舌戦  ◆QkyDCV.pEw




読むよう促されてみた名簿の内容に、金木研は思わず眩暈を起こしそうなぐらい驚いた。
まず、霧島董香、月山習の二人の名前がある事。二人共、今のカネキにとっては大切な人だ。
それが、カネキ同様殺し合いに巻き込まれていると聞いては、流石に平静ではいられない。
また、極めて簡素な文字が三つ、ヤ、と、モ、と、リ、が並んだ名前があった。ありえない。
思い出すのもおぞましい、カネキの髪が真っ白なのは全部コイツから受けた拷問のせいだ。
それでも、カネキは一度ヤモリを倒しその肉を食らっているし、その後ヤモリは誰かに完全に殺されたと聞いた。
おそらく同名の別人であろう。だが、気分は最悪だ。
鬱陶しくない程度の距離で、アインズがカネキに声をかけてきた。
「知人が、居たのか?」
「はい。大切な、人達です」
「……そうか、私もだよ」
しばし無言。
気を取り直してアインズが言う。
「なあ、カネキ君。君が言うところのグールというものを、もっと良く教えてはもらえないか? もしかしたら、君以外のグールがここに来ているかもしれないしな」
僅かに間をあけてからカネキは答える。
「……はい。もしよければ、その、アインズさんの方のお話も聞いても良いですか? 僕も、こう、悪い意味ではなく、アインズさんのような方は始めて見ましたので……」
アインズは鼻を鳴らす。多分、笑ったのだろうとカネキは思った。
「それはそうだな。おい、胡桃にアクア。お前達も聞きなさい、情報の共有は確実にこなしておかなければならない事だぞ」
胡桃ははーいと素直にお返事、アクアは表情で文句を言いつつも口では無言を通す。
一番最初にしたアインズの話は、胡桃ははじめから聞いていた為驚きは無かったが、カネキはもうどんな顔をしていいのかわからぬ有様であった。
アクアは興味が無いのか、あっそ、で済ませていたが。
次は私ー、と強く主張したアクアは、自分が如何に素晴らしい女神かを延々語っているだけなので、三人はそのほとんどをスルー。
ちょうどいい、とアインズはアクアに色々と所持スキルの事とかを聞こうと試みたのだが、アクアはアインズが声をかけようという気配を見せただけで睨みつけて来るので、アインズはコレから情報を引き出すのはもう少し慣れてからだ、と嘆息し諦めた。
次は胡桃だ。悲壮感漂うゾンビパンデミックな話であったのだが、アクアが平然とした顔で「そんなの魔法で治せばいいじゃない」とか抜かしたので、胡桃がマジギレして襟首掴み上げたのは、まあ余談である。
ちなみにその時は、必死にアインズが取り無し事無きを得た。
「……アクア。お前はもう少し他人の気持ちというものを考えた方がいいぞ」
「か、考えてるわよ、うるさいわねぇ。で、でもでも、その、もし、胡桃がそうなったら、私が治してあげれると思うし……」
うむ、と頷くアインズ。
「その時は頼りにさせてもらおう。もちろん、カネキ君にもそうしてくれるのだろう?」
「ん? いいわよそのぐらいなら別に。カネキってあの黒いのとケンカするぐらい強いし、その分戦ってくれるんでしょ?」
「そこは女神設定に従って、善意と好意だけで治してやれ」
「設定って何よおおおおおお! 私は本当に女神なんだってば!」
「疑ってはいないさ。お前の人並み外れた能力の高さは我が身をもって体感しているからな」
「そ、そう? ま、まあそういう事なら、いいんだけど……」
そして、最後になったカネキの話だ。
カネキは随分と悩んでいたが、グールの情報を共有しないのは、もしこの地にカネキの知らぬ凶悪なグールが来ていた場合、この集団にとって致命的な事になりかねないと考え、腹をくくって話す事にした。
アクアは、もうカネキの前だろうと全然全く欠片の容赦も無く、ドン引いた顔を見せた挙句、カネキの側からじりじりと離れていった。
胡桃は、驚きはしたが、カネキがそれでも人を殺さずどうにか生きていこうとしている努力を、理解しようとしていた。
彼女は現代に生きる女子高生であるが、死体が周囲を闊歩するなんて非日常を過ごしすぎたせいか、人死に慣れてしまっている部分もあるのだろう。
そしてアインズはというと、こちらはもう全く動じていなかった。むしろ、そうか、それならばわかる、と妙に納得顔である。
挙句こんな事を言い出した。
「なあ、時にカネキ君。今君は腹が減ってはいないか?」
自分は人を食うグールだとカネキが言った直後に聞いていい事ではなかろう。
アクアは物凄い勢いで目をむいているし、胡桃もまた同じように何聞いてんだー、的なツッコミを表情だけでしていた。
「あ、いや、グールは基本、人間みたいに毎日とか食べなくても全然平気なんで。一月弱ぐらいなら、まあ食べなくても平気かなって」
「……そうか」
その口調が、あまりといえばあまりなものなので、胡桃が耐え切れずつっこむ。
「いやアインズさん! 何でそこでがっかりトーンなんですか!?」
「ん? いやな、実は私はカネキ君の食糧問題解決に一つ良いアイディアを持っていてな。カネキ君は人間を食べたくないという、なら私が人間に代わるものを用意してやれるのではないかな、と」
驚いた顔でカネキが問い返す。
「そんな事出来るんですか?」
「うむ。味の保障は全く出来ないが、再生能力を持つアンデッドを私は作り出す事が出来る。ああ、もちろん、アンデッドと言っても腐っているわけではないぞ、腐っているアンデッドも居るには居るが、そんなもの食べたくもないだろうから、新鮮な肉が再生能力で常に手に入り続けるよう……」
そこにアクアが割ってはいる。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょおおおおおおおっと待ちなさいよ! アンタ一体それ何するつもりなのよ!? 死者ってのはね、きちんと葬ってあげないと駄目なのよ!」
無茶苦茶珍しく聖職者らしいことを言うアクアであるが、アインズは意外そうだ。
「もちろん、身元のはっきりとした遺体はそれでいいだろう。だが、世界には犯罪者だの浮浪者だの行き倒れだのといった死体は数多い。カネキ君のようなグール達の為に、そういった遺体を活用するのはむしろ供養になるのではないのか?」
「なーーーーーるわけないでしょうが! 何処の世界に自分の死後アンデッドになった挙句他人に食われたい馬鹿がいるのよ!」
「それはおかしい。人間は狩猟で得た獣の遺体を、無駄なく利用する事で狩った獣達への敬意を表わすのだろう? なら、カネキ君もそうすればよろしい。感情的に納得しがたい部分があるのも理解しているからこそ、そこにも一定の配慮をしようと言っているのではないか。それともお前は、カネキ君達はそれがどんな善良な存在であっても、その全て悉く打ち滅ぼすべしとでも言うつもりか?」
むぐぅ、とあっさり押し黙るアクア。アインズは自分で言ってて良いアイディアと思ったか、かなり上機嫌で言葉を続ける。
「いずれグール達は皆食糧確保には難儀しているのだろう? なら、この地に来ている他のグール達にとっても今私が言った話は魅力ある提案になると思うし、それは彼等の協力を取り付ける為の優れたカードに成り得ると思うのだが。どうだろうかカネキ君」
「そ、それが本当に出来るんなら、みんなすごく喜んでくれると思います。……ごめんなさい、半信半疑、でもありますけど……本当にそう出来るんなら、僕も何か協力したいです」
「ははは、正直だな。だが、それも道理だ。……ならば」
と言った所で、すっごく微妙な顔になっている胡桃を見やるアインズ。
「やはり、こういった事には抵抗があるか?」
胡桃は、正直に心境を語る。
「……うん、ごめん。カネキ君がすっごく苦労してるのも、それはカネキ君が悪いわけじゃない事もわかった。でも、やっぱり……ね」
ただ、それでも胡桃はカネキから距離を取ろうとはしない。
「私も、さ。ゾンビになっちゃった人達、毎日毎日スコップでさ、頭潰して回ってたんだ。みんな、元は人間なのもわかってる。でも、そうしないと、私達が危ないから、さ。そんな事しときながら、アインズさんの案は駄目とか、言っていい言葉じゃないとも思う。だからもし、アインズさんがそうするっていうんなら、私は否定しないし、それでカネキ君が助かるっていうんなら私も協力したいと思う」
アインズが続ける。
「と、理性では思っていると」
苦笑しながら胡桃。
「……もうっ。でも、そういう事かなぁ。どうしても、それ以外の手があるんなら、そっちで何とかならないかなぁって思っちゃうんだ」
今はそれでいい、とアインズは胡桃を責めるような事は言わなかった。
彼女なりに、受け入れようと努力してくれているのが見てとれたからだ。
不意に思いついたようにカネキは困った顔をする。
「どうした? カネキ君」
「ああ、その、仲間の一人はそれで問題ないんですけど……その、ここに来てるもう一人は随分、味に、うるさいんで……」
一瞬呆気に取られた顔のアインズは、すぐに愉快そうに破顔する。といっても骸骨顔では破顔もクソもあったものではないが。
「ハハハハハ、それは大変だ。ならばその彼にはアンデッドの品質改善に付き合ってもらうとしようか。研究を進めれば、きっと良い味のアンデッドも作り出せるようになるだろうからな」
「あー、それは、その、何というか……えっと、お手数おかけします? でいいのかな? うん、でもアインズさんのそういう所、多分彼と話し合いそうな気するなぁ」
男二人は和やかに談笑が続く。
そして女二人は、ひそひそ声で何やら話し合っている。
「ね、ねえクルミ。これ私の気のせいならいいんだけど、もしかして私達、ものっすごい禍々しい話を口八丁で納得させられそーになってない? ねえねえ、大丈夫かな?」
「うーん、うん? うーん、うーん? うーむー」
「唸ってないで何か言ってよー! もう頼れるのクルミしか居ないんだからー!」
「そうは言ってもなあ、カネキ君が大変そうなのもわかるし……アインズさんならきっと上手い事考えてくれると……あー、でもあの人ちょっとズレてる所もあるしなぁ。うん、私もアインズさんにおかしな所あったらすぐに聞くようにしてみる」
「お願いよー、何でかしらないけどアイツ、クルミの言う事は聞くみたいだし」
「そんな事は無いよ。私が変な事言ったら絶対アインズさんは言いなりになったりしないで、キチンと訂正してくれると思うし」
ちなみにアインズの方も、対アクアでは全く同じ事を考えていたり。アクアは何故か胡桃の言う事はそれなりに聞くようであるし。
一行は、アインズの拠点でもあったナザリック地下大墳墓へ行こうというアインズの案に、特に反対はしなかった。
消極的賛成というやつで、皆仲間を見つけたいとは思っていても、何処に行けば合流出来るかなんてまるでわからなかったのだ。
例えば、カネキなら『あんていく』だったり、胡桃なら『巡ヶ丘学院』のような縁のある場所に行けば、という発想も無いではないが、それも近くに居れば程度でしかなく。
カネキがぼそっと呟いた言葉に、胡桃も頷きそちらを目指すのは止める事にしたのだ。
「実際、あんていくなりその近場になり隠れていてくれるんなら、しばらくは安全だと思うんだ。むしろ、探し回ってる場合の方が怖いよ」
地図に記された範囲は広い。ここに本気で隠れにかかったら、そう簡単には見つからないのではないか、というのはアインズ、カネキ、胡桃の三者の共通認識だ。
そして今カネキ達は、アインズに代表されるように大きな武力を備えている。
動いて探し回るのならば、このメンバーでそうするのがより良いだろうと思えるのだ。
じゃあ早速行こうか、となるのだが、アインズはその前にカネキの様子を確かめる。
彼には再生能力があり、鼻ピアスから負った傷は既に癒えているようだが、体力の消耗まで回復するとは言っていなかった。
「カネキ君。君はここに来てからずっと、あのバケモノと戦いづめだったのだろう? しばらく休息を取るべきだと私は思うのだが」
「え? いえ、でも動けない程ではありませんし……ただでさえ色々手間をおかけしてるのにこれ以上は……」
カネキの前に手の平をかざすアインズ。平というか、骨というかだが。
「いや、違うぞ、カネキ君。私はもう君は我等のチームメイトであるとの認識だ。ならばチームメイトが最良のパフォーマンスを発揮するのは、決して君だけに有利な話ではない。我々全体の利益になる事だ。だからそういった観点で、もう一度君に訊ねたい。カネキ君、我々は休息を取るべきではないかね?」
四人全体にとって、最も有益である判断を下すよう、アインズはカネキに告げたのだ。
「…………三十分下さい。それで体の再生はほぼ終わります。そうすれば、以後はまた全開で動けるようになります」
アインズの骸骨顔が変化を見せる。いいかげんこれがアインズの笑顔である、とカネキにも確信出来るようになってきた。
「それでいい。よしみんな、そこの喫茶店らしきものの中で少し休むとしようか」
ここでも胡桃は良いお返事で、はーいと返す。
そしてアクアはというと。
「あー、そうね。私結局あんまり眠れなかったし、そこの店にゆったりしたソファーがあれば……」
速攻アインズに突っ込まれる。
「おい、本格的に寝る気かお前は」
「えー! 駄目なのー!? だって今もう夜よー! 夜は寝ないとびぼーに悪いって聞いてるのよ私!」
胡桃がうわー、といった顔でカネキに訊ねる。
「ねえ、カネキ君。もし今ここでベッドに案内されて、はい寝てくださいー、とか言われて眠る自信ある?」
「ないっ。全く無いよっ。こんな危ない所に放り出されて平然と眠れるってどういう神経なんだろう。アクアさんって、この世に怖いものとか存在しないのかな」
「あー、自分が一番偉いから怖い目になんて遭わないとか本気で思ってそー。そんなアンタが一番こわいわ」
「……彼女の行動には特に注意しないと、だね。物凄い致命的な事平然とやらかしそうで……ああ、うん、やっぱり怖い、でいいんだねあの人」
「命懸けの自爆をいとも簡単にしでかしそうなのがねぇ……まさか見捨てるわけにもいかないし。はぁ、気が重いよ」
二人から見て、アクアはやっぱり足手まといでしかない模様。
その魔法能力の高さを認識してる分、彼女の評価が最も高いのが、アクアが一番嫌っているアインズだというのも皮肉な話である。
喫茶店の中に入ると、カネキが率先して店の中のコーヒーメーカーをいじりだす。
喫茶店でのアルバイト経験を活かしたコーヒーを出した所、胡桃にもアクアにも好評であった。

