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頭が痛い。
その感情をきっかけに、軍人である少女――――ラン・アルフォードは目覚めた。


眠っていたのだろう、起床時特有の倦怠感がランを包んでいる。が、そんなものよりもランには頭痛が気になった。ずきずきという痛みの正体がただの頭痛とは思えず、ランは後頭部に右手で触れる。もちろん傷は無い。
気休め程度に薬を飲もうと、いつものようにワンピースのポケットの手を入れようとして、そこではじめて気づいた。
服装がいつもと違う。いつもの薬や針を大量に仕込んだあのワンピースとブーツではなく。

(これは……セーラー服……? そういえば、すこし前に遊さんが「ニホン」について話していた時にこんな服の話が出たような……)

なぜこんな服を着ているのだろう、と記憶を辿る彼女の脳に、更なる謎が飛び込んできた。
冴えてきた彼女の視界には、木造の部屋が映る。横に六列、縦に九列、部屋に椅子が並んでいる。一列目だけ椅子の数が一つ多い。
前から三列目、窓側から二番目に着席しているランにその全ての人物の顔が見えた。あまり明るい部屋ではないのだが、ランが見ようと思ったものは殆ど見える。ランにはそれが不気味だったが、便利であったので深く考えないこととする。
ただ、彼女からはどうしても見えないものが一つ。教卓に座る女の顔だ。
彼女は赤い着物から大胆に右足を露出し、足を組んで教卓に腰掛けている。豊満な胸の下で腕も組んでいるその女性の顔だけが、どうしてもランには見えなかった。

(一番後ろの列まで見えるのに、あの女の顔だけが見えないのは何故……?)

徐々に困惑してきた彼女の脳に、聞きなれた声が染み込んだ。
「ラン、状況は把握できたかい?」
小声ではあったが、それはランがいつもきく上司兼片思いの相手、千歳遊のものだった。恐らくランが起きる前から起きていたのだろう、ランの左隣にいる彼の声にはいくらか余裕がある。
そして彼の服も、いつもの着物ではなく、真っ黒な学ランだった。
「遊さん……!」
「今、僕ら以外に起きているのは……二十一人と、あの教卓の女、かな」
「……そうですね」
改めてみれば知っている顔もチラホラいる。ランと遊の上司に当たる者もいる。なぜ彼らほどの実力者が、と遊にきこうとしたところで、遊が彼自身の首――――正確にはその首にある首輪をとんとんと指で叩いた。
恐らくランの持つ疑問を、遊も持っていたのだろう。そしてランより頭のいい遊のことだから、彼なりの考えを既に出しているに違いない。しかし、それより一個手前のことにすら、ランは気づいていなかった。

「首輪……?」
同じようにランも己の首筋に触れてみる。ひたり、と彼女の指に触れたのは、冷たい鉄の首輪だった。
「なんだ、気づいてなかったの?」
「す、すみません」
遊のやや呆れたような声に慌てて謝る。なぜこんなことにすら気づかなかったんだと自分が恥ずかしくなり、ランは思わず俯いた。
「や、別に良いんだけどさ。少なくとも僕とかランに、自分で首輪をつける趣味は無いはずだよね?」
「そ、そうですよね」
「で、僕の上司にもこれがついてる。何でだと思う?」
「……まさか自分でつけたわけではないですし」
「そう、つけられたんだよね、あの女に」
ついでに着替えさせられた、とやや悔しそうな色をにじませる遊の声。そんな彼の指差す先には、やはり教卓の女がいた。

「だからつまり、あの女は」
遊が言葉を紡いでいる最中に、教卓の女が立ち上がった。遊が女をみる。女は遊を気にする様子もなく、ぱんぱんと手を二回叩いた。

パッと部屋の明かりがつく。と、同時に眠っていた人物たちが一斉に目覚めた。

そして、女が口を開こうとしたところで、ランからみて右後ろの方から、ガタリと音がした。誰かが席を立ったらしい。
「柚希様!?」
必死な声。声の主である少年・葵志貴とランに面識はないのだが、彼の心情は、表情と声だけで簡単に把握できる。――柚希の知り合いなのだろう。その知り合いが、こんな見知らぬ場所にいて混乱しているのだ。
「ふふ、何かしら、志貴」
柚木の声。優雅だが、声の中に狂気が滲んでいる。
「どうして柚希様が、こんなところに!」
志貴の特徴的なぶつ切り口調が、それでも必死さが表れていた。それに柚希はさらりと返す。
「それは私の勝手。ねえ志貴。座って?」
「でも」

