六爪流(前編) ◆LJ21nQDqcs



「君は光を見たか!」

男の叫びがホールにこだまする。
ピアノがサックスがトロンボーンが鳴り響き、何百と言う人間が一斉に立ち上がってタップやクラップを刻む。
ステンドグラスから漏れ出る僅かな光で照らされたホールが狂乱の渦に包まれ、それぞれが思い思いに踊りカオス。
だがそれが混沌となって一つの現象となり、うねりとなり、興奮と熱狂と怒声と祈りがさらに昇華される。

「君は光を見たか!」

眼下に広がる光景はまさにサバト。生贄に捧げられるは聴衆の興奮。与えられるは共感覚の末に弾ける明日への啓示。
やがてホールに神からの光が一筋差し込む。
主をほめたたえよ!
「The Band!バンド!バンドだ!バンドだよ!」


「バンド!バンドだ!バンドだよ!バンドだよ、澪!」
律が立ち上がって、ちっちゃいテレビを指さし興奮気味に言う。
またいつもの衝動か、と思っていたけどどうやら今回は本気みたいだ。

なんの影響かは知らないけど、一本のDVDを持ってきた律は「一緒に見ようぜ」とばかりに私の部屋に上がり込み、
躊躇もなにもなく、まるで自分の部屋のごとくDVDプレイヤーに円盤を入れて再生ボタンを押して、で、この状況。
異様な熱狂で綴られる、膨大な無駄遣いと音楽と節操の無いストーリー。
典型的なハリウッド映画のそれは、律の心の琴線をビンビンと鳴り響かせたようで、律はわたしの手を握って何度も何度も「バンド!バンド!」と連呼していた。

律はいつも私の手をとって、先へ先へと導いてくれていた。

律のやることは先走ったことも一杯あるし、フォローに回ったことも数知れずある。
でも、それ以上に一緒にいるとスゴク楽しくて、一緒に一日を過ごすことが嬉しくて、毎日が明るい光に照らされているように眩しかった。
だから音楽とかボーカルとかベースとか、表舞台に出るとか恥ずかしいけど、一緒に一生懸命頑張ってきた。
レフトハンドのベースが無いと不満を言ったり、律のリズムがてんで出鱈目なのをなじったり、一緒に楽譜を読んだり、バンド構想に華を咲かせたり。
高校に入ってからも律に振り回される私、という構図は全く変わらず、軽音部を再生してムギや唯や梓と一緒に、律と一緒にブドーカン目指してバンドを組んだ。
律が無茶をやらかさなければ経験しなかったであろうことは、一杯ある。嫌な事も、いい事も全てが律と共にあった。

「君は光を見たか」

と問われれば、私は「見た」と即答する。
確実に。あの軽音部での一日一日、お茶を飲んで談笑したあの日、放課後に音楽室でベースを弾いたあの頃、ライブでスポットライトを浴びたあの時。

私は光を見た。

その光の向こう側、必死に追いすがったあの背中、律の姿こそがわたしの光。
光はどんどん私から遠ざかり、暗闇の向こうに消え入りそうになる。わたしはどんどん不安になる。走り出す。汗が飛び出る。息が上がる。でも走る。
律。お前はいつも私の前を走るんだな。だからって今回はちょっと先走りすぎだ。追いつくの、毎回毎回しんどいんだぞ。
遠くに消えていく光を、私は精一杯手を前に出して追いすがろうと、追いつこうと、掴もうと必死にあがく。
律、律。律!律っちゃん!りっちゃん!
一緒にバンドを作ろう!またみんなで集まって、みんなで一緒にバンドやろう!
私、ムギ、唯、梓。そして律。みんな誰一人として欠けてはならない。あのバンドをまた組もう!

だから!


バシャー!

