悪魔 ◆QkyDCV.pEw
飲食チェーン店の屋内、入ってすぐのレジ前にあるソファー。
そのソファーに横になっていた真戸呉緒が身を起こせるようになったのは、アインズ達一行が立ち去ってから丸々一時間以上経ってからだ。
心配げにその体を気遣う毛利蘭。
彼女を安心させる意味でも、また実際にそうでもあるので、真戸は蘭の前で強く拳を握って見せる。
「もう大丈夫です。一体どういう技術かはわかりませんが、本当に彼は私を害する意図が無かったようですね」
置いてあったバッグを手に取った真戸は、蘭に向かって言った。
「ここまで色々手間をおかけしておいてこんな事を言うのは心苦しいのですが、ここで、私達は別れるとしましょう。毛利さんなら、単独でも注意さえ怠らなければ他のまともな人と合流する事も出来るでしょう」
そう言い出すのを半ば予想していたらしい蘭は、確かめるように問い返す。
「……あの人達を、追うつもりですか」
「正確には、その中の人喰をです。こればっかりは役目なので、申し訳ありませんが」
じーっと真戸を見る蘭。言いたい事をどう口にしたものか悩んでいる様子で、その辺は真戸に完璧に見抜かれているのだが、真戸はここに関してはフォローする気は欠片も無い。
「毛利さん、今は話し合うべき時間ではありません。では」
歩き出した真戸に、まあまあ、と声をかけてきたのは、蘭ではなかった。
「そう焦らずとも、少し時間を頂きたいのですが、よろしいですよね?」
つい数時間前、真戸と蘭が同行していた美影ユラという青年を連れ去った赤スーツの男、デミウルゴスがその姿を現したのだ。
彼は店の入り口を塞ぐように立っており、その口元は上機嫌に持ち上がっていた。
蘭がまず何より先に問う。
「美影さんはどうしたの!?」
「死にましたよ。大いなる慈悲によって、ね」
実力差を自覚してなお、蘭はデミウルゴスを強く睨み付ける。
真戸は臨戦態勢を整えながら、静かに問うた。
「で、何か御用で?」
「ああ、それは逆ですよマド」
「……へぇ」
真戸の表情を見て、デミウルゴスは満足気に笑みを浮かべる。
「やはり貴方は優秀です。察しの良い相手との会話は心地良さすら感じられます。貴方達には、揃って用が無くなったのですよ。それを伝えてあげようと思いまして」
慎重に言葉を並べる真戸。
「理由をお聞きしても?」
「答えても無駄でしょう? だって貴方達、揃って今ここで死ぬのですから」
その言葉に蘭の肩がびくりと動くも、真戸は予期していたようで動きは無し。
「当然、抗いますがよろしいですか?」
「そういった礼儀正しさは実に好ましいですよ、マド。私はね、貴方をとても気に入っているのですよ。ですから、まあ、まずはこうするのです」
その瞬間を、真戸も蘭も全く察する事が出来なかった。
ただ、二人共が持つデミウルゴスに15~20レベル相当と見なされた高い能力は、辛うじて起こった結果を即座に認識するぐらいはさせてもらえた。
「っ!?」
歯を食いしばる蘭。彼女の両足の甲に深々と、包丁がそれぞれ一本づつ突き刺さっていたのだ。
「ほう、声を出しませんか、実にいいですねえ。ですがその気骨が災いする事もあると知っておくべきでしたね、モウリラン」
包丁は蘭の足の甲を貫通し、床にまで突き刺さっている。
フロアタイルが相手では包丁の刃に勝ち目は無いはずなのだが、如何な妙技か、はたまた膂力故か、包丁は堅いフロアタイルをも貫いており、蘭はこのせいでその場を動く事が出来なくなってしまう。
「ふふっ、マドはもう私が何をしたいのか、わかっているようですねぇ。で、どうしますか? 貴方の判断能力ならば、モウリランを助けてる余裕なんて一切無い事ぐらい、わかっていますよねえ?」
真戸はバッグの中から、一挙動で大鎌を抜き取る。
「助ける? 馬鹿を言わないで下さい。敵が居るのなら、まずはそれを殺すのが先でしょうに」
大鎌を振りかぶりデミウルゴスへと襲い掛かる真戸。デミウルゴスは、笑みを絶やさぬまま。