三人がコーヒーブレイクの間にアインズはふらっと店を出て、周辺を見て回る。
アンデッドは疲労しない、と言いアインズは極周辺の見回りを買って出たのだ。
すぐに戻る、と言っていたので皆はそれ以上は追及しなかった。
まだ集ってから大した時間もたっていないが、胡桃の、カネキの、信頼を得るだけの事をアインズはしてきていたせいだ。
そのアインズは、喫茶店からは死角になるよう角を曲がると、その先で待ち構えて居た人物を見て、歓喜しその側へと駆け寄っていった。
「デミウルゴス! 無事であったか!」
深く頭をたれ膝を突くデミウルゴスは、アインズが喫茶店へと入る前に、彼にのみ見える角度で自らの姿を見せておいたのだ。
「アインズ様、参上が遅れました事お詫びもうしあげます。此度の変事を察する事出来なかった件、階層守護者の一人として万死に値しますが……その前に、どうか一言だけ、お許し下さい。アインズ様、ご無事で、ご無事で何よりです……」
「顔を上げよデミウルゴス。今回の件、まだまるで裏が見えぬが、なればこそ、今は誰が悪いだのといった事を言っている場合ではない。今こそ、我等が結束し未だ不可視なる敵に備えねばなるまい」
「ははっ。アインズ様のおっしゃる事、まことごもっともにございます。なればこのデミウルゴス、我が身の全てを賭して此度の敵を、打ち滅ぼしてご覧に入れましょう」
「そうだ、それでよい。時にデミウルゴス、他の守護者達には出会ったか?」
「いえ、気配すら……」
「私の方もだ。この唾棄すべき催しが始まってからの時間と他者との遭遇率を考えれば、今ここでお前と出会えたのは僥倖であったのだろうな」
「はい、アインズ様は早速この地でも配下を従えていらっしゃるご様子で」
「随分と偶然にも助けられたがな。彼等は……」
アインズは胡桃とカネキの説明をデミウルゴスにしてやり、その上でここが異世界である事に言及する。
その時のデミウルゴスの反応の仕方から、アインズはふと思いついた事を口にしてみる。
「もしかして、お前も気付いていたか?」
「ははっ、実は私の方でも異世界を思わせる人物と遭遇しておりまして」
「おお、流石はデミウルゴス。何時もそうだが、お前は話が早くて助かる」
そして、とデミウルゴスの方でも遭遇した人物、マドとモウリランと豚に関しての説明を行う。
この時、デミウルゴスは恭しく奪った指輪『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』をアインズへと差し出している。
これを下賎な者が手にしていたと聞いた時のアインズの怒りは、美影ユラがこれを持っていたのを見つけた時のデミウルゴスの怒りに匹敵するものであった。
これは二人共、この指輪の価値と危険さを正しく把握しているという事だ。
なので名前も知らぬ豚を殺した事も、アインズは咎めるどころか良くやったと褒めてやった程だ。
ただ、マドとモウリランなる者達から恨みを買ったかもしれない、という部分はよろしくなかった。
マドという人物が、アインズがカネキから聞いたグールなる存在の情報を持っていた事も、不利になる話であろう。
もしカネキとマドが友人同士であったなら、デミウルゴスを部下に持つアインズの立場が悪くなる。
だが、それを踏まえた上でも、アインズは言った。
「デミウルゴス。お前の話を聞く限りでは、そのマドという人物に対してもお前はお前に出来る限りの誠実さを持って対応したと私は考える。ならば、負い目に思う事もない。先方は我々を恨んでいるかもしれないが、カネキ君に対しても説得可能な範疇だと考えるぞ」
だから、デミウルゴスの事は皆に堂々と紹介するというのだ。
デミウルゴスはもちろん、アインズの言葉に否やなどはない。だが、デミウルゴスは影働きに徹する方が有効なのではないか、と疑問を口にする。
「そうだな、有利不利だけで言うのならばそうだ。実際、お前にはこの後別行動を取ってもらおうかとも思っているしな。だが、デミウルゴスの存在を、私は彼等に伝えておきたいのだよ」
「と申しますと」
「私はな、デミウルゴス。パーティーを組むと決めた彼等三人に対しては、出来るだけ誠実であろうと思うのだ。それはこれからパーティーに加えていく者達に対してもそうだ。何故なら、ここは我等の知識が及ばぬ異世界であるからだ」
デミウルゴスは、アインズの言葉を聞き、顎に手を当て考え込む姿勢を見せる。
そして、にやりと笑みを見せた後、深々と頭を下げる。
「なるほど、なるほど、流石はアインズ様です。そこまで先を考えておられたとは……このデミウルゴス、我が身の浅慮を恥じ入るばかりです」
アインズは、驚きを顔に出さないで済むアンデッドである我が身に感謝を捧げる。
『え? 先? 先って何? そういうんじゃなくて、単純に信用を得たいってだけなんだけど……』
アインズの脳内を放置で、デミウルゴスは感心しきった尊敬の眼差しを向けてくる。
「確かに、シャルティアの事もありますしな。アルベドならば問題も無いでしょうが、シャルティアは……その、少々思慮に欠ける部分がありますから。何処かで大暴れしていてもおかしくありませんし」
『え? え? え? そこで何でシャルティアが出てくるの? ちょっとデミウルゴス、君が考えたその素晴らしい思考をこっちにもわかるよう提示してっ、お願いっ』
デミウルゴスが何を言ってるのかわからないアインズは、とりあえず話を合わせてみる事にした。
「そ、そうだな。シャルティアは下手をすると、ルールや名簿すら見ていない可能性すらある」
「……ありえますなぁ……まったく、手間ばかりかけるのですから……」
「一刻も早く見つけてやらねばな。お前に別行動を頼みたいというのは、そういう事だ。もちろん名簿にある他のメンバーに関する情報収集も必要であるし、そういった難しい判断を要する仕事はお前が一番だからな」
「恐縮です。そういえば先程カネキなる者と遭遇した時の話に出た、黒い獣の戦闘力が油断ならぬとおっしゃっておりましたが、具体的にはどのような敵だったのですか?」
アインズは戦闘の詳細をつぶさに説明してやる。
超位魔法をまともにもらっておきながら、平然と動いていたというくだりで、さしものデミウルゴスも表情が歪んでいたが。
「……この場所では、我等が力は弱められておりますが……それにした所で超位魔法をとは……」
「我々に匹敵する戦闘力を持つ者がいる。これは、頭に入れておかねばなるまい。もちろん、より以上の敵が居る可能性も高い。その辺はデミウルゴスもとうに考え至っていたであろう」
「はい。これに対し、アインズ様がまず懐柔の手を取られるというのは、極めて妥当な判断でしょう」
「というか、流石に現状ではいきなり強硬策なぞ取れん。それは誰にとっても同じであると思うのだが……先の黒い獣といい、デミウルゴスが遭遇したマド達といい、どうも知恵の回りの悪い者が多いようだな」
「アインズ様の叡智にかかっては、どんな知者も知恵の回りの遅い者になってしまうでしょうに。とはいえ、愚か者が多すぎると、かえって先が見えずらくなるのも事実。どうかご自愛を」
「わかっている。デミウルゴス、お前も充分な注意を忘れずにな」
「ははっ。こうして無事アインズ様と合流出来、アインズ様もより恐るべき敵へ注意を払っているとわかった今、私も無理は控える事にします」
そのデミウルゴスのもってまわった言い方に、アインズは違和感を覚えた。
「私と合流するのに、そんなにも無理をしたのか?」
「いえ、あくまで可能性の話でしたし……」