突然水を浴びせかけれ、私は"こっち"へ意識を取り戻した。
そっか、律。お前、"そっち"に来て欲しくなくて全力で走ってたのか。
分かったよ。私はお前と"こっち"で再会出来る手段を、絶対に探し出してやる。
もう、"こっち"には私と、まだ生きているかどうか分からないが唯しか居ないけど、二人で生き延びて、なんとか方法を探すから。
だから新曲の準備でも"そっち"でしててくれよな。

「Hey!目が覚めたかい?秋山澪
目を開けると、そこには眼帯をつけたすっごくカッコイイ男の人の顔。
両腕を天に飾したままズブ濡れで目を覚ました私の、すぐ目の前にアップで広がる男の人の顔。
しかもカッコイイ男の人の顔を間近で見るだなんて初めての経験で。
見る見る内に自分の顔が耳まで赤くなっていくのを自覚して、それでさらに恥ずかしくなる。
もうなにも言う事が出来なくなって、私はそのままウヒョオオオオオオオオオオオって感じに男の人から抜け出して、胸の前で腕を交差する。
覚悟を決めたって言っても恥ずかしいものは恥ずかしい!恥ずかしい!恥ずかしい!

男の人はバケツから手を離すと、立ち上がって首をすくめる。肩口に深々と広がる傷が痛々しい。今までの私だったらそれを見るだけで気絶していたかも。
「Ha!そんだけ元気がありゃ十分だ。さ、さっさとあの橋渡っちまいな」
男の人あー、えっと。確か伊達政宗さん。が指さしたスグそこに河と、橋。
ふと振り返って見ればライブをやってた闘技場が遠くに見える。傍から見ても所々が崩壊していた。
それを見た私は、やはりあのライブは、光秀の心臓にドラムスティックを押し込んだ感触は夢じゃなかったんだと、今更のように実感する。

そっかぁ…私、人を殺したんだ…

「渡るって、私一人だけで、ですか?」
「ワリィがpartyに招待されてんのは俺だけでね」
というと伊達政宗は首をヒョイっと南の方に向ける。
午後の陽が燦々と照りつけているにも関わらず、南からは黒い雲が雷を伴って、こちらへ襲いかかろうとしている。
得体のしれない、何かがこちらにやってくる。そんな予感をさせるには十分な、異様な雰囲気だった。

「一緒に逃げる、っていう選択肢はないんですか?」
私の克服すべき、乗り越えるべき感情は『畏怖』と『逃避』。だが、わざわざ嵐に向かって突撃するような無謀さは必要ない。
私にどれだけ強い力があったとしても、今の伊達政宗のように疲労の極致に有り、さらに大怪我を負っている状態では立ち向かう必要もないように思える。
それにこんな強い人と一緒にいるという事は、すなわち私の生存率をあげる、と言う事にもなる。出来れば共に行動したかった。

「あれだけ盛大にpartyに招待されてよぉ。受けねぇでやるほど独眼竜は野暮じゃねぇんだ」
つまりは戦いたくてたまらない戦闘狂なのだろう。助けてもらってなんだけど、この人も光秀と大きな違いはない。
殺しあいたいのならば止める必要もないだろう。逃げろと言っているのだし、巻き込まれる危険を冒す必要もない。

「分かりました。でもなんで東なんです?北でも西でも構わないでしょう?」
「俺は三択にはちょいと自信があるんだ。…あぁ道中で人に会ったら、こっちには来ないよう言っておいてくれ。折角のもてなしを邪魔されたくないからな」
ニヒルな笑みと勢いで即答されたけど、根拠はないってことか。まぁ反対する理由も思いつかないし、天邪鬼に違う道を選ぶ必要も無いだろう。
私は一礼するとディバッグを肩に掛ける。

「その袋の中に役に立ちそうなもんは全部入れた。お前が倒した光秀の、コレもな」
というと伊達政宗は首輪を指さす。なんでそんなものを入れてあるのかは知らないが、恐らくは示威行為なのだろう。
首輪の数だけ彼は殺してきたわけだから、戦闘狂の彼からしてみれば勲章に他ならない。

「Good Luck、秋山澪」
「さようなら、伊達政宗さん」

二度と会わないように願いをかけて、私はそのまま橋を渡った。


「それにしても暑いよぉ」
「唯ちゃん大丈夫?今日は朝からずっといい天気だったから。日差しもだいぶ強いわね」
「こーゆー日は部屋でゴロゴロしながらアイス食べたいんだぁ~」
「どこかで落ち着けたらアイスクリーム、買いましょう。なんだったら作ってもいいわ」
「ふぉんとぉ~!みほみほありがとう~」