「なるほど、案外に愚かなのですね貴方。もしくは、追い詰められて薄い可能性にでも賭ける気になりましたか?」
前回とは全く違う結果になった。
真戸はただの一合も打ち合わせてもらえず、デミウルゴスの姿を完全に見失ってしまう。
「当たり前ですけど、前は手加減してたんですよ。でないと貴方達、すぐに死んでしまうでしょう?」
真戸の手の中にあったはずのエレザールの鎌を、デミウルゴスが手にしていた。
「これは……かなり良い物ですね。ただ、何を考えてこんな形状にしたんでしょうか。ひたすらに使い難いだけでしょうに」
バッグの所まで後退しようとする真戸の胴前面が、斜めに斬り裂かれる。デミウルゴスが奪った大鎌を振るったのだ。
「あー、やっぱり武器を使った手加減って難しいですねえ。ほら、マドももう少し頑張って下さい。さもないと」
傷の痛みを堪えながら、バッグの元まで辿り着いた真戸は中から次なる武器、扶桑刀を取り出す。次の瞬間、その腹部にデミウルゴスの足の爪先がめり込んだ。
壁に叩き付けられた真戸は、激痛と衝撃に動きが取れなくなる。
「こんなもんですか。では、そろそろ始めましょうか」
大鎌をくるくると振り回す。真戸がそうするより下手糞でありながら、その速度は遥かに上だ。
「外れたら、ごめんなさい、ですね」
デミウルゴスの鋭い踏み込みと、掴んだ大鎌の柄を手の内で滑らせて振るったせいで、まるでエレザールの鎌が伸びたかのように見える。
その鎌先は、蘭へと伸びていた。
真戸がデミウルゴスの意図に気付き、必死にその身を起こすも当然間に合わない。
蘭は、足に刺さった包丁を抜こうとこれを掴んでいた所であった。
今すぐ悲鳴を上げてのたうち回りたい程に、痛い。その上、これを抜くには更なる苦痛を覚悟しなければならないのだ。
だが、迷っている暇は無い。真戸が、時間を稼いでくれている間に、何としてでも行動の自由を確保しなければならないのだ。
そう腹をくくって包丁を握った所で、デミウルゴスの動きが見えた。いや、動きというより気配だ。こちらに来る。そう理性ではなく直感でわかった。
包丁を一息に抜きながら、半身になるよう足を大きく引く。
あまりに痛すぎて足首より先が石膏で固めたみたいに感じられるが、足首より上が反応してくれるのなら移動も出来る。
来るのがわかっていながら、蘭にはその切っ先の軌道が全く見えなかった。
見えないのだから、結果どうなったかも我が身の変化でしか知る事は出来ない。
着ていた上着の右半分が、ぺろん、といった感じで垂れ落ちた。
めちゃくちゃ焦ったが、気にしている余裕はない。眼前には殺人を全く躊躇しない怪物が居るのだ。
その怪物は、機嫌良く笑った。
「ん、上手く出来ましたね。ですがモウリランはあまり肌を晒す事に抵抗が無いんでしょうかね。人間の女性は概ね、服をはいでやると喚き叫ぶものなのですが」
まだ蘭の左足にはもう一本の包丁が刺さったままで、蘭はこの場から逃げ出す事が出来ない。
それがわかっている為か、デミウルゴスは全く焦る事なく、立ち上がってきた真戸を見る。
「ねえ、マド。貴方大して気にしてない風を装ってますが、ものすごくモウリランの事を気にかけてますよね? ま、それが恋慕故かそれ以外かは問いませんよ。何にしても、愉快な反応が返ってくるでしょうからね」
再度、突貫してくる真戸の腕を、デミウルゴスは鎌を床に落としながら掴み取る。
真戸の耳に口を寄せ、囁く。
「ゆっくり、楽しんで下さいね」
真戸の両腕を掴んだままデミウルゴスは移動し、壁際にその体を押し付け、まずは右手を壁に押し付けここに包丁を突き刺す。次は左手、右足、左足、と昆虫標本のように真戸の体を壁面に固定する。
そして、振り返りざまにもう一本包丁を投げてやると、今度は堪え切れなかったのか、蘭は短く悲鳴を上げた。
「うあっ!」
この間にもう一本の包丁を抜いた蘭であったが、後ろに下げた足の甲に、デミウルゴスは再び包丁を投げ刺したのだ。
