スースーするの ◆QkyDCV.pEw
星井美希が目を覚ましたのは、同じ部屋に誰かが入ってきたからだろう。
何時でもマイペースな美希であるが、今この場でそうし続けるのはさしもの美希でも難しいのだろう。
もぞもぞと動き、人の気配の方を見る。そちらには、肩まで髪を伸ばした可愛らしい少女が居た。
彼女は美希が寝ていたベッドの脇の椅子に座っていて、美希が顔を向けるなり少し戸惑った様子で言った。
「えっと……おはよう?」
美希は彼女、サーニャ・V・リトヴャクを半身を起こして見た後、再びベッドの上に寝転がる。
「おはよー。ここ、ミキのー」
少女はその言葉に少し気分を害したようだ。
「ここは私の部屋」
「そうなの?」
「うん」
美希は面倒そうに左右に体を揺らす。
「じゃー、寝ていい?」
「いいよ」
何か優しそうな子だったので、美希は躊躇なく寝にかかる。
だが、布団を被った後、中でもぞもぞと動いている。
布団から足だけを出してみたり、それでも納得いかないのか、横にごろんと転がってみたり。
サーニャは少し考えた後で言った。
「……子守唄、いる?」
これに答えるように、美希はえいっとばかりにかけ布団を投げ捨てる。
「あついのー」
じゃあ、と席を立つサーニャ。
「タオルケットあるから、お腹だけ冷やさないように」
「ありがとー」
美希は暑そうにしながらはいていたスカートを、もぞる動きと足だけで脱ぎ捨てる。今着ているのは丈の長いシャツと下着だけだ。
タオルケットをお腹の上にかけ、再度目を瞑った美希。サーニャは、小さな声で子守唄を聞かせてやる。
それは美希の知らない言葉の歌だったが、子守唄らしい穏やかな音色に誘われるままに美希は意識を失っていった。
「なんか……すーすー……するのー……」
「我が名はめぐみん!」
アイン・ダルトンはほっそい目をしながら思った。
『これ、毎回やるのか』
同行する少女めぐみんが、新たに遭遇した中途半端にケダモノな格好をした少女を前に、真っ先に言い放ったのがこの言葉である。
この後に、殺し合いがどーの、そちらはやる気なのかだの、正義を貫けだの、といった言葉の羅列が続いている。
対する少女はしょっぱなからこのテンションで押されてリアクションしづらそうだったが、辛うじて、名前だけは返してくれた。
「あー、えっと、わ、わたくしの名はクオン、かな」
適当な所でアインが割って入りめぐみん劇場を制止してやると、少女クオンはそれはもう露骨な程にほっとした顔をしてみせた。
アインは彼女、クオンから話を聞いても、正直何とも答えようが無かった。
彼女はヤマトという国からトゥスクルという国に向かう途中だったというのだが、アインの記憶の中にそんな国の名前は無い。
地球の何処か小国、という事ならわかるかもしれない。
しかし、とアインは二人の少女を順に見る。
片や言動がおかしな少女。片や服装がおかしな少女、あの耳と尻尾は何処の流行なんだろうか。理解に苦しむ、と小さく唸る。
クオンと名乗る少女は、お互いの自己紹介が済んだ所で、おずおずとと言った様子で訊ねて来た。
「あ、あの、ハクという男の人……その、見るからにグータラでだらしなくてお酒ばっか飲んで仕事してなさそうな男の人、見なかったかな」
基本、勤勉を旨とし立派な軍人たらんとしてきたアインにとって、そんな自堕落な人間はそもそも接点が無く、そう言われても具体的に顔やらが想像出来ない。
「いえ、自分はこちらの、その、めぐみん、としか会っておりません」
他人を、めぐみんなんて名前で呼ぶ事に心底から抵抗があるアインだ。
「そっか……ううん、なら仕方が無いかな」
クオンは、死体を見かけた事を口にしなかった。
川向こうから流れて来た事から即座に危険のある事ではないと思ったのもそうだが、まだお互いを全く知らないのに、いきなりこんな話を振るのもどうかと思ったのだ。
アインはクオンの一挙手一投足から目を離さない。彼女は危険人物なのか保護すべき民間人なのかを、アインはこの僅かな時間で見定めなければならないのだから。
「知人が共に巻き込まれているので?」
「うん。多分一人でどうしていいかわかんなくなって……ふふっ、もしかしたらわかんないからってそこらの家で不貞寝してるかも」
クオンが見せた微笑は、それがここには居ないハクとやらに向けられたものであろうと容易に想像出来る。アインは、知人にこんな優しい笑顔を見せられる人間が、危険人物であるとは思えなかった。
「もしよろしければ、友人探しをご一緒しませんか? 私はギャラルホルンの軍人です。かかる事態に際し、民間人の保護を優先せねばならない立場ですので」
「いいの? わたくしとしては願ったり適ったりだけど……」
「危急の際には出来ればこちらの指示に従って欲しくはありますが、それさえ守っていただければ俺の出来る限りで貴女を保護したいと考えております」
クオンは、今度は少し堅いとわかる顔で微笑んだ。
「そっか、じゃあよろしく頼んじゃおうかな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
一方めぐみんは、自分の演説がガンスルーだったのが不満なのか、ぷくーと頬を膨らませていた。
拗ねためぐみんをアインがたどたどしい様で慰めているのを横目に、クオンは深い思考の海へと沈む。
オシュトルが、ネコネが、揃って死亡確認を怠るなんて事がありえるのだろうか。生存の可能性が絶無であるからこそ、あのような言い方をしたのだろう。なのに、ハクは生きているとこの名簿は言っている。
治療可能な程度の怪我ならネコネが居たのだから、余程の怪我でも治療しているはずだ。あの二人が揃って死んだと言っているハクが、生きているというのはどうにも納得が出来ない。
いや、納得はしたいし、そうであって欲しいと心から願っている。でも、容易く認めるのは怖い。何処かに今のクオンを説得出来るような理由が、あってくれればとすがるようにアインとめぐみんを見る。
アイン必死のフォローが功を奏したのか、めぐみんは機嫌を直して何やら得意気に語っている。
「……とにかく。まずはアクアを見つける事から始めましょう。彼女さえいれば、不幸にも殺されるような事になったとしても、蘇生が可能ですからね」
アイン、クオン、両者の足がぴたりと止まる。
一人ですたすたと先に行ってしまっている事に気付かずめぐみんは語りを続ける。
「当人かなりの駄目人間ですが、あれでアークプリーストとしての魔法の冴えは大したものなのですよ。まあ、攻撃ならば私の爆裂魔法の方が遥かに……」
そこまでしゃべってようやく二人の足が止まっている事に気付く。大慌てで二人の下へと駆け戻って来た。
「ちょ、ちょっと! そういう子供みたいなイタズラやめてくださいよ! な、仲間外れにされたかと思ってびっくりするじゃありませんか!」
アインはまだ思考の真っ只中。辛うじて立ち直ったクオンがめぐみんに訊ねる。
「ね、ねえ。蘇生って、死んだ人を生き返らせるって事?」
めぐみんは何でも無い事のように言った。
「そうですよ」
その即答に、硬直していたアインが勢い込んで動き出す。
「待て! 待ってくれ! 死人が生き返るだと!? そんな馬鹿げた話聞いた事が無いぞ!」
少しむっとした顔でめぐみん。
「何言ってるんですか。さっきのほら、殺し合いしろって言ってた人も生き返らせられますって言ってたじゃないですか」
「い、いやそれは言っていたし、覚えているが……そんな真似どうやったら出来るんだ」
余りの大慌てにアイン君から敬語が抜けてしまっている。
「もちろん神聖魔法ですよ。とはいってもアクアの魔法でも死んですぐでないと駄目みたいですけど」
今度はクオンがずいっと顔を寄せてくる。
「そ、それは死んですぐなら心臓が止まっても動く時があるって話かな? そういう意味での蘇生なら……」
「ああ、いえ、私が見た時は首が飛んでました。ぽーんって」
「…………首?」
「あの時はカズマが死んじゃったかと思って、本当にびっくりしたんですよ。だって、カズマの首が切り落とされて、血が胴体からぴゅーって凄い勢いで出てきてて。ああ、思い出すだけで眩暈してきそうです……」
「そ、それは、即死、じゃないのかな?」
「はい、ですがアクアが魔法を唱えたら、すぐに首がくっついてカズマは目を覚ましました…………ん? どうしたんですか二人共? 二人揃って同じ姿勢で頭なんて抱えて」
首を何度も横に振りながらクオン。
「無いよ、絶対に無い。取れた手足をくっつける術ならまだわかるけど、首が飛んでも治せる術なんて聞いた事もない。体の重要器官は失われたらもう取り返したつかない、はず、なんだけど……」
