ズボン見られるも他生の縁 ◆PV3W85E6ak
いつ、どこから撃たれるか、刺されるか、恐慌したり狂乱した人間に出くわすか分からない恐怖。
それは、いつ警報が鳴るか、いつ空にネウロイの影がよぎるか分からない恐怖とは、まったく別種のものらしいと、リネット・ビショップは自覚した。
目の前で何もできずに人を死なせてしまったばかりだと言うのに。
同じく被害者として巻きこまれた『守るべき人たち』を、その反面で『襲いかかってくるかもしれない人たち』という前提で想像してしまう。
そんな自分の警戒心がちょっとだけ嫌で、そんな理不尽の中にいることが悲しかった。
そして、手元に支給されていたルールブックを読み込めば、悲しみよりも怒りの感情が大きくなってきた。
かつてトレヴァー軍という枠組みの中で対立することはあっても、人間をネウロイのような打倒すべき『仮想敵』として考えることなんて、ほとんど初めてのことだった。
もちろんマロニー大将のように悪意や私利私欲で動く人間も見てきたけれど、今回の出来事はそんな悪意だとか欲だなんて言葉で片づけられる類じゃない。
邪悪、という言葉しか当てはまらない催しだった。
(動かなきゃ……芳佳ちゃんも、エイラちゃんも、サーニャちゃんも、きっと悲しくて、悔しいと思ってるはずだから)
その一方で、心細さが無いと言えば嘘だった。
ルールブックによれば、この場にいる全ての『参加者』に武器となるものは与えられるらしい。
しかし、手元にあるディパックの大きさでは、脚に装着する飛行脚はとうてい収まりきらない。
――つまり、彼女たちに『空』という己の戦場と速さを与えてくれる新世代の魔女箒――ストライカーユニットが、ここには無い。
どころか、彼女が主に使用する対装甲ライフルや軽機関銃の類も、ここには無い。そんなものが支給されていれば、その長い銃身がディパックの口を破って突き出していなければならないはずだ。
では何が入っているのだろう、とまず荷物の中から手に触れたものを選び取れば、つやつやと冷たい金属の塊が姿を見せた。
「この銃、見たことある……」
あるというより、リネットも持っている。
ワルサーPPK。弾倉に7発と、薬室に1発で、合計8発の弾丸があり、さらに予備弾倉も一つ。
ネウロイを相手にする時は大型の銃器に頼ることが多かったので、どちらかと言えば扱い慣れない武器ではあるけれど。
それでも501部隊員の全員が、1人をのぞけば軍人としてこれを支給されている。
人間を撃つ武器を持ちたくないと言ってそれを拒んだ1人のことを思い出して、心臓のあたりがざわざわとした。
「……ううん、しっかりしなきゃ。守らなきゃ」
しかし、親友の言葉を念じて震えを止める。
十代のうちだけのやや特殊な立場とはいえ、リネット・ビショップもれっきとした軍人だ。
魔法を引き出すストライカーユニットが無くとも、ウィッチには攻撃を阻むシールドを作りだしたり、人間や重い武器を担いで運んだりもできる魔法力がある。
そして、できることをやらなければいけないという責任があり、いざという時は拳銃だって使わなければいけない立場にいる。
自信がなくて失敗ばかりだった半年前の自分より、少しは成長だってしている、はず。
拳銃をすぐ手に取れる位置に置いて、リネットは支給品の検分を再開する。
「これは……軍服?」
次に出てきたのは?丈夫な布地を用いて作られたえんじ色の衣服だった。
つややかな布地に黒い肩あて、金ボタンというデザインは、彼女の故国、ブリタニア連邦の宮殿にいる兵隊さんの衛兵服を思わせる。
「汗をかいたり血が出た時の着替え……かな?