「そうそう、そうやって抗い続けて下さいね、モウリラン。その方がマドもきっと盛り上がると思いますので、ねえ」
至福の表情で真戸を眺めるデミウルゴス。
デミウルゴスは、とても楽しんでいた。これはもちろん彼の趣味による所もあるが、主の慈悲を足蹴にした愚者達を存分に蹂躙するのだ、これが楽しい作業にならぬはずがあるまい。
立場も弁えず下らぬ持論をアインズに語りあまつさえ刃まで向けた下郎と、大いなる慈悲をもって仲間に加えてやろうとアインズが誘ったにも関わらずこれを断るなんて非礼を行った愚雌。
いずれも、万死に値する。いや、死など慈悲にしかなりえない。
身の程を思い知り後悔を抱え絶望しながら死を迎えて始めて、二人は罪を償う事が出来るだろう。
体勢を整え終わった所で、早速やるか、とデミウルゴスが蘭に向け歩を進めると、真戸の様子が劇的なまでに変化した。
獣のように雄叫びを上げながら暴れ始めたのだ。
デミウルゴスが人知を超えた怪力で突き刺した包丁が、力の入り難い今の姿勢で抜けるとも思えない。ただそれすらどうでもいいとばかりに、真戸は全身を跳ねさせる。
基本的に冷静であった真戸のいきなりの変化に、デミウルゴスは何とはなしに忠告してやる。
「手足、千切れますよ。そんな事してると」
デミウルゴスのこの言葉を受け、真戸の暴れ方に変化が生じる。自分の手足を千切るように、力を込め始めたのだ。
突き刺したのは包丁なので、刃部を肉に押し込むようにしてやれば、上下にこすってやれば肉は切れる。そうする事で、拘束から抜け出そうというのだ。
数多の人間を見てきたデミウルゴスであったが、こうまで出来る人間は彼の経験にもそうは居なかった。
真戸呉緒は、妻が人喰に殺され失われた時の様子をその目で見たわけではない。だが、遺体の様子から何が起こったのかは容易に推測出来た。
もちろん具体的に何をどうされたのかまではわからない。わからないからこそ、真戸は何度も何度も、その様子を頭に想像してきたことだろう。
なまじ仕事が仕事であったので、無残にも悲劇にも耐性が出来ており、真戸は自分に都合良く起きた出来事から目をそらす事も出来ない。
それを、目の前でやって見せると言われて、真戸呉緒が平静でいられるはずがないのだ。
身を切られる以上の痛みを知る男が、我が身を切る程度に怖じるはずがないのだ。
絶叫と共に、右手が千切り外れた。
デミウルゴスの口の端が、邪悪に吊り上がっていく。
真戸が腕を、足を外す度に、デミウルゴスは丁寧に外れた場所を一箇所一箇所、再び包丁を投げる事で固定していくのだ。
真戸は何度でもこれを繰り返し、デミウルゴスもその都度、無残さに怯える事もなく千切れた肉に怯む事もなく、淡々と作業のように包丁を投げ続ける。
「やめてよ真戸さん! お願いもうやめて!」
蘭の絶叫にも真戸は止まらない。彼の目はデミウルゴスを貫いたまま、他の何もかもが見えなくなっている。
そしてデミウルゴスもまた、そんな真戸が愛おしくて仕方が無いようで、そちらに注意のほとんどを向けてしまっており、そのせいで気付くのが致命的なレベルで遅れてしまった。
「……どうしてこう、ここは何時もこうなのだ……」
そんなぼやき声に驚き振り向くデミウルゴス。
惨劇が繰り広げられる店の入り口に、デミウルゴスがそうしたようにまた別の人間が、入ってきていた。
彼の名はオシュトル。ヤマト八柱将の一人にして最強の男、デミウルゴスすら無視しえぬだろう屈強の戦士であった。
とぼけた口調ではあったものの、放たれる殺意は尋常ならざる。
デミウルゴスは精神を娯楽から仕事のそれへと切り替える。
「何か御用で?」
期せずして真戸がデミウルゴスに問うたのと同じ言葉を発する。
オシュトルはその問いに、腰の刀を抜き放って答える。
「わざわざ口にする程の理由が必要か? 今ここで某とお主とが戦う事に」
わざとらしく肩をすくめるデミウルゴス。
「いいえ、必要ありませんね。ですが、こちらとしましては有益な人材に対してはその限りではありませんので、確認は必要なのですよ」