えぇっと、俺たち、今緊迫した闘技場に向かってるんだよな。
なんだ、この間の抜けた昼下がりのおしゃべりは。
そりゃまぁあっちから聞こえてくる歌声は突然やんだわけだし、なんらかの決着を見たことは想像に難くない。
それにしてもちょっと緊張の糸を緩ませすぎじゃねぇのか。
確かここが危険地帯だっつったのは、あの片目の姉ちゃん本人だったよなぁ。
なんであんななんだよ。おかしいだろ、もうちょっとよぉ
ヴァンさんがいるからですよ」
「あ?」
見透かしたかのように女が言う。そういやぁやけに人の顔をジロジロ見つめる姉ちゃんだと思ったが、もしかして心でも読んでやがるのかな。
「私は気配を読むとか、そういう事が出来無いんです。だからそういう事が出来るヴァンさんが居てくれるだけで、安心出来るんですよ」
「そうか」
「負担をかけてしまって、すみません」
「ありがとね、ヴァンさん」
俺は黙って帽子をまぶかに被る。俺は褒められて伸びる子だが、面と向かって感謝されると恥ずかしいんだよ!
まぁ人の気配っつっても、あんだけデカイヤバイ気配を隠そうともしない奴は早々いないだろうが…

!?

突然巨大な気配を感じて一点を凝視する。
闘技場のやや南、そこから突然だ。いきなりだ。なんだこりゃ、おい!今まで全く感じなかったぞ?!それがなんで?
ヤバイ!危険がモノすげぇヤバイ!デンジャーが危険しょって神輿担ぎながら来やがる!
「おい、引き返すぞ!」
「あ、澪ちゃん!」
俺の叫びと、嬢ちゃんの叫びは完全に同時に発せられた。


丁度橋を走って渡り終わったところだった。
ほんの数十メートルの距離だけど、一生懸命走ったからだろうか、息がもう上がっている。
でも走る。『逃げる』じゃない。生きる為、勝つ為、明日を手に入れる為、軽音部再生の為に走る。
そうだ。私には目標がある。だから走り続けなくちゃいけないんだ。
そこで
有り得ないモノを見た。

「唯?」

唯が向こうに、居た。
馬に乗って、向こうに居た。
あの狂人に命令されてとはいえ、自分の手で殺そうとした唯が居た。
そうか、生きていてくれたんだ。
あんなトロい唯が、良く生きていたものだ。やっぱりあいつは運だけはいいんだな。
そういえば伊達政宗が、唯に頼まれて助けに来たとかなんとか言っていたような気がする。
再会したときに、なんて謝ろうかとか、そんな事ばかりを考えていた。頭の中で何回謝ったか数えきれない。
私の中の唯は何回謝っても許してくれなくて、謝る度に私をひどくなじっていた。
私はそれを当然と思っていたし、許してくれるなんて思ってもいなかった。
私の目標を叶える上で、最初のハードル。それが他ならぬ唯だった。

その唯が、向こうで馬に乗って、いつもと変わらぬ笑顔で、いつもと同じように手を振って、居る。
急いで馬から降りて、手を振ってこっちに来ている。いつもと同じように途中でこけて。
「はは、唯の奴、こんな所でも、こんな時でもいつも通りか。はは」
また頭がおかしくなったのかと思った。また闘技場のあのライブの時のように、頭がおかしくなったのかと思った。
だってこんなの都合がよすぎる。私にとって都合がよすぎる。
こんなの夢に決まってる。こんなに嬉しいのは夢に決まってる。

そう、今までこの島に来てからずっと、嬉しいと思ったことには全部裏切られてきたじゃないか。
明智光秀に憧れたり、律との再会に喜んだり、縄が緩んで逃げられると思ったり。
そんな期待とか嬉しい気持ちとか、全部全部裏切られてきたじゃないか。
今回もきっとそう。裏切られるに決まってる。


でもあとで非常な現実に裏切られたっていい。
唯が生きてて今、私は嬉しいんだ!
唯に迎えられて私は嬉しいんだ!


