一松さん ◆QkyDCV.pEw




 ナンコ、と名乗るちょっとぽっちゃりした女の子は、驚きその場に立ち竦む。
 なんだこりゃ、といった顔をしているのは秋葉流という青年だ。
 二人が入った部屋の中央で、その男、松野一松はうつ伏せに倒れていたのだ。

 流が何かを言い出そうとするのを、ナンコは腕を挙げ制する。
「待って。この部屋、私達が入って来た時は鍵がかかっていた。そうよね」
 流は怪訝そうな顔に。
「ああ、鍵壊したの俺だしな。それがどうした?」
「でも、窓には鍵がかかってて、外から開けられた様子も無理に中から出た様子も無い。つまり……」
 真剣な表情で流を見つめるナンコ。
「これは密室殺人事件という事よ」



 私は名探偵ナンコ。人生やりなおしを求めてバスツアーに参加した私は、ナナキという村で数々の怪異に遭遇する。一体何が起こっているのか、得意の頭脳で解決しようとしていた私は、背後に迫るダーハラの魔の手に気付かなかった。
 ここは廃村だと決め付けて勝手にそこらの民家で眠って目が覚めたら……爆発する首輪で脅され人殺しをしろと命じられていた!
 人殺しなんてやった事もないし出来る気もしない、そう考えていたら気の良い青年秋葉流が声をかけてくれ、一緒に行こうと言ってくれた。そこで名前を聞かれ動揺していた私は咄嗟に名簿にもそう載ってるツアーで使っていたハンドルネームのナンコと答えてしまったのだ。

 体重増えても頭脳は同じ! 迷宮無しの名探偵! 真実は何時も一つ!



 流は、何とも言いようのない表情をしていた。
「……え? いや、密室、なんだって?」
「密室殺人事件。わかってる、自殺の可能性を示唆したいんでしょ? だけどほら、被害者の指先を見て」
 ナンコが指差す先、うつ伏せに倒れた松野一松が伸ばした指先には、赤い何かで床に文字が記されていた。

『おそ松』

 そう読める。字がへたくそ過ぎて少し悩む所だが、一応読めはする。
 流ではなく倒れた一松を見つめたままナンコは続ける。
「もしこれが自殺であったなら、わざわざ血文字で床に記す意味がわからない。あれは、倒れて時間が無い故の緊急措置であり、今際の際に誰かに伝えたいと必死に願った事があるからこそああしたダイイングメッセージを残したんだろう」
 流は、別に名前がそうだからいう理由ではなかろうが、言いたい事があったとしても、一応話の流れに乗るという事は忘れない。口を開くのは相手が言いたい事を言い終わった後だ。
「ああ、えっと、つーか、それ以前の問題だろ」
「おそ松、名簿にもある名前だ。確か、松野おそ松。同じ苗字の名前が五つ並んでいた事から、彼等は血縁者である可能性も高い」
「あー、あれな。あれ本当に名前か? カラ松とかチョロ松とかトド松とか、お前ペットの名前じゃねえんだから、せめて漢字使ってやれよと」
「更に、地図にもあった。松野家という単語は、もしかしたら何か重要なキーワードになっているのかもしれない」
「あーあー、あの牛丼臭そうな場所な。松屋なんだか吉野家なんだかはっきりしろと」
 更にごちゃごちゃと言い出すナンコに、色々と面倒になった流ははっきりと言ってやる。

「つーかさ。あのガキ、別に死んでなくね?」

 突如、倒れていた男、松野一松が起き上がった。
「ええええええええ。無いわああああああ、マジ無いわそれえええええええ」
 一松特有の半分しか開いていないような目のまま、流に対し強く抗議する。
「そこのさ、ぽっちゃりねーちゃんがすげぇ頑張って引っ張ってくれてたじゃん。俺も正直びっくりするぐらいの良い引きだったってのにさ、お前、それ落とすも何も無くいきなり『死んでなくね?』ってそんなん見りゃわかんだろ。そこをさ、乗って乗って乗りに乗って、そっからツッコンでこそじゃねえの? 俺もさ、ケチャップ使ってそれなりに苦労してシチュエーション立ち上げてんだからさぁ」
 流石に不機嫌顔になった流は何か言ってくれとばかりにナンコを見るが、当のナンコはというとわざとらしく首を横に振りながら溜息をついていたりする。
「俺が悪い流れかよっ」
 文句をもらす流を放置で、一松とナンコは妙に打ち解けていたり。
「いやぁ、まさか兄弟達以外でここまで乗ってくれるとはなぁ。俺、松野一松」
「最初は流石にびっくりしたけどね。私、ナンコ」
 和やかに談笑している二人に、流はこめかみを抑えながら訊ねる。
「……このアホみたいな三文芝居を、よりにもよって今この場でやってた理由を聞いていいか?」
 ふう、と何故わからないんだ顔で一松は説明を始める。
「殺し合いしろってさ、意味わかんなくね? 俺も正直殺すとか出来そうに無いし、だとしたら殺される方じゃん? でも殺されるの嫌だし。なら、先に予め殺されておけば、俺殺される事なくね?」
 ふむ、と頷くナンコ。
「一理有る」
「ねーよ」
 ふむ、と再び頷き、じっと流を見つめるナンコ。
「無いかな?」
「ねーよ!」