オシュトルは両手で手にした刀を、下段に構える。いや、下段から少し斜めに逸れている珍しい構えだ。
「お主の都合を聞いてやる義理なぞ無い」
「もっともで」
下段より跳ね上がる刀。一足で間合いを詰めきったオシュトルの刃がすくいあげるようにデミウルゴスを襲う。
デミウルゴスはエレザールの鎌を拾いこれにて受ける。
凄まじい衝撃がデミウルゴスの両腕を揮わせる。
「ほう、良き武具だな」
感心したようなオシュトルの声。ただ、褒めたのは武具であってデミウルゴスではない。
すぐに、息もつかせぬ三連撃。
いや、追加にもう一撃。三連撃を防ぐのに全神経を傾けていたデミウルゴスには、最後の、それも力を抜いた殺意の無い速さのみの一撃に反応が出来なかった。
オシュトルは剣先で引っ掛けるようにして大鎌の支点を的確に突き、手首の返しのみで剣先を回しデミウルゴスの手より大鎌を弾いて見せたのだ。
「お主のような外道に、これほどの逸品は似合わぬ」
心底から侮蔑したような声と表情に、デミウルゴスはコレとの交渉を諦める。
「悪魔の諸相:鋭利な断爪」
デミウルゴスの爪が刃のように伸び、これにて追撃に迫るオシュトルの攻撃を受け流す。
いや、受けるのみならず。逆腕の爪も同じく伸びており、これにてオシュトルの頭部を貫きにかかる。
避けながらの攻撃も可能であったが、次の次を考えオシュトルは敢えて後退を選ぶ。
デミウルゴスは、オシュトルが下がったのを好機と見て更なる術を行使する。
「ジュデッカの凍結」
決まれば必死の絶対拘束術。だが、オシュトルはデミウルゴスの術行使直前に、刃を眼前に翳し電灯の光を反射させデミウルゴスの目に向け放つ。
もちろんデミウルゴスの目がその程度でどうこうなる訳はない。ただ、ほんの一瞬オシュトルの姿を隠すには充分である。
スキルを放ったときには既に、デミウルゴスの視界内にオシュトルの姿は無い。
左方下より再び掬い上げる一撃が。これを爪で防ぐデミウルゴスであったが、片腕のみで体勢も悪く、更に下から上へと伸びる力であった為、強く踏ん張る事が出来ない。
それでもオシュトルの刃がデミウルゴスに届く事は無かったが、その体が攻撃に耐えかね浮き上がってしまう。
重心が上に上がってしまうと、強い攻撃も防御も難しくなる。これを狙ってのオシュトルの下段からの跳ね上げであった。
そして、この技もデミウルゴスがオシュトルに使ったジュデッカの凍結同様、入ってしまえばほぼ必死確定の一撃。崩れた姿勢でオシュトルの斬撃を防げる程、デミウルゴスは剣技に熟練してはいない。
「悪魔の諸相:煉獄の衣」
突如、デミウルゴスの全身を炎が包み込む。
全くの不意打ちであったが、オシュトルは状況を脳が把握する前に体が後ろへと飛び退いてくれた。
この獣のような反応は、戦士として長年に渡り鍛えに鍛えてきた修練の賜物である。
デミウルゴスが身にまとう炎に、どのような効果があるものか。オシュトルには全くわからないが、それでもオシュトルは攻め手を一切緩めない。
近づきすぎる事はしないが、剣を振るうには遠間すぎないか、と思えるような間合いから、剣先が伸びるような不可思議な剣を振るう。
デミウルゴスはオシュトルの攻勢に防戦一方となる。
伸びた爪がオシュトルの刀を防ぐだけの硬度があるようなのでどうにか持ち堪えてはいるが、時折受け間違えて爪先を弾かれたりしている。
これは、間の悪さが重なれば大きな一撃も許してしまうだろう状況だ。
そしてオシュトルの絶え間ない攻勢は、実に理に適った選択であるのだ。
デミウルゴスは元々、ナザリック階層守護者の中でも戦闘に関しては最下位争いに加わる勢いで弱い。
使える魔法の種類も少ないし、持っているスキルもそれほど戦闘向けではない。
これまで真戸や蘭に対し圧倒的であったのは一重にレベルが高かったから、素の能力が異常に高かったからで、技術が優れているわけではない。