唯は向こうで起き上がって、ぺたんと座り、てへへと舌を出している。
どんどん唯の身体が近づいてくる。視界がどんどん歪んでくる。
気がつけば私はまた、走っていた。
気がつけば私はまた、泣いていた。
唯が手を広げて私を待つ。
私も両手を広げて唯に飛びつく。

「澪ちゃん!良かったぁ~ごめんね、怖い思いさせてごめんね」
そんなとぼけたことを唯が言う。
私はといえばもうなにも言葉が思いつかなくて
「唯!唯!唯!唯!唯!」
私は唯を思いっきり抱きしめて、ふわふわの唯の髪の毛を思いっきりわしゃわしゃして、思いっきり泣きじゃくった。
しっかりとした感触。ぎゅっと抱きしめる度に暖かさを柔らかさを感じる唯の身体。鼓動も呼吸も感じる。
夢じゃない!夢だけど夢じゃない!

もう離さないって、その時誓った。


「感動の再会のところ悪いんですけどね」
俺は馬に乗りながら近づくと、不躾と流石の俺も思うくらいに慇懃に邪魔をした。

「おめぇ、闘技場に居たよな?どうやって逃げてきた」
「"逃げた"んじゃありません!移動してきただけです!」
おおっと、逃げるってな禁句か?まぁどうでもいいんだけどよ。

「あっちにはこええ奴と眼帯の男が居たはずだ。そいつらはどうした」
そう尋ねると嬢ちゃんは俯いてなにも語らねぇ。埒があかねぇな。
困り果ててると片目の姉ちゃんが近づいてきた。

「明智光秀が死んで、伊達さんに言われてこっちに来たのね」
嬢ちゃんはすげぇ驚いたように顔を上げて片目の姉ちゃんを見つめる。無論俺も驚いた。

「「どうして分かった?」」

だからまぁハモっちまったのも当然の話だな。
片目の姉ちゃんは説明に困ったようにしていたが、やがて言葉を整理したのか話しだした。
「根拠は色々とあるけど、あなたが闘技場から来た、ってことが一番の決め手かな」
よく分からねぇが、理詰めで当てたってことか。
ポカーンと口を開けて見上げてる嬢ちゃんをよそに、ボケ嬢ちゃんが口を開く。

「みほみほはね、凄いんだよ!」
それを聞くと、黒髪の嬢ちゃんはなにも言わずにボケ嬢ちゃんを抱きしめる。
ん~?なんか違和感があるな。

黒髪の嬢ちゃんはボケ嬢ちゃんを抱きしめながら、叫ぶ。
「伊達政宗さんが助けを呼びに行ってくれ、って私を行かせたんです。お願いです!助けに行ってください!」
「伊達さんが!?分かったわ、闘技場の方でいいのかしら」
すぐに片目の姉ちゃんが食いつく。あぁ、そうは行かねぇんだ。残念なことにな。

「待ぁてよ。だったら俺が行った方がいい。あんたはこの嬢ちゃんを守らなくちゃいけないんだろ?」
すげぇ危険がダンガーだが、こう言わなきゃこの姉ちゃんが行っちまう。それはあの男も望んでないだろ。
片目の姉ちゃんはボケ嬢ちゃんの顔をじっと見つめると、目を閉じて息を吐き、ディバックから刀を一本取り出して俺に渡した。

「『こんなくだらねえgameを始めた連中もこれに乗る連中もこの独眼竜がぶっ潰す』」
刀を受け取ると片目の姉ちゃんはこう告げた。
「伊達さんの伝言です。信頼できる人に刀とこの言葉を渡せって。あの人だったら、こんな夢物語な事も実行できるって私は思うんです。
 ヴァンさん、伊達さんは決してこんな所で死んじゃいけない人なんです。だから、お願いします。伊達さんを、助けてあげて下さい。」
そこまで信頼されると悪い気はしねぇな。まぁ微妙に俺の命が軽く扱われた気がしないでも無いが、どうでもいいか。
「言われるまでもねぇな。あぁそうだ、馬はお前たちで使ってくれ。俺もあの男ほどじゃないが、脚には自信があるんだ」
言うが早いか、帽子を深く押さえて全力で橋を渡る。
あぁ、畜生!死ぬなぁ、こりゃ。