「座りなさい」

女の声は、ぞわりと胸に染み込んだ。怖い。ランは反射的に思った。軍人であるが故、恐怖には強いはずなのだが、女の声には人間以外の……まるで妖怪のような、得体の知れないものの雰囲気があった。
女の凍えるような声と表情に、志貴も怯えるように座る。
女はふわりと微笑み、教卓に手をついて前かがみになった。着崩した着物の襟元から胸の谷間が覗く。ランは横目でちらりと遊を見たけれど、彼に取り乱した様子はなかった。
「はあじめまして。柚希と申します。皆さんをここへ連れてきたのは私。これからはじめるゲームの主催者も私でございますわ」
ぐるりと教室を見回したあと、柚希が言う。彼女の特徴的な口調を、ここにいる人物がこのあと忘れられるはずが無いだろう。
柚希は優美な笑みを浮かべ、ここにいる殆どのものが想像できていなかったであろうことを言い放った。

「皆さんには、これから殺し合いをしていただきます」

静寂。静寂。それからざわめき。
大多数が状況を把握していないようで、怒声やら悲鳴やら、そして歓声やらがランの耳に届く。ラン自身は驚きで声も出なかった。人殺しに慣れていないわけでもないのだが、こうもあっさり宣言されるとは思っていなかったのだ。
「皆さん、静かになさって? 時間が無いんです。……よろしいですか? これから皆さんには殺し合いのゲームの説明をします。しっかり聞いていただかないと、連帯責任として、私に近い方から順番に罰を受けていただきます。
罰の内容は……そうね、お・た・の・し・み」
くすくすくす、と柚希の笑い声が響く。柚希が艶やかな美女である分、恐怖はさらに歪んで見えた。
「このゲームは「バトルロワイアル」といいます。私以外のこの場にいる皆さん……つまり「参加者」が互いに殺し合い最後まで生き残った方が優勝になります。優勝者にはその後の命と自由が保障され、一つだけ好きな願いをかなえることが出来ます」
柚希はここで言葉を切る。少々ざわついてはいるが、先ほどに比べて教室は静かだった。

「さて、ここまで聞いて、このバトルロワイアルを棄権したいという方は挙手してくださる? ……ああ、ご安心を。この後の私の説明を手伝っていただいた後、解放いたしますわ」

柚希の声。ランには天使にも聞こえたが、その前に怪しい、と思った。このタイミングで? なにか裏があるに違いない。
「ラン、絶対手を上げるなよ」
ランの思考に自信を持たせるように遊が囁く。彼の声には先ほどのような余裕は無い。けれど、どこか楽しんでいるようなその声に、ランは酷く違和感を感じた。

結局ランは手を上げなかったけれども(遊もあげなかった。ついでに言うなら、あの志貴という少年もだ)、すこしの間の後、ばらばらと手が上がってきた。
柚希はにっこりと微笑み、挙手した中で彼女に一番近い席に座っていた少女の手を引いて立ち上がらせた。長身で短髪の少女だ。快活そうではあるが、なんせこんな状況である。
彼女が怯えきっているのは後姿だけでもはっきりとわかった。