そしてタイプで分けるのならデミウルゴスは搦め手を得意とする術者系に分類されるであろう。これと対するに、下手な猶予を与えるのは愚か極まりない。
今のオシュトルがするように、戦士系ならば一気呵成に攻め立て慣れぬ近接戦闘をさせる事で相手の判断ミスをも誘発するのが正解であろう。
オシュトルには、デミウルゴスを相手にそう出来るほどの確かな実力が備わっているのだから。
とはいえデミウルゴスもまたユグドラシルの最高位、100レベルNPCだ。おいそれと後れを取るような拙い能力値ではない。
ここぞ、といった場所で繰り出した爪撃は、オシュトルの腕をかすめ傷を残す。
そしてデミウルゴスの真骨頂は、その高い知能にこそあるのだ。
『接近戦、不利。戦士系で90レベルは優に超える。術への対応もわかっている』
ここまでは戦闘に慣れた者ならば、容易に判別出来る部分。
『剣筋が正直過ぎますし、身のこなしも統一された理の元で全てが収まっています。膨大な時間を訓練に費やした者の特徴ですね。とはいえ、実戦になれているからこその踏み込み、そして判断、間違いなく専門職の戦士でしょう。この正直過ぎる動きは、他者を教え導く立場にあったせいでしょうね』
言う程オシュトルの剣は正直でもないのだが、この場合のデミウルゴスの比較対象は人間以外も含む多岐に渡るもので、その中で見れば充分素直な剣に見えるものなのだろう。
『人間が言う所の、正しき義に従い生きてきた者の特徴が随所に見られます。なればこその怒りですか』
オシュトルとデミウルゴスが狭い店内を叩き壊しながらやりあっている最中に、どうやらモウリランは残った包丁を引き抜き行動の自由を得た模様。
そこですぐに逃げ出さず、マドを助けに走る辺りが彼女の性質を如実に顕している。ああいった勇気も義侠心も備えた者は、デミウルゴスの大好物だ。
しかし、とデミウルゴスは戦闘に意識を集中させる。
現状までの戦闘結果を鑑みて、デミウルゴスがこの男を打倒するには、自らの切り札をすら切らなければならないと考える。
この男をここで倒す事に、そこまで価値があるものなのか。
この男もまた義侠心故、こうして憤怒と共に襲い掛かってきたのだとしたら、デミウルゴスは大いに失敗したという事だろう。
マドの惨状を考えるにそれは恐らく、取り返しがつかない程のものだ。
ただ、それでも確認は行うべきだ、とデミウルゴスは口を開く。
「貴方の実力を確認出来た事で、幾つか疑問が生じました。少し、お話しませんか?」
返事は斬撃で行われた。
「お互い、今置かれている現状に対し、情報という面でのみならば、協力しあえる部分があると思いますが。この際、お互いの主義主張は置いておいたとしても、私達が話をする事に価値はあると思うのですが、どうでしょう?」
デミウルゴスが圧倒的に不利な立場であったなら、オシュトルはこれを命乞いと断じ相手にしなかっただろう。
だがデミウルゴスはオシュトルの攻撃の悉くを受け止め、いまだ傷らしい傷を負っていないのだ。
そんな相手からの申し出に、オシュトルは一時踏み込みを止める。
「……某に有益な情報があると?」
「さて。情報の価値はそれを価値と認識出来る知能があって始めて成り立ちます。貴方にそれを望めるかどうか、こうして斬りあったのみである私には判断つきかねますが……まあ、試すだけなら大した手間でもないでしょう」
オシュトルの片眉が歪む。
「それがこれから交渉をしようという相手に取る態度か?」
「歯に衣着せぬ性分だとでも思って下さい。もし、この地より脱出のアテがあるとしたのなら、貴方はその剣を我等の為に振るうつもりはありますか?」
「アテとやらを提示出来ぬのなら、無意味な質問だな」
「時間は三日あります。例えば丸一日をアテの証明に割く事になったとしても、充分価値のある話だと考えますが」
「話にならんな……お主、そもそもそんな雲を掴むような話で某を言いくるめられると思っていたのか?」
