三人がコーヒーブレイクの間にアインズはふらっと店を出て、周辺を見て回る。
アンデッドは疲労しない、と言いアインズは極周辺の見回りを買って出たのだ。
すぐに戻る、と言っていたので皆はそれ以上は追及しなかった。
まだ集ってから大した時間もたっていないが、胡桃の、カネキの、信頼を得るだけの事をアインズはしてきていたせいだ。
そのアインズは、喫茶店からは死角になるよう角を曲がると、その先で待ち構えて居た人物を見て、歓喜しその側へと駆け寄っていった。
「デミウルゴス! 無事であったか!」
深く頭をたれ膝を突くデミウルゴスは、アインズが喫茶店へと入る前に、彼にのみ見える角度で自らの姿を見せておいたのだ。
「アインズ様、参上が遅れました事お詫びもうしあげます。此度の変事を察する事出来なかった件、階層守護者の一人として万死に値しますが……その前に、どうか一言だけ、お許し下さい。アインズ様、ご無事で、ご無事で何よりです……」
「顔を上げよデミウルゴス。今回の件、まだまるで裏が見えぬが、なればこそ、今は誰が悪いだのといった事を言っている場合ではない。今こそ、我等が結束し未だ不可視なる敵に備えねばなるまい」
「ははっ。アインズ様のおっしゃる事、まことごもっともにございます。なればこのデミウルゴス、我が身の全てを賭して此度の敵を、打ち滅ぼしてご覧に入れましょう」
「そうだ、それでよい。時にデミウルゴス、他の守護者達には出会ったか?」
「いえ、気配すら……」
「私の方もだ。この唾棄すべき催しが始まってからの時間と他者との遭遇率を考えれば、今ここでお前と出会えたのは僥倖であったのだろうな」
「はい、アインズ様は早速この地でも配下を従えていらっしゃるご様子で」
「随分と偶然にも助けられたがな。彼等は……」
アインズは胡桃とカネキの説明をデミウルゴスにしてやり、その上でここが異世界である事に言及する。
その時のデミウルゴスの反応の仕方から、アインズはふと思いついた事を口にしてみる。
「もしかして、お前も気付いていたか?」
「ははっ、実は私の方でも異世界を思わせる人物と遭遇しておりまして」
「おお、流石はデミウルゴス。何時もそうだが、お前は話が早くて助かる」
そして、とデミウルゴスの方でも遭遇した人物、マドとモウリランと豚に関しての説明を行う。
この時、デミウルゴスは恭しく奪った指輪『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』をアインズへと差し出している。
これを下賎な者が手にしていたと聞いた時のアインズの怒りは、美影ユラがこれを持っていたのを見つけた時のデミウルゴスの怒りに匹敵するものであった。
これは二人共、この指輪の価値と危険さを正しく把握しているという事だ。
なので名前も知らぬ豚を殺した事も、アインズは咎めるどころか良くやったと褒めてやった程だ。
ただ、マドとモウリランなる者達から恨みを買ったかもしれない、という部分はよろしくなかった。
マドという人物が、アインズがカネキから聞いたグールなる存在の情報を持っていた事も、不利になる話であろう。
もしカネキとマドが友人同士であったなら、デミウルゴスを部下に持つアインズの立場が悪くなる。
だが、それを踏まえた上でも、アインズは言った。
「デミウルゴス。お前の話を聞く限りでは、そのマドという人物に対してもお前はお前に出来る限りの誠実さを持って対応したと私は考える。ならば、負い目に思う事もない。先方は我々を恨んでいるかもしれないが、カネキ君に対しても説得可能な範疇だと考えるぞ」
だから、デミウルゴスの事は皆に堂々と紹介するというのだ。
デミウルゴスはもちろん、アインズの言葉に否やなどはない。だが、デミウルゴスは影働きに徹する方が有効なのではないか、と疑問を口にする。