 秋葉流は、一松、ナンコの二人の能力も人格も全く知らないが、それでもどちらもいわゆる一般人である事ぐらいはわかる。殺し合いだのといった世界とは全く無縁であると。
 だから流は二人に、事件の解決までは何処かに隠れているよう勧める。
「正直目を離すのも不安なんだが、連れて歩く方がよっぽどおっかないからな」
 一松は親指を立てて見せる。
「任せろ。引きこもりなら得意だ。ポテチとコーラとプレステ4に出来ればハーゲンダッツもあれば尚良し。ナンコちゃんは酒いける口?」
「大丈夫」
「んじゃ何か酒適当なの。俺ドクペな」
 流からすれば充分に加減した、喰らった一松からすれば生まれてこの方一度も喰らった事の無い強烈な、拳骨を頭頂にもらい蹲る一松を尻目に、流は大きく溜息をつく。
「お前等ホント、危機感無いのな。まあ怯えて喚かれるよかマシっちゃマシなのかねぇ」
 ナンコは真面目な顔に、といっても真面目でない時とさほど変化があるわけではないが、なって流に訊ねる。
「秋葉さんは警察官とかだったりする? こんな状況でも、自分がやるべき事ーみたいなもの持ってる感じだし」
「ははっ、良く見てるじゃねえか。ほら、ついさっき俺達が居た畳の部屋で出た坊さんいるだろ。あれ、顔見知りなんだわ」
 蹲っていた一松も顔を上げる。流の言葉は聞き流せる類のものではないだろう。
「何をトチ狂ったんだか知らねーけどな。あの黒い獣は本来、俺達の敵だったはずだ。それが何だって平気な顔してツルんでんだか」
 ぼやくように両手を広げる流。
「どうせロクでもない理由なんだろうけどな。立場上、俺は死んだあいつ等を誑かした連中をそのまんまにはしておけねーのよ。つーわけで、俺はそろそろ行くわ」
 ナンコはストレートに疑問をぶつける。
「首輪はどうするの?」
 一瞬、流の表情が険しく歪むも、すぐに元の飄々としたものに。
「さーてねぇ、どうしたもんだか」
 ナンコが次の言葉を発するのに少し時間が空いた。その理由をほぼ正確に察していた流はただ無言のまま言葉を待つ。
「……あの畳の部屋で、これを企画した人達にとって予想外の事が起きた。って体になってるけど、あれ多分、演出なんだと思う」
「かもな」
「この殺し合いのルールを私達に徹底させるのに、首輪が爆発した事で死んだ、って例の提示は不可欠なもので。もし当初の流れのままだったら首輪の爆発による死亡例にはならなかったっぽいし」
 流はナンコの言いたい事の先を読んでやる。
「つまり、連中にとって全ては予定通りであり、充分な準備と共に始まっただろうこのクソ企画を破綻に追い込むのは容易ではないだろう、って事か?」
 こくんと頷くナンコ。
 それがどうした、と鼻で笑ってやろうと思った流だったが、あのまっすぐな目をしたアイツを思い出し、少しだけ、何時もとやり方を変えてみる。
 さて、ではどうやるかと思案してみると、二人の表情が良く見えた。
 あまり表情の変化を表に出さないナンコ、半目でやる気なさそうな声でしゃべる一松、その二人共が、そうした表面的な平静さの中に隠しきれない怯えを見せていたのだ。
 流は眼前に片手を上げ、凝らした念を、気合の声と共に放つ。二人の驚きの表情。まるで漫画のような衝撃波が発せられ、側にあった壁を強く叩いた。
「すげぇだろ? こういうの、見た事あるか?」
 二人は揃って首をぶんぶん横に振る。
「悪いが全部は見せてやれねえけどな。俺はもうずっと長い事、こうやって悪い事する奴を退治して来たのさ。だから安心して……」
 アイツがそうするように、自信に満ち溢れた顔で力強く、笑って見せる。
「俺に任せとけ」