そこで言葉を切るデミウルゴス。その怪訝そうな顔に、アインズは冷や汗(もちろん錯覚だが)が噴出す。
『あれ? 何か失敗した? ちょ、黙らないでよデミウルゴス! 怖いよその沈黙! ねえ、ねえってばさ!』
「アインズ様。私も、アルベドも、そしてルールを読んでさえいればシャルティアも、もし、この地でアインズ様に合流する前に、我等に匹敵する、或いは凌駕するような強敵と思しき存在を見つけましたなら、我等は必ずやその者に戦いを挑むでしょう」
「……な、に?」
「ああ、やはり……アインズ様。これは確かに戦力云々の効率を考えれば良手ではないかもしれませんが、我等は、それが少しでもアインズ様の御身の安全に寄与出来るというのなら、命を賭す事に何の迷いもありませぬ」
「あ、ああ……だが、それとお前の話とどういう……」
「ルールにあります、死者は定期的に放送でその名を呼ばれると。ならば、ここで我等の名が呼ばれるような事があれば、きっとアインズ様は領域守護者をも凌駕する敵がいる、と警戒してくださる事でしょう」
ハンマーで頭を殴られたかのように、アインズはその場で大きくよろめく。
デミウルゴスはアインズのその様子に、自らの考えが正しかったと知る。
アインズは愚かな考えを嫌う。だから、効率的でもないこのような忠義の示し方を好みはしないだろう。
その知恵を認めている相手ならば尚、そんな手を取るはずはないと思っているのだろう。
そんなアインズの期待を裏切るような考えだ、これは。だが、それでもデミウルゴスは譲れない。
アインズの生存は、ナザリックのその他全てをなげうってでも確保しなければならぬ至高の命題なのだ。
それはデミウルゴスのみならず、ナザリックに居る全ての者が共有している想いだとの確信もある。
他にナザリックのメンバーが誰も来ていないというのなら、彼等の想いを背負い、デミウルゴスが、アルベドが、シャルティアが、三人が何としてでも果たさねばならぬ絶対の使命であるのだ。
「愚かとの御叱責も覚悟の上です。ですが、どうか、我等が忠義を……」
そこで言葉をとめたのは、アインズがこちらを強く睨む姿が見えたからだ。デミウルゴスは、言い過ぎたか、と全身に怖気が走る。
だが、アインズは怒声を発したりはせず、大きく、大きく嘆息した。
「デミウルゴス……お前達の忠義、心から嬉しく思う。だが、だ。だがな、デミウルゴスよ、その思いは、何故一方的なものであるのだ。何故、私が同じようにお前達を大切に思っていると、我が身に代えてでも決して失わせはせぬと思っていると、考えてはくれぬのだ」
そして、デミウルゴスの肩に手を置く。
「あまり、困らせてくれるな、デミウルゴスよ」
そのアインズの慈愛に満ちた言葉に、デミウルゴスは深く頭をたれる。
「……もったいなき、お言葉でございます。私が、私達が持つこの覚悟を、覆すのは難しいですが、アインズ様のご期待に沿うよう全力を尽くしたいと思います」
アインズは静かにデミウルゴスを見つめる。
「そうだな。今は、それでいい。お前の知恵があれば、数多の問題を解決して尚、私の希望を適えるぐらいの余裕は持てるだろうしな」
さて、と話題を切り替えるアインズ。
「この地に送り込まれ、理不尽な殺し合いに参加させられた今の我等の立場、これに関するお前の所見を聞こうか」
はっ、と澱みなく答えを始めるデミウルゴス。
ユグドラシルから転移した時と基本的な対応は一緒だ。ただ、今回は戦力が極端に少なくなっているのと、明確な敵が存在している。
また、他に同じ目に遭わされた者達の中には、デミウルゴス達に匹敵する、或いは凌駕するような存在も居るだろう、と思われる。
つまり最も優先すべきは情報収集で、また色々と行動や時間に制限がつく原因であろうこの首輪の殺傷能力を調べる事も必要だと述べる。
「私も幾つか脱出案は考えましたが……流石はアインズ様です。よもや脱出後の事まで考えておられようとは。確かに現状は、異世界の知識や技術を手にする好機と捉える事も出来ますからな」
このデミウルゴスの発言で、どうにかアインズの脳内でデミウルゴスの話が繋がってくれた。
どうやらアインズが懐柔にて仲間を増やそうとした理由を、知識や技術の取得の為と思っているようだ。
アインズは単純に、他参加者がこちらより強い可能性を考えてそうしただけなのだが。
アインズは、内心どきどきしながら、口を開く。
「そ、そうか。デミウルゴスは、どの手が一番有益だと考えたのだ?」
「はっ、私はまずはこの殺し合いを企画した者達が、どれほどこの企画の運用に慣れているかを見定めようと考えました。それが、手馴れたものであれば、アインズ様一人を生き残らせるのが一番脱出の可能性が高いでしょう」
「手馴れていなかったら?」
「付け入る隙が、あるという事です。とはいえこちらは不確定要素が大きく、危険が伴います。現状は……残念ながら、あまり企画進行が円滑であるとは言い難いですな」
「確かにな。当面は、率先して殺して回るような輩を潰していく事か」
「ええ。本来は無視して良いどころかそういった連中に有象無象を殺させるのがよろしいのですが、技術獲得を考えるなら、その手の連中は速めに殺しておかなければなりません」
そこでデミウルゴスはにやりと笑う。
「そうなってくると、シャルティアが活きてきます。あれが暴れまわっていれば、率先して殺す連中がシャルティアへと接触する可能性が増えます。そうしている連中同士は、お互いの潰しあいは後に回す方が効率が良いですから」
そこでシャルティアにそういう奴等をさっさと殺させるも良いし、アインズ側からは情報を入手しずらい殺し側からの情報も入手しやすいと、実に良い立ち位置になるのだ。
「シャルティアをどうしたものか、私は早々に合流して釘を刺す程度しか考えていなかったのですが、よもやシャルティアの性質をすら利用した策を考えていらっしゃったとは……」
「あ、ああ、そうだな」
「もしアインズ様が他者からの信用を得る必要が出たのなら、シャルティアにはそのまま敵役として暴れてもらいアインズ様に退治していただくというのも手でしょう。ああ、まったく、縦横無尽な策とは正にこの事。このデミウルゴス、感服いたしました」
アインズは脳内だけで、何度も何度も頷いていた。
『いやぁ、やっぱり困った時はデミウルゴスだなぁ。何でこう次から次へと策やらアイディアやらが沸いて出てくるんだか』
デミウルゴスは主の知略をその目にした事で、至福の表情である。
「後は、シャルティアに一刻も早くこの策を伝え、立ち回りの説明を行う事ですか。……本音を言えば、アルベドとも早く合流したい所ですな。彼女がアインズ様のお側にあれば私が単身で動き回っても万に一つも無くなりますから」
「おいおい、私は手を引かれねば動けぬ赤子か何かか? お前の気持ちも立場も理解はしているが、偶にはきちんと戦力扱いして欲しくなるぞ」
「は、ははっ、も、申し訳ありません」
恐縮するデミウルゴスに、アインズは笑って言った。
「だが、気持ちはわかる。攻め手がシャルティア、守りはアルベド、そして遊撃デミウルゴスか。ははっ、まるで負ける気のせん布陣だ」
「ははっ、ご期待に沿えるよう、全力を尽くす所存」
よし、とアインズはデミウルゴスを伴い喫茶店へと向かう。
デミウルゴスは悪魔種であるが、あのメンバーならば受け入れてもらえるという自信があった。アクアはともかく。
大体、アクアと比べれば礼儀正しさではぶっちぎりでデミウルゴスの方が上なのだ。
しかも頭が良くて気配りも出来る完璧超人と来た。これで嫌われると思う方がどうかしている。