柚希は彼女を横に立たせてから手を叩く。

「彼女は船山あきさん。彼女に手伝ってもらうことにいたしますわ。他の方はもう手を下ろしていただいて結構ですよ。……さて、船山さん。そこの鞄を取っていただけます?」
柚希が指差す先にあった鞄を、あきはなんの疑問もなく持ってきた。それを受け取った柚希はチャックを開けて中のものを取り出し始める。
「皆さん、これはデイパックと呼ばれる鞄ですわ」
これは地図、これはコンパスと一つ一つ丁寧に名称を教えていく。入っていたのはカラーの地図、コンパス、二十枚ほどのB5の紙。それからシャープペンシルと消しゴム。シャープペンシルの芯はシャープペンシルの中に三本。
それから五十音順の名簿。写真はついてない。それから成人男性三日分の食料。そして照明器具。……最後に。
「最後にこれが、ランダムアイテムです。デイパックによって一つ~三つほど入っていますわ。大体は武器ですけど……ああ、このディパックは私がいれておいた銃が出てきましたわ。
ランダムアイテムには、私がいれたものと、皆さんの武器などがありますわ」
そこで数人が自身のポケットなどを漁る。まだ気づいていなかったようだ、自分の武器が無いことに。
「そして皆さんのお洋服についてですが」
柚希が、デイパックに荷物を詰め込みなおしながら言う。
「十八歳未満の方々がセーラー服もしくは学ラン、それ以上の方にはスーツを着用していただいております。これは服によるハンデを軽減するためですわ。それから」
荷物を詰め込み終わった柚希が、あきに荷物を渡す。
「このデイパックの重さは一律二キロ半。女性にも優しい重さにこちらで調整させていただきました。二キロ半で全ての荷物が入りますし、これ以上何をいれても形状も重量も変わりませんわ」
柚希はあきを黒板の横にある扉に誘導し、その向こうに行かせた。その直後、教卓の上に大きなテレビが出現した。
恐らく魔法の類だろう。ランや遊の生活する世界では日常的に魔法が使われているので、二人はさして驚かない。が、他の者もそうであるとは限らない。一瞬、教室がざわめいた。
そして、テレビにパッと映像が映る。それは森の中に立つ船山あきの姿だった。おそらく教室の外がすぐ森になっているのだろう。

「ここからは、船山さんに実践をしていただきつつ、説明させていただきます。いいですか、船山さん。
デイパックの中から銃を取り出し、目の前の的を撃ってください。使い方がわからなければ、デイパックの中の説明書を呼んでくださいね」
柚希が優しい声で教えると、この声は届いているらしい、あきはデイパックの中から説明書を取り出した。数分後、彼女は意を決したように銃を取り出し、構え、……撃つ。が、弾は的に掠りもしない。
あんながちがちに固まっていたらあたらないだろう、とランは思った。

「はい、このように武器を使って殺しあってくださいな」
くっくっく。柚希の声に被って、隠すような笑い声がした。ランはこの声を知っている。遊だ。
元来戦いの中にある遊は、殺し合いに恐怖を抱かない。寧ろ楽しんでいる節すらある。
恐らく、「銃すらもまともに扱えなかったあき」を笑っているのだろうが、そんな遊がランは怖かった。ランはそんな彼を愛してしまっている分、自分がおかしいのではないかという錯覚に陥る。

「次に、首輪の説明をいたします」
柚着の声に、あきが初めて気づいたように首輪に触った。気づいていなかったらしい。
「この首輪は、バトルロワイアル中で皆さんの行動を制限するものです。どのように制限するかは今からお見せしますわ。船山さん、的の後ろの敷地に入ってくださいな」
あきが心配そうに辺りを見回す。柚希が上品に微笑んだ。
「大丈夫ですよ。首輪の説明が終われば、船山さんはこのゲームから解放されますわ」
安心させるような柚希の口調。

(生きて返れる、と明言しないあたりが怪しいのに……船山あきはどうして気づかないの?)
ランの不安を煽るように、的の後ろに回ったあきの首輪からピッ、ピッ、という規則ただしい機械音が聞こえてきた。あきが驚いたように首輪に触る。
「皆さん、この警告音は「禁止エリア」に侵入した者に注意するものです。三十秒以内に禁止エリアから出なければ……」
ここであきが的の的の後ろの敷地……つまり禁止エリアから飛び出してきた。同時に警告音がやむ。一拍後、柚希が失望したようにため息をつき、ぱちんと指を鳴らした。

