の雷雲は雨も降らさずに、雷のみを地上に突き刺している。
まるで降る雨全てが、バーサーカーの熱量によって蒸発しているかのようだった。
今もぶつかり合う二人の眼前で、鼻先で真ん中で雷光が炸裂し弾ける。
そしてそんなものなど意に介さずに両雄の刃が交錯する。

一閃

脇腹より血を噴出したるはバーサーカーであった。
六爪流により高められた剣筋は、六爪を単なる刀から神代の神剣へと昇華させる。
ならば狂戦士の装甲すらも貫通せしめるのは最早必定。
しかし狂戦士の剣風、やはり侮りがたし。
政宗の機動力によって確実に避けえたと思しき一振りの余波が、鎧の内の政宗の身体を触れずにしたたかと打ち据えていた。
それがために政宗もまた、必殺の一撃になるには僅かに踏み込みが足らず。必殺足りえなかった。
僅か数ミリ。
その数ミリによって、勝敗を決することが出来なかった。
バーサーカーがたたらを踏むと同時に、政宗もまた血反吐を口より吐き出す。
この一撃における両者のダメージはほぼ同程度。
だが両者の耐久力の差は桁違いである。
方や無傷。方や激戦直後の疲労困憊。ダメージの蓄積からしてみても、差は歴然であった。
バーサーカーいまだ揺るがず。政宗はあと一撃、同程度の攻撃を貰ったら、それでおしまいである。

「伊達の兵士に無駄死にはねぇ、か。わりぃな、お前等。ありゃウソになりそうだぜ」
立ち上がり、唇の端より漏れ出る血をぬぐいながら政宗は呟く。だが眼光は衰えず、なおも光を増すばかり。
奥州筆頭の命、今が燃やさんとする時。
眼前の敵は強い。文句は無い。
せめて殺し合いの場でなく、戦場であい見えたかった。
それだけが心残りか。

「奥州筆頭、最後の宴だ!盛大なPartyといこうぜ、巨人さんよぉ!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■ー!」

踏み出す一歩はそれまでで最速。
振り払う六本の爪は鋭利で速く、それまでで最も強く巧み。
なればこの一撃は、それまで最高の威力。
だがそれでも、狂戦士の槍の一刺しよりは遅かった。

恐るべきは英雄ヘラクレスの対応力。
如何に速く、如何に巧みであろうと、一度見て、受けた攻撃の軌跡は既に身体に刻んである。
政宗は一撃の完成度を求むるが故に、その軌道は先程の軌跡を無意識ではあろうが見事に辿ってしまった。
故にバーサーカーはその軌道に槍を置くのみである。
狙う手番を省いたが為にその所作は最速を超えていた。
独眼竜の目の前には狂戦士の穂先。
六爪はいまだ対手に到達せず。
最早避ける術は無し。
あとはただ貫かれるのみ。

その時政宗は自身の体を妙な浮遊感が襲ったのを感じた。
既に刺し貫かれてしかるべきであるのに、その身は宙を舞っている。
ふと見れば、自分の腹になにやら帯のようなモノが巻かれている。硬質な金属であるようなのに柔らかい、謎の物体。
眼下ではバーサーカーが槍と斧を一点に叩きつけ、地面にクレーターを作っている。
どうやら後ろに引っ張られているらしい。
政宗が振り返ると布のようなものを掴み、自分を釣り上げた者の姿を確認する。
テンガロンハットを被った黒いタキシード姿の男。


「わりぃ」
ヴァンはそう言うと突進してくるバーサーカーを避けるべく、横に疾走する。
いまだ空中にある政宗はまるで凧のようにぶわぁっ!とばかりに思いっきり振られる。
「Shit!いいからもう離せ!」
ヴァンは素直ないい子だから、そのまま手を離す。
「うらぁっ!」
―そういやぁハンマー投げって競技があったなァ。
遥か彼方へ吹っ飛んでいく政宗を見ると、ヴァンは何故かそんなことを思わずにはいられない。