「いいえ。その後貴方を行動にて説得する自信あっての事ですから、ここは一つ貴方に博打を打っていただかねばなりません。こう言っては何ですが、そちらの二人に賭けるより余程分の良い賭けになると思います。貴方だって、最後の一人になれば生きて返してくれるなんて言葉、信じたわけでもないでしょう?」
そちらの二人こと真戸と蘭は、両足を痛めた蘭と、両手足を深く傷つけられた真戸とで支えあいながら、この間に逃げようと必死にもがいている所だ。
オシュトルは殺気を些かも衰えさせぬまま言った。
「人を喜んで殺す輩を、信じて賭けろなぞと良くも抜かしたものだな」
「いえいえ、これは必要性あっての事でして」
「フン、そういう寝言はせめてその歪んだ笑みを隠してから言え。そちらの男を痛めつけるお主は、大層楽しげに見えたぞ」
「……断言してくれますね」
「下衆も外道も随分と見て来たからな。お主もまたその類よ、漂う腐臭は隠し切れん。人を人とも思わぬ輩は、皆同じ臭いがするものだ」
「そういう理に合わぬ、直感のみで物事を語る愚か者こそ、私からすれば淘汰されるべき存在だと思うのですがね」
ましてやその直感が、正確に物事を捉えているとなれば尚更だ。
強者であるし、そこそこ話も通じる気配は有る。だが、真戸がそうであるように、強固に過ぎる意思と決意は道理をすらねじ伏せてしまう。
挙句、勘のみで真実を見抜くような不条理な存在は、策謀を企むデミウルゴスやアインズにとっては障害にしかなりえない。
『……殺しますか』
そうと決まればデミウルゴスの動きは速い。
如何にこの男を追い込むかを組み立て、結論を出し、実行に移す。
得意の範囲魔法は使えない。使わない。
「悪魔の諸相:豪魔の巨腕」
デミウルゴスの腕が不自然に巨大化し、その大きさに見合った膂力を発揮する。
オシュトルもこの巨腕を直接受けず、横薙に振るわれた腕をくぐってかわす。オシュトルの背後で、店舗の壁面がひしゃげる音がする。
腕が当ったのではなく、空振りが生み出した衝撃のみでそうなったのだろう。
その後もオシュトルが決してこの腕を剣で受けようとしない事から、デミウルゴスは自らの予測が的中している確信を得る。
デミウルゴスの巨腕ならば、この男に一撃で痛打を加えられる。ならば、後はコレをどう当てるかだ。
おあつらえ向きに、オシュトルが巨腕をかいくぐって踏み込んで来た。
飛び下がる事で距離を取る。更に詰めて来るオシュトル。
「なっ!?」
そんな声は、デミウルゴスが掴み上げた女、毛利蘭から聞こえたものだ。デミウルゴスが引いたのは、彼女の居る場所へ飛ぶ為であった。
彼女を更に踏み出してくるオシュトルの眼前に突き出す。
『戦士ならばこの程度では止まりません。ですが、義の人ならばそこに動揺が生まれるはず』
同時に、蘭を掴んでいるのとは逆腕の拳を、大回りさせる形でオシュトルの死角側より横殴りにたたきつけにかかる。ほんの一瞬でも剣が止まれば、その瞬間オシュトルの頭部をこれが直撃する。
オシュトルは突き出された毛利蘭の体を、僅かな躊躇も無くその刀で貫き、更に奥のデミウルゴスへと突き立てた。
「カッ!! ハッ!?」
デミウルゴスの推測は一切間違っていなかった。
オシュトルの体に染み付いた剣技は、誰かを守る為の刃となるもの。
その誰かとは極めて広範にわたる多数の人間達であり、そうした特性はその人間の高い社会性を表わしているものだ。
主な傾向として、同族に対し情け深く我が身を省みぬ例も珍しくは無い、多数の人間から尊敬を集める一方彼等に対し深く広い愛情を持って接する事が多い。
つまり、こうした人質ごと攻撃を仕掛けて来るような真似からは、最も縁遠いはずの人間であった。
ただただ、状況が悪かっただけなのだ。
またオシュトルの持つ刀が、魔女が丹精込めて霊力を注ぎ込んだものであったのも良くなかった。
想像だにしなかった痛撃を、逆に自分が受ける事となったデミウルゴスは即座の悪魔化を決断。
めきりめきりと音を立て、デミウルゴスの体が変貌していく。
