真夜中の太陽 ◆IA87Rhkxfs
目が覚めたらどこか知らない場所にいた。
怪物が現れた、一人の女の子が襲われた。
黒尽くめの男の人が、怪物を倒した。
それから、怪物をけしかけた男の人たちが死んで。
そして、ぼんっと大きな音がして、首が弾き飛ばされて。
その男の人も、死んだ。
まるで、漫画やアニメの世界のような話。
夢だと思えれば、思い込めればどんなに良かっただろうか。
当然のように、頬をつねっても目は覚めない。
先ほど起こった出来事も、怪物も、男の人が死んだことも。
あの真っ赤な血も、現実。
それを噛み締めた所で、少女、如月千早はごくり、と唾を飲み込み、震える手を抑える。
首元に手を伸ばせば、伝わるのは冷たい感覚。
それは自分の命を握っている、たったひとつの枷。
これから殺し合いをするということを、もう一度はっきりと突きつけられたような気がして。
こみあげる不快感が吐き気へと変わり、それを必死に押し込めていく。
そう、これから自分は。
人を、殺す。
「……嫌よ」
頭に描いてしまった事を、強い否定の言葉と共に振り払う。
何十人もの人間を殺して、たった一人生き残る。
そんなこと、しがない一人の少女に出来るわけがない。
ならば、黙って殺されるのを待つか?
それも嫌だ、みすみす死を迎える訳にはいかない。
やりたい事が出来た、見られる夢が出来た、友達が、仲間が、親友ができた。
何より、こんなことが原因で歌えなくなるのを、認めるわけにはいかなかった。
ふと、配られたバッグへと手を伸ばす。
まず地図に目を通し、頭に叩き込んでいく。
記された情報と周りの景色から察するに、ここはどうやら図書館のようだ。
見たことのない本が多数並んでいるあたり、普通の図書館ではないらしい。
次に手を伸ばした名簿には、かけがえのない仲間の名前が二人載っていた。
そこに名前があるということは、彼女たちも自分と同じように命の危機に晒されているということだ。
その事にショックを受けつつも、今はどうしようもない、と振り払い、道具の確認を進める。
初めに手にしたのは、ガンダムのプラモデルの未開封品だ。
こんな状況で作っている余裕などあるわけもないので、そそくさと袋に戻す。
次に取り出したのは、パック詰めされた、一匹のあんこうだ。
捌いて食べろということなのだろうか、だとしても千早にはそんな技術はない。
そして、最後。
手に伝わったのは、金属のようなひんやりとした感触。
頭の中では、なんとなくそれが何なのか理解していた。
だが、目で見るまでは認めたい、そう思いながら、千早はそれを取り出す。
現れたのは、一丁の黒い銃。
ひっ、と思わず声が漏れる。
触るのはおろか、見るのですら始めてだ。
モデルガンかもしれないとは思った。
だが、リアルな重さと金属の感触、何より微かに臭う火薬の香りが、その考えを振り払った。
これは、力だ。
如月千早というただ一人の少女が、殺し合いを生き抜く為に必要な力。
もっと言えば、人を殺す為の十分な力と言える。
それを理解した所で、千早の手は再び震えだす。
自分は、今からこれを使って。
人を、殺す。
「違うっ!!」
思わず声に出してしまい、慌てて口をふさぐ。
だが、辺りは静まり返ったままだ。
良かった、と思った次の瞬間。
静まり返った場に、こつ、こつと靴の音が響き始めた。
間違いない、今の声を聞かれてしまったのだろう。
そう思っているうちにも、足音はどんどんと近づいてくる。
心の整理は、まだ終わっていない。
ひょっとしたら、自分を殺しにやってくるのかも知れない。
ふと頭によぎったそれは振り払えず、千早は躊躇いもなく銃を握りこむ。
これを使うのは万が一、万が一の時だけ。
そう何度も言い聞かせながら、千早は銃を構えながら、近づいてくる誰かをじっと待った。
そして、足音がピタリと止まり、"誰か"は姿を現した。
「春……香?」
それは、千早のよく知っている姿だった。
頭のリボンも、顔も、見間違えるわけがない。
それは、彼女は、天海春香だった。
「千早ちゃん……」
「春香!! 春香ッ!!」
驚いた表情で千早を見つめていた春香に対し、千早は迷いもなく彼女に抱きついていく。
極限まで膨れ上がっていた恐怖が弾け飛び、安堵と変わったが故の行動だ。
目に浮かべていた涙をこれでもか、と流しながら、千早は春香を強く抱きしめる。
「良かった、無事でっ、ホントに、良かった。
嬉しい、会えて嬉しいよ、春香ぁっ……」
まさかこんなにも早く出会えるとは思っていなかった。
兎にも角にも、彼女が無事で本当に何よりだった。
嬉しくて嬉しくて、言葉が止まらなかった。
「――――私は、嬉しくはないかな」
ぼそり、と、春香の口から飛び出した言葉。
それは、俄には信じられない言葉であった。
「えっ」
再び、驚いた顔に戻り、千早は春香の顔を見つめる。
こうして二人無事に出会えたというのに、それが嬉しくないとは、どういうことなのだろうか。
「ううん、そうじゃない」
首を横に振る。