「ま、いいか」
気を取り直し、振り返ると鬼の形相で迫るバーサーカー。
ふと手を見ると愛刀は政宗に巻き付けたまま遥か彼方。
「やべぇ!」
三十六計逃げるに如かず。
そんなマザーの極東に伝わることわざだか慣用句だかをヴァンが知っているかはともかく、彼は全力で狂戦士より逃走した。


私、福路美穂子は疾く速く現場に着くよう馬を必死に走らせていた。
いくら彼我の距離がさほどないとは言え、10分はヴァンさんに先行されている。既に戦端は開かれていることだろう。
だから急ぐ。一刻も早く伊達さんとヴァンさんの下へ駆けつけるために。
「私のことが怖いからって文句言わないで!あなたのご主人様の一大事なのよ?!」
もはやしがみついていると言った方が正しいような状態。
多分馬の出すスピードでは既に無いと思う。風の奔流が見えるよう。速度計があったら見てみたいわね。

『また怖い相手から逃げるのか?』

秋山澪の言葉が私の心を深く突き刺す。そう、私は怖い相手から逃げてばかりだ。

去年の全国高校生麻雀大会地方予選決勝。
当時二年の私は副将で、一年の華菜は大将だった。
華菜の爆発力は圧倒的で、彼女に任せておけば、例えどれだけリードされていようと逆転が出来るだろう。
そんな理由での人選で、私も当時のキャプテンやコーチの意見に従った。
心の奥底では大将という重責を背負うのがイヤだったのかも知れない。
要するに逃げた。
結果、華菜は新興勢力・龍門渕高校の『魔物』天江衣によって絡め取られ、常勝・風越女子高校は連続優勝の記録を破られた。
次の年、つまり今年。
私たち風越女子は歴代最強の布陣を要して、万全の体制で夏の大会に臨んだ。
今年はキャプテンの私が先鋒。そして、前年の雪辱を晴らすために華菜が大将。
私が先鋒で大量リードを奪い、次鋒~副将では失点を最小限に抑えて、大量の点数差を背景に天江衣を迎え撃つ。
全体の戦術としてはこういう流れだったはず。途中までは思惑通りに進んだ。
だけど清澄にいた上埜さんの存在や、信じられないような鶴賀・東横桃子のステルス戦法、清澄・原村和の驚異的なデジタルによって風越の点数は大量に削られた。
結局風越は大将戦において最低得点で迎えることになり、華菜は去年よりも遥かに威力を増した天江衣の餌食となった。
大将戦が激戦になることは容易に想像できたはず。
にも関わらず華菜に任せて、『魔物』天江衣との対局を避けた。
要するに私はまた、逃げたのだ。

秋山澪も言っていたが明智光秀のときもそう。
やろうと思えば秋山澪も抱いて脱出できたはずだ。それをしないで唯ちゃんだけを抱いて逃げた。きっとリスクを背負うのがいやだったのだ。
そして小十郎さんの時もそう。
列車から逃げ出した私をかばう形で、小十郎さんは死んだ。
考えてみればこの右目に関してもそう。
異様で不気味なこの青い目を理由に虐められたりなじられたりする事を恐れて、堅く右目を閉ざした。

振り返ってみれば私はいつも逃げてばかりで、立ち向かったことなど一度として無い。
私は卑怯で臆病者で、いつも逃げてはみんなの足を引っ張ってばかりの人間なのだ。
秋山澪に唯ちゃんを任せたのは、やはり逃げなのかも知れない。
私を攻撃する秋山澪からの逃避、唯ちゃんを守るという責任からの逃避。

でもそれよりも、小十郎さんを看取った私だからこそ、その大事な人である伊達さんを助けなくてはいけない。
伊達さんはこんなくだらないゲームで死んではいけない人なのだ。
それにヴァンさんですら驚愕させた、闘技場の方から漂う強大な気配の主を、唯ちゃんに近づかせてはならない。
私の力なんて本当に僅かで、伊達さんの足手まといになってしまうかも知れないけど、でもこれだけは、ここは逃げることは出来無い。
秋山澪は私にそれを気づかせてくれた。
私がいつも逃げてばかりだと言う事。いま忍び寄る危機から逃げてはいけないこと。
もし生きて帰って来られたら、なにかお礼しなくちゃいけないわね。