どうしてこうなった。アインズ・ウール・ゴウンは喫茶店の中で椅子に座りながら頭を抱える。
「こおおおの悪魔っ! もう許さないわよ! 今すぐけちょんけちょんにしてやるから表に出なさい!」
「おやおや、仲間、でしょう貴女と私は? そんな当たり前の前提も理解出来なくなりましたか? やれやれ、知能に致命的な欠損を抱えたままで口を開くのは勘弁してもらいたいものですね、言語への冒涜でしょう、最早」
「うっがああああああ! 殺す殺す殺す殺す殺しきるううううううううう!! 今! 私の拳にかつてない怒りと悲しみが積み上がってるわ! お、恐ろしい、この腕でゴッドブローを放ったりしたら、こんな店一撃で消し飛んじゃうんじゃないかしら!? でえええええもおおおおおおお! 許さん! そこのクソ悪魔は地獄なり魔界なりにたたき返してやるわ!」
ぎゃーぎゃーやかましいのを他所に、胡桃がアインズに語りかける。
「……私の目から見ても、デミウルゴスさんは悪くなかった。だから、ね。その……」
「フォローなら無用だ胡桃……デミウルゴスにアクアの馬鹿さ加減を予め言い忘れていた私が悪かったのだ」
カネキも話に混ざってくる。
「デミウルゴスさん、凄く冷静な方に見えたのですが……いやぁ、ああいう人って怒らせると怖いって良く言いますよね」
アインズは骸骨顔を歪める。カネキにも、段々とアインズ表情集が理解出来るようになってきた。これはもちろん困った顔だ。
「的確正確にデミウルゴスの急所を突いて来たな、アクアの奴。デミウルゴスは常識的な判断能力を持つのだが、私の事となると少し冷静さを欠き易いのだ……すまん」
カネキと胡桃は同時に言った。
「「いや、あれは絶対アクアが悪かった」」
アインズがデミウルゴスを紹介している最中、懲りずにまたアインズにターンアンデッド仕掛けた挙句、アインズの部下だ、と言っている相手の前で平然とアインズをぼろっかすに貶しにかかるのだから、あれは怒って当然であろう。
嘆息するカネキ。
「せめてもデミウルゴスさんが暴力沙汰に乗ったりしないのがありがたいですね。これで怒って実力行使に出る人だったら収集つかなかったよ」
じと目の胡桃。
「あー、アクアも何か強そうオーラ感じ取ってるせいか、威勢の良い事言っときながら直接手出しはしてないなー。ああいう無駄な危険回避能力、もっと重要な場面で活かしてくれないもんか」
結局、アインズと胡桃とでそれぞれデミウルゴスとアクアをなだめ、それなりに落ち着かせたのだった。
「わ、わかったわよ。ま、まあ私も何せ女神だし? 寛大な心で許してあげるわ、ありがたく思いなさい」
「……申し訳ありませんアインズ様……まさかここまでの……が居ようとは思いもよらずつい……」
アインズはかなり真剣に思った。
『てか、本気で自制してるはずのデミウルゴスをキレさせるとか、逆に凄くないかアクアの奴?』
デミウルゴスは表面的には恭しく、アクアにも謝罪し頭を下げて見せた。
ここら辺は彼の強固な意志の力が感じ取れ、アインズは密かに感心していたり。
そしてデミウルゴスが皆に尋ねる。
「えー、カネキにクルミ。この後、どう動くかの計画は考えてらっしゃいますか?」
そこでアクアが口を挟んで来る。
「はー? とりあえずそこのアンデッドが言う、なざりっくって所に行く予定よ。何でそこに行くかまでは知らないけど」
頬の引きつるデミウルゴス。
「ほ、ほう。しかし、目的も知らず、ではこの先不安ではありませんか?」
「何よ、この先って言ったって結局はどうやって脱出するかーって話になるんじゃない。そんなのもう考えてる人なんているの?」
「当たり前でしょう。というか貴女はそれを考えていないのですか?」
はあ、と声を上げてアクアが席から立ち上がる。
「ちょっと待ってよ。そんな……簡単に脱出なんて出来るのこれ?」
「誰が簡単だと言いましたか。ですが、ここに送り込まれてからどれだけ時間が経ったと思っているのですか、これだけ時間があれば脱出計画の一つや二つ、それを実行しうるかどうかはさておき、立てていてもおかしくないでしょう。自分の命に真剣であるのなら、当たり前の事です」
うぐ、と口ごもった後、アクアはふふん、と胸をそらす。
「あ、当たり前じゃない。わわわわわわ、私だって脱出プランなんてもう、山程思いついちゃってるんだからっ」
「ほー、ではお聞かせいただいても?」
「そ、それはあれよ! まず頑張って首輪を外して! それでもって頑張って黒幕見つけ出して! そしてトドメは女神のこの私が……」
「それは計画ではなく願望です。具体性という文字は何処へやったのですか」
「な、ななななによー! じゃあアンタにはアイディアあるっていうの!?」
「ですからあると言っています。とはいえ、私の策なぞアインズ様のものには到底及ばぬものでしたが……」
えっ、とカネキ、胡桃、アクアの三人が揃ってアインズの方を向く。
『無茶振りな挙句ハードル上げるなデミウルゴスうううううううううううう!!』
といったアインズ内心の叫びはさておき。
カネキが恐る恐るといった様子で訊ねる。
「えっと、アインズさんもしかして脱出の計画とか、もう考えがあるんですか?」
「う、うむ。まあな」
胡桃が感激した様子で手を叩く。
「凄い! アインズさんって頭良いなーって思ってたけど、何かもうここまで来ると私達とは次元が違うよ!」
デミウルゴスは胡桃とカネキの反応に少し気を良くしたようだ。
「貴方達はこの上無く幸運ですよ。アインズ様が味方に居らっしゃるという事は、アインズ様の神算鬼謀を安全な場所からその目に出来るのですからね。お二人が後学にするには桁が違いすぎるでしょうが、そうした遥かな高みがあるという事を知るのも、大切な勉強になるでしょう」
カネキも胡桃も、そしてアクアでさえも、期待に満ちた目でアインズを見る。
もちろんそれは脱出の計画とはどんなものかを聞きたい、といった視線だ。当然、アインズにそんなものは無い。全く無い。そもそも敵方の情報も全く揃ってない現状でどーやって脱出計画を立てろというのか。
だが、アインズには起死回生、必殺の技があった。
おもむろに、アインズはデミウルゴスの方を見て、一つ頷く。
「よろしい、ならばデミウルゴス。皆に説明してあげなさい」
「ははっ!」
打てば響く、といった様子で即座に返事を返してくれるデミウルゴス。
一体どんな策を言い出してくれるのか、アインズも楽しみで仕方が無いのであった。