嬉しくはない訳ではない、春香だって千早が無事だったことは、嬉しかった。
けれど、そうではない。
「千早ちゃんには、会いたくなかった」
千早の目を、まっすぐに見つめたまま、そう告げる。
千早が無事だったからこそ、春香は千早に出会いたくなかったのだ。
「どういう、事?」
驚いた顔のまま、目を白黒させながら、千早は春香に問いかける。
その問に、春香はふっ、と物悲しげな笑みを浮かべながら、ゆっくりと口を開き始めた。
「……知ってるでしょ、千早ちゃん。
ここはさ、人が人を殺す、そういう場所。
そして、たった一人しか生き残れない。
そんな場所にさ、"私達"は来ちゃったんだ。
私と、千早ちゃんと、美希と」
子供への読み聞かせのように、春香は言葉を紡ぐ。
何を言っているのかは、分からない。
いや、言葉は理解できても、意味がわからないと言った方が正しいか。
けれど、続く言葉はなんとなく察していた。
だからこそ、理解したくなかったのかもしれない。
「だから、ここに来てからずっと考えてた。
一人しか生き残れない、いや、まずそこまで生き残れるかが、分からない。
私も、千早ちゃんも、美希も、ここでは普通の女の子。
そんな女の子が、よくわからない怪物が居るような場所で、生き残れると思う?」
ぽつり、ぽつりと、拾い集めるように呟かれる言葉は続く。
春香が言っていることは、尤もだ。
アイドル、というだけで、他は普通の女の子と変わらない自分たちが生き残れる確率は、この上なく低い。
「もしさ、仮にだよ? 三人揃って生き残ったとしようよ。
そしたらさ、そこから"一人"を決めなきゃいけない。
私か、千早ちゃんか、美希か。
……選べない、選べる訳ないよ。だって、私はみんなが大好きだから。
千早ちゃんも、美希も、みーんな、同じくらい大好きだから」
それを踏まえた上で、もし三人生き残れたとしても。
待っているのは、地獄のような選択なのだ。
自分が死ぬか、他二人を殺すか。
かけがえのない仲間たちの間で、それを強いることになるなんて考えたくもなかった。
春香は心優しく仲間を大切にする、一人の少女だったから。
殺さなきゃいけないという重圧を背負うのも、背負わせるのも、嫌だった。
殺し合いを生き抜けば願いが叶うらしいことは、分かっている。
だから、その願いで蘇らせればいいことも分かっている。
だが、一時的にだったとしても、大切な仲間に「人を殺す」感覚を植え付けるのは、耐えられなかった。
ましてや、仲間を殺す感覚を味わうのも、耐えられそうになかった。
何より、願いを叶えてくれるというのも、本当かどうか分からない。
信じられる要素なんて、どこにもないのだ。
「考えても考えても、ダメだった。
何も信じられないし、全てを疑うしか無かった。
元通りの生活に戻れる保証なんて、どこにもない。
千早ちゃんや美希が居ないかもしれない生活なんて、考えたくもない。
何より、私は千早ちゃんや美希が死んでしまった時、それを知ってしまった時。
私は、正気でいられる自信なんて無い」
つらつらと吐き出し続けた言葉をそこで切り、春香は意味ありげに一息つく。
「だから、さ、決めたの」
次の言葉が最後だと、千早に伝えるために。
「――――逃げてしまおうって」
そう言って春香は笑いながら、ぼろぼろと涙を零す。
何を言っているのかなんて、自分が一番分かっているのだから。
考えても考えても、幸せな結末には辿りつけなかった。
苦しんでも苦しんでも、たどり着くのは地獄のような世界。
それだけで、耐えられなかった。
だから、逃げることにした。
「ああ、だから……千早ちゃんには会いたくなかった。こんな話、したくなかった。
人の声が聞こえたから、なんて理由で動いたりしないで、早くしてしまえばよかったな……」
誰かに聞いて欲しかったという気持ちがあった、だから誰かに近づいた。
それは、"知らない誰か"であってほしかった。
弱い気持ちだけ吐き出して、それで楽になって、あとは首輪を引っ張るだけ。
それだけで終わるはずだったけれど、それでは終われなくなった。
「じゃあね、千早ちゃん」
だから、春香はそう言って千早の元からも逃げ出す。
彼女の目の前でするわけには、彼女に苦しさを背負わせる訳には、いかないから。
どこか遠く、誰も居ない場所で、ひっそりと"逃げる"為に。
春香は、千早に背を向けて走りだそうとする。
ぱしん、と音がする。
体が少しだけ、重くなる。
振り向けば、そこには自分の手を掴む、千早の姿があった。
「っ! 離して、離してよ千早ちゃん!! 私はッ!!」
「離さないわよ、離すもんですか」
力任せに振り払おうとするが、振り払いきれない。
暴れて、暴れて、暴れ続けても、千早は手を離してくれなかった。
それどころか、持っていた銃を投げ捨て、片手ではなく、両手で春香の手をそれぞれ握りしめた。
そして、暴れ続ける春香の体を本棚に軽く叩きつける。
そのまま、手をしっかりと握りしめながら、千早は春香の目を見て叫ぶ。
「一人しか生き残れない!? そんなの誰が決めたのよ!!
