最近の女子高生◆QkyDCV.pEw
片桐安十郎、通称アンジェロは千切れた片腕を抑えながら走る。
こうまでしなければならない程に追い詰められた事への怒りは無論ある。だが、今はそれ以上に生き延びる事だ。
必死の逃走は、すぐに報われる事となる。
さらさらと聞こえてくる音。アンジェロの顔が歓喜に歪む。
木々の隙間を抜け開けた川原に出る。そう、そこは川原で、アンジェロの眼前には川が流れていてくれたのだ。
「よおおおおおおおしよしよしよしよしよし! そうだよ! こうでなきゃなあおい!」
これで逃げるはほぼ間違いなく成し遂げられる。後は、この地の利を活かして攻めるかどうかだ。
アンジェロの脳裏に幾つかのアイディアが浮かぶが、アンジェロは口惜しそうに千切れた腕を見下ろし、これらの攻め手全てを諦める。
川を渡る事だけでもこの腕では相当な苦労を要するだろう。その上攻め手に労力を割くのは得策ではない。
アンジェロは自らのスタンド、アクアネックレスを右腕の傷口に巻き付け圧力をかけて出血を防ぐ。
そして、川へと身を投げた。
大きな傷口を抱えての水泳なぞ正気の沙汰ではないが、スタンドのおかげである程度は出血を抑える事が出来るので、後は痛いのを堪えればいいだけだ。それがとんでもなくキツイのだが。
『クソッ! クソッ! クソッタレェ! 痛ぇぞチクショウ! 仗助の奴何時も何時も何時も何時もよおおおおおおお! てめぇだけは! 何が何でもぶっ殺してやるからよおおおおおおお!!』
それでも何とか泳ぎきり、川の向こう岸にへと辿り着く。体感ではもう数時間以上泳いでいた気分だ。右腕は余りに痛すぎてもう大して痛くなくなってしまっている。
片腕欠損状態で泳いだせいでか、体力を恐ろしく消耗している。
アンジェロは対岸に着くなり、その場に仰向けに寝転がって荒い息を漏らし続ける。
「良く、テレビとかでよぉ……わざわざ好き好んで泳いで走ってしてる奴等居るけどよ……もう、ぜんっぜん理解出来ねぇ。馬鹿じゃねえのかアイツ等、何考えてこんなきっつい事してやがんだよ……」
深夜の川原は川の流れる音が妙に大きく聞こえて来る。
さらさらといった穏やかな音の波は、少し油断すると意識を容易く持っていかれそうになる。そういや、今は夜も夜中だったな、と首を振って上体を起こす。
その場に座り込んだ姿勢のまま、じっと待つ。呼吸も整い、ご丁寧に腕の痛みもぶり返してきた頃、遂に動きがあった。
「来たか!?」
林から東方仗助が飛び出して来るのを見ると、痛みも疲れも忘れて飛び上がる。
「来やがったなあ仗助ええええええ!! おいどうしたよ! さっさと来ねえのか!? ああ、ああ、そこで止まってると俺の腕だけがこっち来ちまうぞ!」
仗助がアンジェロを正確に追う為には、仗助のスタンド能力で残してきた腕を治療し、くっつくべく本体を追って来るこの腕を追跡しなければならなかったのだ。
しかし仗助は口惜しそうな顔で川沿いに立ち、こちらを睨むのみ。
追跡に使ったアンジェロの腕は、水面を器用にぴょんぴょん跳ねながらこちらへと向かって来る。
「よおおおおおし! 待ってましたあああああ! どうだ仗助よおおおおお! まさかここに川があるなんて思って無かったってかあああああ!? どんな気分よ!? 俺を追い詰めるつもりでわざわざ治療しちまってた気分はよおおおおおお!!」
アンジェロは仗助を指を差して大笑いしてやる。
そして、水面を跳ねきったアンジェロの右腕は、最後に一際高く跳躍すると、千切れたアンジェロの腕にくっついた。
「うっ! うおおおおおおお! 何だこりゃあああああ!!」
皮膚が、肉が、骨が再生し、侵食するように腕が同化していく。
「い、痛くねえぞ! おい仗助! すげぇなお前のスタンドはよぉ! こんなん反則じゃねえか! おおっ!? おおおおおおっ! すっげ、本当にくっついちまったぞ! もうほんの欠片も痛くねええええええ!! うひっ! うはっはひゃっはははは! たまんねえなぁ仗助よぉ! おめーのスタンドに言っといてくれや! おかげでまたこの手で人を殺して回れますありがとうございましたってよ! ぎゃはーっははははははっ!」
アンジェロが絶好調に煽ってやると、激怒したらしい仗助は何と、川の中へと踏み込んで来るではないか。
『マジか!? ほ、本当に来てくれるってのかおいおいおいおい! 仗助の奴ぁ、しばらく見ない内に随分とマヌケになったもんだなあええおい!?』
だが、アンジェロも油断はしない。以前やったような口からの侵入は通用しないと考えるべきだ。
ならば次は耳か、鼻か。いずれでも、泳いで来てくれるのならどうとでもなる。
しかし仗助はその場でぴょんと飛び上がると、何と足元にスタンドを作り出した。
スタンドの背に乗った仗助は、そのまま背の上で両腕を組んで立ち、スタンドが物凄い勢いで川を泳ぎ渡ってくるではないか。
思わず呆気に取られるアンジェロ。
『はあ? それで水中に沈まないのはいいとして、スタンドに泳がせてたら、お前の本体襲われた時防ぎようがねえだろ。アホかアイツは?』
一応、水上に体が出ているのだから、アクアネックレスに襲われたとしても目視は出来よう。水中でそうされたら見つける事すら出来まい。
アクアネックレス自体には、ロクな攻撃能力も無い事を完全に見抜かれている。その上で、体内への侵入さえ防げればいいという事だろう。
あそこまで自信満々なのだ、恐らく口の中だけではなく、耳にも、鼻にも、対アクアネックレスの罠が仕掛けてあるのだろう。
アンジェロはしかし、表情が表に出ぬようぐっと堪える。
『ま、ま、ま、マヌケめええええええ!! もう一箇所、テメエは確実に見落としてる場所があるんだよタアアアアアコ!!』
それは眼球。目の中に何かを仕掛ける事は、如何な仗助でも出来まい。
毛穴のような極端に小さい穴か、閉じられている穴には侵入出来ない。
だからこそ口耳鼻を防げば万全と考えたのだろうが、アンジェロは次なる手を用意していたのだ。
また、アクアネックレスに短刀でも持たせ傷口を作ってしまうという手もある。
どちらにしても、スタンドの上に乗って移動している今は、あの強力なスタンドでも手も足も出まい。
『その余裕こいた自信満々面! 思う存分叩き潰してやるぜええええええええ!!』
アンジェロのスタンド、アクアネックレスが川を泳ぎ進む。目指す仗助まで後少しと迫った所で、それは降って来た。
突然の爆音。アンジェロへと降り注ぐ土砂に思わず右手を頭上に掲げ、そういやこれ怪我した腕じゃねえかとめちゃくちゃ焦るが、治療した後だったと思い出しほっと胸を撫で下ろす。何とも忙しない事だ。