 どうやらこの町に住人ってのは居ないようで、なら構わないやーと勝手に良さげな家にあがりこんだナンコと一松。
 八畳程の広さの、絨毯が敷いてある居間に、二人は対面する形で椅子ではなく床に座り込む。幸い電気は通っていたので、照明は全開でつけている。
 流に用心深くしろよ、と言われた事はもう忘れてる模様。
「あ、俺バーベキューで」
「私しそ」
 ポテチは二人の脇に山程積んであり、今開いているのは二種類、バーベキューとしそ味であり、これをパーティー開けして二人の間に置く。
「へー、スタンダードなの嫌い?」
「いやさ、タダじゃないとこういう珍しい味のってなかなか自分でお金出して買わないでしょ?」
「あー、なんかわかるわー」
 お互い、もしゃもしゃと行儀も気にせずポテチを食べる。ナンコはストレートティーを、一松はドクターペッパーを飲みながら。
 これらは店員の居ないコンビニエンスストアから、緊急時だし仕方ないねてへっ、て事でお金も払わず持って来てしまったものである。
 しばらく二人がポテチをむさぼる音のみが響いていたが、そんな空気に飽きたのか一松が口を開いた。
「さっきのさ、秋葉さん、すごくなかった?」
「うん、凄かった」
「なんつーの? 不思議パワー、みたいなのもそうだけどさ、あの、俺に任せとけって、あれ。マジかっこよかったわ。びっくりした、あんなかっこいい人って居るんもんなんだな」
「だね。ルックスとかは、まあ普通? っぽいけど、あの迫力っていうのか、そういうの凄かったよ。気付いてた? あの人ものすごい筋肉してたよ?」
「マジ? 確かにどつかれた時はめっちゃくちゃ痛かったけどさ、見た目すげぇ細くなかった?」
「あれが俗に言う細マッチョって奴なのかな、松野さん……っと、兄弟、来てるんだっけ? だったら一松さんの方がいい?」
「あー、どっちでもいいー。でも改めて名前でーとかだとちょっと照れるなそれ」
「そう? 呼ぶ方からすればどっちも大して変わらないけど」
 そこで会話が途切れ、二人はぼりぼりぼりぼりとポテチを食う。
 また、先に口を開いたのは一松である。
「なんかさー、ナンコちゃんてすっげー話し易くね? 俺初対面でこんなに普通に話せる相手初めてなんだけど」
 それはさー、とストレートティーを流し込んで答えるナンコ。
「多分一松さんが私の事恋愛対象として全く認識してないからじゃないかな、ルックスやスタイル的に。別に自分を良く見せたりしなくてもいいやーって思う相手なら、自分の一番楽なペースで付き合おうとするでしょ?」
「うっわ、色々と容赦ねえなおい」
「そういうの慣れてるから。だから一松さんもその辺気にしないでいいよ、私も自然に付き合えた方が気楽だし」
「そっかー、じゃあ悪いけどそうするわー。ぶっちゃけ、他人に気を遣ってる余裕無いわ、俺」
「お互いに。というか一松さんも一松さんで、無理した結果かもしれないけど、見た目凄い普通に見えるよ」
「あ、それただの思考停止」
「……わたしもね」
 肩をすくめるナンコと半目のままで笑う一松。

 実は、少なくとも一松にとっては、当人全く気付いていないが今の状況は奇跡に近い幸運の中にあるのだ。
 対人交渉能力とその経験が絶望的に低い、皮肉屋である一松がこんな複雑怪奇な環境で他者と同行するなど、本来はありえない事だろう。
 その相手が受け入れ容量がケタ外れに大きいナンコであった事、また初対面時に馬鹿げたものではあれど連帯感を持つ事が出来た事が、最初に乗り越えなければならないこれまでの一松には全く上手くやる事が出来なかった対人ハードルを容易く越えさせてくれたのだ。
 兄弟達にするようにとまではいかず、どうしても遠慮してしまう所はあるだろうが、少なくとも今の所は一松にとってナンコとの交流は全く精神の負担になるものではなかった。
 それで交流した結果が流のルックスやらの話では意味が無いかもしれないが。
 そうは言っても、あくまで一般人な一松ナンコの心の平穏には、時には現実逃避も必要なのかもしれない。


【C-1/深夜】
【松野一松@おそ松さん】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:支給品一式、不明支給品(1~3)
[思考・行動]
基本方針:
1:民家に隠れる
2:秋葉流の大活躍でこの事件が解決するのを待つ


【C-1/深夜】
【ナンコ@迷家-マヨイガ-】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:支給品一式、不明支給品(1~3)
[思考・行動]
基本方針:
1:民家に隠れる
2:秋葉流の大活躍でこの事件が解決するのを待つ


【C-1/深夜】
【秋葉流@うしおととら】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:支給品一式、不明支給品(1~3)
[思考・行動]
基本方針:
1:何とかしないとな


時系列順で読む


投下順で読む


GAMESTART 松野一松 036:松野5人いると紛らわしい
GAMESTART ナンコ 036:松野5人いると紛らわしい
GAMESTART 秋葉流 033:Resolusion

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2016年08月03日 18:42