アインが頭ごなしにこれを否定しないのは、死を覚悟しなければならなかった程の重傷の自分がこうしてぴんぴんしているという不思議を知っているからだ。
「マホウ? ジュツ? 一般人の知らない場所で極秘裏に開発された技術の総称とかか? いやいやいやいやいやいや、それでも死人が生き返るは無いだろう! 幾らなんでも!」
めぐみんはお母さんがきかんぼうに言い聞かせるような、優しい声で言った。
「蘇生の魔法を使える人間なんて、私もアクアが始めてです。信じられないのも無理はありませんが、もしどうしても信じられないというのならアクアに頼んでカズマでも絞め殺してもらってその上で……」
「「いやいやいやいや」」
「それは駄目だろ!」
「それは駄目かな!」
二人に速攻でつっこまれた。
ちなみにこいつ等、アクア、めぐみん、ダクネスに加えゆんゆんとウィズは、一度本気でカズマをあの世に送り込んでいる。誰が具体的な下手人かは、明らかにはされていないが。
めぐみんはつっこみにも特にくじけず偉そうに続ける。
「まあ冗談はさておき。アクアにも出来るのですから、アクア以上のアークプリーストならばもっと高度な蘇生が出来るかもしれません。ですがっ! あのような悪逆の徒に従うなんてあってはならない事です! 必ずやその野望を私の爆裂魔法で粉砕してみせましょう!」
アクア以上のアークプリーストとか設定上、存在する事が不可能に近いのだが、当然めぐみんにはそんな事はわからない。
クオンはアインと顔を見合わせながら問う。
「……本当、だと思う?」
「嘘を言っているようには見えない。だが、俄かには信じ難い……しかし、心当たりが無い、でもない」
「え!? 貴方も見たの!?」
「俺は本来、死んでもおかしくない怪我を負っていたはずなんだ。戦争で、敵にやられてな。だが、ここに来た時には綺麗さっぱり治っていた。あの傷は自分で言うのも何だが、絶対に助からない類の傷だったと思うんだが……」
クオンの表情が、自身の意思に寄らず明るく晴れがましいものへと変わっていく。
「そ、それは……死にかけていたのに、ここに来た時には元気になったって、話かな?」
「ああ、そうだ」
「じゃ、じゃあ、もしかしたら……死んだって言われた人が、ここに来たからって元気になったって事も……」
少し驚いた顔でアイン。
「そ、それは……そうだな。もしかしたら、俺は本当は死んでいたのかもしれない。あの怪我は、そう考える方がしっくり来る」
クオンが、突然その顔を両手で覆い、しゃがみ込んでしまう。
「お、おい、どうした?」
クオンからの返事は無い。
めぐみんもクオンの様子を伺おうとするが、クオンは小刻みに震えながら下を向いたまま。
何か病気でも、と二人が本気で心配しかけた所で、クオンの声が微かに聞こえてきた。
「……は、く……生きてる……生きてるかもしれないんだ……また、会える……ハクに、会える……わたくしっ……うっ、……ううっ……」
そのまま、びえーんと大声で泣き出してしまった。アインがどうした、と声をかけても泣き止む気配は一切無い。
うわぁ、といった引いた顔でめぐみんが一言。
「マジ泣きですよ、アイン。貴方は一体彼女に何を言ったんですか」
「お、俺のせいかこれ!?」
「誰がどう見てもアインが泣かしたんじゃないですか。女の子こんな有様にしたんですから、責任取って下さい責任っ」
「い、いやだが一体どうしたものか……自慢じゃないがこんな大泣きする女の子を慰めるなんて俺はやった事ないぞ」
クオンが、泣きながら手を前に出し横に振る。
「ち、違っ……アイン、悪くない。逆、わたくし、アインの、言ってくれた事、嬉しくてっ……ごめん、少し時間、ちょうだいっ……」
感情のままに泣きながらも、辛うじて残った理性でそう二人に伝えるクオン。
めぐみんとアインは顔を見合わせる。
「やっぱりアインのせいなんじゃないですか」
「……俺にどうしろと」
「ほんっと~にごめん。もう大丈夫だから、ね」
そう言って二人に謝るクオンの表情が余りに晴れやかで、アインもめぐみんも文句を言う気が無くなってしまった。
まあいい、とアインは手にした地図を二人にも見えるように広げる。
「ともかく、君達が安全に避難出来る場所の確保が最優先だ。で、だ。俺はこの501JFW基地とやらが良いのではないかと考える。基地というからには侵入者を防ぐ機能があるかもしれないしな」
ふむふむ、と地図を覗き込みながらめぐみん。
「ですが、ここだと橋を抑えられたら逃げられなくなりますね」
アインが凄い真顔になった。
「……め、めぐみんが気付いた、だと? よ、良く気付いたな……何処かにカンペでもあるのか?」
「アインは一体私を何だと思っているのですか」
咳払い一つ。
「逃げ道が一つしかないのは、確かにマズイ。だが海岸沿いの基地ならば水上移動手段、船の一つも備えてあると俺は考える。それを基地後方に確保しておけば、いざという時の脱出も可能だろうし敵の裏をかく事も出来るだろう」
おー、と感嘆の声を漏らしながら拍手するめぐみん。
くすくすと笑いながらクオン。
「アイン、口調が最初の馬鹿丁寧なのと全然違う」
言われて初めて気付いたアインは、言葉も無く赤面する。
「でも、わたくしは今の方が嬉しいかな。前のよりずっと話し易いし、他の人に声をかけるにしても、今の方が絶対良いと思う」
めぐみんもこれには同意する。
「そうですね。正直、アインのように年上の人から延々敬語使われるのはちょっと居心地が悪かったというか」
赤面したまま頬をかくアイン。
「そう、か。そういう事ならそうさせてもらおうか。で、基地に行く事に異存は?」
ない、と二人から返って来たので、一向は501JFW基地へと向かうのであった。
「我が名はめぐみん!」
何処か眠そうな二人の少女を前に、またまためぐみんが吼える。クオンは、うわーといった顔でこれを見ていた。
「これ、毎回やるのかな」
アインはもう慣れたといった調子だ。
「そのようだな。おいめぐみん、そのぐらいにしておけよ」
いい加減めぐみん呼びにも抵抗が無くなってきている。人間とは、どんな環境であろうと慣れる生き物なのだ。
アインは二人の少女を前に、目線を彼女達の上半身に固定しているせいで、引きつった顔のまま言った。
「なあ、一応人前なんだから、下、履いてくれないか?」
少女の片割れ、比較的髪が短めの方の子が首をかしげた。彼女は腰上までしかない上着を羽織っただけで、ぶっちゃけパンツが見えている。
「はいてるよ?」
金髪ロングの少女は、あふうと欠伸を漏らして言った。長めのシャツを着ていてこれのおかげで下着等重要な部分が見える事は無いが、歩いただけで危険域に達するであろう際どさだ。
「うん、わかったー」
口だけで全く動こうとはしていないが。
口元が引きつるアインの真横から、じと目でめぐみんが。
「というか。アイン、ここは目を逸らすなりなんなりするべき場面ではないでしょうか」
そうしたいのは山々だが、まだ相手の少女達の正体が知れぬ以上、そんな不注意な真似は絶対に出来ない。
アインは我が身のみならず、めぐみんとクオンも守らなければならないのだから。なので、本気で目を逸らしたいアインであったが、逸らすに逸らせないのだ。
そしてクオンまでもがじと目でアインを見てくる。
「……アインって、見た目は実直好青年系だけど……」
そこで言葉を切って溜めを作り、きらんと目を輝かせてクオンは言う。
「ムッツリかな」
「ムッツリですね」
吐き出したい罵声を心中のみで堪えて交渉を続けるアイン。
「ギャラルホルン所属、アイン・ダルトン三尉だ。俺には軍人として民間人を保護する義務がある。君達さえよければそうしたいと思うのだが」
これに即座に返して来たのはパンツが見えてる少女である。
「連合軍第501統合戦闘航空団所属、サーニャ・V・リトヴャク中尉、です。ストライカーユニットも武装も見当たらないけど、私も、民間人の保護には協力したいと思う」
「驚いたな、君も軍人か。それに、あまり他所の階級に詳しくは無いが、確か中尉だと俺よりも階級が上ではなかったか?」
「国が違うのなら、階級の差にそれほど意味は無い、です。それに私はウィッチだから……」
ウィッチという部分は意味がわからないのでとりあえずスルーするアイン。
「そう言ってもらえると助かる。後、助けついでにもう一つ助けて欲しい」
「ん?」
「……後ろ二人の視線が痛い。それが最近の若い娘の流行なのかもしれないが曲げて頼む。どうか、下着が見えない格好をしてきてくれないか……」