ヴァンさんはあっという間に駆け抜けて行って、もう豆粒みたいになってる。伊達さんと同じくらいには速いんじゃないかなぁ。
後にはわたしと澪ちゃんとみほみほが残った。あ、あとお馬さんが二人。ヴァンさんが乗ってた馬は澪ちゃんが乗ることにしたみたい。
それでパッカパッカと走りながら、さっきのライブすごかったよぉ~とか話したよ。
なんか澪ちゃんがいうには、あれは施設ごとの特別サービスなんだって。へぇ~だったらアイスとか食べられるサービスとかないかなぁ~。
そんな話をしていたら、すぐに目の前に大きな建物が見えたんだ。ええっと、…七階建てかな!
みほみほが地図を見て見当をつけるには『政庁』って所なんだって。でも危険だからこのまま北に向かいましょうってみほみほが言う。
みほみほが言うんだから間違いないんだろうなぁって思って、もう一回『政庁』って建物を見ると、またなんか幻が見えてきた。


そこにいるのはなんかヒョロっとしてる、えーっとどこかで見たような気がするんだけど、どこだったっけ?そういう男の人で。
あとなんかぼやけているけど黒い髪の、女の子かな?う~ん、よくわからない。
あと一人。憂だ!憂が中に入っていく。
その後ちょっとして、金髪の綺麗な人と、えーっと、なんか髪の毛で片目隠しているっぽい男の人が入っていった。


とにかくこの建物には憂が居る!会わなくちゃ!
会って、なんであんなことしたのか、なんでみほみほの大切な人にあんなことしたのか、聞かなくちゃ!
「みほみほ、あの建物に入ろう!あそこに憂が居るの!」
突然そう言われて驚いただろうに、みほみほと澪ちゃんは馬を止めてくれた。
「憂に、憂に会わなくちゃ!」
わたしはそのまま馬から降りようとして、そのままドサッて落ちた。澪ちゃんもみほみほも急いで降りてきて大丈夫?ってみほみほが起こしてくれたけど、気を付けなくちゃね。

そうだ、みほみほにあのことを言わなくちゃ。憂が。憂が、みほみほの大切な人を殺したってことを。
言ったらわたしの事、嫌いになっちゃうかな。でも言わなくちゃ。言わなかったら自分のことが嫌いになっちゃう。
「あのね、みほみ」
「それより」
澪ちゃんがわたしの言葉を遮って、みほみほに話しかける。凄くシンケンな表情だ。ちょっと怖いよ、澪ちゃん。
「伊達政宗を助けに行かなくていいんですか?あのヴァンって人だけじゃ足りないと思うんですが」
みほみほはあからさまに揺らいでいる。
「それは、私は唯ちゃんを守らなくちゃいけないから。守りたいから。だから」

澪ちゃんはそれにカチンときたんだろうか、さらに勢いを増してみほみほに食って掛かる。嫌だよ、喧嘩しちゃ嫌だよ。
「唯を守るために、また怖い相手から逃げるっていうんですか?また私を生贄に差し出すんですか?また私を置き去りにするんですか?」
みほみほはそれを聞くとぽろぽろ涙を流し始めた。
「ごめんなさい…逃げ出してしまってごめんなさい…助けられなくてごめんなさい…許してなんて言えないけど。本当に、ごめんなさい!」

「あんた、あんた私があの後どんな仕打ちをされたか知らないんだろ?!あんたがかなわないと思って逃げた明智光秀の相手を、私はその後ずっと、ずっとしてたんだぞ?!」
澪ちゃんの怒りは止まらない。どうしたの、澪ちゃん。こんなに怖い人じゃないはずなのに。
「澪ちゃん、やめてよ!みほみほはすっごく無理してるんだよ?澪ちゃんのこと助けられなくてごめんねって、私もみほみほも思ってるんだよ?」

それを聞くと澪ちゃんはなにかを決めたみたいな顔で、わたしの身体を引き寄せる。
「唯は私が守る。明智光秀から逃げたあんたなんて信用出来無い!唯を守りたいと思っているのなら、橋を渡ってその気味の悪い"左腕"で伊達政宗を助けてからにしろ!」