その目は変異しながらもオシュトルから離れぬまま、人質を使うつもりで自ら封じていた範囲魔法も、こういうことならば控える理由も無くなった。
オシュトルは、ゆっくりと大上段に刀を構えている。何のつもりかわからないが、デミウルゴスの術の方が間違いなく早い。
だが、その術はすぐに途切れる事となる。
『マ、マドオオオオオオオオオ!!』
千切れた手でありながら、残った指で無理矢理エレザールの鎌を握り締め、側面よりデミウルゴスの口へと真戸は攻撃を仕掛けたのだ。
流石に歴戦。戦の勘所は心得ているようで、デミウルゴスにとって最も嫌なタイミングで参戦してくる。
だが、それでも、真戸呉緒とデミウルゴスとの間にある差は容易には埋まらない。
次なる一撃を、と踏み出す真戸の両足はもつれ、握る手はガクガクと覚束ない。ただ意思の力のみで全てを支え、我が身を乗り出すようにして切りかかる真戸。
「……こうなっては致し方ありません。お二人には速やかなる安息を」
真戸だけではなく、体を刀に貫かれた蘭ですら、戦いに挑もうとその身を起こさんとしていた。
再度唱えたデミウルゴスの範囲攻撃魔法が完成する。デミウルゴスを中心に膨れ上がっていく閃光。
それは真戸を、蘭を、包み込むだろう。今の手負いの二人では、いやさ例え万全の体調であったとしても、直撃をもらえば即死は免れ得ぬ。
そして恐らくはあの男も、これほどの広範囲魔法を避ける術は無いはず。半ばまで完成した悪魔化が成し遂げられれば最早防御にも不安は無い。
後はそのまま圧倒的戦力にて押し潰す。デミウルゴスは勝利を確信していた。
オシュトルは長らく、剣をその手に戦士として生きてきた。
それはこの剣、烈風丸を作り上げた元の持ち主と比較しても、剣士としてならばその完成度には雲泥の差がある程のものだ。
もちろん名剣も多数その手にしてきたオシュトルだが、こうまで神秘的な剣にはついぞお目にかかった事が無い。
剣と言うよりはアクルカだと言われた方がよほどしっくり来る程だ。
その剣の意思、とオシュトルは受け取った、剣に流れる力の脈動はオシュトルにこの剣、烈風丸の深奥に潜む力の存在を教えてくれた。
本来は、ウィッチが用いる為に作られた剣だ。だが、秘奥の前段である烈風斬を苦も無く使いこなしたオシュトルならば、存在さえ認識できれば。
「……鍛え手と持ち手が一緒だったのか? 彼の清廉なる強き意思が感じ取れるようだ……」
まさか女だとは思ってもみない模様。
「お主の意思にはそぐわぬかもしれぬ……だがっ! 我が往く道に一片の曇り無し! この身の全てはただただ大和の民の為! それ以外の何もかもを斬って捨てて見せようぞ!」
オシュトルは義の人でもあるし、その侠気は大和以外の者にも及ぶものであった。
だが同時に、戦場で数多の敵兵を切り伏せた戦鬼でもあるオシュトルは、その意味を、大和の民の利益の為に他国の者を斬る事の意味を、良く知る者でもあったのだ。
デミウルゴスより閃光が溢れる。
オシュトルは恐れず怖じず、剣より流れ込んできた技の名を叫ぶ。
「往けい! 真・烈風斬!」
上空より俯瞰する光景では、その赤熱の塊である赤光は球形に飲食店全てを包み、周囲の建物をも巻き込み何もかもを焼き尽くしていく。
他方、その球形の中心部から一直線に伸びる蒼白き輝きがあり、こちらはもう留まる事を知らず、G3のエリアを貫通した挙句H3エリアをも突き抜け海にまで届く程であった。
両者の攻撃による余波はいつ終わるとも知れず続いていたが、デミウルゴスもオシュトルも、そんな致命的な破壊行為の中心にあって互いを見据えたままであった。
デミウルゴスの体には、縦にまっすぐ輝きの線が走っており、彼の悪魔への変貌もこれの影響か中途半端に止まったままだ。
そしてオシュトルはというと、真・烈風斬が自らへと迫る爆風の全てをかき消してしまったのか、この地獄のような破壊の最中にあって無傷のまま涼しげに立っている。
デミウルゴスは、気持ち上を見上げる事で、零れる涙を堪えようとしたが果たせず、その宝石の瞳から雫が頬を滴る。
