偽装した理想、思想 ◆PV3W85E6ak


「ギャラルホルンの基地……では無いようだが」

巨大な両翼を気高く左右に広げる、竪琴を持った天使の巨像。
それを感嘆したように見上げながら、マクギリス・ファリドは『501JFW基地』と地図上に名付けられた島の外周を歩いていた。
静かな闇夜の中で、打ち寄せる波の音と、磯の香りだけが知覚として際立っている。
それは、親友に向かって阿頼耶識システムを用いた人体改造を説いた時に見ていた海の景色を連想させた。

「『死から蘇った者も存在している』と彼等は言ったな……」

手元にあった荷物の全てを検めて、ルールブックと参加者名簿をよく読み込んでから、まずそのことを考えた。
人間を延命させる術は、ギャラルホルンでも秘密裡に研究されている技術の一つであり、マクギリス自身もかなり詳しく知ることができる立場にいる。
だからこそ、現在の科学でそんなものは実現不可能だと断言できる。
しかし、『光覇明宗』と称されていた組織の者たちの口にしたことが、まったく口から出まかせの釣り餌だとも感じられない。少なくとも彼等自身に、嘘八百を放言していた自覚はない。
彼の観察眼が、4人の僧侶、そしてその後に現れた小物のことを見定めた結果としてそう告げていた。

「『例えばこの二人こそが正にそれだ』と顕示しているつもりか?」

灯火を消し、文字が闇に沈んだ名簿を一瞥した。
長くのびた金色の前髪を、指先に巻き付けるようにして弄ぶ。
仮に参加者名簿を持たせた狙いが『死んだはずの者達がここにいることを分かりやすく伝えること』にあるとすれば、
その二人の名前はマクギリスに対する分かりやすさ優先のために書かれているようなものだろう。

アイン・ダルトン。
ガエリオ・ボードウィン。
どちらも過日のエドモントン攻防戦で戦死したとされているギャラルホルンの『英雄』たちの名前だ。

――そして、マクギリス・ファリドにとっては、今や生きていてもらっては困る二人だ。

「仮に二人が『蘇った』とする。だとすれば、実現した『蘇生』の結果如何で2人の動きは変わって来るだろうな」

果たして、生き返った彼等に、生前の記憶はあるのか。
そして、二人とも生前の姿そのままで蘇生したのかどうか――特にアインに関しては、『人間の姿』で蘇ったのかどうか。
もっとも、さすがに暗かったとはいえあの畳敷きの広間にグレイズがいたら誰も気付かないはずがないので、おそらくアインが『最期の姿』で参加していることは無いだろうと踏んでいる。
ただし、仮に記憶も心もそのままに、そっくりそのままに蘇っていたのだとしたら――特にガエリオは――マクギリスと鉄華団のことを、さぞかし憎悪しているだろう。

幾つもの耐火シャッターが降りた武器庫の前を歩きながら、マクギリスは己の知っている名前を頭の中で復唱する。

マクギリスが期待している騎士団――鉄華団の団員とおぼしき人間の名前も、名簿には見受けられた。
オルガ・イツカ――たしか『モンターク商会』として鉄華団と交渉した時に、名瀬・タービンと共にいた鉄華団側の代表者がそういう名前だった。
そして、三日月・オーガス――あるいはこの名前は、鉄華団のガンダム・フレーム乗りの少年の名前ではないだろうか。火星のトウモロコシ農場で出会った少女達は彼のことを『三日月』と呼び、先の交渉の後に再会した時は『ミカ』と呼ばれていた。そして、ありふれた名前でもない。
名前といえば、『らぶぽん』やら『めぐみん』やら『とら』やら人名とするには不可解な名前も混じっていることには首をかしげるが、それはひとまず置いておく。
もしかすると名簿の上では他にも鉄華団の団員が名簿には存在するのかもしれないが、いくらトド・ミルコネンという情報提供者がいるとはいえ、マクギリスも団員1人1人の顔と名前が一致するほど詳しくはない。

ともあれ、彼等にとってのマクギリスの心象に問題はない。今のところ利害は一致しており敵対する理由は無いし、そもそも名簿を見てマクギリスという名前に反応するかさえも怪しい。
トウモロコシ農場で鉄華団の関係者らしき若者たちと初めて接触した時には『マクギリス・ファリド』と名乗ったけれど、『モンターク商会』として再会した時には、彼等はマクギリスの名を憶えていない様子で『本当の名前はなんだ』と聞いてきた(ガンダムパイロットの少年に至ってはそもそもマクギリスという名前ではなく『チョコの人』として記憶しているフシがあった)。名簿を見た瞬間に警戒されるという可能性は低いだろう。

「いや……仮に覚えられていたとしても、認識できない可能性があるな」

鉄華団の育ちを考えれば、名簿に書かれている字が読めなかったとしてもおかしくはない。
だとすれば、マクギリスとの関係を抜きにしても用心は必要になる。
互いに仲間の団員同士が参加していることにも気づくことができなければ、クーデリア・藍那・バーンスタインの護衛という大義も何もないこの環境では、己だけの生還を第一におくような私闘に走って、世間に知られつつある『英雄』像とはかけ離れた暴走をするような可能性も無いとは言えないだろう。