わたしはどうしたらいいのか分からなくて、なにかしなくちゃいけないんだと思っていても、頭が全然動かなくて、プシューってなってて。
なにかしなくちゃどうにもならないのに、わたしはオロオロと立ちすくむ事しか出来無い。
そんな事してもどうにもならないって分かっているのに、そんな事してたらもっと悪くなる一方だって分かっているのに、なにも出来ないわたしがいやだよ。
澪ちゃんの言葉の刃はみほみほは勿論、わたしもずたずたに切り裂いている。いつもの澪ちゃんのボーカルみたいに綺麗じゃなくてザラザラしている。
こんなザラザラズタズタした言葉、澪ちゃんだって吐き出していて辛いだろうに、なんでやめないの?
もっとみんなで紅茶飲んだりアイス食べたり、楽しくしようよ。わたしの好きな人達がこんなザラザラしているのはイヤだよ!

「わかったわ」

わたしはビックリして顔を上げた。
わたしに微笑みかける、みほみほがそこに、いた。
みほみほはわたしに四本の刀を渡して、伊達さんのアイデアを手短に話す。わたしに引き継いで欲しいって言ってる。
そんな、駄目だよ、みほみほ。もう会えない、みたいな事言わないでよ。わたしの顔を見ると、本当に優しい顔でみほみほは言う。
「唯ちゃん、すぐに戻ってくるから。秋山さん、唯ちゃんをよろしくお願いします」
澪ちゃんにぺこりと頭を下げると、みほみほはもうこっちも向かずに馬に乗って、あっという間に橋を渡っていってしまった。

取り返しの付かないことをしてしまったって言う気持ちが、わたしの中を駆け抜ける。もう会えないんだって思った。
ここに至るまでに何かみほみほに言っておけば、こんな事にはならなかったって。こんな喧嘩別れみたいなことにはならなかったって思った。
澪ちゃんは私の手をとって政庁の方に向きかえる。いつもだったらサラサラと綺麗な匂いをさせて流れる髪が、埃と汚れでベッタリとしていた。
「行くぞ、唯。憂ちゃんに会うんだろ」
なにも気にかけてないように馬に乗り込もうとする澪ちゃんに、わたしは言う。
「澪ちゃん、なんでみほみほにあんなこと言ったの?」
澪ちゃんはしばらく向こうを向いていた。拳がふるふる震えている。肩が震えている。そして振り返る。シンケンな表情だ。怖い。

「唯。私たち軽音部で、生き残っているのって誰だ?」
なんでそんな辛いことを聞くの?澪ちゃん。
「梓もムギも、律も死んだ。生き残ってるのは私とお前だけなんだ。ギターとベース。ボーカル二人だけが生き残っていても、バンドなんて組めないだろ」
口の中からギザギザした大きなボールを吐き出すみたいに、一言一言痛そうに辛そうに続ける。
「だから、梓もムギも、律も生き返らせる。五人でバンドを組むんだ。そして律の望みどおり、ブドーカンでライブをやる」
うん、りっちゃんはずっとそう言ってたね。ブドーカンブドーカンって。でも、最期に望んだことは生き返ってバンドを組むことなんかじゃなかったよ?

「りっちゃんはそんな事望んでなかったよ。りっちゃんは最期に『逃げて』って。澪ちゃんだけには生きて欲しくて、『逃げて』って言ってたよ?」
「だけど逃げるのはもう辞めたんだ!弱い自分を殺して、殺して!光秀だってわたしが殺した!このままこのゲームも、殺し合いをする奴らも殺す!」
そう言って澪ちゃんはわたしの手を握り締める。ぬるっとした感触が伝わる。左手を見る。
繋いでる澪ちゃんの右手を見る。手首まで、裾にまでびっちゃりとこびり付いた、まだ乾いてもいない、

