恐怖とスイッチ ◆HsmUxMAkiA
殺し合いの場に放り込まれた、現代の価値観を持つ少女。
広くしかし仕切られている会場において、一人座り込む彼女には、奇しくも逸見エリカ嬢が予想した通りに、ひどく怯えながらぶるぶると身体を震わせることしかできない。
戦車道に関わらない普段の彼女は、いざ主催を打倒しようと発起するほど勇敢ではなく、現実を見失って逃避するほど片寄ってもいなかった。ゲームに乗るなどとは欠片も浮かばない。
木陰に尻餅ついて座る彼女の表情は、視点が合わず顔色は悪く、ゲドゲドの恐怖面という表現は、
花の女子高生にはふさわしくはないけれど、その類いもの、転校先で戦車道の受講を強制されたときと同じようなそれだった。
彼女の頭がゆっくりと旋回した。
仕草が緩慢であるのは、積極的な行動を起こすには精神に受けた衝撃が緩和されていないから。見渡した地形は林、向こうに斜面が見える。
実家の熊本やら、大洗の郊外に行けば、容易に視界に入ってくる光景。殺し合いという非日常において、彼女の日常からかけ離れたとは言えない景色、
ただ、虫やら鳥やらの気配は一切なく、少し寂しく、現代女子高生たる彼女にはなんとなく嬉しかった。(こんな場所で考えることかと思い直す)……ちょっと思考が帰ってきていた。
一瞬持ち直した瞳から取り繕うようにハイライトを消した彼女は、一言も物を言わないまま、支給品を漁り始める。
救いを求めるかのようにひっぺがえして探す。何を? と言われれば劇的に状況を改善させるものだったが、
幾分冷静になった思考は、そんなものはない、主催者たちが参加者にそんなものを渡すはずがない、そう告げている。
事実その通りであった、けれど、それ以上のことをするにはエネルギーが足りないので、ただ行動に夢中に。
出てきた物は武器だ。およそ常識から外れていないが、一般人には似つかわしくないもの。
一瞬にして状況を回天させるには程遠い物――。ここに運ばれてくる前のように、埒外の力、ある種の幻想を含んだ物、がでてきたのならばそれぐらいの効果があってもいい。
もっとも、さきほどのやりとりからそんなものがあるらしいとは彼女の脳に浮かんでいたけれど、それ以上は考えを働かせようとは思わない。
ただでさえいっぱいいっぱいの思考にこれ以上の注ぎ込まれたのならば、自分の頭がおかしくなる。滅んだはずのニンジャを目撃した市民のようになりそうだから。
……戦車道に関わっている以上兵器にはそこそこ理解があった彼女、
実家にパンツァーファウストの模型 ? を飾る西住殿は現代における武器の使い方をすぐさま把握するに至った。それだけである。
改めて険しい現実が彼女の目の前に立ち塞がっている。疲労。彼女は武器を掴んだままふらふらと立ち上がろうと、
そして、足に大輪の赤い花――深い裂傷を咲かせて、武器を落とした。
キレーな腹を裂いてそこに手を突っ込みながらヤルのがいい女だな。ありゃあ。
片桐安十郎の西住みほに対する所見であった。
大人しそうで都会で擦れてなさそうなガキ、そういう奴には一生忘れられない体験をさせてやる――まあ、すぐに終わっちまうんだが。
経験豊富な彼には自信がある。ドス黒い欲望と悪意で、しっかりと天国まで連れて行こうと。
倫理によるタガが存在しない、行き過ぎたサディズムの具現、きっと無垢だろう少女に叩きつけて、絶望の底に沈めて行く。
彼のが日常的に行ってきたことであり、これからも行っていくだろうことだ。
片桐安十郎――通称アンジェロ。
12歳の頃から犯罪者の素質を開花させた犯罪のメジャーリーガー。
彼は、刑務所にぶち込まれて死刑を翌日に控えた時になっても己の罪を振り返ることはなかったし、
私怨から手を出した黄金の精神たちに、生きたまま岩と同化させられる――おおよそ堪えがたい苦痛を味合わせられても、彼の本質に何らかの変化を及ぼすことはなかった。
そしてそれは、今の、殺し合いという場所においてもである。むしろ、彼は主催者たちに感謝していた。とりあえずは、自由に動く身体を取り戻すことができたからだ。
自由を取り戻した彼は、たまった欲求不満を解消したかった。
願いについては今は考えることではない、まあ、負けて殺されるのは御免だし、彼のプライドが許さないので、なるべく生き残るようには振る舞うが。
木陰に座って、飲料水に同化させた自身のスタンド、アクアネックレスに周囲を探らせる。
肩を回して開放感を味わいながら、大きな品のない息をつく。生身の身体は久しぶりだったので、違和感に慣れるまで少し時間がかかった。
十分に慣れたところで、彼はやっと飲料以外の支給品、名簿やら地図やらの把握に取り掛かろうとして――
西住みほを見つけた。
溜めたり抑圧したりってえのは身体にわりいことだからなあ~。
