♪♪「狼の羊飼い」♪♪
ママは、ずっと帰ってこなかった。
それでボクはいつもさみしくて、
近所のおねえさんが「あそぼう」って言ってきても、「あとで」って答えちゃってた。
だからかもしれない。
ボクが悪い子だから、かみさまがボクにおしおきしたのかもしれない。
「うっ……ひぐっ、うう」
夜の街。黒や茶色い色をした、すごい高いビルが沢山並んでる夜の街。
うさぎさんに吸い込まれた後、気が付いたらボクはビルとビルの間に立っていた。
窓のないビルの壁は、すごく黒くてこわかった。
だから急いで走って、広い道のほうに出た。袋はちゃんと、持ってきた。
「う、う……」
でも、ホントにこわかったのは。
息が切れるまで走ってしまうくらいこわかったのは。
ママが
もう二度と帰ってこないことを、認めることだった。
「……わあぁああぁあああぁあああああぁぁ!!」
おとこのこは泣いちゃだめだっていうけど、
もうムリだった。
ボクのせいだ。ボクがおねえさんの気持ちも考えないでいろいろ、言ったから。
だからかみさまが、ボクの願いを叶えてくれなかったんだ。
ちゃんと見た。みせつけられた。
ママの顔。ママの目。ママの口。ママの鼻。
ママの体。
ママの、首。
「だっで……さみしがったんだもん」
ボクはただそれだけだったのに。
「ママぁ……ママが、いてほしがったのに」
やっと会えたと、思ったのに。
なんで、って言葉が頭の中でぐるぐるする。
なんで? なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、?
死んだ? なんで、なんで? なんでこんなとこに連れてこられた?
これは夢? 本当?
なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、
考えても、考えても、ボクには分からない。
ボクが子どもだからだろうか。だから、泣くしかできないんだろうか。
なんだか情けなくなって、ボクはまた声を張り上げようとして――
「おい少年、そんなわんわんわんわん泣いてちゃ誰かに見付かっぞー?
一回そこのビル入ろうぜ、なあ。犬ですかアンタはまったく」
「うわ!?」
「なに? まさか俺がさっきからここにいたこと知らなかった?
うっわ無いわ、マジ無いわ少年。いや待て、俺の存在感が無いってことかこれ!?
ひどいぞおい、俺だってなあかわいいヒツジ達に何故かシカトされまくって「あれ?」とか思うけどさ」
暗い空の中に、銀色の髪が光ってるのを見た。
いつのまにかボクの目の前に、知らない人が立っている。
「え、え、だ、誰」
「ん? あー名乗ってなかったな、そういや。俺はメリー。ただのかわいい羊飼いだ。
ちなみに、胸のサイズはAではないとだけ言っとくぞ。少年には分かんねーだろーがな」
メリーさんはそう言うと銀色の髪をひらめかせて、ボクに背を向けて歩き出した。
「え、あ」
「何だよ、早く来いよ。死にてーのか? そんなとこに立ってたら狙われ放題だぞ少年。
ただでさえ“一人殺れば時間が貰える”ってルールがあるんだ。
少年みたいなのは殺人鬼の格好の餌になっちまうぜ?」
マジで鬼もいるみたいだけどまあそれは置いといてだな、と言って、メリーさんは笑った。
「少なくとも俺はお前の仲間だよ、少年。
おい、早く来い」
「あ、うん」
言われるがまま、ボクはメリーさんに付いていくことにした。
数歩歩くとビルの入り口。ガラスで出来たそれに、メリーさんとボクの姿が映る。
羊飼いらしいメリーさんは、麦わら帽子を被ったら田んぼにいる人になれそうな格好をしている。
腕には時計を巻いていた。そういえば、ボクの袋の中にも入ってるんだっけ。
ボクはパジャマ姿だった。寝て起きたらここにいたから当たり前だけど、なんか変な気分だ。
そのままメリーさんが扉を押して、ボク達は中に入る。
「そういや少年、名前は?」
パタン、と扉が閉まる音がして、ボクにメリーさんが問いかけてきた。
「えと、山口ツトム、です」
「いや敬語は使うな。なんか背中が痒くなるから。
ツトム、な。分かったぜ。じゃあツトム、ちょっとそこのテーブル座っぞ」
少し奥のほうにあるテーブルを指差して、メリーさんはボクに言った。
どうやらここは、食べ物を食べるためのお店らしい。
小さなテーブルがいっぱいあって、イスもいっぱいあるからきっとそうだ。
「さてと。ツトムは向かいに座れ」
「う、うん」
テーブルに着いてボクは、メリーさんの向かい側のイスに座る。
持ってた袋は、膝の上に置くことにした。
いろんなことがありすぎて、いつのまにか涙は止まっている。
まだ喉の奥がなんか痛いし、ひっくってなったりするけど、
もう泣くことはなさそうだ。
「ん? 何見てんだツトム。俺のかわいい顔にみとれたとかはキモイからやめるように。
ちょい、だるいけど作戦会議といこうぜ。せっかく仲間も増えたことだし、生き残りてぇしな」
「……うん!」
だって、今は一人じゃないから。
次泣きそうになったら、おとこのこは泣いちゃだめだって、メリーさんが言ってくれそうだから。
「やけに返事がよくなったなおい……ま、いいや。とりあえず、地図開くぞ」
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羊飼いには、得意な事がある。
それは、扇動。
羊達に自分を仲間だと思わせて誘導したり、時には敵だと思わせて追い掛け回したり。
私は古今東西様々な「扇動」の方法を、子供の頃から頭に叩き込まれてるっていう話だ。
「まあ、ツトムには分からんだろう所は飛ばして状況を整理するぞ。
まずこの首輪は爆発までに制限時間がある。あと4時間……あれから少し経ったから、あと3時間半ってとこか。
で、6時間――あと5時間半生き延びなきゃこのゲームはクリア出来ない。
それはあの変な女が言ってたな?」
「変な女じゃなくて、ママだよ……?」
「待てうるんだ目で俺を見つめんな、保護したくなるだろうが! いや保護してるけども!