橋を渡ってすぐの事だった。
剣戟の音は闘技場からではなく、その南。橋の袂に居る私から見て南から聞こえてきた。
黒雲が渦を巻き、雷光が幾筋も地上に降り注ぎ、火花が散り、恐ろしい怒号が轟く。
それを一言で例えるならば地獄だった。
常の私ならばやはり逃げているだろう。だけど今は違う。
立ち向かうべき理由も、戦うべき相手も、手助けすべき相手も、私を助ける勇敢な馬も、全てここにある。
私は戦場へと馬を走らせた。


「なんだこいつ、デタラメだぞ、おい!」
超巨大兵器をブレも無く完璧に振るい続けるバーサーカーもデタラメではあるが、効率もへったくれも無く運動神経のみでそれを躱し続けるヴァンもまたデタラメではある。
ようやくと地上に落下した政宗はベロンベロンに伸びたヴァンの愛刀をへろへろと投げて飛ばす。
「ほれ!Catchしろよ、ヴァン!」
それを聞くとヴァンは振り返りもせずにテンガロンハットを深く抑え、屈伸して斧の横薙ぎを躱すとバネを使ってそのままバク宙し、空中でヘロヘロと飛んでくる愛刀を受け取る。
ヴァンの手の内に入ると、だらしなく伸びたトイレットペーパーのようだった蛮刀は本来の形を取り戻す。
「おし!いけるぞ!」
ヴァンは蛮刀を縦横無尽に振るうが、狂戦士の暴風のような攻撃の前に攻勢に出る事は稀で、ほぼ躱すのに精一杯。つまり先程とあまり変わらない。
そこに神速の政宗も四刀を抜いて追いつき、ヴァンと並んでバーサーカーのデタラメな攻撃を攻める事で逆に受けきる。
しかし政宗も手傷がひどく、先程までの技の冴えは身せられず、ヴァンを加えても手数がまだ足らない。

「Shit!せめて俺が七刀流だったら押しきれるってのによぉ!」
「あと一本ありゃ凌げるってか?そりゃ笑えない冗談だな!おぉ?あ~!忘れてた!」

言うが早いか、僅かな間隙をぬって自身のディバッグから一本の刀を取り出し、ヴァンも二刀流にて斬りかかる!

「お前、そりゃあ俺が福路美穂子に任せた刀じゃねぇか!」
「応!さっき貰ったんだよ」

二刀流と言っても我流である。精緻な剣捌きなどとは無縁の、超人的な力技で右に左にと切り払う。

「なんでこんなCrazyな奴に渡してんだよ、あいつはよぉ!それに俺はこっちに来るなって言ったんだぜ!」
「そりゃねェぞ。俺は黒髪の嬢ちゃんに言われて来たんだぜ?」

数的な負担から言えば政宗6:ヴァン1ほどであろうか。しかし1+1を単純に2と考え、実行出来てしまっているヴァンの二刀流によって政宗の負担は格段と減った。

「聞き違いじゃねぇのか?!耳がバカになってんだろ」
「バカって言うな馬鹿!馬鹿っていった奴が馬鹿なんだぞ、馬鹿!」

形勢は少しずつ傾きつつある。
コンビとして結成されて間もない急造にも関わらず、攻守の切り替えに見事に順応する政宗とヴァンも見事だが、それに対応して槍と斧を自在に操るバーサーカーもまた見事。
だがまだ足りない。
飽和した攻撃同士がとりなす平衡は、未だ天秤の上で右に左にと揺れ動いている。
しかしスタミナと言う点も加味すれば、やはりバーサーカーの優位は動かない。
こうして剛腕にて切り結び続けているだけで、対手は消耗し、自滅するのだ。
ヴァンも政宗も、狂戦士の攻撃をカスリでもした時点でおしまいである。
そのプレッシャーは実際の消耗よりも重く二人にのしかかっている。
どんなに気丈に振舞っていても、二人の精神的疲労はやはり多大なものだ。
よって二人がバーサーカーに勝つには短期決戦しかありえない。
ありえないのだが、圧倒的な攻勢に打って出るには手持ちの火力が不足している。