デミウルゴスは、まず、と指を一本皆の前に立てる。
「最初に集められた時の流れを覚えていますか? あれは、あまりにも稚拙すぎる演出でした。首輪の威力を知らしめたいのなら、もっと他に、あんな無様な小芝居ではなく普通に首輪だけ見せて爆破すればそれで良かったのですよ。あまりに馬鹿げた話で、挙句使い捨てであろうと自陣営の人間を、よりにもよって私達の前で死なせてしまった。あれは、見た者に反撃の余地ありと判断させるだけの超が付く悪手です」
挙句、と続く。
「如何にも無力で無能な人間をメッセンジャーとして表に出して来ました。黒幕はずっと後ろで糸を引いている、なんて思わせたいのかもしれませんが、あんなもの表に出せる人間が居ないが故の苦し紛れ以外のなにものでもありません。恐らくは、アレは我々のように異世界から引っ張ってきた人間でしょう、殺し合いには不向き過ぎるからああいう役割をさせられたといった所でしょうか。馬鹿馬鹿しい、どれだけ優れた道具も使う人間が間抜けでは意味が無いという事が、わかってないとしか思えません」
そもそも、と長話になるも、皆黙って聞き入っている。
「絶対的な力の差があるのなら、それを真っ先に提示すべきでしょう。知能が高ければ高い程それが理解出来るでしょうから、目的の殺し合いに乗るしかないと即座に判断出来るでしょう。そうしない理由なんて、そう出来ないから以外にありえません」
また、となめらかに話し続けるデミウルゴス。
「この殺し合いのルールもよろしくない。はっきり言って、殺し合わせる気皆無としか思えません。私やアインズ様のような者を参加させておいて、武器を支給したからこれで殺し合いをしろ、だなどと片腹痛いにも程があります。どれだけ優れた武器であろうと、元のレベル差がありすぎれば意味なぞ無いでしょうに」
更にこれは、となる。
「実力差がありすぎる者が招かれているというのは、これを企画し実行に移した何者かは、拮抗した殺し合いではなく虐殺を求めているか、もしくは、招く者を選ぶ事が出来ないかのどちらかでしょうよ。私は、現状の企画の杜撰さを鑑みるに後者である可能性が高いと思いますがね」
そう、これが肝です、と力を入れる。
「私は、彼等は異世界より招く人間を、選ぶ事が出来ないのだと考えます。それが何を意味するかわかりますか?」
問われた胡桃もカネキも、一緒になってアクアも、首を横にぶんぶんと振る。危うくアインズもそうしかけた。
「誰が来るのかもわからないのに、招いた相手を確実に爆殺出来る首輪なんて用意出来っこないという事です」
胡桃とカネキが同時に自分の首を指差して言った。
「「ハッタリ?」」
「いえ、少なくともあそこで見た程度の爆発ぐらいは起こせるでしょう。ですが、危険なのでまだやりませんが、あの程度の爆発では私は殺せません」
ここまで話した所で、にこっと微笑みかけるデミウルゴス。
「どうです? 話途中ですが、何か勝てそうな気、してきませんか?」
やはり今度も、胡桃カネキアクアはうんうんと三人揃って頷く。アインズは、今度は予測していたので余裕を持って回避。
「あの場に最初に居た四人の髪の毛の無い者達は、当初はアレで充分だとの判断だったのでしょう。ですが、知能の低い者が現状把握もせぬままに暴走し、あれよという間に殺されてしまいました。その後暴走した者の首輪を爆発させ首輪爆破のデモンストレーションだという風を取り繕いましたが、今頃向こうでは大騒ぎなんじゃないですかね」
さて、と急に話を切り替えにかかるデミウルゴス。
「ここで気になる事が出てきます。奴等は何故、このような殺し合いを計画したのか、です」
全員が話に引きこまれているのを確認してから、デミウルゴスは一気に話を進める。
「蟲毒、即ち多数の虫を狭い場所に押し込め、生き残った強い個体を選別するといった術法を持ち出して来ましたが、ではそうして生き残った個体を何故必要とするのか、です。闘技場で技術を競わせるではない、多様性のあるフィールドで知略含む総合的な強さを必要とする戦いの場、つまり、より現実に即した戦いであろうとしている。彼等は、現実に通用する強者を求めているのです。何故? そんなもの考えるまでもありません、敵がいるのでしょう彼等にも。彼等が倒しきれない敵が。でなくては強者なぞ必要としません」
ではここで、と再び問いかけモードに。
「いきなり異なる世界から呼び出され、今すぐ自分達に代わって敵と命懸けで戦ってくれと言われ、いいですよと答える馬鹿が居ると思いますか? だからと呼び出した者が制圧出来る程度の戦力ならそもそも不要ですし、怒らせ自分達が襲われ負けましたでは本末転倒で。そこで首輪です。更にもう一つ、殺し合いという戦闘の場を交える事で、我々の有効な利用の仕方を見定め、以後の戦いに活用するという訳です」
すらすらと原稿を読むようなデミウルゴスの言葉に、三人はただただ圧倒されるのみ。
「これは、当然ですが招く側にも大きな危険のある行為です。なので彼等に人間程度の知恵があるのなら、万全の体勢を整え迎え入れた事でしょう。それで、先の状況であったと考えると、今我々が迎えているこの殺し合いの場には、彼等が想定するより遥かに上の戦力が集まってしまったのでは、と私は考えます。アインズ様や貴方達が出会った黒い獣も、そうした想定外戦力の一つでしょう。ここまでで、私の意見に異論のある方いらっしゃいますか?」
胡桃は何を聞いていいのかわからない様子で、アクアはというとほへーといった顔、一人カネキのみが悩ましげに眉根を寄せていた。
「あのー、その推測は全部理に適っているとは思います。思うのですが、それと確定して動くには、まだ状況証拠すら揃いきっていない気がします。今のデミウルゴスさんの話を否定する材料も、幾つかこの土地にはあったと思いますし」
デミウルゴスは、満面の笑みで頷く。
「然り、然りですよ、カネキ。しかも私の話はその大半が、敵は大した事が無い、といった内容ばかりです。これを警戒せず鵜呑みのするばかりでは、愚者の呼び名を免れえません。ですが、私の推測を完全に否定しきる材料も、無いのではないですか?」
「はい。ですから、基本はその考えでいいと思います。後は殺し合いをして問題を安易に解決しようという人達をかわしながら、協力しあえる人を探す中で、確認作業を行えばいいかな、と」
「それ次第で幾つか変更は起こりえますが、基本の動きは変わりません。この地に招かれた力ある者を集め、この殺し合いを管理する者達に交渉を求めます。戦いに協力を約束する代わりに、戦闘に見合った充分な報酬と我々のその後の帰還を担保させるのです」
胡桃が渋い顔をする。
「……そ、それだと私達とかは、帰れそうにないかなーって……」
にっこりと、笑みを見せるデミウルゴス。
「馬鹿な事を。貴女はアインズ様が仲間と認めた方ですよ。アインズ様が仲間の進退を放置するなどありえません。交渉の際は貴女方の帰還も当然議題に乗せます。貴女からは、貴女の世界の情報を提供していただく。それで、我々にとっては充分な対価となりうるでしょう」
不安げに胡桃はアインズをちらと見る。アインズは、デミウルゴスの言葉に重々しく頷いてやると、胡桃の表情が可愛らしく晴れてくれた。
そしてアインズの方はというと、こちらは脳内のみで喝采を挙げていた。
『ウルベルトさあああああああああああああああん!! 良くぞ! 良くぞデミウルゴスを作っていてくれた! ありがとう! おかげで何とか生き残れる目が出て来たかもしんないって! やっぱここ一番ではデミウルゴスだわ! こんな無茶苦茶な状況だってのにいともあっさり道筋作っちゃうんだもんなぁ!』
状況予測からの今後の行動予定を披露したデミウルゴスは、ここで一旦話を終える。
「……といった次第です。アインズ様、不足の点はございますか?」
「いや、問題ない。具体的な部分はまた都度詰めていくのだろう?」
「はい。とはいえ私は別行動となりますので、こちらの方はアインズ様にお任せする事になってしまいますが……」
「そ、そうか。まあ、こちらはこちらで何とかするので気にするな」
デミウルゴスをこのまま手元に置いておきたい衝動に駆られるアインズであったが、おそらくアインズがカネキや胡桃を引き連れて捜索するのと、デミウルゴスが単身でそうするのとでは圧倒的に探索範囲に差が出る。
アルベドやシャルティアと連携を取る為にも、万が一に備える為にも、二人との合流は最優先事項なのだ。
今のデミウルゴスの話を聞いて盛り上がってしまった胡桃達は、どうすれば上手く脱出出来るかを本気で考え話し合い始めている。それを横目に、アインズはデミウルゴスに訊ねた。
「地図にナザリックの名があった。あれを、お前はどう考える?」
「……実はそこが、最も確認を要する場所になると考えておりました。アインズ様もとうにそうお考えだったようで、私の考えは正しかったと少しほっとしております」
必死に頭を捻って回答を引っ張り出すアインズ。
「ナザリックが本物であれば、敵が容易ならざる相手だと認めなければなるまい。……もし……そこに……」
デミウルゴスもそれを想像したのか、苦渋の表情だ。
「皆が戦った後があれば……確定となります。その場合、抗う、ではなく、従う、をまず選ぶのが、良策、かと」
少し間を空けてから、アインズは苦笑し言った。
「デミウルゴス、お前から苦言を聞くのは始めてか? 存外、主に不愉快な事実を告げる役も似合っているではないか」
アインズの冗談にも、デミウルゴスは苦しげな表情を崩さぬままだ。
「……心中、お察しいたします」
「そう気を遣うな。デミウルゴスの直言、嬉しく思うぞ。主を立てるのは良いが、言うべきを言わぬは臣下の役目を果たしておらぬと私は考える。お前は、真に優れた配下であるぞ」
アインズは心の中で、この素晴らしい部下に相応しい主に、頑張ってなって見せないとな、と気合いを入れなおすのであった。



