第六十八話≪何もかも、何もかも≫
F-3にある玉堤家で、
朱雀麗雅と
高原正封は休息を取っていた。
後数十分もすれば、第二回放送が始まる。その時まではこの民家にいるつもりでいた。
それに、二人共長時間足場の悪い山道を歩いていた事により、疲労がかなり溜まっていた。
特に体力に恵まれていない正封は、今は台所のテーブルに座り食事を取っているが、
余り食欲が無いのか食べるスピードがかなり遅い。
麗雅はこの平屋建ての民家の中を探索していたが、
今持っているバタフライナイフよりマシな武器になりそうな物は見付からなかった。
可能であれば刀剣類が欲しかったが、普通の民家にそんな物騒な物が置いてあるはずも無い。
民家の中はかなり薄暗かった。電気は通ってはいるようだが、迂闊に点ける訳にはいかなかった。
もしすぐ外に
殺し合いに乗っている参加者がいたら、
わざわざ「私はここにいます。殺して下さい」と、存在を誇示してしまう事になる。
不便だが、電気は点けない方が安全だと、麗雅は判断したのだ。
「暗くなってきましたね。当たり前か、もう夕方の5時過ぎてるもんなぁ」
「そうね……今、何人生き残ってるのかしら」
壁に掛けられた時計を見つめながら、麗雅が考えるのは現在何人の生存者がいるか、という事。
昼の時点で23人脱落、ならば現在は? もしかしたら10人を切っているのかもしれない。
そうなると果たして数少ない生存者の中に脱出を模索している者がいるかどうか。
それに――。
(勝憲に、美琴ちゃん、まだ、生きてるかしら)
この殺し合いに参加させられている、自分の知人二人。
昼の時点ではどちらも生き残っていたらしいが、果たして今も生きているのだろうか。
(どっちも簡単には死なないとは思うけど……もうゲーム開始から半日近く経過しているし……。
もしかしたら、もう二人共……)
そこまで考えて、麗雅は思考を一旦止める。
(いや、悪い方向に考えるのはよそう。第二回目の放送まで後少しなんだから、
その時になれば分かる事よ)
「どうか、したんですか? 朱雀さん」
「ん? ああいやいや何でもないわ。こっちの事」
「はあ……」
考え込んでいる麗雅の顔を見て心配する正封。
(多分、知り合いの二人の事考えてたんだろうな……)
麗雅の二人の知り合いがこの殺し合いに呼ばれているという事は、正封は麗雅本人から聞かされていた。
昼の放送で二人の名前が呼ばれる事は無かったが、次の夕方の放送でまた呼ばれないとは限らない。
きっと麗雅は今にでも、二人を探しに行きたいのだろう。
確かに麗雅は二人を探したいと言う気持ちはあったが、
同行者である正封を自分の都合で危険に晒す訳にもいかないとも思っていた。
「高原君は気にしなくていいのよ」
「は、はい……」
麗雅が笑顔で正封に言った。ただでさえ精神的に疲弊しきっている正封に、
これ以上余計な精神的負担をかけさせたく無いという、麗雅なりの優しさでもあった。
二人がいる民家の裏で、中から微かに聞こえる会話に聞き耳を立てる者がいた。
その者は民家の中に他参加者がいる事を確信すると、ニヤリと口元を歪めた。
手にした短機関銃を愛おしそうに擦り、ゆっくりと勝手口へと近付いていく――。
「俺、トイレ行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」
正封が立ち上がり、トイレへと向かって行った。
台所には麗雅一人。トイレの方で扉の開閉音が聞こえた以外は時計の音が響くのみ。
「はぁ……何だか疲れたなぁ……」
流石の麗雅も疲労の色を隠せない。
二回程殺されかけた上に山中を走り回ったり歩き回ったり。
テーブルの上で頬杖を突いて、うとうととまどろみ始めてしまう。