「なんかねぇのか、おい!その鎧から機関銃が出てくるとかそういうの!」
「銃?種子島か?!あるわけねぇだろ、馬鹿野郎!頭ん中トンカチでかき回すぞ!」
「馬鹿っていうんじゃねぇ!お、お、お!そうだ!あった!あったぞ、おい!」
なにか閃いたかのように間抜けな顔をするヴァンを、政宗は怪訝そうな顔をして大丈夫か、こいつと呟く。
ヴァンは一振りして距離をなんとか取ると、そのまま戦線から離脱する。
「五秒持ち堪えてくれ!」
ヴァンはそう言うとテンガロンハットのリングに指を通し回転させる。
蛮刀に穴が次々と空き、形態を急速に変えて行く。
そしてVの字を切って召喚する!
己の分身、エレナの形見、頼りになる相棒!

ダン・オブ・サーズディ!

しかし‥‥‥ダンは来ない‥‥‥ッッ!まさに間抜け‥‥!開始当初に召喚に失敗していたにも関わらず、この失態‥‥!
さらに言えば、ダンを取り戻さんがために宇宙開発局を目指していることすら忘れての、この暴挙‥‥ッッ!
不死身のヴァン‥‥!人生何百回目かの大、赤っ恥‥‥ッッ!
「よ、よぉぉぉぉおおおおおし!ダンは来ないことが、よぉぉぉぉおおおおおく分かった!」
「誤魔化してねぇで、さっさとこっち戻りやがれ!」


救援は期待出来無い。驚愕するような隠し玉もない。スタミナは底を尽きかけている。そして敵は強い。

挙げてみるだに絶望しか感じないラインナップ。
だが政宗は退けなかった。
これほどの化け物を放置すれば、力を持たない人間に被害が及ぶ。
それは福路美穂子を命を張って守った、小十郎の意志すら無にする。
そしてなにより、これほどの強敵を前に逃げ出すことなど政宗の気が収まらなかった。
桶狭間で長篠で、魔王信長を前に撤退せざるを得なかったあの屈辱を、政宗は二度と味わいたくは無かった。

「■■■■■■■■■■■■■■■!」
狂戦士が咆哮を上げ右手の斧を叩きつける。
政宗は連結した二刀でこれを凌ぎつつ前進して、間合いを詰める。
さらにすぐさま六爪を構えてバーサーカーに殺到するも、狂戦士の放つ大槍の一撃によってバックステップで間を取らざるを得なくする。
両手を消費したバーサーカーに向かってヴァンが蛮刀を振るうが、それを英霊は大地より引き抜き上げた斧で一蹴する。
そこへ神速で間合いを詰めた政宗が六爪を構え直して迫るが、蹴りで先を制して近付けさせない。
そしてヴァンが刀を叩き込むが、バーサーカーの筋肉の鎧によって弾き返される。
引き戻された槍によってヴァンもまた間合いを取らざるを得なくなる。

ヴァンの持つ刀は童子切安綱。日本が誇る名刀中の名刀である。
本来ならばバーサーカーの防御を易々と貫通出来るほどなのだが、名刀というものは完成度が高ければ高いほど、本来の使い方をされなければ本領を発揮しない。
つまりヴァンが持っていても宝の持ち腐れなのだ。
しかしながらヴァンの力とスピードならば、その鋭利さをもって比較的容易に傷を付けること自体は出来るはず。
ならば何故筋肉などによって弾き返されてしまうのか。
これはひとえにバーサーカーの持つ心眼(偽)スキルの存在が大きいのであろう。
事前に気配を察知し意識を瞬時に集中させて、筋肉を昂ぶらせて弾き返しているのである。

(やはり、せめてあと一人は必要だな)
攻めてはいるものの、全てがバーサーカーに対応されるさまを見て、政宗は冷静に判断する。
だが増援は期待出来無い。
象の像に第三回放送までに集合するとかしないとかという話は聞いていたが、それまでまだ二時間以上ある。
政宗がバーサーカー相手に先端を開いて、まだ10分ほど。それで自らのスタミナの底は見えてきている。二時間以上も粘ることなど不可能に思えた。