「そうだな、有利不利だけで言うのならばそうだ。実際、お前にはこの後別行動を取ってもらおうかとも思っているしな。だが、デミウルゴスの存在を、私は彼等に伝えておきたいのだよ」
「と申しますと」
「私はな、デミウルゴス。パーティーを組むと決めた彼等三人に対しては、出来るだけ誠実であろうと思うのだ。それはこれからパーティーに加えていく者達に対してもそうだ。何故なら、ここは我等の知識が及ばぬ異世界であるからだ」
デミウルゴスは、アインズの言葉を聞き、顎に手を当て考え込む姿勢を見せる。
そして、にやりと笑みを見せた後、深々と頭を下げる。
「なるほど、なるほど、流石はアインズ様です。そこまで先を考えておられたとは……このデミウルゴス、我が身の浅慮を恥じ入るばかりです」
アインズは、驚きを顔に出さないで済むアンデッドである我が身に感謝を捧げる。
『え? 先? 先って何? そういうんじゃなくて、単純に信用を得たいってだけなんだけど……』
アインズの脳内を放置で、デミウルゴスは感心しきった尊敬の眼差しを向けてくる。
「確かに、シャルティアの事もありますしな。アルベドならば問題も無いでしょうが、シャルティアは……その、少々思慮に欠ける部分がありますから。何処かで大暴れしていてもおかしくありませんし」
『え? え? え? そこで何でシャルティアが出てくるの? ちょっとデミウルゴス、君が考えたその素晴らしい思考をこっちにもわかるよう提示してっ、お願いっ』
デミウルゴスが何を言ってるのかわからないアインズは、とりあえず話を合わせてみる事にした。
「そ、そうだな。シャルティアは下手をすると、
ルールや名簿すら見ていない可能性すらある」
「……ありえますなぁ……まったく、手間ばかりかけるのですから……」
「一刻も早く見つけてやらねばな。お前に別行動を頼みたいというのは、そういう事だ。もちろん名簿にある他のメンバーに関する情報収集も必要であるし、そういった難しい判断を要する仕事はお前が一番だからな」
「恐縮です。そういえば先程カネキなる者と遭遇した時の話に出た、黒い獣の戦闘力が油断ならぬとおっしゃっておりましたが、具体的にはどのような敵だったのですか?」
アインズは戦闘の詳細をつぶさに説明してやる。
超位魔法をまともにもらっておきながら、平然と動いていたというくだりで、さしものデミウルゴスも表情が歪んでいたが。
「……この場所では、我等が力は弱められておりますが……それにした所で超位魔法をとは……」
「我々に匹敵する戦闘力を持つ者がいる。これは、頭に入れておかねばなるまい。もちろん、より以上の敵が居る可能性も高い。その辺はデミウルゴスもとうに考え至っていたであろう」
「はい。これに対し、アインズ様がまず懐柔の手を取られるというのは、極めて妥当な判断でしょう」
「というか、流石に現状ではいきなり強硬策なぞ取れん。それは誰にとっても同じであると思うのだが……先の黒い獣といい、デミウルゴスが遭遇したマド達といい、どうも知恵の回りの悪い者が多いようだな」
「アインズ様の叡智にかかっては、どんな知者も知恵の回りの遅い者になってしまうでしょうに。とはいえ、愚か者が多すぎると、かえって先が見えずらくなるのも事実。どうかご自愛を」
「わかっている。デミウルゴス、お前も充分な注意を忘れずにな」
「ははっ。こうして無事アインズ様と合流出来、アインズ様もより恐るべき敵へ注意を払っているとわかった今、私も無理は控える事にします」
そのデミウルゴスのもってまわった言い方に、アインズは違和感を覚えた。
「私と合流するのに、そんなにも無理をしたのか?」
「いえ、あくまで可能性の話でしたし……」
そこで言葉を切るデミウルゴス。その怪訝そうな顔に、アインズは冷や汗(もちろん錯覚だが)が噴出す。
『あれ? 何か失敗した? ちょ、黙らないでよデミウルゴス! 怖いよその沈黙! ねえ、ねえってばさ!』