その瞬間。


どかん、という爆発音とともに。


あっけなく彼女の首が飛んだ。


彼女の首は宙を舞い、的の横に落ちた。身体は力なく崩れ落ちる。
(ああ、これが「解放」か……)
何人かの参加者が悲鳴を上げている。少女というよりは幼女にちかいような声の泣き声が聞こえる。そんな幼い子もいるのかとランは思う。
「禁止エリアの説明はまたあとでいたします。首輪はいくつかの条件化で爆発します。
A.首輪を無理に外そうとした場合
B.禁止エリアに侵入した場合
C.バトルロワイアル会場外に出ようとした場合
D.二十四時間連続で死者が出なかった場合
E.その他バトルロワイアルの進行を妨げる者がいた場合
……船山さんにはBを体験していただく予定でしたが、やむおえずEとなりました。……私のいいたいことはご理解いただけて?  
ちゃんと殺しあっていただかないと首輪がどかん。首と身体は一生サヨウナラですわ」
半数くらいの参加者は怯えるように俯いた。ランは恐ろしくて遊をみられない。
「説明いたしましょう。Aはまあ、そのまま。BとCはそれぞれ三十秒の猶予がありますわ。その間にちゃんとした場所にお戻りください。
Dは……皆さん当然破らないですよね? E。これはなかなかないでしょう。今みたいなアクシデントがないかぎり、ね」

「アクシデント!? てめえ、ふざけてんのか!」
ランの右隣のそのまた右隣の少年が叫ぶ。あきの友人だったのかもしれない。
「浅井……想さんのほうね、座りなさい」
「何でてめえはそんなに普通な顔してられんだよ!」

(完全に頭に血が上ってしまっている。あの人は説明を聞いていなかったのかしら、Eを理由に首輪をとばされるかもしれないのに)
ランの不安が高まってきた。そのとき。
「お前みたいな下種は……!」
少年の声が、ばしっという音とともに不自然な途切れ方をした。何が起こったんだ、とそちらを向けば、先ほどまで怒鳴っていた少年の椅子を挟んだ後ろに、少年と見た目がそっくりな少年が立っていた。双子であるらしい。
「ごめんね、柚希さん。俺の兄貴、大声で寝言を言うのが得意なんだ。だから今までの、全部寝言。この馬鹿に悪気は無いんだ。今回は見逃してもらえませんか?」
叫んでいた少年の後ろの少年はそういってうつろな目で笑った。ランは反射的に気づく。

(あの子……盲目なんだ)

盲目の少年の兄……浅井想は後頭部を押さえてうずくまっている。恐らく盲目の少年に思い切り叩かれて、強引に話題を止められたのだと思う。その結果が先ほどの「ばしっ」だ。
「……では、琴さんに免じて、今回だけですわ」
はあ、と艶っぽいため息。柚希はそれから気を取り直したように笑った。
「はい、次は放送のお話しです」
ぎしっと音を立てて柚希が教卓に座る。
「バトルロワイアルを行う三日間は、毎日零時、六時、十二時、十八時の四回、放送が流れます。探せばわかりますが、このバトルロワイアル会場「沖木島」のいたるところにスピーカーがありますわ。
放送の内容は、前回の放送より後に死んだ参加者の名前。それからあたらしく設定される禁止エリア、最後にちょっとした雑談をはさむかもしれませんわね。禁止エリアについて。
禁止エリアは二時、四時、八時、十時、十四時……と放送に被るとき以外は二時間毎、被るときは四時間毎に一個ずつ追加されるものです。決められた時間までに禁止エリアからでなければ、
……どっかーん。エリアは目でわかるように区切られているわけではございません。余裕を持って移動することをお勧めいたしますわ。そして最後」

柚希がぐるりと教室を見回す。最初にもこんな動きをしていた。
「皆さんの中には超能力、魔法を持つ方がいらっしゃいますね。それから、人間では無い方も。
そんな方々の能力は「常人にも実現できるレベル」にまで下げさせていただきました。ほぼ無効化状態です。
ですから、皆様には殆ど平等な条件で殺しあっていただきますわ」

柚希が教室の前のドア(さっきあきが出て行ったドアだ)をがらりとあけにっこりと微笑む。
「現在は午前七時四十五分。十五分以内にこの教室を、デイパックを所持した状態で出ていただかないと、その方の命はそこで終了です。」
最後に爆弾発言を落とした柚希の顔は、確かに笑っていた。

ランが教室を出ると、そこは森ではなく、普通の廊下が広がっていた。遊はさっさと教室から出て行ってしまっている。
ひょいとデイパックをもち、ランは建物からでる。不安が無いわけではなかったが、動けないほどではなかった。
門を出たところでランが振り返ると、門のところに「鎌石小学校」と表記されていた。




【船山あき@盲目の唄:死亡】
【残り64名】



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最終更新:2012年03月09日 23:13
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