「ヴァン!お前、悔いはあるか!」
切り結びながら減らず口を叩く。
「あぁん?!そりゃあるぜ!ダンを取り戻さなくっちゃならねぇ!」
ダンってな、さっき呼ぼうとした奴か。と見当を付けて話を続ける。
「Ha!せめてこういう時は女房だの愛人だのの名前を出すものだぜ!」
まぁそんな事は前田の風来坊の専売特許だろうがよ。政宗は西国に行ったまま連絡の付かない根無し草の事を思い出す。
「バッカヤローー!俺は童貞だ!」
実に微妙なComming-Outだな、おい。と政宗は呆れ顔になりかける。
「そういうてめぇこそどうなんだ!幸せで幸せでしょうがないお嫁さんって奴はいるのかよ!」
お嫁さんというものに過剰な幻想を抱いているらしいヴァンの切り返しに、奥州筆頭はあからさまに嫌な顔をする。
「居るわきゃねぇだろうが。俺はまだ19だぜ?夢を抱いて寝る年頃だ」
そんな世間話をしながらも、すんでの所で狂戦士の一撃を躱し続ける。双方ともに余裕があるわけではない。伊達な男の酔狂だ。
そんなものが通りはしない程の強大な敵だと分かっていても、イヤ、だからこそ伊達を通すってのが粋なもんじゃないのか。

「あの片目の嬢ちゃんとかどうなんだ、えらくてめぇに心酔してたぞ」
「ありゃダメだ!ああいう女は、想い人が自分を一番好きで居てくれてないと豹変するぞ。神原ってな町娘に聞いたが、ヤンデレって奴だ」
「なんだそりゃ、おっかねぇな。残してきてよかったな」
「あぁ全くだ」

二人は顔を見合わせる。そろそろ手持ちのスタミナも底を尽きてきた。命を懸けるならば今が最後のチャンスだろう。
息を合わせて突進する。命を張れば片腕くらいは持っていけるだろう。
そこに馬蹄の音が響く。尋常なる速さではない。
音がしたと感じた、その直後、既にその馬は戦場に到達していた。
手綱を操るは悪魔に魂を売りし、ルビーとサファイアの瞳を持つ少女。
福路美穂子である。


福路はすれ違いざまに、そびえたつ巨人に向かって後ろから日本刀を一振りする。
無論牽制ではあるが、何故かこの一撃をバーサーカーはスルーした。
その為、前面の二人からバーサーカーの注意を逸らすという目的は完遂されなかったが、右肩口に痛撃を与えることに成功する。
狂戦士は激痛にたたらを踏み、結果としてヴァンと政宗への戦意は逸らした。

「離脱します!」

言うが早いか、福路はそのまま駆け抜ける。ヴァンと政宗もそれに続く。このまま攻めてもジリ貧なことには変わりない。
九死に一生を得たならば、せめて体勢を立て直したかったというのは、政宗もヴァンも同じである。
バーサーカーは逃がさんと碇槍を構えて、音速を超えたスピードで投げ飛ばすが、ヴァンは紙一重でコレをかわす事に幸運にも成功した。
「■■■■■■■■■■!」
狂戦士は無念の咆哮を上げるが、傍から見ればただ単に仕切り直しが入っただけである。
辺り一面は荒野であり、身を隠す場所すらない。
獲物がどこにいようと、この急ごしらえの決闘場の真ん中に立つバーサーカーからは丸見えなのだ。
相手が走り回ろうと限界はある。
待ち伏せなどという知恵は回らないが、少なくとも単純な追いかけっこに入ったのならばバーサーカーに追いつけないものはない。
超速度を誇った先程の馬をすら凌駕するトップスピードを、彼は有しているのだ。
バーサーカーは放り投げた碇槍を引き抜くと、肩口に作られた傷跡を筋肉で固める。
おびただしく噴き出していた血がぴたりと止まり、狂戦士は敵の動向を探る。
気配を感じ取る必要もない。
彼らはこちらに向かって突進してきたからだ。