恐らくこの時ばかりは、周囲に対する警戒心が薄れてしまっていたのだろう。
台所の勝手口が音も無く開き、侵入してきた男に気が付かなかった。
普段の彼女ならば、男が侵入してくる前に、気配で気が付いただろうに。
「――ッ!?」
そして、気が付いた時にはもはや手遅れであった。
麗雅が抵抗する間も無く、男――
高野雅行が持つM3が火を噴き、放たれた無数の弾丸が椅子に座っていた麗雅の身体を穿つ。
被弾した衝撃で椅子ごと後ろにひっくり返り、麗雅は天井を仰いだまま動かなくなった。
身に付けていた赤を基調とした着物が、麗雅の鮮血により更に赤の色を付け足され、
赤を通り越してドス黒く変色していた。
雅行は獲物を求めて市街地を歩き回っていたが、またしても他参加者が見付からなくなり、
再び苛立ちと不快感を募らせていた。
まだ四人しか殺していない。これでは足りない。もっともっと殺したい。
殺人に忌避感も罪悪感も抱かない異常な思考で、雅行は市街地を徘徊していた。
そして「玉堤」と表札が掲げられた平屋建ての民家の前を通り掛かった時。
「……?」
微かに民家の中から、人の声のような音が聞こえた。
最初は空耳かと思ったが、念のためよく耳を澄ましてみると、明らかに人の話し声のようなものが聞こえる。
民家は玄関からガラス戸に至るまでカーテンが閉め切られており中の様子は伺い知れない。
玄関もガラス戸も鍵が固く閉ざされており、開ける事は出来ない。
雅行は姿勢を低くし、足音を立てないようにして民家の裏手の方へ回る。
すると、裏口の近く、ガスボンベが設置されている台所の裏手まで来た辺りで、
その声ははっきりと明瞭に聞こえてくるようになった。
いる。確実に、最低でも二人はいる。
雅行は歓喜した。遂に次の獲物を見付けた。
そして今、中にいた赤髪の女性を撃ち殺した。
この女性だけでは無いだろう、もう一人いるはずだ。
「朱雀さん!? 一体どうし――!?」
突然の銃声に驚き、用を足し終えた狐の青年が台所に駆け戻ると、
そこには短機関銃を構えた闖入者の姿が。モミアゲを長くした、黒髪の人間の青年だ。
青年が正封に向けて何の躊躇も無く短機関銃――GM M3を掃射し、
無数の弾丸をその身に受けた正封は、悲鳴を上げる暇すら無かった。
大量に吐血し、その場にうつ伏せに崩れ落ちる。
雅行はうつ伏せになったまま動かなくなった正封を見下ろしながら、M3のマガジンを交換する。
愉悦から来る笑みを浮かべながら、雅行は今殺害した二人が持っているはずのデイパックを探すため、
正封に背を向け、台所の奥にある和室へ向かおうとした。
「!!」
そこで背後から殺気を感じ、振り向く。
雅行の喉を、千枚通しの針が貫いた。
千枚通しが突き刺さった喉元を押さえ、ごぼ、ごぼ、ごぼ、と口から赤い液体を溢れさせ、驚愕の表情を浮かべながら、
雅行は障子戸を巻き込みながら仰向けに倒れ、しばらく声にならない呻き声を上げた後、
完全に動かなくなった。
何十人もの人命をその手にかけた冷酷な殺人鬼の人生の幕切れは、何とも呆気無く訪れた。
「ざまあ……みやがれ……」
全身血塗れの正封は、闖入者が完全に動作を停止した事を見届けると、
糸の切れた操り人形のように、崩れ落ち、そして、もうそれっきりだった。
ここには誰もいない。
ここには三人の死体がある。
何が起きたのかを、見届けた者はいない。
何が起きたのか、分かる事は無いだろう。
永遠に――。
【朱雀麗雅 死亡】
【高野雅行 死亡】
【高原正封 死亡】
【残り9人】
※F-3玉堤家に朱雀麗雅、高原正封、高野雅行の死体と、それぞれの所持品が放置されています。
※F-3一帯に銃声が響きました。
最終更新:2009年11月22日 23:11