「共にアーブラウに戻りたいと望むなら、歓迎しよう」

彼等に期待しているといった言葉に嘘はない。
一方で、死んだはずの二人は、どちらもマクギリスにとって生還させてはならない者達だ。

(アインとガエリオの犠牲は、どうしても必要だった)

理由の一つに、今やこの二人はギャラルホルンの腐敗をその身で体現する『英雄』として殉職したまま、地下にいてもらう必要があるということ。
マクギリスがこれからボードウィン家の跡取りの座を獲得するためにもガエリオに戻ってこられては不都合だし、『人間を捨てた者』として死んだアインが人間として戻ってくるのはなおさら不味い。
そして、理由のもう一つとして、この二人が生きていれば、エドモントン攻防戦やクーデリア姫の道中が、マクギリスによって作為的に演出されたものであることを知っている貴重な証言者になってしまうことがある。
ほかならぬマクギリスの口から、最期の戦いの時にガエリオに己の狙いをペラペラと語ったのだから。
彼等の証言から裏を取れば、アイン・ダルトンの人体改造にマクギリスが関わっていたことや、エドモントン攻防戦に参戦してガエリオ・ボードウィンを殺害したことは全て明るみになってしまうだろう。
そうなれば養父――イズナリオ・ファリドを失脚させる以前に、マクギリス自身も破滅を迎えてしまう。
ようやく、数日もたたずにイズナリオは亡命しているだろうというところまで来たのだ。
マクギリスの裏の顔が露見する可能性は、潰さなければならない。

「ギャラルホルンを変革するのはこれからだ。
 私は死ねないし、二人には眠っていてもらわなければならない」

ガエリオとアインを殺害した上で、マクギリス自身はどんな手段を用いても生還する。
もしも、この『儀式』とやらの中でガエリオ達と友好関係をむすぶ参加者が現れて、マクギリスに関する風評を伝え聞いたりなどしていれば、その者の口も封じる必要も出てくるかもしれない。

「『アイン・ダルトンは個人的な復讐のために人間を辞めてその身体をモビルスーツへと改造し、市街戦を起こして民間にも多数の被害を出した危険人物。
ガエリオ・ボードウィンは、そうなりえることを分かっていながらアインの改造計画に加担した疑惑の人物』
嘘をつくことは得策ではないし、真実の範囲でこれぐらいは出会う者に伝えよう。
 もしガエリオがエドモントンのことを覚えていれば、間違いなく私のことを、信用したが最期、利用するだけ利用して最後には殺してしまう人物のように伝えるはずだ」

その言われようが、果たして風評被害なのかどうかはともかくとして。

もしも、『死から蘇った者も参加している』という話が完全に虚偽だったとすれば、まったく杞憂に終わることだが、最悪のケース――ガエリオによってマクギリスが危険人物として伝わる可能性――を考えれば、陥れておくに越した事はないだろう。
そして、最悪のケースは起こり得るのか、その真偽を確かめるためにもまず必要なのは――情報収集か。

「外観までレンガ造りの屋敷とは……ずいぶんと懐古趣味のようだ」

軍事基地というよりはどこぞの貴族の豪邸と言われた方がしっくりくるような建物――おそらくここが本部に当たるのだろう――の門戸を開き、マクギリスは室内へと踏み入れた。
玄関広間から左右を見渡し、扉を閉める前に後ろを振り向き、そこにまっすぐ長い滑走路が伸びていることを再確認する。
モビルスーツの離着陸に、あれほど長い滑走路は必要無い。いったい、いつの時代に合わせて作られた前線基地のつもりなのだろう。
そして、どのような仮想敵を想定した、どれほどの軍備を有する基地なのか。
それが分かるだけでも、この地を知る手がかりにはなる。

仮にこの建物にも先客がいるとすれば、まずは穏便に接触できないか試みよう。
首輪について。『光明覇宗』と称された組織について。この地について。彼もしくは彼女にも『蘇生した知り合い』の心当たりはあるのかどうか。
――何よりも、どういった手段を取れば、もっとも確実に生還できるのかどうかを判断するための情報がほしい。

そう、死ぬわけにいかない理由などいくつもある。
何故なら――



「――妹は私が幸せにすると、親友に約束したからね」



仲間や家族のことを死なせまいとする愛情。
喪った仲間や家族に生き返ってほしいとする切望。

おそらく、この地に呼ばれた72人の大半が、この二つの感情のどちらかによって動いているのだろう。
――しかし、激しい怒りによって育てられたマクギリスには、いずれも縁のない、届かない感情だった。

【A-1 501JFW基地玄関広間/深夜】

【マクギリス・ファリド@機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、不明支給品(1~3)
[思考・行動]
基本方針:ガエリオ・ボードウィンおよびアイン・ダルトンの両名を殺害した上で生還する。
1:他の参加者から情報を集める。特に蘇生された者が参加していることについて気になる。
2:アイン・ダルトンとガエリオ・ボードウィンは迂闊に信用しないよう、他の参加者に警告する(嘘は最小限にしておくのがポイント)
[その他]
※参戦時期は25話、ガエリオ殺害後からイズナリオを見送るまでの間
※ビスケットとも4話、18話で面識はありますし、もしかすると18話での交渉で名前ぐらいは聞いていたかもしれませんが名簿を見た限りではぴんとこなかったようです

時系列順で読む


投下順で読む


GAMESTART マクギリス・ファリド 037:スースーするの

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2016年08月06日 09:21