『な、何だあ!?』
近くで何かが爆発したようだ。即座にスタンド攻撃の可能性に思い至ったアンジェロだったが、まず仗助のスタンドではない。
元々遠距離型でもないし、泳ぎながら何かを投げたのなら流石に気付いていたはずだ。
一体、と土砂が上がった付近の暗がりに目を凝らす。川原の砂が大きく削り取られ、デカイ半円の穴が開いてしまっている。
『コイツは……まさか、砲撃とか、か?』
すぐに山の方へと目を向ける。確か音は二度したはず。一回目の音は山の方から聞こえて来た。つまり、本当に砲撃を受けたという事だろう。
アンジェロは、まさかと仗助を見ると、奴は、小憎らしい顔で笑っていた。
「てんめえええええ仗助えええええええ! 何時の間にこんなもん……」
だが、どうやら暗闇が幸いしたか着弾はアンジェロから大きくズレていて、これならば大丈夫かと一瞬、考えかけた。
『いやっ! 違えっ! 砲撃なら尚の事! 今すぐここを離れなきゃヤベェ!』
初弾を打ち込んだ後、弾着を見て照準を修正するのは、軍事素人のアンジェロにだってわかる話だ。
既に仗助は川の半ば以上を渡りきっている。川を盾に仗助を防ぐというアンジェロの考えは、脆くも崩れ去ったのだ。
「ちっくしょおおおおおおお!! 覚えてやがれよ仗助えええええええ!!」
そう叫び身を翻す。こうなっては最早仗助の渡河を防ぐ猶予はあるまい。アンジェロは疲れた体を鞭打ちありったけを振り絞って走り出した。
東方仗助のスタンド、クレイジー・ダイヤモンドの能力で西住みほの怪我を治してやると、みほは肌に触れられた事で目を覚ます。
意識を失いながらも緊張状態を維持していたおかげだろう。
目を覚ましたみほは自分の体にあったはずの怪我が一切なくなっている事に物凄く驚いていたが、仗助がスタンドの説明を軽くしてやり、かつ簡単な実践をしてやると一応程度ではあるが、納得はしてくれた。
「アンタはここで待っていてくれ。俺が奴を、アンジェロをぶちのめしてくるからよ」
みほは左右を見回した後、茂みの上に落ちていたテーザー銃を拾って言った。
「わ、私も行きます」
思わぬ申し出に、仗助は目を丸くする。
「おいおい、勇ましいじゃねえの。だがな、アイツのスタンド、アクアネックレスはちっとばかり面倒でな。水に気をつけなきゃならねえとか色々注意点があるんだ。悪いがスタンド戦に慣れてないアンタじゃ……」
みほはアクアネックレスの小人のような姿を視認している。
「水、あると良く無いんですか?」
「ん? ああ、アレは水と同化するタイプのスタンドだからな」
「あ、あの……でしたら近くに川があったりしたら、マズイ、ですか?」
「何!?」
急に真顔になった仗助に、みほは地図を手に取り、コンパスを確認しつつ開いて見せる。
「現在地は、多分、ここ、この辺です。ああ、やっぱりあった。ここからなら数分もしないでこの川にぶつかります。ほら、よーく耳を澄ませば川の音も聞こえますよ」
言われてそうしてみれば、閑散とした山中である事もあり微かに水音を聞く事も出来る。
苛立たしげに木を殴る仗助。これでは、ほぼ確実に逃げられてしまう。
みほは、バッグの中から何枚かの細長い木の板を取り出した。
「怪我が治る魔法があるんなら……もしかしたら」
みほが手にしていた五枚の小さな木の板には、説明書きが添えられていた。
『戦車詰め合わせセット』と書かれた紙で、それぞれ板一枚につき一台分の戦車の名前が書いてあり、説明書きに曰く、板を折れば中から戦車が出て来て、折った人間とそのすぐ近くに居る者は即座に搭乗状態になる、らしい。
ヤークトパンター、マウス、IV号戦車等書かれた板の中から、みほはIV号戦車を選択し、試しにと板を折ってみた。
瞬間、ずしんと腹の底に響く音と共に、周囲の風景が切り替わる。
「何だ!? 新手のスタンド攻撃か!?」
とお約束の台詞を口にする仗助を他所に、車内の電灯が付くとすぐにここが何処なのかみほは察する。
「嘘……本当にこれ、IV号戦車だ……」
いきなり狭い場所に放り込まれ若干パニクってる仗助の為に、上部ハッチを開いてやるとようやく仗助にも状況が理解出来た。
「うわ、マジで戦車じゃねえか」
戦車には大して詳しくない仗助は、ハッチから飛び降りて外からぐるりとこれを見て回る。その間に、みほは内部の動作チェックを行っている。
その全てをあっという間に終えると、中からみほが言った。
「あの、これ動きます。もし、さっきの人を追うのなら、役に立てると思うんですが……」
この戦車はIV号戦車の中でもF2型と呼ばれる後期のもので、みほが使っていたものと比べて長砲身の砲塔を搭載しているのが特徴だ。
それはより高い威力と命中精度を約束するものだが、現状、戦車内にみほ一人である事と、夜間でかつ足場がそもそも戦車が通る事を一切考えられていない山中である事を考えるに、命中弾を出すのはほぼ不可能であるとみほは考える。
一人でえっちらおっちらと砲弾を込め、戦車の向きを変えて、砲の調整を済ませる。
砲手窓から外を覗き込むと、夜で山中だという事が重なり全く何も見えない。
仕方なくみほは車中の照明を切る。これをやると戦車の中は真の暗闇に包まれるが、みほは気にせず窓から見える闇に集中する。
戦車の外の闇は、車中のものと違って真なる闇に非ず。天より注ぐ月明かりがあるはずなのだ。
じっと目を凝らすと、どうにか風景の輪郭らしきものが見えてきた。
狙う先は、この窓からは見える場所にはない。それでは何を目標にするかと言えば、みほは砲身の先にある一本の木を目印としていた。
この木の脇、上から三番目の枝の下を通すと、おおよそみほが地図で確認した位置周辺に撃ち込めるだろうと。
弾道はブレの少ない水平射なので、これなら扱い慣れた砲塔でなくともある程度は照準を絞る事が出来よう。
もともとみほは車長であり、砲手ではないので慣れるも何も無いのであるが。
時計を見て仗助との約束の時間になると、みほは引き金を引く。盛大な、しかし耳慣れた発射音が響く。
急ぎ次弾の装填に取り掛かる。弾着音もおよそみほが想像していた通りのタイミングだった。当ったかどうかの確認はみほには出来ないので、今の段階では天に祈る他無い。
アンジェロが危惧していた弾着確認後、修正しての追撃は、このような形であったので実はみほには出来ないのだ。
代わりに、砲撃を済ませた後は次弾を装填し、すぐに今度は操縦席に座る。
こちらもみほの専門ではないのだが、免許を持っている以上当然操縦は出来る。