えい泣くな、男だろ!
……でだ、このままだと「2時間」足りない。そんで、その「2時間」を埋めるための、
3つの方法を主催者は提示してきた」
私は袋から地図を取り出して、テーブルに広げる。
この街の概要図らしいそれには、所々赤い印がついている。
私がさっき、即興で適当につけたものだ。
「1つ、他の奴を殺して時間を奪う。
1つ、他の奴から時間を1時間単位でもらう。
1つ、この街に隠された時間を見付ける」
ちなみに殺して奪う場合は、一律3時間が制限時間に追加されるらしい。
殺した時点での相手の残り時間が追加される訳じゃないのは、
残り2時間を切ってから一人殺しても、「2時間」を得ることが出来ないからだろう。
まあそれは今、どうでもいい。私は平和的な人間だから。
それより、さっさと説明を済ませてここから出てしまいたい。
「まず最初の方法で生き残るのは論外だ。
殺し合いに乗るなんざバカの所業、頭が狂ってるとしか思えねー。
で、次。これも却下だ。死ぬってのに時間を分けてもらえるわけがねぇ。
だから俺達は3つ目、隠された時間を探して生き延びることになる」
「う、うん……なんとか分かるよ、メリーさん」
「なかなか頭いいな、おい。
さて、そこで俺達の前に立ちはだかる壁が1つある。
それは“時間がどこに、どんな形であるか知らされてない”ってことだ」
言いながら私は、ツトムの頭をがしがし撫でてやった。
こういうガサツなキャラもまあ、悪くない。
ツトムが混乱してる内に、私は最後の仕上げをすることにする。
「そして――運のいいことに俺の地図には、こんな赤い印が“最初から”ついていた。
罠かもしんねーが行く価値はあると思わねーか、ツトム」
「う、うん……!」
計画通り、ツトムは目を輝かせて私の地図を覗き込む。
これで、一緒に行動する理由が出来た。
か弱い女の子と少年のペア。殺人鬼が狙うには格好の的だろうが、
殺人鬼以外には安全と思われる、保護対象だ。
地図によればこの街は、直線距離にして2㎞四方。誰かと出会う確率はかなり高い。
いい感じに強そうな殺人鬼以外の奴に会えれば万歳。
それ以外は巧みに逃亡、でいけばどうにかなるだろう。
「よしツトム、裏口があるだろうからそっから外出るぞ」
「え? なんで?」
「入ってくる所を見られてたら、待ち伏せされてるかもしんねーだろ」
ツトムに背を向けるようにして急ぎ足で歩き、私はビルの奥へと進んでいく。
こうすればツトムは付いて来ることを、さっき知った。全く、分かりやすい少年だと私は思う。
そうそう、羊飼いである私は一つだけ、誰にも譲れないほど好きな事がある。
「ま、待ってメリーさん」
それは、飼うことだ。いつもは羊共で満足してやってたが、ここでは違う。
ここには沢山の哀れな子羊がいる。沢山の狂暴な獣達がいる。
私の目標は、それらを全部飼い慣らすこと。そのためならば、どんなことでも行うつもりだ。
例えば袋の中に入ってたこの腕時計。
これには今の時間の他に、自分の残り時間が表示されてることも私は見付けている。
だが、無闇には教えない。飼い主としてのアドバンテージは、常に持っていないといけないからだ。
(そう――アドバンテージは、常に持ってないといけないわ)
私はツトムが付いて来たことを確認すると、腕に巻いた時計を「残り時間モード」に切り替える。
表示されている残り時間は、“8時間半”。
目覚めた時横にいた団子を食べて、その後あった鬼から時間を奪って稼いだ私の時間だ。
「お、裏口発見だ。よし、出たら急いで移動するからな、ツトム。見失ったら1時間没収な」
「え、ひどいよ」
「マジになるなよ、冗談だって冗談」
さて、扉を開けたら思い切り走ってやろうか。
さすがに1時間は貰わないが、ツトムを困らせるのは結構楽しい。
あと5時間半。私は遊ぶつもりだ。
さいごのうたとやらに興味は無いが、折角の機会だ、楽しまなきゃ損ってものだろう。
「そーいやボコしてやった鬼も、そんなこと言ってたっけなー……しかしアイツ、殺意ってもんがなかったぜ」
「え、何?」
「なんでもねーよ。こっちの話だ」
私はドアを開けた。夜の冷えた空気が肌に染みる。
時間を奪ってやった赤鬼が待ち伏せしてないかだけが心配だったが、杞憂だったようだ。
「じゃあ、行くぞ!」
足を思い切り踏みしめ、私は走り出す。
さあ、ここは私の牧場だ。
さあ、私の遊びを始めよう。
【月のワルツ世界 深夜】
【山口ツトム@山口さん家のツトムくん】
【時間】-2時間
【メリー@メリーさんの羊】
【時間】+3時間
【次男だんご@だんご三兄弟 死亡】
最終更新:2009年06月05日 23:55