血。

どうしようもない、死の匂いがその血と手から漂ってくる。そっか。澪ちゃん、もう覚悟を決めちゃったんだね。
「勿論、わたしの力なんてたかが知れている。だから協力してくれる人達を引き込んで、主催とか言うヤツらを殺す。律からの文句は生き返らせてから聞くさ」
じゃあなんで、ってやっぱり思ってしまう。
「答えになってないよ、澪ちゃん。なんでみほみほにあんなことを言ったの」
澪ちゃんは目を見てくれない。
「伊達政宗って人は明智光秀と同じ戦闘狂だった。つまり殺し合いに乗ってる人間だ。そして、そんな人間に協力しようなんて思っている人間は、信用出来無い」
「でも伊達さんはあずにゃんを綺麗にしてくれたよ?凄くあっさりしてるけど、カッコよくて優しい人だよ?」
騙されているだけだって澪ちゃんは言う。わたしは何でも信じちゃうから、騙そうとしている人にはあっさり引っかかるって。
そうなのかなぁ。伊達さん、そんな騙すとかそういう人には見えなかったけど。
「とにかく、澪ちゃん。手を洗わないと、だね」
それだけは先にやらないと憂が心配しそうだから、わたしはそう言った。


私はペットボトルの水を使って手に付いた血を流していた。
袖に付いた血までは落ちないだろうから、袖の部分を取る。そもそも半袖なのに手首の袖だけついているという奇妙な衣装だったので、それですんだ。
そうすると唯が、え~それじゃ可愛くないよぉ~、などと不満を口にして、私のディバッグの中からチョイスして渡してきた。
着替えて見せてみると唯はカワイーカワイーとか言ってるけど、またこれを着ることになるとはなぁ。

それにしても、唯をなんとか宥める事が出来てよかった。根が素直な唯は私の言い訳、ぶっちゃけてしまえば嘘、を信じてくれたようだし。
そう、あの片目のみほみほとか言う人を、私はやはり許せなかった。
さっきまでは理由はよく分からなかった。あの異様な左腕が怖かったのかも知れない。こちらの考えを読まれたことが怖かったのかも知れない。
だが違った。唯があそこまであの女を信頼しているのが、許せなかったんだ。
あの女が嫌いな理由の、根っこはそこ。嫉妬だ。そこにどんどんと枝葉がついて、大嫌いになった。

ジロジロ見つめられること、泣いて済まそうとする所、落馬した唯を私より早く助け起こしたこと、私を置き去りにしたこと、そのせいで光秀に酷い事をされた事etc.
一つ一つは小さなこと。上げてみれば他愛も無いことや、八つ当たりもある。
だけど、それが短時間でここまで積み上がったら、それが憎悪と化すのは当然と言える。
巻き添えを食らわせる形になったヴァンさんと言う人には、本当に申し訳ない事をしたと思う。
闘技場の南から来る化け物は、鈍い私でも明智光秀よりまずい、ヤバイ代物だと直感出来た。
例え伊達政宗やヴァンさん、そしてあの女が束になってかかっても、渦潮に飲み込まれるように殺されてしまうだろう。
だからこそ、あの女をそこに導いた。伊達政宗が近寄らせるな、と言っていたにも関わらずだ。
伊達政宗もあの女も、可哀想だけどヴァンさんも、きっと死ぬだろう。
でもそれは仕方の無いことだ。信用出来無い人間や、許せない相手を仲間には出来無い。それでは軽音部を再生することなんて出来無い。
だから見殺しにした。あえて死地に送り込んだ。味方にならない、出来無いのなら邪魔でしか無い。

こちらがあの女を嫌っていることも、邪魔だと思っていることも、向こうには分かっていただろう。
私の態度は相当あからさまだったと、振り返ると思う。
なのにあの女が挑発に乗ったのは、そこまで唯のことが大切でないか、伊達政宗に惚れているのか、逃げることにトラウマがあるのか。
いずれにせよ、やはり唯の近くには置いておけない人間だと言うことだ。
どんなに凄い人であろうと、唯のことを大事にしない奴や、後ろめたいことがある人間を信用出来るものか。
私は唯を連れて政庁へ徒歩を進めた。