「アインズ様。私も、アルベドも、そしてルールを読んでさえいればシャルティアも、もし、この地でアインズ様に合流する前に、我等に匹敵する、或いは凌駕するような強敵と思しき存在を見つけましたなら、我等は必ずやその者に戦いを挑むでしょう」
「……な、に?」
「ああ、やはり……アインズ様。これは確かに戦力云々の効率を考えれば良手ではないかもしれませんが、我等は、それが少しでもアインズ様の御身の安全に寄与出来るというのなら、命を賭す事に何の迷いもありませぬ」
「あ、ああ……だが、それとお前の話とどういう……」
「ルールにあります、死者は定期的に放送でその名を呼ばれると。ならば、ここで我等の名が呼ばれるような事があれば、きっとアインズ様は領域守護者をも凌駕する敵がいる、と警戒してくださる事でしょう」
ハンマーで頭を殴られたかのように、アインズはその場で大きくよろめく。
デミウルゴスはアインズのその様子に、自らの考えが正しかったと知る。
アインズは愚かな考えを嫌う。だから、効率的でもないこのような忠義の示し方を好みはしないだろう。
その知恵を認めている相手ならば尚、そんな手を取るはずはないと思っているのだろう。
そんなアインズの期待を裏切るような考えだ、これは。だが、それでもデミウルゴスは譲れない。
アインズの生存は、ナザリックのその他全てをなげうってでも確保しなければならぬ至高の命題なのだ。
それはデミウルゴスのみならず、ナザリックに居る全ての者が共有している想いだとの確信もある。
他にナザリックのメンバーが誰も来ていないというのなら、彼等の想いを背負い、デミウルゴスが、アルベドが、シャルティアが、三人が何としてでも果たさねばならぬ絶対の使命であるのだ。
「愚かとの御叱責も覚悟の上です。ですが、どうか、我等が忠義を……」
そこで言葉をとめたのは、アインズがこちらを強く睨む姿が見えたからだ。デミウルゴスは、言い過ぎたか、と全身に怖気が走る。
だが、アインズは怒声を発したりはせず、大きく、大きく嘆息した。
「デミウルゴス……お前達の忠義、心から嬉しく思う。だが、だ。だがな、デミウルゴスよ、その思いは、何故一方的なものであるのだ。何故、私が同じようにお前達を大切に思っていると、我が身に代えてでも決して失わせはせぬと思っていると、考えてはくれぬのだ」
そして、デミウルゴスの肩に手を置く。
「あまり、困らせてくれるな、デミウルゴスよ」
そのアインズの慈愛に満ちた言葉に、デミウルゴスは深く頭をたれる。
「……もったいなき、お言葉でございます。私が、私達が持つこの覚悟を、覆すのは難しいですが、アインズ様のご期待に沿うよう全力を尽くしたいと思います」
アインズは静かにデミウルゴスを見つめる。
「そうだな。今は、それでいい。お前の知恵があれば、数多の問題を解決して尚、私の希望を適えるぐらいの余裕は持てるだろうしな」
さて、と話題を切り替えるアインズ。
「この地に送り込まれ、理不尽な殺し合いに参加させられた今の我等の立場、これに関するお前の所見を聞こうか」
はっ、と澱みなく答えを始めるデミウルゴス。
ユグドラシルから転移した時と基本的な対応は一緒だ。ただ、今回は戦力が極端に少なくなっているのと、明確な敵が存在している。
また、他に同じ目に遭わされた者達の中には、デミウルゴス達に匹敵する、或いは凌駕するような存在も居るだろう、と思われる。
つまり最も優先すべきは情報収集で、また色々と行動や時間に制限がつく原因であろうこの首輪の殺傷能力を調べる事も必要だと述べる。
「私も幾つか脱出案は考えましたが……流石はアインズ様です。よもや脱出後の事まで考えておられようとは。確かに現状は、異世界の知識や技術を手にする好機と捉える事も出来ますからな」
このデミウルゴスの発言で、どうにかアインズの脳内でデミウルゴスの話が繋がってくれた。