合流した五人、アイン、めぐみん、クオン、サーニャ、美希は、名簿に載っている自分達の友人に関して簡単な情報交換を行う。
情報交換というか、この人達を見なかったか程度のものであるが、まだここに来て時間がさして経って無い事もあり、お互い以外の遭遇者は居なかった。
また、この基地は元々サーニャが居た基地と寸分違わぬものらしい。何故それがこんな場所にあるのかは全くわからないが、システム等はサーニャが知るものとほぼ同一であるようだ。
ほぼというのは、基地にあるはずのストライカーユニットや武装が無い事や、これらの予備や弾薬、果ては修理用部品も全て無くなっているためだ。
驚くべき事に、サーニャが個人で所持していた写真や枕なども置いてあったらしい。サーニャが自室をくまなく調べた所、各所にあった傷や染みがサーニャの記憶と一致しており、サーニャ曰く、これはホンモノの501JFW基地だと。
「正気を疑う話だな」
アインが頭をかきながらそうぼやくと、サーニャも深く頷く。
殺し合いをしろというのも意味不明だが、基地一つを丸々他所から持ってくるなど、その必然性からして理解出来そうにない。
当初予定していた船も無いらしく、どうしたものか、と頭を捻っているアイン。
クオンは基地内にあったその内装を描いた図をじっと見つめながら、アインの苦悩を全スルーで呟いた。
「そんな事はどうでもいいかな。それよりっ」
真剣そのものの表情でサーニャを睨むクオン。
「ねえ、サーニャ。この図。ここに書いてあるのってもしかして……」
「うん、お風呂」
クオンの尻尾が勢い良くぴょこんと伸びる。その顔を見れば、クオンがこの後何を言い出そうとしているのか一目瞭然であったが、先にサーニャが釘を刺す。
「でも、お湯沸くかわからないよ」
へなへなーと尻尾がしおれるクオン。
が、そこで助け舟を出して来たのはアインだ。
「電気ガス上下水道は確認してある。全て通っているから沸かす機能が残っていれば使えるんじゃないか?」
再びぴんと伸び上がる尻尾。アインはテンポ良く動く尻尾に驚きの目を向けながら続ける。
「長期間の滞在になるのなら、確かに風呂はあった方がいいかもな。良し、船探しの方はサーニャに任せて、俺は風呂を見て来ようか」
さんせー、と両手を挙げるは星井美希だ。一気に機嫌が上方向に振り切れたクオンは一緒になって両手を挙げ、嬉しそうにハイタッチ。
特にリアクション無しのめぐみんも、自分の服の匂いをかいだりして気にしているので、多分風呂はみんなにとって喜ばしい事だろう、とアインは思ったのだ。
全員、あまり表には出していないが不安であるはずだ。
それでも、少しでも彼女達が前向きに過ごす助けとなるのなら、アインはこういった事にも手間をかけようと思うのだ。
女の子達と別れ、アインは一人風呂場へと向かう。少し古風な作りだったが、理解出来ないものでもなかったのでお湯は問題なく沸かせそうだ。
ただ、オーシャンビューのアホデカイ露天風呂には流石に驚いたものだ。
「ここ、軍事基地だよな?」
士官用であろうが、各人にあてがわれた部屋も広く、アインの考える軍事基地とは少々勝手が違うようである。
その辺も少しサーニャに聞いてみようか、と考えながらアインは集合場所である食堂へと向かう。女性陣はそちらで食事の準備をしているらしい。
ここに来てから時間の感覚が狂ってしまっているようで、今は夜中もいい所なのだがまるで眠くないし、食事をと言われれば小腹がすいている気もしてくる。
アインが食堂に入ると、皆は既に集合した後であった。
「すまない、遅れたか?」
アインの姿を見つけるなりクオンが凄まじい速度で駆けてきた。
「アイン! お風呂はどう!?」
「あ、ああ。湧くまで一時間程度といった所だ。なあクオン」
「そう、ならそれまで我慢かな……ん? 何?」
「風呂は楽しみにしてろよ、きっと驚くぞ」
笑顔のアインに、クオンは更に詰め寄る。
「そ、そんなに凄いお風呂なのかな!?」
「ああ、行けばわかるよ。なあ、サーニャ」
話を振られたサーニャは、手に持っている大量の写真やら雑誌やらをテーブルに置いて、こくんと頷いた。
尻尾を勢い良く立て、リズミカルに左右に振るクオン。あれをどうやって動かしているのかはわからないが、上機嫌の合図のようだ。
さて、とアインも席に着き、食事を取り始める。食堂の隣に炊事場はあったのだが、これを使った訳ではなく支給されたものを皿に載せて出しただけだ。
だが、そんな簡単にすぎる一手間でも、きちんと皿に乗って料理が出てくればそれはまるで別物に感じられるもので。
アイン、クオン、サーニャ、美希、めぐみんの五人は気分良く食事を取る事が出来た。
食事の最中、サーニャが持ってきた写真を回してみんなで見ていた。
これはつい先ほど、サーニャがパンツをズボンと言い張っている事を、残る全員で否定したらサーニャがムキになって証拠を持ってきたという話だ。
アインは幾つかの決定的な写真を見る。
雑誌に用いられた写真のようだが、確かにサーニャの言う通り、男はみんな普通の格好だが、女性はみんなパンツ丸出しである。
というか、スカートやらズボンやらを履く女性がほとんど居ない。中にはワンピースの水着を来て何らかの式典らしきものに出ている少女もいて、写真の違和感が凄まじい。
絶対に口に出せない事だが、たくさんの写真を見てアインは、企画物のアダルトコンテンツかと本気で疑った程だ。
幸か不幸かアインはそういったものに詳しくないので、その是非を確認する術は持ち合わせていなかったが。
また、サーニャは当初のアインの言葉を受け入れスカートを着てくれたと思っていたのだが、あれはサーニャ曰くベルトらしい。
美希が、妙に納得顔で言った。
「確かに。ズボンの事をパンツって言ったりもするの。だから逆にパンツをズボンって言うのもきっとアリなの」
ねーよ、と即座に返したかったアインだが、言う程女性の服装やらに詳しくないので、正直自分の感性にあまり自信が無い。
めぐみんも考え深げにしている。
「水着みたいなものでしょうか。この格好をしろと言われたら恥ずかしすぎて絶対に無理ですが、こうまで堂々と出てこられるとこれはこれでアリかな、と言う気にもなってきますね」
何故か女性陣がサーニャ派に靡きかけている。これはイカンとアインはクオンに話を振ってみる。
「な、なあ、クオンも、その、これが普通だと思うのか?」
サンドイッチを次々口に放り込んでいたクオンは、ほへ、とサンドイッチを口に突っ込んだままこちらを向く。
「ひょれは……むぐむぐ、ごくん……そういう服着たがる子も居るといえば居るし、正装でこの手の服着る子ならウチにも居たから、別にわたくしからは特に無いかな」
クオンの仲間だったウルゥルとサラァナの二人は、一応パンツの上に布を着てはいたが、着ている意味があまり無いレベルの透過度を持つ布で、下着は何時でもはっきりと見える格好であった。
みんなが納得してくれた事で、サーニャは喜んでいるように見えた。
アインも、いいのかなぁ、といった疑念は拭えども改めてむしかえしてサーニャが泣き出しでもしたらフォローする自信がまるでないので、これ以上は仕方なく諦める事にした。
そこでクオンがまぜっかえしに来た。
「まあ、着るのは良いけど、だからってすけべな目でじーっと見たりするのは良くないかな」
著しい誤解が生じている。これは早々に誤解を解かねばと、アインは口を開き抗議する。
「待て。あの時は仕方が無い部分もあったろう。それに、俺は出来るだけ下は見ないようにだな……」
だが女性陣は、全員が示し合わせたように言った。
「ムッツリですね」
「ムッツリかな」
「ムッツリ?」
「ムッツリなの」
四人はそれで大いに笑って盛り上がる。アインはというと、ああ、やっぱり女の子ばかりの集団なんてものに混ざるものじゃない、と改めて確信するのであった。
食事も終わると、お風呂が沸くまで五人でまったりタイムである。
アインをダシにしたせいかおかげか、女性陣四人の仲は概ね良好であるようだ。
四人は四人がそれぞれ同じ当たり前にいると思っている。
だからパンツの話でああも揉めたのであるが、そういった差異はこの時もまた生じていた。
サーニャは思い出したようにクオンに訊ねる。
「クオンはウィッチなの?」
その耳尻尾の事を言ってるのだ。当然クオンはそんなもの知らない。ただ、訝しげにしたサーニャからウィッチの説明を受けると、術法の一種だと理解する。
「わたくしのは薬かな。怪我を治したり、まあ、それ以外も少しは。サーニャはどんな術を?」