足を切り飛ばされた西住みほを視界に収められる距離で彼はつぶやく。結局その他支給品には目を通さず、行動に移っていた。
スカッとしたい気分で、スカッとできるものをぶら下げられて我慢できるような男ではない。
そんな男が、正確には彼と視界を共有するアクアネックレスが、西住みほを舐めまわすように観察する。
本体が近づくまで見ていたときも、鈍臭くオドオドとするばかりのガキ。何か行動しようとも、スタンド使いであるかの素振りも見せない。
片桐安十郎は西住みほを逃げ惑う哀れな子羊だと認識した。それも役立たずだ。
あーいう奴はせめて身体で人を楽しませてから死ぬべきだ。……積極的に行動してても気に食わないから殺しただろうが。
幸い見てくれは悪くない。顔面を殴りつけて歯をぶち折り、口を化粧してやりたい。目を陥没させて腹を殴りつけて血反吐をまき散らさせてやりたい。
四肢をもいで、喪失感に絶望させた後、命だけはつなごうと全裸で土下座させてやる。
彼の視線の先、姿勢を崩した西住みほが緩慢な動きで、右腕で近寄ってきているアクアネックレスを振り払おうとした。
彼はそのすっとろさに苛立ち、力加減を誤まった。アクアネックレスの攻撃で、彼女の手首は中ほどでぶら下がるような形になり、今にももげそうなささくれとなった。彼は失敗を悟った。
ちと出血させ過ぎた。あれじゃあ長く楽しめねえじゃあねえか。
※ ※ ※
そうとおくないむかし あるところに おんなのこがいました。
きびしくそだてられてせんしゃにのせられました。
けんかをしかけてはぼこぼこになるクマを好きになりました。
名門こうのふく隊長になって 姉と勝利をかさねました。
皆が姉妹を賛美しました。
優しさから大きな失敗をしました。
人々は賛美を忘れて女の子を非難しました。
※ ※ ※
手足に深い傷を負って命の危機に瀕する西住みほが考えること、それはもう戦車にのれないかもしれない、ということでもなく。
私、まるで、ボコみたい! ということでもなく。……いや、そもそも思考だったのかはわからない。
彼女の意識は味わったことのないような痛みに半ばまで飲み込まれていた。
しかし、彼女が痛みに知事困るだけで終わりを迎えなかったのは、本能に近いところ、あるいは彼女が備えている戦車道、
その指揮官としての神がかった才能、能力が、彼女の身体を動かしたからかもしれない。
踏みつけられる虫の抵抗のように差し出された腕は囮だった。
忘我の状況にあった彼女は、無意識の内に、敵の攻撃を引き付ける役割を自分の腕――自分の身体の一部を、
ほとんど安全の保障された戦車道の、信頼する味方の戦車のように。そこには、ある種の冷徹な戦略的判断、ただそれだけがあった。
さて、彼女が自ら腕を危険に晒したというのは、もちろん彼女のマゾヒズムの発露……というわけではない。
彼女は腕を切られると同時に、渾身の力を込めて、跳ねた。見掛けによらず結構強靭な脚力と言えども、負傷した右足を引きずったままなので、
それはカエルのジャンプにも劣る、まな板の上でもがく鯉、彼女だと、鮟鱇のように無様だった。
アンジェロも事実そのように、ただ痛みに身体が反応しているののだと、滑稽と、思い、酷薄な笑みを浮かべる。
しかし、跳ねて転がった先で、彼女は先ほど取り落とした武器を掴んでいた。鮟鱇は確かにまな板から逃れた。
ひっつかんだ武器を、彼女からしたら正体不明の怪物に、しっかりと向けて、そして、発射スイッチを押す。
片桐安十郎、アンジェロはいくつかの無自覚、自覚した失敗を犯していた。
彼の精神は身体を自在に動かせる高揚感に浮かされていたし、スタンド使いと非スタンド使いにおける差、絶大なそれにかまけて、
西住みほをすべての希望を奪ってから始末しようとしている。それに、西住みほのこの会場における振る舞いは、とても能力のあるものとは見えない。
その少女がやっとこさ銃を手に、反撃してきたところで、気を払って躱すことでもない。
むしろ、ほぼ物理攻撃を無効化するアクアネックレスであるのだ、受けたうえで絶望を味合わせてやろうと――かくして、西住みほの必死の反撃は炸裂した。
「ハアッ、おあ…あああああああッ?!」
もったいぶってきた彼女の武器、特性を知っていてればアンジェロは間違ってもスタンドで受けようとは思わなかっただろう。
けれども、彼の時代の日本において、その武器はそれほど知れ渡ってはおらず、杜王町の警察も最新鋭のそれを配備されてはいない。
それは、高圧電流を纏った電極を発射する武器、空飛ぶ高圧スタンガン――通称テーザー銃だった。
全身を電流が駆け巡っているアンジェロ、彼は失神だけはしなかったものの、
全身が痺れに襲われて、スタンドを動かす余裕をなくして、何よりも流れを逸していた。