なんだかベルトがずいぶん大きいけど……」
可憐さと凛々しさが両立したいいデザインだったが、ひとつ引っかかることがあった。
どうやら『ズボン』の上から纏うらしいひらひらした布きれ(ベルトだろうか?)の面積が、やけに大きい。こんなに丈が長くては、着用するとズボンがすっぽりと隠れてしまう。防寒用の装備か何かだろうか……。
しかし、武器として使えるものでないことは確かだった。
当たりはずれでいえばはずれだったことにがっかりしながら、他に支給品がないかとさらに手を入れる。
なぜ、ディパックの中に『それ』がいたのに真っ先に手触りで分からなかったのか。
もふり、と明らかに何か『ぬくい、けばい、やわらかい』ものを掴んだ感触がした。
三つ目の支給品は、にゃーお、と鳴いた。
「わ! …………ね、猫!?」
触れられたことで飛び出してきたのは、茶色い毛並の小さな猫だった。
なぜか青いメガネをかけているのと、ピンク色の鼻に愛嬌がある。
「かわいい……」
ブリタニア空軍所属の魔女というたいそうな肩書を持つとはいえ、彼女も15才の少女である。年相応に、小動物を見てときめかせる心はある。
さらにリネット自身もスコティッシュフォールドの使い魔と契約している。それで戦闘時には猫耳を生やした姿になることもあって、猫という生き物自体への親近感も深かった。
「こ、こんにちは、猫さん」
おずおずと手をのばし、撫でようとする。
しかし、その手を止めるほど驚愕に値することが起こった。
『かわいい子だな、仲良くなれるかな』
なんと、口をうごかし、とても流ちょうに喋った。
「 」
話しかけようとした言葉が、抜け落ちた。
喋った。猫が喋った。猫が喋った。猫が喋った。
頭の中で、事実のみがリフレインする。
どうしてだろう。何かの魔法をかけられたのだろうか。
501部隊の皆は自分自身に作用するような固有魔法ばかり使うけれど、もしかすると世界のどこかには他の生き物に作用するような魔法の使い手だっているのかもしれない。
硬直したまま固まっていると、猫はリネットを心配でもするような目つきで、そこにじっとしていた。
「え、えっと……」
何か言わなきゃ、と焦る。
しかし、猫はさらに言葉を続けた。
『もしかして、警戒されちゃったかな。どうしよう。仲良くなりたいんだけど……』
哀しげな声でそう言われて、はっとする。
そう、確かによく分からないけど、相手を怯えさせたいわけじゃない。
「そっか。あなたも、私と同じことを考えてたんだね」
大丈夫だよ、おいでと優しく呼びかけて両手を広げると、猫は心得たように腕の中へと飛びこんできた。
言葉を喋れるほど頭が良いからだろうか、ずいぶんと人に慣れている動きだった。
「飼い猫さんだったのかな?
もしかしてあなたも、悪い人達に攫われてきたの?」
今度は言葉がなく、にゃーと肯定するような鳴き声があがる。
かわいい。抱いてみると、もふもふしている。
こんな可愛い猫を殺し合いに放り込むなんて、やっぱりダーハラなる人達はどうかしていると怒りが再燃した。
そもそも、小動物をディパックの中に放り込んで放置する時点でひどい虐待だ。ディパックの中に他の荷物と一緒に押しこめるなんて、今まで窒息せずに生きていられただけでも奇跡と言える。
……襲われるか分からない殺し合いの会場を連れて歩くのもそれはそれで危ないけれど、それでもこの子の安全のためには外に出して運ぶしかないだろう。
「大丈夫だよ、ここではわたしが守ってあげるからね」
『一緒にいてくれて、ありがとう』
もしかして飼い主にあたる人が参加者として攫われて、それでこの子も一緒に連れて来られちゃったんだろうか。
そんな想像がリネットの頭を駆け巡った時だった。
「おい、和んでるところ悪いが、そこのアンタ――」
やや低く、険のあるようにも聞こえる男性の声だった。
声の主は、懐中電灯を光源としてリネットの足元へ向け、もう片方の手を無防備だと示すように掲げている。