「……無念です、無念ですよっ……このような所で、主の許しも無く潰えねばならないとは……」
慰めようというつもりではなく、オシュトルは思うがままをそのまま口にした。
「主も守れずおめおめと生き恥を晒すよりは、余程マシであろうよ」
涙を流しながら、デミウルゴスはオシュトルを縋るような目で見る。
「生きろと、おっしゃられたのです。わが主は。お前が大切だから、決して死んでくれるなと。おお……私は、何という愚か者なのでしょう……お許しを、お許しを……」
それでも、デミウルゴスは決して主の名は口にしない。仲間達への詫びも、心の中で強く念じるのみだ。
『後を、後を頼みますよアルベド! シャルティア! 必ずや、必ずやアインズ様をご無事で……頼みますよ……たのみ、ます……』
ナザリック一の知者、デミウルゴスの最後は知略も何も無い、ただ純粋な祈りの言葉と共に幕を閉じたのであった。
一帯が焼け焦げたような惨状でありながら、燃え上がる火がまるで残っていない。
恐らくは、あの赤スーツの術の威力が高すぎたせいで、燃えずに砕けたのが原因であろう。
あの場にいた残る二人も、遺体の確認はする必要が無い、とオシュトルが断じる程の状況であり、何処かへ飛んでいった上で瓦礫にでも埋もれてしまったのだろう。
せめて埋葬なりとしてやりたい、そう思えるような勇気ある二人であったが、オシュトルはそんな感傷を自らの心の内のみで押し殺した。
オシュトルが次なる敵を求め歩き出すと、ちょうどそのタイミングで放送が聞こえてきた。
知らぬ名前ばかりが呼ばれる中、たった一つ、何度も何度も自分で口にしてきた大切な名前が聞こえてきた。
全てを聞き終えたオシュトルは、疲れた顔で電柱にもたれかかり、言った。
「……は、ははっ、この私のザマを見たか。偉そうに語っておいて、その大和の民すら、守れていないではないか……」
年端もいかぬ少女をもその手にかけておいて、身内が死んだからと悲しむなんて真似、オシュトルに許されているわけがないだろう。
そもそもいざとなれば自ら手にかけねばとまで思っていた、必ず死ぬはずだった者だ。
それでも、八柱将オシュトルの意思の強さを持ってしても、今は、ただの一歩すら歩きだせる気がしない。
ほんの少しの間だけでも、悲しむ時間を、許して欲しかった。
オシュトルはその場に佇み、何時までも動き出す事は無かった。
【毛利蘭@名探偵コナン】死亡
【真戸呉緒@東京喰種トーキョーグール】死亡
【デミウルゴス@オーバーロード】死亡
残り53名
【G-3/朝】
【オシュトル@うたわれるもの 偽りの仮面】
[状態]:健康
[装備]:扶桑刀「烈風丸」@ストライクウィッチーズ
[道具]:基本支給品一式、不明支給品(0~2)
[思考・行動]
基本方針: ヴライを帝都へと生還させるために、殺し合いに乗る。最後は自害する。
1:遭遇した者を殺す。
2:もし己を制する者がいれば、その時は運命だと受け入れる。己はどうなってもいい。
3:ハク殿、クオン殿、ネコネについては――
※参戦時期は22話で処刑を待っている時、ハクとネコネが迎えに来るより以前です。
※ウィッチでもないのに、烈風丸を用いて烈風斬が出来る模様。原理は不明。
※遂に真・烈風斬まで会得しました。もっさん涙目。
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044:舌戦 |
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オシュトル |
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044:舌戦 |
毛利蘭 |
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最終更新:2016年11月05日 10:19