逃げながらヴァンさんは悪態を付く。
「なんでお前までこっち来てんだよ!」
一から十まで話そうとすると秋山澪のことに言及せねばならなくなる。それはあまり本意ではない。
第一、話すにしても私の中でも整理の付いてないことだから、どう説明したらいいのかすら分からない。だからやっぱりこう答える。
「逃げたくなかったからです!」
ヴァンさんは納得はしなかったみたいだけど、追求はしないでいてくれた。

それにしてもこの馬はかなりのスピードを出しているというのに、伊達さんもヴァンさんもしっかり付いてきている。
やっぱりこの人達はデタラメなんだなぁと思っていると、伊達さんもこちらを睨んでいる。
「福路美穂子、お前は平沢唯を守るって言ったよなぁ?それにお前に刀を配れと伝えておいたはずだぜ?」
その問いに対しては私は先程振るった刀を掲げる。
「刀に関しては唯ちゃんに全部託しました」
どうやら伊達さんは唯ちゃんに任せた、という事について大分不満があるようだけど、私は唯ちゃんだったら大丈夫ですって付け加えた。
伊達さんもヴァンさんも、何故か一斉に表情を曇らせたけど、唯ちゃん以上の適任が居るとは私には思えない。
「唯ちゃんを守ると言う点については、あんなのを放っておいた方が唯ちゃんの危険になると思います」
それに関しては異論は無いようで、伊達さんもヴァンさんも黙ってうなづくにとどまった。

後ろを振り向く。
あの巨人はまだ肩口を抑えている。
伊達さん達がこれほどの激戦を繰り広げる相手だというのに、何故私なんかの奇襲に対応出来なかったのだろう。
それが分かれば、あの巨人に対する対処法が大きく変わるはずだ。でも私が掴んでいる巨人の情報は極小。
せめてあと少し観察出来れば違うのだけれど、そんな時間は無さそうね。
私がそんな事を考えていると伊達さんが口を開く。
「Okay!お前ら覚悟はいいか?!」

伊達さんの語るプランはこうだ。
伊達さんを中央として、伊達さんの右を私、左をヴァンさんが受け持つ。
何故私が右なのかと言うと、私が騎乗して刀を振るうのが左腕だからだ。
これが左を受け持つと、自分から見て右側に刀を振るうことになるため、体勢的に無理が生じるかららしい。
そして私が巨人の左手に握られる槍を、ヴァンさんが巨人の右手で振るわれる斧を封じ、正面から伊達さんの全力の六爪で叩き斬る。
「封じる時間はほんの一瞬でいい。一瞬さえありゃあ俺には十分だからな」

伊達さんが言うには、あの巨人を傷付けることが出来る武器はごく限られているらしい。
私がたまたま持ってきていた刀はその一つだと言う。この刀は唯ちゃんが選んで渡してくれたものだ。やはり唯ちゃんは凄いとしか思えない。
手持ちの武器で可能性があるのはヴァンさんの蛮刀と、私が渡した刀。あとは伊達さんの六爪流だそうだ。
技が武器の質を遥かに凌駕したがために起こる奇跡。私には想像も出来ないが、そんな境地に伊達さんはいるのだろう。
あとは細かいタイミングの打ち合わせ。伊達さんが突撃するタイミングに関してはアドリブで、と言うなんともアバウトな事になった。
「Good!じゃあ行こうぜ。Partyの始まりだ!」


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208:六爪流(前編) 秋山澪 208:六爪流(後編)
208:六爪流(前編) 伊達政宗 208:六爪流(後編)
208:六爪流(前編) 平沢唯 208:六爪流(後編)
208:六爪流(前編) 福路美穂子 208:六爪流(後編)
208:六爪流(前編) ヴァン 208:六爪流(後編)
208:六爪流(前編) 伊達軍の馬 208:六爪流(後編)
208:六爪流(前編) バーサーカー 208:六爪流(後編)


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最終更新:2010年02月23日 04:47