戦場には流れというものがある。絶対強者の視点から一瞬で抵抗を奪い去ろうとせず、結果多大な損害を受けたことは、
流れから外れるには十分なことだ。こういうときは往々にして悪いことが起きる。
「ドラアッ!」
西住みほに夢中になっていたアンジェロは、背後から近づいてくるチンケな頭の男性に気がつかなかった。
アンジェロはその男に一撃を食らう。裂帛の気合とともに放たれた拳はアンジェロの右腕に命中、
右腕を、奇妙なことに、背後にあった樹木と同化させる。それはいつか見た光景の再現であった。
「いきなり殺し合いだっつってよ~。連れて来られてみたら、見たくもねえ顔をまた見せられるなんてな」
「東方、仗助……!」
彼を生き地獄に突き落とした張本人、今再び、危機をもたらしている杖助。
アンジェロは視界に映った瞬間に、耐えがたい怒りの溶岩が湧き上がってくるのを感じた。
この場合、アンジェロはいつだって感情に従って動いたものだったが、今の彼はどうにもそのようには動けなかった、
身体が痺れているというのもあったけれども、もう一つの大きな感情が行動を抑圧している。それはどうやら、恐怖のようであった。
「おっと、動くんじゃねー。すぐにおめーを勘違い芸術家の前衛オブジェみたくしてやるからよ」
「うへ、うへへ」
アンジェロの本質はどうあっても変わらない。
ドブ川の底のヘドロのような心根はどうやったって変えられはしないだろう。
だが、どうやら、仗助によって生きたまま死ぬという奇妙な状況に追い込まれたこと、
撃ち込まれた杭、俗に言うトラウマというそれは、アンジェロの精神に深く食い込んでいたのだ。
「良いのかよ、仗助」
「あん」
「あそこの血まみれの女の子をほおっといてよ。あのままじゃ死んじまうぜ」
「テメエッ……!」
「それに、俺みたいのが解放されてるんだぜ。他にも凶悪な殺人鬼がうようよいるだろうよ」
仗助は視線を動かし、手足から大量に出血して気絶した少女を見つけた。
一瞬、仗助はどう行動すべきか逡巡する。アンジェロはその隙を見逃さなかった。
近くに戻していたアクアネックレスにより、右腕を瞬時に切り離し、そのままスタンドに押されながら転がって行くようにして逃げた。
支給品のバッグを持つヒマもない無様この上ない敗走であったが、彼は再起不能に追い込まれたわけではない。
「クソッ……!」
(許さねえぜ、東方仗助)
脱兎、と言うにはいささか鈍いが一目散に逃れていくアンジェロ。
もしかしたならば、あの腕を直して仗助が折ってくるかもしれない。
だが、それならそれでいい。腕は治るし、立て直したアクアネックレスならば、再び逃げるだけの時間は作れるだろう。
この場において東方仗助は一人の少女の命を救ったが、一人の殺人鬼をのがした。
この殺人鬼、日本史上最低最悪と呼ばれる犯罪者、
アンジェロは、吉良吉影とは違って、衆目に気を配らず、大いに刹那主義的な男だ。
ただ、それでも、彼は吉良吉影と同じように、高い能力を持った、執念深い殺人鬼なのだ。
(かならず、おめーもそのガキも、排水溝のヒルより悲惨な状態にしてやるからよ)
【F-6左上辺り/深夜】
【東方仗助@ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]: 疲労(小)
[装備]: なし
[道具]: 基本支給品一式、不明支給品(1~3) 片桐安十郎の支給品一式
[思考・行動]
基本方針: 殺し合いを打破する。
1: この嬢ちゃんを安全な場所へ
2: 康一たちと合流する。
3:アイツら(吉良吉影、アンジェロ)はぶちのめす。
※吉良登場以降からの参戦です。
【西住みほ@ガールズ&パンツァー】
[状態]: 疲労(中) 精神疲労(大)気絶
[装備]: テーザー銃@現実
[道具]: 基本支給品一式、不明支給品(0~2)
[思考・行動]
基本方針: 殺し合いには乗らない
1: 気絶中
※名簿、地図及び
ルールをみていません。
【F-6陸のふち/深夜】
【片桐安十郎@ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]: 右腕欠損。全身に痺れ(中度)
[装備]: なし
[道具]: なし
[思考・行動]
基本方針: 東方仗助を絶望に突き落として殺す。
1:とりあえず身を隠し、休む。
2:手ごろな奴を見つけて楽しむ。
3:負けて死にたくはねーな~。
※アンジェロ岩にされた後からの参戦です。
※名簿、地図及びルールをみていません。
※東方仗助に怒りと恐怖を覚えています。
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最終更新:2016年08月08日 21:03