「私は索敵と通信が得意。クオンはシールドや飛行の訓練は受けた?」
またも言葉の壁が。ただ、シールドは敵の攻撃を防ぐ手段と聞くと、こちらもクオンには覚えがある。物理はイマイチだが術の防御はかなりのものなのだ。
ただ、話を聞けば聞く程サーニャは混乱してしまう。シールドが物理とそれ以外で分かれているというのもわからないし、飛行に関してはそんな術ありえない、といった反応だ。
ちなみに、この話の途中で嬉々として爆裂魔法の使い手としてめぐみんが名乗りを上げたのだが、はいはい、大事な話してるから静かにねー、とスルーされた。めぐみんのいなし方もこの短期間で学んできた模様。
結局、実際にやってみようという話になった。
じゃあ、と食堂の端の方に移動したサーニャがシールドを発生させる。これを見たアインが目をむいた。
「なっ、なんだこれは!?」
そして次に、サーニャに生えた耳尻尾に口をむいた。
「なっ、なんだそれは!?」
術や魔法の存在に抵抗の無いめぐみんとクオンは特に無し。魔法を使う時に初めて生える耳尻尾を不思議に思う程度だ。
後、本来アインと同じ立場の美希はというと、わー、凄いねー、程度。おそらく基礎所有スキルに危機感の欠如が備わっているのだろう。
シールドの説明を受けていたクオンは、じゃあ試すねー、と手元に用意しておいたナイフやらフォークやらの食器二十本程、これを手に取り、円形に広がったシールド目掛けて投げつけた。
重量の割りに重い反射音がしたのは、クオンの手裏剣術の巧みさ故だ。
一発目があまりに完璧に弾かれたので、クオンは二発目以降はかなり本気になって投げ始める。だが、ただの一発もサーニャのシールドを抜く事は出来なかった。
シールドはある程度相手の攻撃の重さを察する事が出来るわけで、サーニャはこのクオンの投擲術にかなり驚いていた。たかがナイフフォークでここまでの威力はなかなか出せるものではない。
ちなみに、二十発全部投げ終わった所で、クオンの表情が変化していた。
笑っているのだが、目が全然笑っていない。
「ねえ、サーニャ。これは投擲以外も防げるのよね?」
「う、うん」
「じゃあね、実はわたくし、投げるより殴る蹴るの方が得意かな。だから、ね?」
ムキになっていらっしゃるのである。
サーニャが改めて張りなおしたシールドの前に、クオンは立って深く息を吸う。
腰を落とした構えは堂に入ったもので、更に更に、何故か引いて握った拳に炎が生じている。
伸び上がるように前方へと飛び出し、振りかぶった拳を全力でシールドへ叩き付ける。
食堂中に響き渡る震動音、だが、クオンはこれも通らぬとわかるとその場で高く直上へと飛び上がった。
「これっ! ならっ! どうっ!」
空中で振り上げた右足を、落下の速度に合わせてかかとを叩き付ける形で振り下ろす。
着地の瞬間と振り下ろす勢いが最大になる瞬間がぴたり一緒。空中でのバランス感覚といい、その運動神経は尋常のものではない。
だが、それでも、魔導エンジンの助力が無かろうと、かの世界が誇るエースウィッチの一人、サーニャ・V・リトヴャクのシールドを抜く程ではなかった。
悔しそうにクオン。
「これも駄目か~。流石にこれ以上は危ないからここじゃ出来ないしね」
サーニャは最初、クオンの手に炎が生じていた事でそれが魔法の力だと思ったのだが、例えば知人のバルクホルンがそうするような魔法的な腕力増強の感じは一切無かった。
「ね、ねえ、クオン。もしかして今の、魔法、使ってない?」
「ん? まほう? って術の事だっけ? 使ってないよ。わたくしの術は薬だけ。国を出る前は随分と鍛えさせられたんだけどなぁ……あーもうっ、色々と自信無くなりそうかな」
何やら悩みだしたサーニャをさておき、美希が目を丸くしながら言った。
「クオンはケンカ強いの?」
「ええ、それに怪我の治療も出来るし、だから、危なくなったら遠慮なくわたくしを頼って欲しいかな」
にこっと笑う美希。
「うん、そうする。ありがとうクオン」
と、この二人の間に関してはそれで済む話だ。だが、心底から呆気に取られているアインはそうも行くまい。
驚きに硬直してるアインの前に立ち、クオンはいたずらを仕掛ける子供のような顔で言った。
「もちろん、アインもかな」
苦虫を噛み潰したような顔でアイン。
「……色々と意地が悪すぎやしないか?」
「でも、わたくしこれで人を見る目はあるつもり。きっとアインはこのぐらいじゃ怒らないかな」
アインはせめてもの反撃を試みる。
「そう言っておく事で、俺の文句を予め封じようという話だろう」
「ご名答♪」
あっさりと流されるのだが。
クオンはアインの耳元に口を寄せ、小声でアインにのみ聞こえる声で続ける。
「多分、わたくしが戦える事をアインもみんなも知っておいた方が良いと思う。勘だけど、この地はきっと、危ない場所なんじゃないかなって」
ああ、と頷いた後、アインはおもむろに反撃を、今度こそ効果の確実なものを叩き込む。
「だとしたら、風呂は控えるべきかな?」
ちらと横目で見たクオンが、この世の終わりのような顔をしているのに満足したアインは、冗談だよ、と続けてやるのだった。
アインはサーニャより説明を受けた501JFW基地の警報装置を、幾つかチェックしていた。
確認作業の為、警報が鳴るが気にしないでくれ、と皆に言っておいたので問題は無いだろう、とアインはこの基地へと至る唯一の通路、橋を通過する。
警報は聞こえない。よし、と頷くアイン。警報が鳴った事は侵入者にわからぬよう警報音は基地内の一部のみで響くようにしておいたのだ。
ただ、今回は鳴った事がわかるように、窓の側に線を繋いだ警報ランプを置き、橋からでも確認出来るようにしておいた。もちろん、これも作動している。
ただ、サーニャが探してくれたが、この基地に船は無かった。
アインは地図を思い出す。この基地は地図上では北西端にあり、そこから先は何も書かれていない。
地図の外周は全て海に囲まれているようで、船でもなければ外には行けそうにない。或いはそれを嫌がったか。であるのなら、地図南西端にある学園艦とやらも動けぬよう細工でもしてあるか。
踵を返し、基地へと戻りながら思考を続けるアイン。
死者の蘇生、魔法、術。我が身に起こった不可思議の数々。理解出来ない、と思考を放棄する事も許されない。アインは四人の少女の命を預かっているのだから。
例え不思議な力で盾を作り出せようと、人間離れした動きを見せてくれようと、彼女達がアインにとって保護すべき対象である事に何ら代わりは無い。
それに確認を取った所、サーニャは指揮官研修は受けていないらしい。
新兵でかつ生まれで差別されていたとはいえ、アインはエリートコースの一つであるモビルスーツパイロットであり、いずれ部下を持たねばならぬ身で、当然経験は無いものの他に誰も居なければ部隊の指揮はアインが取らなければならない。
例え非現実にすぎるリアルが襲って来ようとも、指揮官たるアインが思考を投げ出す事は絶対に許されないのだ。
少なくともアインはそう思っている。
アインは思い出す。
この基地を使って今後自分達がどう立ち回っていく予定かを皆に説明した時だ。
サーニャはアインの考えに、控えめにしながらだが幾つか補足を入れてくれた。
索敵すべき方向を橋だけに向けていたアインは、海側に対しても油断はするべきじゃないと言ってくれた彼女に、驚きと敬意を向ける。
全くもってその通りだ。敵が空から来ない理由は無く、また地図外から襲われる可能性も否定するべきではなかった。
クオンはアインが警報のシステムを説明した時に一番良く食いついてきた。
警報を聞いた後、真っ先に対処に当るのが自分であると考えているのだろう。思考が民間人のそれではない。だが恐らくは、彼女がそうするのが一番効率が良いだろう。
一番の問題児と思っていためぐみんは、意外にもアインの指示を真面目に全て聞いてくれていた。
殺す殺されるなんて危機への対処であり、これに対し経験の無い者は大抵の場合、アインの指示の大切さを理解出来ないものなのだが、少なくとも見た感じだけは、彼女は問題ないように思えた。
最後に美希だ。彼女もまた、言動全てから危機感が欠如しているように思えたものだが、アインの説明を適当に聞き流している風は無かった。
正直、アインにとって一番良くわからないのが美希だ。
見た目の年相応の、女の子らしい身勝手さで自由に振舞っているようにも見えるのだが、アインがここだけは勘弁して欲しいと思う要所ではほぼ完璧に要求に応えてくれる。