それが、ともかく彼女の警戒を解こうという誠意なのか、それとも『彼女の両手はネコでふさがっているのだからすぐ攻撃されることはないし、ここで武器を持ちだして現れたら丸腰の相手を襲うつもりだと逆に武器を取られるかもしれない』という打算なのかは、現時点では判断がつかない。
しかしリネットは根がお人好しだったこともあり、素直に前者の人なんだと受け止めた。
なるべく穏当な声で「あ、はい」と応答しようとして、
男の持っている懐中電灯がリネットの身体――正確にはその体の輪郭線を、はっきりと照らし出したのだ。
「なっ――!?」
その瞬間、声をかけた茶色い長髪の男性は、全身に驚愕をにじませて絶句した。
「なっ…………なっ……なっ」
威圧と冷静さが半々ぐらいであった低い声もろれつが回らなくなり、口をぱくぱくと動かしている。
そんな男の言葉を継ぐように喋ったのは、リネットの腕の中にいる猫だった。
『なんだこの女。ズボンもスカートも何も履いてないじゃねぇか。痴女か? 頭おかしいヤツか?』
今まで優しい言葉をかけてもらった猫から、信じられない暴言が飛び出した。
リネットは頭が真っ白になり、思わず声を大きくしてはっきりと主張していた。
「そんな!? 私、ちゃんとズボン履いてるよ! ほら、ちゃんと見て!?」
「どこかだっ!!!!」
◆
他に服は持っていないのか⇒いいえ
見せてみろ⇒はい
なぜこれを着ない⇒こっちの方が普段着なので
そんなやりとりをすると、やっぱり痴女かと憤激されてすったもんだと噛み合わない会話をして。
結局、リネットは支給されていた方の衣服に着替えることになった。
ブリタニア空軍も公認のこの正規の服装のどこに問題があったのか、よく分からないままではあったが、「とにかく着替えないことには話を聞くことさえできない」という男性の猛抗議によって、「ごめんなさい」とつい謝罪してしまい、そして着替えたというのが正直なところだった。
常識的に考えても普通の格好をしていただけなのに『最近のガキには羞恥心が無いのか』というようなことを言われたのは釈然としなかったけれど、扶桑の人(顔だちがそちらの人に見えた)は慎み深いと言うし、芳佳や今までに接した扶桑の軍人がおおらかだっただけで、どこかに異文化の人から見てちょっと引っかかるポイントがあったのかもしれない。
……そして、よく考えればヴァルカナはズボンだとかパンツがどうこう言っていたので上着まで着替える必要はなかったのかもしれない。
そんなてんやわんやを経て、二人はようやく互いの知っていることを話す手順に入ることができた。
「リネット・ビショップといいます。ロンドン出身です」
「ヴァルカナだ……ハンドルネーム、仮の名前だが、なぜか名簿にはこの名前で乗ってる」
「え? そうなんですか? じゃ、じゃあ、本当の名前でお呼びした方が」
「いや、いい。捨てた名前だ。第一、他の奴等に会った時に名簿に無い名前で呼ばれてたら怪しまれるだろ」
どうも第一印象があまり良くないものだったせいだろうか。こんな状況だからだろうか。
男性の言葉は、一言一言に距離をはかるような険があった。
(目の下に特徴的なクマがあるので、目つきが悪く見えるのかもしれない)
「そ、それもそうですね。じゃあヴァルカナさん、まずはお互いの身元とかを――」
「待て。まずひとつだけ聞かせろ」
しかし、会話が高圧的だからといって、信用できない怪しい人とは限らない、とリネットは己を戒める。
事実、あれほどまでに言葉を荒くして服装のことを責めたてていた男が、その不信感をひとまず棚上げにして、まず互いに楽にして情報交換をしようと持ちかけてくれたのだ。
警戒するようにちょっとだけ遠くにいたメガネの猫も、今や安心したのか近くまですり寄ってきている。
猫の頭をひと撫でして、リネットはヴァルカナの質問に備えた。
「あんた、あの四人の坊さんや、ダーハラという男に面識はあるか?」
「いえ……ぜんぜん、初めて見る人達でした? ヴァルカナさんは?」
「そうか……」
その時、猫が再び、口を開いた。
◆
リネット・ビショップは知らなかった。
彼女に支給された生き物は、単なる、人間の言葉を話す猫、ではない。