【D-5政庁前/一日目/夕方】

平沢唯@けいおん!】
[状態]:健康
[服装]:桜が丘高校女子制服(夏服)
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、武田軍の馬@戦国BASARA、燭台切光忠@現実、中務正宗@現実、雷切@現実、和泉守兼定@現実
[思考]
基本:みんなでこの殺し合いから生還!
0:とにかく憂にあわなくちゃ!
1:誰かが知らない所で死んだりするのは、もう我慢出来ないよ!
2:えぇっと、信用出来る人にこの刀を渡して行けばいいんだよね?
3:憂、なんであんなことしたの…?
4:みんなから聞いた話、だれかに伝えられたらいいなぁ……
5:魔法かあ……アイスとかいっぱい出せたらいいよね……
[備考]
 ※東横桃子には気付いていません。
 ※ルルーシュとの会話の内容や思考は後の書き手さんにお任せ
 ※浅上藤乃と眼帯の女(ライダー)の外見情報を得ました
 ※第二回放送までに命を落とした参加者(死亡前に消滅したアーニャを除く)の記憶を得ました。
 ※第二回放送までに島で起きたほぼ全ての事象を、知識として得ました。
 ※上記二つに関しては知識としてのみ蓄積されている為、都合よく思い出せない可能性があります
 ※信頼できる人間に刀を渡して行くと言う、伊達政宗のプランを福路美穂子から引き継ぎました。

【秋山澪@けいおん!】
[状態]: 健康、両頬に刀傷、覚悟完了
[服装]: 龍門渕家のメイド服@咲-Saki-
[装備]: 田井中律のドラムスティック
[道具]: 基本支給品一式×9、光秀の支給品0~1個(未確認) 、千石撫子の支給品0~1個(確認済み)、バトルロワイアル観光ガイド 、
   桜が丘高校軽音楽部のアルバム@けいおん!、モンキーレンチ@現実、 純白のパンツ@現実、下着とシャツと濡れた制服、
   ニードルガン@コードギアス 反逆のルルーシュ 、桃太郎の絵本@とある魔術の禁書目録、2ぶんの1かいしんだねこ@咲-Saki-、
   法の書@とある魔術の禁書目録、忍びの緊急脱出装置@戦国BASARA×2、軽音楽部のティーセット、 ゼロの仮面、
   シアン化カリウム入りスティックシュガー×5、特上寿司×10人前@現実、 さわ子のコスプレセット@けいおん!、
   ジャンケンカード×十数枚(グーチョキパー混合)、ナイフ、薔薇の入浴剤@現実、一億ペリカの引換券@オリジナル×2、
   光秀の首輪、九字兼定@空の境界、ヒートショーテル@新機動戦記ガンダムW
[思考]
基本:もう一度、軽音部の皆と会うために全力で戦う。
0:政庁に入る。
1:唯を手放さない。
2:軽音部全員を救う方法を見つける。
3:見つけ次第、実行する。
4:手段を選ぶつもりはない。
5:一方通行、ライダー、バーサーカーを警戒
6:福路美穂子は大嫌いだ。
[備考]
※本編9話『新入部員!』以降の参加です
※Eカード、鉄骨渡りのルールを知りました
※エスポワール会議に参加しました
※光秀が一度は死んだ身であることを信じています。
※トレーズへの拷問と死に様を見ました。
※刹那の声を聞きました。
※ブラッドチップ(低スペック)の影響によって己の起源を自覚しました。
※起源は『畏怖』と『逃避』の二つ。
※自分の望みのために、起源を乗り越えて戦う覚悟を決めました。

【龍門渕家のメイド服@咲-Saki-】
龍門渕家に仕える杉乃歩が身につけているメイド服。ピンクのリボンが印象的な、かなりスタンダードなスタイルとなっている。

【ヒートショーテル@新機動戦記ガンダムW】
ガンダムサンドロックが装備していた二本一対のショーテルを小型化したもの。無論、刀身の高熱化もできるが持続時間は短めである。


時系列順で読む


投下順で読む


190:旋律の刃で伐り開く(後編) 秋山澪 208:六爪流(中編)
190:旋律の刃で伐り開く(後編) 伊達政宗 208:六爪流(中編)
192:パンドラを抱きし者 平沢唯 208:六爪流(中編)
192:パンドラを抱きし者 福路美穂子 208:六爪流(中編)
192:パンドラを抱きし者 ヴァン 208:六爪流(中編)
192:パンドラを抱きし者 伊達軍の馬 208:六爪流(中編)
192:パンドラを抱きし者 バーサーカー 208:六爪流(中編)


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最終更新:2010年03月07日 10:07