幾つかの反応が、頭の回転がズバ抜けて速い人間の特徴を示していた。なのに、色々と抜けていたり、適当だったりと、本当に読めない。
四人共、アインが想像していた民間人の保護からは、考えられない程良い子達である。
間違っても、こんな所で理不尽に殺されて良い人間ではない。
アインは強く手を握り締める。彼女達は、絶対に自分が守って見せると。
めぐみんはその危機に、脱衣所に入ってようやく気付けた。
女同士、皆で揃って風呂に入るということは、女性らしさの象徴である部位を晒しあう事に他ならないと。
もう服の上からわかる。美希の戦闘力はかなりのものだ。
それはダクネスのモノのような暴力的な存在感ではないが、容貌の美しさと相まってめぐみんの劣等感を刺激してやまぬシロモノとなっている。
ソコ以外もそうだ。めぐみんは、何処がどうであれば女性の体型が最も魅力的に見えるかの具体数値を知らないが、美希の全体のバランスが驚く程に整っている事だけはわかる。
はた、とめぐみんは気付く。そうだ、腰のくびれが凄いのだと。
アクアも美希と同じレベルで整った体型をしているが、アレの中身はただのおやじであるし、言動からして可愛い美希とは比べるのも失礼だ。
もしアクアが語尾に『なの』なんてつけて話していたら、カズマ辺りが助走つけて殴るレベルで腹が立つ事だろう。
今、美希はすぐ隣でその美しい裸体を惜しげもなく晒そうとしている。何たる敗北感、何という絶望か。
救いを求めるようにめぐみんは、もう一人の要注意人物に目を向ける。
彼女は厚手の服を着ているせいで体型がわかりずらかったのだが、ああ、やはりと言うべきか。
クオンもまた当たり前のように、女性として何処に出しても恥ずかしくないような優れたブツを備えていた。
しかも彼女の場合、オプション装備が秀逸に過ぎる。
あの頭上でぴこぴこ動く耳は何だと。同性であるめぐみんの目から見ても可愛すぎる。
それにお尻の上からぴょこんといった様子で伸びている尻尾だ。尻尾。アレは尻尾である。
尻尾なんて獣につけるから可愛さがマイルドに薄まっているのだろうに。
それを事もあろうに人間サマにつけようなどと、神をも恐れぬ所業だ。
風呂が余程楽しみなのか、まだめぐみんが服に手をかける前にクオンは物凄い手際の良さで、厚手の服をさらさらと脱いでいく。
たわわに実る果実がたゆんと揺れ、耳が機嫌良く閉じて開いて、尻尾は歩く足に合わせて左右に揺れ動く。
めぐみんは、心の底から思う。どれか寄越せと。
翻って我が身を見下ろすに、そこにあるのは大平原にすらなりえぬ広場だ。それも辺境の村とかそーいう人口が二十人いってないような所の。
ふぇあーいず、ふぇあーいずそうきゅうー、とか祈ってみても現実は変わらない。持てる者は美希とクオンで、めぐみんは持たざる者であるのだ。
どうして、どうして何時もこうなのか。村に居た頃はゆんゆんが、カズマのパーティーに入ってからはアクアとダクネスが、めぐみんを取り囲み責め苛む。
苦悩するめぐみん。そんな彼女の側に、唯一、たった一人、ただ彼女のみが、めぐみんの心を癒してくれるだろう、サーニャが少し遅れて脱衣所に現れた。
友よ、同胞よ、そんな思いで彼女が服を脱ぐのを見守るめぐみん。
だがそれでも、卑しく女々しい自らの心に打ち勝つ事はめぐみんには出来なかった。
せめて最下位だけは脱したい。そんなめぐみんのささやかな願いを、どうして責められようか。
「ん?」
服を脱ぎ、こちらを振り返ったサーニャには、あった。控えめで慎ましやかなものではあったが、確かにそこに女の子が居たのだ。
幼くも見えるかもしれないし、未成熟であるといえるかもしれない、だが、服を脱いだサーニャ・V・リトヴャクはロリキャラでもお子様でもない、れっきとした女の子なのであった。
サーニャは脱衣所で服を着たまま床に突っ伏しているめぐみんを見て、一応声だけはかけてやる。
「どうした、の?」
「…………ちくしょうっ」
そう一言残し、ヤケになりながら服を脱ぐめぐみんを、サーニャは不思議そうに見ているのであった。
クオンが脱衣所の扉を開くと、アインのフリでクオンが想像していた以上の景色が広がる。
海沿いの利点をフルに活かした、何処までも海が見える岩場に作られた大きな露天風呂であった。
湯船の大きさもクオンが泳いで遊べる程で、ここまでの風呂はそうそうは見られないだろうという逸品である。
「わあぁ……」
そんな感嘆の声と共に、尻尾がへにょりと垂れ下がる。不機嫌になってではなく、あまりの見事さに意識を完全に奪われたのだ。
クオンは吸い寄せられるように湯船へと進む。
岩の階段を一段一段昇りながら、歩く事で僅かながら変化していく景色を楽しむ。
自分が今生まれたままの姿な事もまるで気にならず、衣服で抑え込んでいたからか開放感に揺れる胸の好きにさせている。
四方の柱のみで天井を支えている湯船は、露天風呂の長所を殺さぬ素晴らしき配慮である。
クオンはゆっくりと湯船に足を踏み入れる。温度は、もう少し熱くてもいいか、と思える程度。
滑るように湯船に身を沈めると、胸がぷかりと目の前に浮く。
親父くさいと言われるのを覚悟の上で、それでも堪えきれず、ありったけの息を吐き出す。
そして顔を上げ視界に入るのは、風呂の端と、僅かな灯りすらない吸い込まれるような真っ暗闇だ。いや、所々で真横に線が引かれている。
じっと目を凝らすと、それは波の上端が風呂の灯りを反射して見えたもの。闇であるが、やはりそこは海でもあるのだ。
闇は壁ではなく空間。そう認識すると、驚く程の開放感がクオンを包む。露天風呂とは、そういう場所であるのだ。
「うっわ~、もうさいっこうかな。わたくしこのままとけちゃいそうかも」
後ろに続いていたのは美希だ。
「うんっ! ミキも入るー!」
流石に765プロ年少組がするように湯船に飛び込むなんて真似はしないが、一気に肩まで沈み込んで湯加減を確かめる。
遠慮とは基本無縁の美希は、はふぅ、とこちらも大きく息を漏らす。
そしてちらとクオンを見る。
「ん?」
「えへへ、ちょっと気になるの」
すいーと湯船を移動しクオンの側に美希は移動する。そして、遠慮がちにクオンの二の腕に触れる。
「おおっ、ちょっと予想外なの」
ぷにっとした弾力を指先で何度も確かめる美希。
「な、何が?」
「もっとごつごつしてると思ったの」
「……わたくしもこれで女の子だし、ごつごつはちょっと傷つくかな……」
「ううん、でもクオンごつごつしてないの。ほらほら」
「ちょ、いやそろそろくすぐったいから……ちょ、待って……何処触って……ちょみき……」
クオンの二の腕のみならず、肩やら太ももやらを揉みだす美希。挙句、おなかをつついてみたり。
「み、みきっ! そこは駄目かなっ!」
「あれだけ強そうなんだから、お腹もむきむきにお肉ってるかと思ったけど、ぜんぜんやわらかいの」
そこで、へえ、と話に混ざって来たのはめぐみんだ。
「そうなんですか? 私ももっと腹筋割れてるようなの想像してたんですけど」
そう言いながら湯船へと。自然と上気する頬が色っぽい、となるには少々体型に難があるようだが。
「だーかーらっ! わたくしもこれで一応女の子のつもりなの! そういうの本気で泣きたくなるから止めて欲しいかなっ!」
いえいえ、とめぐみんは感心したように続ける。
「私の所にも肉盾の極みみたいな女の子居ますが、腹筋割れたなんて雄々しい話は聞かないですし、もしかしたら女性ならそういうの大丈夫なのでは?」
実は肉盾の極みである所のダクネスさん、腹筋割れてて凄い気にしているのだがそれはさておき。
クオンはめぐみんのフォローに、深い嘆息で返す。
「だといいんだけど……」
ふと話題が途切れた所で、ちょうどサーニャが湯船に足をつけていた。
お湯の温度を確かめるように、足先でちょこんと触れた後、おずおずと足を深く踏み入れ、体を半ばまで沈みいれる。
何故か、クオン、美希、めぐみんの三人は無言。三人の視線に気付いたサーニャは、こちらもめぐみんの時と同じように頬を上気させながら小首を傾げる。
「うわっ」
とストレートに感想を口にしたのはクオンだ。すぐに美希が続く。
「サーニャって仕草が凄く可愛いの。びっくりなの」
とか言いながらすいーっとお湯によりかかるような形でサーニャの方に身を流していく。これに続く形でクオンもサーニャの方へと湯船を滑り移動する。
「うんうん、これは是非ともその秘密を解き明かさないとかな」
一人残るめぐみん。
「くっ、何故だ。スタイルにそれほど差はないはずなのに、この生じる女の子オーラの差は一体っ!?」