だが、林の中を抜け山中を移動させてみると、どうにも思うように動いてくれない。
「やっぱり、操縦はセンスだよね」
改めてあんこうチーム操縦手、冷泉麻子の偉大さを知るみほ。大会前に彼女を得る事が出来たのは、大洗にとって本当に僥倖であった。
当人にとっては褒められたものではない機動、しかし他者から見れば驚く程スムーズに山を進むIV号戦車F2型は、勢い良く林から川原へと飛び出した。
操縦手用覗き窓から見える景色に、標的の姿は無い。川を渡った先に居た仗助がこちらに向かって首を横に振っている。
前後の状況はわからないが敵を逃がしたという事だろう。
走って追う事をしてない所から、相手は逃走に何か道具を用いたか。
みほは戦車に乗っていて安全度はそこそこあったので、みほを待っていたという線は薄いだろう。
だが、彼は再びこちらに川を渡って戻って来る。
彼言う所のスタンドとやらが泳ぐ背の上に立ち、これでもかという勢いでふんぞりかえって腕を組みながら。
確かに、みほが見た標的のスタンドは小人のようで、戦車に乗っていては視認が難しいだろうし、内部に忍び込む事も可能かもしれない。
遠く離れた場所にあの小人は移動出来、しかも小人を操っている人は小人と視界を共有出来るらしいし。
そうなってくると逆に、ああして本体の位置がはっきりしてる好機を逃すべきではない、とみほは思ったのだが、彼はそれ以上にみほの安全を優先したようだ。
この他にも、彼がみほを気遣ってくれた場面は多々ある。
「優しい、人なのかな」
彼、東方仗助がこちらに来るまでまだ少しある。みほは一息ついたと、座っている席に深くもたれかかる。
一番最初に目が覚めた後、ひどく鈍っていた思考は、敵が見えた途端回転速度を増し、一度意識を失ってしまうもその緊張感が途切れる事は無かった。
冷静になって考えてみると、随分と大層な事になっている。
魔法の小人に手足を切られたり、魔法でその傷が治ったり、魔法で戦車が飛び出して来たりと、何で自分はこうも平然としたままこんな状況を受け入れてしまっているのか、自分でも理解に苦しむ所がある。
ただ、どんな状況下であれ、与えられた条件の中で自分に出来る限りをしようと、それだけは何一つ変わらない。
母には、その与えられた条件というものを規定する現状認識能力がズレている、と言われていたものだが、姉はこの辺りを評価してくれているようにも思える。
そろそろか、とみほは上部ハッチを開き、外に出る。
この戦車で川を渡るのはやめた方がいい、もし追うのなら、少なくともIV号戦車はここに置いていかなければならない。と考えてはいる。
だがみほなりの判断はあれど、まずは彼の考えを聞いてからだ、とみほはこちらに向かってくる東方仗助を出迎えるのだった。
アンジェロは、戻って来た腕をもう何度目になるか、丁寧にさすってみる。
傷口一つ残らず、綺麗にくっついている。深く皮膚を押し込んでみても、そこに違和感のようなものはなく、はじめからそうであったように腕は一本の繋がった腕であった。
「つくづくとんでもねえスタンドだな、アイツのは」
とはいえ、殺傷能力ならアンジェロのアクアネックレスが上だと確信している。
それにこうして一度でも姿をくらましてしまえば、アンジェロ側は圧倒的に有利になるのだ。
ましてや今の仗助は足手まといの女を連れているのだから。
「ん?」
そこまで考えたアンジェロ、事態の不可思議さに思い至る。では、援護砲撃を行ったのは誰だ?
仗助には始めからもう一人協力者が居た? いや、だとしたらあの女を治療後、同行者に任せて即座に追って来ていたはず。
それをしなかったというのは、あの砲撃を用意するのに時間が必要だったという事。それがどんな時間かはわからないが、あの女が目を覚ます等の時間が必要だったはず。
思えば、あの女の反応は異常だった。片腕片足を失いかけていながらも的確な反撃を仕掛けてくるなぞ、見た目通りの小娘なわけがない。
しかもあの女、アンジェロのスタンドが見えていた。砲撃ももしかしたら、あの女のスタンドなのかもしれない。
「やべぇ、か?」
アンジェロは付近に潜み、仗助とあの女を監視し仕留めるつもりでいたのだが、現状そうするには危険要素が多すぎる。
あの女は窮地にあってもそのスタンド能力を余す所なく発揮出来るタフな奴であろうし、そこに仗助の知恵とスタンドが付いたなら、アンジェロにはとてもではないが手に負えなくなる可能性が高い。
腸煮えくり返る思いと同時に、何処か安堵している部分もあった。
片桐安十郎、アンジェロは東方仗助を恐れている。
それは奴に負けたら再び岩に変えられてしまう、といった恐ろしさもさる事ながら、アンジェロが知恵を絞り必勝を期して仕掛けた罠に対し、仗助は完璧に対処しきっていたのだ。
母親を遠ざけ、屋内に水の浸入を許さぬ備えを整え、雨なんてものまで利用しながら最後の最後までアンジェロの罠にハマる事は無かった。
挙句アンジェロの思いもよらぬ手でアクアネックレスを捕縛してくれたのだ。
命を狙われているというのに、恐るべき冷静さであり、思考力であり、発想力であった。
アンジェロはそんな仗助に、完膚なきまでに敗れたのだ。
真っ向からの知恵比べでは、もしかしたら分が悪いのではと思っても仕方があるまい。
そんな相手に、更にタフな精神を持つ謎のスタンド使いが加わっているのだ。アンジェロは至極冷静に、自身の不利を察した。
そうとわかった瞬間、アンジェロはその場を走って離れる。
水と混ぜたアクアネックレスを走らせ周囲を索敵しながら、アンジェロは少しでも仗助から離れられるよう走って走って走り続ける。
或いは、岩に混ぜ込まれる前のアンジェロであったならば、危険を知りながらも恨みを忘れられず仗助に固執したかもしれない。
だが岩の中に封じられ、何時果てるとも知らぬ時を身動き一つ取れず過ごし続けるのは、アンジェロ程の外道を持ってしても、己を曲げてでも二度と味わいたくないと思う程の苦痛であったようだ。
勝てる算段がつくまでは逃げる。なんて賢い選択を、仗助が相手ならば選べるようになったのは彼にとって良い事なのかそうでないのか。
ただ、今回に限って言うならば、これは彼にとって実に幸運な選択であった。
アンジェロが呼吸の限界まで走った先。そこで息を整え、バッグの中の飲料を喉へと流し込み、ぷはぁと大きく息を吐いた後で、町の路地に入り目立たぬ場所でじっと体力の回復を待っていた。
そして随分と時間が経ってから、アンジェロは新たな人物が歩いて来るのを見つける。
