「どうしよう……」
暗がりの中にぽつりと、1人。
森の地面に座り込み、弱気な声を上げる少女がいた。
色素の薄いベージュの髪を、冷たい夜風に揺らすのは、リリィ・シュトロゼックだ。
傭兵一家・フッケバインの戦艦から脱出を果たし、ゴタゴタにひと段落着いたかと思いきや、その矢先に今回のこれである。
かつてトーマと戦った、あのヴェイロンがあっけなく殺され、そして要求されたのが
殺し合いだ。
正直何がどうなっているのかも、まだ完全に把握しきったわけではない。
得体の知れない事態への不安が、彼女の胸を苛んでいた。
(……ううん、迷うより前に、トーマ達と合流しないと)
それでも、不安と混乱を押さえこみ、すっくと両足で立ち上がると、何とか今後の方針を定める。
名簿を確認したところ、自分の知り合いのうち、トーマ、アイシス、そしてスバル・ナカジマがいることは分かった。
出来るかどうかは分からないが、それでも彼らと合流し、何とか脱出を図らなくてはならない。
特に問題なのはトーマだ。
彼の武器・ディバイダーを運用するには、リリィの力が不可欠となる。
ばらばらに引き裂かれた今では、彼は思う存分戦えない。であれば、この殺し合いを生き抜くには、圧倒的に不利になるはずだ。
(トーマを助けるためにも、私がしっかりしなくちゃ――)
がさり。
「!?」
唐突に、音。
背後から聞こえてきた足音に、反射的に振り返る。
もう他の参加者に接近されたのか。
振り向いたその先に待っているのは、敵か、はたまた味方なのか。
「驚かせてしまったかな?」
リリィの視線の先に立っていたのは――異様な風体の大男だった。
浅黒い肌の顔の上に、色眼鏡をかけた青年だ。全身を独特な白装束に包み、首には青いマフラーを巻いている。
それだけならまだいい。問題は彼の左腕だ。
男の左腕に備わっていたのは、尋常ならざるサイズを有した、円筒形のオブジェだった。
まるで拘束具か何かのように、その灰色の物体は、彼の腕を丸々覆い尽くしていた。
優しく問いかける声色も、その圧倒的なインパクトの前では、あっという間に印象を消失してしまった。
「あ……あの……」
「怯えなくていい。君をどうこうするつもりはない」
言いながら、男は歩を進める。
一歩、二歩とリリィへと近づき、その目線に合わせて腰を折る。
丸いサングラスの下の目は、声色と同じく優しげだ。できることなら、変質者とも、ましてや殺し屋とも思いたくはない。
「見たところ、君もこの実験に乗る気はなさそうだ」
「……貴方も、そうなんですか?」
おずおずと問いかけるリリィに、男は笑顔を浮かべ、無言で頷く。
「とりあえずは、情報交換といこうか。いくつか、確認したいことがあるのでね」
◆
「――つまりオーヴァンさんは、そのゲームをプレイしていた時に、この実験に連れて来られたんですね?」
「その通りだ」
色眼鏡と拘束具の男は、名を、オーヴァンと言うらしい。
彼は彼の世界において、1200万人のユーザー数を有するオンラインゲーム・「The World」の、有名なプレイヤーだった。
その日もゲームをプレイしていたオーヴァンだったが、そこで記憶が途絶え、気がついたらあの劇場にいたのだという。
「そして奇妙なのは、この身体だ……今の俺の姿は、元々の俺の姿じゃなく、そこで使っているPCのものになっている」
オーヴァンというのも、元はPCにつけられた名前だと、彼は付け足した。
本名は犬童雅人(いんどう・まさと)というらしい。
そう呼ぶべきかと尋ねたリリィだったが、名簿に書かれた名前を使った方が、
色々と面倒がないだろうという本人の主張により、引き続きオーヴァンという名前を使うことにした。
「PCの姿……」
「本当はこんなに背は高くないし、顔もこうも整ってはいないということさ」
言いながら、オーヴァンは苦笑し肩を竦める。
恐らくはその左肩――左腕を封じるギプスも、ゲームキャラクターであるが故のデザインなのだろう。
もっとも、わざわざ片手の自由を奪うキャラメイクを行ったそのセンスは、リリィにはいまいちよく分からなかったが。
「原因も原理も分からないが、この身にはゲーム中のスペックも、そのまま反映されているらしい……まぁ、戦う分には便利ということだ」
「そうですか……」
戦闘に使えるというのなら、それに越したことはない。
リリィには戦闘能力がない。リアクトプラグとして生み出された彼女には、それ以上の能力は備わっていないのだ。
もしもオーヴァンに会えていなければ。
もしもその状態で、殺し合いに乗った者に遭遇していれば。
その場合はまず間違いなく、苦戦を強いられることになっただろう。
「……しかし、君の世界も大概だな」
ふぅ、とため息をつきながら、オーヴァンが言った。
リリィの世界というのは、彼女の語った、次元世界構造のことだろう。
彼の住んでいた地球とやらにおいては、そのような概念はおろか、魔法の存在すら認知されていなかったのだ。
「そうですよね……やっぱり、そういう世界でない世界の方には、信じにくいことだと思います」
「いや。おかげで彼らの存在にも、いくらかリアリティを感じられるようにはなった」
「彼ら……というと、あの仮面の人達のことでしょうか」
返す無言の頷きは、肯定の意。
確かにオーヴァンの言う通り、仮面の者――竜を召喚したパラドックスは、未だリリィも知らない、次元世界のどこかの住人なのだろう。