デミウルゴスからの素晴らしい置き土産を受け取ったアインズ一行は、彼と別れて意気揚々と地図を北東に向かって進む。
橋を渡り、山裾を抜けた先にあるナザリック目指して。
この間、アインズは遠隔視の魔法で上空よりの視点を確保し、周囲を警戒している。
人間ならば夜間にそうした所で見える範囲などたかが知れているのだろうが、アンデッドであるアインズには闇を見通す目が備わっているので問題にはならない。
そんな魔法の存在を夢にも思わぬ接近者が二人。
彼等は、どうやってかアインズ達が誰一人気付けぬ距離からこちらの存在を見つけ出し、警戒しながら接近して来る。
『警戒は当然だが。さて、あの様子を見る限りでは中年の男は、なかなかに隠密術に長けているな。どちらも……衣服も顔立ちも日本人っぽい、か。こういう時、戦士職でないのが悔やまれるな。私には動きを見ただけで技量を判別する事が出来ない』
アインズはカネキにのみ聞こえる声で告げる。
「……接近して来る者が居る。反応はするなよ」
カネキはすぐにアインズの意図を察し、顔は正面を向けたままで小声で返す。
「方向は?」
「我々の後方、道路のミラーを利用してこちらを見ている」
「……驚きました。本当に居ます。良く、気づけましたね」
カネキは何かを見てそう言ったようには見えなかった。グール特有のスキルでもあるのだろうか、とアインズは後で聞いておくリストにこれを加える。
「マジックキャスターというのは、色んな事が出来るものなのさ。カネキ君、君は相手の動きを見て技量を予想する事が出来るか?」
「比較対象が僕になりますけど、それでよければ」
「充分だ。では、接触と行こうか」
アインズは不意に足を止める。
胡桃とアクアも不審そうな顔でアインズに倣う。
「ん? どうしたアインズさん?」
「何よ、トイレだったらさっさと行ってくれば」
アインズはくるりと後ろを振り向き言った。
「後ろの二人組み、我々は無益に他者を攻撃するつもりはない。無論、仕掛けられれば対応するが、こちらからそうする意図は無い。そちらもそうであるのなら、是非出て来て欲しい。お互いに話し合いの余地はあると思うのだが」
しばし時間を置き、二人の男女が角より姿を現した。
それを見て、カネキは隠し切れぬ驚愕の表情を浮かべる。
アインズはそんな彼の様子に気付いていながらスルー。二人に声をかけた。
「私の名はアインズ・ウール・ゴウン。ここに居る三人と共にこの地よりの脱出を目論んでいる者だ。君達は?」
中年の男の方が、一歩前に出て告げる。
「喰種対策局上等捜査官、真戸呉緒です。後ろの女性はここで出会い保護した毛利蘭さん。……そちらに居るボウヤが、私の身分を証明してくれますよ。確か一度、会った事があるよね、君」
アインズがカネキの方を向くと、カネキはまだ衝撃から立ち直っていないようだ。
「カネキ君、知り合いかね?」
「あ、ああ、は、はい。そ、その……」
真戸は親しげな笑みを見せる。
「その節は申し訳ありませんでしたねぇ、よりにもよって普通の人に喰種の疑いをかけてしまいまして。とはいえこれも職務ですので、どうかご理解頂きたく」
カネキは細かく震えたまま、いえ、と言葉少なに答える。
アインズはカネキの怯えように、すわ強敵かと心中にて身構える。
グール対策局という名前から考えるに、カネキを狩る側の者達であろう。
横目に確認した所、その堅い表情を見れば胡桃もアインズと同じ考えに至っていると予測される。後はアクアだが、コイツはもうその辺はハナから諦めている。
胡桃に目線で指示を出す。胡桃も即座に了承。つまり、アクアが余計な事言い出そうとしたらこれを止める役目を胡桃が仰せつかったという話。
アインズは全てを知った上で堂々と真戸に問い返す。
「女性を保護したというのは感心な話であるが、その喰種対策局とやらに聞き覚えは無いな。何故殊更にグールのみの対策を? お前はグール以外のアンデッドには対策を講じないとでも言うのか?」
アインズの返答に、真戸は即座に切り返してくる。
「ええ、ウチの周辺には喰種しか居ませんので。えっと、アインズ・ウール・ゴウンさん、でしたか?」
「アインズでいい」
「ではアインズさん。そちらの三人の男女は貴方が保護したのですか? 失礼ですが、貴方御自身の職柄などは……」
「私はあくまで民間人だ。だが、これでマジックキャスターでもあるのでな。有象無象の不届き者を蹴散らすぐらいは造作も無い。彼等は皆……あー、うん、おおむね、良い子ばかりだしな。無碍に散されるを見るも忍びないと思ったが故だ」
真戸は下から見上げるように片方の目を大きく見開く。
「そうですか。ですが、一応、ですよ。一応なんですが、その、かぶったフードを上げてはもらえませんか? ええ、これも職務なんで、確認は怠るわけにはいかないんですよ。どうか気を悪くしないでくださいね」
肩をすくめるアインズ。
「別に構んが。後ろの女性、毛利蘭さんと言ったか。私の顔を見ても、どうか取り乱さないで欲しい。私がどのような容貌をしていようと、私に君を害する意図は無いのだから」
そう断ってからアインズは目深に被ったフードをあげる。
さしもの真戸も無表情は無理。蘭は大口あげて驚いている。無理も無い、アインズの顕になった頭部は、トリックの入り込む余地すら無い程に骸骨であったのだから。
「アンデッドの、オーバーロードという種族だ。その反応を見るに、オーバーロードどころかアンデッドを見るのも始めてといった所か」
流石の真戸もこれは判断に迷った。何せ目が赤いというか、目が無く赤い光がそこにあるだけなのだから。
「……さっきのといいコレといい、どうなってるんですかまったく……」
思わずそんな愚痴ももれようもので。
アインズは続ける。
「この彼もそうだったが、真戸、君も彼と同じ国の者だというのなら、きっと魔法を知らないのだろう? アンデッドは自然発生もするが、魔法で作られる事も多い。魔法的要素の無い場所では見ないのも道理だ」
そして、と真戸ではなく後ろの蘭に問いかけるアインズ。
「君も、魔法もアンデッドも知らぬ者か?」
蘭は勢い良く四度頷いて見せた。
「そう怖がらなくていい。アンデッドとはその名の通り死後も動く存在の総称で、君達がそういったものを嫌悪するのも知っているが、私のように知能を備えるアンデッドは殊更に人間と敵対しようとは思わんし、利害が一致するのなら人間に協力するも吝かではない」
そして今度は真戸に向き直る。
「彼からグールの話は聞いた。私は人を食べたりはしないから安心して欲しい。というかそもそも私達アンデッドは食事を必要としないのでな」
真戸は、ふうと嘆息すると、頭を片手で抑えながらぼやく。
「正直な話、何が何やら、って所です。ただ、ここがどんな場所であろうと私は公僕で、国から税金頂いている以上相応の仕事はこなさなければならないという事だけは、はっきりとしていましてね。ですので巻き込まれた民間人の保護も、今の私にとっては義務でもあるのですよ」
「それは素晴らしい事だ。……が、思考停止して今がどんな状況なのかも考えていない、という事ではないだろうな?」
「もちろんですよ。現状、我等の死命はこの悪趣味な企画を企てた連中に握られているという事も、脱出が極めて困難であるという事も、わかっていますよ」
「ならいい。最低限それぐらいは認識していてもらわないと、会話すら成立しないだろうからな。……これからどうするつもりか、アテはあるのか?」
「何とかして外部と連絡を、と考えていますが、今の所はどうにも上手くいかないものでして……」
そこで、遂にというかようやくというかやっぱりというか、ずーっと黙っていたアクアが口を出して来た。
「ねえ、ねえねえってば! 何かつまんない話ばっかじゃない! 私立ってるのつーかーれーたー! どうせまだ話し長いんなら私どっかで休みたいんだけどー!」
胡桃が止める暇も無い勢いで一気にまくしたてる。ずーっと胡桃が睨みつけて黙らせていたのだが、とうとう爆発した模様。
アインズは、頭を抱えつつ真戸に一言断ってからカネキの肩を叩く。
「済まないが、胡桃とアクアにコーヒーでも振舞ってやってくれないか。何処か……適当な場所でもあればいいんだが」
周囲を見渡すが、喫茶店のような場所は見当たらない。
そこでアクアが蘭の方に向かって言ってやる。
「ねえ、そっちの貴女も来なさいよ。男同士の話とかつまんないでしょ? ほら、カネキのコーヒーっておいしいんだから」
咄嗟に胡桃とアインズの目が真戸へと向けられる。
これまでずっと、アインズも胡桃も「カネキ」という名前を出さぬままであったのだ。
二人は詳しく話し合ったわけでもないので、喰種対策局が何処までカネキの情報を掴んでいるか知らなかったので、名前を出す事すら避けていた。
これで何かがバレたのか、と確認の為真戸の表情の変化を伺いにかかったのだ。
だが、これが、真戸に見抜かれた。
こうした化かし合いでは、明らかに真戸に一日の長があろう。
何より真戸の勘は、ゲートを通る事で潔白の証明されたはずのカネキを、いまだ疑っていたのだから。
もちろんそんな事おくびにも出さず、真戸は蘭に優しく告げる。
「ああ、蘭さんはもう少し話し合いに付き合って下さい。こういうのもまた、良い勉強になりますよ」
「あ、はい。あー、えっと、そっちの青い髪の子、ごめんね、私はもう少し話を聞いてるわ」
「そう? なら飽きたらいらっしゃい。私はアクアよ、えっと、蘭だっけ?」
「うん、ありがとう」
真戸は、アクアの方に声をかける。
「えっと、アクアさん。あまり遠くには行かない方がよろしいですよ。男手はあっても到底太刀打ち出来ない敵も居るかもしれませんからね」
真戸の意図に、アインズと胡桃が気付く前にアクアが答える。
「そんなのカネキが居るんだから何来たって大抵は何とかしてくれるわよ」
マズイ、そう思ったアインズと胡桃が何かを言う前に真戸が言った。
「ははは、彼のような細腕では、私にすら敵いませんでしょうに」
「何言ってるの! カネキならアンタなんか赤い目光ってびかーって瞬殺よ瞬殺!」
頭を抱える胡桃に、天を仰ぐアインズ。よりにもよって、喰種の特徴である赤い目の事を即座に口にするとは。
二人は、コイツわざとやってるんじゃないかと半ば本気で思いかけた程だ。
カネキは頬をかきながら、ちらっと真戸の方を見てみる。彼は、ものっそい嬉しそうに笑っていた。