彼女の足取りから、体力に優れた相手ではないと見てとったアンジェロは、嬉々として彼女の前に姿を現す。
彼女は偶然出会ってしまったアンジェロを見て、小動物のように細かく震えているように見えた。
丈槍由紀という少女は、見た目と言動とは裏腹に高い知能を持っている。
精神の安定を保つため常人には理解出来ぬ逃避の仕方をしていた彼女だが、それでも彼女があの『がっこうぐらし』において致命的な行為を行ってしまう事は無かった。
時に彼女のみ聞こえるめぐねえの助言として、時に気まぐれ思いつきとして、由紀は危険を避け続けていた。
可愛いからと手に取った土産の品も、実用性の高い品々で後々役に立つといった事が多々あった。
恐らく、つい先ごろ江戸川コナンの誘導で危機を脱した際も、彼女なりに何か感じ取るものがあったのかもしれない。
丈槍由紀は常人よりも優れた聴力を有しているのだから。
そんな彼女であったが、街路に音もなく座り込んでいる相手を、この夜闇の中で見つけ出す事は不可能だ。
だからアンジェロという殺人鬼の接近を許してしまったのであるが、その容貌、立ち居振る舞いを見て、すぐに警戒すべき相手であると見抜いたのはやはり高い知能に支えられた観察力の賜物であったのだろう。
誰何の声すらあげず、由紀は身を翻して逃げ出した。
その迷いの無い動きに、アンジェロも反応が遅れる。
由紀はまず、すぐ近くの角を曲がってアンジェロの視界から外れる事を優先した。
しかる後、出来るだけ分岐路の多い方を目指して走る。更に、建物が邪魔で遠くまで視界が通らない地区を通るように。
先々を見据えたルート選択であったのだが、遠隔操作型のスタンドが相手である。
これより人の足のみで逃げ切るのは、そもそも不可能であった。
走る由紀の足元に、まとわりつくように水を帯びた人型、アンジェロのスタンド、アクアネックレスが。
「え?」
あっという間に由紀の体を這い登り、その口から中へと侵入していく。
由紀は地上に居ながらにして溺れるという稀有な体験を味わう。
助けを求めるように手を伸ばす、その先の角から、先ほどの男、アンジェロが姿を現す。
これ以上無いというぐらい、楽しそうな笑みを浮かべながら。
「いいねぇ、いいねぇ、いいよぉ。仗助はぶち殺してやりたい、その通りなんだがな。まずは違うだろ、順番だよ順番。何より先によぉ、この溜まりに溜まったもんを吐き出してからでないと俺ぁどうにかなっちまいそうだわ。ムショから出た時だってよぉ、まずは俺が楽しい事だ。これが最優先だったろうが。なあ、事の後先ってな重要な事だろうが」
アンジェロは一歩一歩、リズムを取りながら由紀の元へと歩み寄る。
「童顔とっ、スケベボディとかっ、一粒でっ、二度おいしいっ」
腰を前後に振りながら、思いつきで歌っぽい言葉を並べ立てる。
「スタンダードな制服にっ、明らか校則違反な帽子っ、わぁるい子だねぇっ」
今度は腰を左右にくねらせながら、腕を左右に広げて見せる。
「なあ、おい、お前、これから、どうなるか、わかってる? わかってるよな? わかってねえとつまらねえぜ?」
ぐるんぐるんと腰をローリング。これだけアンジェロが余裕かましていても、由紀は喉を塞ぐアクアネックレスのせいで身動きが取れない。
「心配すんな、俺ぁこれでも、経験者よ。いいか、良い事、教えてやるぜ」
恐怖にこちらを見上げる少女を見て、ズボンがいきり立つのを隠そうともしない。
「一番興奮すんのはやってる最中、一番気持ち良いのがやり終わる寸前、んでな、一番楽しいのはやり始める直前なんだよ」
由紀の側に辿り着くと、その周囲を踊りながらぐるぐる回り出す。
「自分を盛り上げていくわけよ、相手の面見てよぉ、服引き剥がしてよぉ、泣き喚く声聞いてよぉ、そっからまだ続くんだぜ」
わざとらしく両腕を前後に振って歩き回り、何処かの映画で見た事あるような狂人の真似をしてみる。
「恥ずかしがって泣く声と、怖くて泣く声と、痛くて泣く声ってな違うのよ。どれかだけじゃもったいねえ、全部だ。全部楽しまなきゃなぁ、せっかくの貴重な資源、大事に大事に使ってやらねぇとなあ、ウッ、ウプッ、ウププププッ」
アクアネックレスは窒息しないよう拘束のみに用いている。だから、女の子らしい恐怖の反応を丸ごとそのまま楽しめる。
「そうそう、その顔っ。きちんと段階踏んでるようで嬉しいぜぇ。結構よぉ、居るんだよ。顔はまともそうなのによぉ、色々と経験しすぎてて途中の経過すっとばしちまう奴。萎えるんだよなぁ、そういう時ぁよ、俺も仕方ないから一気に飛ばして痛い悲鳴を聞く事にすんのよ。まあ、そういうクソビッチに悲鳴上げさせんのはまた格別な楽しさがあるから、一長一短ってな。どうよ、俺も難しい言葉知ってんだろ?」
アンジェロは手を伸ばし、由紀の衣服を掴んで引きちぎる。
「~~~~♪ ~~~~♪ ~~~~♪ ~~~~♪」
陽気に歌を歌いながら、嫌だ止めてと上げる悲鳴をシンバル代わりに、リズムを取って歌い続ける。
「~~♪ ~~♪ ~~♪ ~~~~♪」
下着に手をかける。抵抗される。足に沿って引っ張り脱がせるフリをして、残念無念と引きちぎって破り捨てる。
「デデツツ♪ デデツツ♪ デデツツ♪ デデツツ♪」
一番楽しい時間を、この上なく愉快に過ごしたアンジェロは、全ての衣服を剥ぎ取った由紀の顔を掴み上げて言った。
「後は飛ぶだけ~♪」
由紀は本当に頭の回転の速い娘だ。
彼女はアンジェロが彼女で遊んでいる間も、どうすれば生き残れるかに焦点を絞って行動を続けていた。
つまり、アンジェロの予想、期待に沿った行動を選び続ける事だ。
言動一つ一つに注視し、アンジェロの表情や態度から自分が好ましくない事をしているかを掴み取る。
基本的には、由紀が当たり前に思いつく反応で問題は無かった。
キツかったのは、由紀がこうすれば上手く辛い状況を誤魔化せるのでは、と思えるような行動を一切取らせてもらえなかった事だ。
恥ずかしさや惨めさを誤魔化せるような、そんな行動の一切をアンジェロは良しとせず、その逆目を追う事こそが彼の期待に応える道であった。
この段階で既に、由紀はアンジェロが「飛ぶ事」をすら許容の上で、生き残りの道を模索していた。
もちろん当人に自覚は無いし、ソレと自覚しない事こそがこの窮状を潜り抜ける妙手でもあった。
極限に置かれた自己の精神安定を、細い綱を渡って見せるような繊細さで進む由紀。
そんな由紀が、彼の出現を見るや、全ての反応を止めてしまった。
投げたのでもない、挫けたのでもない、諦めたのでもない。
何をしても無駄だと、その聡明な頭脳で悟っただけである。