サーニャの両サイドを取り囲むようにクオンと美希が位置すると、何やら嫌な予感でもしたのかサーニャは両肩をすぼめて交互に左右を見やる。
「な、なに?」
クオンは両手を湯の上に出し、わにわに動かしながら言った。
「薬師として、まずは触診から始めるかな」
逆側では同じく美希が手をわにわに開閉しながら言う。
「ならミキはてーこーしないように取り押さえるのー」
流石に湯船の中でシールド出すわけにもいかないサーニャは泳いで逃げようとするが、かの世界では物理アタッカーもこなせるクオンと、運動神経ならばかなりのものがある美希とに追われては、逃走サーニャはかなりの劣勢を強いられる。
「待つかなっ。その綺麗な肌をなでさせるかな!」
「ミキにもその可愛さの秘密を教えるのー」
「や、やーめーてー」
女の子らしいかしましさで広い湯船を泳いで回る三人。めぐみんは一人いつまでも、何故だ、何故だ、と頭を抱え続けていた。
涙目でそっぽを向くサーニャを、流石にやりすぎたと謝り慰めるクオンと美希。
もちろん風呂には入ったまま。長時間風呂に入っていても、一度湯船から出て外気に身を晒せば、何度でもお風呂を楽しめるのが露天風呂なのだ。
クオンと美希は二人でサーニャ可愛いを連呼して、無理矢理に赤面させつつ黙らせると、それでご機嫌は取れたと勝手に納得する。
そのフリーダムさに仲間の姿でも思い出したか、サーニャもこれ以上文句を言うことは無かった。
サーニャの仲間達はスタイルもバリエーションに富んでいるが、どちらかといえば豊満な子の方が多かった。
でもって豊かで無い方の子達は、大きなおっぱいが大好きなようで。直接手で触れにいくスタイルのルッキーニや、顔をうずめると至福の表情をする芳佳が居た。
その辺の感覚をあまり理解出来ないサーニャ。しかし、くっちっおっしやー、とばかりに爪を噛みながらクオンと美希の胸を睨むめぐみんの気持ちもあまり良くわからなかったり。
サーニャからすればめぐみんの肌艶の張りは、とても綺麗に思えるものだ。
それに胸やお尻が小さくても、余分なもののない可愛さというものもある、そう思えてならない。
頭部のバランスを崩してるとしか思えない大きな帽子を取って、無理に背伸びしてるようなマントを外して、今こうして素肌を晒してお風呂に浸かってる姿は、素朴でありながら小動物みたいでもあって、誰よりも可愛らしく感じられるものだ。
サーニャはクオンと美希がやったように、すいーっとお風呂を滑って移動する。
お湯に身を任せながら足で床を蹴ると、楽に移動出来るのと、体重が無くなったような感覚がちょっと楽しいもので、ついサーニャも同じ事をしてしまう。
そうしてめぐみんの隣に移動すると、サーニャは脅かさないよう、そっとめぐみんの頭の上に手を乗せる。
「はい? どうしました?」
サーニャはゆっくりとその頭を撫でてやりながら言った。
「かわいい、かわいい」
いきなりの事にまず呆気に取られ、そして、お風呂の熱さも手伝って凄い勢いで赤面していくめぐみん。
「ちょっ! いきなり何を!」
「ん、私はめぐみんもずっと可愛いと思う」
「何この人天使かっ!? 後で風呂上りの牛乳おごらせてくださいっ! お金今持って無いけど!」
少し離れた所から、同意しきれていない同意の声が。
「あー、めぐみんは口さえ開かなければ可愛いかな」
「服もアウトなの。あとすこっぷ」
辛らつな二人組みに向かってめぐみんは威嚇するように、ふーっと吼えるのだが、すぐにサーニャに頭を撫でられへにょへにょと湯船に沈む。
騒々しいのが黙った事で、お風呂場は少しの静けさを取り戻す。
クオンはしみじみとした口調で言った。
「やっぱりお風呂は良いよ。こういうさ、裸の付き合いってわたくし、凄く大切だと思うんだよね。サーニャも、美希も、めぐみんも、悪い子じゃないのはすぐにわかったけど、やっぱりこういう場だし、遠慮したり一歩引いたりしちゃう所ってあったと思うんだ」
クオン言う所の付き合い方に心当たりのあるサーニャは、すぐにクオンの言葉を正確に理解する。
確かに、風呂に入る前と後で、きっとこの四人の間の距離感は縮まっている事だろう。クオンは続ける。
「わたくし達、何か大変な事に巻き込まれちゃったみたいだけど、ここにいるみんなで力を合わせて頑張れば、きっと何とかなるとわたくしは思うかな」
クオンは順番に皆の表情を伺ってみる。そして、くすりと笑った。
「みんな、そういう仲間が他にも居るって顔してる」
美希は満面の笑みで頷き、サーニャもこくりと、そしてめぐみんは笑顔でこれを肯定しながら言った。
「ウチのは言う程頼れはしませんけどね、まあ数合わせぐらいにはなるでしょう」
すぐに美希も乗ってきた。
「あーミキの所のもー。千早さんはともかく、春香とか何処かで転んでそうなの」
サーニャが乗らなかったのは、ノリが悪いとかではなく心にも無い事を口にする習慣が彼女に無いためだ。
「私の所のは、みんなウィッチだし頼れるよ」
クオンはしっぶい顔をしていた。
「あー、わたくしの所はー、アレ以外はみんな頼れるんだけどねぇ。いや、ハクもやる時はやるよ? でもねぇ、やっぱりわたくしが見ていないと……」
勝手に死にかけたり、死んだりしてるかもしれない。
そんな事絶対に許せない、とクオンは結構な本気で怒り出す。
「……本当、段々許せなくなってきたかも。ねえみんな、わたくし、ハクを見つけたらとりあえず制裁するけどその時は止めないでね。下手な怪我ぐらいならわたくしが自分で治すから」
美希が至極当たり前の事を言った。
「クオンが殴ったらその人死んじゃうの」
「加減は任せるかな。何時もやり慣れてるし」
めぐみんが即座に問う。
「クオンが何時も殴ってる人って……熊みたいな大男ですか?」
「ただのぐーたら男かな」
サーニャは本気でその人を心配して言った。
「程ほどに、ね」
「もちろん程々に。わたくしの気が済むまで程々にやるかな」
サーニャも美希もめぐみんも、今はきっと何を言っても無駄だろう、とクオンの好きにさせとく事にしたのだった。
風呂をあがるのは、別段皆で一緒というわけではなく、満足した人間から順に風呂からあがっていった。
クオンは一番最後に、風呂からあがって脱衣所へと向かう。
扉を開けると、サーニャとめぐみんが、脱衣所で裸のまま顔を見合わせている所だった。
「どうしたの?」
二人共良く見ると頬が紅潮している。風呂上りはそういうものだが、それにしても、少し赤くなりすぎだ。
めぐみんが、言いにくそうに口を開く。
「その……下着が……」
サーニャも困った顔で。
「私のズボンも無い」
何処かに落とした、なんて可能性があったとしたらそれは脱衣所内以外にはありえない。なので三人は脱衣所を探して回るが見つからない。
幸い女同士かつ風呂に入っていた延長もあってか、サーニャもめぐみんも裸のままうろつくのもさして気にはならなかった。
パンツでもズボンでもいいが、これらは当然脱衣所に持ち込んだ所までは確実なのだから、無くなったという事はつまり。
「下着を持っていった人がいる、という事かな」
この場合、真っ先に疑われるのは、女性の下着を欲するだろう唯一の存在、男性である所のアイン・ダルトン、その人だ。
三人は揃ってムッツリ呼ばわりしていたが、アインがそういった卑劣な行為をする人間だとは思っていなかった。
だからまずは確認するべき、と意見が一致し、アインの元へと向かう。もちろん、サーニャもめぐみんも服は着ているが下着は無しだ。
「スースーする」
「スースーします」
と言われてもクオンにもどうしようもないので。
「我慢かなっ」
そう言って食堂に三人は入る。そこではちょうど、長いすに横になって寝ている美希に、アインが上着をかけてやっている所だった。
三人は揃って、うーむ、と唸る。やはりアインは紳士に見える。アインが三人に気付き、どうしたと訊ねるとやたら照れているサーニャめぐみんに代わりクオンが事情を説明する。
アインの顔色が変わる。下着云々はともかく、侵入者が他に居るかもしれないというのは由々しき事態だからだ。
「皆はここで待っていてくれ、俺が基地内を索敵して来る」
そのアインの表情の真剣さからも、彼が下着を盗んだとは到底思えず、三人の疑いの目はアインの知らぬ所で晴れてくれた。
すぐにも飛び出しそうなアインを、サーニャがその服の裾を掴んで止める。
「索敵は私がする」
そう言うや、サーニャの頭部から耳のが伸び、上着の裾から尻尾が伸びて来る。特に尻尾の方は、下着というかパンツというかズボンというかが無いので、危険極まりない。