「そおおおおおおおおですかあああああああ!! 赤い! 赤い! 赤い目でねえ! ねえ、そこの君! やっぱり、君だったんだねぇ! ああ、これできっとラビットの事も聞けるでしょう! 本当に! 今日は運が良い! 今度こそ紛う事なき喰種と出会えたのですから! ハハハハハ! こんなクソみたいな話に巻き込まれた、元を取れた気すらしますよ!」

バレたらマズイとは思っていたが、ここまでの絶好調リアクションは予想外である。
アインズは、恐る恐るといった様子で声をかける。
「あー、真戸? おい、話を聞く気はあるか?」
首を斜めにかしげながら、真戸はアインズに訊ねる。
「何故、庇おうと?」
「彼は優れた戦士だ。彼がグールである事によりこちらが被る不利益は、私の魔法で大幅に改善が可能であると考えている。一応聞くぞ、君はカネキ君をどうするつもりかね?」
「殺します。彼に何を吹き込まれたかは知りませんが、喰種が人間を食らう、それしか生きる術の無い害獣である事は、聞いていますか?」
迷いの無い即答であるが、少なくともアインズとはまだ交渉する気はあるようだ。
「彼がそういう種族であるというのは聞いている。だが彼は極力人を食わぬよう努力して来たとも言っているし、先も言ったように、私は彼の食糧問題を解決しうるかもしれない手段を持っている。これは君が矛を収める理由にはならんか?」
「彼が言ったのですか? 人は食わないし、人を食わないよう努力もして来たと」
「そうだ」
「で、人の社会に人間のフリをして隠れ潜み、人知れず人間を食い殺し生きていくような連中の言葉を、貴方はあっさりと信じたのですか?」
「なるほど、つまり君は、カネキ君が私を騙し、胡桃やアクアを食べるつもりであると主張しているのか。グールの食事は一月に一回強で充分と聞いたが、これは本当かね?」
「……そういった話も聞きます。貴方は随分と、人を食らう存在に対して同情的に見えますが。それには理由が?」
「私はアンデッドだからな、人間側にだけ偏った見方はしないというだけだ。グールとは食欲頻度は低いものの、人肉以外は食料として受け付けられず、辛うじて同族の肉のみがその例外である。また飢餓状態に陥ると、前後の見境が無くなる程に苦しみ、周囲に襲い掛かる。これも正しいかね?」
「…………それは、その喰種から聞いたので?」
「そうだ。そしてどうやらその反応、彼の言葉は真実であるようだな。これをもって、私は彼への信頼を新たにしたぞ。最早、私がカネキ君の誠実さを疑う事は無いだろう」
「彼等は狡猾ですよ。人間と同じぐらいに。或いは凌駕する程に」
「人間がそうであるように、人によるのだろう?」
「喰種は生きる為に狡猾でなくてはなりません。でなければ人間社会の中で人喰いがまともに生きていけるわけないでしょう。人に害の無い喰種は、死んだ喰種だけです」
「私が咄嗟に考えるだけでも、創意工夫次第で問題を先送りにする程度ならば出来そうに思えるがね。それにさっきも言っただろう、私は彼等の食糧問題は解決出来ると考えている。君達の知らぬ、魔法の力でな」
「だからこれまでの罪を全て笑って許せと?」
「彼は罪を犯していないと言っているし、君は彼の犯罪行為を見た訳ではないのだろう?」
「たいっ、へん、申し訳ありませんが、我等の法では喰種はただそうであるというだけで、駆除の対象となります。お説ご尤もな点もございますが、どうぞこの場は私に任せてお引取りを」
不愉快げな声音に変わるアインズ。
「罪の有無ではなく、生まれた事をすら許さぬと言うのか……」
「人間社会が喰種によってどれほどの被害を被ったか、それを貴方は想像する事も出来ませんか? いえ、した事が無いのなら今して下さい。人と同じ姿かたちをしたモノが、人の側に潜み隙を見てこれを食らい、生きていく。その種族は人に倍する力を振るい、銃弾ですら仕留める事が出来ぬ頑強な体を持ちます。ねえ、アインズさん。これでも人は、喰種を殺してはいけませんか? 妥協しようにも、彼等は人の肉を食うしか生きる術が無いのですよ? 彼等に殺されて来たたくさんの人達には、罪があったとでも言うのですか?」
「人間にも人を殺す犯罪者は居るだろう。そいつら同様、殺した分の罪を償えばいいだろう。その審議すらせず、ただグールだから死ね、というのは私には承服しかねる。……女性の前ではあまり言いたく話ではあるが、これまでにも、既に亡くなった者の遺体のみを食料として人殺しを忌避してきたグールも居ただろうに」
「それは治安を維持し、数多の者を治める側の人間の考えではありませんね。無責任にただ権利や薄い可能性を述べるのみで、果たすべき義務にも言及せずでは誰一人説得なぞ出来ませんよ」
「だから、私が彼の問題を解決してやると言っている。私はアンデッドを作り出す事が出来る。このアンデッドに再生能力を持たせてやれば、無限に食べ続けられる彼等に適した食料となろう。これでもう少なくともカネキ君は人間を襲う理由がなくなるわけだ。それでも、許さぬと?」
「……貴方のその魔法とやらが、如何なる物か私には検証する術がありません。そして、私は喰種対策局の上等捜査官で、その任務は喰種の駆除です。生憎と、私が刃を納める理由にはなりえませんな。喰種は理由の如何を問わず即座の対応が要求されます。それも、喰種の習性や能力を考えれば当然の事でしょう。ただ逃げられるだけならまだしも、彼等は往々にして強烈な反撃を試みて来ます。そしてその都度、貴方の言う所の全く罪の無い者の命が失われていくのです。喰種がせめて人間並みの能力しか持っていなかったなら貴方の言う対応もありえたのかもしれませんが、それは全く無意味な仮定でしょうよ」
「ならばカネキ君に限って言えば、彼への抑止力としてはこの私、アインズ・ウール・ゴウンが居る。私が居る限り、彼がもし仮にそう望もうと無法な真似なぞさせはしない。それでも駄目かね?」
「繰り返しになりますが、貴方の能力を私は知りません。ですので、貴方が面倒を見ると主張したとてそれを認める事は出来ませんね」
では、とアインズは攻める方向を変えてやる。
「ならばこの土地はどうだ?」
「土地、ですか?」
「お前はここを、お前の国だと思っているのだろう? だからお前の国の法を適用しようとしている。だが、ここは本当にお前の国なのか?」
「……どういう意味ですか?」
「ここにある建物は所謂お前の国である所の日本、に見える。だが、本当にそうなのか? 私は既に、この地に来て三つの日本を聞き知っているのだぞ?」
真戸は伺うようにアインズを見るが、さしもの真戸も、アンデッドを見て何かを察する事が出来そうに無い。
「いいか真戸、君とカネキ君はどうやら同じ日本から来ているようだが、この恵比須沢胡桃の居た日本にグールなんてものは存在していない。そうだな胡桃」
いきなり話を振られて驚いた胡桃だが、うん、と素直に答えを返す。
「そして私も日本を知っているが、そこにもグールなんてものは居なかった。そして私の知る日本と、胡桃の知る日本が全く別物である事も確認している」
そしてさっきからずっと、アインズが表情の変化を伺っていた蘭に声をかける。
「そこの、毛利蘭。君も日本の出のように見えるが、どうだ? 君の居る日本にグールは存在したのか? ゾンビは? はたまた外に出る事も出来ぬ汚染されきった自然はどうだ?」
蘭は無言のまま。何かを口に出せば、真戸に不利になると思っての事か。
ただ、その表情が不安げなのは、アインズの言葉に動揺しているせいであろう。
真戸はアインズを問いただす。
「……何が言いたいんです?」
「異世界。その存在を君は認めるべきだと言っているんだ。君の世界ではこんな……」
そう言いながらアインズは明後日の方に手をむけ、術を放つ。
火球が打ち出され、家屋の入り口が一撃で吹っ飛んだ。
「魔法なんてものは存在しないのだろう? なあ真戸。日本という国の名が同じだからといって、皆が皆君と同じ世界の住人だとは限らないのだぞ。そしてそれを認めてくれるのならば、そんな異世界で、君の国の法をふりかざす事の愚かさが良くわかるだろう。今はそんな事をしている場合ではない、もっと優先すべき事柄があるはずだろう」
アインズとしては、かなり有効な一撃であると確信していたのだが、真戸呉緒は全く動じる事は無かった。
彼自身も、デミウルゴスやアインズといった意味のわからぬ存在を目にし、異世界云々に思う所はあるのだが、それでも彼が動じる事は無かったのだ。
「町並みを見ても、話される言語を聞いても、ここが日本以外の何処かである、と公僕たる私が判断を下してしまう材料には足りません。である以上、ここは当然日本であるとして私は行動しますよ」
「こ、この頑固者めっ」
「頑固はお互い様でしょう。何故そうまでして彼を庇うのですか。この短い間にどれだけの事があったというのですか」
理では動かぬ、そう思えてならないアインズは、今度は率直に自らの意思をぶつけてみる。
「気に食わん。ああ、心底から気に食わない。弱肉強食は自然の摂理で、種族毎に憎しみの根があるのもわかる。だが、法だか何だかをふりかざし、生まれた事すら許さぬとその存在を抹消にかかるなど……このアインズ・ウール・ゴウンへの侮辱であるとすら思える程に、不愉快だ」
真戸はどうやら説得を諦めたようで、バッグから大型の鎌、エレザールの鎌を取り出す。その動きで、全員がその身を緊張に固くする。
「どいてくれないのなら、どかすしかないようですねぇ。毛利さんは下がっていてください。今回ばかりは貴方が加わる道理がありませんから」
カネキは、これは自分が解決すべき問題だとアインズの前に立とうとする。
そんなカネキの動きはアインズにとって、真戸とのやりとりでささくれたった心を癒してくれるものであった。
「待ちたまえカネキ君。彼と対決していたのは私だ、ここは私に任せたまえ。それに……」
アインズはかなり本気でやる気を出していた。
「一度、このアインズ・ウール・ゴウンが仲間にすると口にしたのだ。その仲間を傷つけようなぞと私は断じて許さん。真戸、相応の覚悟は済ませたか?」
「お構いなく」
アインズは無造作に、大股に、真戸へと足を進める。
「お前は、途中で話をする事を投げ出したりはしなかった。私の言葉に、感情ではなく理を持って答え続けようとしていた。そこは、本当に素晴らしい美点だと思ったのだがな……」
「……屁理屈が、好きなんですよ」
「そうか」
真戸の大鎌が凄まじい速度で振るわれる。
その特異な形状から、何処が危険な部位であるのか、何処を武器として用いてくるのかが非常にわかりずらいのだが、アインズはやはり無造作に上げた手で、その刃を受け止め弾く。
上位物理無効化のスキルは失われているが、斬撃武器耐性は生きている。
アインズの体に刃を通すには、相当な威力を必要とする事だろう。
「しばらく頭を冷やすのだな」
アインズがそのまま真戸に触れると、真戸は声も無くその場に崩れ落ちた。