『そっか。私、おしまいなんだぁ』
この戦いは、概してロクでもないものになるだろう。
そんな予感は当然あったし、相応の覚悟をしてはきたつもりだ。
それでも、オシュトルにとっての戦いとは戦の事であり、死をも覚悟した武士同士が刃を交える行為であって、間違ってもロクに剣も握れぬような弱者を下劣な欲望の元蹂躙するような行為ではない。
人数も百人にも満たぬらしいし、全てが屈強な戦士、ないし優れた術者である、そう考えていた部分があった。
もちろんそれは見た目だけでは判断出来ない。そもそもオシュトルの妹からして、戦闘に耐えうる優れた術者であるが、見た目はどう見てもただの子供だ。
そんな刃持つ相手を、如何に実力差があるとはいえ手篭めにしようなどとは思わない。
行為の最中に仕掛けてこられたら防ぎようがないのだし、ただただ己を不利にするだけの油断でしかなかろう。
だが、そんなオシュトルがまず見つけたのは、戦う気なんて何処かに投げ捨てたような暢気顔の二人組、そして、次に見つけたのは少女を裸に剥いて喜ぶ下衆であった。
別に期待はしていない。戦を望んでいるわけでもない。それでも、大きな溜息一つ分ぐらいは、失望をあらわにしてしまうオシュトルである。
不意打ちは性に合わないし、この溜息で相手に気取られても一向に構いはしない。むしろ、気付いてさっさと応戦の備えをしてくれといった所だ。
下衆な男は、オシュトルを見て本当に不愉快そうな顔をした。
「こ・こ・で! 出て来る馬鹿があるかあああああああああ!! てめえ空気読めねえとか言われねえかボケえええええええ!!」
一々まともに応対するのも面倒なので、オシュトルはさっさと剣を抜き放つ。
「わかったわかった、いいからさっさと抜け。それとも無抵抗で斬られるか?」
下衆な男は、ああ? と凄んで来る。身の程知らずにも。もちろんそれでオシュトルが足を止めてやる謂れは無い。
だが、そこで裸にされた少女が下衆な男を庇うように、ちょうど下衆な男とオシュトルとの中間地点に立つのは意外な出来事であった。
「助けに来たんだよなぁ、色男よぉ。ならよぉ、こうなったらどうするんだ? ええ? 言っておくが、俺はここから一息でコイツを殺せるぞ? なあ、なあ、なあなあなあなあっ! どおおおおおおしてくれんだコレよおおおおおおお!?」
オシュトルは、アンジェロが想像も付かぬ踏み込みの速さを見せる。
「某も出来るが?」
一息で踏み出し、オシュトルは少女、丈槍由紀の首を一刀で跳ね飛ばした。
呆気に取られるアンジェロ。転がった由紀の首から、大慌てでアクアネックレスが飛び出して来た。
「お、おまっ、お前っ! 助けに来たわけじゃ、ねえってか? へ、へへっ、だが……」
オシュトルはちらっとアクアネックレスに目を向ける。
「なるほど、先程少女が動いたタネはそれか」
「なっ! てめぇもスタンドが見えるってか!? クソッたれ! 何だってこう次から次へとスタンド使いが出て来やがんだ!」
だが、とアンジェロはバッグの中からペットボトルを取り出して封を開け、ふりかぶってオシュトルへと投げつける。
「これを避けられなきゃ一緒なんだよおおおおおおお!!」
この飛翔する水に紛れて接近し、口でも鼻でも耳でも使って中に入ればおしまいだ。
なのに、アンジェロは頭の先からケツの穴までを氷柱でぶちぬかれたような悪寒を覚える。
敢えてその理由を挙げるとすれば、それは凄み、とでも言うべきか。
剣を構えたオシュトルの、何をしでかしてもおかしくない佇まい、それに恐れをなしたのだ。
咄嗟にアクアネックレスを下げると、ペットボトルの水のみがオシュトル目掛けて降り注ぐが、オシュトルは肩から先だけを動かした重心も乗っていないような剣の動きのみで、飛沫の全てを弾き飛ばしてしまった。
「なあっ!? てめえ! 何しやがった!」
つまらなそうにオシュトルは言う。
「水が危ないと自分で言っただろう。だから弾いたまでだ」
そう事も無げに言うが、アンジェロはオシュトルの言葉を額面どおりには受け取らなかった。
『弾いた? 違う! アイツがやりやがったのはそんな単純な事じゃねえ! アイツは今! 間違いなく水を斬りやがった! ヤベェ! アレはゲロが出る程にやべえええええ!! アレは間違いなく、俺のアクアネックレスですら斬ってみせる! 理屈じゃねえ! 俺のこの震える体が! 手足がそう言って来やがるんだ!』
期せずしてアンジェロも由紀と同じ結論に至る。
コレは、絶対に勝てぬ、絶対に逃げられぬ、何一つ通用せぬ次元の違う何かだと。
だがそれでも、今日のアンジェロには、素晴らしき悪運の神様がついていてくれるのだ。
「おいおい! 一体何だってんだよコイツはぉ! アンジェロ! てめぇ一体何しやがったてんだ!」
路地入り口、大通りから程近い場所に人影が二つ。二度と見たくない、だが今この時に限って言えば天上よりつかわされた救世主にも見える、東方仗助とスタンド使いの女であった。
瞬時に思考をめぐらせるアンジェロ。
「俺が? 何をしただって? おめぇ状況わかってねえのかよ! その女の傷を見ろ! 俺がアクアネックレスでやったのか、そこの野朗が手に持った剣でぶった斬ったのか、一目瞭然だろうが!」
アンジェロはまくしたてる。
「おい仗助! てめぇはそっちから仕掛けろ! 俺はその間にコイツの隙を見つける! いいか仗助! 油断すんじゃねえぞ! コイツの剣は常識じゃ計れねぇ速さと威力がありやがるからよ!」
アンジェロの寝言など何一つ聞く気のない仗助であるが、アクアネックレスで女の首をあんな綺麗に切断するのが不可能なのは仗助にもわかる。
なので仗助は、剣を下げた男に確認する。
「よう、そこのクソ外道が言ってる事は本当か? アンタがそこの娘殺しやがったのか?」
オシュトルはこれを隠すつもりもない。
「そうだ。其方はあの下衆の仲間か?」
「ブッ殺されてーか、誰が誰の仲間だ。ああ、いや、ぶちのめすのは一緒だな。おい、一応理由を聞いてやる。どうしてその娘を殺した?」
「生き残るのは一人だろう?」
「ああそうかい。そうかいそうかい、よおおおおくわかったわ」
仗助の傍らにスタンド、クレイジー・ダイヤモンドが姿を現す。
「てめぇは俺がぶちのめす」
「やってみろ小僧」
クレイジー・ダイヤモンドの拳は下から掬い上げるような一撃で、これをオシュトルの腹部へと見舞う仗助。
対するオシュトルは、拳の早さに驚きながらも手にした刀を拳に合わせ振りぬく。
甲高い金属音。
クレイジー・ダイヤモンドの拳も、オシュトルの扶桑刀も双方音高く弾かれてしまう。