幸い、アインはそちらよりも近い、耳の方に驚き注視してくれたおかげで、サーニャにとっても、アインにとっても、危険な状況は回避する事が出来た。
そのまま魔法のアンテナを頭部横に展開するサーニャ。レーダーのような働きをするこれを使えるというのが、サーニャの特技であった。
「見つけた、場所は、食堂直上」
聞くなりクオンが部屋から飛び出した。下着を盗むなんて女性として許せないという事らしい。
同じ想いのめぐみんも駆け出し、賑やかなのに目を覚ました美希までがこれに加わる。
「逃がさないかな!」
「女の敵は我が爆裂魔法の餌食にしてくれます!」
「何処いくのー? ミキも行くー」
止める暇もあらばこそ。アインはサーニャと顔を見合わせた後、仕方が無いと一緒になって走り出す。こうなってしまっては全員一緒の方がいい。
アインは彼女達を追いながらようやく、下着が盗まれたという事の意味を考える。
『ん? 下着? という事は、もしかして……』
アインの前を走るめぐみんのワンピースの裾が妙に気になって仕方が無い。
幸い、激しく動いた所でサーニャのベルトという名のスカート程短くはないので見えないのだが。
『……いや待て。サーニャ、もか? それは、流石に……』
着ている衣服的に絶対安全であるクオンは安心して見ていられる。だが、恐ろしくてサーニャとめぐみんの方を見る事が出来ないアイン。
今はそれどころではない、と自分に言い聞かせるも、全く気にしないというのも彼女達に悪い気がしてくる。
どうしたものか、と一人悩んでいると、アインは次なる試練の到来を知る。
『か、階段だと!?』
そう、上の階に行くのなら、階段を昇らなければならない。隣を走るサーニャはそちらを見なければ問題ない。だが、めぐみんはどうする。
サーニャのスカートより長いとはいえ、めぐみんの服の裾も言う程余裕があるわけではない。というか、後ろから追いかけていったら間違いなく見えてしまう。
下着程度なら、まあ、いやそれもよくないが、まだ相手の不注意と言い張る事も出来るかもしれないが、その中となれば、もう言い訳も何もない。
瞬間、左右を見渡し逃げ道を探すも見つからないとわかるや、アインは、アイン・ダルトン三尉は、己の誇りにかけて猛ダッシュを敢行した。
階段まで後数メートル。その間に、めぐみんを追い抜けば問題無い。
軍人として鍛えに鍛えぬいたその体を、限界まで酷使してアインは走る。階段を二段、一気にめぐみんが昇った所で、アインは彼女を捉えた。
「おおっ」
そんな感嘆の声が隣から聞こえた。アインは心底からほっとする。どうにか、こうした好意の声を裏切るような事をせずに済んだようだ。
上から見下ろす分には問題あるまい、と油断しきったアインが一度振り返る。そこには、振り上げる腿のせいで、スカートの前ががめくれてしまいそうになっているサーニャの姿が。
「うおっ!?」
思わず声に出して顔を背ける。モビルスーツパイロットとして反射神経も随分と鍛えたアインだ。
常人ならばラッキースケベ不可避な状況であろうと、アインならば避けられる。かわしきれるのだ。
こんなだから女にモテない。そんな声が何処かしらからか聞こえてきたとしても、アインは本望だろう。
上司につまらん男と言われても、アインは自分がこれでいいのだと心底から思えるのだった。
それでも、アインの悲鳴にも似た声と挙動で、何を見てしまいそうになったか察したらしいサーニャの篭るような抗議するような声が後方から聞こえてきた。
「移動、してる。更に上の階」
よし追えー、とクオンが先導し皆が続く。速度を落としたアインは、サーニャと並びながら小声で、しかし必死に主張した。
「俺は反射神経には自信がある。だから、危ないと思えばギリギリでかわせる。信じてくれ、俺はかわせるんだ」
「…………本当に?」
「見てしまったなら正直に言う。今回は本当に見ていないんだ」
「わかった……信じる」
「ありがとう!」
こんなに嬉しそうなアインの声を聞いたのは、サーニャは初めてであった。
五人は走る。しかし敵もさるもの、サーニャのレーダーがあって尚、その姿を捕まえるのは難しかった。
追いかけていれば自然とわかる。この敵、どうやら基地内を熟知しているようだ。
決して追い詰められないようなルート選びを続けて何とか逃げ切らんと動いているのがわかる。
しかし、こちらにはレーダーがあるのだ。絶対に見つからないだろう、そんな確信と共に隠れただろう部屋をサーニャが特定し、五人はその部屋の前に立つ。
アインが前に立ち言う。
「出て来い! そこに居るのはわかっている! 今すぐ出て来るなら……」
そこまで言った所で、部屋の扉がゆっくりと開いていく。
警戒し、構える五人。だが、アインは相手の姿を見つけるなり一瞬でその警戒を解いてしまった。
「ファリド特務三佐!」
彼こそはアインの大恩ある上司の一人、マクギリス・ファリド特務三佐であった。
「やあアイン。その、何だ、久しぶり、と言うべきかなここは」
「確かに、お目にかかるのはお久しぶりですね。ご無事で何よりです! ボードウィン特務三佐にはお会いしましたか!?」
「いいや、まだだ。この馬鹿げた話が始まって、すぐに君に会えたのは僥倖だったよ」
「光栄であります! 私も……」
そこでクオンが口を挟んで来る。
「えーっと、アイン。わたくし達にも事情を説明してもらえるかな?」
マクギリスに会えた喜びで、彼女達の事を無視する形になってしまっていたアインだ。声をかけられると我に返る。
「あ、っとそうだな。こちらはマクギリス・ファリド特務三佐、私の上司に当る方だ」
アインの極めて好意的な口調から、アインは彼を尊敬なりしているのだろう事はクオンにも察しがついたが、それでも聞かなければならない事があるのだ。
「ね、ねえアイン。でもね、今わたくし達は、下着を盗んだ人を探して……」
それ以上を言わせず、アインは大急ぎでクオンの側に駆け寄りその口を塞ぐ。
「ばっ! 馬鹿っ! お前この方がどのような方か知らないのか!? あ、あの、申し訳ありませんファリド特務三佐! 今、彼女達に説明しますので……」
「あー、そうか、では少し待っていようか」
「本当に申し訳ありません!」
そう言って四人の女の子達を集め、小声でアインは説明を始める。
「あの方はだな、セブンスターズのファリド家の方なんだぞ。それにあの容姿を見ればわかるだろう、下着も女性も望めばどうとでもなる立場の方だ。もちろん、下着を盗むなんて品の無い真似絶対にするわけがない、人格も能力も素晴らしい稀有な方なんだぞ」
話の内容は丁寧なものだが、これを話している時のアインの剣幕がそれはそれは凄いもので、四人は勢いに押されるように頷き、納得したと口にする。
マクギリスは彼女達がマクギリスに対し、どう対応したものか迷っているのを見て取り、出来るだけアインの顔を潰さぬよう気をつけながら、柔和な口調で言った。
「始めまして、お嬢さん方。私はマクギリス・ファリド、ギャラルホルンの軍人でアインの上司をしている者だ。もちろん、彼もそうであったように私も、君達に危害を加えるつもりは無いよ」
マクギリス・ファリドは501JFW基地を調べていると、外から人が来る気配に気付いた。
人数が複数という事で、話の通じる相手である可能性が高い、と考えながらその姿を探る。電灯に照らされた三人。その内の一人は何と、探しているアイン・ダルトンではないか。
自らの幸運に驚きつつも、アインを始末するには同行者が邪魔だ。
もしアインがマクギリスの悪評に類する事を彼女達に言っていた場合、マクギリスは彼女達をも殺さなければならなくなる。
その辺りを見極める意味でも、マクギリスはまずは様子見に徹する事にした。
途中、基地内に居た(マクギリスも気付いていなかった相手で相当に肝を冷やした)二人の女性と合流したせいで、更にマクギリスには手が出せなくなってしまう。
ただ、食堂で五人が交わした自己紹介の際に、アインはマクギリスを信頼出来る上司、とだけ評していた。
その時アインの口調と僅かに添えた言葉から、マクギリスはまだアインからの信頼を得ている状態だと察しえた。
マクギリスは迷った。
このまま姿を現し、アインからより深く情報を聞き出すべきか、姿を隠したまま殺害の機を伺うべきか。
それに、食堂での会話を盗み聞きしていると、何とも言いようの無い話も聞こえてきた。
魔法、術、あまりに違いすぎる文化。サーニャという少女が言った連合軍第501統合戦闘航空団といった部隊を、マクギリスは聞いた事が無かった。
それにこの基地もおかしい。一体どんな兵種を運用する為の基地なのか全くわからない。