アインズは一応、声はかけてみた。
「毛利蘭、もし君さえ良ければ我々と一緒に行かないか?」
だが、まあ表情を見ればすぐにわかったのだが。
「……いえ、私は真戸さんの側に」
「そうか。……そう敵意を向けてくれるな。真戸にも一応、加減はしたのだぞ? このスキルはな、本当はもっとたくさんの状態異常を起こせるのだが、今回は仕方なく麻痺のみを……」
やっぱり蘭の表情が変わらないので、アインズは諦めて身を引く事にした。
蘭は麻痺で身動き取れなくなった真戸を、安全と思える家の中に引っ張っていってそこで回復を待つと言う。
アインズ達は彼等を置いて、先を進む事にした。
アクアがドジ踏んだ件に関しては、胡桃が延々文句を言っていたのだが、アクアが普通に逆ギレしてきて、しかもその言いっぷりがカネキが悪いみたいな感じになってきたので胡桃が強引に話を切ってやった。
ただでさえカネキが原因で口論になり、挙句カネキに対してもかなりヒドイ言い草をされたのだ、きっと気にしているだろうと胡桃は思ったのだが、アクアをなだめ終わってカネキを見ると、彼はとても安らかな笑みを浮かべていた。
すぐにぴんと来た。
アインズの言葉が、きっと嬉しかったのだろうと。
そのアインズはというと、何故かアクアに絡もうとしている。
遠まわしに何かを聞き出そうとしているっぽいが、アクアが絶望的に察しが悪いせいで全く上手くいっていない。
胡桃はこの間にカネキの隣に行き、その背中を軽く叩いてやる。
「え?」
「良かったね、アインズさんが居てくれて」
咄嗟には、何の事を言っているのかわからなかったカネキだが、すぐに胡桃の言葉の真意を理解する。カネキもずっと考えていた事でもあるのだから。
「うん」
だからそうやって聞かれて答えたとき、カネキはこれまで見た事がないぐらい、素敵な笑顔で返すことが出来たのだ。





【F-4/早朝】
【恵飛須沢胡桃@がっこうぐらし!】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:支給品一式、MINIMI軽機関銃(200発マガジン。残弾6割ほど)
[思考・行動]
基本方針:
1:友達を捜し出して守るためにアインズとカネキとアクアと同行し、ナザリックを目指す。
2:愛用していたシャベルを探す。
3:アクアは一人でほっといたらエライ事になる。

※双腕仕様油圧ショベル「アスタコNEO」@現実? は港に置いておきます

【アインズ・ウール・ゴウン@オーバーロード】
[状態]:健康、魔力消費(小)超位魔法一回消費(一日四回)
[装備]:なし(装備は全没収。モモンガ玉も機能停止)
[道具]:支給品一式、不明支給品1~3(確認済み)リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン
[思考・行動]
基本方針:
0:ナザリック及びギルド:アインズ・ウール・ゴウンに害するものを許さない。
1:アルベド、シャルティア、デミウルゴスが気がかりなため一刻も早く合流したい。
2:他のNPCも心配。様々な情報を得る意味でも地図上のナザリック大墳墓に向かう。
3:ナザリックを優先した上で、胡桃、カネキ、アクアは保護。他の参加者とも理由なく争うつもりはなく友好的に接したい
4:分からないことだらけなので慎重に行動し、情報を得たい。
5:胡桃、カネキ、アクアと共にナザリックを目指す。

※自身への制限は大体理解しています。
※容姿はアニメとかでお馴染みの基本スタイルですが、アイテムとしての防御力は持ちえません。
※アニメ終了後時期からの参戦です。(対リザードマン準備中)

【金木研@東京喰種トーキョーグール】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:支給品一式、不明支給品1~3
[思考・行動]
基本方針:
1:アインズ、胡桃、アクアと同行しナザリックを目指す。

【アクア@この素晴らしい世界に祝福を!】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:支給品一式、不明支給品1~3
[思考・行動]
基本方針:
1:アインズ、胡桃、カネキと一緒になざりっくって所に行ってあげる。
2:カズマとめぐみんとダクネスを探す。


【G-3/早朝】
【毛利蘭@名探偵コナン】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:支給品一式
[思考・行動]
基本方針:
1:江戸川コナン、灰原哀を探して守る
2:真戸呉緒と行動を共にする

注:ユグドラシルで言う所のレベル十五~二十相当の戦力であると判定されました。武装もスキルも何も無い状態でっ。

【真戸呉緒@東京喰種トーキョーグール】
[状態]:麻痺の術で体が動かない。
[装備]:エレザールの鎌、扶桑刀
[道具]:支給品一式
[思考・行動]
基本方針:
1:グールを探して殺す。
2:カネキと呼ばれるグールをどうにかして殺す。
3:毛利蘭と行動を共にする

注:ユグドラシルで言う所のレベル十五~二十相当の戦力であると判定されました。


【G-3/早朝】
【デミウルゴス@オーバーロード】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:支給品一式、不明支給品(1~3)
[思考・行動]
基本方針:
1:アルベドとシャルティア・ブラッドフォールンを探す。
2:脱出の為、情報を集める。

注:デミウルゴスのスキル「支配の呪言」は弱体化されており、ユグドラシルで言う所のレベル15相当以下の相手にしか通用しません。

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022:女神のもとにアンデッドは集う 恵飛須沢胡桃 057:好意には友愛を、敵意には報いを
アインズ・ウール・ゴウン
金木研
アクア
008:魔人の威力 毛利蘭 052:悪魔
真戸呉緒
デミウルゴス

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最終更新:2017年02月07日 13:39