「何!?」
「何と!?」
驚きの声もオシュトル、仗助双方から。
オシュトルの剣撃を弾くなぞ、そんな真似が出来る戦士はヤマトにすらそうはいないし、スタンドの中でも特にパワーの強い仗助のクレイジー・Dの拳を生身で弾いてみせるなぞ本来ありえぬ出来事だ。
両者が一撃を交わした直後、アンジェロは二人に背を向け脱兎の如く逃げ出した。
お互いが油断ならぬ相手であると認識した直後で、どちらもが情報不足から下手に動けぬ時を正確に見切ってのこの逃走は、アンジェロ会心のファインプレーだ。
仗助のクレイジー・Dが両拳を握り、脇を締めて同時に大きく後ろに引く。
本来、こんな構えでは力など入りようがない。だが、これは人間とは力の入り方、システムが違うスタンドにとってはこれこそが必殺の構えであるのだ。
「ドラララララララララーーーーーーー!」
そこから繰り出すは嵐のような連打。
パンチは技術である。この技術の低い者がどう足掻いた所で、一定以上の威力は望み得無い。
腕力で補うにしても限界があるという話。だが、そんな技術はあくまで人間がパンチを撃つ為のものであって、スタンドがそうする為の技術ではない。
だからクレイジー・Dの拳が、どれだけパンチの理から離れていようとも、それは人間の視点から見たものであって、スタンド、クレイジー・Dにとっての最適解ではないのだ。
そんな不条理な拳の雨に、オシュトルは戸惑い対抗手段を誤る。
連打には、当然疲労がつきまとう。ましてや連打の数を増やすとなれば、威力の低下も免れ得ぬ。
そう当たり前に考えたオシュトルは、手にした扶桑刀で降り注ぐ全ての拳に合わせ剣撃を見舞ってやった。
防ぐと同時に攻める。相手が拳である事を考えれば、これで刃により斬る事が出来ればそれだけでも充分な効果であるのだろうし、守りがそのまま攻めにもなるという受け方は、本来最も良い受けの形であるはずだった。
しかし、刃にてクレイジー・Dの拳は斬れず、またその乱打はどれだけ打ち込もうと威力を減ずる事も、狙いがよれる事も、速度が落ちる事もなかった。
そのせいで、カウンターの一切を捨て受けに専念してしまったオシュトルは、拳の猛威に徐々に追い詰められていく事になる。
また仗助の方もカウンターが無いというのであれば、より攻撃に専念出来、一層の勢いと共に攻撃を続行する。
確かに、クレイジー・Dの乱打に対し、その全弾を体重の乗った鋭い剣撃を打ち込む事で弾き返すなぞ、常人に出来る事ではなかろうし、その剣技の冴え、高い身体能力は仗助を驚かせもした。
だがそれで仗助とクレイジー・Dを凌駕する事にはならない。
仗助のクレイジー・Dは、パワーもスピードも大抵のスタンドをねじ伏せられる程のものを持つ。
かの世界においても、クレイジー・Dと近接戦闘を行い無事で済むスタンドなどそうはいない。
特にパワーに関しては、そこのみならば最強スタンドの一角との呼び名も高いスタープラチナさえ圧倒する程であり、そもそもこんな化物と生身でやりあう事がおかしいのだ。
ヤマト最強の武人との誉れ高きオシュトルを、純粋な力比べにて押し切るだけのものを、クレイジー・Dは有していたのだ。
遂に受けが破綻しかけ、オシュトルは強い体勢を作れぬままにクレイジー・Dの拳を受ける事になる。
それでもその身に受けるでなく、刀を盾にする事は出来たのだが、オシュトルはその豪腕の威力に耐えかね、大きく後方へと殴り飛ばされてしまった。
自力では自分が勝る、そういった結果であったはずのこの攻防であったが、仗助は険しい表情を崩さず言った。
「その、刀か。何だそいつは。俺のスタンドでも壊せねえなんざぁよぉ、おおよそまともな刀じゃねえんだろ?」
クレイジー・Dの乱打を受けきって尚、傷一つつかぬ鋭き刃を支えに、オシュトルは立ち上がる。
「さてな。疾風丸という銘だけは知っているが、其方は聞いた事があるか?」
肩をすくめる仗助に、オシュトルも苦笑を返す。
「いずれ名のある名工の手によるものだろう。それを受けて平然としている、其方の術も大概だとは思うがな」
仗助は、術ね、と小さく呟く。
『西住の言ってた通りってか。アンジェロ追ってた時といい、アイツ絶対タダもんじゃねえ。味方、って事でいいとは思うんだがよぉ、余りに頭がキレすぎる相手ってな、どうしても警戒しちまうよなぁ』
仗助はアンジェロを追って林から飛び出した。そして眼前に広がる光景を見て、驚きを隠すのに大変な苦労を要した。
視界の端から端まで、西住みほの言っていた通りの地形であったのだ。
ここまでの精度で地形を言い当てるなんて、あの程度の地図でどうやったらそんな真似が出来るものか。
なのでアンジェロが待ち構えてるかもしれない、とみほが言っていた数箇所の内の一つに本当にアンジェロが居ても、その件はもうそれほど驚きもしなかったのだ。
またアクアネックレスの能力の説明をした時も、即座にその基本的な運用方法を言い当てて来た。
そして、渡河がこの戦いのカギになるだろうと言い、戦車による砲撃で牽制し、仗助が安全に川を渡れるような作戦を立てたのだ。
仗助は既に三回、お前、本当にスタンド知らなかったのか? とアホみたいな質問をしてしまっている。
それぐらい、スタンド能力を考慮した戦術の構築が早かった。
アンジェロを逃がした後も、戦車で渡河出来ない(川の深さは四メートル近くあり浸水が戦車内を埋め尽くす前に渡りきらなければならず、もし川底でスタックした場合搭乗員の脱出が至難、かつ戦車は放棄しなければならなくなる)ので戦車を置いていく事をあっさりと決定。
姉の乗戦車がBT-42である事を考えれば、とんでもなく贅沢な話だ。
仗助のスタンドで川を渡してもらった後、新たに別の戦車を出すのはアンジェロに気付かれるだけで、アンジェロのスタンドの事を考えれば無為だとばっさり切り捨て、仗助と共に逃走経路を推測しながらこれを追った。
またアンジェロを見つけるより先にアクアネックレスの襲撃を受けたらどうするかの話になった時も、アクアネックレスを動かしているのがアンジェロであるのなら、その動きや挙動から本体の居る場所や方向を見抜く事が出来るかもしれないから、どうにか時間を稼いでくれと言ってきた。
その時の淡々とした口調には、強がりも願望もなく、ただ事実を告げているような冷徹さが見られた。
途中、スタンドの基礎知識に関する話をした所、みほはスタンド能力なんて持っておらず、それでもスタンドが見えるのだから、スタンドは他人に見えないものだという発想は一度捨てた方がいいと言っていた。