次元転移の技術を有している、と考えれば、これだけ手際よく人を集めたのにも納得がいく。
「リリィ、奴の使っていた術に対して、心当たりは?」
「すみません……私もあまり、よその世界のことについては、詳しくはないんです」
申し訳なさそうに、頭を下げた。
生まれてからずっと研究施設に閉じ込められ、実験を繰り返す日々を送っていたリリィは、極めて外界の知識に疎い。
トーマと出会ったルヴェラや、現在暮らしているミッドチルダのことも、ほとんど知らないこと尽くめというのが現状だ。
当然、あのような召喚魔法が用いられている世界のことなど、リリィにはまるで知る由もなかった。
「そうか……まぁその辺りは、おいおい考えることにしよう」
どうやら、話はここでひと段落らしい。
姿勢を正し、デイパックへと手をやると、オーヴァンはそこからコンパスと地図を取り出した。
しばし2つを見比べた後、南の方へと視線を向ける。
「こっちだ。森を南へ抜けた先に、市街地のエリアがある。君の尋ね人も、恐らくはそこを目指すだろう」
正論だ。
視界が制限される森の中よりは、色々な施設があるであろう、街の方が都合がいい。
リリィもまたオーヴァンへと頷き返すと、歩み始めた彼の背に続いた。
(待っててね、トーマ……私、頑張ってみるから)
あの日、彼を助けた時、初めて自分の足で進んだ気がした。
暴走する銀十字の書の力から、トーマを救おうとした時に、初めて自分の意志で立ち向かうことを決めた。
その時の思いは、今でも変わらない。
もちろん、不安はある。この力がどこまで通用するか、まだまだ分かったものではない。
それでも、やらねばならないのだ。
もう二度と過ちを繰り返さないためにも。
何もできずにいた昔の自分には、もう決して戻ったりはしない。
胸を張って進むためにも、自分の意志で、前を向いていかなければならないのだ。
◆
面倒な状況になったなと、犬童雅人は思考する。
自分が操っていた手駒・榊の顛末を知った矢先、この実験に巻き込まれたということ。
状況証拠から察するに、ここがゲームの世界ではなく、リアルの世界であるということ。
にもかかわらずここにあるのが、ゲームの「オーヴァン」であるということ。
何から何までが規格外であり、理解しがたいイレギュラーだ。
リリィ・シュトロゼックなる娘の説明を聞いたことで、少しは気が晴れたというのは、僅かばかりの救いだったかもしれない。
(悪いな)
形だけでもと、謝罪する。
その言葉をかけるべき相手は、殺し合いからの脱出を望むリリィだ。
雅人はこの場において、実験の妨害ないし実験場の破壊などという、回りくどい手段を取るつもりは毛頭なかった。
未知の魔物を巧みに操り、この犬童雅人の魂から、元の身体を剥奪したほどの技術力である。
であれば、もはや人知を超えた力だ。魔法という言葉は、なるほど的を射ていたと言えよう。
それほどの脅威に刃向かうことなど、まさに自殺行為に等しい。
だとすれば、どうするか。
倒すことのかなわぬ相手なら、せめて利用してやればいい。
まずはこの実験を制し、彼らの報酬を受ける権利を得る。
死者の復活などというのは、さすがに与太話だろうとは思っていた。
しかし、たとえそうであっても、彼らの財力と技術力が、
黄昏の鍵(キー・オブ・ザ・トワイライト)に至るための、サポートになるのは間違いないはずだ。
(止めてみせるか? ハセヲ)
くつくつと、胸中で笑みをこぼす。
何を犠牲にしても構わなかった。
この場で意味を持つものがあるとすれば、自身が目をかけた適格者――ハセヲこと三崎亮少年くらいのものだ。
彼の1人分を除けば、たかだか28人の命である。己の進むべき道の上では、路傍の石ころとすらも大差ない。
必ずやこの実験を勝ち残り、己が道筋の糧を掴む。
胸に固く誓いを宿し、雅人は進軍を開始した。
【一日目/深夜/C-1】
【リリィ・シュトロゼック@魔法戦記リリカルなのはForce】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】基本支給品、不明支給品1~3
基本:実験から脱出する
1:トーマ、アイシス、スバルとの合流を目指す
2:オーヴァンと共に市街地へ向かう
【備考】
※第17話終了後からの参戦です。
※「.hack//G.U.」の世界に関する情報と、オーヴァンの本名を知りました。
【オーヴァン(犬童雅人)@.hack//G.U.(小説版)】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】基本支給品、不明支給品1~3
基本:実験に優勝し、報酬を手に入れる
1:ハセヲに対して……?
2:リリィと共に市街地へ向かう
3:リリィは使い捨てる時まで利用する。そのためにも、殺し合いに乗っていないフリをする
【備考】
※3巻にて、八咫を未帰還者にした後からの参戦です。
※「魔法戦記リリカルなのはForce」の世界に関する情報を知りました。
実験の主催者に対して、魔法の存在する次元世界の住人ではないかという推測を立てました。
報酬に対しては、死者蘇生などは不可能でも、ある程度のことは実現可能なのではと考えています。
最終更新:2012年04月21日 16:05