私や美希が死ぬ所を見たくない!?
日常が壊れるのが嫌!? だったら、だったら!! 生き残ればいい、どんなことがあっても、絶対に!!
私と、春香と、美希と、三人で!! こんな場所を抜け出せばいい、そうでしょ!?」
「無理だよ、そんなこと」
千早が口にする夢物語を、春香はやんわりと否定する。
三人揃って生き残って、元の世界に帰る。
出来るのならばそれが一番いい、それは分かっている。
けれど、それは夢物語でしか無い。
ここでは、この殺し合いの場所では、一人しか生き残れないのだから。
けれど、千早の言葉は終わらない。
「私は、私はッ!! 春香に、世界を広げてもらった!!
あの時、春香は私に手を差し伸べてくれた!!
私は、春香にっ!! "如月千早"を助けてもらった!!」
声が出なくなったあの時、全てを投げ出したいとすら思ったことがあった。
けれど、そんな時でも、春香は千早に語りかけ、手を差し伸べ、道を照らしだしてくれた。
今の自分があるのは仲間がいた事と、何よりも春香の言葉があったからだ。
「だから、この手は離さない。今度は、私が春香に手を差し伸べる番だから。
絶望して、何も見えなくなったとしても、私は絶対に春香を助けてみせる」
そんな自分を救ってくれた人間が迷い、悩み、絶望し、死のうとまでしている。
それはまるで、昔の自分のように。
そんな光景を、弱音を見せられて、黙っていられる訳もなかった。
「どうやればいいかは分からない、道なんて見えない。
だったら道を作ればいい、光を生み出して、照らし出せばいいじゃない」
こんな言葉が出てくるのか、と自分でも少し驚きながら。
千早は、春香に叫び続ける。
この声は、この生命は、"如月千早"は、一度彼女に助けてもらったのだから。
だから千早は、笑って彼女に言う。
「春香が、私にそうしたように」
千早がよく知る、"天海春香"のように。
しっかりと、前を見据えて。
太陽のように笑って、そう言った。
ずっと千早の顔を見つめていた春香が、ゆっくりと俯いていく。
「……ずるいなあ、千早ちゃんは」
ぽつり、と口に出した言葉と共に、笑う。
「そんなこと、言われたら」
そして再び、大粒の涙をぼろぼろと流し始める。
「何も、言えないよ……」
それは初めの涙とは違う、涙だった。
一頻り春香が泣いた後、二人は互いに道具を確認しあっていた。
どういう理屈か、バッグは自身よりも大きな道具も入れることが出来るらしい。
明らかにバッグとサイズが合わない刀が出てきた時に、それを確認することが出来た。
春香の道具にあった武器らしい武器は刀だけだったので、どうするか悩んでいたが、演劇で刀を振るったことがある、と語る春香がそれを持つことに決まった。
なんだかゲームみたいだね、なんて軽い冗談を飛ばした時の笑顔は、千早がよく知る春香の笑顔だった。
「じゃあ、行きましょ」
準備が整った所で、二人は図書館を後にする。
向かうのは、南。
人が集まるであろう場所、遊園地だ。
「春香」
「何?」
歩き出す少し前、千早は春香を呼び止める。
そして、ふっと笑ってから、彼女の目を見つめて、はっきりと言う。
「絶対に生き残るわよ」
「うん、美希も入れて、三人でね」
強い決意、それを口にしながら、二人は歩き出す。
後一人、美希を探しだすために。
これから進む道は、まだ真っ暗闇だ。
光があるのか、そもそも存在するのかどうかすらも、分からない。
正直に言えば、怖い。
何が起こるかなんて、予想が出来るわけがない。
けれども、きっとなんとかなる。そんな気が、する。
今までだって、そうやってきたのだから。
ああ、出会ったのが彼女で良かった。
こんな簡単なことに、気づかせてくれたのだから。
「ありがとう、千早ちゃん」
聞こえないように小さく呟いた言葉を噛みしめて、春香は笑って、前を向く。
自分の未来を、こんなところで終わりにしない。
絶対に掴みとってやると、心に誓う。
だって今の自分には、かけがえのない仲間がいるのだから。
突き進める"天海春香"は、無敵だ。
【D-8図書館/深夜】
【如月千早@THE IDOLM@STER】
[状態]:健康
[装備]:グロック35(17+1/17、予備34発)@現実
[道具]:支給品一式、あんこう@現実、ガンプラ@現実
[思考・行動]
基本方針:絶対に三人揃って元の世界に帰る。
1:美希を探すため、人の集まりそうな場所(トロピカルランド)を目指す
【天海春香@THE IDOLM@STER】
[状態]:健康
[装備]:村正@現実
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1~2(武器ではない)
[思考・行動]
基本方針:絶対に三人揃って元の世界に帰る。
1:美希を探すため、人の集まりそうな場所(トロピカルランド)を目指す
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最終更新:2016年07月23日 09:30