どうやらアインズが懐柔にて仲間を増やそうとした理由を、知識や技術の取得の為と思っているようだ。
アインズは単純に、他参加者がこちらより強い可能性を考えてそうしただけなのだが。
アインズは、内心どきどきしながら、口を開く。
「そ、そうか。デミウルゴスは、どの手が一番有益だと考えたのだ?」
「はっ、私はまずはこの殺し合いを企画した者達が、どれほどこの企画の運用に慣れているかを見定めようと考えました。それが、手馴れたものであれば、アインズ様一人を生き残らせるのが一番脱出の可能性が高いでしょう」
「手馴れていなかったら?」
「付け入る隙が、あるという事です。とはいえこちらは不確定要素が大きく、危険が伴います。現状は……残念ながら、あまり企画進行が円滑であるとは言い難いですな」
「確かにな。当面は、率先して殺して回るような輩を潰していく事か」
「ええ。本来は無視して良いどころかそういった連中に有象無象を殺させるのがよろしいのですが、技術獲得を考えるなら、その手の連中は速めに殺しておかなければなりません」
そこでデミウルゴスはにやりと笑う。
「そうなってくると、シャルティアが活きてきます。あれが暴れまわっていれば、率先して殺す連中がシャルティアへと接触する可能性が増えます。そうしている連中同士は、お互いの潰しあいは後に回す方が効率が良いですから」
そこでシャルティアにそういう奴等をさっさと殺させるも良いし、アインズ側からは情報を入手しずらい殺し側からの情報も入手しやすいと、実に良い立ち位置になるのだ。
「シャルティアをどうしたものか、私は早々に合流して釘を刺す程度しか考えていなかったのですが、よもやシャルティアの性質をすら利用した策を考えていらっしゃったとは……」
「あ、ああ、そうだな」
「もしアインズ様が他者からの信用を得る必要が出たのなら、シャルティアにはそのまま敵役として暴れてもらいアインズ様に退治していただくというのも手でしょう。ああ、まったく、縦横無尽な策とは正にこの事。このデミウルゴス、感服いたしました」
アインズは脳内だけで、何度も何度も頷いていた。
『いやぁ、やっぱり困った時はデミウルゴスだなぁ。何でこう次から次へと策やらアイディアやらが沸いて出てくるんだか』
デミウルゴスは主の知略をその目にした事で、至福の表情である。
「後は、シャルティアに一刻も早くこの策を伝え、立ち回りの説明を行う事ですか。……本音を言えば、アルベドとも早く合流したい所ですな。彼女がアインズ様のお側にあれば私が単身で動き回っても万に一つも無くなりますから」
「おいおい、私は手を引かれねば動けぬ赤子か何かか? お前の気持ちも立場も理解はしているが、偶にはきちんと戦力扱いして欲しくなるぞ」
「は、ははっ、も、申し訳ありません」
恐縮するデミウルゴスに、アインズは笑って言った。
「だが、気持ちはわかる。攻め手がシャルティア、守りはアルベド、そして遊撃デミウルゴスか。ははっ、まるで負ける気のせん布陣だ」
「ははっ、ご期待に沿えるよう、全力を尽くす所存」
よし、とアインズはデミウルゴスを伴い喫茶店へと向かう。
デミウルゴスは悪魔種であるが、あのメンバーならば受け入れてもらえるという自信があった。アクアはともかく。
大体、アクアと比べれば礼儀正しさではぶっちぎりでデミウルゴスの方が上なのだ。
しかも頭が良くて気配りも出来る完璧超人と来た。これで嫌われると思う方がどうかしている。
「そおおおおおおおおですかあああああああ!! 赤い! 赤い! 赤い目でねえ! ねえ、そこの君! やっぱり、君だったんだねぇ! ああ、これできっとラビットの事も聞けるでしょう! 本当に! 今日は運が良い! 今度こそ紛う事なき喰種と出会えたのですから! ハハハハハ! こんなクソみたいな話に巻き込まれた、元を取れた気すらしますよ!」