ともかく、何を聞いても何かしらの案を返してくるのだ、この少女は。
それもスタンドをまるで知らなかったはずの少女が、仗助にも口を挟めぬような作戦案をだ。
当人曰く、情報が少なすぎて作戦成功率にはあまり自信が持てないけど、現状ではこれが最善だと思う、だそうだ。
本当、コイツが敵に回ったらどうなっちまうんだ、と仗助は身を震わすのであった。
オシュトルは言った。
「ふむ、おおむね理解した。その術の長所も短所も、な」
言うが早いか真正面から突っ込んで来るオシュトルに、仗助はクレイジー・Dを前面に出しこれを殴りつけにかかる。
瞬間、オシュトルの全身が霞みとかき消える。
「右か!?」
真横に大きく跳躍したオシュトルを、クレイジー・Dが追い、拳を振るわんとするも、跳躍しながら刀を振りかぶっていたオシュトルの方が速い。
慌てて拳を引っ込め身を仰け反らせる事で剣をかわす。その間に、オシュトルは更に裏側へ、つまり仗助の背後に回りこんでいる。
真後ろからの一撃を、仗助は半身になりながら後ろを覗きこみつつ、クレイジー・Dに脇の下から拳を通させる事で背後を殴り、剣を弾いた。
『あっぶねっ!』
すぐにオシュトルは移動を開始する。ここまでくればオシュトルの狙いはわかる。
フットワークにて四方から攻撃を仕掛けに来たのだ。
凄まじい修練の賜物か、オシュトルは仗助とクレイジー・Dの周囲を回りながらも、クレイジー・Dがそうするより早く、多く斬りかかる事が出来る。
それは移動しながらの立ち回りを何度も何度も反復しその身に叩き込んだが故の速度だ。
仗助からすれば、重力を無視した刃がまるで魔法の様に右に左にひらめいて、その全てが必殺の斬撃となって襲い来るように見える。
それはクレイジー・Dの速さをもってしても、対応が精一杯といった猛攻である。
ただ速度任せに対応しても、オシュトルの巧みなフェイントと剣術の極地に翻弄され、山と不利を押し付けられる。
この不利が一定以上の大きさになった時、仗助の防御は破綻するだろう。
この上、もう一手何か使ってこられたら仗助の対応能力を超えてしまう。どうしてくれよう、と頭を捻り始めた頃、そのもう一手を先に打たれてしまった。
『何だぁ!? こ、コイツ! まだ速くなるってのか!?』
オシュトルのスピードが上がったのだ。剣の速さだの身のこなしだのといった部分的で条件のあるようなものではなく、揺れるメトロノームの錘をただ下に下ろして速くしただけ、のような、丸々一つギアを上げてきたような速さだ。
仗助の思考が戦闘から逃走に切り替わる、その瞬間の出来事だ。
「行きます東方くん!」
上方よりみほの声が。
見るとみほが隣のビルの二階に昇って、窓から何かを投げ落として来ていた。
ひらりひらりと山程の、紙屑、いや、ゴミだろう。
ゴミの山が仗助とオシュトルの頭上にぶちまけられて来たのだ。
オシュトルは警戒を見せるが、それほどの危険物には見えず、一応距離を取ってすぐに踏み込めるよう構える。
そしてゴミの山をまともに浴びた仗助は、みほの機転に心からの感謝を。
「グレートだぜぇ西住よぉ!」
仗助は降って来るゴミの山の中から一つ、木の棒を手に取ると即座にこれをへし折った。
瞬間、仗助の視界が変化する。まるで瞬間移動したような感覚を覚えるが、実際は違うとわかっている。これで二度目だ。
仗助は戦車が入っている木の棒をへし折ってこの中に居るのだ。
すぐに上部ハッチが開き、中にみほが滑り込んで来る。
「出します! 東方くんは砲撃準備!」
「お、おう!」
みほは室内の照明を付けながら操縦席に迷い無く座る。だが戦車の内装なんてまるで詳しくない仗助は、どこが砲座で何処に砲弾があるかから探さなければならない。
仗助はⅣ号戦車しか知らないのだから当然といえば当然だ。
「くっそ、あの戦車と全然ちげーぜこれよぉ! あー! これだろ砲弾って!」
一応、Ⅳ号戦車で簡単な説明は受けている。みほはあの短い時間で、砲弾の装填だけを仗助に教えていた。
この間にみほはこの駆逐戦車、ヤークトパンターを全速で後退させている。だが、どうもそれだけでは終わってくれないようで。
「東方くん、来ます」
「は?」
直後、戦車が激しく揺れ跳ねる。砲弾補充の為戦車内で立っていた仗助は勢い良く頭部を砲尻に叩きつけてしまう。
「お、おおおおおおおおお……い、一体何事だよこいつぁ」
「えっと……さっきの男の人が、剣振り上げてこっちに振り下ろしたら、戦車ごと吹っ飛んでしまいました。あれもスタンドなんでしょうか」
「なんだそりゃ! あの野朗そんな事まで出来んのかよ!?」
そう言いながら確認の為、仗助が窓になっている場所から戦車正面を覗き込むと、ちょうどオシュトルが二度目の剣撃を構えている所だった。
距離の開いた状態なのに、オシュトルが勢い良く剣を振り下ろすと、そこから何かが放たれ。
「逃げます!」
みほの声と共に戦車が左方へ急制動。同時に右方に激しく引っ張られ倒れる仗助。
直撃は避けたものの、余波だけでも戦車を揺らす程であった。
「東方くん、砲撃用意急いで!」
「おーけい、おーけい、あの野朗に一発かましてやろうじゃねえか」
仗助はクレイジー・Dに砲弾を持たせ、教わった通りに弾を込める。直後、みほからつっこみが。
「ロックしてください」
そちらを見てもいないのに、みほには砲弾を詰めた後、蓋のロックを仗助がしていない事がわかったらしい。
「お、おう、すまん……っと、これ、か? おし、これでどうだ!」
「はい、では私が合図したら引き金を引いて下さい」
「って引くの俺かよ!? いや、まあ確かに俺っきゃいねえか……えいくそ、見てろよ、派手にぶちこんでやらぁ!」
仗助に狙いを定めるのは無理だ。だからみほは砲塔を固定して、車体の向きのみで砲撃を行う。
元々ヤークトパンターは駆逐戦車で、砲塔の稼動域は極めて狭いのだからちょうどいいといえばちょうどいい。
「撃って!」
「おうよ!」
反動で大きく戦車が揺れる。揺れもさる事ながら発射音も相当なものだ。そして、もっとド派手な音が前方から聞こえてきた。
これが、すぐに後方からの音に変わる。ずっとバックで逃げていたみほが、砲撃の隙に戦車を滑らせ半回転し、向きを百八十度変えたのだ。
これで全速移動が可能だ。
「このまま振り切ります。現状では、この戦車を持ってしてもあの人との対峙は危険であると判断しました」
「……異論はねえ。すまねえな、アンジェロも逃がしちまって、アレもどうにも出来ねえなんてよ……」