立地条件は何処かしらからか持って来たという話だから無視するにしても、この内部構造は絶対に変なのだ。
車やバイクサイズの機械を運用する為の設備があるのだが、歩兵が詰めるにはあまりに部屋数が少なすぎる。
警報装置や各種通信機器(これらはほとんどが使用出来なくなっていた)は、博物館の骨董品をそのまま持ち込んだようなシロモノばかり。
そんな基地を、サーニャという少女は自分が使っていた基地と寸分違わずと言ってきたのだ。
発言が痛々しい可愛そうな子も居るしで、マクギリスは彼女達の発言全てを真に受けているわけでもない。なので、不明な部分は話半分といった感じで聞き流す。
もし、食堂でサーニャのシールドやクオンの鉄拳を直接その目にしていれば、また違った選択もあったかもしれないが。
だがマクギリスの幸運もここまでで、マクギリスが迷っている間にサーニャがレーダーを使い侵入者に気付き、マクギリスを追い回し始めた。
マクギリスは基地内を調べてある事もあって、逃げ切る自信もあったのだが、サーニャのレーダーは想定外だ。
何度振り切ってもあっさりと見つかり、遂に一室へと追い詰められてしまう。
アインの呼びかけに、後は口で何とかするしかないと覚悟して外に出て、そしてアインが凄い勢いで口添えしてくれたおかげで、どうにか即座に攻撃を受けるといった事にはならなかったようで。
隠れていた理由は、アインが騙されている可能性を考え、まず君達の人となりを確認する必要があったから、と言っておいた。
失礼だなー、と耳と尻尾をつけてる人前に出る事自体が非礼にあたるような少女が言ってきたが、上役にはそういった用心深さが必要なのだよ、と言うとそれなりにだが納得はしてくれたようだ。
或いはアインの顔を立ててくれたのかもしれない。
マクギリスはアインに告げる。
「私はこれからガエリオの奴を探しに向かう。君はここで、彼女達を守っていたまえ」
アインはこれに反論する。そのような危ない真似は自分こそがするべきだと。
だが、経験差だけで見ても新兵であるアインとマクギリスでは戦闘力に差があり、またファリド家の一員としてセブンスターズの一人としてこういった場面で後ろで控える事なぞ出来ない、と言ってやる。
「アイン、それに君は専門的な所まで踏み込んだ歩兵の訓練は受けていないだろう?」
「は、はあ。……という事はまさかファリド特務三佐は受けていらっしゃるので?」
「一通りはやらされるさ。陸海空宙、何処でも指揮出来るようでなければセブンスターズは務まらない」
アインの透き通った目による尊敬の眼差しは、どうにも居心地が悪くなる。
ついでに、彼女達を安心させる意味でも、その信頼を得ているアインこそがここに残るべきだと言ってやると、アインは完全に黙り込んだ。
その後、アインに幾つか質問を重ね、アインはマクギリスにとって決定的に不利な情報を持っていないとわかると、マクギリスはここで彼女達を守りながら情報収集に努めるよう改めて命じる。
アインのような男は、自分で判断するよりも命じてやった方が力を発揮するものなのだ。
ましてや命じた内容は、彼の高潔な矜持を支えるに足るものであるのだから。
トドメに。
「後を頼むぞ」
と言って肩を叩いてやれば、彼はありったけで任務に勤しむだろう。
今はまだ、アインを殺す必要は無い。むしろ圧倒的な駒不足の今、彼は貴重な人材であるのだから。
マクギリスを見送ったアインは、もうハタ目で見てもわかるぐらい、気合いに満ち溢れていた。
アインにとってそういった存在であるマクギリスを、クオンもめぐみんもサーニャも美希も、疑う気はとうに失せていた。
となると誰が? となるのだが、心当たりがあるらしいサーニャがぼそりと口を開く。
「実は……以前にもこの基地で似たような事件があった」
その発言に、驚き皆がサーニャを注視する。サーニャは丁寧に言葉を選びながら言った。
「その時は、誰も怪しいと思ってなかった身内に犯人が居た。当人も悪い事をしたとは思って無かった」
ごくり、と喉を鳴らしたのは誰だったのか。
「そうした目で見たら、この事件の鍵となるのは……下着の被害に遭ってない人。でもクオンは違う。クオンはそもそも盗まれるようなものを使ってなかっただけ」
ほー、っと胸を撫で下ろすクオン。
そして一同の目が残る容疑者へと注がれる。
「美希。もしかして私達のズボンはいちゃってない?」
美希はもう全身で不満を顕にする。
「えー! ミキどろぼうなんてしないよ! ほら! ミキの穿いてるパンツってミキのだもん!」
がばーっと躊躇無くスカートをまくりあげる。
先に言った通り、スーパーな反射神経でぎりっぎり顔を背ける事に成功するアイン。
そして皆の目は、ミキの下半身、そう、三枚のパンツを重ねてはいてるそこに、釘付けとなるのだった。
脱衣所で寝ぼけて次々穿いてしまったらしい。ミキはその後、皆にこっぴどく叱られたのだった。
【A-2 501JFW基地/早朝】
【クオン@うたわれるもの 偽りの仮面】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・行動]
基本方針:
1:ハクを見つけて思いっきり怒る。
2:仮面の人物への警戒。
3:とりあえずでこの基地には来たけど、アインの方針と目的がズレているのでどうしたものか
4:人が死ぬ所と遭遇した話は、折を見て話そうと思っている。
※最終回後からの参戦。
【めぐみん@この素晴らしい世界に祝福を!】
[状態]:健康
[装備]:胡桃のシャベル@がっこうぐらし!
[道具]:支給品一式、不明支給品(0~2)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いには乗らない
1:仲間達を探す。
2:ダーハラはぶっ飛ばす。
3:アイン、クオン、サーニャ、美希と一緒に行動する。
支給品紹介
【胡桃のシャベル@がっこうぐらし!】
恵飛須沢胡桃が愛用しているシャベル。対ゾンビ戦で大活躍。
【アイン・ダルトン@機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:支給品一式、不明支給品(1~3)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いからの脱出
1:民間人(クオン、サーニャ、美希)の保護。一部民間人ではないがそれでも守る。
2:死者の蘇生の可能性を信じ始めている。
※参戦時期は19話後ですが、五体満足です。
※めぐみんの言っていることは半分くらい信じていません。
【星井美希@THE IDOLM@STER】
[状態]:健康、睡眠中
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、不明支給品1~3
[思考・行動]
基本方針:
1:とりあえずクオン、アイン、めぐみん、サーニャと行動を共にする。
2:先の事をほとんど考えていない。
【サーニャ・V・リトヴャク@ストライクウィッチーズ】
[状態]:健康、基地に対する若干の違和感
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、不明支給品1~3
[思考・行動]
基本方針:仲間と共にこの状況を解決する。
1:クオン、アイン、めぐみん、美希と行動を共にする。
※少なくとも二期中盤以降からの参戦。
【A-3西部/早朝】
【マクギリス・ファリド@機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、不明支給品(1~3)
[思考・行動]
基本方針:ガエリオ・ボードウィン、アイン・ダルトンを殺害した上で生還する。
1:他の参加者から情報を集める。特に蘇生された者が参加していることについて気になる。
2:ガエリオ・ボードウィンは迂闊に信用しないよう、他の参加者に警告する(嘘は最小限にしておくのがポイント)
3:アイン・ダルトンに関しては、現状はまだ殺害するより部下として活用した方が有効だと考えている。
[その他]
※参戦時期は25話、ガエリオ殺害後からイズナリオを見送るまでの間
※ビスケットとも4話、18話で面識はありますし、もしかすると18話での交渉で名前ぐらいは聞いていたかもしれませんが名簿を見た限りではぴんとこなかったようです
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最終更新:2016年08月21日 12:00