とある一家の六人兄弟から『エスパーにゃんこ』と命名されて親しまれるような、喋るだけではない特殊能力を持っている猫だ。
リネットと出会った時は、彼女が素直であったために、たまたま会話が成立するような遣り取りになったけれど、本来ならばそうはいかない。
建前や、裏や、保身癖や、利己心がある人間ならば、その猫はとたんに素直な言葉を喋らなくなる。
そして、このヴァルカナと名乗る男性。
殺し合いに賛同するような生粋の悪人、というわけではない。
むしろ、ともに二人組で長く行動していた女性から『思ったよりも善人だった』と判定される程度には、悪人からほど遠い人格をしているけれど。
現世に見切りをつけて『人生やり直しツアー』に参加した割には、そこでの人間関係が自分の本意に進まないと途端に苛つきだしたり、
仲間思いと責任感を発揮して行方不明になったツアーメンバーを躍起になって探そうとした割には、そのメンバーを一晩二晩明けた頃にはすっかり他の事件に囚われて意識の外に追いやっていたり、
『誰かに責任をなすりつけるのは許さない』と正義感を発揮した割には、もうこれ以上その場の平穏を保てないと見切りをつけるや怪しまれている1人の少女を吊るし上げる『魔女(真咲)狩り』に参加したり、
かつて『ヒトの責任を擦り付けられて会社を追いやられた』トラウマから、無意識レベルで『真相を追求する』ことや『集団の問題を解決する』ことよりも、まず『自分や身内が疑われたり、吊し上げられるのを断固阻止して、波風を立てる連中に噛みつく』ことを優先してしまう程度には、
ダブルスタンダードだとか、建前だとか、裏だとか、保身癖だとか、利己心を抱えて、そしてナナキも抱えた、人間なのだ。
だからその猫は、こう言った。
『さて、ここで俺がダーハラと面識があることを話しちまってもいいのか。
このガキはまだ信用できないし、俺の方だけ主催者の知り合いだなんてことになったら疑われるかもしれない。かと言って言わないままだと余計疑われるか』
「な……!? こいつ、喋っ……」
「えっ…………!?」
『しかも俺の考えていることを話しやがった』
「何言ってんだ!! お前ちょっと黙りやがれ!」
『これじゃあ俺が悪いみたいになるだろうが。ただでさえ俺の知り合いは信用できない奴だらけなのに――』
「黙れって言ってるだろうが!!」
「ちょ、ちょっとヴァルカナさん。落ち着いて――!」
その猫は、正確に言えば『人間の言葉から本音を読み取り、聞きとった言葉の裏の本音を喋ってしまう』という性質を持った猫である。
リネット・ビショップの顔に、はじめは混乱が、やがて動揺と驚愕がとって代わり――
――そして、気まずい空気が、その場に沈殿した。
【E-1/深夜】
【リネット・ビショップ@ストライクウィッチーズ】
[状態]:健康
[装備]:ワルサーPPK@ストライクウィッチーズ、聖グロリアーナ女学院のパンツァージャケット@ガールズ&パンツァー
[道具]:支給品一式、エスパーにゃんこ@おそ松さん
[思考・行動]
基本方針:501の皆と合流して殺し合いに巻き込まれた人を助ける
1:え? 猫さん、もしかして、ヴァルカナさんの考えてることを……? それじゃ、ヴァルカナさん――
2:芳佳ちゃん、サーニャちゃん、エイラちゃんを探しながらも、民間の人は保護する。
※ディパックが見た目をはるかに超える容量を収納できることに気付いていません。その為に、エスパーにゃんこをディパックに収納せずに外に出して連れ歩くつもりでいます。
【ヴァルカナ@迷家-マヨイガ-】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、不明支給品1~3(武器はあるらしいがまだ見せていない)
[思考・行動]
基本方針:誰が殺し合いなんかするか
1:――――。
2:リネット・ビショップから知っている限りの情報を聞き出す。
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最終更新:2016年07月07日 17:14