みほは何も言わず、ヤークトパンターを右折させ長い直線に出る。ここで、アクセルを深くにまで踏み込み更に加速をつける。
次の次の角を曲がる頃には、もうあの男からの衝撃波攻撃は飛んで来なくなっていた。
戦車道、というらしい。
西住みほが戦車を操縦出来る理由がそれで、彼女は仲間達と共に学校の部活動として戦車に乗っていたと言う。
戦車道はメジャーなスポーツで、世界各地で行われているとか。
あまりに話が食い違うので、仗助は住んでいる場所やらをみほと照らし合わせてみる。地名はほぼ一致したが、互いの学んできた年代や歴史が全く異なっている。
そして彼女は言った。
「この戦車を使って殺し合いをしろ、という事なんだと思います。けど、私……外した砲撃は出来ても、人を狙える自信、ありません……」
東方仗助は、戦いを避けようとは思わない。それが必要であるのならば。
その結果として、人死にもありうるだろう。相手はこちらを殺そうと狙って来るのだから。
「指示を出すのも、キツイか?」
「…………いえ、甘えていました。やります、やれ、ます」
仗助は、わざとおどけた口調で言った。
「なら一つ気休めを言っといてやるよ。俺が側に居れば、例え下半身が吹っ飛んだとしても、即死以外ならきっちり完治させられる。どうだ? 少しは安心出来んだろ?」
みほは驚いた顔で仗助の方を振り向き、何と言ったものか思いつかずおろおろした後、中途半端に困ったような笑顔を見せた。
仗助が当初みほに対して抱いていた感情、警戒は信頼へと変わり、恐怖は尊敬へと変化していくのがわかる。
自然と笑いがこみ上げてくる。
西住みほという少女は、人を傷つけるのが嫌で、それでいて自分の危険を省みず仗助を助ける為あんな恐ろしい男の所にすら突っ込んで来る。
極めて優れた頭脳と胆力を備えながら、その行動指針はまっすぐで誠実で、心優しい少女のそれであった。
「ほんと、グレートだぜ、西住よぉ」
アンジェロは完全に逃げ切ったと確信出来ても、簡単に足を止める気にはなれなかった。
それぐらい、あの敵は絶望的であると感じられたのだ。
大体からして、背後から聞こえて来る戦闘音がもう、まっとうなものではないとアンジェロに教えてくれる。何だあのド派手な爆発音はと。
それらが聞こえなくなって、ようやくアンジェロは足を止める。
その場で膝に手をついて、呼吸が整うのを待つ。
「まったく、今日は良く、走らされる日だぜ。こちとら、病み上がり、みたいなもんなんだから、少しは手加減しろっての」
そう言いながら、アンジェロは手にしたバッグを開き、中から
ルールと参加者の書かれた名簿を取り出す。
アンジェロはあの場から逃げ出す前から、ちゃっかり丈槍由紀のバッグを確保しておいたのだ。
彼はラッキーに恵まれていたが、それだけではなく自分でも、状況の改善の為にこうして工夫をこらしていたのだ。
オシュトルは自らが首を飛ばした少女の元に戻る。
見ると、少女の胴体側に、首から落ちた首輪が転がっている。
オシュトルはこれを剣先で引っ掛け、ビルの壁側へ放り投げる。
しかる後、さきほど刀にて放った衝撃波をこの首輪へと叩き込む。盛大な音と共に、鉄筋を通しコンクリートで固めたビルの壁が吹っ飛んでしまった。
「……しまった。やりすぎたか」
吹っ飛んだ瓦礫に首輪まで埋もれてしまっては意味が無い。
オシュトルは舞い上がった土砂が落ち着くのを待ってここに近づくと、幸いにも首輪は見える場所に転がっていた。
この剣の一撃でも、首輪は全く傷ついた様子はなかった。また、この衝撃で首輪が爆発する事も。
「これでは剣で斬っても無駄だろうな」
やはり自力脱出は難しいか、と呟く。最後に、オシュトルは少女の首に向かって手を合わせ、その場を後にした。
【丈槍由紀@がっこうぐらし!】死亡
残り60名
【H-6/早朝】
【片桐安十郎@ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]: 健康
[装備]: なし
[道具]: 基本支給品一式、不明支給品(1~3)
[思考・行動]
基本方針: 東方仗助を絶望に突き落として殺す。
1:とりあえず身を隠し、休む。
2:手ごろな奴を見つけて楽しむ。
3:負けて死にたくはねーな~。
※アンジェロ岩にされた後からの参戦です。
※名簿、地図及びルールをみていません。
※東方仗助に怒りと恐怖を覚えています。
【G-6/早朝】
【オシュトル@うたわれるもの 偽りの仮面】
[状態]:健康
[装備]:扶桑刀「烈風丸」@ストライクウィッチーズ
[道具]:基本支給品一式、不明支給品(0~2)
[思考・行動]
基本方針: ヴライを帝都へと生還させるために、殺し合いに乗る。最後は自害する。
1:遭遇した者を殺す。
2:もし己を制する者がいれば、その時は運命だと受け入れる。己はどうなってもいい。
3:ハク殿、クオン殿、ネコネについては――
※参戦時期は22話で処刑を待っている時、ハクとネコネが迎えに来るより以前です。
※ウィッチでもないのに、烈風丸を用いて烈風斬が出来る模様。原理は不明。
【F-6/早朝】
【東方仗助@ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]: 疲労(小)
[装備]: 戦車(ヤークトパンター)搭乗中
[道具]: 基本支給品一式、不明支給品(1~3) 片桐安十郎の支給品一式
[思考・行動]
基本方針: 殺し合いを打破する。
1:康一たちと合流する。
2:アイツら(吉良吉影、アンジェロ、剣の男)はぶちのめす。
3:西住と行動する。
※吉良登場以降からの参戦です。
【西住みほ@ガールズ&パンツァー】
[状態]: 疲労(中) 精神疲労(大)
[装備]: テーザー銃@現実 戦車(ヤークトパンター)搭乗中
[道具]: 基本支給品一式、戦車詰め合わせセット(折る事で即座に装備出来るオーバーロードの課金アイテムの木の棒が五本。その中に、それぞれ一台づつ戦車が入っている。判明しているのはヤークトパンター、マウス、IV号戦車F2型の三種でIV号戦車F2型とヤークトパンターの分は既に折って使用済み)
[思考・行動]
基本方針: 殺し合いには乗らない
1:東方くんと一緒に行動する。
※IV号戦車F2型はF-6の川沿い山側に放置してあります。草木でカモフラージュするぐらいはしてるかもしれませんが、本格的にやる程時間はありませんでした。
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最終更新:2016年11月05日 11:21